2016年12月29日

両国回向院

回向院は、明暦3年(1657年)の明暦の大火で焼死した10万8千人を第4代将軍徳川家綱の幕命によって葬った万人塚が始まりで、安政大地震をはじめ、水死者や焼死者、刑死者など横死者の無縁仏も埋葬しています。
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かって 境内には数多くの尊像が安置されていましたが、関東大震災等により木彫の諸尊像はことごとく焼失し、石仏、銅仏等の諸尊像のみが残っています。
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 天明元年(1781年)に境内で勧進相撲が興行され、これが今日の大相撲の起源となっています。
昭和11年(1936年)には相撲協会が歴代相撲年寄の慰霊のため為に「力塚の碑」が建立。
力士の墓も多く 相撲取りの姿もよく見かけます。
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塩地蔵
右手に錫杖、左手に宝珠を持たれており、参詣者は願い事が成就すると塩を供えたことから、「塩地蔵」と呼ばれ親しまれてきました。
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回向院の境内には、義賊といわれた鼠小僧次郎吉(俗名・中村次郎吉)の墓があります。
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鼠小僧のお墓は、昔からゲン担ぎで墓石のかけらを持っていると、「賭け事に勝つ」「運がつく」などといわれるようになりました。
そのため 墓の前には削るための石が置かれています。小石や歯ブラシで削り持ち帰ります。
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これは以前写したものです。大勢の人に削られていくのがよくわかります。
何度も置き換えられているようです。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 07:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 墨田区
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