2016年12月04日

中野区立歴史民俗資料館 終

弥生時代の中野のまちのイメージが再現されています。
nakano11.jpg
模型やジオラマなどでわかりやすく再現
nknsrkn5 (1).jpg
旧江古田村の実物の古民家(旧深野邸)を解体し、土間まわりを原寸大に復元したもの。
nknsrkn5 (2).jpg
写真なども使い 当時の暮らしを再現
nknsrkn5 (5).jpg
今は見ることのできない宝仙寺三重塔を正確に復元した模型
nknsrkn5 (4).jpg
綱吉の頃の中野には、「中野の御囲い(犬屋敷)」といわれる施設があり 多くの犬が収容されていました。
これはお犬様を運ぶ籠です。
nknsrkn5 (3).jpg
将軍綱吉ご愛用のの犬型湯たんぽ(レプリカ)
ふむふむ・・・・

その他中野にゆかりの展示が数多くありました。
各自治体の歴史資料館というのも意外なものに出会えて面白いものです。
posted by うめのはな at 07:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年12月03日

中野区立歴史民俗資料館 5

2Fは常設展示室です。
nknsryo2f (1).jpg
祭礼の飾りも展示
nknsryo2f (2).jpg
廊下には農具なども。
nknsryo2f (4).jpg
原始〜現代の中野の歴史
nknsryo2f (5).jpg
戦争中に様子なども。
nknsryo2f (6).jpg
戦時中の学童疎開の記録などの資料。
posted by うめのはな at 08:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年12月02日

中野区立歴史民俗資料館4

1階展示室は中野区に関係する郷土の資料などです。
nknstenji (1).jpg
フラッシュ無しの撮影は可です。
nknstenji (2).jpg
発掘された土器なども展示
nknstenji (3).jpg
江古田遺跡資料
nknrks.JPG
名主さん家の経営・文化 
nknstenji (6).jpg
山ア家は江戸時代における江古田村の名主(村の責任者)で、醤油醸造や質屋なども経営していました。明治以降も地域の有力者であり、 歴史民俗資料館にはその山ア家から優れた歴史資料や生活道具がたくさん寄贈されています。(説明文より)
nknstenji (5).jpg
今回は、婚礼など文化に関する古文書、あわせてその経済力によって支えられた貴重な美術品などをご紹介(説明文より)
nknstenji (4).jpg
区内屈指の旧家の姿がうかがえます。
posted by うめのはな at 07:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年12月01日

中野区立歴史民俗資料館 3

大きな樽があります。
nknsrkn (1).jpg
とうご(漬物用大樽)
この大きな樽は鷺宮にあった漬物工場でたくあんづくりに使われたものです。
40石樽(1.8L瓶4千本分)
ひとつの樽でおよそ4千本から7千本の大根を漬けることができました。
nknsrkn (2).JPG
石臼
nknsrkn (3).JPG
油のしぼりかす用とのこと。
nknsrkn (4).jpg
のれんのかかった資料館入口。
銭湯みたいです。
nknsrkn (6).JPG
パンフレット
nknsrkn (5).jpg
内部図面
nakano1116 (56).JPG
酉市の熊手が飾ってありました。
posted by うめのはな at 07:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年11月30日

中野区立歴史民俗資料館外部展示物 2

展示物がいろいろ置いてあります。
nknsryura (1).jpg
鍋屋庭園の石橋
「この石橋は 「鍋屋横丁」の名前の由来となった、鍋屋の庭園にあったものです。
鍋屋は 青梅街道と堀の内妙法寺への参詣道との分かれ道にあり 江戸時代中頃から明治時代の末までみごとな梅園のある茶店としてにぎわいました」
nknsryura (2).jpg
道しるべ
「この道しるべは 野方三丁目七番付近に建てられたいたもので、≪向 中野宝仙寺、左 中村 鷺の宮、右 野道」と記されています。
これによって 練馬区中村や中野区の鷺宮から野方を経て 宝仙寺方面に至る古い道があったことがわかります」
nknsryura (4).jpg
御嶽神社の杉の根 (樹齢500年)
「鷲宮にあった御嶽神社の杉の根です。
昭和39年(1964)八幡神社に合祀されたときに堀りだされました。」
nknsryura (6).jpg
十八号一等水準點 
nknsryura (3).jpg
大八車
nknsryura (5).jpg
消防ポンプ
nknsryura (7).jpg
丸宮式動力脱穀機。
posted by うめのはな at 07:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年11月29日

中野区立歴史民俗資料館外部展示物

再び中野区立歴史民俗資料館 です。
nknrkssiyou (3).jpg
苔むす庭園にはいくつかの石碑や石像があります。
nknrkssiyou (6).jpg
山ア喜作氏から土地を寄贈された この場所はかつて文化人の社交クラブである「ポプラ倶楽部」のテニスコートがあったところだそうです。
nknrkssiyou (4).jpg
寒山拾得(かんざん じっとく)
寒山と拾得は共に唐代の脱俗的な人物。
nknrkssiyou (5).JPG
説明書きがありました。
nknrkssiyou (1).jpg
庭園を出て 資料館前に行くと 大きな石臼があります。
nknrkssiyou (2).JPG
製粉用石臼。
nknrkssiyou (7).jpg
資料館と庭園の間の通路には古いものが展示してあります。
これは 木製の水道管「木桶(もくひ)」
江戸時代 玉川上水を引いた時の水道管です。
posted by うめのはな at 07:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年11月27日

