2016年12月26日

東京ドームシティ 終

日伊国交150周年を記念してイタリアとコラボレーションということで 恋するイタリア と称したイルミネーション。
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イタリア民話に登場する 魔法使い ベファーナです。
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ドームホテル 1階ロビー
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高さ6m、約6,000個のLEDとオーナメントで彩られたクリスマスツリー
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クリスマスリース
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東京ドーム
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福禄寿さん!!
水戸徳川家上屋敷跡であるこの後楽園には 当時屋敷内庭園に福禄寿が祀られていました。
現在もそれが受け継がれています。
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小石川七福神の一つです。
東京ドーム22番ゲート前総合案内所横に祀られています。
御朱印は自分で押します。
福禄寿は、財運招福・延命長寿・立身出世・招徳人望などのご利益ある神様です。
タグ:イベント
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2016年12月25日

東京ドームシティ ラクーアエリア

メリークリスマス!
ラクーアエリアです。
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約12mのヒマラヤ杉のツリーです。
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「ピサの斜塔」の第2リングまでを再現し多タワー型イルミネーションです。(約1/3スケール)
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タワー内に入れます。
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タワー内には、日本初上陸となるイタリアの熟練職人が製作した「ピサの斜塔」モニュメントがあります。
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ミルキーウェイ
全長約140mの光の回廊です。
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ギャラクシードーム
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光と音楽が織り成す幻想的なイルミネーションです。
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イルミネーション開催期間中に東京ドームでコンサートを予定しているアーティストの楽曲と光の輝きが連動します。
タグ:イベント
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2016年12月24日

東京ドームシティ アトラクションゾーン

アトラクションゾーンです。
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ビッグオーは高さ80m
アトラクションは有料です。
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スカイフラワー
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ボール型イルミネーション
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水と光の競演
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ウルトラマンさん!
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色が変化します。
タグ:イベント
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2016年12月23日

東京ドームシティ 光のトンネル

ミーツポートとアトラクションズエリアを結ぶ2F部分には光のトンネルがあります。
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光の大トンネル
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音楽と連動し、いろいろなカラーや模様が変化します。
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カプリ島の「青の洞窟」をイメージした全長80mのトンネルです。
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タグ:イベント
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2016年12月22日

東京ドームシティ ベネチアンリバー

水をテーマにしたクリスタルアベニュー です。
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幻想的な水の都であるベネチアを再現
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水をテーマにしたロマンチックなイルミネーション
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ベネチアンリバー
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ゴンドラ
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永遠の愛が約束される橋「ため息橋」なども再現されています。
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ここにも 魔法使い ベファーナが・・
タグ:イベント
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2016年12月21日

東京ドームシティ イルミネーション

水道橋駅から 東京ドームシティに向かいます。
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東京ドームシティのクリスマスイルミネーションです。
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イルミネーションは 四つのエリアにわかれています。
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水道橋駅に近い ミーツポートエリア ミーツポートガーデンです。
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ミーツポートエリア 〜恋のパワースポット〜
イタリア伝統民話の魔法使い ベファーナです。会場のあちこちにいます。
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イタリアで恋のパワースポットとして知られる、名作『ロミオとジュリエット』の舞台「ジュリエットハウス」
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恋愛成就のメッセージカードを描くことができます。
カードは現地のジュリエットハウスへ届けられるそうです。
タグ:イベント
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2016年09月26日

御茶ノ水から

御茶ノ水駅ちかくのビルから見た景色。
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JRの線路と神田川。
東京医科歯科大学や順天堂病院。東京ドームも見えます。
神田川沿いの緑が いいですね〜
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2016年05月01日

根津神社つつじ祭り

連休2日目の昨日家族で根津神社に行きました。
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北門から入りましたが 境内は露店がずらっと並んでいてにぎやかでした。
文京つつじまつり 平成28年4月9日(土曜日)〜5月5日(祝・木曜日)の最中です。
驚いたことに山門の外から拝殿まで 参拝の人の行列でした。
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つつじ山はこんな感じで すでに花の時期は過ぎていました。
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今年は例年より開花が早く 早咲き、中咲きのつつじの見頃は終わり、遅咲きももう終わりかけという感じです。
こんなんじゃ 入園するまでもないと まわりから眺めただけです。
参拝も 並ぶ根性がないので 乙女稲荷まで赤い鳥居を潜り抜け 戻りました。
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本当ならこんな風にきれいなのです。2008年4月22日の写真です。
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根津神社は何度も来ているのですが 連休前半に花が終わってしまうなんて思ってもいなかったです。
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真っ赤に染まるつつじ山。じゃなかったですが・・・
つつじ祭り盛況で 何よりでしたが稲荷神社の石段や石灯籠に座り弁当など食べている外国人が多く、いいんだろうか〜とね。
今回は 人も多いしとても写真を撮る雰囲気ではありませんでした。
根津神社境内の様子は以前のブログにあります。
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根津神社 13時55分ごろ 見上げれば 飛行船。
メットライフの スヌーピー号です。
けっこう低く飛んでいたので はっきり見えましたしエンジン音が聞こえました。
帰りに 上野でも見かけました。
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2016年04月09日

