2016年09月09日

ピーターラビットガーデン

ザ・ミュージアム前には Bunkamura ドゥマゴパリ テラスがあります。
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パリにある有名カフェ、ドゥ マゴの海外初業務提携店です。
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フォトスポットがあります。
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ドゥマゴパリ テラスフォトスポット
ピーターラビットの世界をイメージした庭です。
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「ピーターラビットガーデン」
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この日は 着ぐるみ(失礼!)のピーターラビット君がいました。
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9月4日のピーターの誕生日にちなみ、9月3日(土)〜9日(金)の1週間は「Peter's Birthday Week」で ピーターラビット君と記念撮影ができます。(時間制です)
絵のほうが好きかも〜〜
タグ:芸術鑑賞
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2016年09月08日

ピーター・ラビット展

会場内は撮影禁止です。
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ビアトリクス・ポター生誕150周年  ピーター・ラビット展
2016年8月9日(火)〜10月11日(火)※会期中無休
会場Bunkamura ザ・ミュージア ム
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作者ビアトリクス・ポター(Beatrix Potter)の生誕150周年を記念し開催される、国内最大規模の展 覧会です。
絵本を描くきっかけとなった 病気の友人に送った絵手紙など私家版の全原画44枚が日本初公開され る他 、作者が愛用していたメガネやデスクなど200以上の貴重な作品・資料が展示されています。
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チケットもかわいい!!
子供の頃 みなが一度は目にした うさぎさん。
俳優のディーン・フジオカさんの音声ガイドです!
ショップのグッズもみな可愛くて欲しいものばかり。ピーターラビットの世界を楽しめます。 
タグ:芸術鑑賞
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2016年09月07日

『Bunkamura』ザ・ミュージアム

渋谷区道玄坂を行くと 東急百貨店本店があります。
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東急百貨店本店 東京都渋谷区道玄坂2丁目24-1
隣接地には複合文化施設 『Bunkamura』が1989年(平成元年)に開業し連絡通路で結ばれています。
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『Bunkamura』B1のザ・ミュージアムではピーター・ラビット展が開催中です。
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ガーデンフロア(地下1階)にザ・ミュージアムはあります。
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はじめまして!世界で一番愛されているうさぎです。
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ザ・ミュージアムは所蔵作品は無く、企画・展示を運営の主体とした 美術館です。
タグ:芸術鑑賞
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2016年05月31日

三福堂・目黒不動尊

渋谷行きのバス停の前に 赤い鳥居と橋がありました。
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橋を渡ると三福堂です。
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内側から鳥居を見ています。
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三福堂。
恵比寿神を祀っています。山手七福神の1つです。
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豊川稲荷。
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福珠稲荷。
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金明湧水 福銭洗い
三福堂に参拝のあと、ここでお金を洗います。
洗うお金に5円を添えるといいと書いてありました。
目黒不動尊を出て 東急線不動前駅まで歩きました。
タグ:神社・寺院
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2016年05月30日

甘藷先生顕彰碑 勢至堂 腰立不動・目黒不動尊

前不動そばの藤棚の下にも大きな蛙が・・・
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胸には「無事かえる」の文字。
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サツマイモ(甘藷)栽培を普及させた江戸中期の儒者「青木昆陽 甘藷先生顕彰碑」・「甘藷講碑」
本堂裏手の昆陽墓は国史跡に指定されています。
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勢至菩薩像を安置する「勢至堂」(区文化財)
寛永11年(1634)、3代家光公の帰衣で造営された50余棟の伽藍は、その華麗さから目黒御殿と称されたと云います。往時、前不動堂の前方にあったこの堂は、「前不動堂」と共に当時の龍泉寺の面影を残す建築物となっている。
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十五夜お月さん等で知られる大正期に活躍した作曲家・「本居長世碑」
長世は国学者本居宣長の6代目の子孫に当たります。「七つの子」「赤い靴」「青い目の人形」「汽車ポッポ」などの作曲者
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山不動と呼ばれる腰立不動 立身出世のお不動さま
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山不動 腰立不動由来
妙なる力に おこされて 二度(たび)世に立(たつ) 不動尊
かめの祝の 末広く 朝日ののぼる みごとさで
東都のつどい 善男女 すくいとらすぞ 妙なる力
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三界萬霊供養塔
三界とは、欲界、色界、無色界、万霊というのは欲、色、無色界の有情無情の精霊などのあらゆる世界。
その他 六地蔵や石碑などを見ながら 境内をでます。
タグ:神社・寺院
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2016年05月29日

阿弥陀堂・目黒不動尊

地蔵堂の隣には 精霊堂があります。
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精霊堂
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精霊堂には、六地蔵と地蔵菩薩、そして本坊地蔵堂と同じように閻魔大王と脱衣婆が祀られています。
六地蔵の頭上の壁面には「地蔵和賛」が書かれています。
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本堂に上がる石段の右手にあるのは 阿弥陀堂です。
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阿弥陀堂には観音菩薩と勢至菩薩を侍仏とした阿弥陀三尊が祀られています。
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観音堂
聖観音菩薩を中心に左に十一面観音、右手に観音堂のご本尊千手観音菩薩が祀られています。
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書院
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阿弥陀堂を出て 石段左手に向かいます。
鶏と蛙です。
タグ:神社・寺院
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2016年05月28日

