2016年03月01日

東京ガスミュージアム・ガス灯館2階(終)

2階のギャラリーでは企画展示を行っています。
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文明開化の時代を描いた「錦絵」を中心に企画展を開催中でした。撮影は禁止です。
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建物だけ見ると まさに明治の洋館です。
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展示室の片隅に置かれた 壷持天使上向多飾ガスランプ
19世紀前半の屋内用ガス灯です。
フランスの教会で使われていたものと言われる品
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壷を持った天使の像には25個のガス灯があります。
2階で錦絵を見て ガス灯館をでました。
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再び受付に行き ミュージアムショップを見ました。
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受付の建物の壁にはめこまれたレリーフ
戦後、ガス管を復旧作業する様子だそうです。
都心からは少し遠いのですが なかなか面白いミュージアムでした。
ちなみに 江東区豊洲には「がすてなーに ガスの科学館」があり 子供もファミリーも楽しめるそうです。
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2016年02月29日

東京ガスミュージアム・ガス灯館1階

ガス灯ホールの壁にはいろいろなガス灯が展示されています。
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明治時代に実際に使われたガス灯が展示されています。
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明治初期の「英国製分銅伸縮ガスランプ」や鹿鳴館で使用されていた「壁掛けランプ」など約30点が展示されています。
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ガス灯といえば、屋外というイメージですが、壁掛けのガス灯など室内の照明にも使われました。
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ガス灯以前のランプの時代からの灯り。これは、石油ランプ
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ガス灯のガスは、人がつけて回りました。
点消方といい、粋な半纏、点灯のための道具なども展示されています。
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波模様蔵行灯と燭台
次 2階へ行きます。
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2016年02月28日

東京ガスミュージアム・ガス灯館 点灯実演

ガス灯館(旧東京瓦斯本郷出張所)は突端にアーチ型のドームのあるおしゃれな建物です。
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ガス灯館の建物は1909年(明治42)建築の東京ガス本郷出張所を移築・復元。東京都歴史的建造物指定
昭和42年(1962年)に小平に移設復元されたものです。
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入口ドアもレトロな感じ
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床のモザイクタイルがすばらしいです。明治の洋館に見られるものと同じ。
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入口正面にある ガラスレリーフは花ガスを描いたものです。
内国勧業博覧会は第1回が明治10年(1877)が上野公園で開催されたとき 「花瓦斯」と呼ばれる装飾ガス灯のイルミネーションが評判だったそうです。
電灯のないランプ時代に特殊な照明として、菊花紋をかたどった花ガスは画期的でした。
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オリエンテーションコーナー
展示概要ビデオの上映およびガス灯点灯実演が行われます。
「花ガス」 ガス灯のガスの点灯実験が行われます。
見学していたら スタッフに声をかけられたので 見ることにしました。
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裸火
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マントルガス灯
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花ガス
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3つのガス灯点灯実演を見せてもらいました。
花ガスはきれいです。
玄関のガラスレリーフは 1877年作 『内国勧業博覧会瓦斯館 イルミネーション』 作者:小林清親 を描いたものですが 天皇皇后皇太后行幸で設置された花ガスは、数千個に上り大盛況だったそうです。その様子が錦絵にも描かれています。
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2016年02月26日

東京ガスミュージアム・ガスライトガーデン

「ガス灯館」と「くらし館」に囲まれた庭園が「ガスライトガーデン」です。
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いろいろなガス灯を見ることができます。
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横浜のガス灯1872年(明治5年)に日本最初のガス事業が始まった横浜で、実際に使用された燈柱を移築したもの。
設置当時のように、裸火のガスの炎を灯すことができるように再現されています。
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ロンドンのガス灯
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ウエストミンスターのガス灯
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横浜をはじめ東京の浜離宮や湯島天神、ロンドン、パリなど国内外で明治期に使われていたガス灯16基(4対を含む)が設置されています。
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東京ガスの元社章であるGマーク入りの五光星。
千住工場計量器室(現くらし館)の切妻屋根に飾られていた実物です。
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こんな像もありました。
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2016年02月25日

東京ガスミュージアム・くらし館2F

2階はガス製造供給のうつりかわりです。
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銀座のガス灯
1874年東京に初めてガス灯が設置されました。
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ガス管
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LNG船「ノースウエスト サンダーリング号」
平成元年(1989年)オーストラリアからのLNGを日本に運搬するために竣工したLNG船。
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油ガス発生装置(熱分解式)模型
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ガスオルガン
ガスを利用したオルガン。
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1876年初めてのガスオルガンがフランスで作られ、教会で使用されたのち、美術館に保存されていたものを、1987年に東京ガス
で復元製作したものです。天然ガスで演奏できる世界最初のガスオルガンで、音域は2オクターブ半。
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鍵盤を押すとガラス管の中のガスの炎が変化し、やわらかい音色を奏でるそうです。
一度 聴いてみたいものです。
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2016年02月24日

