2016年12月05日

しんじょう君とこーた君

高知県須崎市マスコットキャラクターしんじょう君です。
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須崎市の新荘川で、最後に目撃されたニホンカワウソ。残念ながら絶滅種指定されてしまいました。
そこで誕生したのが カワウソのしんじょう君です。
しんじょう君は今年のゆるキャラグランプリ1位を獲得しました。
3日土曜に銀座まるごと高知にやってきて 4日日曜日には江戸川区平井でお散歩
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江戸川区 平井駅前通り親和会公認キャラクターこーた君です。
コーギーの3才の男の子  漢字では幸多です。
みんなに幸せが多く訪れますようにとの願いをこめられています。
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しんじょう君とこーたくん。頭の上は須崎市の名物である鍋焼きラーメン。
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平井でこーたとお散歩です。
しんじょう君の帽子 鍋焼きラーメンは脱げます。
タグ:イベント
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2015年09月17日

一之江名主屋敷・庭園

一之江名主屋敷の周囲には堀が巡らされ、約2000坪の敷地内に曲り屋敷の母屋、蔵の建物、庭、屋敷林、屋敷畑などがあります。
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庭園は江戸から明治にかけて次第にととのえられたそうです。
池泉観賞式庭園として整備されました。
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池には鯉ではなく金魚が泳いでいました。
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庭園
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風格のある大きな木
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屋敷林や屋敷畑もあります。
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屋敷の北と西に古木がしげり、防風林の役目をしています。
屋敷神(稲荷社)にいたる参詣路があります。
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屋敷神(稲荷社)
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この屋敷の所有者である 当主の田島さんは隣に住んでいるそうです。
一之江名主屋敷を出て 瑞江駅に向かいました。
タグ:文化財 建物
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2015年09月16日

一之江名主屋敷・主屋

囲炉裏に火が入っていました。
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囲炉裏は平成の解体修理で発見され、北関東のものを参考に復元したそうです。
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火の粉がうえに飛ぶのを防ぐため火棚(ほだな)、鍋などを吊るす自在鉤(じざいかぎ)は新設とのことです。
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天井板無し。茅葺に虫が入らなうよう一年中焚かれます。
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間取り図がありました。
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玄関。
玄関は床を土間でなく段の下に低い板張りの縁を設けた式台。
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玄関に面した座敷は来客、名主を務めている時の公用の場で、家族も入ることはできなかったらしい。
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玄関からツギノマからオクザシキまで繋がっています。
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入側   座敷と濡れ縁の間の通路は畳敷きで縁座敷ともよばれたました。
タグ:文化財 建物
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2015年09月15日

一之江名主屋敷・土間

土間の部分に 案内板があります。
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「田島図書はもと豊臣家の家臣で堀田図書重盛と言われています。関が原合戦のあと西一之江村大杉の田島庄兵衛方に奇寓し、田島英丈と改名しました。
図書は一之江新田を開発しました。
名主は身分は百姓でしたが、その村の民政を行った。武士のような門構えと玄関を許され、自宅を役所として公務を行いました。」
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この家は安永年間(1772〜1780)、7代目の人が建てたもので今から230年前の建物。はじめは土間がなかったが、天保時代(1838)増築され、曲り屋となったそうです。
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土間の天井裏は納屋になっています。ここに米俵を積むことができます。
海に近く 土地も低いので洪水時 米を天井裏に保管する必要があったとのことです。
天井裏には木の舟がしまってありました。
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広い土間には農具が置かれています。
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ここで脱穀などの農作業をしたり、農機具の置き場にしたのでしょう。
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農作場の北側の壁全面に枡(こめびつ)が設けられています。
一般的には種籾の収納用に使われたもので、種蒔きの時期別に箱に納めるものだそうですが 箱に記号が書かれていることから預かった年貢米も入れていたという説もある。
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土間の中央には直径60cmぐらいありそうなケヤキの大黒柱があります。
家の中心ではなく土間にあり 名主がこの柱に寄りかかって座り、農民の訴えを聞いたことから「もたれ柱」と呼ばれていたそうです。
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土間は中央の大黒柱を境に、かまどのある勝手と農作場に分かれています。
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一番大きなカマドはいつでもお湯を沸かしておき 他の二つのカマドで調理用でご飯を炊いたり煮物をしたそうです。
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台所の炊事場。大きな水甕があります。
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土間から先は 主屋となりナカノクチという 板敷の間があります。
タグ:文化財 建物
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2015年09月14日

