2016年03月31日

幻想美術動物園・練馬区立美術の森緑地

練馬区立美術館の下は練馬区立美術の森緑地です。
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20種類32体のファンタジーなオブジェがあります。
カラフルなきりんさんの向こうにはシンボル的存在の”クマ”。
体を覆うのはタマリュウという常緑の植物。
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3箇所の入り口には、3体のオリジナルキャラクター”ネリビー”がいます。
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この緑地は、”幻想美術動物園”です。
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ゴリラ。
2015年4月、「幻想美術動物園」をコンセプトにリニューアルオープンしました。
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胴体と足は大根、顔とたて髪は植物の幻想生物”ネリマーマ”
芝生の楽しい公園です。
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中村橋駅に向かうと 側道には国内・外の古レールを活用した街路灯が並んでいました。
レール(街灯の支柱)には製造国や製造方法、規格等が記されています。
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これは日本製。
外見は同じようなレールに見えても製造国、製造年、重量など違うのですねぇ〜
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解説版です。
タグ:庭園・公園
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2016年03月30日

国芳イズム―歌川国芳とその系脈・練馬区立美術館

西武池袋線中村橋駅近くにある練馬区立美術館へ行きました。
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公園の角にこんな案内板があります。
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公園の中に入ると 練馬区立美術館入口です。
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階段を上るとこんなオブジェがありました。”うつるもの”。犬は本物!
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チケットです。
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練馬区立美術館   東京都練馬区貫井1-36-16
国芳イズム―歌川国芳とその系脈 武蔵野の洋画家 悳俊彦コレクション
開催日:2016/2/19 (金)〜2016/4/10 (日)
パンフレットは数種あるらしいですが 貰ったのはこれ。
洋画家・悳俊彦が収集した幕末・明治期の浮世絵のコレクションを展示。
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2階が展示室です。
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歌川国芳『流行猫の曲手まり』天保12年頃(1841)ポスター 
いいねぇ〜にゃんともいえないです。
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階段を上ると会場です。
反骨精神や洒脱な感性、奇抜な発想で浮世絵を描いた歌川国芳の代表作100点などが展示
国芳は武者絵と戯画にいちばん本領を発揮していますが 観ていて楽しい親しみのある絵です。
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彼の直弟子、そして彼の作品に影響を受けた後進の絵師たちの作品も展示 。
この展示会は 月岡芳年、河鍋暁斎ら国芳一門の作品、また尾形月耕、山本昇雲、小林永濯らの初公開作品など230点ほどが展示されていて見ごたえがあります。
最後のコーナーには 浮世絵研究家であり、洋画家である悳俊彦氏の風景がもありました。
タグ:芸術鑑賞
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2016年03月29日

檜町公園・東京ミッドタウン

東京ミッドタウンに付属して広い芝生広場があります。
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そして隣接して公園があります。
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檜町公園  港区赤坂九丁目7番9号
以前は遊具の整った公園でしたが2007年、東京ミッドタウンの建設と同時に再整備されました。
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遊具広場にはアート遊具が3つあります。
「SANJIN やまのかみさま」(すべり台)、「FUJIN かぜのかみさま」(ブランコ)、「KAIJIN うみのかみさま」(ジム)です。
さすが都会のど真ん中の公園です。
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港区立檜町公園ゾーンに入ります。
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小竹の景ゾーン
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大きな池を中心にした公園です。
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1.4 ヘクタールの敷地と大きな池、古式ゆかしい回遊式日本庭園になっています。
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近代的ビルと庭園の不思議な景です。
柳の風情が何とも言えず良い。
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東屋に座ってみる景色も乙なもの
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額縁の中の絵の様です。
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江戸時代は長州藩・松平大膳大夫(毛利家)の下屋敷があったところで庭園は「清水園」と呼ばれ、江戸の大名屋敷の中でも名園のひとつとして知られていました。
周りに檜の木が多かったことから毛利家の屋敷は「檜屋敷」とも呼ばれ、後の「檜町」という地名の由来にもなりました。(公園の名もこれに由来)
明治時代になり毛利家の屋敷一帯は国の管轄に移り、第1師団歩兵第1連隊の駐屯地となり 第二次大戦後の一時期に米軍の接収を受け、その後敷地の大部分に防衛庁が設置されました。
ミッドタウンは元防衛庁があった場所です。
また徒歩数分のところに旧乃木邸や 毛利庭園があります。
タグ:庭園・公園
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2016年03月28日

サントリー美術館 「没後100年 宮川香山」・東京ミッドタウン

東京ミッドタウン4F サントリー美術館です。
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サントリー美術館  東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガレリア3階
「没後100年 宮川香山」
2016年2月24日(水)〜4月17日(日)