東京ガスミュージアム・くらし館1F

「くらし館」には、明治から現代まで120年にわたるガス器具などが展示されています。
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瓦斯器具立体型録。明治37年(1904年)に発行されたカタログ「瓦斯営業案内」に掲載されている代表的なガス器具が展示されています。
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「ガスとくらしの一世紀」「瓦斯器具立体型録」「広告でつづるガスのあるくらし」「台所の変遷」などのコーナーがあります。
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なつかしい 昭和の頃のくらしの中のガス器具たちです。
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1世紀にわたるガス器具の歴史です。これは昭和初期でしょうか・・
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ガスエンジン
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日本製ストーブ。真ん中が赤くなってカニのかたちです。
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英国製ハンツヴィトレオシルNO,2ストーブ 大正時代 
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英国フレチャラッセル社製ガスレンジ 明治後期
1902年(明治35)にガスを使用する台所を備えた、大隈重信邸のガスレンジと同型といわれている。
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明治時代の台所 大隈邸・岩崎邸
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2階から1階を見ます。
各時代の生活シーンを物語る東京ガスのポスターなどが並んでいます。
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2016年02月23日

東京ガスミュージアム・小平市

武蔵小金井駅からバスに乗り約20分。
新青梅街道の滝山南交差点のすぐそばにある 東京ガスミュージアムに行きました。
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GAS MUSEUM がす資料館(ガスの歴史博物館)
東京都小平市大沼町4-31-25
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赤レンガ造りの洋館2棟が目に飛び込んできます。
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左側にある 受付でパンフレットをもらいます。
明治期からのガス器具約1200点や明治錦絵約400点、東京ガスの広告など、ガスにまつわるコレクションを所蔵。
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東京ガスミュージアム
明治42(1909)年 (ガス灯館、旧東京瓦斯本郷出張所)
明治45(1912)年 (くらし館、旧東京瓦斯千住工場計量室)
2棟の展示館は、いずれも明治時代に建てられた東京ガスのレンガ造りの社屋を、移設・復元しています。
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ガスミュージアムは、東京ガスの事業の歴史とくらしとガスのかかわりをご紹介する歴史博物館です。
文明開化以降のガスの歴史を展示するにふさわしい 赤レンガの洋館です。
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くらし館(旧東京瓦斯千住工場計量室、明治45年築)
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くらし館に生まれ変わったのは、一二(明治四十五)年に荒川区に建てられた同社千住工場計量器室。
計量器室は、工場で生産したガスをメーターで量る役割を担っていました。
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平屋で、玄関上部の星形の装飾が目を引きます。
中に入り 台所やお風呂・暖房などくらしの中のガス設備等の歴史を見てみます。
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2016年01月29日

高幡不動尊 終・五重塔

境内を巡り 五重塔まで戻ってきました。
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横側から
一見、木造に見えて実は鉄筋コンクリート造。昭和のモダニズム五重塔です。
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正面
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満5年の歳月をかけて竣工した五重塔は、塔高39.8m、総高45m、和様、三手先出組、青銅瓦葺、平安初期の様式を模した美しい塔です。
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高幡不動尊五重塔地下には千体地蔵堂と無料休憩所があります。
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多数の仏像があり、また六不動三尊像などの写真も多数掲示されています。
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仏像を拝見しながら無料休憩所でお茶をいただくことができます。
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弁天橋
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弁天池
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弁天堂
弁天池の島に建つ朱塗りの小堂で、福徳弁財天を祀っています。
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弁天池入口で高幡不動を訪れる人々を見下ろすように立っている 金剛寺土方歳三胴像
1995年(平成7)11月、土方ゆかりの金剛寺の境内に土方歳三の銅像が建立されました。
土方歳三生家の菩提寺である金剛寺には、歳三の位牌があります。

高幡不動尊をでて 名物高幡饅頭を買って駅に向かいました。
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2016年01月28日

高幡不動尊・稲荷社

手水舎です。
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これはたぶん境内社のものかと・・・
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古そうないかつい顔の狛犬さんがいました。
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貫禄ある狛犬さんです。
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稲荷社
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奉納の白い狐様がいっぱい!
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すぐそばには五輪塔
第二次大戦物故者供養の塔だそうです。
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弘法大師 修行大師像
少し高いところにおられるので 鉄板が渡してあり 一人ずつしか上がれませんでした。
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2016年01月27日

高幡不動尊・聖天堂 大師堂 虚空蔵院

大日堂から鐘楼への階段は急で危険なので通行止めです。
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迂回する道があるというので探しているうち 墓地に入り込みました。
エレベーターがあって上のほうに行けるのですがどうも違うみたいで 通りかかったお坊様に尋ねると 親切に案内してくれました。
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一旦戻り 急な階段の前をとおりすぎると井戸がありこの脇の道を上っていくと行けるということでした。
「四季の道」という山内八十八ヶ所の巡拝路だそうです。
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お鼻井戸
建武二年1335年8月4日夜大嵐のため 不動堂が倒壊した折、不動尊像が落ちて鼻をついた所だと言い伝えられている。
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聖天堂
安永8年(1779)の大火以来230年ぶりに再建されました。
上のほうに見えているのが「鐘楼」
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聖天さまは、密教独特の仏様です。
歓喜天が抱擁する象頭夫婦双身尊形が基本的な尊像
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大師堂
安永8年(1779)の大火以来230年ぶりに再建されました。
山内八十八ヶ所の第八十八番打ち止め霊堂です
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山内八十八ヶ所巡拝路
裏山の不動ヶ丘には88ヶ所に弘法大師像がまつられていて、「山内八十八ヶ所」の巡拝路が整備されています。
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虚空蔵院
虚空蔵菩薩は無限の知恵と慈悲をもった菩薩で、13歳の子供が厄除けと開運をお祈りする十三参りの仏様として尊崇されています。
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「明けの明星」は虚空蔵菩薩の化身・象徴とされる。
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2016年01月26日