関口芭蕉庵庭園・文京区

庭園には歌碑や句碑が点在しています。
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「范石湖の詩碑」元宮内大臣田中光顕が建てたもの。
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夜寒碑。宝暦3年、俳人紀逸が建つ。
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芭蕉句碑 (真筆)。
「古池や蛙とび込む水の音」
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ひょうたん池。
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湧水は、約15m段差の崖下からの水が流れ込んでいます。
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背後は椿山の傾斜地。
傾斜地をさらに上っていくと 一番奥に「芭蕉堂」があるらしいのですが 行きませんでした。
芭蕉の33回忌の1726年に「芭蕉堂」 が建てられ、像も祀られています。
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池のまわりだけを巡りましたが 高台で正門が見えました。
タグ:庭園・公園
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2016年04月08日

関口芭蕉庵・文京区

新江戸川公園と関口芭蕉庵の間に急な坂があり説明板があります。
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胸突坂(むなつきざか)、東京都文京区目白台一丁目
「目白通りから蕉雨園(もと田中光顕旧邸)と永清文庫(旧細川下屋敷跡)の間を神田川の駒塚橋に下る急な坂である。坂下の西には水神社(神田上水の守護神)があるので、別名「水神坂」ともいわれる、東は関口芭蕉庵である。
坂がけわしく、自分の胸を突くようにしなければ上れないことから、急な坂には江戸の人がよくつけた名前である。
ぬかるんだ雨の日や凍りついた冬の日に上り下りした往時の人びとの苦労がしのばれる。文京区教育委員会」
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関口芭蕉庵正門  文京区関口2-11-3
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関口芭蕉庵
 「この地は、江戸前期の俳人松尾芭蕉が、延宝5年(1677)から延宝8年(1680)まで、神田川改修工事に参画し、「龍隠庵」と呼ばれる庵に住んだと伝えられている。後に世人は「関口芭蕉庵」と呼んだ。
 享保11年(1726)、芭蕉野33回忌に当たり、芭蕉の木像を祀る芭蕉堂が建てられた。その後、去来・其角・嵐雪・丈草の像も堂に安置された。
 芭蕉は、早稲田田んぼを琵琶湖に見立て、その風光を愛したと言われている。そこで、寛延3年(1750)宗瑞・馬光らの俳人が、芭蕉の真筆「五月雨にかくれぬものや瀬田の橋」の短冊を埋めて墓とした。この墓を「さみだれ塚」と称した。塚は芭蕉堂の近くにある。
 芭蕉庵の建物は、昭和13年(1938)3月、近火で類焼したが、昭和13年(1938)8月再建された。しかし、昭和20年(1945)5月の戦災で類焼した。
 敷地内には、芭蕉堂・さみだれ塚・朱楽菅江歌碑・伊藤松宇の句碑などがあり、往時をしのぶことができる。
 平成10年(1998)3月 文京区教育委員会」
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神田上水は、天正年間(1573〜92年)、徳川家康の命で大久保忠行が開設したのに始まる上水です。井頭の池を水源として、関口、水道橋を経て、神田・日本橋・京橋に給水し、総延長約66Kmもあり、芭蕉は、宝暦期の改修工事に携わりました。
芭蕉は、工事現場か水番屋に住んだといわれます。
関口大洗堰は流れてきた水を左右に分脈し、左側を上水に使う水として水戸藩の江戸上屋敷方面に流し、右側を余水として江戸川と呼ばれるようになりました。
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1937年(昭和12)に江戸川の改修の際に取り壊され、かつて堰があった跡には大滝橋が架けられています。
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門から入るとどうみても普通の家が・・・
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この案内図では たしかに芭蕉庵なのですが・・・
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ここには休憩用の椅子があります。資料などもありました。
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どこが芭蕉庵なのか納得できず庭を廻ることにしました。
タグ:庭園・公園
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2016年04月07日

