2016年12月20日

浅草まるごとにっぽん

1年前に 浅草六区にオープンした 商業施設 まるごとにっぽん です。
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まるごとにっぽん 東京都台東区浅草2-6-7
「東京楽天地浅草ビル」1〜4階
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全国各地47都道府県の名物 道具 伝統など次世代に残していきたい モノやコトを集め 日本の古き良き伝統や食文化などを紹介する施設です。多くの外国人や観光客が集まる浅草に開業しました。
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食あり文化あり伝統あり。
ちなみに 越前も入っています〜
全国の美味しいもの食べたり お土産に買ったり アンテナショップみたいです。
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たわしツリーが面白い!包丁研ぎ いまじゃなかなか見つかりません。
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浅草ビューホテルもクリスマス!
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レストランからの眺めです。
タグ:観光
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2016年12月19日

浅草寺 羽子板市

浅草雷門前です。
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毎日すごい人なのですが さらに混雑です。
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浅草寺で行われる羽子板市です。
12月17〜19日の間、境内には約30軒の羽子板の露店が並びます。
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毎月18日は観音さまの「ご縁日」より多くの人が集まります。
江戸時代、毎年12月17・18日に正月用品や縁起物を売る店が境内に集まり「歳の市」が開かれました。
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昭和25年頃には「羽子板市」として歳末の風物詩に定着しました。
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浅草寺で行われる羽子板市は年末の風物詩と言われており毎年およそ30万人もの人が訪れています。
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凧ですかね〜
羽子板市にずらり並ぶ 羽子板や凧が めずらしいのか 写真を撮る外国人が集まっています。
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社務所にも おおきな羽子板。
12月の「納めの観音」は一年の締めくくりとして、より多くの参拝者が訪れるということです。
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2016年12月08日

不忍池の雀たちです。
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木で休息しているのですね〜
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こういう光景 はじめて見ました。
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雀の家族かな・・
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誰かが餌をまいたのか 雀が集まっていました。
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鳩さんがきた・・
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鳩に奪われたのか雀は隅に・・・
タグ:庭園・公園
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2016年12月07日

上野清水観音堂と不忍池弁天堂

不忍池から望む清水観音堂と月の松です。
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上野公園内の「寛永寺・清水観音堂
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写真では月の松がよく見えません。これは 別の日に写した 月の松 
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月の松は、江戸時代の植木職人の技の粋を凝らして作り上げた造形と見られています。
浮世絵にも描かれていた江戸の風景を復活させるため 平成24年(2012)12月に復元されました。
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清水堂の舞台から近江の竹生島の宝厳寺に見立てて建立された不忍池辯天堂が見えます。
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不忍池の中心にある弁天堂
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静かな境内も 桜の時期は 大勢の人でにぎわいます。
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2016年12月06日

不忍池の枯れ蓮

秋から冬へと季節は変わります。
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上野公園不忍池も枯葉舞い散るころとなりました。
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柳の木の向こうは桜の紅葉。
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不忍池もなんとなく寂しい雰囲気です。
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不忍池の蓮は、江戸時代より浮世絵に描かれたほどの名所ですが このとおり枯れ蓮に覆われています。
蓮が冬枯れして水底に堆積すると大変なので 毎年冬に 根っこの部分を残して茎より上を除去します。
一面の枯蓮が撤去され 春が来て桜並木に花が咲き 花見客でにぎわいます。
そして夏には また青々とした蓮の葉が水面を覆い美しい花をさかせます。
枯れ蓮も 不忍池の風物詩です。
タグ:庭園・公園
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2016年10月17日

浅草のBeeタワー

浅草のとある場所から写したものです。
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展望がよく スカイツリーも見えます。
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浅草寺と左に浅草花やしきが見えます。
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浅草寺境内から春に写した 花やしきBeeタワーです。
「Bee(ビー)タワーは高さ45メートル。1960年に「人工衛星塔」として建てられ、87年に花の間を行き交うハチをイメージした今の名前になる」
このタワーは解体がきまり 10月から解体工事に入ります。
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昭和の遊園地として頑張っている 花やしきを見守ってきた シンボルがなくなるのは寂しいことです。
タグ:観光
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2016年05月02日

谷中銀座

バスに揺られて小一時間 日暮里駅につき西口から谷中銀座に向かいました。
連休中で バスも町の中も もう人 人 人!
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ゆうやけだんだん から見た谷中銀座は 隙間のないほどの混雑です。
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谷根千は猫に出会える猫の聖地です。
猫グッズのお店も多いです。
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屋根の上にも猫。造りものですよ〜
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つくりものですがここにも猫
お肉屋さんのメンチカツはすご〜〜〜い行列で 驚きました。
ここはさっぱりと ところてんなどを立ち食いしました。
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よみせ通りの パン屋リバティさんの 名物ブドウパン。
この黒いのみんな干しブドウです。
前は売り切れで買えなかったので 今回は焼き立てのほかほかをGETしました。
千駄木駅前の 利さくさんでお昼です。
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おにぎりカフェ利さく 東京都文京区千駄木2丁目31ー6
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ランチセット
玄米+好きなおにぎり+おかず サラダフォー。
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好きなスープと好きなおにぎり2個のセット
おにぎりの具やお惣菜・汁ものまで、全部手作り。注文を受けてからにぎるので少々待ちます。
なかなか美味しいおにぎりと惣菜でした。
帰りは上野に出て アメ横でお買い物でした。連休中でどこも混雑していて どっと疲れました。
タグ:観光 グルメ
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2016年03月14日