高幡不動尊・ 大日堂(高幡山 総本堂

高幡不動尊境内の奥まった所にある大日堂です。
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金剛寺 大日堂(高幡山 総本堂)
大日堂は高幡山の総本堂です。 江戸時代安永八年の大火で焼失し仮本堂でした。
鎌倉時代様式の堂は昭和62年に終わった改修の際、復元されたものです。
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新堂は鎌倉時代様式で入母屋造り、本瓦葺・内陣総漆仕上で材は尾州檜が使われています。
土方歳三の位牌もここに納められています。堂内には平安時代に造られた大日如来像が安置されています。
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大玄関は桃山時代様式です。有名な鳴り龍天井や優れた彫刻群、幽玄な内陣荘厳等の鑑賞ができます。
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玄関前の仏足石
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水琴窟
キーンといい音がしました。
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中央の菊紋
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「鳴り龍」と「八福神」拝観
楊州周延浮世絵展を見るため 中に入りました。
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参拝料 200円
靴を脱いで上がります。
もちろん 内部は撮影禁止です。
左に広間があり 毎年この時期のみ八福神の襖絵をみることができます。
八福神は、七福神+吉祥天です。とても美しいすばらしい襖絵です。
広間の天井に、黒い龍の絵がありますが、これが「鳴き龍」です。
板敷の部分の中央にたち「広間の真ん中で拍手を打って下さい」の言葉通り手を打つと震えるような音がします。
これが鳴り龍です。
ここは平安時代の「大日如来像」などが安置されているところです。
「手を打つとき 願い事を唱えるといいですよ」といわれました。
ありがたい気持ちになり 畳の部屋で開催中の揚州周延浮世絵展 を見て回りました。
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揚州周延浮世絵展                   
開催期間平成27年10月21日(水)-28年2月24日(水)
会 場高幡不動尊大日堂
開館時間9:00~16:00
休館日月曜日
幕末から明治時代にかけて活躍した浮世絵、師楊州周延(ようしゅうちかのぶ)は、明治2年、土方歳三と共に回天丸に乗り込み、宮古湾
海戦で官軍と闘っています。
明治維新の絵なども描いていますが 今回は江戸城大奥風俗画。
タブーとされていてあまり描かれることのなかった大奥の様子が描かれていています。
美しい着物や お遊びの様子 豪華な大奥の生活を垣間見ることができます。
江戸時代とは天下泰平 文化豊かな時代だったようです。
回廊をまわると新選組のゆかりのものや 土方歳三の位牌がまつられていたり さりげなく左甚五郎の龍などの彫り物があったりして とても素晴らしいところでした。
寒くなければもっと長居したかったですが いかんせん足が冷たくて耐えられませんでした。
分厚い靴下などがおすすめです。
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2016年01月25日

高幡不動尊・山門 知足庵門

境内の奥の方に進むと右側に文永(1271年)の板碑があります。
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文永の板碑
文永8年(1271)総高2.35m 日野市内最大の板碑です。
市内の果樹園のなかに立っていたのを平成19年に寄贈されたものです。
「板碑は古くから平維盛の墓と伝承されてきましたが、近年の研究で鎌倉時代の比較的早い時期に武蔵の国の高麗地方から南平に移住し、そのご日野市の広い地域に勢力を伸ばした平姓の高麗一族の供養塔とかんがえられています。」
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山門手前の大観音像
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山門 (薬医門)
山門の正式名称は知足庵門です。(幕があって見えません。)
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山門にある山号額は「十善花開処」で海軍元師・伊東祐享による書が掛けられています。
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山門の板塀には見事な木彫りの彫刻がされ 上段の裏表に人物、下段の裏表に蓮の花が描かれていますがこれも幕で覆われていて見えません。
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五部権現社 1671年(寛文11)建立。
源頼義勧請の八幡大菩薩を中心に五神が合祀されている五部権現社。
火傷除けのご利益が授かるといわれています。
中にもう一つ 古い社がありますが 幕でよく見えません。
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金剛時旧五部権現社殿
「金剛寺の境内鎮守として創立されたもので、寺伝によると、源頼義が奥州反乱鎮圧に際し、ここに八幡社を勧請し、のちに稲荷、丹生、高野、清瀧権現を合祀して五部権現と称するようになったと伝えられます。この五部権現社は、現存する棟札により、暦応三年(一三四〇)に創建され、寛文一一年(一六七一)に再建された江戸時代前期の社殿として類例の少ない貴重な文化財です。建物の構造は、一間社流造、銅板葺、向拝付きで、大きさは桁行一・五二m、梁間一・三〇mあります。木部全体に朱の漆が塗られ、彫り物の刻線には墨、さらには向拝蟇股には群青などの鮮やかな彩色が施されています。社殿に安置されていた五基の神牌には、暦応三年(一三四〇)二月二八日造の銘があり、本地仏の垂迹神の名を刻し、国の重要美術品に認定されています。なお、五部権現社殿は奥殿建設工事に伴い、平成八年大日堂前に移築されました。 平成二三年三月 建立 東京都教育委員会」
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境内には数多くの句碑や歌碑がありますが これは山口誓子の句碑
如来出て掌に受け給ふ枝垂梅
脇には、「山口誓子先生分骨埋瑩之地碑」
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2016年01月24日

高幡不動尊・奥殿(寺宝展)

