2015年10月14日

三鷹市山本有三記念館

風の散歩道沿いにあるのが 三鷹市山本有三記念館です。
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三鷹市山本有三記念館(三鷹市下連雀二丁目12番27号)
三鷹市山本有三記念館は大正末期の本格的な洋風建築です。
昨年訪問した時に 屋内・屋外と細かく写真を写したので今回はほとんど写しませんでした。
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今の時期は東京都文化財ウィークの期間ですから 関係する施設ではいろいろなイベントをやっています。
ここでも スタンプラリーをやっているようです。
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1階は常設展です。有三ゆかりの品々が展示されています。
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「史実と創作―有三が描いた歴史」展
会期:2015年9月12日(土)〜2016年3月6日(日)
2階の3つの部屋では企画展です。
山本有三の作品の中で約3分の1を占めているのが歴史物のジャンルです。
「西郷と大久保」や「ウミヒコ・ヤマヒコ」など、有三の史劇と歴史小説を一挙に展示しています。
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「作家・山本有三が1936年から1946年まで家族とともに住んだ家を記念館として公開しているものです。
大正末期に建てられた本格的な洋風建築で、石を自然に積み上げたような煙突や、個性的にデザインされた3つの暖炉が見どころです。
希少な建築物として1994年に三鷹市の文化財に指定されました。」
記念公園になっている庭園もとてもいい庭で たくさんの人がスケッチをしていました。
どうやら 公募展があるようです。
山本有三記念館写真等は昨年のブログに載せています。
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2015年10月13日

太宰治文学サロン〜風の散歩道

三鷹市芸術ギャラリーから 徒歩2〜3分のところに太宰治文学サロンがあります。
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太宰治文学サロン 東京都三鷹市下連雀3-16-14
ビルの1階にある 小さなサロンです。
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この文学サロンのある場所は通っていた伊勢元酒店の跡地だそうです。
「太宰治文学サロンは平成20(2008)年の歿後60年と翌年の生誕100年を記念して、太宰が通い「十二月八日」に登場する、伊勢元酒店の跡地に平成20年3月に開設されました。」説明文より
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太宰治は、38歳という短い生涯の中で昭和14年9月より三鷹の下連雀に家族とともに移り住み、疎開期間を除いて約7年半を過ごしています。
三鷹での太宰の写真、太宰ゆかりの場所の地図などのパネル展示のほか、太宰直筆原稿(複製)、初版本などの資料や解説文を紹介しています。愛用した火鉢も置かれていました。企画ごとに展示の入れ替えがあるそうです。
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サロンを出て 玉川上水沿いの風の散歩道を歩きます。
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太宰治が入水したと思われる地点に記念碑文がありました。
昨年の桜桃忌にもこの場所を歩いています。今回は二度目の散歩です。
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玉鹿石(ぎょっかせき)
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太宰治の故郷、青森県五所川原市金木町特産の銘石)
風の散歩道を むらさき橋からさらに先に進みます。
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2015年10月12日

川崎のぼる 〜汗と涙と笑いと〜 展・三鷹市美術ギャラリー

三鷹市美術ギャラリーに行きました。
三鷹駅から直結 CORAL(コラル)5階にあります。
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三鷹市美術ギャラリー    東京都三鷹市下連雀3-35-1
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川崎のぼる 〜汗と涙と笑いと〜 展
2015年 8月1日(土)〜10月12日(月・祝)
川崎のぼるはマンガ家です。
梶原一騎が原作を書いた「巨人の星」の作画を担当したマンガ家と言えば 誰もがおもい当たるのではないでしょうか。
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1967年から三鷹市に居住し生み出された作品など、戦後マンガ史と共に歩んだ川崎のぼるの約60年にわたる画業をふりかえるものです。
第1部 一球入魂 〜「巨人の星」連載開始
第2部 一騎当千 〜汗と涙と笑いと
第3部 一意専心 〜マンガ家・川崎のぼる誕生
第4部 一所不在 〜少年誌から青年誌へ
第5部 心機一転 〜絵本・イラスト・熊本での活動
各所に 関連グッズ、特にフィギュアが置かれています。
会場内には川崎のぼる文庫があり 読むことができます。
ファンにはたまらない 展示会でしょうね。
最後に川崎のぼるの執筆道具がありました。
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会場外には撮影コーナー
星一徹がテーブルをひっくり返す名シーン。後ろに立って写真を撮ります。
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鏡に自分を映して、星一徹に怒られているカットが撮影できるコーナーです。
ギャラリーですから そんなに広いわけではありません。
人は パラパラ程度でしたが 熱心に見ている人もいました。
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2015年10月11日

伊豆の長八―幕末・明治の空前絶後の鏝絵師・吉祥寺美術館

武蔵野市立吉祥寺美術館に行きました。
コピス吉祥寺の7階にあります。以前このビルには伊勢丹吉祥寺店がありました。
3基あるエレベーターが1基しか動いていなくて・・・待ち時間が長くてみな イライラ。
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武蔵野市立吉祥寺美術館
東京都武蔵野市吉祥寺本町1-8-16
生誕200年記念 伊豆の長八 ―幕末・明治の空前絶後の鏝絵師
?2015年9月5日(土)〜10月18日(日)
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東京では初めての伊豆長八の展覧会で 地元・松崎の伊豆の長八美術館の所蔵作品を中心に、静岡県内や都内近郊の寺院・個人宅に伝わる貴重な長八の鏝絵や漆喰細工など約50点が出品。
塗額からはじまり、塑像、掛軸、ランプ掛け、建築装飾、特殊作品とカテゴリーごとに展示されています。
会場が狭いので びっしりという感じで並べられています。
入場者がとても多くて それもじっくり見る人がほとんどで ぶつかったりもしました。説明文が下すぎて腰をかがめないと読めないので通路をふさぐのです
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拡大図
幕末明治前期の江戸/東京で活躍した伊豆・松崎出身の左官であった伊豆の長八(本名:入江長八1815−1889)は 漆喰壁に鏝を使った浮彫と彩色を施した装飾「鏝絵」の随一の技を餅 建築・調度・塗額などの上に傑作をつくり上げていきました。
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会場で撮影可だった壁の説明写真。漆喰の作り方。
鏝絵は立体的であるのはもちろんですが 繊細な描写はまるで細筆をつかったような 鏝さばきです。
写実的で繊細で その細やかさには驚きます。
会場最後には いろいろな大きさのコテが並んでいました。
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これも撮影可の場所
鏝絵だけでも素晴らしいのに、塑像や 狩野派の絵師・喜多武清から学んだという日本画もレベルが高いです。
建築装飾は江戸にも多くの作品を残したそうですが、震災や戦災で残っているものは数少ないそうです。
その中でも残された土壁の鏝絵なども展示されていました。
江戸時代 西洋のように油絵具で絵を描くことがなかったので 漆喰をつかい立体的に仕上げる鏝絵はさぞかし斬新で素晴らしいものだったのでしょうね。
いつの世にも 町の中にも秀でた天才という人物は存在し 後世にその文化を伝えていくのですね。

