2016年06月30日

川越旧山崎家別邸・内玄関

次は内玄関まわりです。
kwgeymzk2 (1).jpg
数寄屋造りの和室を備えた和館。母屋です。
kwgeymzk2 (2).jpg
左に行くと庭園を見学できます。
kwgeymzk2 (4).jpg
木造モルタル仕上げ洋風屋根葺の洋館は和室棟になじんだ設計になっています。
kwgeymzk2 (5).jpg
緑が和室部分です。
母屋2階は非公開です。
kwgeymzk2 (3).jpg
玄関で靴を脱ぎ中に入ります。
kwgeymzk2 (6).jpg
長い間保存修復工事が行われていて 今年4月公開したばかりです。
これは貰ったパンフレット写真です。
嬉しいことに 内部撮影は可です。
posted by うめのはな at 06:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月29日

川越旧山崎家別邸・玄関部分

順路に従い玄関部分から見ていきます。
kwgeymzk1 (2).jpg
洋館 + 和館 + 土蔵が複合した住宅で 、和洋折衷するデザインです。
kwgeymzk1 (1).jpg
旧山崎家別邸の敷地面積は、約2,300平方メートル、延べ床面積250平方メートルあります。
川越の老舗菓子屋「亀屋」の五代目「山崎嘉七氏」の隠居所として大正14年に建てられました。
kwgeymzk1 (3).jpg
門を入ります。
kwgeymzk1 (4).jpg
木造モルタル仕上げ洋風屋根葺の洋館の玄関
kwgeymzk1 (5).jpg
玄関の脇と二階に見えるステンドグラスはこの建物のシンボルです。
中からじっくり見ることができます。
kwgeymzk1 (7).jpg
外から見た玄関ホール。
玄関の内部にある袖のFIXの青いガラスは、多角形に面取りした、半球形のガラスです。
kwgeymzk1 (6).jpg
以上先には進めませんが 母屋のテラスとベランダです。
posted by うめのはな at 07:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月28日

川越旧山崎家別邸・管理棟

川越旧山崎家別邸公開されているので見に行きました。
ymzknyjo.JPG
入口前に説明板があります。見取り図の部分です。
ymzktict .jpg
管理棟に行きチケットを買います。
ymzk3.JPG
 市指定文化財 パンフレットです。
川越旧山崎家別邸  埼玉県川越市松江町2-7-8
設計:保岡勝也
施工:印藤順造
竣工:大正14(1925)年10月
構造:木造2階建て、蔵は木骨鉄網コンクリート造
ymzk2.JPG
パンフレットです。
「旧山崎家別邸は、川越の老舗菓子屋「亀屋」の五代目である山崎嘉七氏の隠居所として建てられました。山崎家は、信州高井郡下笠原村(現在の長野県中野市)出身の初代嘉七氏が安永元年(1772年)ごろに川越に来て上菓子製造業の亀屋清右衛門のもとで修行し、天明3年(1783年)に「亀屋」の暖簾を許され創業したと伝わっています。
kwgeymzktei (4).jpg
四代目嘉七氏は、明治11年(1878年)第八十五国立銀行の創立に関わり、当時の川越経済界を主導する存在でした。」
平成23年2月に 庭園が国登録記念物(名勝地)に登録されました
「旧山崎家別邸の庭園は、和館、洋館の建築とともに、保岡勝也が設計した茶室を含む和風庭園の事例として価値があると認められ、「造園文化の発展に寄与しているもの」として高く評価されています。」
kwgeymzktei (3).jpg
ステンドグラスが見どころです。
kwgeymzktei (2).jpg
管理棟には旧山崎家別邸で使用したいろいろなものも展示されていました。
昭和のなつかしい道具です。
管理棟を出て 順路に従い見ていきます。
posted by うめのはな at 07:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月27日

川越商工会議所 旧武州銀行川越支店

山崎美術館の少し先に 亀屋山崎茶店の江戸時代の大蔵があります。
ymzktyat.jpg
亀屋山崎茶店は、明治10年(1877)に和菓子の老舗「亀屋」より分家し茶店を営みました。
袖蔵を併立し店舗と住居は、間口6間、奥行8間と規模の大きい蔵造りです。
店舗部分は明治38年(1905)に建築され二階部分は千本格子になっています。
tytou.JPG
煉瓦のアーチ門の奥は 「茶陶苑」になっています。(カフェ ギャラリー)
嘉永3年(1850)建築の大蔵を利用した茶陶苑は 利用者は見学もできるそうで 次回はぜひ立ち寄りたいです。
kwgesykk (1).jpg
川越商工会議所   旧武州銀行川越支店 国指定 有形文化財(建造物)
鉄筋コンクリート造地下1階地上2階建,建築面積566u
茶陶苑のすぐ前 仲町の角にどこかで見たことのあるような 建物があります。
パルテノン神殿を思わせるこの建物は、国指定有形文化財の川越商工会議所です。
東京や横浜でも見かける大正時代にみられる 銀行建築の一つです。
昭和3年(1928年)前田健二郎設計です。
kwgesykk (2).jpg
ドリス様式の柱。
古代ギリシャ建築の柱の様式の一つです。
kwgesykk (4).jpg
全体の意匠はルネッサンス・リバイバル様式。
kwgesykk (3).jpg
バロック風の装飾を付けた特徴的な出入口で 時代の特徴を伝える銀行建築です。
posted by うめのはな at 06:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月26日

亀屋本店山崎家住宅・松崎家住宅

川越にはさつまいもを使ったお菓子がたくさんあります。
天明三年(江戸時代)創業の老舗和菓子店「亀屋」さんは いくつもの支店がありお土産物を買う人でにぎわっています。
kwgekmy (6).jpg
亀屋本店(山崎家住宅) 川越市仲町 1894(明治27)年築
5代目山崎嘉七の時建てられた 重厚で豪華な蔵造り外観です。
人が多くて正面から写せませんでしたが店蔵と袖蔵が並んでいます。
kwgekmy (1).jpg
袖蔵の観音開扉
蔵造り特有の扉の枠回りは4重の段。防火扉です。
kwgekmy (2).jpg
松崎家住宅 川越市仲町6−2 1901(明治34)年築
2代目松崎徳次郎によって建てられました。
明治の入母屋造りで角店で人目をひく蔵造りです。
mtzkyne.JPG
屋根装飾がすごいです。
妻飾りに懸魚 屋根の両端に丸く盛り上がっているカゲ盛り・鬼瓦。
kwgekmy (3).jpg
山崎美術館 川越市仲町4-13
川越藩の御用絵師・橋本雅邦の作品を展示
kwgekmy (5).jpg
亀屋さんの土蔵を利用した美術館で 日本画のほか菓子造りに関する資料、美術工芸品等を季節に合わせて展示しています。
kwgekmy (4).jpg
土蔵の中が展示室だそうです。
入館者にはお茶とお菓子が出るそうで・・・入ればよかった。。。。
posted by うめのはな at 06:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月25日