高幡不動尊にはいろいろな石碑があります。
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江戸消防第九区記念碑
このそばにあるのが 奥殿です。
不動堂の裏手にあたります。
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金剛寺奥殿(寺宝展)
高幡不動尊に伝承されている数多くの文化財を保管、展示する堂です。
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千年ぶりの修復を終えた重要文化財の丈六不動三尊像を中心にたくさんの文化財を収蔵・展示する為の御堂で1階が展示室、2階が収蔵庫になっています。
1100年の歴史を持つ新選組ゆかりの寺で 新選組関係の資料も多く保存されています。
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左の階段から奥殿の寺宝展を拝観できます。
拝観料奥 殿 : 300円
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奥殿隣は上杉堂。
ここ高幡不動尊が、上杉憲顕の最後だそうです。
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室町時代の武将・上杉憲顕の墓です。
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「上杉憲顕公之墳」 茶湯石
「上杉憲顕は氏憲の子、享徳4年正月(1455年)足利成氏の軍と立川河原に会戦、深手を負い高幡寺に入り自刃した。自然石はその墓標で、俗間信仰に茶湯石(服石)と言い、百か日忌払い供養の伝承がある。(鎌倉大草紙)」
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2016年01月23日

高幡不動尊・不動堂

大香炉の後ろの不動堂は昭和33年に改修されたもので、重要文化財に指定されています。
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もとは山上に建立されていましたが、1335年(建武2)の大嵐で倒壊したため、現在の地に移建されました(重要文化財)。
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高幡山明王院金剛寺(高幡不動尊)不動堂 日野市高幡733
「高幡のお不動さん」と呼ばれて、親しまれています。
真言宗智山派寺院の金剛寺は、高幡山明王院と号し、高幡不動尊として著名な真言宗智山派の別格本山です。
金剛寺は、平安時代の初期に慈覚大師(円仁)が清和天皇の勅願によって当地を東関鎮護の霊場と定め、山中に不動堂を建立して創建、建武2年(1335)大風により大破したものの儀海上人が中興、徳川家康の関東入国に際して天正19年(1591)寺領30石の御朱印状を拝領したといいます。多摩八十八ヶ所霊場88番、関東三十六不動9番、関東百八地蔵霊場100番、武相不動尊霊場28番、日野七福神の弁財天です。」
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金剛寺不動堂
「この不動堂は金剛寺を代表する建物で丈六不動三尊が安置されています。
ただし、この丈六不動三尊は平成12年から14年にかけて行われた1000年ぶりの修復作業の際、不動明王像不在のため、平安後期の様 式を忠実に造立された身代わりの本尊として新たに創られた新丈六不動三尊(新本尊 作:北宗像)です。重要文化財の丈六不動三尊は 現在不動堂裏の奥殿に安置されています。」
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不動堂の「鰐口・わにぐち」 重要文化財
しめ縄飾りの後ろになっていて見えませんが・・・
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不動堂前の「おびんづる様」
おびんづる様は体の中で痛むところや具合のよくないところをなでると神通力で治癒してくださる"撫で仏様"です。
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不動堂右手に宝輪閣(お札所)
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護摩修行の受付所があります。
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不動堂左手にある五重塔の下の道をさらに奥に進みます。
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2016年01月22日

高幡不動尊・仁王門

日野市の高幡不動尊に行きました。
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京王線高幡不動駅から 参道を歩きます
参道は150mほどで短いです。
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川崎街道の信号を渡ると 高幡不動尊仁王門です。
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高幡山明王院金剛寺(高幡不動尊)仁王門
高幡不動の仁王門は国の重要文化財に指定されています。
当初楼門として計画されましたが 途中で変更。上層の主要部を覆うような形で屋根がかけられ、外観は単層でした。
1959年(昭和34)の解体復原修理の際に当初の設計どおりに楼門として復原され、屋根は重層銅板葺造りに変えられました。
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仁王門天井 
寄木造りの立派な金剛力士の一対が左右に安置されています。
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境内図
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大香炉から見た仁王門
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旗かけの松
源頼義が前九年の役(1051〜62年)で奥州征伐に向かう途中、不動尊に戦勝を祈願し、軍旗を立てかけたと伝えられる松(現在2代目)です。
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2015年12月30日

小平市平櫛田中彫刻美術館 3

旧邸宅(記念館)前庭には大きな木がありその後ろに茶室が見えています。
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内部は撮影禁止ですが 庭部分は撮影許可が出ています。
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茶室は離れになっていて、母屋から行くにはサンダルをはき 外廊下から行きます。
突き当りは水屋。4畳半の茶室です。
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茶室前の坪庭
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月を映すためのもの?
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茶室と反対側の蔵のような建物は展示室になっています。
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中庭です。
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庭園。見えているのは客室と寝室です。
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庭園は四季折々の花が咲き、訪れる人を楽しませてくれる。特に、1月から2月にかけて見頃となる梅は見事だそうです。
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玉川上水の木々を借景として造られたそうです。
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パンフレットの写真です。
「大屋根の方形造りを特徴とする書院造り。昭和44年、98歳の時に建てられたため、別名「九十八叟院(そういん)」とも呼ばれている。設計は、国立能楽堂の設計で知られる建築家の大江宏。」
庭がすばらしく 心落ち着く 旧邸宅でした。
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2015年12月29日

