2016年12月30日

両国公園 勝海舟生誕の地

両国には 名所・史跡が数多くあります。
案内板だけが立っている場所が多いのでリサーチしていないと 見逃すこともあります。
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墨田区両国4-8 駐車場にある 尺振八の共立学舎跡の案内板
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幕末、明治時代の英学者、尺振八が設立した、東京三大私塾の一つ共立学舎開設の地
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両国公園 墨田区両国4丁目25
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勝海舟生誕の地
勝海舟は、文政6年(1823)1月30日、江戸本所亀沢町にある父・小吉の実家、男谷邸内で生まれました。幼名は麟太郎
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勝海舟幕末絵巻。
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勝海舟の家紋である「丸に剣花菱」
”鳶が鷹を生んだ 勝海舟誕生 文政6年(1823)”
両国公園は父方の実家である男谷家跡地とされます。
勝海舟は青年期まで、この地で過ごしました。
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咸臨丸がアメリカ・サンフランシスコに派遣されました。
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幕府側の勝海舟は江戸城の無血開城を西郷に持ちかけました。
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勝海舟生誕の地碑 碑文 椅子のオブジェ

今年も残り 2日。
日本の新しい未来が 待っているのでしょうか。
無血開城のように 黒い頭のネズミを追い払い 江戸を救う年になるといいなぁ・・・
タグ:庭園・公園
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2016年12月29日

両国回向院

回向院は、明暦3年(1657年)の明暦の大火で焼死した10万8千人を第4代将軍徳川家綱の幕命によって葬った万人塚が始まりで、安政大地震をはじめ、水死者や焼死者、刑死者など横死者の無縁仏も埋葬しています。
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かって 境内には数多くの尊像が安置されていましたが、関東大震災等により木彫の諸尊像はことごとく焼失し、石仏、銅仏等の諸尊像のみが残っています。
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 天明元年(1781年)に境内で勧進相撲が興行され、これが今日の大相撲の起源となっています。
昭和11年(1936年)には相撲協会が歴代相撲年寄の慰霊のため為に「力塚の碑」が建立。
力士の墓も多く 相撲取りの姿もよく見かけます。
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塩地蔵
右手に錫杖、左手に宝珠を持たれており、参詣者は願い事が成就すると塩を供えたことから、「塩地蔵」と呼ばれ親しまれてきました。
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回向院の境内には、義賊といわれた鼠小僧次郎吉(俗名・中村次郎吉)の墓があります。
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鼠小僧のお墓は、昔からゲン担ぎで墓石のかけらを持っていると、「賭け事に勝つ」「運がつく」などといわれるようになりました。
そのため 墓の前には削るための石が置かれています。小石や歯ブラシで削り持ち帰ります。
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これは以前写したものです。大勢の人に削られていくのがよくわかります。
何度も置き換えられているようです。
タグ:神社・寺院
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2016年12月28日

旧両国国技館跡

両国駅西口から国技館通りを2分ほど歩きます。
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両国2丁目交差点です。
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両国シティコア
両国シティコアは、旧国技館跡地に建つ 住宅棟 展示施設 事務棟 会議室 劇場を持つ 複合施設です。
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両国シティコアビル中庭の円形は、旧国技館土俵の位置を示しています。
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旧国技館跡
「 旧国技館は、天保4年(1833)から回向院で相撲興行が始まったことから、明治42年(1909)に、その境内に建設されました。建設費は28万円(現在の価値では75億円程度)です。
 ドーム型屋根の洋風建築で、収容人数は1万3千人でした。開館当時は両国元町常設館という名前でしたが、翌年から国技館という呼び方が定着し、大鉄傘と愛称されました。
 東京大空襲まで、三度の焼失があり、戦後は米軍に接収され、返還後は日大講堂などとして利用されていました。昭和58年(1983)に解体されました。
 左手奥の両国シティコアビル中庭の円形は、当時の土俵の位置を示しています。 墨田区」
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昭和11年5月場所の両国国技館
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昭和40年代の日大講堂
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すぐ 隣は 回向院です。
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赤穂浪士の討ち入りが終わり 裏門を出 待機と休息のため、すぐ近くの無縁寺(回向院)を目指しました。
寺側では返り血を浴びた彼らを見て、関わりを恐れ山門を開けなかったそうです。
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回向院
東京都墨田区両国二丁目8番10号
【 山 号 】 諸宗山
【 寺 号 】 無縁寺
【 宗 派 】 浄土宗
【 本 尊 】 阿弥陀如来
タグ:史跡・名勝
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2016年12月27日

吉良邸跡 区立本所松坂町公園

両国駅から 数分のところに区立本所松坂町公園があります。
公園といっても 広場や遊具などもなく普通の公園とは違っています。
約98平方メートル(29.5坪)しかありません。
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ここは赤穂浪士によって討ち入りを決行された現場で吉良邸跡なのです。
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本所松坂町公園  墨田区両国3−13−9
吉良邸は、浅野匠頭守による殿中刃傷事件の後の元禄14年(1701)9月3日に吉良上野介義央が当地を拝領して建設された吉良家の上屋敷で、坪数2,550坪ありました。当地で赤穂浪士による仇討ち事件が起こり、その名所を惜しんだ地元の両国3丁目町会有志会が発起人となったのがきっかけとなり、本所松坂町公園として残されています。
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吉良邸跡
元禄時代の当時は付近の一帯が吉良義央の邸宅であり、その広さは約8400平方メートル(2550坪)と言われています。
現在、本所松坂町公園になっているのは、およそ北側の部分です。
浅野内匠頭の刃傷事件の後、赤穂藩士が討ち入るとの噂があったため、本所松坂町へと移って来た。上野介がこの地に住んだのは1年半に満たない期間でした。
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吉良上野介義央の座像
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吉良家家臣二十士碑
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「みしるし洗い井戸」
史実かどうかは定かではないですが 首洗いの井戸だそうです。
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松坂稲荷大明神
敷地内に鎮座する松坂稲荷。
もと兼春稲荷と称し吉良邸内にあったもので、この地がまだ宅地開発される以前から、この周辺の土地に祀られていたものです。
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飯澄稲荷
吉良邸跡のなまこ壁の目の前にの角に鎮座しています。
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横に 「鏡師 中島伊勢住居跡」という案内板があります。
中島伊勢は、葛飾北斎(1760〜1849)の養父であった人物です。
一説には北斎は伊勢の妾腹の子であったとも言われていますが 母は吉良家家臣の小林平八郎の娘という説もあります。
北斎もこの墨田に住み 忠臣蔵」とかなり縁が深いということです。
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2016年12月18日