旧国立八十五銀行本店等・川越

蔵造りの建物が並びます。観光客も多いです。
kwgetisyo (3).jpg
この界隈は 明治・大正時代の洋風建築も多く残っています。
kwgetisyo (2).jpg
埼玉りそな銀行川越支店 埼玉県川越市幸町4-1 国登録有形文化財
大正7年(1918年)に旧国立八十五銀行本店として建てられました。
設計は保岡勝也
時の鐘と共に川越のランドマーク的な存在です。
kwgetisyo (1).jpg
鉄骨鉄筋コンクリート造3階建て塔屋・金庫室付の建物
塔尾の先端までの高さは25.2m
ルネサンス様式を基調とし ゼブラ模様の付け柱やアーチ部分がサラセン風
保岡勝也氏は 川越では、「旧国立八十五銀行本店(現 埼玉りそな銀行川越支店)」「旧山崎家別邸」「川越貯蓄銀行本店(現存せず)」「旧山吉デパート」の4つを建築しています。
kwgetisyo (8).jpg
旧山吉デパート埼玉県川越市仲町6-6
旧山吉デパートは、現在確認されている中で、保岡勝也の最晩年の建築とされています。
近年、復元されました。
鉄筋コンクリート造3階建て、ルネッサンス様式を基調とした外観。
2階正面には4本の柱(イオニア式)が並び、唐草のレリーフがはめ込まれています。
1階のステンドグラスが美しい。
kwgetisyo (9).jpg
田中屋仲町店(旧桜井商店)大正4年(1915)建築。 川越市指定文化財
元は銃砲火薬を取り扱っていた「桜井商店」
kwgetisyo (7).jpg
イオニア式風の2本の柱と歯飾り(デンテル)。横にはまどがなく歯飾り(デンテル)だけが続いているので 看板建築のようです。
kwgetisyo (6).jpg
二軒長屋が並んでいます。
昭和2年とのことですが 時代背景からもモダニズムを感じます。
posted by うめのはな at 07:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月24日

一番街の蔵造りの町並み・川越

蔵造りの街 一番街通りを歩きます。
kwgekrnmt (8).jpg
一番街の蔵造りの町並みは 小江戸川越蔵造りの町並みが一番の見どころ。
kwgekrnmt (4).jpg
たくさんの蔵造りの住宅が並んでいます。
kwgekrnmt (1).jpg
大火に見舞われた江戸時代の江戸で流行った土蔵造りの商家が残っています。
kwgekrnmt (7).jpg
陶舗やまわ(原家住宅)有形文化財
屋根は、大きな鬼瓦にカゲ盛り、背の高い箱棟。2階の観音開扉。
観音開扉の下の目塗台。
屋根には魔よけの神様鍾馗(しょうき)像。
kwgekrnmt (2).jpg
入母屋(いりもや)造りの近長商店
一番街に面した屋根には、布袋尊の像を載せています。
kwgekrnmt (6).jpg
明治28年に建造された小谷野家住宅 屋号「深善」
kwgekrnmt (3) (531x550).jpg
まちかん・町勘(富岡家住宅) 明治30年築
kwgekrnmt (5).jpg
残念ながら 時の鐘は耐震工事中でした。
posted by うめのはな at 06:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月23日

川越蔵造り資料館 店蔵

店蔵に入ります。
kwgekrms (1).jpg
倉庫としての蔵でなく、店舗を蔵造りとした「店蔵」です。店舗を蔵造りにすることで、土蔵とあわせて防火の役割をしています。
重厚な観音開扉です。閉じたときの密閉性を確保しています。
kwgekrms (9).jpg
二階へあがる階段
kwgekrms (2).jpg
店蔵の和室に船箪笥などが展示されていました。
kwgekrms (3).jpg
「川越夜船」と呼ばれる定期貨物船の模型もありました。
kwgekrms (6).jpg
江戸時代、夕刻に新河岸を出て翌日昼ごろに浅草今戸に到着した為「川越夜船」と呼ばれた帆船です。
kwgekrms (7).jpg
川越夜船は高瀬舟で7〜80石積だったようです。
kwgekrms (4).jpg
店舗部分の2階の窓は店蔵が観音開扉、添蔵が鉄格子になっています。
kwgekrms (10).jpg
店蔵1階にある 「穴蔵」 ガラスで保護されています。
kwgekrms (11).jpg
普段は収納用として、火事の時には品物を投げ込む防火施設の役割。
kwgekrms (12).jpg
鬼瓦も数点展示されていました。
蔵造り資料館は 生徒さんの見学者が多かったです。
posted by うめのはな at 08:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月22日

川越蔵造り資料館 住居部分

現存しない住居部分もあります。
残された和室部分です。
kawagoekuras (1).jpg
縁側から 上にあがることができます。手前が8畳和室。奥は中の間(土間部分)
kawagoekuras (2).jpg
ワキ床と床
kawagoekuras (3).jpg
三菱製耐火金庫
kawagoekuras (4).jpg
和室脇の階段から2階へ・・・
kawagoekuras (5).jpg
2階和室
kawagoekuras (6).jpg
2階から蔵のほうを見ています。
kawagoekuras (8).jpg
階段踊り場 丸太を使った天井部分。
kawagoekuras (7).jpg
2階を下りて一度濡れ縁に戻り 靴を履き 店蔵に行きます。
posted by うめのはな at 08:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月21日

