2016年09月29日

魚市場

今話題の 築地市場。
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波除神社前からみた築地市場です。
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勝どき橋上からみた築地市場。
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隅田川と築地市場。
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これは私のふるさと 日本海側最大級三国港の魚市場です。
魚市場っていうのは こんな風に漁船が市場に荷卸しして セリがあり 反対側の道路からトラックで運んでいきます。
まさに 産地直送の魚市場です。

築地も昔はそうだったのだろうか・・・・
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2016年09月28日

銀座4丁目交差点あたり

東京都中央区銀座5丁目の文具店「鳩居堂」前です。
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2016年分の路線価日本一の場所です。31年連続だそうです。
前年比18.7%増の3200万円(1平方メートル)です。
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同じ銀座の「三越銀座店」前と宝飾店「和光本館」前も同額。
ちなみに 2016年度公示価格日本一は 銀座4丁目にある「山野楽器銀座本店」
1坪(3.3平方メートル)は1億3000万円。
銀座に1坪でも土地をもっていたら・・・・
大金持ちになれる・・・
posted by うめのはな at 06:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 中央区

2016年08月25日

丸の内

東京丸の内でお買い物。
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メゾンカイザー(パン屋さん)前の オブジェ
はばたく 網屋千秋1972年 千代田区丸の内3丁目
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ベッジュマン&バートン(茶葉の店)前の 白いフクロウ
池袋にはフクロウ像があちこちあるのですが これは東京丸の内。
東京駅界隈には いろいろな像やオブジェがあって探すのも楽しみの一つです。
ちなみに この界隈にも ポケモンスポットがたくさんあるとか・・・
タグ:
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2016年04月28日

北大路魯山人の美 和食の天才展・三井記念美術館

日本橋の三井記念美術館に行きました。
ここは いい展示が年に何回かあるのでたびたび来る場所です。
ぐるっとパスが使えるのが嬉しいです。
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北大路魯山人の美 和食の天才展  三井記念美術館 東京都中央区日本橋室町2−1−1
平成28年4月12日(火)〜6月26日(日)
エントランスホールのポスターなんですが 織部の緑が美しいです。
緑色の釉薬のかかった桃山時代の陶器片を見つけ、その色を再現しようと挑戦して実現、四角い皿を製作したそうです。
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今回のチラシ。
美食の道を究めたことで知られる北大路魯山人。
器は料理の着物という言葉通り この器にこういう料理があれば 直一層 器が生きるのだろう・・というものばかりでした。
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北大路魯山人(1883-1959)は、書や篆刻、絵画、陶芸、漆芸など、多面的な業績を残しています。
マルチ才能というか 美的感覚にすぐれた人だったようです。
日本の陶芸も 和食も奥が深く 追求すればするほど味わい深くなるものなのでしょうね。
料理が盛りつけられている器の姿が見たいものです。
タグ:芸術鑑賞
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2016年03月02日

『三井家のおひなさま』・三井記念美術館

三井記念美術館で開催中の『三井家のおひなさま』に行きました。
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毎年春の訪れとともに開催され、今年で9回目。日本橋の春の風物詩です。
前にも見たことがあるのですが 江戸の豪商 三井家のおひなさまは何度見てもいいものです。
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北三井家十代・高棟夫人の苞子、十一代・高公夫人のe子、高公の一人娘・浅野久子氏、伊皿子三井家九代高長夫人・興子の旧蔵の贅をつくしたひな人形やひな道具が展示されています。
実家の旧富山藩主前田家から伝わった 苞子の旧蔵品のおひなさまや結婚後三井家で新たに作られたものがあります。
また 江戸時代から三井家に伝来したおひなさまなど 、さまざまな時代のものが展示されています。
ひな人形の顔が 時代ごとにかわるのも面白いです。
銀製品の雛道具は細かいものなのですが 緻密に作れれていて工芸品としても貴重なものです。
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特集展示は、三井家の薩摩焼です。
白薩摩の花瓶なども展示。
他に沈壽官作の食器も展示されています。
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ミュージアムショップで売られている 三井家のおひなさま チョコです。
食べるのが惜しいような 包装です。
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コレド宝町1 菜な で昼食。
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国産牛肩ロースの石焼き御膳。焼き湯葉が美味です。
京おばんざいの店ですがモダン和風という感じで ゆったりとした静かな店です。
柔らかなステーキのほかに小鉢に品に野菜サラダがついて なかなか美味しかったです。
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2016年02月27日

吉兆庵美術館蒐集 真葛香山展・日本橋三越

割り込み記事です。
横浜で見た 真葛焼がすばらしかったのでもっと見てみたいと思っていたら 日本橋三越で開催中でした。
さっそく行ってきました。
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世界を驚かせた焼物〜吉兆庵美術館蒐集 真葛香山展〜
会   場:日本橋三越本店 新館7階ギャラリー
展示点数:118点
期   間:平成28年2月17日(水)〜29日(月)
たった2週間の展示ですから けっこう 混んでいました。
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明治・大正時代に世界中を驚かせ、明治の三大名工に数えられる、横浜の真葛香山
マクズウエア」として万国博覧会などで高く評価され ロイヤル コペンハーゲンなどの欧州の焼き物に多大な影響を与えました。
超絶技巧というように 高浮彫りの作品をはじめ、繊細な絵付けや透かし彫りに驚かされます。
このパンフレットの写真は 初代真葛香山作 真葛窯変釉蟹彫刻壷花活ですが蟹が下にも隠れています。
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展示は、茶道具、生き物、人物、色彩、花活け、書、植物で構成されています。
仁清や乾山の写、倣があります。
絵付けが下村観山や川合玉堂などというものもありコラボも楽しめます。
初代真葛香山作は55点で残りは二代目と三代目の作品。
個人的には 初代の作品が色と言い 形と言い 上品で好きです。
宮川香山は初代 二代目(初代の息子) 三代目(二代目の長男)と続き 3代目が昭和20年に横浜を襲った空襲で死亡。
そのあと途絶えてしまい、「幻のやきもの」といわれています。
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すかし彫りが素晴らしい 初代真葛香山作 古清水意真葛窯水指
吉兆庵美術館とは鎌倉と岡山にある美術館です。
真葛焼発祥の地ということで横浜にも美術館があります。
今年は初代が亡くなって100年目にあたるということで、サントリー美術館でも24日から「宮川香山展」が開催中です。
見逃しても まだ都内で見ることができます。
タグ:芸術鑑賞
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2015年11月09日