すみだ北斎美術館 北斎の帰還−幻の絵巻と名品コレクション

常設展を見終わると お隣の企画展示室に行きます。
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ここでチケットの確認。企画展は館内撮影不可
展示室は浮世絵を守るため、暗く 閉じた空間です。
団体さんがいて 入り口から 行列がなかなか進まず。説明文は飛ばして作品に行きます。
奥は空いていましたから わりとゆっくり見ることができました。
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開館記念展「北斎の帰還−幻の絵巻と名品コレクション−」
2016年11月22日(火) - 2017年1月15日(日)
すみだ北斎美術館 
東京都墨田区亀沢2-7-2

海外に流失し、最近まで100年近く行方不明だった幻の絵巻「隅田川両岸景色図巻」が目玉です。
7mを超す長さの絵巻が全て広げられています。北斎の肉筆作品中で最長の《墨田川両岸景色図巻》(葛飾北斎筆、1805〈文化2〉年。
両国橋から山谷堀あたりまでの隅田川両岸の景色が洋風の陰影法を使った画法で描かれています。
これはじっくり見ることができました。繊細なタッチで描かれていてこれだけでも見る価値ありです。 保存がよくきれいでした。
壁に複製が 貼ってあったので 文字部分はそれを読むことができます。
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「帰還」の意味は二つあり ひとつは幻の絵巻「隅田川両岸景色図巻で 平成27年に再発見され、海外から日本へ里帰りしたこと。
二つ目は 世界に散逸した作品が北斎生誕の地すみだ北斎美術館に再び戻ってきたことです。
序章「北斎のイメージ」
1章「北斎の描いたすみだ」
2章「幻の絵巻−隅田川両岸景色図巻−」
3章「名品ハイライト」
4つの構成です。
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4階展示室から3階の企画展示室に行きます。階段です。
ここでもチケット確認です。
今回は 所蔵作品から 北斎の肉筆画、錦絵、摺物、版本等約 120 点を公開。
北斎の代表作品などが 並びます。北斎漫画や 版本なども展示してあります。
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休憩できるラウンジ
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河童で記念撮影。スカイツリーが見えます。
3階から1階に戻るには エレベーターしかなく これもまた行列です。
階段があってもいいのに なかったです。
エントランスにもどれば やはりチケット買いとエレベーターの行列で ゆっくりするスペースもなくそのまま出ました。
少し落ち着けば このくらいのキャパでもいいのかもしれませんが 初回は混雑しすぎの感が・・・
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機会があればまた ゆっくり見てみたいです。
タグ:芸術鑑賞
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2016年12月17日

すみだ北斎美術館 常設

スリットのエントランスに行ってびっくり!
チケット売り場に行列でした。これ雨の日は外に並ぶことになり濡れます。。。。
明るくていいのですが エントランスが狭いのが難点かなぁ〜
エレベーターで4階まで上がるのですが 2基しかなくてここも行列。
オープンして間もないということで 想定外の人が訪れているのかもしれません。
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フロアーが分割されているので エントランスがちょっと狭い感じ。
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4階が展示室。
まず常設展示を先に見るようになっています。
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常設展示入口。
説明用モニターがあって 触れて説明を聞くことができます。
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常設展の入り口で見上げると 葛飾北斎筆《須佐之男命厄神退治之図》の推定復元図があります。
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ここから展示室に入ります。常設はこじんまりした部屋です。
常設展示会場内は写真撮影も可能(撮影不可の3作品あり)
でも 写真どころか 人・・人・・人の頭しか見えなかった・・・・
中は保護のためかかなり暗いです。
床面に細い光があり 5か国語の作品解説をタッチパネルで見ることができます。
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北斎の仕事場の再現
北斎と娘の阿栄(葛飾応為)が絵を描く様子
時折 手が動いてとてもリアルです。
タグ:芸術鑑賞
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2016年12月16日

北斎通り〜すみだ北斎美術館

大江戸線両国駅の前の通りをまっすぐ 錦糸町方面へ歩きます。
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北斎通りです。東京都墨田区の亀沢は葛飾北斎生誕の地です。ここも無電柱化済の通りです。
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信号 3つ目が緑町公園。
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緑町公園付近は、江戸時代に弘前藩津軽家の上屋敷があった場所です。
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緑町公園の半分くらいに すみだ北斎美術館 が建設されました。
美術館建設にあたり埋蔵文化財調査がおこなわれました。
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葛飾北斎生誕の地の案内板
江戸時代後期の浮世絵師、葛飾北斎はここ本所割下水(現在の亀沢町1、2丁目)で生まれました。
北斎は生涯で90回以上の引っ越しを繰り返し、そのほとんどが故郷の墨田だったといわれます。
北斎のほかに画狂人など30以上の画号を使い 遠くヨーロッパのゴッホや印象派の画家に影響を与えたと言われています。
前は 北斎通りの あられやさんの壁にあったのですが美術館側に 移動したのでしょうね〜
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北斎が生まれた場所に建つ銀色の美術館 です。
設計は建築家の妹島和世。
建物は、ユニークなアルミの外装。
大きな1棟ではなく、 三角の切れ込み(スリット)で分割した建物で周囲の街並みのスケールに合わせている。
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真ん中のスリットが 入り口。
スリット部分の 大きなガラス窓から明るい光が入るように設計されています。
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2016年12月14日