役行者像 鷹居の松・目黒不動尊

女坂を下って行くと 『神変大菩薩』という石碑がありました。
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途中の石窟内には寛政8年(1796)造立の「役行者像」がある。
別名『神変大菩薩』とも云い、修験道の開祖、足・腰を強靭にしてくれる。
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銅造 役の行者倚像(えんのぎょうじゃいぞう) 目黒区指定有形文化財(彫刻)        
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高さ42.2センチメートル、坐高92.7センチメートル。頭巾をかぶり、木の葉の肩衣をかけ、右手に錫杖しゃくじょう、左手に巻子かんすを持って腰掛けています。
やや痩せがたの神秘的な像で、均整のとれた体躯や手足の表現、法衣ほういや袈裟のしわなど巧みな表現で、江戸時代の銅造彫刻の中でも優れたものです。頭部と胴部はひとつの鋳造で、手足はそれぞれ別鋳したものを胴部に差し込んでいます。表面は黒光りし、鋳工の間でカラス銅と呼ばれる色をしています。
腹部、胸部、腕部に刻銘があり、寛政かんせい8年(1796年)太田駿河守藤原正義おおたするがのかみふじわらまさよしによる制作とわかります。目黒区説明板より)
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鷹居(たかすえ)の松 
「三代将軍家光公は、鷹丸という鷹をたいへん可愛がっていました。鷹狩りの途中、鷹丸をつれて瀧泉寺にたちよった時、鷹丸が行方不明になってしまいました。そこで不動の僧に祈らせたところ、格好の良い松の梢に無事に戻ってきたという話。喜んだ家光は不動を深く尊信し、幕府の保護が厚く、江戸近郊における有数の参詣行楽地となり、門前町もにぎわいました。鷹がおりてきた松は鷹居のまつと呼ばれて長い間江戸庶民に親しまれてきましたが、二代目も枯れて今は小さな碑が男坂のぼり階段の脇の潅木のしげみの中にあるだけです。 」説明板より
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坂から見た 地蔵堂
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地蔵堂です。
タグ:神社・寺院
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2016年05月27日

目黒不動尊本堂前 

本堂の周辺を見ます。
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目黒不動尊銅製灯籠
男坂を上りきったところにあります。笠の裏側や蕨手の装飾、宝珠、火袋には如来像、格狭間にも江戸の飾りなどが彫られています。
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護衛不動尊像
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子育延命地蔵尊
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愛染明王像
愛染明王とは、人間の煩悩と愛欲を転じて仏道に導く仏だそうです。剣を持ち、大きな光背を背負ったすさまじい姿ですが、縁結びの仏様としても信仰されている。
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微笑観音菩薩
すらりとした立ち姿で優しい微笑を浮かべている石像です。
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意志不動像
制多迦(せいたか)童子と矜羯羅(こんがら)童子を従えた不動三尊「意志不動尊」が祀られています。
目標を一点に絞りながら努力をそこに集中させることで障害を突破することが可能となるという意味だそうです。
このほか 本堂の裏手には 大きな大日如来像が鎮座しておられます
タグ:神社・寺院
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2016年05月26日

前不動堂 大本堂・目黒不動尊

独鈷の滝の左手にあるのが前不動堂です。
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本尊は不動明王立像で、庶民信仰の便を図ったものとも、本堂に祈願するための徳を積む修業の場であったともいわれる。
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江戸中期に建立の宝形造朱塗「前不動堂」(都文化財)は、本尊「木造不動明王立像」を安置。
堂建立時のものとされる佐々木玄龍筆の扁額「前不動」も都文化財に指定されている。
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前不動堂を護っているのは優しい顔の狛犬。
「頭を深く垂れた」狛犬。
不動様のご威光に深く敬服しているそうです。
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男坂を上りきった右に大きな「百度石」があります。
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石段上の狛犬は、都内最古の狛犬として有名。
体(胸や前足)に奉納者や建立時期などが刻まれた珍しい形。
胸に紋入りの帯状の模様・奉献・不動尊霊前・唐獅子二匹の文字が見えます。
胸  奉献 不動尊霊前 唐獅子二匹
  右足 亀岡久兵衛正俊
  左足 承應三甲午三月廿二日
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「大本堂」 目黒区下目黒3-20-26 瀧泉寺(目黒不動尊)
「龍泉寺は、江戸城(目青)を中心とした街道沿いに置かれた五色不動(目黒・目白・目赤・目黄・目青)の一つとして人々に信仰され、江戸近郊の行楽地として賑わいました。江戸後期の文化9年(1812)には「江戸の三富」と称された富くじが行われています。
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「関東最古の不動霊場として、熊本の木原不動尊、成田山新勝寺の成田不動尊と併せて 日本三大不動の一つに上げられます。江戸時代には3代将軍徳川家光の帰依により堂塔伽藍の造営が行われ、それ以後幕府の保護を受け、江戸五色不動の目黒不動、江戸の三富(当寺と、湯島天神、谷中感應寺[現天王寺])の一つに数えられたといいます。」説明文より
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鐘楼 (柵があって 近寄れませんでした。)
この写真右のほうに 畑が作られていて さつまいもの苗が植えられていました。
おいもさんフェアの旗がありました。
「甘藷先生」こと青木昆陽さんのお墓のある目黒不動尊です。春と秋に おいもさんフェアがあるそうです。
タグ:神社・寺院
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2016年05月25日

目黒不動(瀧泉寺)