いわゆる「高浮彫」(たかうきぼり)と呼ばれる装飾的な陶器は 明治政府の政策により主に外国に輸出。
国内にはほとんど残っていませんでした。
香山の作品を約半世紀にわたり 探し求めたのが田邊哲人氏です。
今回は 田邊氏の香山コレクションを中心に150点が並びます。
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パンフレット写真です。
まさに超絶技巧の極みです。
今回 宮川香山の展示会は3度目になります。
世界を驚かせた焼物〜吉兆庵美術館蒐集 真葛香山展〜
神奈川県立歴史博物館眞葛焼
第一展示室で 香山の「高浮彫」をため息つきながら鑑賞し 第二展示室へと階段を降ります。
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ちいさな ホールがあり数点の作品が展示されています。
この場所だけが 撮影可です。
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写真を撮っていたら じろりとにらまれ「写真ダメでしょ!」と非難したおばさんがいました。
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ここはこんな風に許可が出ている場所です。
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高浮彫四窓遊蛙獅子つまみ蓋付壺 宮川香山 明治時代後期(19世紀後期) 田邊哲人コレクション(神奈川県立歴史博物館寄託)
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「高浮彫桜二群鳩大花瓶」 明治時代前期(19世紀後期) 田邊哲人コレクション
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「高浮彫蛙武者合戦花瓶」 宮川香山 明治時代前期(19世紀後期) 田邊哲人コレクション(神奈川県立歴史博物館寄託) 
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「高浮彫桜二群鳩大花瓶」 明治時代前期(19世紀後期) 田邊哲人コレクション
どの作品もデコメの極め付けなのですが リアルな岩や鳥や花動物で 驚きます。
カメラをしまい 次の展示室にいくと がらりと様子がかわります。
制作を陶器から磁器へ転換した作品が並びます。
ここでも技をみがき 陶磁器の美しさ奥深さをさぐるような作品になります。
油彩の調合などの記録も展示されていて 独自の色を生み出していたことがうかがえます。
とにかく 色合いが何とも言えず美しいのです。
いろいろな作品を堪能でき満足しました。
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ショップで根付けを購入しました。
「高浮彫牡丹ニ眠猫覚醒蓋付水指」の猫ちゃんです。
タグ:芸術鑑賞
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2016年03月27日

東京国立近代美術館〜 東京ミッドタウン

千代田さくらまつり開催中ですが まだほとんど咲いていないので混雑する前にと竹橋駅まで出かけました。
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目的は花見ではなく 東京国立近代美術館 千代田区北の丸公園3-1
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10時ちょうど位に着いたのですが 企画展の安田靫彦展のチケット売り場には10人程度が並んでいました。
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今回の目的は MOMAT コレクション 特集「春らんまんの日本画まつり」
川合玉堂《行く春》をはじめ、菱田春草《賢首菩薩》《王昭君》(寄託作品、善寳寺蔵、3月23日から5月15日までの期間限定展示)など重文を一挙公開。
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見たいものは 川合玉堂《行く春》1916年 重要文化財 ただこれのみ。
水面に散る桜を描いた名作でとても大きい屏風の作品です。
日本画コーナーを見てあとはさらりと通過してしまいました。
竹橋駅に戻り東西線 半蔵門線 大江戸線と乗り継いで六本木駅へ向かいました。
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東京ミッドタウンで11時の開店を待ち 昼ご飯。
どの店も開店すぐに入らないと とても混雑します。
今回は 鈴波。
明治4年創業の、守口漬で知られる「大和屋」の漬ける技を生かした魚介味淋粕漬の店です。
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鈴波定食に玉子蒸しを追加。丹波の黒豆や赤だし小鉢の定食です。
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食後の口直し「梅粕酢」が付きます。
「梅粕酢」は、三年熟成された酒粕を原料にし、伝統的な製法で自然の力で長い時間をかけて発酵させ粕酢にするそうです。
なかなかうれしい心遣いで切子のグラスがよかったです。
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2016年03月26日

東京ミッドタウン さくらの様子

3月24日東京ミッドタウンに行きました。港区赤坂9丁目
小雨降る とても寒い日でした。
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ミッドタウンガーデンのさくら通り沿いのさくらはほんのりピンク色になってはいましたが まだつぼみか1分咲きくらい。
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横断歩道横の桜が 頑張って咲いていました。
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来週には満開になってさくら通りもにぎわうことでしょう。
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ミッドタウンガレリアは 花盛り。
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「舞桜」
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「畝(うね)」
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フラワーアート エキシビション開催中 3月18日(金)〜30日(水)
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帰り TBS前を通ったら サカスそばの枝垂れ桜が満開でした。
タグ:イベント
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2016年03月25日

ちひろの庭・ちひろ美術館・東京

二階から庭を見ています。
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小さな庭です。花が好きだった草花が咲く「ちひろの庭」
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庭に出ました。
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1階カフェから庭に出ることができます。
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芝生には像があります。
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仔馬と子供の像
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ちひろ美術館をでて石神井公園ふるさと文化館まで 約30分ほど歩きました。
タグ:芸術鑑賞
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2016年03月24日

ちひろのムーブマン・ちひろ美術館・東京

JR荻窪駅前からバスに乗り上井草駅入り口のバス停で降りました。
要所にある案内板に沿って歩くこと数分で 住宅街の中にあるちひろ美術館に着きました。
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ちひろ美術館・東京  東京都練馬区下石神井4-7-2
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ちひろのムーブマン 2016年3月1日(火)〜5月22日(日)
はしれ、トト <企画展> 開催中。
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ぐるっとパスで入館しました。可愛いチケットです。
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ちひろ美術館は、1977年に世界で最初の絵本美術館として、東京の練馬区下石神井のいわさきちひろの自宅の一画に開館しました。
1995年2月より黒柳徹子が二代目館長に就任。
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エントランスを入ってすぐが カフェになっています。
展示室はそれぞれこじんまりとしていますが 見やすく落ち着いた内装です。
ちひろ愛用のソファが置かれた展示室もありました。
展示室は撮影不可です。
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”ムーブマン”とはフランス語で『動勢』を表す言葉です。
少しもじっとしていない子供を見守る母親の目で 生き生きと描いています。
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生涯子どもをテーマに描き続けた画家です。
赤ちゃんのちいさくて柔らかな身体から 幼児へと成長していく姿が遊びや動きを通して描かれています。
いつも何かで 目にしている親しみのある絵なのですが 改めて原画を見るのもいいものです。
次はちひろの庭を見てみます。
タグ:芸術鑑賞
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2016年03月23日