中央区立泰明小学校・銀座

銀座みゆき通りは銀座5丁目と6丁目の間の通りです。
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新街路灯創設10周年のペナントには鳳凰の絵があります。
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みゆき通りの街灯は上に金の鳳凰の装飾なのです。
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つきあたりが 中央区立泰明小学校です。
半円形の窓の校舎、アーチ形の塀とヨーロッパのお城のようなフランス門。
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みゆき通りと門扉
 この通りは明治天皇が宮城より海軍兵学校に御行幸された折りにお通りになられたことからみゆき通りと呼称されるようになったといわれている。
 また門扉は、その時代南フランスの貴族の館で使用されていたものである。
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中央区立泰明小学校は、1999(平成11)年10月に東京都の歴史的建造物に選定されました。
また、平成21年2月に経済産業省より「近代産業遺産」に指定されました。
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アーチ形の塀の向こうには数寄屋橋公園があります。
東京市(当時)は、復興小学校に隣接して小公園を多く設けました。泰明小学校脇の数寄屋橋公園は、その一つです。これは、小学校を災害時の避難拠点と考え、公園を隣接させることによってその機能を強化するという考えによるものだそうです。
今では 都会のオアシスとなっています。
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泰明小学校は改修工事が終わったばかりで外壁がきれいになっていますが 以前はツタのからまる緑に覆われた校舎でした。
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中央区立泰明小学校   東京都中央区銀座5丁目1番13号
現三代目校舎
東京都選定歴史的建造物
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「中央区立泰明小学校
 泰明小学校は明治11年に開校し、現在使用されている建物は、関東大震災を機に、耐震・耐火性の高い鉄筋コンクリート造りの校舎として立て替えられたものである。
 表現主義と呼ばれる建築様式の建物で、カーブを描く壁面やアーチ窓を使った外観に特徴がある。L字型校舎の南端に位置する玄関部分には、柱や入口屁等に個性的な装飾が集中して施され、建物の顔となっている。これらの意匠は、震災復興期につく
られた他の小学校ではあまり見受けられない個性的なものである。また、校庭に面した側の窓は他の学校よりも大きくとられ、開放的な印象を与えている。
 蔦のからまる校舎は銀座のシンボルとして人々に親したまれおり、今なお往時の景観を残している。」
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教員室、校長室等のある事務等の玄関
おおきな柳の木が見えます。
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銀座の柳二世」とあります。
その裏側に説明板があるのですが 読めないです。
北村透谷・島崎藤村記念碑もあります。
 泰明小学校は明治十一年(1878)6月に開校され、北村透谷・島崎藤村はその初期の卒業生でした。
ここは銀座という場所柄 多くの著名人達の出身校で名門小学校として知られています。
北村透谷はペンネームに銀座近くの「数寄屋橋(すきやばし)」をもじって透谷(すきや)としたということです。
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泰明小学校玄関前にある「平和の調べ」像。
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昭和五十三年六月二十五日 泰明この日百年(泰明小開校百周年・同幼稚園開園25周年)
昭和53年6月25日は泰明小学校創立100周年の日
明治11年、元数寄屋町1の1に第一大学区第一中学校区第十七番東京府公立泰明小学校として創立。当時は2階建ての赤レンガの校舎だったとのことです。
タグ:文化財 建物
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2015年11月05日

ローズガーデン・ファンケル銀座スクエア

割り込み記事。三渓園は後日再開。昨日銀座に行きました。
銀座5丁目 ファンケルビル前にきれいなバラが飾り付けてありました。
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みとれていると 右のほうに案内のポスターが・・・
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ファンケル 銀座スクエア 10F ロイヤルルーム
オータムローズガーデン
東京都中央区銀座5丁目 8-16 
2015年10月30日(金)〜11月6日(金)
普段は開放されていないテラスガーデン付きの10F特別フロアです。
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地上40m 銀座の空中庭園です。
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今年は多くの種類のバラが来ているとのことでした。
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所狭しとバラが咲き誇っています。 協力:京成バラ園芸
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地上40mに出現した優雅なバラの世界!
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秋のバラのほうが 柔らかな感じがしました。こういうバラ園もいいですね!
春に神代植物公園のバラを見に行きましたが屋外で 暑くて日差しが強くてゆっくりみることができませんでした。
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フラワーアレンジもとてもよかったです。
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好きなミニバラが足元に・・・
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これは黒真珠。黒バラの一種です。
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ロイヤルルームでゆっくりお茶することもできます。
季節ごとに ガーデンイベントがあるそうです。HP見て エレベーターの中で説明してくださったのが 館長さんだと知って驚き!
他の季節の花も見てみたいです。近くだし また行きます〜〜
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壁画ギャラリーは、田村能里子画伯 作「FUN-FUN」(縦4m〜横11m)
壁画に描かれた11人の女神達です。
バラの優雅な余韻を残し 外に出ました。
外の世界は 中国人の観光客であふれていてしかも混み合う歩道の あちこち集団で 立ち止まっていて・・・・ちょっと興ざめしました。
これが 銀座の現状です・・・
タグ: 銀座
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2015年10月03日

蔵王権現と修験の秘宝・三井記念美術館

三井記念美術館(東京都中央区日本橋)に行きました。
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特別展 蔵王権現と修験の秘宝 平成27年8月29日(土)〜11月3日(火・祝)開催中
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チケットです。
修験道の根本聖地である金峯山寺 、鳥取の三佛寺の蔵王権現像を中心に 修験に関わる仏像や多数の蔵王権像展示。
三佛寺の投入堂などの写真もところどころにありました。
「天空の神と仏の世界」と銘打った展示会です。
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パンフレットです。
「修験道は、日本古来の山岳信仰に神道、仏教、道教、陰陽道などが習合した日本独自の宗教で その主尊が蔵王権現。役小角が吉野の金峯山で修行中に示現したという伝承がある。」
修験道の開祖と言われる飛鳥時代から奈良時代の人物 役小角 (えんのおづぬ = 役行者) さんの像もいくつか展示されていましたが 表情が悟りというか 穏やかなので驚きました。
展示室には大小 同じポーズの蔵王権現像が並びなんとなく かわいらしい感じがしました。
蔵王権現、右足を蹴り上げ、右手に三鈷杵、左手は剣印、三眼の忿怒相という姿なのです。
別室には国宝 藤原道長の経筒や 掛仏や銅鏡なども多数展示。
吉野の仏像 如意輪寺の蔵王権現像(重文・鎌倉時代)の衣や火焔光背の赤が綺麗に残っていて驚きました。