同時開催
浜口陽三記念室
ささやかに、閃光 ―小品を中心に―
2015年7月2日(木)〜10月18日(日)

萩原英雄記念室
あじさいの頃…萩原英雄の青い世界
2015年7月2日(木)〜10月18日(日)
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2015年06月17日

国立天文台三鷹・天文機器資料館(自動光電子午環)

森の中の 空間というような広場の奥に 天文機器資料館があります。
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これは裏側で ぐるっとまわって入口に行きます。
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入口の扉に「ハチに注意」
そういえば 別の建物にも同じ張り紙がありましたし 蜂の巣の跡のようなものもありました。
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天文機器資料館(自動光電子午環)
「自動光電子午環は、天体の精密位置観測に使っていた観測施設で、1982年に建設されました。望遠鏡は、天体の位置を精密に観測できるように特殊な工夫が施されたもの(子午環)で、1984年から観測に使用されました。観測結果をまとめた数々の星表は、銀河回転や太陽系天体の運動の解明など、天文学の様々な研究に役立ちました。」説明文より
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「自動光電子午環」は天体の精密位置観測に使っていた施設です。。現在は天文機器資料館として天文観測に関係するあらゆる機材などが展示されています。
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主な収蔵品 パンフレットより
「自動光電子午環、ブラッシャー天体写真儀、ソ連製人工衛星追跡カメラ(AFU)、太陽単色写真儀(モノクロ)、フランス製プラン子午儀、27cmカール・バンベルヒ一等経緯儀、マイクロフォトメーター、マンの座標測定器、天体写真濃度・位置測定システム(PDS)など」
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「自動光電子午環は眼視観測の5倍の観測能率を持ち、12等級までの星や銀河の位置を1回の観測により、0".1の精度で決定することができました。昼には太陽の観測、夜には3分間に1天体の割合で、大量の星の観測を行うことができました。」パンフレットより
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屈折望遠鏡 口径19センチメートル
焦点距離257.6センチメートル
観測対象天体の精密な位置観測
ドーム サイズ直径8メートル、高さ14.2メートル
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ドーム内は まるで飛行機の格納庫のようで 雑然としていました。
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一戸直蔵コーナー」
一戸 直蔵は日本で最初の変光星の観測者、研究者。
観測野帳、直筆英文論文原稿などが 展示されていました。
天文機器資館が見学コース最後の建物でした。
ここを出て また見学者用通路に従い もとに戻ります。
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コスモス会館(食堂売店等)の前のグラウンドの隅に 50センチ公開望遠鏡があります。
観望会などが催されているようです。
正門の門衛室に戻り 退出時間を書き 国立天文台を出ました。
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2015年06月16日

国立天文台三鷹・ゴーチェ子午環室

木々の中に 半円形の建物があります。
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ゴーチェ子午環室です。
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観測室の建物は、1924年に建設されました。半円形のドームに入口の台形の屋根が特徴です。
登録有形文化財(建造物)
「子午線上の天体の精密位置観測のための子午環を納める半円形立面を持つ建物。軸線を正確に南北に据え、建物から独立した中央の基礎に子午環を置く。建物の基礎及び側壁は鉄筋コンクリート造で、東西に出入口を付し、屋根は鉄骨造で観測時には屋根中央が開く。」
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扉は開いていますが ガラス越しの見学です。
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1923年の関東大震災時は、移転作業のために梱包されていて被害をまぬがれたというゴーチェ子午環は 1903年のフランス製で、1904年に当時の価格約2万円で購入されました。
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ゴーチェ子午環
口径20センチメートル
焦点距離310センチメートル
観測対象天体の精密な位置観測
1924年(大正13年)建設
1983年(昭和58年)眼視観測終了
1992年(平成4年)CCDマイクロメータを装備
2000年頃観測終了
国の登録有形文化財に指定
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子午環は、子午線上の天体の位置(赤経と赤緯)を精密に観測できるように工夫された望遠鏡です。そのため、子午線面内(南北方向)でのみ正確に回転する仕組みになっています。
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裏側はこんな風です。
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近くにこんな説明板がありました。
TAMA300は世界に先駆けて国立天文台に建設された基線長300メートルのレーザー干渉計であり、これを用いた重力波探査は重力波源に対する新たな知見を与えるものである
基線長300mの干渉計型重力波観測装置。国立天文台三鷹キャンパスの地下にある。」
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ドームから80mほどの南北にある窪地の中には、地上基準点である「子午線標」があります。
“自動光電子午環”と“子午線標”を併用することで、より正確な天体の位置を測定できるそうです。
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広い 芝生の広場には観測機器が置かれています。
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2015年06月15日

国立天文台三鷹・レプソルド子午儀室

旧図書室の先に平屋の建物が見えてきました。
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国立天文台レプソルド子午儀室 国登録有形文化財(建造物)
鉄筋コンクリート造平屋建、鉄板葺、建築面積36u
レプソルド子午儀室は、1925年(大正14年)2月28日竣工の鉄筋コンクリート造平屋建てです。
建物外周の上部にはセセッションと言われる装飾が施され美しい外観をもっています。
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横側は意外とおしゃれです。
「子午線上を通過する天体を観測し、その地の経度や時刻を決める子午儀を納める建物。ゼツェッション風の意匠を持つ鉄筋コンクリート造平屋建の建物で、鉄骨造の小屋組はレール上に据えられ、観測時には鉄骨造の切妻屋根が中央から開き、子午儀上方を開放する。」
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「レプソルド子午儀は1950年代末で観測を終了しています。その後、2008年からレプソルド子午儀観測室は国立天文台子午儀資料館として公開されています。
保存状態もよく、屋根の開閉機構も現存しており、建設時の状態をほぼ残しています。」説明文より
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ガラス越しに見るだけです。
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レプソルド子午儀は、2011年7月に国の重要指定文化財に指定されました。
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レプソルド子午儀 国重要文化財
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口径13.5センチメートル
焦点距離212センチメートル
観測対象天体の精密な位置観測
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レプソルド子午儀(大子午儀)は、1880年ドイツ製
明治政府の海軍省海軍観象台が800円で購入。当時の価格15,200マルクだそうです。
当時、海軍観象台は麻布飯倉の地にあり、、時刻の決定と経度測量に使用されていました。
子午儀があった地点は天文経度の原点の1つとなっています。
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連合子午儀1号機(90mmバンベルヒ子午儀)など関連機器も展示されています。
ガラス越しで詳細はわかりませんでした。
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2015年06月14日