橋戸稲荷神社境内

橋戸稲荷神社縁起の石碑があります。
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橋戸稲荷神社縁起
 「この社は延長四年(926)に創建された。千住では歴史の古い神社である。初めは千住の渡し場のほとりの小高い丘に小さな社が造られ、土地の開拓農民や荒川の上流から江戸に荷物を運ぶ船頭達の信仰を集めた。
 祭神 倉稲魂命 と稱し、本殿は延徳二年(1490)拝殿は文久二年(1862)に建立された。現在の本殿は土蔵造りで扉を開くと左右に伊豆長八作の雌雄二匹の狐と稲穂の漆喰の彫刻が見られる。」
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手水舎
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境内社1
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境内社2 
傾きが気になります。
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鬼瓦が数個置かれていました。
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狐様もあります。
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水鉢?古井戸?力石?
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千住大橋駅でスカイライナーが時間調整をして止まっていました。
上野行きの各停に乗り帰宅しました。
タグ:神社・寺院
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2016年03月22日

橋戸稲荷神社・伊豆長八作鏝絵

千住大橋のすぐそば ちょうどど石洞美術館の裏手にあたるところに橋戸稲荷神社があります。
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橋戸稲荷神社  足立区千住橋戸町25-1
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ここには 伊豆長八の鏝絵があることで有名です。
《橋戸稲荷神社と伊豆長八の鏝絵
「当社は、昔この地の半農半漁の開拓民が、稲荷の神を勧請し延徳2年(1490)の創建という。
もとは千住河原の景勝地に本殿のみが建立されていたと伝わる。 江戸時代、千住が宿場になると、社の付近に上流の飯能・秩父・川越
方面から物資が陸揚げされ、この辺りは、継場として栄えた。
文禄3年(1594)拝殿の前扉に、当時、鏝絵の名工として名高かった伊豆長八の創作で白虎が彫刻された。伊豆長八の作品よして、数少
ない貴重な遺作である。 平成16年3月 足立区教育委員会」
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拝殿
橋戸稲荷神社は、延長4年(926)の創建とも、延徳2年(1490)の創建とも伝えられます。橋戸稲荷神社本殿は、区内唯一の土蔵づくり本殿として、昭和57年に足立区有形文化財(建造物)に登録されています。
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本殿
現在の本殿は 土蔵造りで扉を開くと左右に伊豆長八作の雌雄ニ匹の狐と稲穂の漆喰の彫刻が見られます。
年に3回、2月3日・5月15日と祭礼のときだけ、本殿の扉が開かれお披露目されるそうです。
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《伊豆長八作鏝絵》
「足立区登録有形文化財となっている本殿は珍しい土蔵造りである。 正面、観音開き左右の扉の内側には伊豆長八により鏝絵が画かれ
ている。絵は夫婦の白狐で、向かって右扉に雄狐・左扉に雌狐が子狐を抱き、背後に稲穂が配されている。子狐を見る母狐の慈愛溢れる
眼差し・優美な白狐の姿態など、名工長八の技量が遺憾なく発揮された名作である。
土蔵造りの本殿も、鏝絵の図柄も、橋戸耕地の稲の豊作を祈願したものと思われ、絶えず水害に苦しんだ農民の願いが込められたものと
考えられる。 この鏝絵の作者長八は文化2年(1805)伊豆松崎に生まれ、文政9年(1826)郷里で左官となり、さらに、天保9年(1830)
江戸の左官源太郎のもとで技術を研いた。その修行の傍ら、狩野派の画法を学び、鏝絵の技法を生み出した。長八の鏝絵は、伊豆はもの
より、関東・東海の各地に見られたというが、震災・戦災で失われてものが多く、現存する作品は貴重である。
平成10年2月 足立区教育委員会」
2015年10月11日ブログ
伊豆の長八―幕末・明治の空前絶後の鏝絵師・吉祥寺美術館
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拝殿前に ガラスケースに入ったレプリカが置かれています。
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レプリカ母狐と子狐 見守る父狐
扉の上部には 稲穂と宝珠が描かれていますが 光ってよく写りませんでした。
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拝殿上の懸魚の二匹の狐も伸びやかです。
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狛犬ではなく狛狐
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こちらものびやかな狐様です。
境内を見ます。
タグ:神社・寺院
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2016年03月21日

千住大橋 奥の細道矢立初めの地 

石洞美術館から千住大橋に行きました。
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千住大橋 隅田川に架かる橋です。足立区千住橋戸町
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千住大橋 奥の細道矢立初めの地 石柱
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松尾芭蕉・曾良の「奥の細道」紀行出発にあたり、初めの一句を 詠んだところ
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奥の細道行程図
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矢立ての初句、『行く春や鳥啼き魚の目は涙』の石碑
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裏側に説明文
元禄2年(1689)3月27日(新5月16日)松尾芭蕉は、門人曾良を伴い江戸深川から船に乗り日光道中初宿千住から奥州、北陸、美濃へと旅立ちました。
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名所江戸百景81 千住の大はし
タグ:史跡・名勝
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2016年03月20日