三佛寺(三仏寺)の狛犬が風雪にさらされ顔を失った狛犬などが・・
そして平安時代の木造の蔵王権現像がたくさん並んでいました。
髪をさかだてた、荒々しい表情は 不動明王や愛染明王を思い起こさせました。
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「秋の3館めぐり」三館合同キャンペーン
・三井記念美術館 「蔵王権現と修験の秘宝」 8/29-11/3 ・根津美術館 「根津青山の至宝」 9/19-11/3 ・五島美術館 「一休―とんち小僧の正体」10/24-12/6
観覧済み入館券を慶事すれば、ほかの2展覧会の入館料が割引になります。
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お昼は日本橋のたもと 日本橋川を眺めながらいつもの 越前そば。
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福井のおろしそば。鰹節 ねぎ おろし汁をそばにぶっかけていただきます。
久しぶりに 御清水庵 清恵。
今回は 季節もののハモのミニ天丼を付けていただきました。
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2015年07月17日

銀座2丁目あたり

警察博物館を出て中央通りを 銀座2丁目へと歩きます。
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銀座発祥の地  東京都中央区銀座2丁目
銀座役所趾
慶長17年(紀元2272年 西暦1612年)
徳川幕府此の地に銀貨幣鋳造の銀座役所を設置す
当時町名を新両替町と称せしも 通称を銀座町と呼称せられ
明治2年 逐に銀座を町名とする事に公示さる
   昭和30年4月1日建之 銀座通連合会

この碑のすぐ近く 1904年創業の文房具専門店が6月に新しいビルになってオープンしたのでそこへ買い物に・・・
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創業111周年を迎える伊東屋が創業した日でもある6月16日にグランド オープン
ここ 12F建てですがエスカレーターは上りのみしかありません。
それも12階建ての8階までです。
いつものように 上から順に降りてこようとして大失敗!下りは階段しかないのです。
エレベーターは2機設置されていますが 乗り場の動線が悪いし階段のところがエレベーターで 待つ人が多く 一度には乗れないことも続出し 非常に待ち時間が長くて参りました。
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11階はファーム(野菜工場)となっていましたからちょいと見学に・・・
野菜工場「FARM」で作られた野菜は12階にあるカフェで食べることができますが 銀座価格です。
しかも12Fに行ったらなかなかこない エレベーター待ちがしんどいです。
9、10階はプライベートゾーンで階段もクローズ。 エスカレーターはないし エレベーターを待って8階に行くしかないのです。
買い物ですが 目的のものはなかったのです。
困ったときは伊東屋に行けば必ず見つかるという 以前の伊東屋ではなく フロアごとにテーマがあって デスク廻り、トラベル、ホーム&キッチン等々あって文具の品ぞろえはいまいちなのです。各階 おしゃれな空間レイアウトでした。
品ぞろえを期待していたので・・・・ 「残念でがっかりした」という声も多いようです。

ここからぶらぶら歩いて 福井のアンテナショップで まったりすごして(いつもすみません・・・・)若狭牛のメンチカツとコロッケを買い帰宅しました。
タグ:銀座
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2015年07月16日

警察博物館 展示室

1Fには子供が警察官や白バイ隊員の制服を着用し、ヘリコプターやオートバイに乗って記念撮影をすることができる「おまわりさん なりきり体 験」コーナーがあります。
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身長110cm〜140cmくらいまでの可愛い制服が並んでいました。
着替え用のロッカーもあります。
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2階〜4階は日本の警察の始まりから現代までの歴史的資料約1000点を展示しています。
5Fイベントホールです。
東京オリンピック時の映像がモニターに流れていました。
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4F
警視庁音楽隊、装備品、鑑識資器材などのコーナーや、コンピュータゲーム形式の体験学習コーナー
事件の目撃者としてモンタージュ写真作成に協力するコーナーやドライビングシミュレーター(要普通免許)があります。
鑑識機材 装備品 各都道府県のエンブレム
警視庁音楽隊関連資料 古い楽器も展示されています。

3F
殉職警察官の功績を讃える「顕彰コーナー」のほか、警察官の制服や警察執務文書の展示
殉職警察官の顕彰コーナー(遺族の希望があった方のみ展示)は胸が痛みました。
あさま山荘事件の殉職者のコーナーも・・・・

2F
警視庁誕生からの歴史的に重要な資料を展示
西南の役などの銃やライフル 小銃 サーベルなど
関東大震災関連資料

4Fの「君が代」のコーナーは興味深かったです。
「薩摩琵琶歌」の名曲「蓬莱山」の歌詞の中の「君が代は 千代に八千代にさざれ石の 巌となりて苔のむすまで」の部分が、薩摩藩士・大山巌によって採用された。
「蓬莱山」の歌詞を作詞したのは、「いろは歌」の作詞でもお馴染みの「島津家中興の祖」島津忠良である。

イギリス陸軍軍楽長のジョン・ウィリアム・フェントンに作曲を依頼し、明治3年(1870年)に国歌が誕生
フェントン版君が代は「歌いづらい」「日本にふさわしくない」と不評で 作り直され明治13年に新しい国歌が完成、これが現在まで続いている「君が代」なのです。
4階では、警視庁音楽隊が再現したフェントン版君が代を聴くことができます。

いろいろな論争がありますが 元々は軍国主義とはあまり関係のない経緯で作られたものです。
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2015年07月15日

警察博物館 1F

LIXILギャラリーの隣は警察博物館です。
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警察博物館  東京都中央区京橋3-5-1
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7階建ての建物です。無料ですしついでだから 見学することにしました。
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警視庁のシンボルマスコット「ピーポくん」
1987年4月17日に誕生し、「ピープル」と、「ポリス」の頭文字をとって「ピーポくん」と名付けられたそうです。
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白バイ(ヤマハFZ750P)も展示されています。
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エントランスには警視庁のヘリコプター「はるかぜ1号」
全国の警察航空機の第1号機で、通算5623時間無事故飛行という記録があるそうです。
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主に皇族の警衛や各国要人の警護の際、車列に先導して警戒に当たったという 側車付白バイ。
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皇族や各国の要人警護に使われた「黒バイ」
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赤バイ(白バイの前身) 大正7年1月、交通指導取締を行うために配備されました。
車体が全部赤く塗られていたので俗に赤バイと呼ばれました。
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展示車は、最初の赤バイと同じ1917年(大正6年)米国製の「インディアン」 (1,000cc)です。
初めて見たときは 消防用かと思いました・・・・
写真撮影は 1Fだけ可能です。
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2015年07月14日