入谷鬼子母神2

境内には下谷七福神のひとつ福禄寿が祀られています。
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下谷七福神  真源寺福禄寿堂
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日朝上人像(にっちょうしょうにんぞう)
日朝上人は、室町時代の日蓮宗の僧で、身延中興の三師と位置づけられています。
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境内には、ザクロの木陰に正岡子規らの句碑があります。
「漱石来る 舜〔あさがお〕や 君いかめしき 文学士」(子規)
「入谷から出る朝顔の車かな」(子規)
「朝顔も入谷へ三日里帰り」(日東)
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入口塀の鬼瓦
入谷駅に向かいます。
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言問通りと昭和通り(国道4号)が交差する入谷交差点真ん中に二つの碑があります。
左:乾山窯元之碑
琳派の創始者の画家・尾形光琳の弟で作陶が有名な尾形乾山が入谷に窯を開き、その作品は「入谷乾山」と呼ばれました。
右:入谷朝顔発祥之地
嘉永・安政時代に下谷坂本村字入谷に住んでいた植木師の成田屋山崎留次郎が、東の朝顔造りの大関であったと記録が残っています。入谷が朝顔で有名になったのは、明治になってからのことで、土質が朝顔造りに適していたのか、十数件の植木屋が、一軒500〜600坪の土地を有し、軒を連ねて朝顔造りをはじめました。
タグ:神社・寺院
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2016年03月13日

入谷鬼子母神1

笹乃雪から地下鉄入谷駅に向かいます。
昭和通りと言問通りの交差点手前に 真源寺があります。
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入谷鬼子母神 東京都台東区下谷1-12-16
 入谷鬼子母神は、日蓮上人の尊像とともにここ眞源寺内寺に祀られている。眞源寺は、万治2年(1659)日融上人により創建された。
 鬼子母神は、鬼神般闍迦の妻で、インド仏教上の女神のひとりである。性質凶暴で、子どもを奪い取っては食べてしまう悪神であった。釈迦は雉も陣の末子を隠し、子を失う悲しみを実感させ、改心させたという。以後、「小児の神」として児女を守る善神となり、安産・子育の守護神として信仰されるようになった。
 入谷鬼子母神では、子育の善神になったという由来からツノのない鬼の字を使っている。
 また、7月上旬、境内および門前の道路沿いは「朝顔市」で賑わう。入谷名物となったのは明治に入ってからで、十数軒の植木屋が朝
顔を造り鑑賞させたのがはじまりといわれている。当時この地は、入りや田圃といわれ、朝顔や蓮の栽培に適していた。
 大正初期、市街化により朝顔市は途絶えたが、昭和25年(1950)復活。以後、下町情緒豊かな書家の行事として親しまれている。
 平成6年(1994)3月  台東区教育委員会
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ツノのない「おに」の字です。
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入谷鬼子母神(真源寺). 安産・子供の守護神として崇敬を集める鬼子母神をまつる。
毎年7月6日〜8日の3日間、東京の夏の風物詩「朝顔市」が催されます。
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太田屬山人の狂歌「恐れ入りやの鬼子母神」で有名です。
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江戸3大鬼子母神の一つ
雑司ヶ谷鬼子母神堂、中山法華経寺とともに江戸三大鬼子母神として多くの崇敬を集める。
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江戸後期、入谷界隈で朝顔を作っていた十数軒の植木屋が、寺院の敷地内で朝顔を披露したことがその起源と言われている。
朝顔まつりは、入谷鬼子母神を中心として言問通りに120軒の朝顔業者と100軒の露店(縁日)が並び、毎年40万人の人出で賑わいます。
タグ:神社・寺院
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2016年03月12日

ねぎし三平堂〜「笹乃雪」

書道博物館の反対側に 三平堂があるので前を通ってみました。
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ねぎし三平堂 東京都台東区根岸2-10-12
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初代・林家三平の遺した、愛と笑いの功績や所縁ある品々を展示した資料館。
土曜日と水曜日と、日曜日に開堂
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正面入口看板の文字が笑っています。
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三平堂から言問通りに向かう途中の角にある 老舗豆富料理店の「笹乃雪」
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創業元禄4年(1691年) という老舗豆富料理店「根ぎし 笹乃雪(ささのゆき)
東京都台東区根岸2-15-10
根岸の地で晩年を過ごした正岡子規をはじめ、文人や花柳界、政治家など、著名人にも親しまれてきた豆富の味は、当時と変わらぬ製法だそうです。
根岸ゆかりの文人、墨客の書・絵画等が店内に展 示されているらしいので 機会があれば一度 食べてみたいです。
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「叔父の欧羅巴へ赴かるるに笹乃雪を贈り 春惜むや日本の豆富汁」(明治35年)
正岡子規が当店を題にして詠んだ句の句碑
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笹乃雪の井戸水は、数百年かけて武蔵野から到達する水脈を地下80メートルから採水
「当時根岸は別名「呉竹(くれたけ)の里」(豊富な水を必要とする竹も生えるような恵まれた環境だった)とも呼ばれ、水のきれいな場所として知られていました。
屋号の「笹乃雪」とは、当店の豆富をこよなく好まれた宮様が「笹の上に積もりし雪の如き美しさよ」と賞賛されたことから名付けられたといわれています」お店の説明文より
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2016年03月11日