新江戸川公園・松聲閣

新江戸川公園の松聲閣(しょうせいかく)です。
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旧熊本藩細川家の学問所として使用されていたようで、一時期は細川家の住まいとして使用されていました。
松聲閣は幾度も、増改築が繰り返されていました。車寄せも、後から玄関に取り付けられたと考えられています。
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保存・修復工事を終え 28年1月にリニューアルオープンしました。
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玄関。
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集会室(「菊」「朝顔」の和室と「花菖蒲」「芍薬」の洋室)は貸出施設
2階展望所、休憩室「椿」は入室できます。
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2階の廊下。
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ここから庭園が一望できます。
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2階和室。床の間の掛け軸は細川護熙寄贈とありました。
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2階 山茶花
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外観。
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天井が高く 屋内の階段は急で当時のものを再現しているそうです。
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古地図と現在の施設の位置。崖上の和敬塾・永青文庫は以前見学しました。
隣の関口芭蕉庵に行きます。
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2016年04月06日

新江戸川公園・旧細川家下屋敷庭園

新江戸川公園入口です。
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新江戸川公園  文京区目白台1-1
幕末には熊本54万石の細川侯の下屋敷に、明治15年には細川家の本邸となりました。その後は東京都が買収し昭和36年に「新江戸川公園」として開園し、昭和50年に文京区に移管されました。
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新江戸川公園は、細川家下屋敷の庭園の跡地をそのまま公園にした池泉回遊式庭園です。
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池を借景とした松聲閣の眺め。目白台台地の自然景観を活かした池泉回遊式庭園 
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やり水形式(平安貴族の寝殿造りの細流)で、台地の湧き水を池に取り入れているそうですが 水が濁っていて臭いが・・・
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熊本藩最後の御用絵師 杉谷 雪樵 が描いた松聲閣の庭園
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整備される前は この桜が水面に垂れてとてもいい感じでしたが 切られてしまったのかボリュームがないです。
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池をはさんで背後の台地を山に見立てています。その斜面地は深い木立となっています。
園路の斜面を登ると永青文庫があります。
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ヤマモミジやハゼノキなどが、秋には真っ赤に紅葉しさぞかし美しいことでしょう。
南門から出られるのかと思ったら 閉まっていたので正門に戻ります。
タグ:庭園・公園
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2016年04月05日

神田川沿いの桜・江戸川公園

東京メトロ有楽町線 江戸川橋駅から徒歩3分ほどで神田川沿いの江戸川公園入口です。
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江戸川公園 文京区関口2-1
関口台地の南斜面の神田川沿いに広がる東西に細長い公園です。
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江戸川公園入口の橋からみた神田川の桜
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公園入口の片隅には河川改修事業で尽力した大井玄洞翁の銅像が設置されています。
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江戸川公園周辺の神田川は、江戸時代には御留川(おとめがわ)と呼ばれ、その後昭和40年(1965年)までは江戸川と呼ばれていました。川に沿ってソメイヨシノが続きます。
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江戸川公園内の児童遊園あたりにある 神田上水取水口の石柱
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とても貴重な遺構なのですが 説明板がないとただの石のベンチに見えたりして・・・・
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現在の大滝橋あたりに関口の大洗堰があったそうで そこには標識があり説明が書いてありました。
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川沿いの桜をみながら歩きます。
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椿山荘の庭園のさくらもきれいで 庭園公開していましたが何度か行っているので 入りませんでした。
神田川の桜は江戸川公園〜新江戸川公園〜面影橋へと続いています。
タグ:
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2016年02月22日