一之江名主屋敷・長屋門 曲り家

江戸川区続きです。城立寺から西へ2〜3分歩くと スーパーの後ろに屋敷が見えてきます。
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一之江名主屋敷 区指定文化財、区登録文化財
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一之江名主屋敷  江戸川区春江町2-21-20
東京都史跡
江戸川区史跡
入園料 100円
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「 一之江名主屋敷は、江戸時代はじめにここへ来て新田を開発した田島家の居宅です。江戸時代を通じて一之江新田の名主をつとめてきました。現存する主屋は安永年間(1772〜1780)に再建されたものです。周囲に堀をめぐらし、屋敷林、屋敷畑、庭園をそなえた、中世土豪的屋敷構えを伝えています。
昭和29年(1954)の史跡指定から今日まで、所有者である田島家のご努力により、ほぼ現状が保存されてきました。敷地環境の変化と老朽化がすすんだため、平成元年(1989)から平成5年(1993)にかけて建造物の復元修理をおこない、平成10年(1998)から平成11年(1999)にかけて、敷地景観の整備をおこないました。
 この屋敷が最も整備されたと思われる江戸時代末から明治にかけての様子を、長く後世に伝えていきたいと思います。

 平成11年(1999)5月
   東京都教育委員会
   江戸川区教育委員会」
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長屋門
名主の身分は百姓ですが、多くは武士のような門構えや玄関が認められていました。
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内側から見た長屋門
長屋門には床・棹縁天井の居室が設けられていた。
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見取り図
中に入り 受付の主屋へと向かいます。
主屋(おもや)は 玄関と座敷、土間をそなえた茅葺の曲り家(まがりや)です。
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長屋門から入って正面に玄関
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母屋の建立は安永年間頃と推定。江戸近郊農村の名主屋敷の風格を伝えています。
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右側の入母屋造りの屋根は土間。
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受付という表示があります。
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中に入ります。
タグ:文化財 建物
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2015年08月29日

城立寺 鬼子母神堂

境内右手にある鬼子母神堂です。
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伝教大師の作と伝えられる鬼子母神像が祀られています。
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鬼子母神像は一木三体の一つで、京都府「妙覚寺」富山県「真乗寺」に安置されているそうです。
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お堂前の説明文
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伝教大師作南無鬼子母尊神除難塔
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城立寺 竜鳴水(1767年奉納の水鉢)
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現在は竜に手をかざすと水が出るハイテク・・・
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常寂光門(旧山門)遺構保存資料庫

この後 一之江名主屋敷・田島家屋敷跡へ向かいます。
タグ:神社・寺院
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2015年08月28日

城立寺本堂

城立寺は日蓮宗で本高山と号し、千葉県松戸市平賀にある本土寺の末寺です。
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これが 松戸市の本土寺
「本土寺」は「長谷寺(ちょうこくざん)」と呼ばれています。
もと源氏の名門平賀家の屋敷跡と伝えられ、1277年日蓮上人の弟子日朗を導師として招き開堂。
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池上の長栄山本門寺、鎌倉の長興山妙本寺とともに朗門の三長三本の本山と称される名刹です。
現在では1万株のあじさい、5000株の花菖蒲でも 有名で、「あじさい寺」とも呼ばれ アジサイの季節は多くの参拝客でにぎわいます。
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城立寺本堂
開山は元和2年(1616)で、日念が本土寺の日舜上人から本高山城立寺の名を授けられといわれています。
寛永5年(1628)に一之江新田の開拓者である田島図書(ずしょ)が開基となりました。
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境内右手には 田島図書の墓(区登録史跡)と石造釈迦如来坐像(区登録有形文化財)があります。
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石造釈迦如来坐像(江戸川区 有形文化財)
寛文三年(1663年)大工三左衛門の作で、台座を含め三メートル余りある一石丸彫りの区内で最も大きな石造仏。
台座の銘文によると、田島家の八郎兵衛尉重信が祖先の菩提と一切衆生の利益のために造立、寄進したとある。
大正12年(1923)の関東大震災、平成23年(2011)の東日本大震災で首が折れ、修復されました。
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田島図書の墓(江戸川区登録史跡)
「田島図書はもと豊臣家の家臣で堀田姓を名のっていましたが、関ケ原合戦に参戦後、敗れて関東に下り西一之江村大杉の田島庄兵衛方に寄寓し、田島姓を名のって一之江新田の開拓を進めました。寛永5年(1628)に城立寺の開基となり、寛永20年(1663)12月25日に没しました。図書の墓は笠付きのもので「妙法正善院日慶」の法名が刻まれています。