目黒不動(瀧泉寺)です。
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仁王門 目黒区下目黒3-20-26
昭和37年(1962)再建、三間一戸の「仁王門」(楼門)
開口(阿)那羅延金剛・閉口(吽)密迹金剛・階上には韋駄天を祀る
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目黒不動境内図
「境内は平地と台地の境目にあり、本堂への階段左に大師が法具・独鈷を投げた所から龍泉が湧き出したという「独鈷の滝」。
現在まで霊水は涸れることなく二つの滝口から流れ、滝を浴びると病気治癒する信仰があり、不動行者の水垢離の道場として長く利用されてきました。」
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垢離堂
青竜大権現を祀る
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独鈷の滝
「慈覚大師が長安の青竜寺に清い滝があったのを思い出し、試みに独鈷とっこ(煩悩を打ち砕く仏具)を投げたところ、たちまち泉が湧き、滝となったと伝えられている。二条の清水が銅製の竜口から注いでおり、不動講の水垢離場みずごりばとなっている。近年水量は減ったが、1年中水が枯れることはない。」
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開山以来、千百有余年涸れずに流れる霊水『龍御神水』
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水かけ不動尊(瀧泉寺)
悪いところに水をかけると治るをされている水かけ不動明王
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台地上の本堂へは、男坂(左)・女坂(右)を上ります。
急石段・男坂上り口左に、3匹の子犬が寄り添う珍しい「狛犬」があります。
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2016年05月24日

平井権八と遊女小紫の比翼塚・目黒

たこ薬師から 目黒不動尊の参道を歩きます。
目黒不動尊仁王門のすぐ前に正一位稲荷大明神の幟が立っています。
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伏見稲荷神社 目黒区下目黒
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小さな祠には正一位稲荷大明神・伏見稲荷が祀られています。
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隣には江戸情緒比翼塚の案内板が立っています。
歌舞伎「鈴が森」でお馴染み、白井権八のモデルになった平井権八と愛人・小紫の由来を伝える塚です。
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平井権八と遊女小紫の比翼塚
「印幡国鳥取藩士・平井権八は父の同僚を斬殺し江戸に逃亡、遊女小柴と昵懇となるも困窮から辻切りを犯し、龍泉寺近くの東昌寺(廃寺)に匿われます。後、郷里を訪れるとすでに父母は他界していたことから自首し、延宝7年(1679)11月鈴ヶ森刑場で処刑されました。
報を聞いた小柴は東昌寺墓前で自害をします。後に2人の来世での幸せを祈り塚が建立され、現在地に移転されました。
この悲話は「後追い心中」として歌舞伎などで知られています。」
タグ:神社・寺院
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2016年05月23日

たこ薬師成就院・目黒

羅漢寺から目黒不動尊に行く途中に 「信じて願えば何でも治る」ご利益と話題の「たこ薬師成就院」があります。
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たこ薬師」の通称で知られる成就院山門 下目黒三丁目11番
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成就院
天安2年(858)慈覚大師の開山で、本尊は大師の自作と伝えられる3匹の蛸に支えられる蓮華座に乗る薬師如来像です。
俗に蛸薬師と呼ばれ、疫病除けの仏として人々にあがめられています。
慈覚大師(円仁)が自身の眼病平癒のために作ったものに由来すると伝えられている。
タコは、暗闇でも見える目を持つ生き物とされており、「眼病を治す」、「吸盤で吹き出物を取り払う」などのご利益があると伝えられています。
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慈覚大師は承和14年(847)唐からの帰路、荒れた海上で海神に自ら刻んだ持仏(薬師像)を投じ無事に帰国。
後に諸国巡回の折、海上で海神に捧げた薬師像が、蛸に乗り漂着したと伝わる所以から「蛸薬師」とも呼ばれます。
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庚申供養搭と橋和屋地蔵
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本堂の壁には、蛸のイラスト
「ありがたや 福を すいよせる たこ薬師」
その前に 2代秀忠公の側室・お静の方が我子・幸松(後の保科正之)の栄達を祈願して奉納した「お静地蔵尊」が祀られています。
お静地蔵
「成就院の境内東側に安置される石仏群は、中心に阿弥陀如来、その右に観音3体、左に地蔵尊3体からなる。地蔵尊は左から、金剛宝、金剛憧、金剛願の各地蔵であり、3体あわせて寺ではお静地蔵と称している。」
タグ:神社・寺院
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2016年05月22日

天恩山五百羅漢寺・目黒

山手通りをさらに先に進むと 羅漢寺交差点です。
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山手通りの羅漢寺交差点に松雲元慶禅師の像があります。
松雲元慶禅師は、貞亨年間(1684〜88)浅草寺支院で彫刻をはじめ、十余年の歳月を掛け本尊「釈迦如来像」や五百羅漢を完成、元禄8年(1695)師鉄眼を開山として大島村(江東区)に黄檗宗の寺を建立、後に現在地に移転しました。
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天恩山五百羅漢寺 目黒区下目黒3−20−11
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本堂に並んだ、元禄時代建立になる羅漢さん逹の姿は圧巻。拝観料300円。
本堂および回廊に安置されている五百羅漢像は、元禄年間松雲元慶禅師が、各方面から
寄進を受けて、自ら彫刻したもの。五百羅漢寺には現在305体が残っています。
写真撮影不可。
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木造釈迦三尊及び五百羅漢等像 東京都指定有形文化財(彫刻)
江戸時代中期 元禄げんろく(1688年から1703年)頃
木造の釈迦三尊や五百羅漢等三〇五体の像はそれぞれ姿の違った人間像として、巧みに表現されており、しかもこのような大型の像が多量に存在することは珍しく、昭和45年に東京都指定文化財に指定されました。
建物に徳川家の家紋・三つ葉葵が飾られています。
羅漢寺は、徳川五代将軍綱吉、八代将軍吉宗から援助を受けて羅漢寺は繁栄を誇りました。 
タグ:神社・寺院
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2016年05月21日