小平市平櫛田中彫刻美術館 2

小平市平櫛田中彫刻美術館 チケットです。
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受付で パンフレットを貰います。
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東京藝術大学大学美術館正木記念館1階に平櫛田中記念室があり そこも見に行ったことがあります。
ホールに」ビデオコーナーがあり 鏡獅子の制作風景を見ることができます。
1階の展示室1、2には木彫および木彫彩色の比較的小さな彫刻が並びます。
鏡獅子の小像や良寛上人、西山公、気楽坊、鬼小僧、すもう等・・・
2階は所蔵品の 冬展示です。
地下展示室には ”星取り機”と呼ばれて特殊なコンパスが展示してあります。
平櫛田中は、まず粘土で形をつくり、それを石膏に型どりし、さらに、この星取り機を用いて木に写し取るという手法で いくつかの石膏像が展示されていました。
展示室を出て いったん1階の出入り口から外に出ます。
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すぐ隣は旧居で平屋の記念館になっています。
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庭にある彫刻用の原木 です。
平櫛田中が百歳になってから用意された彫刻用の原木(クスノキ)とのこと。
六十、七十は鼻たれ小僧、男ざかりは、百から百から、わしもこれからこれから 」 日本の彫刻家の平櫛田中さんの語録です。
 ”男盛りは100から100からの証明”している木です。
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記念館内部の撮影はできないので 玄関まわりを撮りました。
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白い漆喰塗りの母屋で本格数奇屋造りです。
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玄関脇にはお茶室が見えます。こちらは土壁仕上げ。
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玄関 ここから入ります。
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谷中 平櫛田中の旧居宅 東京都台東区上野桜木2-20-3
上野桜木には大正8年、横山大観、下村観山、木村武山ら、 日本美術院の画家たちの支援により建てられた平櫛田中アトリエの旧居があります。大正11年には傍らに伝統的日本家屋を建て 昭和45年に小平に転居するまで暮らしました。
通常は非公開。NPO法人や芸大などの協力で維持管理されています。
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2015年12月28日

小平市平櫛田中彫刻美術館 1

青梅街道を歩いていると 小平市のマンホールのふたが目につきます。
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市の木「ケヤキ」をメインにした小平市の街並みをデザインしたものだそうで いろいろなバージョンがあるらしいです。
昔このあたりが民家も一軒もない荒漠とした武蔵野の原野だった頃 一本の榎の巨木があって青梅街道・鎌倉街道の両街道を往来する人々の目印となって [武蔵野の一本榎]と呼ばれていたとのこと。歴史ある榎が有名です。
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熊野宮入口
熊野宮(一本榎神社)武蔵野の新田開発に伴い、宝永元年(1704年)にその榎の大樹のもとに遷祀された。
この熊野宮入口近くのバス停から 国分寺駅北口駅行きのバスに乗りました。
バス停 一橋病院前で下ります。
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玉川上水に沿ってしばし歩きます。
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平櫛田中美術館の看板が見えてきました。
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小平市平櫛田中彫刻美術館  東京都小平市学園西町1-7-5
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こちらは 旧平櫛田中邸
平櫛田中は、明治・大正・昭和と3代を生き107歳でこの世を去った彫刻家です。
小平市には晩年の10年間を過ごしており、彼のアトリエが美術館になっています。
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小平市 平櫛田中彫刻美術館(ひらくしでんちゅうちょうこくびじゅつかん)は、大正期に活躍した彫刻家「平櫛田中(ひらぐしでんちゅう)作品を展示する美術館。
日本近代彫刻の巨匠・平櫛田中の終焉の館を保存し、広く市民に公開するため、昭和59年に開館。「鏡獅子」など代表作を含む彫刻作品40点をはじめ田中が収集した美術・工芸品を展示しています。
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冬季展示開催中
会期:平成27年11月11日(水)〜平成28年2月7日(日)
田中が収集したやきものを中心に展示
平櫛自身が収集した作品を所蔵し、季節毎に展示しています。
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元は平櫛田中の旧宅で「小平市平櫛田中館」として公開していました。平成6年に展示館を新築し、平櫛の遺族からの作品寄贈を機に、平成18年館名を「小平市平櫛田中彫刻美術館」と改名しています。
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入口
観覧料 大人300円 
休 火曜日
内部は撮影禁止
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2015年12月27日

小平ふるさと村 終・旧神山家住宅主屋外観

旧神山家住宅主屋外観を見ます。
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「旧神山家住宅主屋
この建物は、もと回田町129番地の神山家の住まいで、その屋敷地にあったものです。昭和54年小平市に寄贈され、解体保存されていましたが、平成3年3月ふるさと村に移築復元されたものです。
言い伝えでは「この主屋は小金井から移築された」といわれており、解体調査からもこのことが裏付けられています。
間取り型式は、江戸時代中期の後半(18世紀後半)から後期にかけて見られる喰違い四ッ間型と呼ぶものです。小金井に建てられた当初は、三間取り広間型と呼ばれる江戸中期まで遡る形式であったと考えられます。
小平の新田開拓農家として、江戸時代中期から後期にかけての住まいの特長をよくとどめる貴重な文化遺産であるといえます。」
パンフレットより
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風除け・火除けのモチが植えられています。
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正面入口付近
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裏には薪が積んでありました。
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外便所
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土日は座敷に上がって小平糧うどんをを食べることができます。
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旧神山家住宅主屋モチの木の下から管理棟裏を見ています。
広場になっています。
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旧鈴木家住宅穀櫃は茅葺屋根葺き替え工事中でした。
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小平ふるさと村を出て 青梅街道をてくてくとバス停のある熊野宮前まで1kmほど歩きます。
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2015年12月26日