この寺は、地元の名主であった田島一族の菩提寺
墓地には“田島”と彫られた墓石が並んでいます。 
タグ:神社・寺院
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2015年08月27日

瑞江駅〜城立寺

都営地下鉄新宿線の瑞江駅です。
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瑞江駅 東京都江戸川区瑞江二丁目
駅シンボルは桜で 北口入口上部にある桜を模した装飾があります。
駅近辺は きれいに区画整理されていて アパートなどがたくさん建っています。
ところどころ ビニールハウスや畑が残っていて田園地帯だったことを偲ばせています。
京葉道路の高速高架下をくぐり 駅から徒歩16分というところに 寺があります。
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道路沿いに 鬼子母神像安置の碑があります。
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城立寺山門です。
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脇にあった説明板
「千葉県松戸市にある本土寺の末寺で、開基は元和2年(1616年)と伝えられる。本堂の右手にある鬼子母神堂には、伝教大師の作と伝えられる鬼子母神像を安置。
この地の名主であった田島一族の菩提寺で、墓地には一之江新田の開拓者である田島図書の墓があり、江戸川区の史跡に登録されている。また、田島家の墓の前には田島家の菩提を弔うために造られた寛文3年(1663年)作とされる大きな石造釈迦如来坐像があり、江戸川区の有形文化財に指定されている。」
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城立寺
住所江戸川区春江町2-39-28
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山門扉
昔、春江町付近は椿の群生地で、ここ城立寺にはその原木があったと伝えられている。
現在では椿村、椿町と続いた地名も無くなりましたが 土地の名にちなんで「椿寺」ともいわれています。
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山門の中に入ります。
タグ:神社・寺院
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2015年05月29日

江戸川区総合レクリエーション公園フラワーガーデン

江戸川区総合レクリエーション公園フラワーガーデンのバラ園です。
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東京都江戸川区西葛西6丁目
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もう終わりかけ・・・今年はどこも早く終わりそうです。
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約2万1000平方メートルある洋風庭園に111種600株の バラ が植えられている バラ園 です。
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もう少し早い時期だと よかったかも・・・
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バラのアーチのトンネルから現れるのは・・
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パノラマシャトル
フラワーガーデン 芝生広場 富士公園キャンプ場 富士公園 なぎさ公園展望の丘 なぎさ公園を走ります。
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水のある風景は涼しげなのですが とにかくバラ園というのは日当たりがよくないといけないので 暑い!
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子供たちはバラより 水遊びです。
2013年の同じフラワーガーデンのブログです。
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2015年05月18日

荒川ロックゲート(閘門)

荒川スーパー堤防を歩くと サイクリングロードを走る自転車に出会います。
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荒川ロックゲート(閘門) 江戸川区小松川1丁目地先
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荒川側のロックゲート
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巨大です。
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荒川と旧中川の最大で3.1メートル異なる水位を調節するために平成17年に完成しました。
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説明板があります。
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有名なパナマ運河と同じく、水位が違う河川や海との往来を可能にする水上エレベーターです。
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荒川と旧中川は江東地区の地盤沈下のため水位の差が最大3.1mに達することもあります。
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長い間船舶の運航が出来なかったのですが 水上交通が大震災時等に有効であるということから閘門が作られました。
震災時の支援活動を想定してつくられており、阪神淡路大震災クラスの地震があっても、速やかな航行が可能です。
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旧中川方向のゲート
この水路で水位を調節します。
荒川〜江東内部河川〜隅田川は、水上バスや屋形船による観光やカヌーなど手こぎボートの利用が多いです。
タグ:建物
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2015年05月17日