「金沢の町家ー活きている家作職人の技展」LIXILギャラリー

金沢は戦災や震災に遭うことがなかったので今も古い町家が数多く残っています。
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歴史的資産価値のある 加賀百万石の城下町、金沢の町家を保存・修復する職人たちが育成され、また技術も受け継がれています。
日本の伝統建築を支える大工、石工、瓦、左官、畳、建具、表具など継承される職人の伝統技術 にスポットを当てる展示会です。
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「店の間」と「茶の間」を隔てる格子戸。旧涌波家住宅主屋(金沢市指定文化財)
このような格子戸は 福井三国町に残る町屋でも多くみられます。
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畳:立野善吉さん(1932年生)、克典さん(1961年生)
糸筒。畳表を丸めて中に糸を仕込み、使用する針は待ち針、縁を止める「縁引き」など刺す、仕事中の座右の小道具。
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石工:出口昭さん(1942年生)
金沢城の「河北門」「橋爪門」の石垣や敷石の復元工事に携わった。3人の息子が石工の跡を継ぐ。
独特の形をした石を叩き、また割り、彫る道具。
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塀の石積み部分
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左官:中村康さん(1948年生)、藤田秀紀さん(1974年生)
大小様々なコテの数々。壁と柱をつなぐ独特の素材があります。
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建具:西田守男さん(1943年生)
クデゴシと型。クデゴシは、障子の桟や天井の桝目模様の桟の合わせ目を削るノミで、刃の幅や角度がさまざま。
建具師が細工に応じて考案してつくった型と一緒に用いる。
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長さ約270cmの旧平尾家住宅表門(金沢市指定文化財)の柱都現場レポートを展示
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大工:安田正太郎さん(1963年生)
社寺や古民家、町家の修復を手がける。最近では金沢城の「河北門」、「橋爪門」復元の棟梁を務めた。
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表具:永嶋明さん(1949年生)
打ち刷毛。掛け軸の裏打ち用に用いられる(シュロの毛)。刷毛は表具師にとって一番大事な道具。
奈良の吉野で漉かれた紙で掛軸に使う美栖紙と呼ばれるサンプルもありました。
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瓦:長田和明さん(1948年生)
親方として石川県内外の寺社仏閣の修復をはじめとした瓦葺きに携 わる。

今回の展示は実際に使われた道具や材料、さらに工程サンプルなど170点ほど。
町家の伝統技術を受け継ぐ職人さんたちにスポットをあてた展示会です。
無料で見ることができます。
1階の入り口のバスルームに目を奪われ・・・水道代が大変だなあ〜などと思いつつギャラリーをでました。
タグ:イベント
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2015年07月13日

鍛冶橋交差点〜LIXILギャラリー

三菱一号美術館からJRの線路をくぐり鍛冶橋交差点に出ます。
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鍛冶橋通りと外堀通りと交差する鍛冶橋交差点
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鍛冶橋跡    千代田区丸の内
「この交差点とJR線の間には、かつて江戸城の外堀があり、鍛冶橋という橋が架けられていました。
鍛冶橋のさきには江戸城の外郭門の一つ鍛冶橋御門がありました。門の名前は『江戸紀聞』に「鍛冶町へ出る御門なればかくいへり」とあり、交差点の向こう側にあった鍛冶町に由来していると考えられます。門には鉄砲十挺、弓五張、長柄十筋、持筒二挺、持弓一組が備えられ、柳之間詰めの一万石余の外様大名が一年ずつ警備を担当しました。門内には南北の町奉行所が移転を繰り返し、一時期は中町奉行所も設けられました。門前には、幕府の御用絵師として有名な狩野探幽が屋敷を拝領し、以来代々住んだため、この家は鍛冶橋狩野家と称されました。
明治維新後に門が撤廃された後も、外堀には引き続き鍛冶橋が架けられていましたが、昭和20年代に、外堀が戦災の瓦礫によって埋め立てられたため、鍛冶橋はその役割を終えました。
平成15年(2003)3月 千代田区教育委員会」
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鍛冶橋交差点 日東紡ビル前に水戸芸術館のタワー似たものがありました。何なのでしょ?
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加島美術の前を通り 「東京スクエアガーデンの横を通り(このあたりはもう中央区)中央通りにでます。
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LIXILギャラリーです。中央区京橋 3-6-18 東京建物京橋ビル LIXIL:GINZA 2F
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金沢の町家‐活きている家作職人の技‐展  ギャラリー1
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「クリエイションの未来展」第4回 伊東豊雄展 「ライフスタイルを変えよう −大三島を日本で一番住みたい島にするために−」ギャラリー2
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大三島(おおみしま)(愛媛県今治市)は、瀬戸内海の中央部に浮かぶ人口約6000人の島だそうです。
今回の目的 「金沢の町家ー活きている家作職人の技展」をじっくり見ることにしました。
タグ:イベント
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2015年05月03日

銀座2丁目 石川県アンテナショップ

銀座2丁目 銀座2丁目のマロニエ通りに ぐにゃりと曲がった斬新なファサードの複合商業ビルがあります。
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デビアス銀座ビル  東京都中央区銀座2-5-11
見ているだけで めまいがします。
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いしかわ百万石物語 江戸本店 石川県アンテナショップです。
東京都中央区銀座2-2-18 TH銀座ビル
この界隈は 地方のアンテナショップが集まっています。
石川は 2014年10月にオープンしました。
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石川県観光PRマスコットキャラクター「ひゃくまんさん」
「ひゃくまんさん」は、石川県の郷土玩具縁起物の「加賀八幡起上り」をモチーフにした キャラです。
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イートインコーナーは、地下1階の奥に、カウンター席 7席だけですが そこでランチしました。
いつも混んでいるので 少し待ちました。
カウンター席でも 椅子の下にコートや荷物を収納する籠があったのが有難いです。
ランチのメニューはこれです。
前から 能登牛のステーキ丼が食べたかったので今回はそれ!
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柔らかで肉の旨みのあうる能登牛で、お肉がとても柔らかいです。
金箔入りのたれをかけて食べます。
半熟玉子がついているのでからめて食べると美味しいです。
値段が1200円なので丼も小ぶりで お肉は薄くちいさいです。
お肉の追加メニューがあれば 追加してでももっと食べたかったです。
それくらい美味しい!
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器は、漆器は輪島塗、陶器は九谷焼を使用していて、8万円もするとか・・・
メニューに書いてあり驚きました。
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九谷焼や輪島塗などの器もさりげなく使用されています。
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連れは 甘えびと海の幸丼。
地元産の海の幸が 美味しそうです。
他に 加賀百万石天丼があって 隣の人のを見たら 大きなエビ2匹に野菜のてんぷらが乗っていて 揚げたてでカリッと音がしていました。
海老は地元産の海老を使用しているそうです。
どれにも 地元の味噌を使用した味噌汁と 沢庵がついていて これがまた美味しくてたまりませんでした。
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食事の後には地元のお菓子と熱いお茶が付いてきます。
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この日は麦笛と熱々の加賀棒茶
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昔なつかしい麦こがし(大麦)の風味 栗の実を一粒ずつ包みこんであります。
九谷焼の器も楽しんで この値段なら お得です。
お菓子を食べたら おなかがいっぱいになりました。
なるほど あのご飯の量はこのためだったか・・と。
この後 石川を出て 高知 福井とアンテナショップめぐりをしました。
タグ:グルメ 銀座
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2015年05月02日