ライトアップ 江戸切子ツリー

夜のライトアップです。
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江戸切子ツリー
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錦糸町駅北口
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イルミネーション
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スカイツリーが見えますが 夜のスカイツリーのライトアップは華がない・・・
タグ:イベント
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2016年12月13日

江戸切子のツリー

錦糸町駅北口のツリーです。
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アルカタワーズ錦糸町イルミネーション 2016-2017
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伝統工芸の江戸切子を模した和風ツリーです。
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江戸切子(えどきりこ)とは江戸末期に江戸(現在の東京)で始まったカットグラス工法のガラス工芸・ガラス細工である。伝統工芸に認定されています。
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ひとつひとつが 江戸切子
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伝統工芸品だし 江戸切子はいいお値段です。
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和風のツリーもなかなかいいですね!
夜にはライトアップします。
タグ:イベント
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2016年04月29日

「細密工芸の華 根付と提げ物」・たばこと塩の博物館

地下鉄半蔵門線押上駅B2から地上へ出ました。
東京スカイツリーの最寄り駅でもありますが 今回はそのまま業平1丁目のほうに歩きます。
途中本所税務署あたりに 小梅銭座跡 の標識がありました。
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小梅銭座跡  墨田区業平1-7
江戸時代には、一般に金貨・銀貨と銅・真鍮・鉄からなる銭貨との三種類の貨幣が流通していました。当時それぞれの鋳造所は、金座・銀座・銭里と称されていました。
 銭座は、寛永13年(1636)に芝と浅草橋場に設置されたのが最初です。その後、江東地域への鋳造所設置が多くなり、この小梅銭座は、元文元年(1736)寛永通宝の銅銭を鋳造したところで、銭貨の背面上部に「小」の文字が入ってます。
このすぐ近くには落語の題材になった「なめくじ長屋」の舞台があったと言われています。
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たばこと塩の博物館。東京都墨田区横川 1-16-3
リニューアル後2度目の訪問です。
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特別展「細密工芸の華 根付と提げ物」  会期は、4月2日〜7月3日
ぐるっとパスで入館
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印籠やたばこ入れなど「提げ物」と呼ばれた袋物を帯に提げて持ち歩く際、着物の帯に固定する際の留め具のことを「根付」といいます。
いまで言うところのストラップでしょうか・・・
根付の素材は多種です。小さいながらも一つの彫刻品として完成された工芸品です。
明治維新後、根付は精緻な日本文化の象徴として欧米で高く評価され 大量に海外に流出してしまいました。
今回 日本の精緻な工芸美を伝える「根付」と「提げ物」450点以上が展示されています。
数センチの小さな形態の中に日本の職人技の粋が凝縮した根付は細密技巧の技の極みです。
特に「近代根付」の巨匠とされる森田藻己(もりたそうこ)の作品13点は見ごたえがあります。
今回の展示では、制作された年代ごとに、「古典根付」「近代根付」「現代根付」と3つに分類。
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提げ物は形も素材もさまざまな約80点も展示
金唐革一つ提げたばこ入れ」が見もの。
金唐革は、江戸時代に作られた皮革素材で、ヨーロッパでは壁紙ならぬ壁革として使われていたものです。
特別展を見たあと 常設展も見ました。
たばこと塩の博物館リニューアルオープン後の常設展内部はこちらです。
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2016年02月19日

江戸東京博物館 シルバーデー

両国を通る用があったので ちょいと江戸東京博物館に寄ってみました。
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歴史をつなぐ天璋院の用箪笥展が21日までなので 時間もあまりないことだしとりあえずこれだけでも見てみようと・・・
入ってみて驚きました。
なんか 駅からの人の流れが多いなぁ〜とは思っていましたが こんなことになっているとは思いませんでした。
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1時間待ち!
レオナルド・ダ・ヴィンチ 天才の挑戦 展の行列です。
なんと2月17日 第3水曜日はシルバーデーで 65歳以上は無料の日だったのです。
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お行儀よく並んだ 行列です。
圧倒的に65歳以上が多いのですが なかには若い人もチラホラ・・・
せっかく来たのにこの状況でちょっとかわいそうかな〜と。
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館内はいつになくざわざわとしていて 落ち着かない。
では常設企画展は・・・・と奥を見ると同じく ここも行列でした。
そりゃ〜ついでに 企画展も見ますよねーーー
あ〜絶対並んで待つのはいやだ!と そのまま出ました。
ついでがなきゃ来なかったとはいえ 歴史をつなぐ天璋院の用箪笥だけでも見たかったかな・・・
ちなみに 普通の日は混んでいないそうです。
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2016年01月11日

郵政博物館3

緑のポストがありました。
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航空郵便専用ポスト
昭和4年4月1日、航空郵便制度が施行され 航空郵便専用のポストが東京、大阪、福岡に設置されました。
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郵便配達車の歴史もわかります。
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制服の移り変わり や郵便を配達する人の模型なども展示
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ここでは郵便の歴史を学べます。
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「手紙」ノ世界
江戸時代の手紙など、歴史的価値の高い手紙や、著名人の手紙など
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年賀状の移り変わり
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戦時中郵便配達の人が身を守るため持っていたの軍刀なども展示
この下に原爆の悲惨さ伝えた「はがき」も展示されています。
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昭和20年8月9日、長崎に原爆投下。
はがきに残る日付印は、終戦の日の8月15日です。
読みやすいように 大きな紙に原文の写しがあります。
当時熊本の第五高等学校2年生だった相川賢太郎氏は、13日に長崎の惨状を熊本に住む友人の千地萬造氏にあてて書き、翌日に避難先 の大村市内のポストに投函。
「敵機と追ひつ追われつ肝を冷やしながらも約20時間の後無事長崎に到着」とあります。
原爆投下という混乱時にも郵便がちゃんと届いていたことに驚きました。
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「郵便貯金」ノ世界
当時使用していた通帳等を展示
「簡易保険」ノ世界では幻の「ラジオ体操第3」が集録されたレコード等が展示されていました。
スカイツリーを模したポストに手紙の投函もでき、来館の思い出になりそうです。
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2016年01月10日