大島小松川公園〜荒川スーパー堤防

大島小松川公園 風の広場から石段を下ると 荒川スーパー堤防です。
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荒川スーパー堤防整備に合わせて、南北約2キロメートルにわたり約1000本の桜(小松川千本桜)が植栽されています。
平成15年に完成した小松川千本桜は10種1,000本が飢えられて桜の名所となっています。
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都営新宿線荒川中川橋梁
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対岸にタワーホール船堀の高さ115mの展望台が見えます。河川敷には災害時のヘリポートもあります。
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荒川ロックゲートが見えてきます。
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位置関係の地図
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こちらは旧中川のゲート後ろ側です。
荒川ロックゲート(閘門)に行きます。
タグ:庭園・公園
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2015年05月16日

東大島駅・旧小松川閘門

都営新宿線東大島駅です。
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江東区と江戸川区の区境の河川橋上駅でホームに行政区分標がある全国でも珍しい駅です。
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旧中川の真上にあるため、駅の出入口は川の両端(大島口・小松川口)で 駅の所在は駅長室がある江東区大島九丁目です。
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東大島駅広場に四神のモニュメント“東の青龍”があります。
四神とは、青龍、朱雀、白虎、玄武の、方位を守る神様。
東、東大島駅前の青龍
西、白虎は、現在検討中。
南、若洲海浜公園の朱雀
北、亀戸駅前公園の亀が玄武
この四神の設置は江東区が行っているものです。はやく西が決まれば いいですねぇ〜
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東大島駅近くの「旧中川・川の駅」(江東区大島9)
第2回大島旧中川そらまめ祭り」でにぎわっていました。(5月9日・10日)
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「中川そらまめ」は江戸原種の空豆で、江戸時代に中川かいわいより市中に広がったといわれています。
「中川番所」が置かれ、関東一円の川筋から舟で多くの物資がここに集められていました。
そらまめ祭りはこの地域で、かつて栽培されていた幻の江戸野菜「中川そらまめ」を区内外に周知するのが開催の目的だそうです。
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水陸両用車のスカイダックや 川めぐりの船なども運航されていました。
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旧中川から一段高い場所に 大島小松川公園があります。
不自然に 突如緑の丘が現れた感じがします。
石段をかなり上ります。この 緑の丘は、「風の広場」です。
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綺麗な緑の広場なのですが この盛り上がった丘の下には、六価クロムが埋まっているらしいです。
もともと一帯は日本化学工業の工場があった場所で、1974年に日化工が移転するまでここで操業を続けていたとのことです。
ここだけでなく、旧中川を挟んだ向かいの「わんさか広場」にも、六価クロムが埋まっている。
六価クロムが漏れだしているという「六価クロム鉱さい問題」が起きたそうです。
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小高い場所なので 旧中川を見下ろし 遠くスカイツリーも見えます。
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大島小松川公園にある旧閘門
実際に見えているのは全体の1/3くらい、残りは鉄柵の下深く埋められている。
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旧小松川閘門 江戸川区 小松川 1
国土交通省の解説文 抜粋
「閘門は1911年荒川改修工事にて、荒川と旧中川の水位差ができた為、舟運に大きな障害となり設置した。 1976年、閘門は、2つの扉のうち荒川側が撤去され、旧中川側は埋められた状態で保存されている。」
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2015年04月14日

旧中川ボートフェスティバル2015

日曜日(12日)に旧中川ボートフェスティバル2015が行われました。
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旧中川ボートフェスティバル2015
旧中川河川敷(小松川1丁目、もみじ大橋・さくら大橋付近)
平成27年4月12日(日曜日)
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カヌーやボートの体験乗船ができます。
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1人乗りカヌーの体験操船は子供たちに大人気のようです。
すぐ受付終了になったそうです。
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10人乗りEボートの体験操船
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4人乗りボートの体験操船
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このボートに乗るには練習が必要です。
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これがローイングマシン。これで事前に練習してから乗ります。
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足を屈伸させながらオールを回して漕ぎます。
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江戸川区・ドラゴンボートレース大会も開催
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このレースは事前受付だったそうです。
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花見をしながらのフェスティバルでした。
ちなみに カヌーの乗船体験は 竪川河川敷公園カヌー・カヤック場でも行われています。
タグ:イベント
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2015年03月11日