国立天文台三鷹・展示室 旧図庫

天文台歴史館を出ると 「4次元デジタル宇宙シアター」があります。
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4D2Uドームシアターでは、直径10メートルのドームスクリーンに 全天周立体映像を展開しているようです。
「4D2U(Four-Dimensional Digital Universe、4次元デジタル宇宙)とは、空間3次元と時間1次元を合わせた(4次元)宇宙を、デジタルデータで可視化したものです」
事前申込制で 毎月3回(第2土曜日の前日・第3土曜日・第4土曜日)の公開だそうです。
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隣はW4:展示室(西棟
中に入ります。
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エントランスで出迎えるのがTMTの100分の1模型と本物の1枚。
30メートル望遠鏡(TMT)はこの六角形の鏡を492枚並べて作ります。
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展示室は 最新の天文学を紹介。 (すばる望遠鏡、VERA、アルマ望遠鏡、TAMA300、SOLAR-Bなど)の紹介。
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野辺山宇宙電波観測所の45メートル電波望遠鏡の模型
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探査機「かぐや」で探る月
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かぐやが見た月の地形
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かぐや 模型
こじんまりした展示室ですが 国立天文台が行っているプロジェクトの観測・研究成果など、最新の天文学に関する展示を行っています。
展示室を出て 左に曲がると 旧図書室があります。
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国立天文台旧図庫及び倉庫(旧図書庫)国登録有形文化財
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「1930年(昭和5年)3月31日竣工、基礎に大谷石の張り石がされている鉄筋コンクリート造2階建て、外壁仕上げは、スクラッチタイル張りで、建設当初の設計原図に、増築予定として記載され、1961年(昭和36年)3月31日に西側に外壁がモルタル塗りの3階建ての建物が増築されています。」説明文より
外観のみの見学です。
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2015年06月13日

国立天文台三鷹・天文台歴史館(大赤道儀室)

天文台歴史館(大赤道儀室)の内部にはいろいろなパネルや古い観測装置が展示されています。
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ガリレオ・ガリレイの望遠鏡のレプリカ
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計算機は必需品。
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観測床は上下し、観測者は鏡筒の傾きにあわせて観測床を上下させることで、望遠鏡がどんな向きになっていても楽な姿勢で望遠鏡をのぞくことができました。(パンフレットより)
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ここが真下部分です。
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天井も床も木製。2Fで歩く人の足音が聞こえます。
天文ファンにとっては 居心地のいい場所で時間をかけてみて回るのでしょうね。
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2015年06月12日

国立天文台三鷹・大赤道儀室

森の中の道を奥に進むと木々の間に建物が見えてきました。
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太陽塔望遠鏡 アインシュタイン塔
現在は使われていないので中に入ることは出来ず外観の観の見学です。
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外壁の茶色のスクラッチタイルは焼きむらによる色の違いがみられ 巧く組み合わせいます。
建物の形態が、ベルリン市郊外にあったポツダム天体物理観測所(アインシュタイン塔)と同じ研究目的で造られたことから「アインシュタイン塔」とも呼ばれています。国の登録有形文化財です。
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「太陽塔望遠鏡は、東京帝国大学営繕課が設計、中村工務所が施工し、1930年(昭和5年)に完成しました。構造は鉄筋コンクリート造、地上5階、地下1階(この部分のみ1926年(大正15年)完成)建てです。高さ約20mの天辺のドームから入った光は、直径60cmシーロスタット(平面鏡2枚)に反射して垂直に取り込まれ、北側に続く半地下の大暗室で七色のスペクトルに分けられる構造になっています。塔全体が望遠鏡の筒の役割を果たしていることから「塔望遠鏡」と呼ばれています」説明文より
シーロスタット 口径60センチメートル
カセグレン式反射望遠鏡 口径48センチメートル
焦点距離22メートル
観測対象太陽の分光観測
ドーム サイズ高さ約20メートル、直径5メートル
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元の太陽系ウォーキングの道に戻ると 奥に見えて来たのが 天文部部室(天文台歴史館)です。
老朽化にともない観測には使用されなくなりましたが 天文台歴史館として国立天文台が所有している貴重資料の複製の展示を行っています(年2回入替)。
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天文台歴史館と呼ばれている建物は大赤道儀室と言われる建物で、1926年に建設されました。
東京帝国大学営繕課が設計、中村與資平が施工
国の登録有形文化財
階段を上り中に入ります。
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ドームの天井は木製です。
焦点距離10メートルに及ぶ屈折望遠鏡をすっぽり納めた木製ドーム部分は、造船所の技師の支援を得て造られたそうです。
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1998年3月で使用されなくなりましたが故障個所があるわけではなく、今でも現役復帰可能な状態だそうです。
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65cm屈折望遠鏡 口径65センチメートル
焦点距離1021センチメートル
観測対象種々の天体写真観測、分光観測
ドーム サイズ直径14.5メートル、高さ19.5メートル
日本の天文学の記念碑的存在として静態保存されています。
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2015年06月11日