郵政博物館2

「始」ノ世界から順路に従い見ていきます。
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赤い丸型ポスト
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時のコーナー
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「郵便」ノ世界
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自働郵便切手葉書売下機
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郵便集配袋等
郵政博物館にはたくさんの文化遺産があります。
ほんの一部だけ写真に撮りました。
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文化遺産名称報時器  作者名田中久重
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ガワーベル型電話機と電信機(ディニエ印字電信機)
フランスのディニエ社により1860年頃に製作された印字式モールス電信機です。
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磁石式単式交換機
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デルビル磁石式壁掛電話機
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ドイツ製足踏式押印機
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平賀源内エレキテルは重要文化財です。
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2016年01月09日

郵政博物館1

大手町にあった逓信総合博物館(ていぱーく)が 2014年3月1日に「郵政博物館」としてソラマチの中に移転してからはじめて行きました。
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郵政博物館
東京都墨田区押上1-1-2 東京スカイツリータウン・ソラマチ9F11番地
国内で唯一、情報通信関係の収蔵品を紹介する博物館です。
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パンフレットのフロア図です。かなり楽しめます。
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「心ヲツナグ 世界ヲツナグ」をコンセプトに、日本最大約33万種の切手や郵政と通信の関係資料約400点を展示します。
デジタル技術の体験型コンテンツもあります。
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企画展「年賀状展」年賀郵便の歴史やまつわるあれこれ
平成27年11月21日(土)~平成28年1月11日(月祝)
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イベントスペースでは絵手紙年賀状の展示中でした。
寄贈切手展示 ダイアナ元妃を描いた切手が世界中から大集合!
切手のコーナーは撮影禁止ですが 常設の展示は撮影可です。
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入口には赤いポストがありました。
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2016年01月04日

千葉工業大学東京スカイツリータウンキャンパスAreaT

東京スカイツリータウンに行ったとき 8Fにある千葉工業大学東京スカイツリータウン(R)キャンパスAreaTを見てきました。
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ソラマチ8Fにあります。
入場は無料です。
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原発災害対応レスキューロボットや記念切手モデルになったヒューマノイドロボットを見ることができます。
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福島第一原子力発電所に投入した国産ロボット第1号は千葉工業大学のレスキューロボットです。
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実際に動かしてくれました。
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現在も頑張っています。
なんか ペットのようでかわいい。
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「CIT Brains」が『ロボカップ世界大会2015』(中国)のヒューマノイドリーグキッドサイズ部門で二連覇。
ロボカップ」は自分で考えて動く自律移動型ロボットによる競技会です。お皿のようなのが 優勝カップです。
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morph (モルフ)
高い機能性をもつ人型ロボット
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Hallucigenia01 (ハルキゲニア01)
8つのホイールをもつ次世代の多目的乗用車

AreaU:惑星画像データを駆使した惑星探査エリアもあるのですが この時は閉鎖中でした。
月面を体感できる「ムーンウォーカー」などもあって こちらのエリアのほうが興味深いかも。
次回はぜひ 行ってみたいです。
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2015年12月19日

東京スカイツリーアリーナクリスマス

東京スカイツリーアリーナに遊びに行きました。
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当日券売り場の4Fスカイツリーアリーナはクリスマスの飾りつけがしてあります。
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ソラマチクリスマスマーケット
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ドイツ風のデコレーションのヒュッテが並びます。(お店です)
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幸せのホワイトベア」はフォトスポットです。
大きいです!
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6.34メートルのクリスマスツリーは5種類の願いの星をイメージした色に変化します。
夜はイルミネーションがきれいだし プロジェクションマッピングなどいろいろなイベントがあるそうです。
タグ:観光
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2015年05月26日

たばこと塩の博物館・タバコ文化の歴史

日本のタバコ文化の歴史は江戸から明治へと続きます。
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キセルなど。
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「近現代のたばこ文化」
手仕事から機械化されていきます。
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時代は明治へ。レトロなたばこの宣伝カー
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タバコ工場
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塩とたばこは国の専売品でした。
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タバコのポスター移り変わりが壁一面に展示
明治以降、たばこ販売の歴史を辿る資料展示も充実しています。
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業平たばこ店
実はこれ 世田谷区の九品仏で実際に営業していたたばこ屋の店先をそのまま移築したコーナーも渋谷時代から受け継がれているものです。場所が移転したため、店名が「業平たばこ店」になっています。
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世界のタバコ
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いろいろな国のタバコ
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シガレットケース。
最後に 中央にある 世界のタバコのコーナーを見ます。
「世界のたばこ文化」コーナーには驚くべき喫煙具が数多く展示されています。
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西洋人によって「発見」される以前のアメリカ大陸では、儀式としてタバコが使われたのか 土偶や埴輪のようなものもあります。
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尺八のようなものも・・
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水パイプは大がかりなんですねー
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マッカーサー・・・
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オセアニア
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もう工芸品にしか見えません。
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実用品とは思えません。
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パイプ文化
ゴージャスすぎる喫煙具が地域ごとに展示されている世界の喫煙具展示コーナは面白かったです。
リニューアルにより展示面積が2倍になったためか とても充実した博物館になって 再来したいという気になりました。
たばこと塩の博物館住所:東京都墨田区横川1-16-3 入館料:100円 開館時間:午前10時〜午後6時(入館は午後5時30分まで) 休館日:月曜日(月曜日が祝日、振替休日の場合は直後の平日)、年末年始(12月29日〜1月3日)
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2015年05月25日