蟠龍寺・岩屋辨天 目黒

目黒 山手通りを進むと 岩屋辨天と書かれた門がありました。
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山手七福神の一つ、蟠龍寺です。
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蟠龍寺と弁天様
この寺の創建は宝永6年(一七〇九)。浄土律復興のため、増上寺の高僧・霊雲上人が行人坂下の称明院をここに移し、蟠竜寺と改名された。本尊阿弥陀如来像(都文化財)・善光寺如来像が安置されている。本堂横の祠の中に山手七福神の石仏の弁財天があり、木造の弁財天は、お堂にまつってある。池の奥に「おしろい地蔵」の異名をもつ地蔵がひっそりと立つ。
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参道には元禄11年(1698)建立「地蔵菩薩坐像」があります。
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蟠龍寺
山号 霊雲山
院号 称明院
寺号 蟠龍寺
住所 目黒区下目黒3-4-4
宗派 浄土宗
蟠龍寺は、慶安元年(1648)に開創した称明院を、増上寺の霊雲上人が宝永6年(1709)に霊雲山称明院蟠龍寺として改名再建しました。境内の弁財天は、山手七福神の弁財天となっています。
江戸名所図会に載る名所で、東都三番札所。
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「岩窟弁天」の石碑
この並びに いくつかの石仏などが並んでいます。
その奥に岩窟があります。
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江戸裏鬼門の鎮守として岩窟内に石造弁財天が祀られています。
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岩窟内の「八臂の石造弁財天像
この岩窟の上のほう、本堂右段上に木造弁財天(八臂の天女像)を祀った「弁財天堂」があります。
木像と石像、2つの弁天様が祀られています。
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2016年05月20日

切支丹燈籠・大聖院 目黒

目黒大鳥神社のすぐお隣に、この神社の別当である松輝山生運寺 大聖院があります。
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松輝山生運寺 大聖院  東京都目黒区下目黒3丁目1番3号
大聖院は、弘治3年(1557)貞順によって開創されたと伝えられ、目黒不動瀧泉寺の末寺でした。
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大鳥神社と同様に切支丹灯籠があります。
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「この3基の燈籠は、切支丹燈籠とか織部式燈籠と呼ばれています。もと三田千代ヶ崎の旧島原藩主松平主殿頭の下屋敷(後の大村邸)林泉中の小祠内にありましたが、大正15年10月大聖院に移したものです。中央のもっとも高い1基の竿石には変形T字クルスとキリスト像とおもわれる形状が、また左右面に、漢詩が刻まれています。この燈籠は徳川幕府の弾圧を受けた隠れ切支丹が庭園の祠等に礼拝物として秘かに置かれていたものだと言われています。歴史的に文化的価値が高く、全国的にも数少ない燈籠です。
 平成4年3月 目黒区教育委員会」
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笠付型の道標
旧丹方町と仲町のT字路に有ったもので、その碑面に銘記されているみがえりの阿弥陀像は戦災で焼失しました。
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2016年05月19日

目黒大鳥神社

目黒区立美術館を出て 交通の要所である目黒通りと山手通りの大鳥神社交差点に出ます。
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大鳥神社  目黒区下目黒三丁目1番2号
山手通りの鳥居です。
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大鳥神社社殿
目黒のお酉さん」と呼ばれ親しまれている大鳥神社。
第二次大戦の空襲で社殿などは焼失。現在の社殿は昭和37年に完成したもの。
風格のある社殿です。
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古くは鳥明神といわれ、日本武尊を主祭神とする。
区内最古の神社でもある。毎年11月の酉の市は有名。
賽銭箱の 金色の おとりさまが 可愛い。
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境内社の目黒稲荷神社。
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延宝銘の庚申塔に将軍家と書かれた石碑
元禄元年、宝永元年、元禄元年銘の青面金剛像の庚申塔で 下には三猿が彫られている。
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神楽殿
切支丹灯籠が見える。
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切支丹灯籠
織部灯篭とも言われ隠れキリシタンの信仰対象
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灯篭の足にキリストを刻みいれて信仰した切支丹灯篭。
タグ:神社・寺院
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2016年05月18日

没後40年 高島野十郎展 ―光と闇、魂の軌跡・ 目黒区美術館

区民センター内目黒区美術館では 「没後40年 高島野十郎展 ―光と闇、魂の軌跡」(6月5日(日曜日)まで)開催中です。
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高島野十郎氏は 東京帝国大学農学部水産学科を首席で卒業。
独学で油彩画の技法を習得し会派や団体に所属していなかったためか、1980年代までほとんどその存在を知られていませんでした。
死後 注目された画家です。
家庭をも持たずに、自ら理想とする写実的な絵画を、生涯追求しました。
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細部まで精緻に描き尽くした写実画の数々。
微細な光をとらえた「ろう燭」「月」シリーズなど、風景画や静物画約140点です。
展示作品は、14〜19歳頃の習作から77歳頃迄に描かれたものが順に並んでいます。
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「傷を負った自画像」からはじまります。
第1章 初期作品〜理想に燃えて
自画像をはじめ 独学という初期の絵が並んでいます。
暗い色調が多いです。
第2章 滞欧期〜心軽やかな異国体験
1930〜33年、欧州滞在中に描かれた作品。全て風景画。
印象派の風景画を学んだようです。
第3章 風景〜旅する画家
帰国後 日本を旅します。その先々で風景画を描く。法隆寺や有明海、東北の雪景色などなど 心に残るものばかりです。
第4章 静物〜小さな宇宙
静物画はさすが 農学部出身というだけあって 細かいところまで正確に緻密に描きます。
第5章 光と闇〜太陽、月、ろう燭
光と影が生み出す世界です。
ろう燭のシリーズは、何枚も何枚も描かれています。
ほぼ構図は同じですが 炎の揺らめきや、明るさなどどれも少しずつ違います。
月の絵は じつは 闇を描いたのだとか・・・。
高島野十郎氏は 近年、異色の「孤高の洋画家」として注目を集めています。
今回は いいものを見ました。
タグ:芸術鑑賞
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2016年05月17日