川越蔵造り資料館 蔵の中

蔵の中には煙草卸商万文ゆかりの資料などがあります。
kwgekura (7).jpg
江戸時代の火消しの資料や消防ポンプなどもありました。
kwgekura (8).jpg
煙草売りの荷箱車や蔵造りに関する資料の展示もあります。
kwgekura (9).jpg
川越蔵造り家屋の模型
kwgekura (1).jpg
鬼瓦 箱棟模型
最上部に壁のような箱棟がそそり立っています。
箱棟は木製の箱状の芯に、漆喰などを塗り重ねて作られており、屋根を最上部で支える棟木の保護のためにあります。
kwgekura (3).jpg
説明文

kawagkr (1).jpg
一番蔵 文庫蔵
kwgekura (5).jpg
屋敷稲荷
後ろの壁は煉瓦積み
敷地境のレンガ塀、住居棟と一番蔵の間、二番蔵と三番蔵の間というように、随所に煉瓦積みがあります。
レンガ塀はフランス積、建物の間はイギリス積が採用されています。
防火建築として 市内の各所に煉瓦積みが見られます。
posted by うめのはな at 07:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月20日

川越蔵造り資料館

蔵造りの町並みは両側に立派な蔵造りの家屋が並んでいます。
kawagkr (2).jpg
蔵造り資料館があります。
kuraent.JPG
蔵造り資料館 埼玉県川越市幸町7-9
「蔵造り資料館は、明治26年(1893)の川越大火直後、類焼を免れた数軒の蔵造り建物や東京の日本橋界隈の商家を参考に、当時煙草卸商を営んでいた小山文造(屋号「万文」)が建てたものです。当館では、川越の蔵造り家屋の意匠や構造、敷地内の様子を実見でき、今もなお息づく明治のたたずまいを体感することができます。」
kwgekura (11).jpg
蔵造り資料館に入ります。入館券 100円
kwgekura (10).jpg
まず 靴のまま奥に進みます。
kwgekura (4).jpg
3番蔵 米蔵
kwgekura (2).jpg
2番蔵 煙草蔵
kwgekura (6).jpg
蔵の中には資料が展示されています。
中に入ってみます。
posted by うめのはな at 07:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月19日

大沢家住宅 川越蔵造りの町並み

札の辻から蔵造りの町並みへ入り歩きます。
kwgeosaw (1).jpg
川越元町郵便局も街並みにふさわしい建物です。
kwgeosaw (2).jpg
観光客が多いので歩道は広いです。車の通りも多いです。
kwgeosaw (4).jpg
大沢家住宅 国指定の重要文化財 埼玉県川越市元町1-15-2
木造、蔵造り、切妻造平入、桟瓦葺
建築年寛政4年(1792年)
kwgeosaw (9).JPG
大沢家住宅は、築200年の蔵造り建築。多くの蔵造り建築が立ち並ぶ一番街で、最も古い蔵造りの建物とされています。1階は民芸店で、2階は見学可能(有料)
kwgeosaw (3).jpg
「桟瓦葺、切妻造、二階建、間口六間、奥行四間半の店蔵造り。
一階は店舗で二階前面には土格子があり、外観は全体的に簡素であって荘重な感がある。
 この建物は、川越城下町の中心部である札の辻の傍らにあって、呉服太物の豪商近江屋半右衛門が寛政四年(1792)に店舗として建てたものである。防火を目的とする土蔵造りの故にその後数度の大火にも類焼を免れた。関東地方の町屋の蔵造り、商家の古い例として、
もっとも重要な建造物である。
 なお、平成元年より平成四年にわたり、大規模な修理が行われ、寛政四年当時の姿に復元された。案内板より」
kwgeosaw (10).JPG
瓦に ヤマサの文字。
現在の屋号から「小松屋」とも呼ばれているそうですが なぜヤマサなんでしょうか・・・
kwgeosaw (5).jpg
角を曲がると 稲荷小路。飲食店があります。
kwgeosaw (6).jpg
元の通りに戻ると 川越まつり会館です。埼玉県川越市元町2-1-10
川越まつり会館は、国指定無形民族文化財「川越まつり」の雰囲気や資料を知ることが出来る資料館です。
kwgeosaw (7).jpg
小江戸横丁
小江戸横丁は、食べ歩けるような食べ物から、食事処、休憩所 雑貨などの店舗が8軒あります。
kwgeosaw (8).jpg
門前横丁は「菓子屋横丁」に通じる石畳みの小路で、その先にいくつかお寺がある為、門前横丁と言われているそうです。
posted by うめのはな at 07:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月18日

旧本町 旧湯宮釣具店

再び 川越です。
昼前になり食事ができるところを探して 川越市役所前まで来ました。
kwgwsb (6).JPG
歩いた順路
kwgwsb (5).jpg
市役所前の交差点に 旧本町の石碑がありました。
「旧本町(ホンマチ)    現 元町一丁目
  本町は川越城の西大手の本通りである。古くは本宿といった所で、江戸時代から本町と呼んだ。ここは明治の頃に米穀商品取引所があった跡なので米商とも呼ばれていた。本町の四ツ辻は昔、高札場があった所なので札の辻と言って、道路元標の基点とされていた。
 この本町を中心に昔は市店が立って繁昌した。」碑文より
kwgwsb (4).jpg
目の前には 神田などでよく見かけた 看板建築の建物が・・・
手打ちそば百丈(旧湯宮釣具店) 横には つり具の文字があります。
「木造3階建ての外観は、アールデコの趣を感じさせる銅板貼りです。各階毎に意匠を変えるなど多彩なデザインを巧みにまとめています。いわゆる看板建築の代表作と言える建築です。」
kwgwsb (3).jpg
都市景観重要建築物: 手打ちそば百丈(旧湯宮釣具店) 
手打ちそば百丈、旧湯宮釣具店 国登録有形文化財
 竣工:昭和5(1930)年
 構造:木造銅版貼り3階建て
 所在地:埼玉県川越市元町1-9
看板建築は、大正12年の関東大震災後に防火対策として木造家屋の外壁に銅版やモルタルやタイルなどを張ったり塗ったりする建築群で東京下町を中心に数多くありました。
kwgwsb (1).jpg
 せっかくですから ここで蕎麦定食を食べました。
会津の蕎麦粉10割そばです。
kawagoebus.JPG
食事をすませ 歩いていくと とあるお店の前にバスが止まっていました。
どうやら 貸し切りのバスで食事中らしいです。
posted by うめのはな at 06:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月17日