旧山ア家茶室・書院 中野区立歴史民俗資料館

山ア家は江戸時代における江古田村の名主さんでした。
nknymzkwkn (6).jpg
旧山ア家茶室・書院は春秋に公開されます。
nknymzkwkn (1).jpg
茶室・書院は当初は離れとして、江戸時代の1841年に建造されました。
nknymzkwkn (2).jpg
江戸時代末期の1841(天保12)年に建てられ、6畳の茶室と書院、8畳の客室からなる。
nknymzkwkn (3).jpg
茶道をたしなむ上流階級の迎賓館的な役割を担っており、徳川御三卿の田安家なども訪れたといわれている。
nknymzkwkn (7).jpg
間取り図。
nknymzkwkn (4).jpg
小さな 洋館が付加されています。
nknymzkwkn (5).jpg
中を見ることができないのが残念です。
posted by うめのはな at 07:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年11月26日

中野区江古田の椎の巨木

中野駅からバスに乗り江古田2丁目バス停で降ります。
nakano1116 (1).JPG
中野区江古田は「えごた」と呼びます。
練馬区の西武新宿線の江古田駅は「えこだえき」と呼びます。
都営地下鉄大江戸線新江古田駅は「しんえごた」で 中野区に合わせています。
ちなみに都知事のご自宅である エコだハウスは 江古田駅の近くだそうです。
江古田でひとつ賢くなり 目的地に向かいます。
東京都文化財ウィークの間に公開されている 中野区立歴史民俗資料館 併設旧山崎家庭園と書院を見に行きました。
nknrksyazk (6).jpg
山ア記念 中野区立歴史民俗資料館
中野区江古田四丁目3番4号
nknrksyazk (1).jpg
庭園はすぐ隣に入口があります。
nakano1116 (31) .jpg
入り口の大きな巨木に圧倒されます。
nknrksyazk (3).jpg
中野区指定記念物となっている樹齢おおよそ500年の椎の木です。
nknrksyazk (4).jpg
奥に書院がありますが トントン パチパチはじくような音が絶え間なくしていたので火でもくべているのだろうか・・と近寄ってみて驚きました。
nknrksyazk (5).jpg
屋根を覆うほどの 別の椎の木 から椎の実が落ちて 屋根にあたっている音でした。
それこそ あられが 降っているようにパラパラ落ちてくるのです。下は椎の実だらけです。
歩くと パリパリ音がしました。
こんな東京の街中で めったに見られない めずらしい光景に出会いました。
タグ:庭園・公園
posted by うめのはな at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年11月19日

百観音明治寺

百観音明治寺です。
meijjitra (6).jpg
東京都中野区沼袋2-28-20
meijjitra (4).jpg
庭園に立ち並ぶ観音石像です。
meijjitra (1).jpg
柵があって 中には入れません。
meijjitra (2).jpg
百観音を一通りお参りすることで、百観音の巡礼と同じご利益があるそうです。
meijjitra (3).jpg
大正のはじめに建立されています。現在は180以上あるそうです。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 07:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年11月18日

百観音公園

中野区江古田で このあたりに百観音があったな・・と思い出して行ってみました。
nknmeijt (2).jpg
バス通りから 少し入るとここが都内と思えないほど静かな場所です。
nknmeijt (4).jpg
お寺も 多くて保護林になっていて 自然豊かなところです。
nknmeijt (1).jpg
百観音公園
朝6時より夕方6時までの間境内の一部は中野区に貸与し開放しています。
石造りの滑り台は元々鐘楼(鐘撞き台)でした。
nknmeijt (3).jpg
銀杏の実がたくさん落ちていたり 紅葉がきれいでした。
nknmeijt (5).jpg
なんともいえない 赤 黄 緑のグラデーションです。
nknmeijt (6).jpg
柵の中は 百観音さまが 並んでいます。
タグ:庭園・公園
posted by うめのはな at 07:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年05月12日

都立石神井公園

三宝寺池です。
skjiik (1).jpg
江戸時代には、いかなる日照りにも涸れないといわれ、昭和30年代頃までは、真冬でも池面が凍らない「不凍池」として知られて いました。かつて武蔵野三大湧水池のひとつでしたが 市街化などの環境の変化で湧水ガなくなり、井戸から地下水を汲みあげています。
skjiik (2).jpg
都立石神井公園
練馬区石神井台一・二丁目、石神井町五丁目
石神井公園の面積は約6万1千坪余り。二つの大きな池から成る公園
skjiik (4).jpg
石神井池
かつては、三宝寺池から水路が引かれ、田圃が広がっていましたが、昭和8年、この水路をせき止め、池がつくられました。
skjiik (5).jpg
野外ステージ
skjiik (6).jpg
中の島に架かるアーチ橋
skjiik (7).jpg
散策路
skjiik (8).jpg
ボート場で池は終わりです。
ここから石神井公園駅まで徒歩10分くらいでした。
タグ:庭園・公園
posted by うめのはな at 06:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年05月11日