国立天文台三鷹・第一赤道儀室国

左に曲がると、三鷹キャンパス最古の建物の第一赤道儀室があります。
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第一赤道儀室は、大正10年(1921)に建設されたものです。
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国立天文台 大赤道儀室 【国登録有形文化財】
1926(大正15)年築。東京帝国大学営繕課が設計した2階建て鉄筋コンクリート造りの建物。
東京帝国大学営繕課が設計、西浦長大夫が施工。
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1921(大正10)年築。東京帝国大学営繕課が設計した平屋建て鉄筋コンクリート造りの建物。1939年から60年間にわたり、主に太陽の黒点スケッチ観測に使われました。
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説明板があります。
「ドーム内の望遠鏡は1921年にカール・ツァイス社により作成された。
口径20cm、焦点距離359cm。現在の赤道儀システムとは異なり、速度調整機構付重錘式時計駆動という方式で、重力により赤道儀内の錘が下に下がることを利用している。現在となっては珍しい木製のドームである。
1939年から60年間、太陽の黒点観測に利用された。」
中はそんなに広くないです。
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20cm屈折望遠鏡
口径20センチメートル
焦点距離359センチメートル
架台重錘時計駆動赤道儀
観測対象太陽黒点
ドーム
サイズ直径6メートル、高さ7.8メートル
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中に 説明をしてくれる女性がいて 丁寧に説明してくれました。
太陽の黒点は今は 小さくて2つくらいでした。
ちいさいと言っても 大きさは地球ほどありました。
大きさを比較する 小さなカードを重ねて説明してくれました。
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ここからまっすぐ歩くと太陽系ウォーキングと呼ばれるコーナーです。
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太陽、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星の特徴や探査の歴史をパネルで見ながらのウォーキングですが それぞれのパネルの距離を実際の惑星どうしの140億分の1で並べています。
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惑星間の距離を疑似体験できるというものです。
地球から土星まで、仮に歩いていくと4万年、リニアモーターカーで350年、惑星探査機ボイジャーで3年かかるそうです。
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左に曲がると うっそうとした森の中のようです。
「毒ヘビに注意」の立札があって 恐る恐る歩きました。
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2015年06月10日

国立天文台三鷹キャンパス門衛所

調布駅からバスに乗り約15分 天文台前のバス停に着きました。
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バスを降りると 森が現れます。
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どっしりとした門。そして頑丈そうな門扉です。
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国立天文台表門
「表門は、竣工年月の詳細は不明ですが1924年(大正13年)に竣工した門衛所と同じ頃に造築されたと思われます。現状は門扉が1993年(平成5年)に木製から鉄製に更新されていますが大谷石の門柱、土塁など建設時の姿を維持しており、国立天文台天文台の歴史を語る貴重な施設です」説明文より
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国立天文台三鷹キャンパス 東京都三鷹市大沢2-21-1
江戸幕府天文方の浅草天文台が発祥で、東京帝国大学内の天文台、港区麻布の東京天文台を経て、1914(大正3)年〜1924(大正13)年に現在地へ完全移転しました。
大学共同利用機関法人自然科学研究機構国立天文台の本部キャンパスであり、日本天文学会の本部も本キャンパス内に設置されている。
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洋風のロッジのような建物が国立天文台門衛所です。
ここで受付をします。記名 入退室時間を描きます。
見えるところに 見学者用シールを貼ります。
年末年始期間を除く毎日午前10時から午後5時。入場は午後4時30分まで。無料。
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国立天文台門衛所 国登録有形文化財
「門衛所は、1924年(大正13年)12月22日竣工、国立天文台内に現存する唯一の木造洋風建築です。基礎に大谷石が使用された平屋建て、屋根は切妻造、カラー鉄板葺、外壁は板幅が狭い細かいピッチの洋風下見板張りで、その上にハーフティンバー風に柱型が付けられています。三鷹市内では近代建築は8例(国立天文台天文台施設を除く)、内大正期のものは3例と少なく、貴重な洋風建築のひとつです。」
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この可愛い門衛所は登録有形文化財なのです。
この三鷹キャンパスの登録有形文化財は10件あります。
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見学者はこの施設内の赤い通路のみ通行可。見学可の施設もいくつかあります。
基本的には自由見学で少人数の場合は予約不要。
ガイドツアーや天体観測の催しもあるようです。
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正面の建物です。NAOJ中央棟
この手前を 順路標識に従い左に曲がります。
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南棟
この左手奥に 第一赤道儀室があります。
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2015年06月08日

三鷹市星と森と絵本の家・旧1号官舎和室部分

旧1号官舎部分は、書斎、畳敷きの客間、居間、長い廊下、縁側などが 残されています。
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書斎
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客間
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次の間・客間
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欄間も残されています。
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旧客間は建築展示室になっています。
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建物の模型
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壁の仕様
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庭側には日よけのすだれ。縁側のある家は郷愁を誘います。
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大正・昭和の時代にタイムスリップしたような感じです。
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古い電話機。
調度は、実際に昭和30年以前に使われていたものだそうです。
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市民から寄付された古い電話機や足踏み式のミシン、火鉢などが置かれています。
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旧1号官舎部分の間取り図です。
広い庭では親子でイベントなどを楽しそうにやっていました。
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2015年06月07日

三鷹市星と森と絵本の家・絵本展示室

入口で 荷物を全部ロッカーに入れます。
管理棟のテーブルでだけ 飲食ができます。
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ここで 靴を脱いでから中に入ります。
旧1号館舎部分の和室はあとでじっくり見ることにして 奥から見ていきます。
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高い天井、長い廊下など日本家屋の良さを体験することができます。
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読書室では落ち着いて本が読めるようです。
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黒塗りのピカピカの床になっていますが 旧客間などを絵本展示室としています。
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昔の道具に触れたりもできます。
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長い廊下のある家って 都会じゃなかなかないですね。
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回廊ギャラリーとなっている 長い廊下。天体写真もあります。
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「星」「森」「絵本」「家」の特徴を生かした活動を行っているようです。
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旧台所は理科室
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旧浴室はおもちゃ部屋
さて 畳のお部屋も見てみましょう。
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2015年06月06日

三鷹市星と森と絵本の家外観

三鷹市星と森と絵本の家に行きました。
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三鷹市星と森と絵本の家
三鷹市大沢2−21−3 国立天文台内
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入口の広場には駒まわしの遊び場がありました。
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正面玄関
「星と森と絵本の家」は 2008年にオープンしました。
天文台の森の中にある大正時代の建物を保存活用し、広い庭も使って、絵本の展示や絵本を楽しむ場の提供しています。
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【三鷹市登録有形文化財】
「国立天文台旧1号官舎」(三鷹市星と森と絵本の家)
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1915年 (大正4年) 建築の「旧1号官舎」旧玄関
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旧内玄関
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旧台所
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一時は取り壊されそうになった建物をいったん解体し、現在の建築基準に合わせながら伝統的工法によって蘇えらせました。
大正4年に建てられたその建物は現在では珍しく貴重なため、文化財として保存し活用することになりました。
この建物を三鷹市に無償譲渡し、その敷地を無償貸し付けしました。
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 間取り図。中に入ります。
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2015年06月05日