旧中川河川敷のアジサイ

割り込み記事です
江東区 旧中川河川敷のアジサイです。
nkgwajsi (2).jpg
2013年3月にふれあい橋北側に「アジサイ遊歩道」が整備されました。
nkgwajsi (1).jpg
ふれあい橋
nkgwajsi (6).jpg
当初1350株でしたが現在はおよそ2000株だそうです。
nkgwajsi (5).jpg
ふれあい橋西詰河畔(江東区亀戸9丁目)旧中川水辺公園アジサイ祭り2016
江東運河一周ナイトクルーズやカヌーの乗船体験も行われました。
nkgwajsi (3).jpg
東京スカイツリーも見えます。
nkgwajsi (4).jpg
ちょっと変わった色のアジサイ。
nkgwajsi (7).jpg
アジサイとスカイツリーの遊歩道をのんびり歩くのもいいものです。
今月中はまだアジサイも楽しめそうです。
タグ:
posted by うめのはな at 06:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 江東区

2016年06月16日

本丸御殿前〜 川越城中ノ門堀跡

本丸御殿前は初雁公園 、初雁公園野球場、市民プール、三芳野神社などがあります。
kwgehku (1).jpg
初雁武徳殿の石
川越城址(初雁武徳殿)は 明治四年(1871)築城以来 414年続いた川越城は、新政府の廃城令に伴い次第に解体され堀も埋められました。
建物は 明治維新後、中学校となり、その後、川越県庁舎、入間郡公会所を経て昭和初期には初雁武徳殿となりました。武徳殿とは武道場のことです。昭和四十二年に解体復元されたのが「川越城本丸御殿」
kwgehku (2).JPG
道路中央に 川越城本丸門跡の石碑
kwgehku (4).jpg
川越市立博物館 埼玉県川越市郭町2-30-1
kwgehku (6).jpg
川越市立博物館は、埼玉県川越市の川越城二の丸跡に建設されました。
kwgehku (5).jpg
川越市立美術館 埼玉県川越市郭町2-30-1
博物館と同じ敷地です。
kwgehku (7).jpg
川越市役所のほうに歩いていくと 川越城中ノ門堀跡があります。
hr.JPG
中ノ門堀は、2種類の防衛戦略の役割を担っています。
中ノ門堀跡は長さ18mです。
nkmn .jpg
説明板です。
posted by うめのはな at 07:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月15日

川越本丸御殿 家老詰所

移築復元された 家老詰所に行きます。
hnmrkru (1).jpg
当時の家老詰所は現在の位置よりも西にあり、他の建物からは独立して土塀に囲まれていました。
hnmrkru (10).jpg
パンフレットより
家老詰所
1872年(明治5)に民間に払い下げられたものを、1988年(昭和63)に移築復元した。
hnmrkru (2).jpg
間取り図
「建坪は54坪・木造平屋で寄棟造り、桟瓦葺の屋根で外観は質素である。室内は、正面に床の間・床脇を備えた10畳を奥とし、8畳・8畳の3室を中心に構成されている。
 川越城主松平大和守斉典の時代の建造物である。」
hnmrkru (4).jpg
家老用部屋
「光西寺に残されている絵図には「御老中」と書かれている部屋。10畳敷で、床の間と床脇を備えている。
床の間を背にした3体の人形を使って、家老たちが藩政を論じる場面を再現している。」
hnmrkru (3).jpg
畳廊下
hnmrkru (6).jpg
家老詰所入側の庭に面した縁側
hnmrkru (8).jpg
大廊下の先は 中ノ口。
hnmrkru (9).jpg
槍の間
隣が大広間で 1周しました。本丸御殿を出ます。
posted by うめのはな at 06:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月14日

川越本丸御殿内部

玄関を入ってすぐに大広間があります。
kwgehnmrnaka (10).jpg
本丸御殿大広間
36畳の広さがあり、本丸御殿で2番目に大きい部屋でした。
来客が藩主に謁見するまでの間、ここに待機していた部屋です。
杉戸絵や展示物がありました。
kwgehnmrnaka (12).jpg
間取り図
順路に沿ってみていきます。
kwgehnmrnaka (1).jpg
「使番詰所」
使番とは伝令や使者のこと
kwgehnmrnaka (2).jpg
使番詰所、番祓老体詰所、物頭詰所と部屋が続きます。物頭とは、足軽大将のこと。
kwgehnmrnaka (5).jpg
各部屋の前の廊下は、場所によって3種類の木が使われています。公的空間と私的空間を区別するためだとか・・・
突き当たりを右に折れると明治棟になります。
hnmrmiji.jpg
第1展示室。保存修理工事に関する様々な展示があります。
この建物は明治初期に建てられ大書院などの本丸御殿の部材の一部が天井裏に転用されているそうです。
kwgehnmrnaka (3).jpg
手入れされた庭が見えます。
kwgehnmrnaka (8).jpg
渡り廊下を戻ると ここから先は 家老詰所になります。
kwgehnmrnaka (7).JPG
説明板
kwgehnmrnaka (6).jpg
庭に埋め込まれた瓦は大廊下の柱の位置をしめしています。
posted by うめのはな at 06:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月13日

川越城本丸御殿

成田山川越別院の交差点から歩くこと 約10分。
本丸御殿に着きました。
kwgehnmrg (1).jpg
川越城本丸御殿 埼玉県川越市郭町2-13-1
本丸御殿の建物は、江戸時代(嘉永元年/1848)に川越城の本丸に建てられました。
kwgehnmrg (7).jpg
「江戸図屏風」(国立歴史民俗博物館蔵)に描かれた「川越城
川越藩は十七万石で 本丸御殿は建物の数16棟、1025坪(3388平方m)の建物面積を誇るものでした。
kwgehnmrg (4).jpg
現在の川越市の航空写真と 当時の川越城を重ねたものです。
kwgehnmrg (6).jpg
現存する建物は 赤線のものだけです。
明治以降、建物の移築・解体が行われ、現在では、本丸御殿の玄関部分と大広間・家老詰所を残すのみ。
kwgehnmrg (2).jpg
本丸御殿玄関 巨大な唐破風を備えた堂々たる玄関
現在は玄関・広間部分と移築復元された家老詰所を残すのみですが、日本国内でも御殿建築が現存する例は極めて少なく貴重なものです。
kwgehnmrg (5).jpg
櫛形塀
御殿玄関の両脇に配された塀。屋根は瓦葺、櫛形の窓には格子がはめ込まれている。
kwgehnmrg (3).jpg
中ノ口
正面玄関に比べて間口2間半の一回り小さな規模の玄関
kwgehnmrg (8).jpg
入館券100円
この日は各地から 校外学習の生徒さんがたくさん来ていました。
posted by うめのはな at 07:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月12日