印刷博物館

印刷博物館入口は地階です。
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エスカレーターを下るとこんな感じです。
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プロローグゾーンを隔てる壁はプリントガラス。
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受付カウンターでチケットと案内パンフレットを貰います。
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一 般:300円(チケット)
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印刷博物館
2000年に凸版印刷が100周年記念事業の一環で設立。
印刷の過去、現在、未来をわかりやすく伝えるために、「かんじる」「みつける」「わかる」「つくる」の4つのキーワードを展示で展開している。
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まず 細長いプロローグゾーンを見てから総合展示ゾーンへと続きます。
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プロローグゾーンでは、ラスコーの洞窟壁画をはじめ、ロゼッタストーンや嵯峨本など100点を超す印刷史上たいせつな史料のレプリカ(一部は実物)が壁面に展示されていますが 説明書きがないのでパンフレットを見ながら見ていきます。
触れたりすることもできます。
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近代になるとCDなどへの印刷技術の展示もあります。
古いMacがあってなつかしかったです。
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総合展示ゾーンは広い展示室です。
総合展示ゾーンには、年代の判明している世界最古の印刷物である百万塔陀羅尼や徳川家康がつくらせた駿河版銅活字などの実物をはじめ大型の印刷機械などが並んでいます。
浮世絵の木版 多色刷りの順序なども実際目で見ることができ楽しいです。
西洋の印刷技術 江戸時代の木版 活字を拾う工程 写植技術と印刷の歴史を学べます。
貴重な歴史資料 古いポスター、チラシ、書籍から最近の印刷物まで広く展示してあります。
印刷工房「印刷の家」では、今では珍しくなった活版印刷を実際に体験できるそうです。
人類の足跡をたどり 印刷技術の発展により、印刷が文明に果たしてきた役割をじっくりと学ぶことができます。
子供には少しむずかしいかも・・・・
学生さんなどは 一日がかりで見て学ぶのもいいでしょうね。(内部は撮影禁止です)
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1F P&Pギャラリーでは世界のブックデザイン2014-15 開催中でした。
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2016年02月21日

トッパン小石川ビル 小石川テラス

印刷博物館はトッパン小石川ビルの中にあります。
まずは 2Fのレストランで食事です。
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小石川テラス
静岡県 x 小石川テラス
期間限定で静岡県の名産品をふんだんに使用した、ランチを提供中でした。
旬の食材や伝統野菜を使用した美味しいお料理がコンセプトだそうです。
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『ふじのくに名産品 ふるさと割 』適用で1500円のところ1050円でランチを食べることができました。
金目鯛の焼き物 ジャコのおろし和え 新鮮野菜など見た目もきれいなランチです。ミカン付き!
ランチには ドリンクとデザートがご自由にどうぞ がもれなくつきます。
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社員食堂かと思えばそうではなく 広くて明るくてゆったりとしたスペースでした。
紅茶やデザートが食べ放題なのがうれしかったです。
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エントランスから博物館入口まではこんな感じです。
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壁に沿って大理石の長い椅子がありますが 座ってみたら暖房付きでおしりが暖かかったです。
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コンコースと呼ばれる緩やかにカーブするガレリア空間
ここは先端的なオフィスであると同時に、音楽ホール、印刷博物館といった公共的な施設でもあります。
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茶色い壁のほうがオフィスで反対側複合施設だと思います。
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印刷博物館入口です。
タグ:グルメ
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2016年02月20日

大江戸線飯田橋駅

大江戸線飯田橋駅は渡辺誠氏のデザインした駅で2002年日本建築学会賞を受賞しました。
長い通路では外からの灯りかと勘違いするような 両サイドからの灯りが並びます。
そして エスカレータの天井にあるのが緑の蜘蛛の巣のような「ウェブフレーム」です。
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このウェブフレームはコンピューターによりランダムに変化するらしいです。
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世界でもここだけのものだとか・・・
蜘蛛の巣にかかった気分でエスカレーターの乗り降りをします。
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C3出口
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樹木をイメージした換気塔で 少し離れてみるとそんな感じです。
なんともおしゃれです。
ここから神田川沿いに大曲を越えて 印刷博物館に向かいます。
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途中にあった立札。
都指定旧跡 同人社跡
明治の啓蒙思想家である中村正直が開設した私塾跡。慶應義塾、称好塾と並び称された。
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トッパン小石川ビル 東京都文京区水道1丁目3番3号
同所は、佐々木喜善旧居跡
ここに印刷博物館があります。
タグ:建物
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2015年08月13日

澤蔵司稲荷 ・鎮守の杜2

ここは、昼間でも薄暗くて不思議な雰囲気が漂う場所です。
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何がどう・・というのではないのですが どこかに迷い込んだような気がして ちょっと怖くて長居したくない感じです。
写真も いくつかピンボケになっていたりして・・・・気のせいでしょうねぇ。。。
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朽ち果てたような五重塔
鳥居もなくなっています。
この窪地には たくさんの祠がありますが 古くてもきちんとお参りされているようで 榊やお供え物がありました。
大切な場所なのですね。
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帰りがけに 大黒様を見つけました。
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朽ちた巨木の前にも鳥居と狐様が・・・
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結構な高低差があるのです。
異世界のような場所なのですが きちんと手入れされていて歩きやすかったです。
もちろん看脚下です。
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参道に石造の五重塔がありました。
詳細は不明ですが 塔の土台部分は富士山の黒ぼく石だそうです。
江戸末期に富士山の黒ぼく石を搬入してお穴様(霊窟)や境内を整備した記録があるので建立はそのころらしいです。
昔は富士山の黒ぼく石を使い 富士塚などを使用していたのですが 現在は持ち出し禁止です。
窪地を出て 本堂前に戻ると目が覚めたような感覚になりました。
不思議なことです・・・・
今回は事前の知識もなく 突然現れた異世界に驚き 急いで参拝したので もう一度あの場所に行きたいという気持ちになりました。
それにしても東京都心にこういうところが残されていたなんて 思いもよりませんでした。
タグ:神社・寺院
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2015年08月12日