目黒区民センター公園

目黒駅から目黒通り権之助坂を下ると 目黒川にかかる目黒新橋です。
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桜並木が続き 桜の名所ですが この目黒川臭くて 水が汚なかったです。
とにかく目黒通りから 臭いがして・・ 川の水は濁って汚かったです。
なんとかならないものでしょうか、 花見船もいけどこれじゃ ちょっと・・・・・
この川の脇の道を歩くと 目黒区民センター公園です。目黒区目黒二丁目4番36号
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植え込みの中にある「めぐろ平和の鐘」は、人間国宝香取正彦氏(故人)寄贈のものです。
広島の「平和の鐘」、バンクーバー市(カナダ)の「平和の鐘」と三姉妹だそうです。
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長崎市若草町に植えられていて原子爆弾の熱戦と爆風で焼けてえぐられたカキの木の種を育てた被爆二世のカキです。
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被爆者団体である崩友会が長崎市を訪問した際、この被爆したカキの木の種子を分けてもらい発芽させ育てたものです。
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同様に被爆したアオギリも植樹され育っています。
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体育施設、消費生活センター、児童館、図書館、などさまざまな施設が入った目黒区民センター公園の中に 美術館があります。
目黒区美術館です。
タグ:庭園・公園
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2015年07月09日

松林山大円寺・阿弥陀堂

大圓寺の境内右手に阿弥陀堂があります。
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石のお七地蔵とは別物で 実物は阿弥陀堂の中に「お七地蔵菩薩像」と共に 西運上人の木造も安置されているそうです。
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無量寿院阿弥陀堂
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阿弥陀堂には「木造阿弥陀如来三尊像」(区指定文化財)が祀られています。
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木造阿弥陀三尊像 説明板があります。
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鐘楼堂
西運念仏講の記念事業として建てられたものだそうです。
お七と吉三の碑の横には可愛い「道祖神」があります
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夫婦道祖神です。微笑ましいです。
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六地蔵
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庚申塔は門を入ってすぐ右手に3基並んでいますが 車が止められていて正面から見ることができませんでした。
寛文7年(1667) 貞享元年(1684) の文字が見えます。
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サルが庚申塔に登場したのは室町も末、庚申待ちの夜阿弥陀、観音、山王などがまつられ庶民を守ってくれたそうです。
側面に「三界萬霊等」「南無阿弥陀佛」と彫られているので供養塔なのでしょうか・・
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行人坂敷石造道供養碑
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横に説明板がありました。
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山門をでようとしたら 可愛い地蔵様。
ほっこりして 大円寺を出ました。坂を下ったところが目黒雅叙園です。
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2015年07月08日

松林山大円寺・文化財等

境内左側 釈迦堂の本尊釈迦如来立像(国重文)は、鎌倉初期の清涼寺式生身の釈迦像です。
御開帳していないので そのお姿を拝観はできませんでした。
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生身の釈迦如来立像 (国指定重要文化財)
「京都清涼寺の釈迦如来立像の模刻。鎌倉時代には、釈迦信仰の復古的なな高潮によって盛んにに作られました。大圓寺の釈迦如来像は、胎内から鏡や結縁者戒名等を記した紙片・女性の髪・木札などが発見され、鏡には、「建久四年舟治氏乙犬丸」の線刻銘があり鎌倉大仏を鋳た舟治氏と同姓の工人の名が記されています。年代の明らかな清涼寺式釈迦像の中でも建久四年(1192)は最も古い釈迦像です。
生身の釈迦像として、像の胎内には人間の胎内にあるのと同様の五臓が絹や綿の布で作られ、文書や経巻、宝玉などとともに納められています。」説明板より
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仏足石
仏足石(ぶっそくせき)とは、釈迦の足跡を石に刻み信仰の対象としたもの。
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大円寺本堂前にある薬師如来
自分の体の悪い部分と同じ場所に、金箔を貼りつけると改善するとのこと。
よく見ると手足の部分の金箔が少ないように思えます。
頭の悪い人 顔の悪い人 内臓の悪い人が多いのですかねぇ・・・でも顔が悪いって?
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目黒川の太鼓橋に使用された石材という碑があります。
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太鼓橋に使用されていたと思われる寸法の異なる長方形の古い石材の上に七福人石像が置かれています。
左には ベンチのような長方形の石材もありました。
「八百屋お七の恋人吉三は、その法名を西運と改め、お七の菩提を弔うため江戸市民から寄進された浄財を基に行人坂の石畳、太鼓橋を石の橋にした。」と書かれています。
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西運上人の板碑とお七地蔵像
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阿弥陀堂前の板碑
「万葉集出画撰の画家・大亦観風(おおまたかんぷう)氏の描かれた西運上人が木枯らし吹きすさぶ中、黒衣の裾をなびかせながら、隔夜日参一万日念仏行を勤められている姿
吉三発心(きちざほっしん) 只たのむ かねの音きけよ 秋の暮」
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2015年07月07日