旧中川沿いの河津桜

旧中川沿いの河津桜が満開です。
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旧中川沿い(江戸川区平井3丁目 JR総武線鉄橋南側)
ちょうど成田エクスプレスが通過しています。
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「よみがえった中川」という文言が見えます。
「旧中川」は治水の安全性の向上を図るため、水位を地盤面より下げる整備を行い、また堤防を耐震化しました。
旧中川護岸工事は40年かけて整備が終わり、よみがえった河川になりました。
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水辺公園となり憩いの場となっています。
カヌー教室なども行われています。
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曇り空ですが 電車とスカイツリーと河津桜は絵になる風景です。
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河津桜はソメイヨシノより一足早く咲く、濃いピンクが特徴の桜です。
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尚 「リバーフェスタ江東」を中川船番所資料館そばの旧中川・川の駅で3月14日、15日に開催します。
カヌーの体験や和船 水陸両用バス 動力船などの船が出ます。
タグ:
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2014年07月18日

最勝寺 境内

境内の墓地の入り口辺りに無縁塚がありました。
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無縁塚の最上部には観音様。
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地蔵堂。お地蔵様と観音様が一緒に並んでいます。
手前の水鉢は古そうです。
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最勝稲荷です。
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動物供養〜馬頭観音廟
「最勝寺檀信徒専用のペット廟堂」として馬頭観音廟を建立したとのことです。
外に出ると こんなポスターが目につきました。
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一隅を照らす此れ即ち国宝なり
この言葉は比叡山延暦寺で日本天台宗を開かれた最澄上人、後の伝教大師の教えの一つです。
「社会の片隅でもよい、必要とされる人物となれ」などという教え。
そういえば 高校卒業の時 英語教師であり住職である先生が色紙にこの<一隅を照らす>という言葉を書いてくれたっけ・・・。などとおもいだしてしまいました。
タグ:神社・寺院
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2014年07月17日

最勝寺 通称:目黄不動

4つ並びの最も 荒川土手に近いのが 牛宝山明王院 最勝寺(通称:目黄不動)です。
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赤い山門でとても目立ちます。
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愛嬌のあるお顔の仁王像。
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最勝寺は、慈覚大師が貞観2年(860)隅田河畔に一寺を建立して創建、良本阿闍梨が中興したといいます。大正2年に本所表町(墨田区)から移転したといいます。
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牛宝山明王院 最勝寺(通称:目黄不動) 東京都江戸川区平井1-25-32
「天台宗で牛宝山明王院と号し、大正2年(1913)に、本所表町(現・墨田区)から現在地に移転しました。開山は、貞観2年(860)で、慈覚大師の建立です。
 墓地には烏亭焉馬(戯作者)、富田木歩(俳人)の墓および、柔道界の鬼と言われた徳三宝の頌徳碑と同夫妻の墓があります。
■木像不動明王坐像
正和56年(1981)1月登録 江戸川区登録有形文化財・彫刻
 像高は127センチです。本所表町にあった最勝寺の末寺、東栄寺の本尊でした。江戸五色不動(目青・目赤・目黄・目白・目黒)のひとつ「目黄不動」の名で知られています。名像良弁の作といわれ、将軍家の信仰が厚かったといわれています。
 平成13年11月 江戸川区教育委員会」
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本堂 
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こちらが不動堂。関東三十六不動霊場第19番札所
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江戸五色不動(目青・目赤・目黄・目白・目黒)のひとつ「目黄不動」の名で知られています。名僧良弁の作といわれ、将軍家の信仰が厚かったといわれています。
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境内はとてもよく整備されていてきれいです。
蓮の鉢植えがたくさんありました。境内のハスは有名なようです。
タグ:神社・寺院
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2014年07月16日