「なぞなぞ?ことばあそび!!江戸の判じ絵と練馬の地口絵」・石神井公園ふるさと文化館

割り込み記事です。
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石神井公園ふるさと文化館まで行ってきました。
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石神井公園ふるさと文化館 練馬区石神井町5丁目12番16号
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特別展「なぞなぞ?ことばあそび!!江戸の判じ絵と練馬の地口絵」1月30日〜3月21日
これを見に行きました。
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「判じ絵」と「地口絵」
江戸時代から続く、描かれた図柄の組み合わせから答えを導き出すなぞなぞ「判じ絵」
誰もが知っている成句や慣用句などの一部を入れ替えて、その状況を絵で表現することばあそび「地口絵」
このパンフレットも判じ絵になっていて 中を開くと問題の絵が並んでいます。
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絵に誘われて 階段を上ります。2階 企画展示室
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100点程の判じ絵と練馬区内の地口絵師・平田郡司氏の作品が展示されていました。中は撮影不可
江戸のお遊び。なぞなぞですね〜
しかし 珍問・難問が満載でかなり 頭を使います。
江戸時代を通じて庶民の知的娯楽だったようですが 時代や文化的背景を考えないといけなくて 江戸の人との知恵比べはなかなか難しかったです。
ギャラリーで開催中の、区内などで活躍するマンガ家の方々が描いた練馬区にちなんだテーマの「現代版判じ絵」は かなり正解を得ました。
たまには 頭の体操もいいかもね!
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2016年03月19日

スペイン陶器展-煌めきのイスパノ・モレスク・ 石洞美術館

ぐるっとパスで入館しました。
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館内は館内はグレーを基調とした造りで 薄暗いですが工藝品が見やすいように配慮しています。
スロープで1階と2階の展示空間を繋いでいます。
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1階のコーナーはは申年にちなんだ展示物の特集でした。
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スペイン陶器展-煌めきのイスパノ・モレスク-
イスラーム勢力の統治下にあったスペインでは8世紀から約700年の間、南部を中心にヨーロッパとは異なる文化が生まれました。
イスパノ・モレスク陶器は、イスラーム陶器の技法を継承し、スペインで焼造された錫釉陶器です。
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「15世紀末にイスラーム王朝が滅亡した後も、スペインに残った陶工たちを中心に東部の窯場が発展しました。マニセスでは、王家や貴族の紋章を描いた大皿など華やかなラスター彩陶器が製作され、パテルナやテルエルでは、緑、青、茶などの顔料で人物や魚などを自由闊達な筆遣いで描いた陶器が製作されました。」説明文より
感想なのですが 日本文化の緻密な絵に慣れ親しんだものとしては スペイン陶器の絵がどうにもなじめませんでした。
絵がおおざっぱで 稚拙に見えてしまったのです。
もちろん 鳥や動物のデフォルメなのかもしれませんが・・・・・
「マニセスでは、王家や貴族の紋章を描いた大皿など華やかなラスター彩陶器が製作され、パテルナやテルエルでは、緑、青、茶などの顔料で人物や魚などを自由闊達な筆遣いで描いた陶器が製作されました。」と説明があるので そうなのかも・・と思いますが。
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石洞美術館を出ると 小さな前庭に 稲荷神社がありました。
屋敷社なのでしょうね。
千住大橋のほうに向かいます。
タグ:芸術鑑賞
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2016年03月18日

石洞美術館・ 千住大橋駅

京成線に乗り千住大橋駅で下りました。
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ここあたりは初めてなのですが 駅前は開発中なのか工事中でした。
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駅から徒歩数分のところにある石洞美術館に行きました。
石洞美術館は千寿金属工業株式会社本社ビルの敷地内にあります。
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石洞美術館  東京都足立区千住橋戸町23番地
外観は銅板葺き三角屋根に煉瓦タイル貼、平面六角形のユニークな建物です。
千寿金属工業株式会社の社長、会長を歴任した、実業家佐藤千寿が収集したコレクションを基に2006年に設立されました。
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石洞美術館の “石洞” とは、佐藤千寿さんの雅号とのことです。
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世界各地の土器や陶磁器、茶の湯釜、ガンダーラの仏像、漆器、青銅器、玉器などが主な所蔵品です。
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スペイン陶器展-煌めきのイスパノ・モレスク 開催中です。
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ラスター彩陶器を中心に、当館の所蔵するスペインの錫釉陶器約60件を初めて一堂に展示。
開催期間 2016年1月16日(土)〜4月3日(日)
タグ:芸術鑑賞
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2016年03月17日

清澄白河駅深川江戸資料館まめ助

東京現代美術館の最寄り駅は 東京メトロの清澄白河駅です。
A3出口へ行く途中に深川江戸資料館のPR看板が壁にずらりと並んでいます。
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深川江戸資料館 東京都江東区白河1-3-28
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深川江戸資料館は、江戸時代の深川佐賀町の町並みを再現した展示室などがあります。
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江戸の暮らしがよくわかります。
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マスコットの実助(まめすけ)ちゃんが案内してくれます。
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資料館にはこんな和船も展示してあります。
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この看板を見るだけでも楽しいです。
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展示室に入ると 最初に長屋の屋根にいるには猫の実助(まめすけ)が「ニャ〜」と鳴いて出迎えてくれます。
これは2010年に行ったときの写真です。
それから リニューアルしたそうですから 近いうちにもう一度行ってみようかな・・・・
タグ:観光
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2016年03月16日