深大寺開山堂

元山大師堂横の石段を登ります。
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開山堂参詣道
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途中の祠には聖観音が安置されていました。
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途中の高台から見た眺めは涼しげでとてもいい。
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深大寺乾門(西門)
乾門は元山大師堂の裏にあたります。
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裏にもぐるりとめぐる道があります。
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乾門近くには白山社があります。
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説明文がありました。
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登り切ったところに開山堂があります。
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開山堂
昭和五十八年の開創1250年大法会記念事業として新築された奈良時代様式の堂宇です。本尊に薬師如来三尊(薬師如来、脇侍に弥勒菩薩千手観音)を安置、開基満功上人、天台宗一祖恵亮和尚の尊像を祀っています。
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開扉されていませんが格子をはめ込んだ前面のガラス扉から内部を拝観できる。
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深大寺は都内では浅草寺に次ぐ古刹であり、正式には『浮岳山昌楽院深大寺』という天台宗の別格本山です。
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瓦積塀がありました。2012年にできたそうです。
一度現地で 蕎麦を食べてみたいと思っての訪問でした。
今回の深大寺訪問はこれでおしまいです。
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2015年06月04日

深大寺釈迦堂・元三大師堂

深大寺釈迦堂です。
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昭和51年に白鳳仏を安置するため釈迦堂が新築されました。
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大きなガラスを通して拝むことができます。
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重要文化財の「銅造釈迦如来倚像(白鳳仏)」
「白鳳仏とは金銅釈迦如来倚像といわれ、「立像にあらず 座像にあらず (深大寺明細帖)」と記されています。
白鳳仏は明治42年大師堂檀下から見つけられました。」
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7世紀末の製作とみられ、関東を代表する金銅仏で清純な童顔は朝鮮新羅から中国隋代の仏像に源流が辿られるとされています。
流麗な衣文はインドグプタ彫刻の影響を受けた中国唐代彫刻に連なると見られており、清らかな端正をそなえています。」
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「左手は与願印で五指の間から甘露水を垂らし、衆生の願望に応じ、右手は施無畏印で一切衆生に安楽無畏を施すとされています。施無畏与願印は白鳳仏に共通している印です。」説明文より
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比叡山中興の祖と崇められる慈恵(じえ)大師良源の像をまつる元三(がんざん)大師堂
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幕末大火で類焼しましたが被災直後(1867年 慶應3年)再建されました。
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内部には2mを越す慈恵大師像が安置されています。鎌倉末期の作とされています。
近世にはこの元三大師が深大寺の信仰の中心となりました。元三とは慈恵大師の入寂が正月三日だったことによるもの。
像は慈恵大師(元三慈恵大師良源)の自刻像といわれ、991年に深大寺に移座と縁起に深大寺真名縁起詞書に記されています。
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入ってすぐの天井に河鍋暁斎の天井画 龍図があるのですが 退色していてほとんど見えませんでした。
かろうじて 線の運びから 龍かな・・・と思える程度です。
惜しいです。
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すぐわきの石段を登り 開山堂へ向かいます。
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2015年06月03日

深大寺本堂など

井戸水が流れる深大寺の手水舎 です。
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本堂は 幕末の火災で焼失しました。本尊の阿弥陀如来像は仮に、再建した庫裡に安置されていましたが、大正8年に今の本堂が完成しました。
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本堂
調布市 深大寺元町 5-15-1
山号 浮岳山昌楽院
宗派 天台宗
開基 恵亮和尚
本尊  阿弥陀三尊像(鎌倉時代)
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本尊は阿弥陀如来です。鎌倉時代前期の作といわれています。
本堂は平成15年に改修されています。
国内の著名な寺院では 平泉の中尊寺 長野の善光寺 などがあり 深大寺はこれからの寺院と同格です。
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向拝は唐破風です。梁の木鼻には獅子・象の彫りもの正面の三段の虹梁の間には龍・鷺、破風板の下には鳳凰の彫り物があります。
江戸時代の特徴です。
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両側に置かれている「木」の文字
これは地元の植木職人さんたちが寄進した銅板製の灯明台だそうです。
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寺紋である桜の花をモチーフにした雨水受け「天水華座」
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奥にある扇形のものは「孔雀垣」というそうです。
その前には季節のものが飾られるとか・・今は 松の盆栽でした。
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元三大師堂と 本堂との 間に回廊があります。
回廊の下には五大尊池があります。
五大尊とは不動明王、降三世明王、軍茶利明王、大威徳明王、金剛夜 叉明王の五大 明王を指します。
五大明王が守護する池です。
「深大寺」という名は、水神の深沙大王に由来しているそうです。
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本堂の横「照干一隅此則国宝」と書かれた石柱。
「最澄が比叡山に天台宗を開き、その宗旨を明らかにし、修行規定を確立するために著した「山家学生式」の中に見える一句で、天台宗の大切な教えのひとつです。最澄が史記にある戦国時代の斉の威王が隣国の魏の王に示したという故事に基づいた教えを説いたものです。」
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境内にある大きなシダレカツラの木です。
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深大寺境内図です。
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なんじゃもんじゃの木の下の観音像
深大寺の境内には多数の石仏や高浜虚子をはじめ著名人の句碑や歌碑が多いです。昔から文人墨客たちに好まれた場所だったようです。
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2015年06月02日