石神井城跡

三宝寺の南側から出ると林があり フェンスが張り巡らされています。
この林の中が石神井城跡(土塁と堀)です。
sykjisiro (2).jpg
石神井城跡である土塁と空堀
sykjisiro (1).JPGす。
絵の説明板フェンス内に立ち入ることはできません。
sykjisiro (3).jpg
郭の内側は平坦で、幅12m深さ6mの大きな空堀があり、土塁は今より3mほど高く、結構堅固な防御設備だった。
sykjisiro (4).jpg
土塁調査の結果、この上に屋敷の痕跡等が見つかったそうです。
sykjisiro (5).jpg
都指定文化財 史跡 : 石神井城跡都立石神井公園(石神井台1丁目27番)
「石神井城跡は、秩父平氏の一族で、石神井川流域を中心とする東京都区部北側の地域に平安時代末期から室町時代中期頃まで勢力を持っていた、豊島氏の居城でした。石神井川と三宝寺池に挟まれた標高約四九メートルの舌状台地上に所在し、東西約三五〇メートルの規模の主郭と外郭からなる、比較的単純な構造の中世城館です。昭和三一年(一九五六)以降の数次の発掘調査によって、主郭や土塁築土から一二世紀から一六世紀前半までに属する陶磁器が出土しています。
 文明八年(一四七六)の長尾景春の乱の際、当時の城主豊島泰経は景春に与したので、扇谷上杉氏の家宰太田道灌に攻められることとなり、翌年、石神井城は落城しました。落城後、康経が白馬に乗って三宝寺池に深く沈み、長女照姫も後を追って入水したなど、落城にまつわる伝説が伝えられています。
 平成二四年三月 建設 東京都教育委員会」
sykjisiro (6).jpg
階段を下りていくと三宝寺池に出たところに 石神井城址碑がありました。
sykjisiro (7).jpg
そのすぐ横の石垣です。残っているのこの石垣くらいなものなのでしょうか・・・
タグ:史跡・名勝
posted by うめのはな at 06:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年05月10日

三宝寺大師堂・観音堂

本堂左手には大塔があります。
spjdis (5).jpg
総高17m、二層の多宝塔形式
平成8年に開創600年記念事業として建立
初層には胎蔵界五仏(大日如来・宝幢如来・開敷華王如来・無量寿如来・天鼓雷音如来)と四菩薩(普賢菩薩・文殊菩薩・観音菩薩・弥勒菩薩)を、上層には金剛界大日如来が祀られている。
spjdis (6).jpg
平和観音像 十一面観世音菩薩
spjdis (9).jpg
観音堂
spjdis (8).jpg
平成19年(2007)に落慶した新しい堂宇
spjdis (12).jpg
大師堂
spjdis (13).jpg
高野山奥之院を模して造られた弘法大師を祀る太子堂
spjdis (2).jpg
参道一帯は、四国八十八ヶ所のお砂踏み霊場になっています。
spjdis (1).JPG
御府内八十八ヶ所霊場の札所
spjdis (11).jpg
大師堂の東南一帯は、四国八十八ヶ所霊場碑が立ち並んでいる。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 06:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年05月09日

三宝寺本堂・梵鐘

山門を入ると 左に大黒堂・千体地蔵尊堂があります。
sanpujkidi (1).jpg
昭和4年に大黒堂を創建した際に子育千体地蔵尊を合祀。
現在の堂宇は昭和59年に大黒天と千体地蔵尊を別祀し、上階を大黒堂、下界を千体地蔵尊として改築された。
地蔵堂は、大黒堂の左下にある。
sanpujkidi (2).jpg
鐘楼
梵鐘は、江戸時代の延宝3年(1675)に鋳造されたもので、増上寺の大鐘を鋳た時、その余銅をもって造ったと伝えられているそうです。
梵鐘は区指定有形文化財です。
高さ164.4cm・口径85.8cmの銅製で、鐘の上部には、庇状の吹き返しがあり、下には唐草文、撞く部分は八葉蓮華文があるのが特徴。
延宝3年(1675)、鋳物師椎名伊予守藤原吉寛によって作られたことが銘文により分かっています。
sanpujkidi (5).jpg
手水舎
sanpujkidi (6).jpg
三宝寺本堂
参道正面に建つ本堂は、総欅の入母屋造りで、千鳥破風を設け、更に唐破風の向拝を付けた重厚な構えの建物。
昭和28年(1953)の再建であり、堂内に本尊の不動明王像が安置されている。
関東三十六不動尊霊場 第11番札所の札所本尊でもある。
sanpujkidi (7).jpg
彫刻がみごとです。
左右の天女は なんと翼のある西洋風の天女です。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 06:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年05月08日