大法寺・成就寺

2つ目はすぐ隣の大法寺。
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大法寺 江戸川区平井1ー25ー37
境内はすべて墓所という感じとなっていて入るのをためらいました。
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結構古そうで 立派な彫刻がされていますが詳細は不明。
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「宝聚山と号し、日蓮宗の古刹です。創立当初は、本所にありましたが、昭和4年(1929)に現在地に移転しました。
 つたえるところによれば、建長5年(1253)の夏、日蓮聖人が房州清澄山から鎌倉に向かう途中、亀戸の地を通ったおり、同地の住人、千葉某が聖人の教えに帰依したので、聖人は七文字の題目を書いて与えました。千葉氏はこれを石に刻み、宝塔を建てました。人々は、聖人が「広宣布石」と呼び、参拝祈願するようになりました。
 その後、数代を経て、千葉常明の一子、万千代が疱瘡を病んで死にましたが、広布石の功徳により不思議にも蘇生したといわれています。
 万千代は成人すると出家して、本所法恩寺の住職日悦上人の弟子となり名を大権院日巧と改め、大永2年(1522)大法寺を創立しました。
 平成13年11月 江戸川区教育委員会」
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片隅にある 稲荷大明神。
長居したくないのですぐ 隣に行きます。
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成就寺 通称 枳寺(からたちでら) 江戸川区平井1ー24ー33
ここも本堂前が墓所。元は本所にあったものが、明治14年に墓地だけがこの地に移り、本堂は関東大震災の後、この地に移った。
だからこういうつくりになったのでしょうね。
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本所にあった時、門前に枳の並木があったことから、「からたち寺」と呼ばれていました。
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「天台宗で、嘉桂山西光院と号します。もとは本所竹町にありましたが、明治14年(1818)現在地に墓地を移し、昭和2年(1927)に本堂その他の建物を移転しました。本所にあったころ、門前に枳(からたち)の木が並んでいたので、通称「からたち寺」と呼ばれ、今でもその名は通じています。
 嘉祥元年(848)慈覚大師が開山し、正和3年(1314)舜慶法印が中興したものと伝えられています。
 本尊は木造阿弥陀如来立像です。寺宝に神田宗庭筆の千手観音像を所蔵しています。
 墓地には、越知二楽(兵学家)、荻野楳塢(仏教学者)、寺島梅里(画家)、清元延寿太夫(清元)、那波征甫(浅草紙創始者)、山本梅痴(画家)などの墓があります。
 平成13年11月 江戸川区教育委員会」
さて 本来の目的の寺である 隣の目黄不動にむかいます。
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2014年07月15日

善通寺・江戸川区

錦糸町から都バスに乗り 小松川3丁目で下りる。
バス停から6〜7分歩くと小松川高校の裏に寺が4つ並んでいる。
一つ目は 浄土真宗本願寺派の善通寺
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善通寺 所在地 江戸川区平井1-25-38 
浄土真宗本願寺派で、真光山明証院と号します。
千田真太郎宗信(法名蓮真)が康正年間(1455〜1457)に創建したと伝えられています。旧東小松川村にありましたが、大正4年(1915)荒川の開削により現在地に移転しました。境内には、千葉家旧家臣秋元刑部左衛門尉胤次、加命堂病院創立者奈良林元春の墓があります。
中将姫御作蓮糸織曼荼羅阿弥陀如来(寺宝)
 天平年間(729〜748)に、中将姫(法名善心法女)が女人往生の証拠として、蓮糸に自ら髪の毛を織り込んでつくった御丈六尺の尊像で、千葉家の守御本尊であったと伝えられています。
阿弥陀如来像庚申塔 (寛文7年銘)
江戸川区登録有形民俗文化財・民俗資料 昭和59年(1984)2月登録
舟形で高さ132センチ。善通寺の無量苑の最上段にある阿弥陀如来立像で、銘文に「庚申結衆」とあり、施主有志の名前が列記されています。
平成13年11月 江戸川区教育委員会
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本堂を見て 伊東忠太設計の古代インド様式建築 築地本願寺に似ているな・・と。
20世紀初頭、浄土真宗本願寺派の法主を隊長とする「大谷探検隊」は中央アジアの学術探検に行っているそうです。
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境内に人はなく ひっそりとしているので  奥に進むこともせず 阿弥陀如来像庚申塔を探すこともせず 1枚だけ境内を写して出ました。
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余談ですが 「中将湯本舗津村順天堂」はバスクリンなどで知られる「ツムラ」の前身。
「中将姫が雲雀(ひばり)山に捨てられて最初に身を寄せたのが藤村家、中将姫は当麻寺で修行していた頃、薬草の知識も学び、その処方を藤村家にも伝えた。それが藤村家家伝の薬・中将湯となった。
明治26年(1893年)、津村重舎「中将湯本舗津村順天堂」創業。藤村家は津村重舎の母方の実家である。」
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2014年05月30日