中村不折旧宅(書道博物館)庭園

庭園に出ます。
庭園は撮影可です。
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中村不折の胸像
中村 不折(なかむら ふせつ、1866年8月19日(慶応2年7月10日) - 1943年(昭和18年)6月6日)は明治、大正、昭和期に活躍した日本の洋画家、書家。
夏目漱石『吾輩は猫である』の挿絵画家として知られています。
新宿・中村屋 灘の酒、日本盛、真澄、神州一味噌などの屋号看板や商標ラベルも書いています。
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こじんまりとしたきれいな庭です。
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築山のある枯山水の庭園
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中村不折が建てた明治時代の蔵復元した蔵
平成23年、道路拡張工事により偶然に発見されました。明治時代の大谷石造りの蔵は、数が少なく貴重なものであることから、書道博物館の庭園に復原されました。
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大正4年(1915)に、不折が現在の場所に転居するまでの間、この蔵は、貴重な所蔵品を大切に守り続けました。
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コレクションを手に持ち、お蔵の前に立つ中村不折     お蔵の入口に座り、大切な資料を眺める中村不折
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本館前の蔵(大正時代) 蔵の下のタイルがきれいでした。
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左 平成の記念館   正面 昭和の本館
明治の蔵、大正の蔵、昭和の本館、平成の中村不折記念館が、庭園を囲むような形で配置され 各時代の建造物がそろっています。
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2016年03月10日

中村不折旧宅(書道博物館)

子規庵のお向かいは書道博物館です。
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台東区立書道博物館 台東区根岸2-10-4
中国および日本の書道に関する博物館。
「中村不折により昭和11年に開館された博物館で、不折が収集した中国及び日本の書道に関する古美術品、考古出土品など、約16,000点(重要文化財12点、重要美術品5点を含む)が所蔵されています。また、不折の作品や関係資料を展示する中村不折記念館を併設しています。」
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中村不折宅址として東京都史跡指定をうけています。
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東京都指定史跡
 中村不折旧宅(書道博物館)
「中村不折は、明治・大正・昭和初期の洋画家であり、慶應2年(1866)7月10日江戸八丁堀に生まれた。幼名をニ太郎という。少年年時代を長野で過し明治20年(1887)上京し、浅井忠や小山正太郎ニに師事し、明治美術会に出品するほか、「小日本」新聞の挿絵なども担当していた。明治34年(1901)から4年間フランスに留学し、ラファエル・コランやジャン=ポール・ローランスの教えを受けた。帰国後は、太平洋画会や帝国美術院の会員として展覧会活動を行う一方、太平洋美術学校校長として後進の育成にも力を入れ、多くの逸材を育て美術教育にも貢献した。
 書道界では、書家としての活動の他に書道博物館の創設者としても知られている。昭和11年(1936)11月3日に開館した書道博物館は、中国と日本の書道史研究上重要なコレクションを有する専門博物館で、重要文化財12点、重要美術品5点を含む1万6千点が収蔵されている。昭和20年(1945)4月の空襲で中村邸の居宅と蔵は焼失してしまったが、博物館とその収蔵資料および不折の胸像や石燈籠などは焼失を免れた。不折は大正2年(1913)から亡くなるまえまでの30年間、この根岸の地に住んだ。昭和18年(1943)6月6日78歳で死去、多磨霊園に葬られた。
 平成13年(2001)3月31日設置 東京都教育委員会」
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ちょうど ぐるっとパスの残りがあったので 入館しました。
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書のスケッチ「臨書」の世界
―手習いのあとさき、王羲之から不折まで―
平成28年 2月16日(火) 〜 平成28年 5月29日(日)
書の歴史に名を残した人たちの臨書から創作への過程を学びます。
皇帝をはじめ歴代の能書家たちが学んだ最高のお手本は王羲之の書でした。王羲之が「永和九年暮春の初め」に書いた「蘭亭序」から中国・日本における「蘭亭序」の臨書の姿に迫るものです。
と説明がありましたが どうも書はよくわかりません。
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一通り見てから 本館へと向かいます。
本館では甲骨文や青銅器など漢字の歴史をたどる常設展示です。
中村不折が、独力で蒐集した、中国及び日本の書道史研究上重要なコレクションが展示されていました。
甲骨、青銅器、仏像、墓誌、文房具、碑拓法帖、経巻文書、文人法書など、重要文化財12点、重要美術品5点を含む東洋美術上貴重な文化財がところせましと 置かれています。
収蔵品の大部分には何らかの形で文字が書かれ、または刻まれていることが特色です。
紀元前のものも多くあり在銘の中国の石仏や銅鏡など 保存の良さにも驚きました。
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2016年03月09日