三宝寺・石神井不動尊

道場寺を出た角に 顔が見えなくなっている古そうなお地蔵さまがありました。
nerimajizo.jpg
「為六 道能化三宝府垂照鑑、交通安全、諸災消除祈願供養塔」とありました。
すぐ隣は「亀頂山蜜乗院三宝寺」です。
sanpouji (2).jpg
旧勝海舟邸長屋門
勝海舟邸より移したという長屋門、門前右手に庚申塔、左手に寺院名碑
三宝寺山門の東側にある通用門は、もとは勝海舟邸の表門で築年は文政年間(1818-29)と伝えられています。
sanpouji (4).jpg
三宝寺山門  御成門 練馬区石神井台1-15-6
sanpouji (5).JPG
1625年と1644年の2度、徳川3代将軍家光が鷹狩りの際に三宝寺を休憩所としたので、三宝寺の山門のことを「御成門」と称するようになった。
現在の山門は江戸時代の1827年に建てられたものだそうで、練馬区の登録有形文化財に指定されています。
sanpouji (6).jpg
なかなか立派な彫刻です。
sanpouji (7).jpg
山門は銅板葺き切妻造四脚門で、格天井が張られている。
現在の門は、文政10年(1827)の建築で、昭和28年(1953)に修復したもの。
sanpouzu.JPG
山門から中に入ります。
三宝寺(さんぽうじ)は、真言宗智山派の寺院。山号は亀頂山。
石神井不動尊とも呼ばれる。石神井公園にある三宝寺池の由来になっている。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 06:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年05月07日

豊島山無量院道場寺・旧所沢道

再び石神井界隈です。
石神井公園ふるさと文化館から少し戻り 石神井図書館脇の旧早稲田通りの交差点を三宝寺方面に曲がります。
doujyoji (1).jpg
所沢道の道標がありました。
doujyoji (2).jpg
「所沢道は、八成橋で杉並区から練馬区へ入ります。禅定院の門前で向きを西に変え、道場寺・三宝寺を通り、富士街道を斜断した後、南大泉を経て保谷市に入り、所沢へと通じています。概ね今の「早稲田通り」です。」案内板より
doujyoji (3).jpg
少し行くと 豊島山無量院と号する曹洞宗のお寺があります。
太田道灌に滅ぼされた石神井城城主の豊島泰経の一族の菩提寺です。
doujyoji (4).jpg
曹洞宗寺院の道場寺 練馬区石神井台1-16-7
道場寺は、文中元年(北朝応安5年、1372年)、当時の石神井城主豊島景村の養子輝時(北条高時の孫)が、大覚禅師を招いて創建したといいます。武蔵野三十三観音霊場2番です。
doujyoji (5).jpg
豊島山無量院道場寺の山門。
山門は室町様式ですが 山門・鐘楼・三重塔・本堂の全てが新しく 昭和45年〜50年に改築又は建立されたとか・・・
doujyoji (13).jpg
鐘楼堂 安土桃山様式 総欅造の鐘楼 「昭和四十五年落慶初撞」
doujyoji (9).jpg
鎌倉様式の三重塔 「瑠璃殿」の扁額
福井県の明通寺三重塔を模した塔で、 昭和48年(1973)に建立された。総檜造り。
明通寺(みょうつうじ)は、福井県小浜市門前にある真言宗御室派の寺院。大同元年(806年)、坂上田村麻呂によって創建されたと伝えられる。本堂と三重塔は国宝に指定されている。
doujyoji (10).jpg
天平様式の本堂
doujyoji (12).jpg
本堂は奈良唐招提寺金堂を模したと言われる建物で、屋根の上には唐招提寺と同形の鴟尾が置かれている。
doujyoji (11).jpg
道場寺の伽藍は、古典建築様式で建てられた堂宇で構成されている。
昭和11年(1936)の着手から、60年の歳月を経て現在の形が完成したと説明板に書いてありました。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 06:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年04月17日

練馬区立池淵史跡公園

旧内田家住宅は池淵史跡公園内にあります。
syakikepark (4).jpg
池淵史跡公園(石神井町5丁目13番)
syakikepark (1).JPG
池淵とは「石神井池の淵」という意味で、近年遺跡が出土し遺跡保存のため、昭和52年公園として整備されました。
syakikepark (7).jpg
遺跡からは先土器時代、鎌倉時代、さらに室町時代の遺物まで出ています。
syakikepark (6).jpg
中でも縄文時代中期の竪穴式住居跡は、同公園内で16軒も確認されています。
syakikepark (5).jpg
発掘完了後、「区立池淵史跡公園」として埋め戻し保存され、地表に遺構位置が表示されています。
syakikepark (2).jpg
練馬区内の庚申塔や馬頭観音なども配置されています。
syakikepark (3).jpg
馬頭観音
syakikepark (9).jpg
力石
syakikepark (8).jpg
道標
三宝寺の文字があります。
三宝寺(さんぽうじ)は、練馬区石神井台にある真言宗智山派の寺院で石神井公園にある三宝寺池の由来になっています。
タグ:庭園・公園
posted by うめのはな at 07:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年04月16日