小平ふるさと村5・旧神山家住宅主屋内部

最後は旧神山家住宅主屋です。
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中から見ていきます。
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うまやの脇から入りました。
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台所です。
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かって の 流し 水ガメなど 
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かまど (へっつい)と火よけの神様
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囲炉裏
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座敷から 奥
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ざしき 正面の柱が7.5尺割りで民家の古い形式
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おもちゃ
あがって遊べるようになっています。
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2015年12月25日

小平ふるさと村4・開拓当初の復元住居

畑とかかしの向こうに開拓当時の復元住居があります。
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開拓当初の復元住居
開発農家のために小川家が建てた住居です。
開発名主であった小川家に残る小川家文書によれば 「間口を広く、奥行きを狭く建て、建方は丸太の柱を掘立にし、藁または茅麦藁(かやむぎわら)等で屋根を葺き、細竹を編んだ床、あるいは籾殻(もみがら)、藁屑(わらくず)等を敷きその上に莚(むしろ)を敷く。木材は、桁・梁は松、柱は栗材を使用。外壁は茅、麦藁で囲ったもの」と記されています。

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木造平屋建茅葺寄棟造り、葦壁、延床面積:43.66u。
幾重にも段のついた茅葺きで 壁も茅で造られています。
雨風を避けるためか軒高は低く かがんで中に入ります。
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置き囲炉裏が土間にひとつ。
内部は土間と、スノコ床とゴザ床の2間です。
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「二人用の住宅で、間口三間半、奥行二間の上屋の外側に、三尺の下屋(げや)がつくものです。古文書に従い古い工法や、かつて使われていたものと同じ材料(材種)を使用して復元したもので、当時の生活がうかがえる建物です。」
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「でい」と呼ばれる すのこ敷きの部屋。寒いだろうなぁ。。。。
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パンフレットの間取り図
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パンフレットの全体の写真
この建物は、このうち規模の最も小さな二人宅を復元したものです。
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2015年12月24日

小平ふるさと村3・旧小川家住宅玄関棟

道を奥に進むと立派な玄関が見えます。
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旧小川家住宅玄関棟
玄関棟のみの移築
正面の破風は、けやきの千鳥破風とし、懸魚(けぎょ)、六葉(ろくよう)をそなえ、木連格子(きづれごうし)が入る本格的なものです。
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「旧小川家住宅玄関棟この建物は、旧小川村及び小川新田村の開発事業の中心的役割を果たしてきた、名主の小川家に代々継承されてきたものです。
創建時の棟札によって、この建物が文化2年(1805年)3月13日着工、同年5月25日に完成したことが明らかになりました。この玄関は主屋とは別棟として建てられ、主屋と廊下で接続していました。一般の名主宅に見られる形式とは異なり、小川家の格式の高さと江戸時代における当家の実力を示しています。
市指定有形文化財第10号(平成5年3月1日指定)、木造平屋建茅葺入母屋造り、延床面積:36.99u、旧所在地:小川町1丁目2370番地。」説明文より
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 玄関には明治初期の小川旧邸の想像図が掲示されています。
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明治21年 小川愛次郎氏の記述による想像図
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パンフレットより
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この玄関は、主屋とは別棟として建てられたもので、主屋とは渡り廊下でつながっていました。
正面と背面に破風のある入母屋造りで、正面左手に「控えの間」を設け、寄棟造りの屋根が矩折れ(かねおれ)に付きます。
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「控えの間」には、江戸期のジオラマが展示されています。
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水車小屋です。稼働中です。
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「上水記」によれば、天明8年(1788年)の調べで、玉川上水の分水にかかる水車は33か所にものぼりました。
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2015年12月23日

小平ふるさと村2・旧小平小川郵便局舎

入口正面の「旧小平小川郵便局舎」です。
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旧小平小川郵便局舎  市指定有形文化財
平家造り、鉄板平茅葺き入母屋造り
赤い屋根に〒の記号があります。
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パンフレットより
「この建物は、明治41年11月15日、小川町1丁目1075番地に郵便局舎として建てられ、大正2年9月4日には140m東の旧所在地に曵屋されました。
その後、郵便業務に加え、電信事務・電話交換等の業務もこの建物で行われており、何度かの増改築が行われているとのことが、解体調査の結果によっても裏付けられました。
移築にあたって、郵便事業とあわせ電信・電話業務も行われていた大正末期の形に復元されました。 」
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窓口には金網が貼られています。
中に入ると 中には資料などが展示されています。
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金庫があります。
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間取りは事務室、交換室、座敷、台所などです。
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平面図 (パンフレットより)
大正10年から昭和19年まで新たに電話交換業務も加えられ、局舎内を改造して電話室や電話交換室が設けられた。
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住居部分
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玄関側
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郵便入れとあります。
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屋根の〒マークのある瓦がありました。
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隣の小屋には、手押しポンプの消防車がありました。
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消防小屋 (パンフレットより)
消防小屋消防小屋には、昭和3年(1928年)製作の手動ポンプ車や、「小平村第十六部地利水利図」と書かれた現在の回田町域内の地図が展示してあります。また、消防小屋の横には火事等が発生したとき域内の人々に知らせるための消防設備である火の見櫓、半鐘、消防鐘打ち表示板を展示しています。これらは明治〜昭和初期に製作されたもので、いずれも小平市内にあったものです。
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2015年12月22日