たばこと塩の博物館・たばこ常設展示室

突如現れた神殿。
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3F常設の「たばこの歴史と文化」の入り口です。
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「十字の神殿」
現在のメキシコにあるバレンケ遺跡だそうです。
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神殿が造られたのは7世紀の頃です。
右は「たばこを吸う神」のレリーフ。
煙が天上の神と地上の人間を結ぶ役割を果たすとも考えられていたそうです。
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十字の神殿」中央部分
現地の職人の手により再現した実物大模型です。
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タバコの花
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たばこ常設展示室は、「たばこ文化の発生」「世界のたばこ文化」「江戸のたばこ文化」「近現代のたばこ文化」の4カテゴリで構成されています。
南蛮船の模型があります。
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これは「 江戸時代のたばこ文化」を再現したジオラマ。
江戸の本所界隈にあったたばこ屋を再現。
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江戸時代は刻みタバコでした。用具です。
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日本のたばこの歴史と文化コーナーでは たばこ文化がどのようにして生まれ、現在に至ったのか、その歴史をわかりやすく学ぶことができます。
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趣向をこらした喫煙具
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たばこを吸うシーンを描いた江戸初期の風俗画、浮世絵など。
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欧米からの文化が伝わり 日本のタバコ文化も変化していきます。
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2015年05月24日

たばこと塩の博物館・コレクションギャラリー

3Fはたばこ常設展示室です。
エスカレーターを上がると こんな空間があります。
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休憩スペース
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この奥はトイレ。渋谷と違ってゆとりの空間です。つい 行ってみたくなりました。
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休憩スペース前は司直閣ホールです。
この時は 塩の映像が9分間のエンドレスで流れていました。
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たばこ常設室脇に コレクションギャラリーがあります。
土屋陽三郎氏(三洋証券創業者)が40年を費やして収集した灰皿コレクションです。
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土屋氏は灰皿の収集を始められ、約4,700点にわたる膨大なコレクションを築かれました。
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実用品の域をはるかに超えた美術工芸品ともいえる灰皿
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造形 デザイン、材質など 実用品というよりは緻密ですばらしい伝統工芸品です。
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こんな大きな灰皿もありました。
このコレクションギャラリーでは、所蔵品を順次公開していくそうです。
次 たばこの常設展に行きます。
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2015年05月23日

たばこと塩の博物館・塩の世界

2階には 渋谷にあった博物館の写真などが展示してあります。
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渋谷公園通りでの企画展・特別展のポスターが並びます。
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たばこ売り
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2F常設展示は「塩の世界」です。
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人気の観光地、ウユニ塩湖で切り出された本物の塩ブロック。
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岩塩彫刻「聖キンガ像の祭壇」
ポーランドに伝わる聖キンガの伝説をもとに再現
本物があるヴィエリチカ岩塩坑は世界遺産にも登録されています。
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手に持っている透明な岩塩も、像の背後の石積みも、すべて塩で本物の塩でできています。
ありがた〜い気持ちになりました。
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「世界の塩資源」
「塩湖」などの写真展示と「岩塩」の展示
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岩塩にもいろいろなものがあるのですねぇ
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日本ではみることのできないダイナミックな天日塩。すごいです。
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「日本の塩づくり」
能登半島で50年間建っていた釜屋の復元。tsjset1 (8).jpg
昔ながらの日本の塩の製造方法 能登の揚げ浜塩などの紹介があり 製造方法の発展の展示があります。
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機械化された工場
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意外と知られていない製造方法などを学ぶことができます。
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切り出された大きな岩塩の板があります。
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これは西アジア遊牧民の塩を運ぶ袋。
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クリスタルのような透明な塩の結晶
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塩を使った帆船
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塩の最後は塩のサイエンス。
エアーホッケーのような台はいろいろな塩のメダルを上にに置くと塩の説明が出てくるしかけです。
薬ミュージアムにも同じようなものがありました。
展示室からでると 「塩のパソコンクイズ」コーナー」がありますが パスして3Fへ向かいます。
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2015年05月22日

たばこと塩の博物館リニューアルオープン

たばこと塩の博物館 正面入口です。
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たばこと塩の博物館 東京都墨田区横川 1-16-3
たばこと塩に関する資料を閲覧したり、歴史を学んだりすることができる博物館です。
渋谷の公園通りに1978年から開館していた施設ですが、建物の老朽化や資料の増加で手狭になったことから、2013年9月1日閉館
2015年4月25日、場所を墨田区横川に移してリニューアルオープンしました。
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リニューアルオープンの大きなポスターです。
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たばこと塩の博物館の入口には、喫煙の像が立っています。 渋谷の入口前にあったものです。
スウェーデンの首都ストックホルムの、タバコ・マッチ博物館にある像のレプリカです。
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喫煙の像
「このブロンズ像は、1978年(昭和53年)の開館に際し、当館のシンボルモニュメントとして制作したものです。原型は19世紀の初め頃、スウェーデンのたばこ屋が看板として使用していたものです。
 制作者 中島一雄  監修者 峰孝」
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中に入ると受付前に 渋谷の入口にあった浦島太郎をモチーフにした彫刻が施された岩塩、「浦島岩塩1t」が置かれています。
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昔話の「浦島太郎」をモチーフに、亀さんや乙姫さま 竜宮城は彫られていますが、浦島太郎さんはいなかったです。
お帰りになってしまったあとなのでしょうかねぇ〜
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1.4tもある「ポーランド岩塩」 これは2Fの常設展示室にあります。
渋谷から移転した時には 重すぎてエレベーターに乗せられず クレーンでつりあげたそうです。
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イギリス岩塩」約600kg 2Fロビーに置かれています。
これも渋谷から移転しました。
館内にはこの3つの 大きな岩塩が展示されています。
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1Fロビーの渋谷にあった博物館の模型です。
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2Fには大きな写真もあるので これでよくわかります。
公園通り パルコそばにあった渋谷の博物館には数回行ったことがあったので なつかしい気がしました。
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展示室は2Fからです。
エスカレーターで上に行きます。
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2015年05月21日