旧内田家住宅2・区立池淵史跡公園内

入るとすぐ土間です。
utidanaka (1).jpg
かまどがあります。
昭和戦前期には建て増しが行われ屋内に便所が作られ小部屋が追加されます。
これまで土間だった部分が一部板間になり、収納も追加されていました。
utidanaka (10).jpg
上がりかまちは高く 下は引き出しになっています。
柱より太い梁。松の木を一本丸ごと豪快に使った梁だそうです。
utidanaka (7).jpg
明治20年代初頭の建築と推定されますが、建築の構造、形式、部材の仕上げ、痕跡などから一部に江戸時代に建てられた民家の古材を使用していたと考えられています。
utidanaka (2).jpg
前座敷、下座敷、上座敷の3つの座敷。
繊細な細工が美しい欄間。
utidanaka (3).jpg
上座敷の青い床の間です。
utidanaka (5).jpg
前座敷の長押は幅の広いものです。
utidanaka (4).jpg
仏壇用の扉がありました。
外回りを見てみます。
utidasoto (2).jpg
座敷をぐるりと取り囲むように廊下があります。
utidasoto (5).jpg
趣き深い格子からの灯りが柔らかく和室に入ります。
utidasoto (3).jpg
茅葺屋根のは屋根棟に「寿」の文字があるそうです。よく見えませんでした。
タグ:建物
posted by うめのはな at 06:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年04月15日

旧内田家住宅1・区立池淵史跡公園内

石神井公園ふるさと文化館2階から旧内田家住宅が見えます。
sykjiutd (1).jpg
大きいので近寄ると全景がわからず ここからの眺めがちょうどいいかもしれません。
sykjiutd (3).jpg
1階からそとに出るとすぐ案内板があります。
sykjiutd (4).jpg
旧内田家住宅 練馬区石神井町5-13、区立池淵史跡公園内
sykjiutd (6).jpg
「旧内田家住宅は、桁行けたゆき8.5間けん(15.3メートル)、梁間はりま5.5間けん(10.9メートル)の整形四間取りの主体部とその北西部に梁間はりま3.5間けん(6.4メートル)、桁行けたゆき2.5間(4.4メートル)の角屋つのやからなる茅葺かやぶきの寄棟造よせむねづくり、平入ひらいりの建築物です。
 小屋裏でみつかった明治22年(1889年)の年記のある文書もんじょや伝聞でんぶん、建築当初からの洋釘ようくぎの使用などから明治20年代初頭の建築と推定されます。建築の構造、形式、部材の仕上げ、痕跡などから一部に江戸時代に建てられた民家の古材ふるざいを使用していたと考えられます。
 もとは練馬区中村にありましたが、平成19年(2007年)5月に解体され、平成22年に区立石神井公園ふるさと文化館の屋外展示施設として、区立池淵史跡公園へ移築復元しました。
 部分的な改造はありますが、建築当初の主要な部材や構造、形式を良好にとどめており、区内に現存する数少ない伝統的茅葺き屋根の民家建築です。
 平成19年度区登録・平成19年度区指定」
sykjiutd (2).JPG
旧内田家住宅は、茅葺の寄棟造、平入の建築物です。
sykjiutd (5).jpg
玄関から入り 内部を見学できます。
「寄棟造り」という構造形式で、屋根は四方向に傾斜する面を持っています。
長方形の家の形に、一部張り出す形で寝室が設けられており、桁行15.3m(8.5間)、梁間10.9m(5.5間)のとても立派な建物です。
sykjiutd (8).JPG
復元の際は細部にまでこだわりを見せ、木組み、土壁、化粧壁といった家屋の全てを建設当時(明治20年代初頭)の手法で建て直したそうです。
sykjiutd (7).JPG
「内田家住宅は120年の歴史の中でその時代に住みやすいよう改築が繰り返されてきました。
土間は玄関・裏口付近の一部のみとなり、板の間だった部分は畳敷きになりました。部屋の間仕切りが増え、屋内外の境目が明確に作られ、現代的な間取りが見て取れます。解体されたのは平成19年のことですが、その数年前まで実際に住民がここで暮らしていたそうです。」説明文より
中に入ります。
タグ:建物
posted by うめのはな at 06:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年04月14日

石神井公園ふるさと文化館・常設展示

2階の常設展示では 土器などの出土品や工芸品、練馬大根の資料など、練馬区の歴史や人々の暮らしを学ぶことができます。
sykjijyst (1).jpg
練馬大根。大きな漬物樽です。
sykjijyst (2).jpg
農家などで使用された民具
sykjijyst (3).jpg
江戸以前の練馬から 農村文化の練馬。そして村から町へと移り変わります。
sykjijyst (4).jpg
練馬大根のたくあん作りの様子なども展示
sykjijyst (9).jpg
戦後の住宅や昭和30年代の暮らしを再現。
sykjijyst (7).jpg
農村からサラリーマンの街へと移り変わります。
石神井駅前のお店や交番など 練馬の昭和30〜40年代の町並みも再現。
sykjijyst (11).jpg
35mmフイルムカメラ。
練馬は古くからの映画の街です。
戦前「新興キネマ東京撮影所」として1935年(昭和10年)2月に大泉に開所、現在は東映東京撮影所となっています。
日本初のアニメ特撮もこの撮影所です。
sykjijyst (10).jpg
アニメーション撮影台(多段式マルチプレーンカメラスタンド)
コンピューターを駆使した現代の製作製作とは違い一枚一枚撮影したカメラです。
sykjijyst (13).JPG
アニメーション撮影台
練馬区東大泉にある東映アニメーションで、日本アニメの草創期から使用されていたものです。
多段式のマルチプレーンカメラスタンドで、昭和34年製の35mmカメラが備わっています。
セル画や背景画を各段に載せ、少しずつ動かしながら同時に撮影することで、
遠近感のある画面を演出することができます。
posted by うめのはな at 06:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年04月13日