数寄屋橋公園・銀座

銀座 数寄屋橋公園です。
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数寄屋橋公園    東京都中央区銀座5丁目
かって数寄屋橋があったところが公園となったもの。
数寄屋橋(すきやばし)は、1629年(寛永6年)江戸城外濠に架けられた橋である。橋は現在の晴海通りにあり、1929年(昭和4年)に石造りの二連アーチ橋に架け替えられた。周辺の地域も数寄屋橋と呼ばれる。
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銀座のシンボル大きな柳の木があります。
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岡本太郎作「若い時計台」
岡本太郎はこの作品について八方に意欲をつきだし情熱をほとばしらせて生きるべき人間の本来の姿、若々しく、のびきった姿をうちだしたといっています。さらにそれは、のびていく日本の、そして東京の象徴であるともいうのです。
夜はライトアップされ、光ります。
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数寄屋橋跡
菊田一夫筆「数寄屋橋此処にありき」と刻んだ碑
1952(昭和27)年、大ヒットしたNHKラジオドラマ「君の名は」において、待ち合わせの場所(何度も行き違いでなかなか会えない)として何度も登場し、全国に知られる。
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1958(昭和33)年、高速道路の建設に伴い、川は埋め立てられ、橋は撤去されました。
今は首都高速と地下鉄に上下を挟まれ橋の面影すらありません。
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数寄屋橋公園前はソニービル。
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数寄屋橋交差点です。
数寄屋橋交番を覆うような桜の木。これを「はぐれ桜」と言います。
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「はぐれ桜」の看板が立っています。桜の木の下に「はぐれっ子」という像が あります。
銀座の地図もあります。
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はぐれっ子像(中央区銀座4−1−2数寄屋橋公園)
制作者 岩野勇三
制作年 1987年
親とはぐれ途方に暮れている女の子が目の前にある地図を覗きこみ、なんとも心細そうな顔です。
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警視庁築地署数寄屋橋交番
れんがタイルの壁にとんがり屋根。1982年に完成。
耐震補強や女性用の部屋がないことなどが主な理由で数寄屋橋交番の建て替え計画が決まった。
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屋根のデザインを決める際になかなか決まらなかったため、作成した交番の模型に冗談半分で待ち針を刺したところ、そのまま交番の屋根のデザインとして採用されたといいます。
数寄屋橋界隈のにぎわいや移り変わりを、長く見守ってきた待ち針屋根の数寄屋橋交番とももうすぐお別れです。
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2015年04月30日

誕生60周年記念「ミッフィー展」・銀座松屋

東京メトロ銀座線の銀座駅松屋出入り口近くの通路には 大きなミッフィーのポスターがありました。
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銀座松屋では ミッフィー展が開催中でした。
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誕生60周年記念「ミッフィー展」ポスター
東京・銀座松屋8階 イベントスクエア
2015年4月15日(水)〜5月10日(日)
会場時間:10時〜20時(最終日は17時閉場)
入場料:一般1,000円
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外から見ると 松屋の白い壁がミッフィーになっています。
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立ち止まってカメラを構える人が結構いました。
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1階中央エレベーター近くの階段前には ミッフィーと一緒に撮影できる大きなパネルがありました。
係りの人がいて カメラを渡すと記念撮影してくれました。 
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1F階段の踊場にも、ちいさなミッフィーがいました。
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会場入り口にある180cmほどの大きなミッフィーです。
真っ白なミッフィーに、アーティストやクリエーターが装飾してるそうです。
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ここは入場前ですから 誰でも撮影できます。
この隣は グッズ売り場です。
見ればなんでも欲しくなる可愛いミッフィーがたくさんで 混んでいました。
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ミッフィーこけしのストラップ。
片方は、ナインチェという1950年のミッフィーの元となったキャラです。
もう片方は泣いてるミッフィーです。
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裏には1950と1990の文字
連休中はめちゃくちゃ混みそうです。
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2015年04月29日

日本橋タカシマヤの屋上

日本橋タカシマヤの屋上に出てみました。
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屋上のエレベーターホールです。
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各階エレベーターホール壁面(1〜6 号機)、屋上の和風庭園などは 1933 年竣工当初の姿をとどめています。
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エレベーターホールの外はくつろぎスペース。レトロなガラス窓です。
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この窓ガラスも創建当時のもの
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屋上噴水 屋上噴水の装飾は小森忍の作品。
7階の大食堂にあったそうです。これも創建当時のもの。
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ペリカンらしきもの。
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村野藤吾さん設計の屋上塔屋
昭和25年から4年間、屋上で飼われ、こどもたちの人気者だった子象の高子(高島屋の「高」子です)をモチーフにした、ボールト状(かまぼこ型)の屋根です。
前の広場はドッグランです。
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子象の高子ははじめクレーンで吊られて屋上に到着しましたが、四年後には大きすぎてクレーンもエレベーターもダメ。
この階段を通って、一階まで降りたそうです。
上野動物園に寄贈された後、多摩動物公園へ移り、平成2年、42歳でこの世を去りました。
重要文化財に指定された 日本橋タカシマヤのその他の部分は こちらのブログ記事に書いてあります。
タグ:文化財 建物
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2015年04月16日