澤蔵司稲荷 ・鎮守の杜1

お穴の周りの崖にも狐様が並んでいます。
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真ん中に小さな狐様が見えます。
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窪地には狐が棲んでいたという穴が存在していたのか 小さな祠が多数祀られています。
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霊窟の上のほうにも 祠があります。
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そんなに広くない敷地に、谷、小高い丘といった感じで 都心とは思えない鎮守の森という感じです。
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苔むした狐様が守っています。
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ここは 江戸時代そのままのお社なんでしょうか・・・・
「鎮守の杜」に相応しい樹齢数百年の樹木に囲まれています。昭和20年5月25日の空襲で傳通院方面から類焼してきた火災が止まり澤蔵司稲荷境内の建物の一部 このあたりは被災を免れたということです。
タグ:神社・寺院
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2015年08月11日

澤蔵司稲荷 霊窟(お穴)

「東京名所図会」には、「東裏の崖下に狐棲(狐の棲む)の洞穴あり」とあり、今も霊窟と称する窪地があります。
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下りたり 上ったりの窪地です。看脚下 の意味がようやくわかりました。
木立に覆われ窪地にいくつもの稲荷が祭られており、鳥居が立ち並び冷気も漂い なんとも不思議な感じです。
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朱塗りの鳥居に囲まれた祠(ほこら)があります。
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霊屈「お穴」です。この辺りは異界に迷い込んだかのような霊気が漂う気がします。
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沢蔵司稲荷 霊窟。
明治の頃に石組み等の若干の整備はされていますが往事の面影を留めているそうです。
奥のお穴はふさがれています。
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大切に守られている お穴の前には たくさんの狐様。
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脇の崖にも お穴を守るお狐様が並びます。
欠けているものもあって・・・可愛そう・・・
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横からみています。
「沢蔵司は”天ぷら蕎麦”が好物で、伝通院の門前近くのそば屋でよく食べていたそうです。沢蔵司が来店すると、必ず売り上げの中に木の葉が混じっていたといわれています。
主人は、沢蔵司は稲荷大明神であったのかと驚き、毎朝「お初」のそばを供え、いなりそばと称したという。」
稲荷蕎麦「萬盛」さんは 現在でもその日の初茹で(初釜)のお蕎麦が朱塗りの箱に収められ奉納されているそうです。
タグ:神社・寺院
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2015年08月10日

澤蔵司稲荷 奥の窪地へ

奇妙な顔の石仏さまからさらに奥に進みます。
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安政6年と書かれた 昔の手洗用の石なんでしょうねぇ・・・
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ここから先は江戸時代と変わらぬ風景だそうです。
ちょっと空気が変わるのです。
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古い祠がたくさん並んでいます。
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それぞれにお狐様が・・・
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玉垣に寄進者の名まえがあります。
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さらに石段を下ります。
タグ:神社・寺院
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2015年08月09日

澤蔵司稲荷・旧社殿跡の祠 

禊観音様の周りにもいろいろな碑や狐様や地蔵尊があります。
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禊観音様の後ろの大きな石碑は岡田惟煕氏追悼の「硯塚」
嘉永七年申寅 冬 十二月 建立と有る。
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手水舎の後ろに旧社殿跡の祠が見えます。
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本地堂「 十一面観世音」と書かれた札があります。
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旧社殿跡のまわりには小さな祠もたくさんありますが 1対の狐さんの後ろ姿に惹かれて前にまわりました。
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仲良し狐さん!
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おあなから 奥に進む参道です。
そこで奇妙な石仏が目に入りました。(左下)
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この石仏さまはいったい何?
タグ:神社・寺院
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2015年08月08日

澤蔵司稲荷・江戸時代舊(旧)社殿之跡

本堂の右手からはさらに奥へ続く道があります。
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「霊窟(おあな)」と呼ばれる窪地に続いています。
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右手には江戸時代舊(旧)社殿之跡の石碑
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旧社殿跡の記
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江戸後期に画かれた江戸名所図絵「無量山傳通院境内大絵図」
赤丸はムクノキ
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参道入り口「おあな」の右手は「築山」となっています。
東日本大震災では境内にある20基程の石灯籠のうち江戸期の古い石灯籠5基ほどが倒壊したそうです。
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禊(みそぎ)観音、水掛(みずかけ)観音様
タグ:神社・寺院
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2015年08月07日