石神井公園ふるさと文化館

ちひろ美術館から 井草通りを徒歩で石神井公園のほうに向かいます。2〜30分歩きました。
skjbnkmap.jpg
石神井公園ふるさと文化館 東京都練馬区石神井町5-12-16
石神井公園に隣接する場所に、平成22(2010)年3月に開館しました。
sykjibnk (6).jpg
敷地の斜面に妙なくいが並んでいます。
sykjibnk (5).jpg
石神井城跡の土塁にみたてたものです。
sykjibnk (2).jpg
エントランス前の像。
sykjibnk (1).JPG
このあたりは食事できるところがないので 文化館内のうどんやさんで食べました。
sykjibnk (3).jpg
武蔵のうどんだそうで 期待していましたが釜揚げのうどんは細麺で あつあつ だからかのびてしまって柔らかすぎて こしがない。
つけ汁は薄いです。酢をたらしてみましたが うどんをつけるたび薄まってよけい美味しくない。
地元野菜のかき揚げ(200円)を追加しましたが さくさくなのに油が口にまとわりつく感じ。
これならお薦めのつけ汁うどんを食べたほうがよかったかなぁ・・・・
食事のあと 常設展に行きました。
posted by うめのはな at 06:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年03月31日

幻想美術動物園・練馬区立美術の森緑地

練馬区立美術館の下は練馬区立美術の森緑地です。
nrmgnsp (5).JPG
20種類32体のファンタジーなオブジェがあります。
カラフルなきりんさんの向こうにはシンボル的存在の”クマ”。
体を覆うのはタマリュウという常緑の植物。
nrmgnsp (2).jpg
3箇所の入り口には、3体のオリジナルキャラクター”ネリビー”がいます。
nrmgnsp (4).jpg
この緑地は、”幻想美術動物園”です。
nrmgnsp (3).jpg
ゴリラ。
2015年4月、「幻想美術動物園」をコンセプトにリニューアルオープンしました。
nrmgnsp (1).jpg
胴体と足は大根、顔とたて髪は植物の幻想生物”ネリマーマ”
芝生の楽しい公園です。
nrmgnsp (6).jpg
中村橋駅に向かうと 側道には国内・外の古レールを活用した街路灯が並んでいました。
レール(街灯の支柱)には製造国や製造方法、規格等が記されています。
nrmgnsp (8).JPG
これは日本製。
外見は同じようなレールに見えても製造国、製造年、重量など違うのですねぇ〜
nrmgnsp (7).JPG
解説版です。
タグ:庭園・公園
posted by うめのはな at 06:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年03月30日

国芳イズム―歌川国芳とその系脈・練馬区立美術館

西武池袋線中村橋駅近くにある練馬区立美術館へ行きました。
nerimahkbt (3).jpg
公園の角にこんな案内板があります。
nerimahkbt (4).jpg
公園の中に入ると 練馬区立美術館入口です。
nerimahkbt (5).JPG
階段を上るとこんなオブジェがありました。”うつるもの”。犬は本物!
nerimahkbt (9).JPG
チケットです。
nerimahkbt (1).jpg
練馬区立美術館   東京都練馬区貫井1-36-16
国芳イズム―歌川国芳とその系脈 武蔵野の洋画家 悳俊彦コレクション
開催日:2016/2/19 (金)〜2016/4/10 (日)
パンフレットは数種あるらしいですが 貰ったのはこれ。
洋画家・悳俊彦が収集した幕末・明治期の浮世絵のコレクションを展示。
nerimahkbt (7).jpg
2階が展示室です。
knys.JPG
歌川国芳『流行猫の曲手まり』天保12年頃(1841)ポスター 
いいねぇ〜にゃんともいえないです。
nerimahkbt (6).jpg
階段を上ると会場です。
反骨精神や洒脱な感性、奇抜な発想で浮世絵を描いた歌川国芳の代表作100点などが展示
国芳は武者絵と戯画にいちばん本領を発揮していますが 観ていて楽しい親しみのある絵です。
nerimahkbt (2).JPG
彼の直弟子、そして彼の作品に影響を受けた後進の絵師たちの作品も展示 。
この展示会は 月岡芳年、河鍋暁斎ら国芳一門の作品、また尾形月耕、山本昇雲、小林永濯らの初公開作品など230点ほどが展示されていて見ごたえがあります。
最後のコーナーには 浮世絵研究家であり、洋画家である悳俊彦氏の風景がもありました。
タグ:芸術鑑賞
posted by うめのはな at 07:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年03月25日