子規庵・庭

玄関から入りましたが出口は庭からです。
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庭から観た8畳間と6畳
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 ”ごてごてと 草花植えし 小庭かな”
 今小園は、余が天地にして、草花は余が唯一の詩料となりぬ。
 小園の記 明治三一年
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子規庵”を残すことに尽力した寒川鼠骨の句碑。
《三段に雲南北す今朝の秋》 寒川鼠骨
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子規没後百年記念の絶筆三句碑
糸瓜咲て痰のつまりし仏かな
痰一斗糸瓜の水も間にあわず
をとゝひのへちまの水も取らざりき
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土蔵(子規文庫)
1927(昭和2)年、子規の遺品や遺墨等を保管するため土蔵(子規文庫)を建設。1945(昭和20)年の空襲によって子規庵は焼失してしまったものの、土蔵は爆撃をまぬがれ、貴重な資料が後世に残されました。
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正岡家使用井戸跡
ここから 通用門が出口になります。
外に出ると鶯谷という場所柄 まわりの風景の俗な世界に がっかりします。
タグ:史跡・名勝
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2016年03月08日

子規庵・台東区根岸

鶯谷駅界隈の路地に入ります。
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子規庵  台東区根岸2-5-11
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子規庵 東京都指定史跡
 「正岡子規(1867〜1902)は俳人・歌人・随筆家。幼名は升(のぼる)。本名は常規(つねのり)、別号を獺祭書屋主人(だっさいしょおくしゅじん)、竹の里人などといった。伊予国藤原新町(現・愛媛県松山市)に生まれ、俳句・短歌の革新を唱え、また写生文を提唱した。
 新聞「日本」及び俳誌「ホトトギス」により活動、子規庵での句会には森鴎外、夏目漱石も訪れ、歌会には伊藤左千夫、長塚節等が参加、歌誌「アララギ」の源流となる。
 著書には、俳論『俳諧大要』『俳人蕪村』、歌論『歌よみに与ふる書』、歌集『竹の里歌』、随筆『墨汁一滴』『病牀六尺』『仰臥漫録』など多い。
 子規はこの場所に明治27年(1894)2月から住み、明治35年(1902)9月19日病のため没す。母八重、妹律は子規没後もここに居住し、其の後は子規の門弟寒川鼠骨が庵を守りつづけた。
 昭和20年(1945)戦災によって平屋造り家屋は焼失したが、昭和25年(1950)鼠骨らにより旧規の通り再建され現在に至っている。
 史跡に指定されている土地の面積は405.6平方メートル。
 平成12年(2000)3月設置 東京都教育委員会」
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子規庵の建物は、旧前田侯の下屋敷の御家人用二軒長屋といわれています。
明治27年子規はこの地に移り、故郷松山より母と妹を呼び寄せ一緒に暮らしました。
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子規庵を病室兼書斎と句会歌会の場として、多くの友人、門弟に支えられながら俳句や短歌の近代化のために力を尽くし、35歳の生涯を閉じました。
没後、母と妹が守り続けたが昭和20年の空襲で焼失。26年に再建され、27年東京都文化史蹟に指定。
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子規が闘病しながら すごした6畳の和室からは 庭のへちまが見えます。
机は膝を立てて 座れるよう切り込みが入っています。
パンフレットは8月・9月の風景。子規に縁の深い糸瓜・鶏頭の様子です。
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室内は撮影禁止ですが 庭に出ることができそこからの撮影は可です。
これがへちま棚から見た病室
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8畳間は客間でここで句会を開いたとか・・・
庭を歩いてみます。
タグ:史跡・名勝
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2015年08月25日

東京国立博物館本館1階テラス・ラウンジ

実は 2Fにも同じ場所に休憩用のラウンジがあります。
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2Fはテラスにでることはできませんし 普通の椅子などが置いてあるだけです。
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これは1F テラスのラウンジです。
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壁も豪華
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この壁は豪華絢爛。布だと思いますが ガラスか石か・・・散りばめられています。
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まるで 洋館にいるようです。
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扉の上の時計もおしゃれ。
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手r巣出入り口のドアは1か所です。
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この椅子がまた 素敵です。
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座りごこちはよかったです!
ここでお茶など飲むことができれば 本当に幸せな気分になれるのでしょうが・・・
館内は決められた場所以外 飲食禁止です。
博物館にいることを忘れそうになるほど 豪華なラウンジから 展示室の残りを巡りました。
ここは一日がかりでも 全部みることは難しいくらいです。
展示物は 会期ごとに変化するので何度来ても 新しいものに出会えます。
また 今度・・・・・上野駅に向かいました。
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2015年08月24日

東京国立博物館本館1階テラス

本館2階から見て 1階へとむかいます。
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大階段踊り場のステンドグラス。
本館1階の15室と16室の間にテラスがあります。
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テラスに出ると日本庭園が見えます。
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テラスから庭園に行くことはできません。
春と秋に庭園が入館者に解放されます。桜の季節もいいのですが 秋の紅葉がとてもきれいです。
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テラスから見た本館
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平成13年(2001)に重要文化財に指定。
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渡辺仁による設計で、コンクリート建築に瓦屋根をのせ、東洋風を強く打ち出し、「帝冠様式」の代表的建築とされています。
和風の屋根で 日本伝統の木造建築を鉄筋コンクリートに置き換えた、形と技術の和洋折衷建築と なっています。
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扉の中は ラウンジです。
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ラウンジの内装がとても素敵です。
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豪華な装飾を見てみます。
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2015年08月23日