小平ふるさと村1・丸いポストのまち こだいら

西武新宿線の小平駅と花小金井駅のちょうど中間 あたり どちらからも徒歩20分というところでしょうか・・・
交通の便はよくないのですが 小平ふるさと村に行きました。
小平グリーン道路沿いにあります。
グリーンロードは野火止用水・玉川上水・狭山境緑道の三つの水の道を結び、小平を一周(21km)する緑を楽しめる散歩道です。
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入口に丸いポストのまち こだいらという説明板があり 赤い丸ポストがありました。
小平市は昔懐かしい丸ポストが東京で一番多く残っている自治体です。
丸型ポストによる町おこしなのでしょうか 丸ポストマップなるものもあります。
日本郵便が所有する稼働中の丸型ポストは29本、それ以外に私設ポスト2本 使用できないポストが5本の 36本があるそうです。
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小平ふるさと村 東京都小平市天神町3丁目9番1号
江戸時代の新田開発にともなって開拓された小平の歴史とくらしを伝える古民家園です。
開拓・農家・近代の時代別に3つのゾーンに分けて、かつての建物を移築、復元してあるほか、小平の年中行事や農家の風景などを再現しています。
まず 管理棟に行きました。
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管理棟
管理棟平成22年2月に小平市の観光案内拠点として改修
資料や 特産品などの紹介 観光案内の拠点です。
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裏にまわります。
懐かしい風景です。
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説明がないので 何だかわかりません。
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つるべ井戸がありました。
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中を覗いてみました。
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旧小平小川郵便局舎から見ていきます。
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2015年12月21日

当麻山泉藏院の紅葉・小平市

境内で足を止め写真を撮っている人がいたのでそちらに行きました。
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小平大不動明王尊像です。
高さ4メートルの青銅不動明王は昭和59年(1984)に造立。
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紅葉の燃えるような赤が似合います。
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境内にはあちこちに石造物があります。
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このようなかわいい石像がありますが どれも赤い帽子をかぶっています。
十二支あるかもしれません・・・・
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竹林などもあって風情があります。
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思いがけず紅葉見物ができました。
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山門入ってすぐには六地蔵様がありました。
当麻山 泉藏院はなかなかいいお寺でした。山門を出ました。
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2015年12月20日

当麻山泉藏院境内 ・小平市

小平市の新小金井街道 から1本入った錦城高校裏手の道を歩いていたら 紅葉のきれいな寺に巡り合いました。
たまたま 出会ったのですが せっかくですから境内に入らせてもらいました。
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きれいに剪定された木々のむこうに見えるのは多宝塔です。
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泉蔵院山門 東京都小平市大沼町5-9-8
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当麻山の社額があります。
山門の正面奥には本堂が見えます。
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当麻山 泉藏院本堂
開 創 延享元年 (西暦1744年)
本 尊 如意輪観世音菩薩
昭和56年(1981)に改築
泉蔵院の縁起
「泉蔵院の創建年代等は不詳ながら、青梅市今寺報恩寺の塔頭だったといいます。大沼田新田開発に伴い、延享元年(1744)に泉蔵院を当地へ引寺、大沼田新田を開発した名主弥右衛門の先祖と百姓傳兵衛の先祖とを開基とし、運承法印を勧請して開祖としたといいます」
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多宝塔  昭和58年に新築
「この多寶塔の建てられた場所には、明和3年(1766)に建立の小さな石塔 「寶池院塔」 と 「お経を埋めた」と伝えられる経塚と呼ばれる小さな塚がありました。昭和57年(1982)に 地下2mから経箱の破片と経巻の軸の破片を発掘。
これらの遺品を保存するため多宝塔が建立されました。」
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鐘楼 昭和56年(1981)10月完成
大晦日には近隣の人が「鐘つき」に来るそうです。
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薬師堂
昭和42年(1967)の改修で総欅造り
さて次は 紅葉を楽しみます。
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2014年09月16日

天明家2・江戸東京たてもの園(終)

土間にはかまどがあります。そばには 屋根の葦の見本が置かれていました。
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この日は囲炉裏に火が入っていました。
煙によって屋根に乗っている萱(藁)を燻(いぶ)すことで、虫よけにもなり家の寿命が長くなるということです。
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座敷に上がりました。畳敷の広い空間が広がります。
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畳が敷いてあるのは豪農の証拠です。
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煙でかすんで見えます。
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右の部屋だけは板敷きなのですが ここは産室だそうです。6畳ほどの広さでなにもない部屋です。
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書院の付いた立派な床の間もあります。
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障子の文様に注目。
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網代文様の障子が優雅です。
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格式高い 品の良さがあちこちに見られます。
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縁側、廊下かも。
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外から見た書院の間です。
庭をひとまわりして 天明家を出ます。
これでたてもの園の見学は終わり 出ました。バスで武蔵小金井駅に向かい 帰宅しました。
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2014年09月15日