ちひろの庭・ちひろ美術館・東京

二階から庭を見ています。
chihirnwa (1).jpg
小さな庭です。花が好きだった草花が咲く「ちひろの庭」
chihirnwa (3).jpg
庭に出ました。
chihrniwa.jpg
1階カフェから庭に出ることができます。
chihirnwa (4).jpg
芝生には像があります。
chihirnwa (5).JPG
仔馬と子供の像
chihirnwa (6).jpg
ちひろ美術館をでて石神井公園ふるさと文化館まで 約30分ほど歩きました。
タグ:芸術鑑賞
posted by うめのはな at 07:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年03月24日

ちひろのムーブマン・ちひろ美術館・東京

JR荻窪駅前からバスに乗り上井草駅入り口のバス停で降りました。
要所にある案内板に沿って歩くこと数分で 住宅街の中にあるちひろ美術館に着きました。
chihrob (1).jpg
ちひろ美術館・東京  東京都練馬区下石神井4-7-2
chihrob (2).jpg
ちひろのムーブマン 2016年3月1日(火)〜5月22日(日)
はしれ、トト <企画展> 開催中。
chihrob (6).jpg
ぐるっとパスで入館しました。可愛いチケットです。
chihrob (3).jpg
ちひろ美術館は、1977年に世界で最初の絵本美術館として、東京の練馬区下石神井のいわさきちひろの自宅の一画に開館しました。
1995年2月より黒柳徹子が二代目館長に就任。
chihrob (7).jpg
エントランスを入ってすぐが カフェになっています。
展示室はそれぞれこじんまりとしていますが 見やすく落ち着いた内装です。
ちひろ愛用のソファが置かれた展示室もありました。
展示室は撮影不可です。
chihrob (4).jpg
”ムーブマン”とはフランス語で『動勢』を表す言葉です。
少しもじっとしていない子供を見守る母親の目で 生き生きと描いています。
chihrob (5).jpg
生涯子どもをテーマに描き続けた画家です。
赤ちゃんのちいさくて柔らかな身体から 幼児へと成長していく姿が遊びや動きを通して描かれています。
いつも何かで 目にしている親しみのある絵なのですが 改めて原画を見るのもいいものです。
次はちひろの庭を見てみます。
タグ:芸術鑑賞
posted by うめのはな at 06:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年03月20日

「なぞなぞ?ことばあそび!!江戸の判じ絵と練馬の地口絵」・石神井公園ふるさと文化館

割り込み記事です。
skjibunk.jpg
石神井公園ふるさと文化館まで行ってきました。
hanjie (1).jpg
石神井公園ふるさと文化館 練馬区石神井町5丁目12番16号
hanjie (2).jpg
特別展「なぞなぞ?ことばあそび!!江戸の判じ絵と練馬の地口絵」1月30日〜3月21日
これを見に行きました。
hanjie (4).jpg
「判じ絵」と「地口絵」
江戸時代から続く、描かれた図柄の組み合わせから答えを導き出すなぞなぞ「判じ絵」
誰もが知っている成句や慣用句などの一部を入れ替えて、その状況を絵で表現することばあそび「地口絵」
このパンフレットも判じ絵になっていて 中を開くと問題の絵が並んでいます。
hanjie (3).jpg
絵に誘われて 階段を上ります。2階 企画展示室
hanjie.jpg
100点程の判じ絵と練馬区内の地口絵師・平田郡司氏の作品が展示されていました。中は撮影不可
江戸のお遊び。なぞなぞですね〜
しかし 珍問・難問が満載でかなり 頭を使います。
江戸時代を通じて庶民の知的娯楽だったようですが 時代や文化的背景を考えないといけなくて 江戸の人との知恵比べはなかなか難しかったです。
ギャラリーで開催中の、区内などで活躍するマンガ家の方々が描いた練馬区にちなんだテーマの「現代版判じ絵」は かなり正解を得ました。
たまには 頭の体操もいいかもね!
posted by うめのはな at 06:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年01月08日

梅照院 新井薬師4/終

新井薬師社殿の裏には、川口鋳物師・山崎甚五兵衛が昭和34(1959)年に鋳造した天水桶があります。
ariyks 4 (6).jpg
社殿脇には台座だけがあります。
ariyks 4 (7).jpg
もしかするとここには古い天水桶があったのかも・・・・
ariyks 4 (2).jpg
本堂裏手にある大悲殿。(葬儀場など)
ariyks 4 (4).jpg
白龍権現水
昭和60年に新たな井戸が発見されました。以来、その井戸から引水された湧き水を「白龍権現水」といい 名水として知られ、一般の人に開放されており、飲用水として多くの人がここの水を汲みに来ます。
ariyks 4 (5).jpg
正面から見る龍の顔は面白い。
ariyks 4 (3).jpg
十六歳聖徳太子像(新井薬師)
ariyks 4 (1).JPG
句碑 「土もなき巌に生き抜く冬の松」 廣治
境内には 講などのさまざまな石碑がありました。
ariken.jpg
新井薬師に隣接して 新井薬師公園があります。
新井薬師公園の北西隣は新井天神/北野神社で 昔は新井薬師と一体であったと思われます。
今回はそちらにはいかず 中野駅に向かいました。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 07:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年01月07日