Daiichi Sankyo くすりミュージアム

銀座線三越駅の中央改札を出ると YUITOの地下広場があります。
ここから A9番出口に出るのですが 店内のガラス越しに妙なオブジェがありました。
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「なんだろうな?」と思って近づいてみると「なんだるま」と書いてありました。
色合いが南国風で・・・沖縄っぽかったです。
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なるほど 岡本太郎賞ですか。納得。
とまぁ すぐそばのエスカレーター地上に出ます。
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高速道路手前に 第一三共株式会社本社ビルがあります。
古くからくすりの街として親しまれてきたこの日本橋本町あたりは 薬の関連会社が目につきます。
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Daiichi Sankyo くすりミュージアム 東京都中央区日本橋本町3ー5ー1
2階フロアにある巨大なカプセル薬が目立つのですがこれは 受付の端末になっています。
ここは展示型ではなくて 体験型ミュージアムです。2012年2月にオープン。
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中は撮影禁止です。これはパンフレットです。
受付で注意事項を聞き、パンフレットを貰います。
円形のテーブルに座り テーブルに映し出される映像を見てから2階に上がるように指示されます。
2階に上がるとそこでメダルを配布されます。メダルの使い方の説明があります。
メダルにはICチップが内蔵されており、カプセル型の端末により、性別 年代などの登録やアンケートを入力します。
登録が完了すると、あとは自由に受付横のドアから入ります。
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各展示で、メダルを置くと起動する仕組みになっています。選択はメダルを押したり 回したりします。
薬の動き、種類、働きなどから、薬の歴史などの映像、対戦ゲーム型 スクリーニング・シュミレーションと、3Dパズルもありました。
休日の春休みということで ゲームや体験型のコーナーはも子供が独占していて 大人は見て回るだけという感じでした。
メダルを置くと 一つ一つがクイズ形式になっているので 時間がかかります。
大人の社会科見学というバスツアーのコースにもなっているようですので すいている日を確かめていくのがいいかと思います。
無料です。
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2015年03月25日

日本橋桜フェスティバル

日本の美を日本橋から!日本橋桜フェスティバル というイベントをやっているとのことで買い物がてら寄ってみました。
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コレド室町の間の 「仲通り」に春の象徴である桜をモチーフにした装飾とLED によるアートな桜回廊となっています。
こちら側からはあまり桜色がみえないですが、福徳神社のほうにまわるときれいに見えます。
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花見舞台
開催中〜4/12(日)11:00〜23:00
会場:仲通り
幻想的で華やかなアートなお花見
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人力車に乗って写真を撮ることもできます。
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三越の紺ののれんが この時期は桜色です。
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三井本館などの歴史的建物やコレド室町1・3 などを含む施設で、「桜」をモチーフにした幻想的な「桜色」のライトアップを実施するとのことで 夜もまたきれいな桜色に染まることでしょうね。
「日本橋 桜フェスティバル 〜ビューティフル日本橋〜」期間中いろいろなイベントがあります
タグ:イベント
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2015年01月11日

日本橋高島屋・虎ノ門金刀比羅宮

日本橋高島屋で川瀬巴水展を見た後 屋上に行きました。
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屋上は緑の庭園になっています。
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屋上にある噴水は創建当時のもの。当時は7階の大食堂にあったそうです。
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その一角にお堂が・・・しかも賽銭箱が 高島屋マーク!!
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お堂は七角形の七角堂。正面には大黒天と記されています。
小さなお堂ですが 扉が7つ・・・でも開いていませんでした。
七福神がモチーフとなった「七福殿」だそうです。
七角形の御本尊にはそれぞれ「大黒天」「恵比寿神」など七福神の名前 があります。
サラリーマンらしき若者が二人 お参りに来ていましたが施錠されているのでは・・・・ねぇ。。。
そうだ 初詣をしていなかった!と 虎の門に行きました。
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虎ノ門金刀比羅宮  都選定歴史的建造物
東京都港区虎ノ門1丁目2番7号
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2014年11月16日のブログにも書いてあります。
この日は お正月用に松などが飾ってありました。
遅ればせながら 初詣でした。
タグ:神社・寺院
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2015年01月10日

川瀬巴水展 郷愁の日本風景 ・日本橋高島屋

割り込み記事です。
昨日 川瀬巴水展 - 郷愁の日本風景 -日本橋高島屋 へ行きました。
開店10分前から 入口に並んだのですが すでに数十人が開店を待っていました。
まさか この人たちが 川瀬巴水展 にいくわけないよねぇ〜何か売り出しでもあるのだろうか・・と思っていました。
ところが 開店と同時に目指すは みな 8階催物場。
ほとんどの人が 川瀬巴水展を見に来ていたのです。
チケットを買うため 並びました。
朝一番ということで 順番待ちをすることもなく入場できましたが 日中は混雑しているようです。
川瀬巴水(1883〜1957)は大正から昭和にかけて活躍した風景版画家です。
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開催期間も10日ほどですから 混雑するのもわかります。
大正から昭和にかけて活躍し、生誕130年を迎えた版画家・川瀬巴水(1883−1957)の回顧展です。
生涯、日本全国を旅し、600点に及ぶ大量の風景版画を残しました。
日本よりも欧米での人気が高かったそうで アップルのスティーブ.ジョブス氏が全作品の版画を購入したと聞きました。
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江戸の浮世絵の技法を受け継ぎながら新しい芸術を目指して、大正から昭和にかけて制作された版画のことを新版画と言います。
川瀬巴水は「昭和の広重」とも呼ばれています。
全国を旅したというその風景は 緻密で繊細で穏やかで・・・郷愁をさそうなつかしい風景です。
写生帖や原画などもあわせて展示しています。水彩の下絵や試し摺りと本摺りとの比較は面白いです。
どの作品にも 人が登場しています。
絶筆となった 「平泉金色堂」は石段を上る 僧侶の姿が川瀬巴水本人に思えてきました。
この作品の完成を見ずに巴水は「極楽浄土」へ旅立ったそうです。
展示点数がかなり多かったので驚きました。
じっくり見るのは 相当時間がかかるので 混雑しているときは大変かなぁ・・・
朝一で来てよかったと思いました。
画集などを買う ショップも混んでいます。
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外に出ると ショーウィンドウがいい感じ!!
和室風になっていて ふすまに版画が・・・
和紙のせいか 印刷がきれいで色も絵ハガキなどより忠実に再現で来ていて 驚き!
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これみたら 本物をみたくなります。。にくい演出だこと!
年明けそうそう なかなか いい時間をすごしました。
タグ:芸術鑑賞
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2014年12月15日