松林山大円寺・大円寺石仏群

山門正面が本堂です。 目黒区下目黒1-8-5
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天台宗延暦寺派で「松林山大円寺」といいます。
寛永の初め、湯殿山の修験僧・大海法印が大日如来を祀り、祈願の道場を開いたことが、この寺の始まりと伝えられてます。
大円寺は大黒天を祀っており、大円寺の三面大黒天像は、山手七福神の大黒天となっています。
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明和の大火は明暦の大火、文化の大火とともに江戸三大大火のひとつと言われています。
明和9年2月(1772)、本堂から出火、麻布、京橋、日本橋地区を焼きつくし約1万5000人の死者をだす大惨事となりました。
放火犯は武州熊谷無宿の真秀という坊主で火元となった大円寺は、その後約70年間、幕府から再建の許可が下りなかったそうです。
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「新編武蔵風土記稿」のよれば大円寺では焼死人々を供養するために、天明頃(1781〜9)境内に五百羅漢像等を建立したということです。
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東京都指定有形文化財
大円寺石仏群 520躯(釈迦三尊像 3躯、十大弟子像 10躯、十六羅漢像 16躯、五百羅漢像491躯)
天明年間(1780年代)、前述の目黒行人坂火事の犠牲者追悼のために作られたとされている。
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石仏の顔や姿はひとつひとつ 違っています。
中には苦悩の顔と思われるものもあります。
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石造五百羅漢像群の前に、赤い布を巻かれた地蔵様が安置されています。
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とろけ地蔵
明和の大火によって溶けてしまった地蔵様だそうで、品川の海に沈んでいたものを漁師が引き上げられ 大円寺に安置されたそうです。
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昔から悩み事をとろけさせてくれるご利益のあるお地蔵様として信仰を集めている。
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大円寺には様々な文化財があります。
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2015年07月06日

目黒行人坂〜大円寺山門

JR目黒駅西口から 行人坂を下ります。
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この坂はとても急ですが 人通りの多い坂です。
右手は ホリプロの社屋がいくつか立ち並んでいます。
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江戸時代、この辺りは、富士見茶屋があり目黒不動尊へ参詣客が 一休み。
かつては高台の景勝の地で 富士山の眺めもよく 目黒川に続く荏原台(えばらだい)の方角に沈む夕日が趣深く 夕日の岡(ゆうひのおか)と呼ばれていました。
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行人坂は目黒区下目黒と品川区上大崎にまたがる坂です。
この坂は「振袖火事」「車町火事」と並ぶ江戸三大火のひとつ(行人坂火事)とも関連して知られています。
坂道沿いに大円寺(だいえんじ)、明王院(みょうおういん)などがあり、江戸から目黒に抜ける主要な交通路でした。
多くの行人たちが周辺に住み修行するようになったため、「行人坂」と呼ばれるようになったと云われています。 mgrgynin (4).jpg
目黒川架橋供養の勢至菩薩石像を祀る「勢至堂」があります。
目黒川架橋供養勢至菩薩石像(1704年、八百屋お七の恋人とされる吉三(西運)により造立)
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目黒川架橋供養勢至菩薩石像(区指定文化財) 大円寺境内
 「下から台座(97cm)、蓮座(20cm)、頭上に宝瓶のついた宝冠をかぶり、両手合掌、半跏趺坐の勢至菩薩像(52cm)の3段になっています。
台座の前面と両側面に、江戸中期における目黒川架橋のことを語る銘文が刻まれています。銘文によると、宝永元年(1704)に西運という僧が目黒不動と浅草観音に毎日参詣し、往復の途中江戸市民の報謝をうけ、両岸に石壁を築いて、雁歯橋を架けたことがわかります。目黒川架橋の史実を物語る貴重な資料です。平成3年3月 目黒区教育委員会」
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お堂の脇に、この坂の守り神「行人坂 坂守天人の石像」の像があります。
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大円寺(だいえんじ)(目黒区下目黒一丁目8番5号)
この大きな石 以前は境内にあったのですが現在は山門前にあります。
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山門も新しくなっていました。松林山大円寺
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明和9年(1772年)2月、この寺の本堂から出た火は、江戸の三分の一を焼く大火となり多くの死傷者を出しました。本堂脇の崖面には、この目黒行人坂大火の犠牲者を慰霊するために建てれた石仏群(せきぶつぐん)(都指定文化財)があります。
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2015年06月23日

目黒雅叙園・庭園

創業者が目黒の崖地を利用して、その真ん中に百段階段を通したそうでここは 目黒川沿いの崖地にあるのです。
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庭園をガラスドームで覆うアトリウム一番奥が 披露宴などの専用建物で一般客は立ち入りできません。
手前には レストランやカフェがならんでいます。
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日本料理「渡風亭」の手前から庭園へ出ることができます。
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金太郎池
写真左側は カフェなどが並び 右側は緑の崖です。
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池の崖側は滝です。水音が心地よくどこか避暑地に行った気分です。
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あえて人工的に作っているのが特徴です。
みあげれば かなりの高さがあり崖地だとわかります。
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石段を登り上に行くことができました。
上からの眺めも格別です。
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“胎内くぐり”と言われる洞窟らしきもの。
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おお〜滝の裏側に出ました。
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滝の裏側からみるのも 乙なもの・・・人工的な庭園ですが都会の喧騒を忘れさせてくれる和みのしかけでした。
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2015年06月22日