成田山川越別院

喜多院 仙波東照宮を拝観して 境内を出ます。
目の前に 小さめの時の鐘が・・・
kwgentr (1).jpg
蕎麦屋さんでした。
kwge5tk.JPG
実物の時の鐘は耐震化工事中でシートに覆われています。 
kwgentr (7).jpg
黄色の線を歩き 本丸御殿に向かいました。
kwgentr (2).jpg
成田山川越別院山門 埼玉県川越市久保町9-2
「お不動様」と親しまれる成田山川越別院本行院。
今まで住んだ近くの成田山新勝寺 深川不動尊 そして生まれ育った町にも成田山別院があり縁を感じました。
kwgentr (3).jpg
本堂
この成田山川越別院は新勝寺の最初の別院です。
江戸時代末(嘉永6年/1853)に石川照温上人によって、当時廃寺であった本行院を再興し開創。
kwgentr (4).jpg
高さ4m、重さ約20tの「みまもり不動」
kwgentr (5).jpg
不動明王は、 矜羯羅童子 ( こんがらどうじ ) と 制た迦童子 ( せいたかどうじ )を従えています。
不動三尊像と言います。
kwgentr (6).jpg
こんな交差点で事故がないよう見守ってくれているのでしょうか・・・
本丸御殿まで 15分ほど歩きます。
途中 浮島神社という由緒ある神社がありましたが 立ち寄りませんでした。
posted by うめのはな at 07:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月11日

仙波東照宮 本殿

仙波東照宮に石灯籠がたくさんあります。
snbtsygu (9).jpg
石燈籠
本殿や拝殿の周りに26基あるもので、松平信綱をはじめ歴代の川越城主が寄進したもの。
上野東照宮にも石灯籠が200基ほどありました。
snbtsygu (4).jpg
大きさが7尺(約2.12m)から最後は9尺(約2.73m)へと、少しずつ大型化しています。
snbtsygu (1).jpg
唐門・瑞垣・本殿  【国重要文化財】
1640(寛永17)年築。中央正面の唐門は棟門形式で銅瓦葺。本殿の周囲を取り囲む瑞垣は腰上竪格子で腕木出桁造。
snbtsygu (7).jpg
隙間から写真を撮る人・・・
snbtsygu (5).jpg
東照宮本殿は、三間社流造・銅瓦本葺・極彩色。
snbtsygu (6).jpg
「創建は寛永10年(1633)。その5年後の寛永15年の大火で炎焼失し、寛永17年に再建されています。棟札によれば、願主 家光、奉公 堀田正盛、大工 木原義久、 導師 天海僧正とあります。
本殿に安置されている宮殿(円形厨子)は、高さ2尺5寸(76cm程度)で、中には家康公の木造が祀られています。その姿は、甲冑を着け右手には槍、駿馬に騎っています。この木造は家康の遺骸を、ここ喜多院で法要を上げた喜元和3年(1617)に天海が彫作したものです。
(川越市教育委員会)案内板より」
posted by うめのはな at 07:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月10日

仙波東照宮・川越

喜多院に隣接する仙波東照宮へ向かいます。
仙波東照宮は、喜多院第27世住職天海僧正が徳川初代将軍家康公を祀ったものです。
zisnmn .jpg
仙波東照宮随身門 川越市小仙波町1-21-1
「東照宮 随身門 国指定 重要文化財 建造物
仙波東照宮の境内入口にある随身門は、朱塗八脚門(やつあしもん)・切妻造で、とり葺形銅板葺です。
八脚門とは、三間x三間の門で、門柱四本の前後に各1本づつの控柱をもっている屋根つき門のことです。
以前には後水尾天皇の御染筆なる「東照大権現」の額が挙げられていました。記録によるとこの勅額は寛永10年(1633)12月24日とあるので、東照宮の創始時期を知る一つの資料となっています。現在、勅額は拝殿内部に掛けられています。
案内板(川越市教育委員会)」
tsgtri.JPG
仙波東照宮石鳥居(国指定重要文化財)
「石鳥居は、寛永15年(1638)9月に造営奉公の堀田正盛が奉納したもので、柱に「東照大権現御宝前」「寛永十五年九月十七日堀田正盛加賀守従四位下藤原正盛」の銘文が刻まれている。様式は明神鳥居。
案内板より(川越市教育委員会)」
snbtsgu (10).jpg
長い石段を上ります。
snbtsgu (9).jpg
仙波東照宮の赤い門は開いていました。
snbtsgu (3).jpg
仙波東照宮は、喜多院第27世住職天海僧正が徳川初代将軍家康公を祀ったものです。
日光・久能山と並ぶ日本三大東照宮の1つ。
三葉葵の御紋です。
snbtsgu (2).jpg
仙波東照宮拝殿・弊殿
徳川家康の亡き後、遺骨を久能山から日光に至る道中に川越の喜多院に寄り、天海僧正が4日間法要をあげました。その後天海は高さ五間の丘陵を築きあげて立派な社殿「仙波東照宮」を寛永10年(1633)建立しました。
snbtsgu (7).jpg
漆塗りの極彩色の飾りが鮮やかな弊殿で 立派な彫刻が施されています。
snbtsgu (4).jpg
拝殿前に並ぶ2対の狛犬も江戸城から移設されたものです。
埼玉最古の狛犬とされています。
snbtsgu (8).jpg
東照宮拝殿・弊殿 【国重要文化財】
「1640(寛永17)年築。拝殿は桁行三間(約5.36m)、梁間二間(約3.64m)、屋根は単層の入母屋造で、正面は向拝一間(約1.82m)、銅瓦葺という構造。また、幣殿は桁行二間、梁間一間、一重、後面入母屋造で前面は拝殿に接続し、銅瓦葺。」
元和3年(1617)に建てられた仙波東照宮ですが その後の川越大火で消失してしまい、現在の社殿は寛永17年に完成したものです。
普段は本殿の敷地内へ立ち入ることは出来ませんが この日は扉が開いていて入ることができました。
posted by うめのはな at 06:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月09日