福徳神社・日本橋室町

福徳神社は、中央区日本橋室町にある稲荷神社です。
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この地で1千年以上の歴史を持つ「福徳神社」の新社殿が2014年10月に完成したばかりです。
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防火地域のため純木造にはできなかったそうですが、鉄骨造りにした上で、表から見える部分にはふんだんに吉野ヒノキを使い 屋根は銅板ぶき。
徳川家康も参拝したという由緒正しい神様は、江戸時代中期頃までは、商家が軒を連ねる繁華街となった日本橋で大切にされていました。
“流浪の神様“と新聞記事になったこともある福徳神社。江戸時代後期から最近までは不遇の連続で 廃社や火災による消失、再開発などによって、居場所が定まらないまま、日本橋地区をお社だけが点々としていたとのことです。
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現在の本殿ができる前は 鳥居前の広場にこのような仮宮がありました。
移転のあと現在も同じ場所 ガラスケースの中には新しいお社が置かれています。
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この新しい本殿の中に 元のお社がそのまま移転して置かれています。
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狛犬ならぬ神狐
豊穣の蔵のを加えてる左側
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右側は宝珠
一応 阿吽です。花火で玉屋!鍵屋!って言うのは神狐からきているそうです。
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宝くじの当選を祈願するための幸運鈴
購入した宝くじを三宝の上に乗せ、その上で鈴を鳴らしてお祓いを行ってから祈念すると 幸運が・・・
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【福徳神社の由緒】
清和天皇の貞観年間(860 〜876年)には既にこの地に鎮座していたといわれる。
神社の主祭神は「宇迦之御魂神」(うかのみたまのみこと)で五穀豊穣の神様。人々は神社を福徳稲荷とも呼びその周囲に広がる鎮
守の森を稲荷の森と名付け、社地に立つ一里塚を稲荷の森塚と呼んでいた。この度の再建において、当時の塚に書かれていたと伝わ
る文言を記した一里塚を再現した。
徳川家康をはじめとする歴代将軍も信仰し、二代将軍・秀忠が1614年の正月に参詣した折には、「福徳とはまことにめでたい神号で
ある」と称賛の言葉を残したといわれ、この時、椚(くぬぎ)の木からなる鳥居に若芽が萌え出たことから「別名:芽吹稲荷」と命
名された。この由緒にちなんで、新しい社殿の横にはお御籤を結び付ける木として、くぬぎの木を植えている。
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江戸末期の農耕の図を描いた五風亭貞虎作「豊年萬作之圖」(福徳神社所蔵)。画面右側、後方の森の中に「福徳稲荷」のお社が見
える。
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江戸時代、徳川秀忠が参拝をしたとき、鳥居から若芽が出ていたために「芽吹神社」という別称がついた福徳神社。12月というのに 枝垂れ桜に数個の花が咲いていました。
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神社の隣に、約1千平方メートルの「鎮守の森」を2016年度までに造り、地下には商業スペースを設ける計画だそうです。
タグ:神社・寺院
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2014年12月14日

にほんのクスノキ・日本橋室町

日本橋三越前の通り沿いにはいくつかのアンテナショップがあります。
今回 寄ったのは次のショップ。
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奈良まほろば館 
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にほんばし島根館  
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三重テラス ここはYUITOの中にあります。
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YUITOの地下入口 日本橋の日本橋室町野村ビル内に設置した商業施設です。
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「にほんのクスノキ
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「樹齢100年とも推定されるこのくすの木は、日本橋より東海道、山陽道へとつながる長崎街道の入口ともいえる「北九州・黒崎」宿の街道脇に、長年に亘って2本並んで佇んでいたものです。その堂々とした姿はまさに御神木と呼ぶに相応しいもので、五街道の起点に再生された「日本橋室町野村ビル」の守神として、約1,000kmの道のりを経て移植されました。 」
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YUITOの御神木  再開発のシンボルとして北九州・黒崎から日本橋へ 
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YUITOとコレド室町の間は 和風な店構えです。
本町通りと町年寄喜多村家 という説明板がありました。
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説明文
本町通りと町年寄喜多村家
本町通りは、徳川家康 が江戸の町造りに着手した時から江戸の中心となっていました。天正18年(1590年)関東に転封となった家康は、浅草に抜ける本町通り沿いに金座や町年寄の屋敷地を下賜しました。現在の天伝馬本町通り(当敷地北側の通り)です。関ヶ原の戦いに勝利した家康は、慶長8年(1603年)更に「天下普請」を開始し、新橋から神田まで南北に貫く目抜き通りを造りました。これが現在の中央通りで、このとき日本橋 が架けられました。翌慶長9年(1604年)日本橋に五街道 の起点が設定され、北に向かう中山道と日光街道はこの交差点で分岐し、日光街道は本町通りをとって東に向かいました。天正から慶長の城下建設で、奉行衆の下で市街地造成と町割りなどに携わった樽屋・奈良屋・喜多村の三年寄が江戸の町政を担うようになりました。喜多村家の役宅は当ビルの敷地にあり、初代彦右衛門の出身は加賀(金沢)だと伝えられています。

浮世小路と料亭百川(ももかわ)
福徳神社南側の通りは、江戸時代「浮世小路」と呼ばれていました。延宝期(1673?81年)の「江戸方角安見図」には「うきよしやうじ」と記載されています。小路と呼ぶのは、この地に屋敷があった町年寄喜多村家の出身地、加賀の方言によって発音されていたことを示しています。浮世小路の東端北側には、落語噺の舞台としても知られる料亭百川 があったとされています。百川は江戸屈指の料理茶屋として繁盛し、幕末にペリー 艦隊が来航した時には、乗組員全員にすべて自前で本膳を提供したほどの力がある料亭でした。小路にあった福徳神社 は小さいながら、遠い平安時代前期からこの地に鎮座していたといわれる由緒ある神社です。徳川家康をはじめ歴代将軍から厚く崇敬されましたが遷座や敷地の縮小を繰り返して、今日にいたりました。縁起の良い名前もあって、江戸時代には氏子である瀬戸物町や伊勢町等の商人達から多くの信仰を集め、富くじ興行でも大いに賑わいました。ここ室町をはじめ日本橋地区で働く人々をそれぞれ「福徳神社広場」、「新浮世小路」と名付けました。
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赤い鳥居は 福徳神社です。
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2014年12月13日

貨幣博物館・日本橋

日本銀行です。
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その前に 貨幣博物館があります。
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貨幣博物館   東京都中央区日本橋本石町1丁目3ー1
貨幣博物館は、日本銀行金融研究所内の2階フロアに設置されている博物館です。
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入館口です。
無料です。中に入ると受付があります。
赤いじゅうたんが敷かれた階段を上り 二階が博物館です。
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館内には古代から現在に至るまでの「日本の貨幣史」、世界の貨幣・紙幣を紹介する「さまざまな貨幣」、および「テーマ展示コーナー」があります。
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受付でもらったパンフレットです。
発掘された貨幣や、藩札、軍票、記念硬貨 外国の通貨などが順路毎に約4000点展示されています。
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効率よく廻れます。おじゃべりは禁物。警備員さんに注意されます。
撮影も不可です。
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廻ったあとに ショップに置いてある この前は撮影可です。
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一億円!!重かったです。10kgです。
売店があり ほとんどが自動販売機で買えるようになっています。
この博物館のお土産は とても面白くて 本当にここでしか買えないものばかりです。
貨幣饅頭やせんべい、コインチョコ、お札のタオル、お札のあぶらとり紙、裁断されたお札が入っているボールペン、キーホルダーなどユニークなものばかりです。
東京土産にいいかも!
残念ながら リニューアルのため12月29日から2015年11月頃まで休館します。
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2014年12月12日