東京国立博物館本館エントランス

東京国立博物館本館です。
J.コンドルが設計し、明治15年に開館した旧本館は関東大震災で大きな被害を受けました。
現在の本館は 昭和13年(1938)に昭和天皇の即位を記念して設計を公募し 建てられました。
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旧東京帝室博物館本館 1937(昭和12)年
重要文化財
設計 : 渡辺仁、内匠寮(宮内省)
施工 : 大林組
東京台東区上野公園13-9
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エントランス意匠
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本館の中に入ると 目の前に豪華な大理石張りの階段があります。
ここは時々 TVドラマで使用されているようです。
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階段まわりの照明なども豪華です。
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柔らかな自然光が差し込みます。
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大きな荷物はロッカーへ・・・
扉も金色。
東京国立博物館は年に1〜2度来ているのですが いつ来てもこのエントランスに圧倒されます。
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2015年08月22日

東京国立博物館本館 日本美術・1階

1階はジャンル別展示です。
11:彫刻
12:漆工
13-1:金工
13-2:刀剣
13-3:陶磁
14:特集
15:歴史の記録
16:アイヌと琉球
17:保存と修理
18:近代の美術
19:みどりのライオン 体験コーナー
20:ミュージアムショップ
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重要文化財 金銅火焔宝珠形舎利容器 鎌倉時代・13〜14世紀
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国宝 太刀 1口 古備前正恒 平安時代・12世紀
刀剣室なのですが ゲームやアニメのおかげで 若い女性にブームなようで 混雑していました。
この日は若い女性だけでは なく男女それに外国人が多かったです。
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重要文化財 銅人形 岩田伝兵衛作 江戸時代・寛文2年(1662)
15室 養生と医学です。
この部屋は 医学ということで解剖図や骨なども展示されていました。
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老猿 1基 高村光雲作 明治26年(1893)
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老人の首 1個 高村光太郎作 大正12年(1923)
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最後の近代の美術のあとは みどりのライオン 体験コーナー
掛け軸の「阿弥陀知来像」の5つに分けての制作過程を見ることができます。
白い葉書に 好きなスタンプを押すコーナーもありました。

最後にミュージアムショップでお買い物です。
本館建物は内部もすばらしいので 写真を撮ってきました。
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2015年08月21日

東京国立博物館本館 日本美術・2階

本館は日本美術です。
2階から1階へと 廻るのがいいでしょう。
たくさんの所蔵品があるので 期間ごとに展示品が変わります。
ですから 何度行っても素晴らしいものに出会えます。
とても広いので それなりの時間が必要です。
それと 体力も・・・
ところどころ 椅子があるので 休憩しながら見ることができます。
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2Fは縄文時代から江戸時代まで、時代を追って展示する「日本美術の流れ」です。
1-1:日本美術のあけぼの
―縄文・弥生・古墳
1-2:仏教の興隆―飛鳥・奈良
2:国宝室
3-1:仏教の美術−平安〜室町
3-2:宮廷の美術―平安〜室町
3-3:禅と水墨画―鎌倉〜室町
4:茶の美術
5・6:武士の装い―平安〜江戸
7:屏風と襖絵―安土桃山〜江戸
8-1:暮らしの調度
8-2:書画の展開―安土桃山〜江戸
9:能と歌舞伎
10:浮世絵と衣装―江戸

写真撮影は フラッシュ無しならOK。
ただし 作品に不可のマークがあるものは 撮影できません。
ほんの少しだけ 撮影しました。
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銅造聖観音菩薩立像(模造)1躯 原品:奈良県薬師寺
レプリカなのですが 気に入ったので・・・
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重要文化財 愛染明王坐像 鎌倉時代・13世紀
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素襖 縹麻無地隅取角三字紋付
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菊折枝据文鞍鐙
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龍起雲図 1幅 円山応挙筆 江戸時代・寛政6年(1794)

国宝だの重文だの数多くあるのですが 欲張らず数点だけ・・・・
撮影可ですので 外国人の方も 多かったです。
休みながら ようやく2階を見て 1階に行きます。
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2015年08月20日

東洋館〜本館へ

東洋館地下1Fでは アジアの染織 の展示がありました。
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興味があったのでそこだけ 見ました。
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儀式やお祝い事の場を飾る浮紋織や縫取織といった織物、絣糸で文様を表わしたイカットなどが多数あります。
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インド・ガンダーラの彫刻や中国などの仏像などもあります。
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東洋館も5階まで展示室があり じっくり見るには相当な時間がかかります。
ここは 常設なので 後日また見ることにして 東洋館を出ました。
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東洋館前から見た 表慶館が美しいです。
修理が終わったのち 建物内部を見学しましたが すばらしい造りでした。
現在 休館中ですが9月には展示がはじまります。
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本館に向かいます。
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東京国立博物館
1872年(明治5年)に創設された、日本最古の博物館
本館、表慶館、 東洋館、平成館、法隆寺宝物館の5つの展示館と資料館 庭園などがあります。
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2015年08月19日