深大寺境内・鐘楼・梵鐘

蕎麦をたべたすぐ東(山門から80mほど)に不動堂があります。
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深大寺不動堂 不動明王を本尊とする山伏道の寺院です。
「明治17年再建の堂宇で、本尊の不動明王ならびに二童子像は、幕末の深大寺炎上の際にその難を逃れ、 以来深大寺の仮本堂に安置されていたことが深大寺所蔵の『不動堂再建願』なる文書の記載から判明しています。」
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深大寺は正式名称を天台宗別格本山浮岳山昌楽院深大寺といいます。
浮岳とは遥かに遠くを望み山が浮かんでいる様に見えるところから呼ばれ、遠来の際に目印にしたと思われています。
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山門(薬医門)
本柱の後方に控え柱を立て、その上方に女梁、男梁をかけ切妻屋根を乗せた門。1695年(元禄8年)に千人の寄進により普請され、境内現存の最古の建物です。
柱、組材などはケヤキで赤く塗られ、屋根裏板・垂木などはスギで黒く塗られています。
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市重宝(建造物)
茅葺の山門は数度の火災を免れた山内で一番古い建物です、元禄8年(1695)に普請が行われたと言う記録があります。
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威厳のある山門です。
人が多くてなかなか正面から写真が撮れませんでした。
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鐘楼・梵鐘(国重要文化財)
「文政十二年(1829)に建てられた旧鐘楼は、今の大師堂裏の高台にありましたが、幕末の大火で焼失し、その後、明治三年(1870)に、山門を入った右手に位置を移して再建されたのが現在の鐘楼です。基壇の上に、内転びの四本柱を立て、入母屋茅葺きの屋根を載せていましたが、昭和二十九年(1954)に銅板葺きに改められました。柱間には若葉の彫り物を施した虹梁(こうりょう)を架し、木鼻として象・獅子を付け、虹梁の上には、蟇股(かえるまた)をのせます。柱上には大輪(だいわ)置いて、その木鼻を禅宗様(ぜんしゅうよう)にし、台輸上に組物をのせます。軒は二軒で、垂木は角。江戸以来の鐘楼の普通の造り方です。平成13年に新鋳された平成新鐘と呼ばれる梵鐘を釣り、基壇上には反響用の瓶(かめ)を埋め多孔の鉄板を蓋としてかぶせてあります。」 説明文より
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梵鐘(旧梵鐘は釈迦堂内に保存)
現在鐘楼内にあるものは平成13年に新たに鋳造されたものです。旧梵鐘は鎌倉末期の特長を良く示しており、1376年鋳造の山城守宗光の銘があります。
都内では三番目に古く、鋳造以来実際に撞き続けられた梵鐘としては最古のものです。 昭和天皇が摂政時代に深大寺を訪れられ「古いものは大切にするがよい」と言われたため戦時中にも徴発を免れたといわれています。
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庫裡東門
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本坊旧庫裡
慶応3年に再建されています。保存建物です。
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芽ぶきの庫裡。 表からは見えないが、奥には書院と茶室があります。
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隣には客殿 社務所があります。
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常香楼
1833年(天保4年)建立。本堂前にあります。
元は大師堂前にありました、幕末の大火の際の焼け跡が北側に残っています。
屋根中央に金色真鋳鋳物の宝珠を乗せ、四隅の降棟の先には金色真鋳鋳物の鳳凰の頭を付けています。
本堂前には参拝の行列があります。
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2015年06月01日

深大寺・蕎麦

調布市の深大寺に行きました。
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参道入り口の鬼太郎茶屋 深大寺店前は妖怪たちでにぎやかです。
深大寺は連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」の舞台になった場所です。
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長い間日本人に親しまれて来た「ゲゲゲの鬼太郎」
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水木氏の第二の故郷でもある調布市。
築40年余りの木造建築「鬼太郎茶屋」で 水木ワールドが再現されています。
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茶屋の2Fは妖怪ギャラリーだそうです。庭にもいろいろな妖怪がいるとか・・・
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そんなに長くはない参道ですが いろいろなお店が並んでいます。
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やはり 蕎麦やさんが多いです。
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それぞれの店の前には 面白いものが置いてあって楽しいです。
深大寺だるま市は江戸時代から続いています。日本三大だるま市の1つで正月でなく毎年3月初に開催されることから「春を呼ぶだるま市」といわれて賑わうそうです。
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深大寺の周りには20軒ほどのお蕎麦屋さんがあるそうですが 昼時はどこも長い行列です。
私たちは この店に入りました。
中は広くて 庭がありペット連れ専用の四阿のような席 もありました。
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天ざる 葛餅付き(1600円)を食べました。そりゃぁ〜ここに来たなら蕎麦しかないでしょ。
天ぷらはからっとして美味しく 蕎麦は細くてのど越しがいいです。
「武蔵国の内いずれの地にも蕎麦を植えざることなけれどもその品、当所の産に及ぶものなしゆえに、世に深大寺蕎麦と
称して、そのあじわい極めて絶品と称せり」
江戸時代に編纂された『新編武蔵風土記稿』において、すでに、「極めて絶品」と紹介されている深大寺そばは400年の歴史があります。
とても美味しかったです。食べ終わって外を見たら道路まで 長蛇の列でした。
どの店も 同じように行列です。早めの食事をお薦めします。
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「門前の蕎麦はうましと誰もいふこの環境のみほとけありがたや」 清水比庵の歌碑
深大寺境内にあります。
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2015年05月31日

旧武者小路実篤邸

もう一つの地下トンネルをくぐると 実篤の銅像がありました。
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武者小路実篤(1885−1976)は、子どもの頃から水のあるところに住みたいという願いどおりに、昭和30年、武蔵野の自然や湧水が豊かなこの調布市仙川の地に居を定め昭和51年90歳で亡くなるまでの20年間を過ごしました。」説明文より
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旧実篤邸入口
無料ですが建物の内部を見学できるのは 土 日 祝日だけです。
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平日はバルコニーからガラス戸越しに内部を見るだけです。
庭側から向って右側(ベランダの下)の階段は、見学者が回遊できるように取り付けたものです。
この日は 内部見学ができましたが 写真撮影は禁止でした。
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応接室で来客と面会するほか 油絵のほとんどはこの部屋で書いたそうです。
仕事部屋は まるでまだ実篤さんがいるような雰囲気で 大きな座り机に 所狭しと資料などが積まれていました。
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最寄り駅が京王線仙川駅ということで、実篤は「仙川の家」と呼び、昭和51年に亡くなるまで20年間をここで暮らしました。
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帰りは実篤公園から仙川の駅に向かうことにしました。
公園入口までは階段と上り坂です。
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ここが公園入口です。休憩できるようにベンチがあります。
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拡大写真
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公園は、約5,000平方メートルの広さがあります。
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仙川商店街を抜けると 仙川駅です。
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公園入口にあった地図ですが 実際は青い線を歩きました。
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2015年05月30日