喜多院五百羅漢〜葵庭園

喜多院拝観のチケットを持って 売店の人に見せると五百羅漢の中に入れます。
ktinrkan (1).jpg
これは正面ですが ここからは入れません。売店脇から入ります。
日本三大羅漢」の1つで 五百羅漢は天明2年(1782年)から文政8年(1825年)の半世紀にわたって建立されたもの。
ktinrkan (2).jpg
喜多院の五百羅漢は中央高座の大仏に釈迦如来、両脇侍に獅子に乗った文殊菩薩と象に乗った普腎菩薩、左の高座に阿弥陀如来、右の高座に地蔵菩薩があり、大小の石仏像すべて合わせると538体です。このうち533体が羅漢像です。
ktinrkan (7).jpg
十大弟子 十六羅漢が両脇に並びます。
kitinrkn.jpg
羅漢とは阿羅漢(あらかん)の略称で、仏教の苦しい修行の末に悟りを開いた聖者のこと。
ktinrkan (5).jpg
立像、坐像、臥像、表情ゆたかです。
ktinrkan (6).jpg
人間味あふれる像ばかりで 自分に似ている像を探すのも楽しみの一つです。
五百羅漢を出て 仙波東照宮に向かいます。
ktinrkan (3).jpg
途中にある赤い橋。
このあたりは葵庭園と言います。
池にはホタルが生息しており、この池で産卵するそうです。
川越葵ライオンズクラブが毎年6月末、ホタル鑑賞会「ホタル祭り」を実施しています。
ktinrkan (4).jpg
赤い橋の奥には、 弁財天 厳島神社 が祀られています。
弁財天厳島神社を囲むように池があります。
posted by うめのはな at 06:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月08日

紅葉山庭園 「曲水の庭」・喜多院

喜多院客殿前には江戸城紅葉山(もみじやま)を模して造られた「紅葉山庭園」があります。
その名の通り 秋の紅葉が美しい庭園だそうです。
kawagoeniwa (1).jpg
客殿から眺める紅葉山庭園の3代将軍お手植えの桜(2代目)
kitainwatari.jpg
渡り廊下から見た客殿前の庭園
kawagoeniwa (7).jpg
江戸城紅葉山を模した奥庭を背景に、中村青岳氏作庭により、昭和51年に完成した格調高い庭園が広がっています
niwktin.JPG
説明板
kawagoeniwa (5).jpg
客殿から、石組みの庭が見られます
kawagoeniwa (10).JPG
「曲水の庭」「遠州流東好み枯山水書院式平庭」
kawagoeniwa (2).jpg
書院の奥の庭は枯山水庭園になっています。
中央に水面のように見える箇所がありますが あれは石です。
kawagoeniwa (3).JPG
拡大写真だとはっきり石とわかるのですが 年配の男性は「あれは水!」と頑固に言い張っていました。
kawagoeniwa (8).jpg

kawagoeniwa (4).jpg
手入れの行き届いた 洗練された美しい庭です。
kawagoeniwa (6).jpg
この庭だけを見に もう一度喜多院に来てもいいくらいですが 紅葉時はとても混むそうです。
kawagoeniwa (9).jpg
建物内の撮影は不可ですが 庭はOKです。
posted by うめのはな at 06:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月07日

喜多院客殿・書院

喜多院の見どころは国指定重要文化財である徳川家光誕生の間(客殿)と 春日局化粧の間(書院)です。kawagoektin5 (7).jpg
客殿・書院・庫裡・慈恵堂(本堂)・五百羅漢 拝観コース 拝観料 大人400円
国指定重要文化財 客殿は、書院、庫裏とあわせ江戸城紅葉山(皇居)の別殿を移築したものです。裄行8間、梁間5間の入母屋作りで柿葺(こけらぶき)。
kawagoektin5 (5).jpg
庫裡 拝観受付前の庭です。
kawagoektin5 (1).jpg
拝観受付入口。靴を脱いで中で 拝観料を払います。
建物の入口にあたる部分が庫裡で、奥に書院と客殿があります。
kawagoektin5 (3).jpg
内部は撮影禁止なので 前庭から建物を写しました。
kawagoektin5 (4).jpg
本殿に渡る廊下です。
ruk.JPG
ここからの撮影は可
廊下を歩くと「キュッキュッ」と音がする「鴬張りの廊下」です。
この先は慈恵堂になり撮影不可です。
kawagoektin5 (2).jpg
渡り廊下から見た 慈恵堂です。
kawagoektin5 (6).JPG
貰ったパンフレットの写真です。
「客殿(徳川家光公誕生の間) 国指定重要文化財
12畳半2室、17畳半2室、10畳2室があります。12畳半のうち一室が上段の間で、床と違い棚が設けられています。この上段の間は、この建物が江戸城にあった頃、3代将軍徳川家光公がここで生まれたということから、「徳川家光公誕生の間」と呼ばれています。中央の17畳半の一室には仏間が設けられ、仏事を営めるように設営されています。仏間正面の壁には、豪華な鳳凰と桐の壁画があります。また湯殿と厠(便所)も設けられています」喜多院説明文より
『徳川家光誕生の間』(客殿)は12畳半ある畳の中央には一段高くなった正方形の畳が置かれています。
ふすまや壁面に山水画が描かれており、天井には81枚の花が描かれています。
御簾が少し下りているので 座って上をみあげないと見えません。
座敷には 木馬も置かれていました。
移築された建物ですが この部屋で江が家光を産んだのです。
徳川15代の将軍の中で、正室が生んだ将軍は江が生んだ家光のみです。
斎藤利三の女(むすめ)であったお福(春日局)はかなり 力をもっていたようです。
書院は客殿と直角に、客殿と接続して建てられていて 春日局化粧の間と言われている部屋があります。
書院(春日局化粧の間) 国指定重要文化財
「客殿につながる書院は、裄行6間、梁間5間の寄棟作り、柿葺です。客殿、庫裏と同じく江戸城紅葉山(皇居)の別殿を移築したものです。8畳2室、12畳2室があり、一部に中2階があります。この8畳間の2室には、それぞれの床の間が用意され、片方の部屋には脇床も設けられています。これらの部屋は、この建物が江戸城にあった頃、徳川家光公の乳母として知られる春日局が使用していた部屋で、「春日局化粧の間」と呼ばれています。」喜多院説明文より
実の母の江化粧の間があってもいいのに 乳母の春日局の化粧の間が残されているところを見ると なんだか不思議な感じがします。
次は喜多院の素晴らしい庭を眺めることにします。
posted by うめのはな at 07:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月06日