スタジオ設立30周年記念 ピクサー展2・東京都現代美術館

どのゾーンも混んでいます。
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「トイ・ストーリー」3部作から「バグズ・ライフ」「ミスター・インクレディブル」「ファインディング・ニモ」「レミーのおいしいレストラン」「カーズ」1・2、「モンスターズ・インク」「モンスターズ・ユニバーシティ」「ウォーリー」「カールじいさんの空飛ぶ家」「メリダのおそろしの森」「インサイド・ヘッド」、そして最新作の「アーロと少年」とそれぞれ 見どころのある展示です。
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ピクサーのアーティストたちが生み出した絵画やドローインングを大型スクリーンに投影する映像作品「アートスケープ」はまるで絵画の中に吸い込まれていくようでめまいがする不思議な感覚です。
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会場の中にたくさんのショートフイルムの上映もあります。
どの会場も立ち見までいっぱい!
『トイ・ストーリー』のゾートロープ(回転のぞき絵)などもあって じっくり鑑賞するにはかなりの時間が必要です。
平日だったし 学生さんのような若い人が多かったです。
土日はさぞかし 混むことでしょう。
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1階エントランスロビーにある撮影スポットです。
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「MOTコレクション」展 コレクション・オンゴーイング 常設展示室
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MOTアニュアル2016 キセイノセイキ
今回 常設展示は見ないでそのまま出ました。
タグ:芸術鑑賞
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2016年03月15日

スタジオ設立30周年記念 ピクサー展1・東京都現代美術館

出かけた日バスに乗ったら そのバスが東京都現代美術館敷地内のバス停に止まったので 寄ることにしました。
平日の雨の日でしたが とにかく玄関前からぞろぞろと多くの人が中に入っていくので何かイベントでもあるのだろうか・・・と中に入りました。
失礼な言い方ですが いつも閑散としている広い館内がいつになく混んでいました。
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チケット売り場には行列がありました。「スタジオ設立30周年記念 ピクサー展」開催中。
かなり混んでいるようですが 入場待ちはありませんでした。
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スタジオ設立30周年記念 ピクサー展」2016年3月5日(土)〜 5月29日(日)
東京都現代美術館(企画展示室1F/3F)  東京都江東区三好4-1-1
中に入ると 入口から行列です。
ピクサー展」のイントロダクションからはじまるので じっくり見ていく人が多く列が前に進みません。
イラストや写真がある年表が展示してありスティーブ・ジョブズが ピクサーを立ち上げた人物のひとりだと知りました。
じっくり見ている暇もないので 列をすり抜け前へと進みました。
どの展示も混んでいます。
一日がかりを覚悟で来たほうがいいかもしれません。
とにかく 展示数が500点というのですから 普通に見ても3時間はかかるかと・・・・・
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1階から3階へと7つのゾーンに分かれ 作品ごとにアニメーション制作の裏側をすべて見せます。
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ピクサーに在籍する多くのアーティストやデザイナーたちが創り出したドローイング、カラースクリプト、マケット(キャラクター模型)など、多種多様なアートワークの数々が所狭しと展示されています。
タグ:芸術鑑賞
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2016年03月14日

入谷鬼子母神2

境内には下谷七福神のひとつ福禄寿が祀られています。
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下谷七福神  真源寺福禄寿堂
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日朝上人像(にっちょうしょうにんぞう)
日朝上人は、室町時代の日蓮宗の僧で、身延中興の三師と位置づけられています。
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境内には、ザクロの木陰に正岡子規らの句碑があります。
「漱石来る 舜〔あさがお〕や 君いかめしき 文学士」(子規)
「入谷から出る朝顔の車かな」(子規)
「朝顔も入谷へ三日里帰り」(日東)
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入口塀の鬼瓦
入谷駅に向かいます。
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言問通りと昭和通り(国道4号)が交差する入谷交差点真ん中に二つの碑があります。
左:乾山窯元之碑
琳派の創始者の画家・尾形光琳の弟で作陶が有名な尾形乾山が入谷に窯を開き、その作品は「入谷乾山」と呼ばれました。
右:入谷朝顔発祥之地
嘉永・安政時代に下谷坂本村字入谷に住んでいた植木師の成田屋山崎留次郎が、東の朝顔造りの大関であったと記録が残っています。入谷が朝顔で有名になったのは、明治になってからのことで、土質が朝顔造りに適していたのか、十数件の植木屋が、一軒500〜600坪の土地を有し、軒を連ねて朝顔造りをはじめました。
タグ:神社・寺院
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2016年03月13日