横川一丁目遺跡・大横川親水公園

春日通りのバス停 横川橋で降りたら 標識がありました。
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横川一丁目遺跡 墨田区横川1-15
「平成9年(1997)、東京都住宅供給公社の都民住宅建設工事で 旗本大竹の抱屋敷の遺跡が見つかりました。
調査の結果、本所開拓のときの盛土層や本所上水の水路とみられる大溝、太田家抱屋敷の庭園の池や建物、陶磁器や瓦、木製品などの江戸時代の遺構・遺物が発見されました。
また、明治時代のものとして「三田土」の墨書や焼印のある木札や板、ゴム製品が出土し、三田土護謨製造合名会社の存在を裏付けています。
 このように、横川一丁目遺跡は、この場所の歴史を物語る貴重な埋蔵文化財の包蔵地となっています。」解説文 要約
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横川橋の下には 水と緑に親しめる公園 「大横川親水公園」 が続いています。
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大横川親水公園は、大横川を埋め立て、小川・池・広場・遊歩道などとして整備された墨田区立の公園で、全長は約1.8kmあります。
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横川橋〜平川橋には滝やせせらぎがあり、子供たちが水と親しめるようになっています。
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中間くらいに 渋谷から移転した たばこと塩の博物館 の親水公園側からの出入り口があります。
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入口には村井兄弟商会工場の門柱があります。これも渋谷から移転。
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村井兄弟商会 芝工場門柱(たばこと塩の博物館)東京都墨田区横川 1-16-3
村井吉兵衛の村井兄弟商会は、輸入葉たばこを原料に欧米の最新技術を導入して製造した両切たばこが主力商品でした。
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村井兄弟商会 芝工場門柱
「この門柱は、明治を代表するたばこ商の村井兄弟商会芝工場(旧東京市芝区芝田町2丁目)にあったものです。湯治は2mを越える高さで上部には図案化されたたばこの葉が浮き彫りされ、中間部にレンガが入り 明治中頃の近代的たばこ工場の風格を現在に伝える貴重な資料です。明治37年(1904)、工場が大蔵省専売局に吸収され、昭和14年(1939)5月の工場火災まで、たばこ工場の門柱として利用されていました」
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2015年05月20日

厩橋・厩橋地蔵尊

厩橋を渡ります。
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厩橋(うまやばし)は、隅田川にかかる橋。
春日通りを通し 西岸は台東区蔵前二丁目、および駒形二丁目を分かち、東岸は墨田区本所一丁目。
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橋全体に馬を連想させるレリーフなどが施されています。
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厩橋の名前の由来は、台東区側にあった「御厩河岸(蔵前の米蔵のお米運搬用の馬の厩)」からきているそうです。
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初代の橋が完成したのは、明治7年(1874年)当時は木製で現在の場所より100m下流にあった。
老朽化によって明治26年(1893年)に鉄橋に架け替えられたのですが、関東大震災で被災し復興事業の一環として昭和4年に現在の橋に架け替えられた。
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厩橋
構造形式 3径間下路式タイドアーチ橋
橋長 151.4m
幅員 22.0m
着工 大正15年9月
竣工 昭和4年9月
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橋のたもとは 高速道路の真下で 広場になっています。
円形のオブジェのようなものがありますが ここはたんぽぽ公園だとか・・・
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片隅に 翻る赤い幟と常にお花が活けられたお地蔵さまがあります。
高速道路工事の際に掘り出されたお地蔵様だそうです。
護岸工事の完成で厩橋のたもとのたんぽぽ公園に本所1丁目の町会の皆様の総意で祠を造ったそうです。
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厩橋地蔵尊
古いお地蔵さまは2体あり、お地蔵様の1体は、貞享4年(1687年)に亡くなった女性の墓石であることが判明したそうです。
東京大空襲の際に多くの方が隅田川、厩橋の周辺で命を落とされました。
戦没者の慰霊の為に新たな地蔵尊を建立する事になり、2000年1月24日の初地蔵の日から、祠には3体のお地蔵様が祀られています。
タグ:神社・寺院
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2014年08月30日

日本発掘 発掘された日本列島2014・第二企画展示室

江戸東京博物館企画展会場6階から5階に降ります。
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第二企画展示室です。
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旧石器時代から近世までの発掘調査の成果の速報展示。
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平安時代の貴族藤原良相(813〜867年)の邸宅跡(京都市中京区)で出土した9世紀後半の土器片などもあります。
発掘された土器に書かれていた文字は最古(1,000年前)の平仮名だそうです
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岩手県山田町畠中遺跡出土人面付き土器 縄文後期(3500年前)
少し尖がった人面がついた縄文土器。
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壁には歴代のポスター・・・
会場を出るとすぐに 地域展の展示があります。
新宿に生きた縄文人〜市谷加賀町二丁目遺跡の発掘
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発掘された縄文土器やイルカの骨なども展示されていましたが ぎょっとしたのがこの顔。
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谷加賀町二丁目で出土した縄文人骨の復元模型(12号人骨)
「身長161、2cm、40代、頭頂部付近に陥没骨折が治癒した痕跡が認められるほか、脊椎及び肩関節に炎症の痕跡が見られます。死亡年は紀元前3310年〜3026年の間。」説明文より
「平成24年11月、市谷加賀町二丁目遺跡で発見された約4千〜5千年前の縄文人骨は保存状態が良く酸性土壌の武蔵野台地では極めて珍しい出土事例でした。」
隣のモニターでは 人骨の出土状況、修復・復顔作業の様子、縄文人のルーツや暮らしぶりなどを映像で紹介しています。
今回は 常設展は見ないで 出ました。
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2014年08月29日