澤蔵司稲荷・手水舎(水屋)

澤蔵司稲荷の本堂手前にある手水舎(水屋)です。
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昭和20年5月25日の小石川方面への空襲でも焼け残ったものだそうです。
「木鼻」や「彫刻」がすばらしいです。
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天井も総欅の格天井で全て「欅 けやき」材で出来ているそうです。
紅梁の上の欄間は太田道灌公の鷹狩り「山の里吹」の故事に因む彫刻がほどこされています。
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太田道灌公が鷹狩りで雨に遭い農家で娘から蓑(みの)を借りようとした場面。
花は 山吹。
七重八重花は咲けども山吹の(実)みのひとつだになきぞかなしき」の古歌が知られています。
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この手水舎はたいそう立派なものなのですが 残念なことに水道の蛇口が見えているので興ざめ・・・・・
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石段を登ってきて一番初めに目に入ってくるお狐さまです。sawmizuya (6).JPG
水屋の脇に小さなお社とお狐様。
このお社の前の一対の狛犬らしきものに目が行きます。狐ではありません・・・・
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沖縄の土産物店で見かける シーサー???
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2015年08月06日

澤蔵司稲荷・ 慈眼院本堂

慈眼院 澤蔵司稲荷本堂です。
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浄土宗 無量山 慈眼院 文京区小石川3-17-12
元和6年(1620)に、伝通院塔頭寺院として現在地に創建。
本尊 阿弥陀如来像
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「伝通院の学寮に沢蔵司という修行僧がおり 入寮から僅かか3年で浄土宗の奥義を極めたそうです。
澤蔵司が、学寮長樋山和尚の夢枕に立って「そもそも余は太田道潅公が千代田城内に勧請せる稲荷大明神なるが浄土の法味を受け多年の大望ここに達せり。今より元の神に帰りて長く当山を守護して法澤の荷恩に報い長く有縁の衆生を救い、諸願必ず満足せしめん。速く一社を建立して稲荷大明神を祀るべし」と告げて白狐の姿で去っていった・・」
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伝通院の住職、郭山上人は「澤蔵司稲荷」を境内に祀り、慈眼院を別当寺とした。
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澤蔵司(たくぞうす)とは天保時代、学問を学んだとされる狐、また、その伝承を指す。
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昭和36年に再建された木造の本堂。
内外陣は総檜(備州産)造 下陣は折り上げ格天井 内陣も二段格天井
向拝は総欅造 格天井
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屋根は唐破風と千鳥破風の入母屋
本堂の北側奥には御神殿が隣接し殿内お厨子には太田道灌公の念持仏と伝わる十一面観音像(非公開)と澤蔵司尊像(4月9日の春季例大祭に年一回のご開帳)が安置されている。
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2015年08月05日

沢蔵司稲荷・慈眼院

石垣に沿って坂を少し下ると石段があります。
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沢蔵司稲荷・慈眼院 
(浄土宗 慈眼院 ・沢蔵司稲荷)
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「伝通院の学寮(栴談林といって修行するところ)に、沢蔵司という修行僧がいた。僅か三年で浄土宗の奥義を極めた。元和6年(1620)5月7日の夜、学寮長の極山和尚の夢枕に立った。
「そもそも余は千代田城の内の稲荷大明神である。かねて浄土宗の勉学をしたいと思っていたが、多年の希望をここに達した。今より元の神にかえるが、永く当山を守護して、恩に報いよう。」
と告げて、暁の雲にかくれたという。(「江戸名所図会」「江戸志」)
そこで、伝通院の住職廓山上人は、沢蔵司稲荷を境内に祭り、慈眼院を別当寺とした。江戸時代から参詣する人が多く繁栄した。
「東京名所図会」には、「東裏の崖下に狐棲(狐の棲む)の洞穴あり」とある。今も霊窟と称する窪地があり、奥に洞穴があって、稲荷が祭られている。
伝通院の門前のそば屋に、沢蔵司はよくそばを食べに行った。
沢蔵司が来たときは、売り上げの中に必ず木の葉が入っていた。主人は、沢蔵司は稲荷大明神であったのかと驚き、毎朝「お初」のそばを供え、いなりそばと称したという。
また、すぐ前の善光寺坂に椋の老樹があるが、これには沢蔵司がやどっているといわれる。道路拡幅のとき、道をふたまたにしてよけて通るようにした。
沢蔵司 てんぷらそばが お気に入り(古川柳) 文京区教育委員会」
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石段の壁に埋め込まれた狐のレリーフ
日向延岡藩 相木市兵衛、酒井五左衛門 の銘
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宝珠で遊ぶ子ぎつねを見守る親狐。微笑ましい・・・・
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提灯ですが 上部には三葉葵の紋
寺紋には稲と稲荷宝珠と 梵字
ここは稲荷神社ではなく、浄土宗のお寺なんですね〜
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階段を上ると石灯籠前に 看脚下 の文字
脚下を看よ自分の足元を見よ、という意味の漢語。転じて「足もとに注意せよ」の意味。
なぜここに こういう注意書きがあるのか 境内に入ってみて初めてわかります。
後に 驚きの場所に出合います。
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本堂に向かいます。
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2015年08月04日