ミイラとエジプトの神々・東洋館

国立博物館は敷地が広いので 東洋館への移動時は暑かったです。
平成館〜本館と館内でも移動できますが 長傘・日傘は持ち込めないので 外を移動しました。
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本館の隣が 東洋館
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東洋館   2013年1月リニューアルオープン。
中国、朝鮮半島、東南アジア、西域、インド、エジプトなどの美術と工芸、考古遺物を展示。
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親と子のギャラリー ミイラとエジプトの神々
東洋館 3室    2015年7月22日(水) 〜 2015年9月13日(日
こちらは 常設展のチケット(620円)で入れます。ここは わりと混んでいました。
なんせ 本物のミイラが展示されていますから・・・・
古代エジプトのミイラがいつでも展示されているのは、日本ではトーハクだけだそうです。
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ピンボケ・・・中は暗いのです。
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セクメト女神像
新王国時代(第18王朝アメンヘテプ3世治世)・前1388年〜前1350年頃 エジプト テーベ出土
雌ライオンの頭をもった女性像で表される女神。
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バステト女神像 
末期王朝時代後半〜プトレマイオス朝時代初頭・前5世紀〜前4世紀頃 エジプト出土
金の耳輪をつけ、縞模様の半袖長衣を着た猫頭の女神立像。バステトは音楽、保護、多産などを象徴する神。
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ネコのミイラのマスク

展示されている像はすべて古代エジプトで信仰されていた神さま。
ネコや魚、鳥やライオン、カバなど、エジプトにいた動物たちの姿で表わされています。
動物たちは 人間にはない素晴らしい能力を備えた神聖なものだったようです。
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明治37年に日本へ寄贈された一体のミイラがあります。
(展示されていて 写真撮影可ですが 冒涜のようで写しませんでした)
黒いもので覆われ その中は謎でしたが 最新のデジタル技術を使い甦らせました。
隠された色鮮やかな図像や、さらには亜麻布に包まれた内部の姿にまで迫ることが可能になったそうです。
地下1F ミュージアムシアター「東博のミイラ デジタル解剖室へようこそ」で見ることができますが 上映は時間制で大人は有料です。
時間の関係で見ませんでした・・・
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2015年08月18日

「クレオパトラとエジプトの王妃展」3〜5章

王は現人神であり 王妃たちもまた女神にあやかった美しい装身具などで装いました。

第3章「美しき王妃と女神」
多くの王妃や王の母の像やレリーフなどの展示があります。
古代エジプトの王妃の像は、額に聖蛇ウラエウスをつけていたり ハトホル女神はウシの耳や角、そして独特の髪型で表されています。

第4章「権力を持った王妃たち」
第18王朝は特に王妃が活躍した時代です。
本来ファラオには男性しかなれないのに、女性のファラオが登場したのもこの時代です。
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右に男装の女王ハトシェプスト女王の像があります。
男装し 本来の正しいファラオの姿をとることで、自分の権威を守ろうとしたのでしょう。
しかし 彼女の死後、女王の像は息子トトメス3世によって徹底的に破壊され、王名表からも名前が削られたそうです。
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王妃ネフェルトイティの頭部
絶世の美女・・・・

4人の王妃(クレオパトラ、ハトシェプスト、ティイ、ネフェルトイティのかわいいイラストもありました。
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「クレオパトラとエジプトの王妃展」ジュニアガイドより
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エジプト3000年の長い歴史の説明文です。

5章「最後の女王クレオパトラ」
クレオパトラだといわれている像が数点。

古代エジプト最後の王朝となったのが、ギリシア系王国の1つプトレマイオス朝(前304〜前30年)
クレオパトラは古代エジプトの最後の女王としてではなく、妖艶な美女として表現されました。
クレオパトラの、毒蛇に自身を噛ませて死んだという最後のシーンは有名で 絵画が展示されていました。

たっぷり時間をかけて館内の展示を見た後 平成館1Fのラウンジに行きました。
ここは飲食可の場所です。
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ここだけ 撮影可のコーナーです。
記念写真用に ぬいぐるみの蛇やかぶりものなどが 用意されていました。

休憩ののち 東洋館に行きました。
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2015年08月17日

「クレオパトラとエジプトの王妃展」1〜2章

平成館の特別展「クレオパトラとエジプトの王妃展」です。
入場は待つこともなくスムーズでした。
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「クレオパトラとエジプトの王妃展」
平成館 特別展示室 2015年7月11日(土)〜 2015年9月23日(水)
クレオパトラに代表される古代エジプトの王妃や女王たちをテーマにした展覧会です。
第一展示室にはいるとすぐ 目の前にあるのが  逸話をもとにクレオパトラの死の場面を象徴的に表わした像。
胸をあらわにした彼女の右腕には毒蛇が絡みついています。
8月12日は、クレオパトラが亡くなった日とされています。

クレオパトラが愛した都、アレクサンドリアの紹介映像。
海底に沈んだこの町が実在したとわかり、そこから発見された遺物が日本で展示されたのが2009年です。
現在のアレクサンドリアはカイロに次ぐ エジプト第二の都市です。
海に面した美しい都市です。
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撮影不可なので これは パンフレット写真です。
第1章「王(ファラオ)をとりまく女性たち」からはじまります。
「王の母」の代表として、王妃ヘテプヘレスを紹介。
天蓋と収納箱、肘掛椅子、寝台、枕、輿(全て複製)があります。
展示室では王妃ヘテプヘレスの寝室を再現しています。

寝にくそうなベッドと枕が 気になりました。
ベッドや輿から推測すると 小柄ですね〜

第2章は「華やかな王宮の日々」
調度品や装飾品 腕輪名などの展示
腕輪は細くて 驚きます。
金のほかに紅玉髄やガーネット、ラピスラズリなどを使用。
「王宮の窓」というものがありましたが、細かい柵が牢獄のようです。
華やかな王宮も実は 囚われの身のような生活だったのかもしれません。
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2015年08月16日