目黒雅叙園・回廊〜豪華化粧室

「目黒雅叙園」は1931年に開業した日本初の総合結婚式場だそうです。
平成3年に850億円を掛けて全面改築され螺鈿や漆の装飾で館内を一新したとのことです。
その豪華絢爛な館内はいつ来ても ため息がでるほどなのです。
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玄関ホールから招きの大門、アトリウムへと続く回廊は100メートル以上ああるそうです。
その長い廊下の壁に秘蔵の彩色木彫板、絵画が飾られています。
江戸時代の日本橋界隈の風俗を描いたもので花魅通り と呼ばれていた廊下を、再現した廊下なのですが ただの絵ではありません。
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実は平面的な絵ではなく、立体的で3Dという感じ浮き上がっています。
彩色木彫板といって 1枚板の木彫りで、彫刻したあとに泥絵具で彩色しています。
見る位置によって表情が変わるのも彩色木彫板の特徴
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大門池 と言われる池は 季節によって飾りが変わります。
現在は 梅雨バージョン。
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ライトアップされた傘がきれいです。
美術館といってもいいくらいで 初めての人は驚くことでしょうね。
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目黒大鳥神社の 神輿も廊下の両サイドに並んでいます。
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招きの大門 瓦屋根の上の棟飾りは「縁結び」
結婚式場ですので ウェディング関連の施設が並んでいます。披露宴会場は超豪華だそうです。
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これは化粧室入口
この化粧室は 特別な装飾が施されていて その豪華な入口につい入ってみたくなります。
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螺鈿や漆による装飾の“化粧室”エントランスです。
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黒漆と螺鈿。美術品のようです。
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これは少し浮き上がっているように見えるかな・・・
女性用に入ると 赤い太鼓橋がありその奥が個室トイレ。ここ いつも並んでいるのです。
誰もいなけりゃ全体の写真も写すのですが さすがそれはねぇ・・・
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個室内部の天井にも美人画が・・・・
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トイレ個室内部の灯りとり。
この装飾は 百段階段のガラス戸と同じようです。
贅沢の極みのトイレでした。
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2015年06月21日

目黒雅叙園百段階段

受付でチケットを買い パンフレットを貰い エレベーターで3Fへ。
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扉の螺鈿細工がすごいけど中はもっとすごい。
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螺鈿は蝶貝などの真珠光を放つ部分を切り取って漆器や木地にはめ込む装飾。
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絢爛豪華なエレベーターは ゆっくりと3Fへ。
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菱形、三角形、亀甲、菊花などを組み合せた幾何学模様の組子障子は今や希少な伝統技術。
欄間や火燈窓などにも使われています。
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百段階段は靴を脱いでから入ります。靴下など着用のこと。(冬は足が心底冷えて我慢できなくなります。)
「十畝(じっぽ)の間」、「漁樵(ぎょしょう)の間」、「草丘(そうきゅう)の間」、「静水(せいすい)の間」、「星光(せいこう)の間」、「清方(きよかた)の間」、「頂上(ちょうじょう)の間」、計7つの中から4棟の座敷棟が2009年3月16日に東京都指定の登録有形文化財(建造物)に登録されました。
撮影は禁止です。
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目黒雅叙園内の東京都指定有形文化財「百段階段」
「百段階段」とは通称で、かつての目黒雅叙園3号館にあたり、昭和10(1935)年に建てられた当園で現存する唯一の木造建築です。
厚さ約5cmのケヤキの板材でつくられた99段の階段廊下をもつことから「百段階段」と呼ばれ、階段廊下の南側には7つの部屋が連なっています。」
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「各部屋はそれぞれ趣向が異なり、各部屋の天井や欄間には、当時屈指の著名な画家達が創り上げた美の世界が描かれています。
"昭和の竜宮城"と呼ばれた目黒雅叙園の建物の特徴は、装飾の破格な豪華さにあります。 最近の研究によると、その豪華な装飾は桃山風、更には日光東照宮の系列、あるいは歌舞伎などに見られる江戸文化に属するものとも言え、なかでも「百段階段」はその装飾の美しさから見ても、伝統的な美意識の最高到達点を示すものとされています。」説明文より
展示物よりも 部屋の豪華装飾に目が行ってしまうかも・・・・天井を見るので首が痛くなります。
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2015年06月20日

目黒雅叙園・ 神の手○ニッポン展

久しぶりに目黒雅叙園を訪問しました。入口に 『お七の井戸』があります。
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八百屋の娘お七は大好きな吉三に合いたさに自宅に放火し、鈴ヶ森で火刑にされた、江戸の悲しい話です。
お七が恋した吉三は七の火刑後僧侶となり、名を西運と改め明王院に入りお七の菩提を弔い続けました。
明王院は、現在の目黒雅叙園エントランス付近から庭園にかけての場所に 明治13年頃までありました。
この明王院境内の井戸で西運が念仏行に出かける前にお七の菩提を念じながら水垢離をとったことから「お七の井戸」と言い伝えられています。
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まぁるくカーブしたエントランスの屋根の上には 何かあるのですがよく見えません。
東京都目黒区下目黒1-8-1  目黒雅叙園
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神の手○ニッポン展 2015年5月29日(金)〜6月28日(日)
目黒雅叙園 百段階段で開催中の、人間業とは思えない神の手を持つ日本人作家6人の作品を一同に集めた展覧会です。
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中は撮影禁止ですが エントランスに作品が飾ってあり それは撮影可でした。
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・ペーパーアーティスト 太田隆司 ノスタルジックなその風景の中には必ずクルマと犬が登場している
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・ビーズアーティスト 金谷美帆  ビーズで織り上げた和衣装が見ものです。
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・ミニチュアハウスアーティスト 島木英文  日本家屋の風景を箱に組み込み再現。奥行き感を強調するために立体なのに遠近法を駆  使しているので超リアル。
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これには 見とれてしまいました。本当にすごいです。部屋の中の家具や小物はもちろんのこと 奥の庭や畑までリアルに見えます。今回 これだけでも一見の価値ありです。
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・立体切り絵アーティスト SouMa 
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・ポップアップアーティスト HIROKO
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・ジオラマアーティスト 山田卓司 昭和の風景をミニチュア化
百段階段へは 専用のエレベーターで行きます。
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2015年03月29日