善光寺坂〜慈眼院澤蔵司稲荷

善光寺坂の坂上に伝通院 中間にムクノキがあり 坂下には善光寺があります。
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見にくいですが 地図があったので写してみました。
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善光寺坂のムクノキから少し下ります。
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小石川寺町散歩の石標があります。
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現在地と書いてある左側に 慈眼院澤蔵司稲荷があります。
ここから入ってみます。
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芭蕉の句碑  「一しぐれ 礫や降って 小石川」
滝澤公雄 句碑  「月かげに しのぶや聲の なき蛙」
この二つの句碑が並んでいます。
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杉崎月香翁 傘寿記念句碑  「しばらくは 落花の中に 立ち尽くす」
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坂道に沿って石垣が続きます。
この石垣は江戸名所図会「無量山境内大絵図」でも描かれ 江戸中期頃から石垣の存在が確認されています。
明治20年頃の道路拡幅工事により急傾斜の現在の石垣になりましたが石組み本体の石材は当時のものを利用しています。
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2015年08月03日

善光寺坂・ 善光寺月参堂

善光寺坂というのは小石川2丁目と3丁目の間の急な坂です。坂上に伝通院 中腹にムクノキ 坂下には善光寺があります。
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善光寺坂
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善光寺前に 案内板があります。
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善光寺坂(ぜんこうじざか)  小石川2丁目と3丁目の間
「 坂の途中に善光寺があるので、寺の名をとって坂名とした。善光寺は慶長7年(1602)の創建と伝えられ、伝通院(徳川将軍家の菩 提寺)の塔頭で、縁受院(えんじゅいん)と称した。明治17年(1884)に善光寺と改称し、信州の善光寺の分院となった。したがって明治時 代の新しい坂名である。坂上の歩道のまん中に椋(むく)の老木がある。古来、この木には坂の北側にある稲荷に祀られている、澤蔵司(た くぞうす)の魂が宿るといわれている。なお、坂上の慈眼院の境内には礫川(れきせん)や小石川の地名に因む松尾芭蕉翁の句碑が建立され ている。
 "一しぐれ 礫(つぶて)や降りて 小石川" はせを(芭蕉)
 また、この界隈には幸田露伴(1867〜1947)・徳田秋声(1871〜1943)や島木赤彦(1876〜1926)、古泉千樫(1886〜1927)ら文人 、歌人が住み活躍した。」文京区教育委員会 
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浄土宗寺院の善光寺は、文京区小石川にある寺院です。善光寺は、慶長7年(1602)に伝通院(徳川将軍家の菩提寺)の塔頭縁受院とし て創建、明治17年(1884)善光寺と改称し、信州の善光寺の分院になったといいます。
山門には本山(長野)善光寺御開帳のポスターが貼ってあります。
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お寺の塀には、寄進者の名前が彫り込まれてます。
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坂を少し上ると 善光寺のもう一つの門(月参堂)があります。
赤い四脚門が印象的です。
昭和20年(1945年)5月の空襲にも影響を受けなかったという2つの山門です。
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元々は縁受院という名前だったとのこと。明治17年(1884年)に信州善光寺の分院となったときに 善光寺月参堂と改称したそうです 。
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山門から見た 本堂。
寺号 善光寺
住所 文京区小石川3-17-8
本尊 阿弥陀如来像
宗派 浄土宗
本堂は明治15年(1882年)の再建。「善光寺坂」という寺の前の坂はこの寺に由来しています。
10月には浄土宗の仏教行事である十夜会が行われ、この日は長野の善光寺と同じように戒壇巡りをすることができるそうです。
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2015年08月02日