入谷鬼子母神1

笹乃雪から地下鉄入谷駅に向かいます。
昭和通りと言問通りの交差点手前に 真源寺があります。
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入谷鬼子母神 東京都台東区下谷1-12-16
 入谷鬼子母神は、日蓮上人の尊像とともにここ眞源寺内寺に祀られている。眞源寺は、万治2年(1659)日融上人により創建された。
 鬼子母神は、鬼神般闍迦の妻で、インド仏教上の女神のひとりである。性質凶暴で、子どもを奪い取っては食べてしまう悪神であった。釈迦は雉も陣の末子を隠し、子を失う悲しみを実感させ、改心させたという。以後、「小児の神」として児女を守る善神となり、安産・子育の守護神として信仰されるようになった。
 入谷鬼子母神では、子育の善神になったという由来からツノのない鬼の字を使っている。
 また、7月上旬、境内および門前の道路沿いは「朝顔市」で賑わう。入谷名物となったのは明治に入ってからで、十数軒の植木屋が朝
顔を造り鑑賞させたのがはじまりといわれている。当時この地は、入りや田圃といわれ、朝顔や蓮の栽培に適していた。
 大正初期、市街化により朝顔市は途絶えたが、昭和25年(1950)復活。以後、下町情緒豊かな書家の行事として親しまれている。
 平成6年(1994)3月  台東区教育委員会
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ツノのない「おに」の字です。
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入谷鬼子母神(真源寺). 安産・子供の守護神として崇敬を集める鬼子母神をまつる。
毎年7月6日〜8日の3日間、東京の夏の風物詩「朝顔市」が催されます。
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太田屬山人の狂歌「恐れ入りやの鬼子母神」で有名です。
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江戸3大鬼子母神の一つ
雑司ヶ谷鬼子母神堂、中山法華経寺とともに江戸三大鬼子母神として多くの崇敬を集める。
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江戸後期、入谷界隈で朝顔を作っていた十数軒の植木屋が、寺院の敷地内で朝顔を披露したことがその起源と言われている。
朝顔まつりは、入谷鬼子母神を中心として言問通りに120軒の朝顔業者と100軒の露店(縁日)が並び、毎年40万人の人出で賑わいます。
タグ:神社・寺院
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2016年03月12日

ねぎし三平堂〜「笹乃雪」

書道博物館の反対側に 三平堂があるので前を通ってみました。
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ねぎし三平堂 東京都台東区根岸2-10-12
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初代・林家三平の遺した、愛と笑いの功績や所縁ある品々を展示した資料館。
土曜日と水曜日と、日曜日に開堂
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正面入口看板の文字が笑っています。
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三平堂から言問通りに向かう途中の角にある 老舗豆富料理店の「笹乃雪」
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創業元禄4年(1691年) という老舗豆富料理店「根ぎし 笹乃雪(ささのゆき)
東京都台東区根岸2-15-10
根岸の地で晩年を過ごした正岡子規をはじめ、文人や花柳界、政治家など、著名人にも親しまれてきた豆富の味は、当時と変わらぬ製法だそうです。
根岸ゆかりの文人、墨客の書・絵画等が店内に展 示されているらしいので 機会があれば一度 食べてみたいです。
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「叔父の欧羅巴へ赴かるるに笹乃雪を贈り 春惜むや日本の豆富汁」(明治35年)
正岡子規が当店を題にして詠んだ句の句碑
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笹乃雪の井戸水は、数百年かけて武蔵野から到達する水脈を地下80メートルから採水
「当時根岸は別名「呉竹(くれたけ)の里」(豊富な水を必要とする竹も生えるような恵まれた環境だった)とも呼ばれ、水のきれいな場所として知られていました。
屋号の「笹乃雪」とは、当店の豆富をこよなく好まれた宮様が「笹の上に積もりし雪の如き美しさよ」と賞賛されたことから名付けられたといわれています」お店の説明文より
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2016年03月11日

中村不折旧宅(書道博物館)庭園

庭園に出ます。
庭園は撮影可です。
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中村不折の胸像
中村 不折(なかむら ふせつ、1866年8月19日(慶応2年7月10日) - 1943年(昭和18年)6月6日)は明治、大正、昭和期に活躍した日本の洋画家、書家。
夏目漱石『吾輩は猫である』の挿絵画家として知られています。
新宿・中村屋 灘の酒、日本盛、真澄、神州一味噌などの屋号看板や商標ラベルも書いています。
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こじんまりとしたきれいな庭です。
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築山のある枯山水の庭園
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中村不折が建てた明治時代の蔵復元した蔵
平成23年、道路拡張工事により偶然に発見されました。明治時代の大谷石造りの蔵は、数が少なく貴重なものであることから、書道博物館の庭園に復原されました。
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大正4年(1915)に、不折が現在の場所に転居するまでの間、この蔵は、貴重な所蔵品を大切に守り続けました。
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コレクションを手に持ち、お蔵の前に立つ中村不折     お蔵の入口に座り、大切な資料を眺める中村不折
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本館前の蔵(大正時代) 蔵の下のタイルがきれいでした。
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左 平成の記念館   正面 昭和の本館
明治の蔵、大正の蔵、昭和の本館、平成の中村不折記念館が、庭園を囲むような形で配置され 各時代の建造物がそろっています。
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2016年03月10日

中村不折旧宅(書道博物館)