三越前〜西河岸橋・日本橋

東京都の木 銀杏も 黄色く色付いて今が 見ごろ。
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日本橋に行きました。
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三越日本橋本店 「東京都選定歴史的建造物」
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シンボルのライオン像 
この像が誕生したのは大正3年(1914) 100歳です!!
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向かって左
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向かって右
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通称 日銀通りにかかる西河岸橋
日本橋から一石橋までの日本橋川右岸地域が西河岸町という地名であった事から「西河岸橋」と名づけられました。
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初代は明治24年に架設 
大正14年に現在の橋に架け替え
平成平成2年に修復
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橋の上から見る 日本橋川と日本橋。
高速道路に覆われ 風情がない・・・・
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日本橋魚河岸があったのは日本橋川北岸の東寄り。対してその西側、一石橋までの北岸にあったのが裏河岸です。
次 日銀前の 貨幣博物館に行きます。
タグ:文化財 建物
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2014年11月09日

晴海客船ターミナル・中央区晴海

晴海客船ターミナル  東京都中央区晴海5丁目7番1号
晴海客船ターミナル6階は展望台です。
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晴海埠頭公園が見えます。エレベーター塔から展望台への通路から写す。
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展望台は実は こんな感じで視界が良くないので 3階デッキからのほうがよく見えます。
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レインボーブリッジ
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東京タワーも見えます。
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3階送迎デッキ
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にっぽん丸
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エレベーター塔と展望台
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晴海客船ターミナルからみた 中央清掃工場と 勝どきのマンション
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1階広場の赤いモニュメントです。
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1階広場から展望塔を見ています。
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2階ロビーですが ここは出航者専用
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1階エントランスロビー 
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バスターミナル。帰りは晴海埠頭から東京駅丸の内南口行きに乗りました。築地 銀座 有楽町を通ります。
タグ:観光
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2014年11月08日

にっぽん丸・中央区晴海埠頭

11月6日 午前10時に晴海埠頭に にっぽん丸が入港しました。
翌日には出航してしまうので 昨日7日客船を見に行ってきました。
晴海ふ頭客船ターミナルに 人はほとんどいませんでした。
3階送迎デッキから見学できます。
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大きすぎて 全体像は撮れませんでした。
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にっぽん丸
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総トン数22,472トン
全長166.6m
全幅24.00m
旅客定員524人
就航1990年(2010年改装)
船籍日本(東京)
運航会社商船三井客船株式会社
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一度くらい豪華客船のクルージングしてみたいです。
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大きな救命ボートが見えます。
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3階送迎デッキ
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バルコニーに椅子とテーブル。
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上からみると船の上がよく見えます。
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地上に降りても 近づくことはできず金網越しです。
にっぽん丸は7日16時 出航。次の寄港地はブルネイ・ダルサラーム国のブルネイ・ムアラだそうです。
タグ:イベント
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2014年11月03日

佃公園〜リバーシティ21

住吉神社を出て 再び隅田川護岸の佃公園をあるきます。
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佃大橋と聖路加タワー
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対岸の亀島川水門と霊岸島水位観測所(右▽)
3角形のフレームは高さを表わす記号▽をイメージしています。
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住吉水門近くの護岸で扇型のモニュメントのようなものに気が付きました。詳細は不明です。
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隅田川テラスと みどりの風像
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植え込みの中に建つ みどりの風像 を隅田川から撮影しています。
石川島灯台跡もよく見えます。
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中央大橋です。
隅田川はフランスのセーヌ川と友好河川を結んでいます。
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中央区平和都市宣言碑
あかつき公園  浜町公園  佃公園の3か所にあります。(3か所ブログ掲載)
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桜の季節に隅田川船上から見た リバーシティ21  東京都中央区佃2
「1986年に着工、2000年に完成した超高層住宅で、石川島播磨重工業鰍フ工場跡地を中心に、隅田川沿いの堤防・遊歩道、公園・緑地
、学校、住宅を含めて再開発されたものです。」
佃・月島の下町情緒あふれるまち並みとの対比が面白いところです。
TV 映画の撮影によく使われる場所です。有名人も多く住んでいるそうです。
リバーシティ21内の公園で見かけた保育園児らしい集団は 英語で会話する多国籍の子供たちでした。
これで 今回の月島散歩は終了です。
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2014年11月02日

住吉神社境内・中央区佃

住吉神社境内を見ます。
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龍神社 (竜王弁財天)
「境内社の中で一番大きな祠が末社の龍神社である。
御祭神に龍姫大神(たつひめのおおかみ)、於迦美大神(おかみのおおかみ)、竜王弁財天を祀る。」
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佃小橋の元にあった龍王弁財天の祠は 渋釜で煮る網の作業所の近くにあったため、火熱の害を受けやすく天宝9年に龍神社に合祀されました。
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入船稲荷神社
江戸湊の入口で入船と言う。
お稲荷さんは佃の渡船場があった方を向いている。
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船魂神社 文久3年奉祀(1863)
船や航海の安全を守護する神社
玉垣に「佃島漁業協同組合」と銘があります。
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拝殿脇に 赤レンガの古い倉庫のようなものがありました。
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神社に赤レンガは珍しい?昔の神輿庫?
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赤レンガ前にあった ちいさな祠。
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神楽殿。
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拝殿前の狛犬。
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石灯籠と金属製の燈籠。
「燈籠は仏教の伝来と共に渡来したといわれる灯籠は、奈良時代から多く作られ、平安時代になると、神社に灯明を奉納する献灯(けんとう)としても用いられるようになりました。」
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「和らかでかたく 持ちたし人ごころ」五世川柳水谷緑亭(1787〜1858)の句碑
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鰹塚
鰹の慰霊のため 昭和28年5月に東京鰹節類卸商業協同組合によって建立。
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鰹塚の手前に 「写楽終焉ノ地」の碑があります。
「寛政九年七月七日没」
「この人 両足指六本なので 本名庄六となり
それが転じて画号 写楽となる
職業は欄間の彫師後に下駄屋甚兵衛となる」
と書いてあることに驚きました。
写楽といえば 寛政6年(1794年)5月から翌年の寛政7年3月の僅か10ヶ月の間に 145点ほどの錦絵作品を出版したのち、忽然と浮世絵界から消えてしまったという 伝説の浮世絵師です。
その後の 消息も不明だったはずなのですが・・・・
思いもよらなかったものに出会いました。
住吉神社を出ます。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 07:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 中央区