東京国立博物館へ・上野公園

8月14日 上野に行きました。
連日35度の猛暑が少しだけ 和らいで 昼頃出かけました。
この日は 電車も バスも 駅も 飲食店もどこもかしこも混んでいました。
それほど暑くもなく 日差しもなかったので 上野駅公園口から歩きました。
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国立西洋美術館 東京都台東区上野公園7
ボルドー展 ―美と陶酔の都へ― 開催中です。
この通りは すごい人通りです。ここで少しだけ人が減ります。
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国立科学博物館
特別展・企画展生命大躍進−脊椎動物のたどった道− 開催中
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ここでは半分くらい 人が減り 中に入っていきました。
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D51があり 子供むけのイベントや展示があるので 家族連れには大人気のようです。
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シロナガスくじらのオブジェが目立ちます。
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東京国立博物館です。
チケット売り場は 並ぶというほどではありませんでした。
チケットはもっていたので そのまますぐ入場します。
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表慶館(現在休館中)の前を通り 平成館に向かいます。
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平成館です。
人は絶え間なく・・・ですが 行列ではなかったのでほっとしました。
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「クレオパトラとエジプトの王妃展」 これを見ます。
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2015年07月27日

浅草ビューホテル26階

割り込みブログです。
昨日は高校野球が始まったころに調布で軽飛行機が墜落し 驚きました。
高校野球早稲田実が 逆転勝ちして すごいなぁ〜と思っていたら ニュースで浅草ビューホテルの屋上からもくもくと煙があがっている映像が流され26階の厨房から出火したと。
そういえば 写真があったなぁ〜と思い出しました。
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浅草ビューホテル26階レストランからの眺めです。台東区西浅草
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スカイツリービューエリア 額縁の中の絵のようです。
ここランチタイムはブッフェレストランです。
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下を見れば 浅草寺と花屋敷。
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浅草寺の向こうにはスカイツリーと とても眺めのいい穴場的スポットです。
タグ:観光
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2015年05月19日

蔵前かや寺・厩橋公衆トイレ

都営地下鉄蔵前駅から春日通りに出ます。
バス停前に落語「蔵前駕籠」の舞台となった榧寺があります。
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浄土宗寺院の榧寺 台東区蔵前3-22-9
榧寺は浄土宗で、本尊は阿弥陀如来坐像。 天正年間(1575年ごろ草庵として創始、慶長4年(1599)に増上寺中興開山の観智国師法名貞蓮社源誉上人が池中山盈満院正覚寺として開山したといいます。
境内に鬱蒼と茂っていた榧の木が、寺宝を火災から護っていたことから、江戸時代から榧寺と称されていました。
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厩橋手前の交番隣に面白いものを見つけました。
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コールマンひげを生やした紳士2人と真っ赤な口紅の淑女2人がピカソ風の顔で トランプのカードのように並んでいます。
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厩橋公衆トイレ」です。
遊び心たっぷりのユニークなトイレ。平成4年に台東区より「まちかど賞」を受賞しました。
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地図です。このトイレの反対側には 立札があります。
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元禄年間ごろから続いていた「御厩の渡し」のあった場所です。
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現在は屋形船が並んでいました。
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厩橋を渡ります。
スカイツリーとアサヒビールの建物が見えます。
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駒形橋が見えます。
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2015年04月15日

上野不忍池弁天堂

上野不忍池です。
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上野公園は桜の名所で 混雑します。
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不忍池
「上野恩賜公園(東京都台東区)の中に位置する天然の池で 15世紀頃には既に「不忍池」という名で呼ばれていた。
弁天島に建つ石碑によれば、「不忍池」の名は、かつて上野台地と本郷台地の間の地名が忍ヶ丘(しのぶがおか)と呼ばれていたことに由来するとのことです。」
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弁天島には弁天堂があります。
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 東叡山寛永寺弁天堂 台東区上野公園2-1
不忍池辯天堂は、天海大僧正が琵琶湖竹生島になぞらえて、寛永年間に不忍池に中之島を築き、その地に建立されました。(現在のお堂は昭和三十三年に再建。)
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拝殿が逆光でうまく写せませんでした。
御本尊の八臂大辯財天(はっぴだいべんざいてん)も、竹生島の宝厳寺から勧請(かんじょう)したものです。
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説明板があります。
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大黒天堂
大黒天堂は、寛永寺の伽藍の一つです。
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「豊太閤護持大黒天堂」
豊太閤とは、豊臣秀吉。
秀吉は、「大黒天」を大切にしていたとのことで この仏像をさして「豊太閤護持大黒天」というそうです。
現物は、京都の方広寺に祀られているらしいです。
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この弁天島にはさまざまな石碑があります。人が多すぎて写真が撮れず やっと写せたのがこれです。
不忍池弁天堂 幕末之剣豪櫛淵虚冲軒之碑 とかかれています。
幕末の剣豪・櫛淵彌兵衛宣根(くしぶちやひょうえのぶもと/寛延元年〜文政2年)の顕彰碑。

今年の ソメイヨシノはこれにて おしまいです。
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2014年07月01日