慈眼堂 ・喜多院

「慈恵堂」の向かって左側、小高い丘があり上には「慈眼堂」が建っています。
kawagoekitain4 (10).JPG
この丘は 慈眼堂古墳です。
慈眼堂古墳は仙波古墳群の一つで 喜多院創建より遡ること200前に作られた前方後円墳でした。
全長45mの前方後円墳とされていますが原型をはっきりとは留めてはいません。
kawagoekitain4 (1).jpg
慈眼堂(重要文化財・江戸時代 正保2年 1645年・単層宝形造・本瓦葺)
kawagoekitain4 (2).jpg
天海僧正(慈眼大師)の入寂(寛永20年 1643年)の三年後、徳川家光の命により御影堂が建てられ天海僧正の木造が安置されました。
kawagoekitain4 (3).jpg
建物の構造は、桁行(正面)3間、梁間(奥行)3間、背面は1間で庇がついています。
kawagoekitain4 (4).jpg
裏手の少し高い場所にある 「歴代住職墓所」
kawagoekitain4 (8).jpg
墓所内には、僧侶の墓塔として使われる無縫塔(丸みをおびた石塔)や石仏が並んでいます。
kawagoekitain4 (7).jpg
中央には「南天慈眼大師」と刻まれた大きな墓碑があります。左右に板碑があります。暦応の古碑は天海僧正墓碑の真後ろで見えません。
kohiktin.JPG
暦応の古碑
暦応の古碑とは、喜多院境内にある「喜多院歴代住職墓所」内にある板石塔婆で、「歴応五□□□卯月十五日」の銘文がある。全面下部には48名の歴代の喜多院住僧と50名の法名が刻まれている。喜多院歴代の住職の名前が載っている資料は暦応の古碑が唯一。
ちなみに、喜多院歴代住職墓所内には入ることはできない。
名称 暦応の古碑
指定 県指定 史跡
kawagoekitain4 (5).JPG
「延文の板碑
喜多院 阿弥陀種子板碑(市指定文化財、南北朝時代中期 延文三年 1358年、緑泥片岩、高さ 276Cm 下幅 69Cm)
上部には阿弥の種子キリークがデザインされています。下部に刻まれているのは、ほとんどが沙弥(修行中の僧)と尼の名前(これらは最も低い僧階)。
また、「一結諸衆/敬白」の刻まれていることから、60名が生前に結衆をつ<り、自ら建てた板碑と思われます。
posted by うめのはな at 07:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月05日

喜多院の本堂 慈恵堂

現在、喜多院の本堂として機能している 慈恵堂です。
kawagoektin3 (1).jpg
慈恵堂(じえどう)(県指定文化財・江戸時代 寛永16年 1639年・裄行(たけゆき)9間、梁間(はりま)6間、入母屋造りで銅版葺)
kawagoektin3 (7).jpg
川越大師・喜多院。
寺伝によれば、平安時代の初め、9世紀半ばに、慈覚大師により創建された勅願所という寺格を誇る古刹です。
慈恵堂は、比叡山延暦寺第18代座主の慈恵大師良源(元三大師)をまつる堂宇です。
kawagoektin3 (3).jpg
慈恵大師(良源)と慈眼大師(天海)を祀った両大師のお堂で、大師堂として 親しまれ潮音殿とも呼ばれています。
kawagoektin3 (2).jpg
慈恵堂と苦ぬき地蔵
喜多院の本堂(慈恵堂)の左側には、鮮やかな赤や黄色の旗に囲まれた「苦ぬき地蔵さん」があります。
願をかけると、世の中の全ての苦しみをとり除き、楽しいことを授けてくれるといわれています。
kawagoektin3 (4).jpg
小江戸川越七福神 第三番「大黒天」
喜多院の本堂(慈恵堂)のむかって右側にあります。
kawagoektin3 (5).jpg
黒塗りに金の小槌をもった大黒天が祀られています。
posted by うめのはな at 06:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月04日

喜多院多宝塔 鐘楼門

喜多院山門を入ると 鮮やかな朱塗りの多宝塔が目に入ります。
kawagoe1ktin2 (11).jpg
喜多院多宝塔(県指定文化財・江戸時代 寛永16年 1639年・本瓦葺 )
「白山権現」と「日枝神社」の間の古墳上に建てられていました。2度の移築をし現在地にあります。
kawagoe1ktin2 (10).jpg
塔は石造基壇上に建ち擬宝珠高欄を付した縁をめぐらす。中央間は桟唐戸、脇間盲連子、中備えは中央間蟇股、脇間間斗束
江戸時代初期の多宝塔の特徴が表れています。
kawagoe1ktin2 (2).jpg
鐘楼門 国指定重要文化財
鮮やかな朱塗りの2階建てで、寛永10年(1633/江戸時代)の建造と伝えられています。
kawagoe1ktin2 (5).jpg
2階建ての階上に梵鐘(ぼんしょう)を吊るすこの鐘楼門は、裄行(たけゆき)3間、梁間(はりま)2間、入母屋造り 本瓦葺
正面は「竜」、背面は「鷹」の彫物で色鮮やかな極彩色仕上げです。
kawagoe1ktin2 (3) .jpg
銅鐘
鐘楼門の鐘は、門の完成とともに鐘がかけられていましたが、川越城主の柳沢吉保によって現在のものに改鋳されたとされています。
kawagoe1ktin2 (6).jpg
見えそうで見えない銅鐘。向かって左。
銅鐘は、鐘楼門とともに重要文化財に指定されています。
kawagoe1ktin2 (13).jpg
喜多院境内図
posted by うめのはな at 07:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月03日