武者小路実篤記念館〜実篤公園ヒカリモ

京王線つつじケ丘駅を出るとと 目の前に案内板があります。
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案内板に従い 線路沿いを歩くと要所には案内板があります。
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その通りに歩くと 迷わず武者小路実篤記念前にたどり着きました。
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武者小路実篤記念館 東京都調布市若葉町1−8−30
「武者小路実篤記念館は、実篤が昭和30(1955)年から51(1976)年まで、晩年の20年間を過ごした邸宅(現:実篤公園)の隣接地に昭和60(1985)年10月に開館。実篤の本、絵や書、原稿や手紙、実篤が集めていた美術品などを展示」記念館の説明文より
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今回は 記念館には入らず 実篤公園に向かいます。
記念館の脇から 階段を下りて道路を横切る地下トンネルを潜り抜けます。
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トンネルは生前にはなく、公園として開園する際に、見学者の行き来の便と、公園としての管理のために作ったものだそうです。
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地下トンネルを抜けると、もうそこは森のようで ヒンヤリとします。
これは下の池。
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ヒカリモの表示があります。
「光藻は、単細胞の藻の一種で、群生して水に浮かび、光を反射する事で黄金色に光って見えます。実篤公園では、例年5月のゴールデンウィーク前後から光り始め、9月頃まで光って見えます。」
近年、下の池にもヒカリモの生息が広がっているらしく 水面がほこりのように見えます。
これは汚れではなく、光藻だそうです。
覆うものがないため、天候の影響を受けやすく、水面の様子は日によって変わります。
暖かく晴れた日が続くと見えるとかで ラッキーでした。
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菖蒲園の奥。人がいる場所に ヒカリモがあります。
光藻(ヒカリモ)はきれいな水がある洞窟や日陰の池で生育。ただし、強い雨や風の後や、猛暑の時期などは見られないことがあります。
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洞窟のようになっていて 光って見えます。木道からしか 見ることはできません。
「都心に近い場所で発見されるのは極めて珍しく豊かな自然環境が残っている証拠です。」(説明板より)
暗所で光を反射させることで黄金色に見えることが名前の由来。
2005年に来園者が、園内のショウブ園の水だまりに光る藻を見つけたとのことです。
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竹林は 風が吹き抜け気温は確実に低いです。
旧武者小路実篤邸に行きます。
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2015年05月28日

神代植物公園バラ園

バラ園には409品種・5,200株のバラが栽培されています。
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人が多いし 照り返しが強くて暑いし・・・水分補給を呼び掛けていました。
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早い時期の涼しい日に ゆっくりみればまた気分も違ったでしょうが・・・この日は暑くて・・
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終わりかけなのか元気のないバラもありました。
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大温室は工事中でした。
混んでいるし 暑いしバラはしおれているしで じっくり見ることもなく早々に出ました。
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2015年05月27日

神代植物公園「春のバラフェスタ」

神代植物公園にバラを見に行きました。調布市深大寺
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23日の土曜日だったので とても混んでいました。
チケット500円を買うのに 行列でした。
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神代植物公園「春のバラフェスタ」
期   間  平成27年5月9日(土)〜5月31日(日)
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「この公園はもともと、東京の街路樹などを育てるための苗圃でした が、戦後、神代緑地として公開されたあと、昭和36年に名称も神代植物公園と改め、都内唯一の植物公園として開園されました。」案内文より
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武蔵野の面影ののこる木々の小路は涼しいです。
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現在、約4,800種類、10万本・株の樹木が植えられています。
広大な園内を全部回るわけにもいかず 今回はバラ園だけにしました。
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バラのアーチ。
人が多すぎて写真をとろうにも写ってしまい 困ります。
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バラを育てているのか・・・低いバラがたくさん植えられていました。
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神代植物公園は都内でも有数のバラ園です。
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過去に「世界バラ会連合優秀庭園賞」を受賞した経歴を持つ神代植物公園のばら園です。
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中央に噴水があります。
左右対称の沈床式庭園に植えられているバラ園です。
人が多いのですが バラの花の花壇のほうに向かいます。
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2014年07月13日

井の頭自然文化園・水生物園

弁天門から水生物園に入ります。東京都武蔵野市御殿山1-17-6
本園のチケットまたはぐるっとパスがあれば そのまま入園できます。
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分園は、水生物館、ハクチョウの池、水禽舎など、水に関係のある施設があります。
水生物館では、究極の「行動展示」を見ることができます。
同じ水槽にいるものが 生きたまま食べられてしまうという姿を再現している水族館はほとんどないそうです。
「生きたまま」食べられる姿をみると残酷!と思うかもしれませんが それが自然界の姿なのですね。
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のんびり水辺を歩きます。
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ハクチョウさんも木陰で休息中。
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世界一ちいさな品種のアヒルという表示です。
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コールダック
マガモを品種改良してできたのがアヒルで、アヒルを品種改良してできた種類がコールダックだそうです。
展示やペットとして販売されているそうですが 小さなアヒルとはいえ 鳴き声はアヒルそのもので大きくうるさいとのことです。
一日中 グワッグワッ鳴けば 苦情がくることは必至・・・・・。
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七井門から出ます。
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「七井の橋」を渡ります。
井の頭公園の池にはボートが・・・・
井の頭公園 井の頭池 
善福寺池、三宝寺池と並び豊富な水量と優れた水質を有していた井の頭池は、かつての湧水口が7カ所あったことから「七井の池」とも呼ばれていました。
池の中央に設けられている「七井の橋」の名は、ここに由来します。
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井の頭恩賜公園の由来碑
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七井の橋を渡り 公園内の木陰で休憩。
ここを出ると 吉祥寺の雑踏です。石段を登ると道の両脇に いろいろな店が並び まるでどこかの観光地みたいです。
飲食店 雑貨店 土産ものやさん ファッション インテリア・・・・狭い道でごちゃごちゃ。足早に通り抜けると 駅前です。
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2000円で2か月間有効のぐるっとパスも期限が近づいています。
ここまで13施設で 4倍以上の金額で十分元はとれています。
涼しくなったらまた チャレンジします。
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2014年07月12日