子規庵のお向かいは書道博物館です。
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台東区立書道博物館 台東区根岸2-10-4
中国および日本の書道に関する博物館。
「中村不折により昭和11年に開館された博物館で、不折が収集した中国及び日本の書道に関する古美術品、考古出土品など、約16,000点(重要文化財12点、重要美術品5点を含む)が所蔵されています。また、不折の作品や関係資料を展示する中村不折記念館を併設しています。」
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中村不折宅址として東京都史跡指定をうけています。
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東京都指定史跡
 中村不折旧宅(書道博物館)
「中村不折は、明治・大正・昭和初期の洋画家であり、慶應2年(1866)7月10日江戸八丁堀に生まれた。幼名をニ太郎という。少年年時代を長野で過し明治20年(1887)上京し、浅井忠や小山正太郎ニに師事し、明治美術会に出品するほか、「小日本」新聞の挿絵なども担当していた。明治34年(1901)から4年間フランスに留学し、ラファエル・コランやジャン=ポール・ローランスの教えを受けた。帰国後は、太平洋画会や帝国美術院の会員として展覧会活動を行う一方、太平洋美術学校校長として後進の育成にも力を入れ、多くの逸材を育て美術教育にも貢献した。
 書道界では、書家としての活動の他に書道博物館の創設者としても知られている。昭和11年(1936)11月3日に開館した書道博物館は、中国と日本の書道史研究上重要なコレクションを有する専門博物館で、重要文化財12点、重要美術品5点を含む1万6千点が収蔵されている。昭和20年(1945)4月の空襲で中村邸の居宅と蔵は焼失してしまったが、博物館とその収蔵資料および不折の胸像や石燈籠などは焼失を免れた。不折は大正2年(1913)から亡くなるまえまでの30年間、この根岸の地に住んだ。昭和18年(1943)6月6日78歳で死去、多磨霊園に葬られた。
 平成13年(2001)3月31日設置 東京都教育委員会」
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ちょうど ぐるっとパスの残りがあったので 入館しました。
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書のスケッチ「臨書」の世界
―手習いのあとさき、王羲之から不折まで―
平成28年 2月16日(火) 〜 平成28年 5月29日(日)
書の歴史に名を残した人たちの臨書から創作への過程を学びます。
皇帝をはじめ歴代の能書家たちが学んだ最高のお手本は王羲之の書でした。王羲之が「永和九年暮春の初め」に書いた「蘭亭序」から中国・日本における「蘭亭序」の臨書の姿に迫るものです。
と説明がありましたが どうも書はよくわかりません。
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一通り見てから 本館へと向かいます。
本館では甲骨文や青銅器など漢字の歴史をたどる常設展示です。
中村不折が、独力で蒐集した、中国及び日本の書道史研究上重要なコレクションが展示されていました。
甲骨、青銅器、仏像、墓誌、文房具、碑拓法帖、経巻文書、文人法書など、重要文化財12点、重要美術品5点を含む東洋美術上貴重な文化財がところせましと 置かれています。
収蔵品の大部分には何らかの形で文字が書かれ、または刻まれていることが特色です。
紀元前のものも多くあり在銘の中国の石仏や銅鏡など 保存の良さにも驚きました。
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2016年03月09日

子規庵・庭

玄関から入りましたが出口は庭からです。
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庭から観た8畳間と6畳
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 ”ごてごてと 草花植えし 小庭かな”
 今小園は、余が天地にして、草花は余が唯一の詩料となりぬ。
 小園の記 明治三一年
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子規庵”を残すことに尽力した寒川鼠骨の句碑。
《三段に雲南北す今朝の秋》 寒川鼠骨
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子規没後百年記念の絶筆三句碑
糸瓜咲て痰のつまりし仏かな
痰一斗糸瓜の水も間にあわず
をとゝひのへちまの水も取らざりき
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土蔵(子規文庫)
1927(昭和2)年、子規の遺品や遺墨等を保管するため土蔵(子規文庫)を建設。1945(昭和20)年の空襲によって子規庵は焼失してしまったものの、土蔵は爆撃をまぬがれ、貴重な資料が後世に残されました。
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正岡家使用井戸跡
ここから 通用門が出口になります。
外に出ると鶯谷という場所柄 まわりの風景の俗な世界に がっかりします。
タグ:史跡・名勝
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2016年03月08日

子規庵・台東区根岸

鶯谷駅界隈の路地に入ります。
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子規庵  台東区根岸2-5-11
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子規庵 東京都指定史跡
 「正岡子規(1867〜1902)は俳人・歌人・随筆家。幼名は升(のぼる)。本名は常規(つねのり)、別号を獺祭書屋主人(だっさいしょおくしゅじん)、竹の里人などといった。伊予国藤原新町(現・愛媛県松山市)に生まれ、俳句・短歌の革新を唱え、また写生文を提唱した。
 新聞「日本」及び俳誌「ホトトギス」により活動、子規庵での句会には森鴎外、夏目漱石も訪れ、歌会には伊藤左千夫、長塚節等が参加、歌誌「アララギ」の源流となる。
 著書には、俳論『俳諧大要』『俳人蕪村』、歌論『歌よみに与ふる書』、歌集『竹の里歌』、随筆『墨汁一滴』『病牀六尺』『仰臥漫録』など多い。
 子規はこの場所に明治27年(1894)2月から住み、明治35年(1902)9月19日病のため没す。母八重、妹律は子規没後もここに居住し、其の後は子規の門弟寒川鼠骨が庵を守りつづけた。
 昭和20年(1945)戦災によって平屋造り家屋は焼失したが、昭和25年(1950)鼠骨らにより旧規の通り再建され現在に至っている。
 史跡に指定されている土地の面積は405.6平方メートル。
 平成12年(2000)3月設置 東京都教育委員会」
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子規庵の建物は、旧前田侯の下屋敷の御家人用二軒長屋といわれています。
明治27年子規はこの地に移り、故郷松山より母と妹を呼び寄せ一緒に暮らしました。
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子規庵を病室兼書斎と句会歌会の場として、多くの友人、門弟に支えられながら俳句や短歌の近代化のために力を尽くし、35歳の生涯を閉じました。
没後、母と妹が守り続けたが昭和20年の空襲で焼失。26年に再建され、27年東京都文化史蹟に指定。
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子規が闘病しながら すごした6畳の和室からは 庭のへちまが見えます。
机は膝を立てて 座れるよう切り込みが入っています。
パンフレットは8月・9月の風景。子規に縁の深い糸瓜・鶏頭の様子です。
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室内は撮影禁止ですが 庭に出ることができそこからの撮影は可です。
これがへちま棚から見た病室
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8畳間は客間でここで句会を開いたとか・・・
庭を歩いてみます。
タグ:史跡・名勝
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2016年03月07日