天明家1・江戸東京たてもの園

下町中通りを見学したあと 天明家という表示のある茂みを入っていくと立派な長屋門があります。
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天明家「てんみょうけ」の入口である長屋門
天明家(農家) 江戸時代の豪農が住んだ、長屋門をもつ格式高い農家。
長屋門は郷士や富農でないと持てないはずなので、天明家はかなり規模が大きい豪農だったと思われる。
天明家は、江戸時代、鵜ノ木村(現在の大田区内)で名主を務めた旧家だそうです。
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主屋から見た長屋門。下男下女といった使用人たちが住んでいたのでしょうね。
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たてもの園に移築された天明家の建物は、庭園を含む主屋と長屋門、それに飼葉小屋です。
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旧所在地:大田区鵜ノ木一丁目/江戸時代後期
正面に千鳥破風(ちどりはふ)をもつ主屋・長屋門・枯山水庭園などに高い格式がうかがえます。
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今年春に屋根の吹き替えが終わったところだそうで きれいでした。
茅葺きの雄大さに圧倒されます。
杉皮が挟まって模様になっています。
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「千鳥破風(屋根の斜面の中程に装飾あるいは換気・採光のために設ける三角形の破風)」の切りそろえられたヨシの切り口や角度が美しいです。
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切りそろえられた新しい茅葺屋根。どこか郷愁を誘います。
福井県坂井市に千古の家(坪川家住宅)国指定の重要文化財があります。
江戸時代初期に建てられた県内最古の民家。正面が入母屋造り、背面が寄棟造りの茅葺屋根です。
天明家の屋根を見て そこを思い出しました。
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ちょうど 囲炉裏に火が入っていましたが ここは中に入ってみることにしました。
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2014年09月14日

子宝湯・江戸東京たてもの園

下町中通りはは「千と千尋の神隠し」のイメージの元となっているそうです。作中で重要な舞台となった「油屋」のモデルの「子宝湯」で、「東京型銭湯」の典型的な建築物です。
現在、特別展「江戸東京たてもの園と千と千尋の神隠し」が開催されています。
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「東京の銭湯を代表する建物です。神社仏閣を思わせる大型の唐破風(からはふ)や、玄関上の七福神の彫刻、脱衣所の折上格天井など贅(ぜい)をつくした造りとなっています。
旧所在地 足立区千住元町/1929年(昭和4) 」説明文より
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「江戸東京たてもの園物語」(株式会社スタジオジブリ)によればあまりの立派さに、お賽銭をあげて拝んでいた人もいたということです。
入母屋破風・唐破風・兎毛通し・宝船に乗る七福神の彫刻・折上げ格天井・ペンキ絵(銭湯背景画)・九谷焼三六角タイル絵・広告などの銭湯建築や内装、籐製の脱衣籠・体重計・ベビースケール・ベビーベッド・木製の風呂桶&風呂椅子などが再現されています。
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子宝湯(足立区千住元町)は昭和4年(1929年)に建てられ、昭和63年11月に廃業後、平成5年に江戸東京たてもの園内に移築された。
銭湯の最盛期に建てられたこともあって、贅沢なほどに飾り付けが施されています。
施主さんも大工さんも石川県出身の人だとのこと。九谷焼のタイル絵が番台や洗い場などにもあります。
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昔懐かしい脱衣籠
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吹き抜けの豪華な折上げ格天井(格子型の天井)が印象的な、「子宝湯」の脱衣所。高窓があり自然採光や換気などが考慮されている。
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天井の扇風機。昔のポスター。
子供のころ行った銭湯を思い出します。近所に銭湯があり夕方になると通っていました。
広い風呂。カーンと響く風呂桶の音。体重計。風呂上がりに飲む フルーツ牛乳が美味しくて楽しみでした。
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男湯の富士山のペンキ絵。
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女湯の方に向かって富士山の裾野(すその)が広がっているように描かれている。
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柳の木の下に 顔無しが現れそうな 子宝湯です。
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2014年09月13日

仕立屋・和傘屋・鍵屋(居酒屋)・江戸東京たてもの園

「萬御仕立物所」の看板と格子窓の町屋は「仕立て屋」です。
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こういう格子・〈出桁造り〉の町家は福井・三国町でもよく見かけられます。
なんとなくなつかしい感じがしました。
旧所在地:文京区向丘一丁目
1879(明治12)年築。
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内部を大正期の「仕立屋」の仕事場と想定し、再現している。
 通常の仕立屋は、特段に店構えなどをせずに自宅を仕事場としており、親方のもとに弟子が住み込みで働くのが普通でした。ここでは親方と弟子4人の仕事場を再現していると説明がありました。
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川野商店(和傘問屋)
旧所在地:江戸川区南小岩
大正15年(1926年)築
重厚な屋根の造りや江戸以来の町屋の特質を継承する格子戸などの造りが建物の特徴。
東京での和傘の製造は、江戸時代は青山辺りが中心でしたが、明治中頃から小岩に移転したと思われます。
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竹の豊富な土地 また傘を天日干しするために広い土地を必要としたためと思われます。
店舗と住居である主屋と渡り廊下及び板蔵(復元せずからなっていました。
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鍵屋(居酒屋)
旧所在地:台東区下谷二丁目
1856(安政3)年築。
台東区下谷の言問通りにあった居酒屋で、関東大震災と太平洋戦争の戦災を免れた貴重な建物。
谷中界隈は現在も出桁造りの町屋やその奧の長屋など、東京の古い街並みが比較的残る地域です。
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中に入るとカウンターがあり 女将さんのような女性がいて説明してくれました。
本当に営業しているかのようです。
明治から大正、昭和初期まで酒の小売店を営み、昭和の初期から店の片隅で夕方だけ一杯飲み屋を始め、戦後の昭和24年(1949年)から本格的に居酒屋として営業を始めたとのことです。
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奥は座敷になっています。
建物は正面に向かって右側にカウンター席を持つ土間の店、左側に四畳半の店座敷を置き、それぞれに独立した出入り口が設けられています。
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