明治神宮

明治神宮前駅を出ると 神宮橋がありそのすぐ隣に五輪橋があります。
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東京オリンピック 1964年(昭和39年)の水泳競技メイン会場である、「国立代々木競技場」から神宮橋を迂回せずに表参道に直結するために五輪橋が造られたとのことです。
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橋の欄干は 体操や柔道 レスリングなど日本が得意だった種目のレリーフです。
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1964年東京オリンピックのポスターなどに使われた日の丸と五輪のマークもはめ込まれています。
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明治神宮へ参拝しました。今回は宝物殿の法にはいかずこの部分だけです。
東京都渋谷区代々木神園町1−1
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南参道の大きな鳥居です。
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清酒菰樽
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葡萄酒樽
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大鳥居
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拝殿前の鳥居
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かなり人が多いです。
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外国人も多かったです。
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拝殿前
拝殿内は撮影禁止になっていました。
明治神宮には数回来ています。
ブログ1で 明治神宮について書いています。
明治神宮宝物殿 明治神宮 御社殿 明治神宮御苑 2013年1月20日〜26日のブログです。。
タグ:神社・寺院
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2014年06月12日

アクセサリーミュージアム/目黒区

中目黒から東急線に乗り 次の駅 祐天寺に行きました。
駅から徒歩5分ほど歩いた住宅街に アクセサリーミュージアムがあります。
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アクセサリーミュージアム 東京都目黒区上目黒4丁目33
ここは個人邸宅がミュージアムになっています。一般住宅を改装したというシックな館の地下から地上2階が展示スペース。
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近代ファッションやコスチュームジュエリーに特化した私立美術館としては、日本最大の規模。
ぐるっとパス2014で 郷さくら美術館などを巡りました。
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アールデコ、アールヌーボー、ビクトリアン〜近代、オートクチュールプレタ、アバンギャルドまで各室を時代別に区分し、それぞれの部屋を1つの時代で展示していました。
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オーナー夫妻がコレクションした'50-'80年代のコスチュームジュエリーが時代区分ごとに展示されていて すごいなぁ・・と。
さりげなく置いてある家具 調度品もなかなかのものでした。
地下に行くと なつかしい昭和のエレガンス。70-80年代のアクセサリーやバッグや帽子、70年代シャネルのスーツなども展示されていました。
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企画展 「美しいファンシーエッグ〜ロマンティックな卵たち〜」展 開催中。
卵の殻に貴金属や宝石などを用い、精密な装飾を施した「エッグアート」 。エッグアートは古くから欧米を中心に親しまれ、現在でも多くの愛好家により新しい作品が生み出されています。 日本でのエッグアートのパイオニア、わたべ和美氏の作品展です。
タグ:芸術鑑賞
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2014年06月11日

郷さくら美術館 東京・目黒区

東京メトロ日比谷線中目黒駅から別所橋に行きます。
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目黒川は桜の名所です。
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別所橋は目黒川に架かる橋です。
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別所橋から見た 目黒川です。
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橋を渡ってすぐが 郷さくら美術館 東京(目黒区上目黒一丁目7番13号)です。
2012年にオープンした現代日本画の専門美術館。500点になる収蔵作品の多くは50号を超える大画面の作品で、年4回の企画展が開催される。
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建物は、目黒川沿いの桜と呼応するかのように桜の紋様をモチーフにした 1,100 枚の素焼き有孔タイルを使った外観です。
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桜の饗宴展と題された展示室では画家たちが描く三春の瀧桜の屏風作品などが並びます。
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日本の桜の風景を見ることができます。
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コレクション展「エトランゼ―異国の人々」
2014年5月16日 〜 2014年7月13日
画家達が旅先で出会った、異国に生きる人々を描いた日本画作品30点が並んでいました。
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帰りは日の出橋を渡り 中目黒駅に行きました。
都心とは違い 食事する店が少なかったです・・・・。
タグ:芸術鑑賞
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2014年06月10日

羽田国際空港ターミナルビル4F 江戸小路

羽田空港国際線ターミナルです。
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羽田空港国際線ターミナル  東京都大田区羽田空港2-6-5
夜便が多いので 時間帯によっては閑散としています。
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梅雨の風物詩・紫陽花(あじさい)が登場しました。
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羽田国際空港ターミナルビル4F 江戸小路
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江戸小路中央の鳥居風 江戸舞台です。
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紫陽花を中心としたフラワーアレンジメント
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江戸小路
江戸の町並み風にしたてた お店が並びます。
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中村座がありますがこれもお店です。
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江戸の町屋を再現したようなお店です。
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閑散としていますがこれがこのターミナル特徴、フライトが集中する時刻とそうでない時刻で、客足に雲泥の差があるそうです。
通路が狭いので混み合うときは お祭りのようになるそうです。
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江戸小路入口に吊るされた、入居テナントの店名を記した提灯達。これも京都の有名な職人さんが製作したそうです。
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茶店の席もまばらです。昼のフライトが増えると、一日を通してお客さんがいるような状態になるでしょう・・・
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ブロックでもJAPAN紹介。
江戸小路の拡張工事も2014年8月末完成に向けて進行中だとか・・・発着便も増えるといいですね。
タグ:観光
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