梅照院 新井薬師3

山門を入ってすぐの「修行大師」像です。
ariyks3 (1).jpg
修行大師とは、もちろん、真言宗の宗祖 弘法大師のことです。
ariyks3 (2).jpg
薬師霊堂
ariyks3 (5).jpg
その前には聖観世音菩薩像があります。
ariyks3 (3).jpg
山門入って右手 薬師霊堂の対面には不動堂
ariyks3 (4).jpg
お願い地蔵尊。
ねがい地蔵尊」は、お地蔵さんの身体にひしゃくで水をかけ、治して欲しい部分をたわしやスポンジでこすって治癒を祈ります。
お身拭いのスポンジも置いてあります。
ariyksjz.jpg
左側には水子地蔵尊。
奥にポンプが見えます。
ariyks3 (6).JPG
「新井」という地名の由来ともなった井戸
「清水が湧き出ていたことから、この地に新井薬師を建てた行春。地名の「新井」は、水源がきれいな地域に付けられる地名なのだそうで、昔は境内にある井戸の水で目を洗うと目の病気が治ったなどのいい伝えが残されています。」
現在この水で目を洗うことはすすめていませんが 容器にいれて持ち帰る人もいるそうです。
ariyks3.jpg
押し出しの強い、唐破風の庫裡。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 07:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年01月06日

梅照院 新井薬師2

山門入ってすぐ 写真では右に 中野区の説明板と円形の石仏があります。
ariyks2 (5).jpg
本堂再建供養塔 
ariyksk.jpg
「梅照院は、天正十四年(一五八六)行春が建てたことに始まる。本尊の薬師仏は弘法大師の手刻といわれている。住職が薬師仏のお告げでつくった小児の妙薬(夢想丸)は、どんな難病にも効能があった。延享元年(一七四四)運樹が住職に迎えられると御利益が広まり、いっそう寺運が盛んとなった。明和元年(一七六四)寺院が焼失した。老僧運樹は直ちに仮仏殿を造り、さらに本堂再建の大願をたて、趣意書を示して広く喜捨を募った。しかし明和四年(一七六七)本堂の建立をまたず七十五歳で没した。あとを継いだ英俊は、十年以上も苦労の末、安永八年(一七七九)の春、ついに本堂の落成に至った。」ことが記されています。
 昭和五十六年三月 中野区教育委員会」
ariyks2 (1).jpg
手水舎
ariyks2 (2).jpg
鐘楼
ariyks2 (6).jpg
山門正面に本堂
新井の名は当地で新たに井戸を掘ったことに由来するもので、足立区にある西新井大師と同じ真言宗豊山派の寺院。高尾山薬王院、日向薬師、峰の薬師とともに武相四大薬師に数えられる。
ariyks2 (3).jpg
本堂前の常香炉と本堂
ariyks2 (4).jpg
新井薬師本堂 瑠璃殿 
安永八年にできた本堂で、瑠璃殿と呼ばれている。
宗派真言宗豊山派
山号 新井山
本 尊 薬師如来と如意輪観音表裏二佛一体
開山年 天正十四年(1586年)新田義貞の家臣
開 基 僧行春(元北条家家臣梅原將監)
「梅照院(新井薬師)のご本尊は薬師如来と如意輪観音の二佛一体の黄金仏で、高さ一寸八分の尊像です。この尊像は新田家の守護仏でしたが、戦乱のさなか忽然と光が放たれ尊像が消えてしまいました。その後、清水の沸きいずる新井の地の草庵の庭の梅の古木から光が出るという現象が起こり、天正14年(1586年)3月21日、その梅の木の穴から新田家ゆかりの尊像が発見され、行春がこの尊像を安置のため新たに堂を建立したのが梅照院の始まりです。」説明文より
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 07:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年01月05日

梅照院 新井薬師1

中野駅前 サンプラザ前です。
ariyks (6).jpg
ここから約1km 徒歩で新井薬師まで15分ほどです。
ariyks (1).jpg
梅照院 新井薬師  東京都中野区新井5-3-5
ariyks (3).jpg
真言宗豊山派寺院の梅照院は、新井山薬王寺と号し、新井薬師を通称されています。梅照院は、僧快儀が開山、僧行春が開基となり、天正年間(1573-1593)に創建されたと伝えられます。
ariyks (2).jpg
「新東京百景 新井薬師」の碑といわれを刻んだ副碑 
ariykob.jpg
札 所 御府内八十八カ所霊場第七十一番札所
梅照院のご本尊は弘法大師の作と言われています。
12年に1度、寅年にしか御開帳されません。
ariyt.jpg
新井薬師入口のすぐ横の稲荷社。豊川稲荷の扁額が掛けられている。
ariytpp.jpg
山門前に作家(探偵小説)椿八郎の「たんぽぽや薬師如来の手には壺」句碑があります。
ariyks (4).jpg
新井薬師と書かれた提灯
江戸幕府2代将軍徳川秀忠の五女で後水尾天皇中宮の和子(東福門院)が当寺の薬師如来に眼病平癒を祈願したところ、たちまち回復したとされることから、特に眼病治癒の利益(りやく)に関して有名になりました。
ariyks (5).jpg
山門
南北朝時代にこの地域に本拠地を構え、南朝方(新田義貞)についた窪寺氏の葬地。
中野区内では最大の寺院です。
境内に入ります。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 07:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区