井之頭弁財天・境内

井の頭弁財天の石造物を見てみます。
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【宇賀神像】
宇賀神像、胴体が蛇で頭は人間、農業の神様です。
不気味な石像。とぐろを巻いているのは白蛇。絵馬は干支に関わらず白蛇の図柄です。
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阿吽の狛犬
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明和8(1771)年に造られた狛犬だそうです。
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宝篋印塔
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聖観世音菩薩像
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弁財天を出ると目の前に「徳川家光御切付旧跡」の碑があります。
三代将軍家光の代に このあたりは鷹狩り場とされ、寛永6年(1629)に家光が訪れた際に、この池の水は江戸の飲料水の源・上水の頭であることから「井の頭」と命名し、池のほとりのこぶしの木に小刀で井の頭と刻んだと伝えられている。
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井の頭池から弁天橋、弁天堂をみています。
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次は水生物園に向かいます。
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2014年07月11日

井之頭弁財天

水生園・分園に入る前にせっかくだから 井之頭弁財天に足を延ばしました。
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井之頭弁財天 東京都三鷹市井の頭4-1
井の頭弁財天は、源頼朝が平家追討の祈願成就に感謝して建久8年(1197)建立、新田義貞が鎌倉幕府討伐の対陣の際にも祈願したといい、大盛寺が別当寺を勤めているといいます。
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井の頭弁財天は水神の神で神田上水源を守護し、音楽、芸能の守護神として信仰されました。
江戸市中からの参詣客も増え寄進物も多い。江戸より五里(20km)と行楽にも手ごろな名勝地でもあった。
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12年に一度の巳年に、ご本尊の女神像がご開帳される。
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七井不動尊
弁天堂の正面から左手奥へ進んだところに、七井不動尊の小さなお堂がある。
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龍の形をした銭洗い弁天
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ここでお金を洗うと増えるというご利益。
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御神水とあります。水道とホースが興ざめ・・・
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寺務所。香炉。灯篭。
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寺務所の上にはみごとな龍の額が掲げられています。

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2014年07月10日

井の頭恩賜公園

井の頭自然文化園 本館を出て 歩道橋を渡り 水生物園・分園に向かいます。
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歩道橋前に東京都の歴史と文化の散歩道の案内板がありました。
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井の頭自然文化園は「成蹊けやき並木散歩(井の頭恩賜公園〜三鷹 ) コースの起点とか、汚れがひどくてよく読めません。
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歩道橋の上から吉祥寺通り 三鷹方面(万助橋方面)を見ています。
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歩道橋を渡り 井の頭公園内に入るとすぐに 井の頭池遺跡群という案内板がありました。
東京都指定遺跡 井の頭池遺跡群
「所在 武蔵野市吉祥寺南町一丁目、同市御殿山一丁目、三鷹市井の頭三丁目及び四丁目
指定 昭和54年3月31日

 井の頭池をとりまく台地には大規模な遺跡群がひろがっているが、指定地域はそのうち都立井の頭恩賜公園に含まれる部分、54,815平方メートルである。縄文時代の集落跡が主体であるが、先土器時代の遺物も採集されており、また、池の北側では内部から板碑数枚を出した中世の地下式壙が発見されたこともある。
 この遺跡群の存在は明治20年から知られていたが、昭和37、38年に現在地の西北約50mの台地上が発掘調査されて、縄文中期から後期にかけての竪穴住居跡三軒、敷石住居跡一軒が発見され、多数の土器、石器類灯が出土しており、御殿山遺跡の名で呼ばれている。
 住居跡は砂を入れて埋めもどされているが、出土遺物は東京都武蔵野郷土館と武蔵野市立武蔵野図書館に保管されている。
 この遺跡群は、武蔵野台地における湧水池周辺の原始時代遺跡の代表例として重要な遺跡群である。(東京都教育委員会)」
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案内板の後ろはなだらかな 丘のようになっていて 古墳?かなと思いつつ 階段を降ります。
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都立井の頭恩賜公園
 「井の頭池周辺は幕府直轄地であったが、宮内省の御用林を経て、大正2年(1913)そっくり当時の東京市に下賜された。開園は大正6年。日本最初の郊外公園である。面積は約36万u。井の頭池は別名七井の池とも呼ばれ、湧水箇所が7つと水量も豊富であったが、次第に涸れ、現在はポンプで水を汲み上げている。」

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2014年07月09日

井の頭自然文化園/動物園

日本庭園の近くには 遊園地があります。
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デパートの屋上にあったような小さな遊園地で 昔懐かし昭和の香り・・・・。
こういう遊園地も少なくなったので 貴重です。
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野鳥の森。鳥たちがいる大きな檻があり自由に入って鳥たちをみることができます。
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唯一の大型動物であるゾウの「はな子」。昭和22年生まれのアジアゾウのメス。
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日本で飼育された中で最も長寿のゾウ。67歳。実物大写真があります。
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マーラ。2013年11月13日生まれのマーラがいるらしいです。
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葛西臨海水族園(江戸川区)から運ばれたフンボルトペンギン4羽が泳いでいました。
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ペンギンの飼育は23年ぶりだそうです。3月20日から公開。
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藤棚の向こうは中央の大放牧場。
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ヤクシカの放牧場だそうです。
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2014年07月08日

井の頭自然文化園/野口雨情・童心居

彫刻館の手前に 日本庭園があって 不思議な感じがします。
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何やら和風の建物が見えます。
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その前には 獅子か狛犬か・・・?シーサーか?
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入口です。
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童心居です。
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野口雨情・童心居
 
 「野口雨情は「船頭小唄」(波浮の港)、「赤い靴」「十五夜お月さん」「七つの子」などの作詞で知られるが、大正13年(1924)から20余年間、当時の武蔵野村(現・武蔵野市)に住み、井の頭公園周辺を朝夕散策しては詩想を練ったという。その雨情の8畳間の書斎「童心居」が移設され、庭の隅には「水琴窟」も設けられている。」
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「1945年の雨情没後、建物は大島秀一氏の手に渡ったが、その後、雨情会に寄贈され、さらに1958年8月東京都に寄付されて、翌年11月1日武蔵野の面影深いこの地に移築された。」ということです。
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水琴窟
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由緒はわかりませんが多宝塔。
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庭にはなぜか 野仏様。この雰囲気で 動物園に来ていることを忘れそうになりました。
posted by うめのはな at 07:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 武蔵野市・三鷹市・調布市