仙波日枝神社古墳 喜多院 山門

バスは途中 中院に立ち寄り 10分ほどで喜多院に着きました。
kwgektin1 (1).jpg
バス停の目の前に 日枝神社。重要文化財とあります。
赤坂の山王日枝神社は、文明10年(1478)に太田道灌が江戸城を築くにあたって、この川越日枝神社を分祀し、後に東京都千代田区永田町に移したものです。
本殿は朱塗りの三間社流造、銅板葺で国の重要文化財に指定されているとのことですが 老朽化のため拝殿は再建されたそうです。
kwgektin1 (2).jpg
日枝神社の境内に墳丘の一部が残されています。
千五百年前古墳 仙波日枝神社古墳
墳形 前方後円墳
規模 不明
年代 6世紀中頃
出土品 勾玉・切子玉・ガラス玉・土師器・埴輪など
元々は、前方後円墳だったこの古墳は、大正13年の県道工事で古墳のほとんどを壊してしまい、現状は前方部分が残るのみとなっています。残念なことです。
この日枝神社古墳、別名を「多宝塔古墳」といい 喜多院境内の朱塗りの多宝塔は「日枝神社」と「白山神社」の間にあったこの「日枝神社古墳」の上に建てられていたそうです。明治45年の道路新設のために移設されました。
kwgektin1 (4).jpg
白山権現
喜多院の山門手前の白山神社。
喜多院と同じ平安時代(天長7年/830)の創健。
慈覚大師円仁(えんにん)が喜多院を創健する際、白山神社を祀ったと伝えられています。
kwgektin1.jpg
喜多院 山門
国の重要文化財に指定されている山門。天海が寛永9年(1632/江戸時代)に建立したもの。
喜多院は、寛永15年(1638/江戸時代)におきた大火により、伽藍のほとんどを焼失しました。奇跡的に焼失を免れた山門は、喜多院で
現存する最古の建造物になっています。
kwgektin1 (7).jpg
山門内側
見上げると 冠木(横木)の上に龍と虎、裏には唐獅子の彫刻があります。
kwgektin1 (6).jpg
喜多院 番所
埼玉県の有形文化財に指定 番所の遺構としては埼玉県内で唯一のもの
天保12年(1841/江戸時代)の喜多院境内図によると、もともと山門より内部(境内)に独立して建っていました。その後、現在の場
所に移動。
kwgektin1 (5).jpg
寺に番所はめずらしいですが 喜多院は江戸幕府のご朱印地(幕府の土地扱い)だったから 警備のためかも。
kwgektin1 (8).jpg
六角太子堂と木遣塚
太子堂 弘化4年に創建され、昭和47年に聖徳太子を祀った六角太子堂として再興したもの。
kwgektin1 (9) .jpg
「武州川越仙波喜多院」
川越大師の別名で知られる喜多院。建物のほとんどが重要文化財に指定され、寺宝にも貴重な美術工芸品を多く有する。広大な境内は池や掘を廻らせた景勝地となっている。
posted by うめのはな at 05:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月02日

特急小江戸号で本川越へ

少し遠出をして 埼玉県川越市に行きました。
koedoex (2).jpg
西武新宿線の特急小江戸号に乗りました。(本川越到着後の写真)
koedoex (1).JPG
高田馬場〜本川越まで約40分です。
koedoex (3).jpg
西武特急NEW RED ARROWです。
あと1分とぎりぎりの 乗車でしたが ホームで指定券を買いました。
ガラガラで空いていました。
koedoex (4).jpg
本川越駅ホームです。
koedoex (5).jpg
本川越駅です。 時の鐘と蔵のまち 「1895年(明治28年)」 に開業した歴史のある駅です
koedoex (6).jpg
駅前 3番からレトロなボンネット仕様のバス 小江戸巡回バスに乗りました。
1日券は500円で乗り降り自由ですが バスの時刻表を見ると本数が少なすぎて効率よく廻れそうもないので 喜多院まで200円で乗りました。マイクロバス仕様ですし ぎゅうぎゅう詰め。混雑シーズンは途中から乗れないこともあるそうです。
kwgwmap.JPG
黄色線が今回 歩いて廻った部分です。
江戸時代に川越城の城下町として繁栄したことによって、”江戸のように栄えた町”として小江戸と呼ばれる様になりました。
江戸 明治 大正の各時代が混在した町です。
本丸御殿周辺: 江戸
蔵造りの町並み: 江戸〜明治
大正浪漫夢通り: 大正
まず 喜多院からじっくり巡ることにしました。
posted by うめのはな at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年06月01日

メディチ家の至宝ルネサンスのジュエリーと名画・東京都庭園美術館

港区白金台の東京都庭園美術館に行きました。
teen512 (4).jpg
ここは いい企画展があるたび訪れているので 美術館については書きませが旧朝香宮邸です。
teen512 (3).jpg
東京都庭園美術館
日伊国交樹立150周年記念
メディチ家の至宝ルネサンスのジュエリーと名画
Gemme e Gioielli dei Medici
2016年4月22日(金)〜7月5日(火)
teen512 (5).jpg
ルネサンス文化発祥の地、フィレンツェで芸術家たちを擁護したメディチ家に伝わるジュエリーや肖像画等、80点ほどが展示されています。
メディチ家は、ルネサンス期のイタリア・フィレンツェにおいて銀行家、政治家として台頭。、後にトスカーナ大公国の君主となった一族。
多数の芸術家を支援し ルネサンスの文化を育てる上で大きな役割を果たしました。
teen512 (2).jpg
チラシ表面の絵は マリア・デ・メディチの肖像
歴代メディチ家当主や妃の肖像画約20点と彼らにまつわるジュエリー約60点が展示。
最盛期にはヨーロッパ随一の財力を誇ったメディチ家ですが やがて衰退していきます。
1737年に最後の子孫が亡くなる際に、ウフィッツ美術館に収蔵していた美術品をすべてフィレンツェ市に寄贈。
貴重な品々が雲散することなく保存されています。
teen512 (1).jpg
第1章:神話の誕生:ロレンツォ・イル・マニフィコ
第2章:トスカーナ大公の芸術:コジモ1世
第3章:マニエリスムの自然と技巧:フランチェスコ1世
第4章:2人のフランス王妃:カテリーナとマリア
第5章:ピッティ宮殿の栄華:フェルディナンド1世からコジモ3世まで
彼らが有していた「カメオ」が見どころの一つ。
宝石ですが 指輪をはじめ とにかく小さいものなので ガラスケースの上からではよく見えません。
カメオのボタンの装飾などとにかく細かい細工です。
拡大鏡でも設置して欲しかった・・・
1階〜2階 そして新館へと展示が続きました。
栄華を誇った メディチ家の財力を語る展示会でした。
タグ:芸術鑑賞
posted by うめのはな at 06:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 港区・品川区