ポピー畑と平井大橋

平井運動公園ポピー畑から土手に上がります。
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振り向けば成田エクスプレスが通過中。
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荒川土手から見るとこんな風景。畑は五面だったかな・・・
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荒川サイクリングロード(葛西臨海公園から熊谷までのおよそ90km)
自転車がかなりのスピードで走っていきました。
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河川敷は野球場などのスポーツ施設になっています。
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平井大橋(ひらいおおはし)は、荒川および中川放水路に架かる橋。東京都道315号御徒町小岩線(蔵前橋通り)を通す。
東京都内の葛飾区西新小岩と江戸川区平井を結んでいる。
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平井大橋は蔵前橋通りが走る、昭和42年(1967)に開通した、橋長484mの鋼ゲルバー箱桁橋。
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土手にはこんな標識がありました。
A.P.+3.15mキティ台風潮位
A.P.+2.1m満潮位
A.P.±0m干潮位
A.P.はArakawa peilの略で、荒川工事基準面といいます。Peilはオランダ語で「水準線」あるいは「基準」などを意味します。
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平井大橋の荒川土手から平井駅に戻りました。

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2014年05月29日

平井運動公園のポピー畑

5月26日午後に 平井運動公園(荒川河川敷 江戸川区平井五丁目先)のポピーを見に行きました。
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ちょうど満開でした。
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あっちを見てもこっちを見ても赤 赤 赤・・・
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白やピンクも交じっていますが 赤がほとんどです。
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矢車菊の紫が混じれば 極楽浄土の雰囲気になるのですが。。。。。
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畑のように整然と種をまいているようです。
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たしかに雑草が取りやすくきれいに咲いています。
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総武線の電車が頻繁にとおります。
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土手の上 向こうにはスカイツリー。
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少しくもっていて風の強い日でした。青空ならもっときれいかも・・・
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ポピー畑は鉄橋下から平井大橋下までです。
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次は平井大橋に行ってみます。
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2014年04月07日

小松川千本桜・2014

都立大島小松川公園です。(江東区大島九丁目、江戸川区小松川一丁目)
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都営地下鉄新宿線「東大島駅」から 徒歩約3分
平常時はレクリエーションの場と して利用され、災害時には避難広場となります。
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荒川スーパー堤防整備に合わせて、南北約2キロメートルにわたり約1000本の桜(小松川千本桜)が植栽されています。
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平成15年3月に完成した「小松川千本桜」は、. 延長約2km、面積約5.9haの広範囲に、約1,000本の桜が咲いています。
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桜シーズンには、「小松川千本桜まつり」も開催されます。
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川辺と桜はとても似合います。
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若木が多いのでこれから先 長い年月をかけて育っていくことでしょう。
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枝垂れ桜がきれいです。
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ソメイヨシノを中心に、オオシマザクラやヤマザクラなど、34種類の桜を見ることができます。
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えどがわ桜守の皆さんが 手入れ、管理をしているそうです。
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2014年03月16日

旧中川沿いの河津桜

江戸川区側の旧中川の河川敷に植えられた河津桜が満開です。
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ソメイヨシノより一足早く咲く、濃いピンクが特徴の河津桜です。
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2月下旬から3月中旬まで、旧中川沿いで見ることができます。(平井3丁目 JR総武線鉄橋南側)
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総武線とスカイツリーと河津桜のショットです。
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ふれあい橋を見ています。
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今年は2月に雪が降ったりして寒い日が多かったせいか 開花が少し遅れてまだまだ見ごろです。
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桜ですねぇ〜春爛漫という感じです。
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河津桜が50本ほど、開花の早い大寒桜[おおかんざくら]が数本あります。
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夕暮れどき まわりは赤く染まっていきます。
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3月15日の旧中川 河津桜。割り込み記事でした。
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