善光寺坂 のムクノキ

伝通院を出て 善光寺坂を下ります。
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坂の中ほどに大きな木があります。
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反対側からも見てみます。大きな椋(むく)の樹です。
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説明板があります。
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善光寺坂 のムクノキ  文京区指定天然記念物
所在地 小石川3丁目18番(ポケットパーク内)
指定   平成25年3月1日
「樹高約13m(主幹約5m)、目通り幹周約5mを測る推定樹齢約400年の古木 である。第二次世界大戦中、昭和20年5月の空襲により樹木上部が焼けてしまったが、それ以前の大正時代の調査によると樹高は約23mもあった。
 ムクノキは、ニレ科ムクノキ属の落葉高木である。東アジアに広く分布し、日当たりのよい場所を好む。成長が早く、大木になるものがある。
この場所は江戸時代、伝通院 の境内であった。その後、本樹は伝通院の鎮守であった澤蔵司稲荷 (たくぞうすいなり)の神木として現在に至っている。
 樹幹上部が戦災により欠損し、下部も幹に炭化した部分が見受けられるが、幹の南側約半分の良好な組織から展開した枝葉によって樹冠が構成されている。枝の伸び、葉の大きさ、葉色ともに良好であり、空襲の被害を受けた樹木とは思えないほどの生育を示している。
 本樹は、戦災をくぐりぬけ、地域住民と長い間生活を共にし、親しまれてきたものであり、貴重な樹木である。
平成26年1月 文京区教育委員会」
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炭化したという下部を見ます。老樹という感じです。
この椋の大木の横は、幸田露伴が住んだ「小石川蝸牛邸」があった場所です。
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「青木・幸田」という表札です。幸田露伴とその娘・孫娘が暮らした家です。
幸田露伴の孫、幸田文の一人娘である 青木玉さんはここでの生活の様子を書いています。
「家の庭の向こうに、道路の真ん中、大きな椋の木があって、道いっぱい枝を拡げていた。二階の祖父の書斎に座れば、まるで木の枝の上に居るような感じで廊下のガラス戸を開ければ枝先がさわれそうだ。目の前に青々とした枝が拡がって、家の庭にも実生の何本かが伸び、どの枝が親木の枝で、どれが庭の塀越しに枝を伸ばしている若木か見極めがつかない。」(「小石川の家」72頁)
今も昔もムクノキだけが変わらぬ風景です。
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2015年08月01日

伝通院書院・「如是我聞」の碑

本堂向かって右側に書院があります。
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書院
昭和24年 富山県砺波の野村邸より移築
と説明文に書いてあります。
ここでは 伝通院寄席などの催しがあるそうです。
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無量庵庭 昭和47年造園
立ち入り禁止の札があるので 遠くから見ただけ・・・
さぞかしいいお庭なのでしょうね・・・見てみたいです。
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書家・中村素堂の書による碑「如是我聞」(かくのごとくわれきけり)
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書者:中村素堂(1901〜1982) 書家・歌人
大正12年貞香回創立。毎日書道会名誉会員・大正大学名誉教授・新文人主義仏教書道を提唱、書道・仏教・教育界に活躍する門人が多い。
遺作は各宗寺院が収蔵。遺品は江戸東京博物館に寄贈。昭和57年仏教伝道文化賞受賞。
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山門ではなく 通用口から伝通院を出ました。
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2015年07月31日

伝通院 徳川家ゆかりの墓

伝通院には徳川家ゆかりの墓が多数あるのですが ひとつひとつ調べるわけにもいきません。
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一族揃って・・という感じです。
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家斉さんは特定されるだけで16人の妻妾がいて 子だくさんだったそうですから 墓の数もそれ相応に多いのでしょうけど・・・
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子供の頃に早死にした人もいたでしょう。
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震災で倒れたままの墓もあって・・・いずれ修復するのでしょうか・・・
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一段高いところにある立派な墓。
どなたのか ・・・・近寄れませんが「霊鏡院」という法名が見えます。
十一代家斉十六女 ョ胤正室 文姫(霊鏡院殿)の墓なのでしょうか・・・
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正室とは離れたところにある 徳川家康の側室・於奈津の方の墓です。
家康の死後、仏門に入り清雲院と称したお奈津(於奈津の方)は、家康の側室として唯一、小石川伝通院に葬られました。
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伝通院には 徳川家のほか文士・名士・歌人などの墓もあります。
墓は徳川家だけ にしました。
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