鷲神社・「酉の市」起源発祥の神社

国際通りから見た鷲神社です。
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お酉さまの時は混雑し周りは何も見えない状況になるそうです。
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駐車場も何もかも 熊手と人で埋め尽くされるとのことです。
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「酉の祭・酉の市」
「歳末にあたり1年を神に感謝し、新年を迎えるにあたり福運を願う祭りである浅草「酉の市」は、江戸の昔の華やかさとその伝統を今に伝えると共に多くの善男善女の厚い信仰を集め、今に受け継がれております。
 「酉の市」は江戸時代には「酉の祭」とよばれ、人と神が和楽する祭りを意味しております。
 又、「市」は「斎(いつ)く」で神様をお祭りするために「身を清めてつつしむ」ということです。・・・・」
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浅草「酉の祭(まち)」「酉の市」起源発祥の神社  「おとりさま」・鷲(おおとり)神社
「江戸時代までは長国寺の境内社である鷲大明神だったが、明治維新の神仏分離に際し独立、社名を鷲神社と改称した。創建年代不明。毎年11月酉の日の例祭は、酉の市(酉のまち、お酉さま)と呼ばれ、江戸時代から続く行事。大小とりどりの熊手、八ツ頭芋、お多福の面などを売るので有名で、商売繁盛を祈る商人や職人で賑わった。もともとは農具・古着・農作物・餅などが売られる農村的な祭が発祥だったが、農具の一つとしての熊手が「福を掻き込む」と考えられ、次第に農民以外に人気を博して都会的な祭となった。」
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鷲神社天保10年建立の小鳥居
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神楽殿
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社殿にはおおきな「おかめ」の顔!
「なでおかめ」。撫でる場所によって願いが異なるといいます。
おかめは、お多福とも言われ、かの天照大御神の岩戸籠りの際に舞を舞って、岩戸を開け再び光を取り戻した立役者の神といわれている天宇津女命(アメノウズメノミコト)だそうです。
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熊手は開運・商売繁昌のお守りとして「酉の市」のみに出るもので、一般に「かっこめ」ともいわれ神の分霊というらしい。
なるほど 熊手の中央には「おかめ」の顔がありますね。
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宝井其角句碑 春をまつ ことのはじめや 酉の市
正岡子規句碑  雑閙や 熊手押あふ 酉の市
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樋口一葉文学碑と樋口一葉玉梓乃碑。
酉の市はさぞかしにぎやかなのだろうと思いつつ 境内を出ました。

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2014年06月30日

浅草田圃酉の寺 長國寺

飛不動から国際通りに出て浅草方向に少し歩くと 鷲在山長國寺があります。
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鷲在山長國寺 台東区千束3-19-6
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浅草田圃酉の寺 長國寺
「鷲在山長國寺は、寛永7年(1630)石田三成の遺子といわれる、大本山長國山鷲山寺第13世日乾上人によって、浅草寺町に開山し、寛文9年(1669)に当地へ移転しました。浅草酉の市の発祥の寺として有名です。」
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浅草「酉の市」発祥の寺
「浅草の「酉の市」といえば「鷲神社」を連想するが, 碑文にあるように 鷲神社はかつて長国寺と一体だったが, 明治維新後の神仏分離によって 寺と神社が分かれ,現在 酉の市は鷲神社と長国寺とで 同時期に一体となって行われている。」
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開山当時より, 鷲妙見大菩薩の御開帳が11月酉の日に行われ, 多くの参詣者を集めて門前に市が立つようになりました。それが浅草「酉の市」の発祥です。
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毎年 紫陽花祭りが開かれているようです。この時はまだ祭り前。
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地植えではなくプランターの花のようです。
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「いきいきあじさい祭」だそうで 鉢植えのあじさいが並ぶそうです。
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隣は鷲神社です。
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ここから鷲神社に入ります。

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2014年06月29日

飛不動尊/浅草

一葉記念館を出た後 飛不動尊に行きました。
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龍光山正宝院三高院 通称 飛不動尊  台東区竜泉3-11-11
関東三十六不動第24番
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「下谷の飛不動」といわれる江戸七不動の一つであり 入谷七福神一つ。
恵比寿神像は本堂前の社に祭られているとのことですが 本殿の改修中で近寄れませんでした。
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享禄3年正山律師により聖護院派の祈願道場として開基された。
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可愛い六地蔵様。
飛不動はその名称から航空安全の神として航空業に携わる関係者の参詣が多い。
航空安全・道中安全のご利益のために参拝に訪れるとても有名な場所です。
宇宙空間を7年間も旅をし無事地球に帰還した「はやぶさ号」。川口教授は、通信が途絶えて、行方不明とされたとき、ここ飛不動にきて、「はやぶさ」の無事を祈ったそうです。「なんて非科学的な」と思うかもしれませんがやるべきことをすべてやったのかと 考慮したりするいい機会になったとのことです。ちなみに最終的に「飛行神社(京都)」「電波神社(同)」「隼神社(同)」「中和神社(岡山)」の四社と、東京の「飛不動」に祈願したそうです。「本当にやれることは全てやり尽くしたうえで願を懸け、それで運を拾えたとすれば、それが御利益なんだと思います。」と述べておられました。
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飛不動のちょうど向いの最上稲荷(さいじょういなり)台東区竜泉3-8
稲荷の前は民家の間にはさまれたスペースなので目のスペースは駐車場になっていて車が止まっていました。
妙義教会 日蓮宗 とあります。左奥に本堂と庫裏がるらしい。
正統派の日蓮宗は最上稲荷を信仰?
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次にせっかくここまで来たのだから鷲神社に行くことにしました。
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