日本発掘 発掘された日本列島2014・江戸東京博物館

江戸東京博物館で特別展を見た後 企画展の日本発掘 発掘された日本列島2014  を見ました。
これは常設展の600円で見ることができます。
常設展示室6階 特設会場(第1会場)と常設展示室5階 第2企画展示室(第2会場)で開催。
どちらかというと これのほうが見たくて 来たようなものです。
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毎年,日本各地では約8000件近い発掘調査が行われているそうです。
平成7年度から始まるこの「発掘された日本列島」展ですが 今回は最近20年間の日本の発掘の集大成。近年特に注目されている55遺跡約1300点の出土品を集めています。
キトラ古墳、高松塚古墳の「バーチャル展示」などもあります。
展示は3部構成です。
第1部 日本発掘 
第2部 新発見考古速報 
第3部 復興のための文化力―東日本大震災の復興と埋蔵文化財の保護― 
展示物のフラッシュなしでの撮影は可です。
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国宝の縄文土偶、合掌土偶が出迎えてくれます。
大きなガラスケースの中に、一人座っています。
普段は八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館にあるそうで まさか国宝の本物に出会えるとは・・・
風張1遺跡(かざはり) 合掌土偶(国宝) ?高さ19.8cm
縄文時代後期(約3600年前:パネル説明では3000年前) ?青森県八戸市
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今城塚古墳(大阪府高槻市) 大王の権威を示す大型埴輪
どれもユニークで面白いですから 写真を全部撮りたいくらいです。
お相撲さん?に見えるのですが・・・愛嬌のある顔、目鼻立ちは修復による再現。額や手、左胸から下がオリジナルだそうです。
隣は万歳!の女性。
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豪邸ですねぇ〜
家形埴輪 史跡今城塚古墳出土
大阪府高槻市 古墳時代後期
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日本最古のドングリ 貯蔵穴と編籠 東名遺跡(佐賀県佐賀市)縄文時代早期(約7000年前)
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野首遺跡出土の板状土偶。胸の位置に顔がある。
表情豊かで ひとつひとつ見とれてしまいました。
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火焔型土器 野首遺跡出土 新潟県十日町市
縄文時代中期 
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吉野ヶ里遺跡出土の筒形器台や高坏。形が洗練されていてきれい。
イモガイ製の貝輪が見えます。おしゃれ・・・・。
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大阪府羽曳野市応神天皇陵古墳出土の水鳥形埴輪
亡くなった人の魂を遠くの世界に運ぶ鳥とのこと。可愛い・・・
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塑像 川原寺跡出土。飛鳥時代
仏様のお顔・・・
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古墳時代から日本でも有数の焼き物の産地として青釉陶器小皿他 博多遺跡群(福岡県福岡市) が並んでいました。 
室町時代(約500年前)
次 5階 第二会場へ。
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2014年08月28日

思い出のマーニー×種田陽平展 江戸東京博物館

24日で夏休みも終わったところが多いので 思い切って江戸東京博物館(両国)に行きました。
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思い出のマーニー×種田陽平展  江戸東京博物館  7/27(日)〜9/15(月・祝)
ジブリだからさぞかし 混んでいるだろうと思いましたが予想に反してすいていました。
何年か前 東京都現代美術館で開催した 「男鹿和雄展」は連日2時間待ちの混雑でしたから拍子抜け・・・
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2014年7月19日(土)公開のスタジオジブリ最新作「思い出のマーニー」(米林宏昌監督)の世界を、同作で美術監督を務める種田陽平が表現する体感型展覧会。
映画も見ていないし ストーリーも何も把握していませんが 物語のキーとなる“湿っ地屋敷”の精密モデルやマーニーの部屋、クライマックスの舞台となる暗闇のサイロなど実写映画のセットのように再現されているというので見てみたくなったのです。
舞台である北海道の架空の街{岸浦町}の海辺の街の魅力が描かれていたりもします。
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「湿っ地屋敷」のジオラマは、時間の変化とともに建物に写る屋根や窓の影、室内からもれる灯りの色、空の色、海の色、が変化します。
裏からものぞいて 精密な屋敷のジオラマを見ることができます。
暗い展示室のなかに 森が再現されていたりします。
マーニーの実物大の部屋は本当の洋館に行った気分でした。
ベッドやピアノ、本棚、机、ソファ 装飾に至るまで細かいものもイギリス様式の部屋でした。
写真が撮れればいいのですが 会場内はすべて撮影禁止なのが残念です。
隣は 嵐のサイロの再現
暗くて 雷がなり本当に雨漏りがしているような雰囲気で 怖いです。
本物に見えた水たまりも泥もつくりものでした・・・
あちこちに たくさんの背景画が並んでいますがどれも そのまま水彩画の芸術作品となるような素晴らしいものでした。
その手書きの背景に アニメの主人公たちを重ねていくのですね。
湿っ地屋敷は設計の図面などもも展示されてたりして 本格的でした。
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 会場を出ると こんなパネルがありそこで記念撮影ができます。
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海辺の街に行った気分になれるかも。。。。
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2014年05月28日

三囲神社 6

三囲神社境内にはさまざまな石碑や石造物があります。
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 宝井其角「ゆふたちや」の句碑(雨乞の碑)           墨田区登録文化財
 

 「元禄6年(1693)は大変な干ばつで、秋の収穫を心配して困りきった小梅村の人々は三囲神社に集まり、鉦や太鼓を打ち雨乞いをしていました。ちょうど三囲神社に詣でた俳人室井其角が、このありさまをみて、能因法師などの雨乞いの故事にならい「遊ふた地や田を見めぐりの神ならば」と詠んだのです。この話は其角自撰句集の『五元集』にも「うたえば翌日雨降る」と記されているように、早速効果があったと伝えられています。
 室井其角は寛文元年(1661)江戸に生まれ、姓を榎本、のちに宝井と称し、芭蕉門下第一の高弟として知られ、とくに洒落風の句を得意としました。この碑は安永6年(1777)に建立されたものが摩滅したので、明治6年(1873)に再建されたものです。
 平成18年(2006)12月 墨田区教育委員会」
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宗因白露の句碑
 「白露や無分別なる置きどころ」と刻まれています。文化9年(1812)、西山宗因の流れをくむ素外らが発起人となり、始祖宗因の作品中でもっともすぐれたこの句を選んで建立したものです。
 宗因は慶長10年(1605)肥後(現熊本県)に生まれた江戸時代初期の著名な連歌師、俳人です。連歌では主に宗因、俳諧では一幽、西翁、梅翁などと称しました。のちに大阪天満宮の連歌所宗匠の職につき、連歌界の重鎮として知られました。俳諧を始めたのは晩年に近く、あくまで余技としてでした。詠みぶりは軽妙酒脱、急速に俳壇の人気を集め、談林俳諧勃興の起因となった人で、芭蕉は「此道中興開山なり」と記しています。 平成18年(2006)12月 墨田区教育委員会」
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朱楽菅江あけらかんこう辞世狂歌碑

 執着の心や裟婆に残るらむ 
   よしのの桜さらしなの月    朱楽管江

建立の年代は書かれていない。文化文政の頃にはすでに有名な石碑でした。
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其角惜春の句碑

山吹も柳の糸のはらミかな 晋其角
天保6年(1835)建立
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筆祖 秦蒙将軍もうてんしょうぐんの碑

 光緒8年(1882)清の名筆 揚守敬撰書
応挙筆  明治16年(1883)除幕 光緒は中國清の年号
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木遣音頭きやりおんどの碑
「 地面をつき固める「タコ」を形どり、上部に木遣音頭の来歴、下に町火消の名前が列記してある  明治8年(1875)建立

 左右にある副碑は戦災による損傷が著しいが共に明治初年(1868)の町火消の貴重な足跡を示している」
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その他にも写真に撮った石碑には『富田木歩の句碑(夢に見れば)』、『一菴小林先生之碑』、『石造神狐』、『秦蒙将軍之象の碑』、『野崎車応追悼碑』、『本松斎一得翁之碑』、『一勇齋歌川先生墓表の碑』、『二世本松齋一得君之碑』、『中山善吉の碑』、『菱湖先生の碑』、『老翁老嫗の石像』などがありました。
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三囲神社は 奥が深く苔が生えていてひんやりする境内でした。

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2014年05月27日

三囲神社 5

末社稲荷社が並びます。
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末社稲荷社の鳥居
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末社稲荷社の鳥居
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社殿前の狛狐は玉(左)や子狐(右)を付けた狛犬に良くあるデザイン
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赤い鳥居が並びます。
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末社白狐祠
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老翁老嫗(ろうおうろうく)の石像
「元禄の頃、この三囲稲荷にある白狐祠(びゃっこし)を守る老夫婦がいました。願う事のある人は老婆に頼み、老婆は田んぼに向かって狐を呼びます。すると、どっからともなく狐が現れて願い事を聞き、またいずれかへ姿を消してしまうのです。不思議なことに、他の人が呼んでも決して現れることがなかったそうです。
俳人其角は、そのありさまを「早稲酒や狐呼び出す姥が許」と呼んでいます。老婆の没後、里人や信仰者がその徳を慕って建てたのが、この老夫婦の石像であると伝えられています。老嫗像には「大徳芳感」、唐翁像には「元禄14年辛巳5月18日、四野宮大和時永、生国上州安中、居住武州小梅町」と刻まれています。(平成18年12月 墨田区教育委員会)」
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片隅に置かれていた狐像。

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2014年05月26日

三囲神社 4

三囲神社別殿(大國神 恵比寿神)です。
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隅田七福神 大國神 恵比寿神

「 三囲神社の別殿には、古くから大國、恵比寿二神の神像が奉安されている。もとは三井の越後屋(今の三越)にまつられていたものである。江戸時代の終り頃、町人層の好みが世間のさまざまな分野で表面に現れ、多くの人びとによって師事された時代の流れの中で、隅田川七福神が創始されたとき、当社の二神もその中に組み込まれたのであった。
 大國神は慈悲円満と富貴の表徴、恵比寿神は豊漁をもたらす神、商家の繁栄を授ける神として、庶民の信仰を集め、その似かよった御神徳から一対の神として崇められることが多い。大國を同じ音の大黒とも書く。」
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手水舎。
鉄製のクロスの鎹(かすがい)が取り付けられている。柵で囲われている手水舎は珍しいのでは?
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水神社。
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中門
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顕名霊社
三井家では、享保年間に三囲神社を江戸における守護社と定めた。理由は、三囲神社のある向島が、三井の本拠である江戸本町から見て東北の方角にあり、鬼門だったことと、三囲神社の“囲”の文字に三井の“井”が入っているため、「三井を守る」と考えられたため。社域の一角には没後100年を経た三井家当主たちを祀った「顕名霊社」がある。
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顕名霊社。三井家祖先を奉ったもので、明治7年(1874年)に建立され平成7年(1995年)に当地に移築されたもの。
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金色の狛犬さん。
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三角石鳥居(三囲神社)
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三井邸より移す。原形は京都太秦・木島神社にある。
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三本足の柱を持つ銅屋根に覆われた手水鉢。
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三つ穴灯篭

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2014年05月25日

三囲神社 3

三囲神社の本殿です。
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「本殿・相の間・拝殿よりなる権現造(ごんげんづくり)です。正面約3.7間、側面7.5間あります。
 本殿の細部様式は落ち着いていて、屋根の四方に狐像を配する点は、三囲神社ならではの特徴といえます。本殿虹梁(こうりょう)・海老虹梁に刻まれる文様は江戸時代末期に正統的な彫りを見せています。安政2年(1855年)の大地震の後に棟梁平野忠八により、文久2年(1862年)に本社が再建されたこと、明治17年(1884年)に大工平野芳太郎により大修膳が行われたことなどが、記録等からわかっています。これらの記録と建築的特徴が一致しています。(墨田区)」
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「三囲稲荷大明神」の社号標石があります。
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本殿前に 狛犬 ライオン像 お狐様と並んでいます。
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阿吽のお狐様。三囲神社 昔、荒れた本神社を建て替える際に、出土した神様の像があって、ある時白い狐さんが三回像の周りをめぐったことが名称の言われとか。
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石造神狐 墨田区登録文化財
 三囲のコンコンさん
 「目尻のさがった温和な表情をここいら辺の職人言葉で「みめぐりのコンコンさんみてぇだ」と言ったそうである 向店は越後屋本店(ほんだな)の道をへだてた向いにあって木綿を主に扱っていた 享和2年(1802)の奉納」
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なんとも柔和な顔立ちで 微笑んでいるように見えます。目が笑っているようです。

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posted by うめのはな at 08:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 墨田区