善性寺・東日暮里

羽二重団子本店の目の前にある寺は善性寺。
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善性寺山門と将軍橋  荒川区東日暮里5-41-14
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将軍橋と芋坂
善性寺は日蓮宗の寺院で、長亨元年(1487)の開創と伝える。寛文4年(1664)六代将軍徳川家宣の生母長昌院が葬られて以来、将軍家ゆかりの寺となった。
宝永年間(1704-1711)、家宣の弟の松平清武がここに隠棲し、家宣のお成りがしばしばあったことから、門前の音無川にかけられた橋に将軍橋の名がつけられた。
善性寺の向い、芋坂したには文政2年(1819)に開かれたという藤の木茶屋(今の「羽二重団子」)がある。(荒川区教育委員会)
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本堂
前に二本の桜、後にふたつ高層ビル
善性寺は日蓮宗のお寺で、長亨元年(1487)尊重院日嘉を開山として創建したと伝えられます。寛文4年(1664)六代将軍徳川家宣の生母長昌院が葬られて以来、徳川将軍家ゆかりの寺となりました。根岸古寺めぐり9番札所となっています。
多くの彰義隊士がこの善性寺に逃げ込んだと言われています。
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善性寺不二大黒天
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よく手入れされたきれいな境内です。桜の咲くころはもっときれいかも。。。
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境内脇の隼人稲荷
このあと 尾久橋通りに出て鶯谷方面へ行きます。
タグ:神社・寺院
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2016年03月06日

羽二重団子本店・芋坂

羽二重団子本店を出ます。
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建物はビルですが1階は昔の面影を残した造りです。
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根ぎし芋坂と書かれた外灯
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お店が面している音無川を埋め立てた道と芋坂が交差している角に、「王子街道」の石標があります。
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向かって左側(音無川の下流だった方向)には「根岸みち」とあり、右側には「芋坂みち」とあります。
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芋坂
「 善性寺の門前から谷中墓地へのぼる坂。坂名の由来は未詳。
 明治十五年ころ、日本鉄道会社の東北線(現JR)が通じて分断され、その形状が、失われてしまった。伊藤晴雨が描いた「根岸八景」の「芋坂の晩鐘」は、天王寺の五重塔を望む芋坂の、のどかなたたずまいをよくあらわしている。荒川区教育委員会」
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現在の芋坂です。
慶応4年5月15日、上野の戦争で敗れた彰義隊数百人が日光へ逃げるため、この芋坂を駆け下りました。数名が羽二重団子の店に侵入、刀、槍を縁の下に投げ込み、野良着に変装したそうです。店内にゆかりの品があるのはその理由からです。
JRの高架をはさんで坂下が荒川区、坂上が台東区になります。坂下の部分は、坂らしい傾斜がありません。
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正岡子規の句碑 『芋坂も団子も月のゆかりかな』
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正岡子規、泉鏡花などもよく訪れたそうで、 よく読めませんが店先に両作家の紹介文が掲げられています。
<正岡子規:道灌山より> 『ここに石橋ありて、芋坂団子の店あり。繁昌いつに変はらず。店の中には十人ばかり、腰かけて喰て居り。店の外には、女二人佇みて、団子の出来るのを待つ。根岸にことの鳴らぬ日はありとも、この店に人の待たぬ時はあらじ、戯れに歌をつくる。』 『根岸名物芋坂団子売り切れ申し候の笹の雪』
<泉鏡花:松の葉より>
『「団子が貰いたいね、餡のばかり、」と、根岸の芋坂の団子屋の・・・ 忠略 ・・眞昼間の幕を衝と落とした、舞臺横手のような、つらりと店つきの長い、廣い平屋が名代の團子屋。』
タグ:グルメ
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2016年03月05日

羽二重団子本店内資料等

店内に、歴史的な資料が展示されています。
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入口入って左のスペースに様々な資料が所狭しと展示されています。
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戊辰戦争時の彰義隊士が残した小刀や槍 
お店の歴史を語る帳場格子、帳簿類「懸取帳」「萬売上控簿」。
2階へあがるはしご段や店で使っていた道具類。
そろばん・鏡・蜀台等。戊辰戦争の時分の砲弾(不発弾)。
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「芋坂も団子も月のゆかりかな」子規 
弟子「寒川鼠骨」が書いたもの
久保田万太郎 直筆。「芋坂の団子下げたる賀客かな」
正月の風景の絵
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田山花袋 書 昭和4年 中秋 「羽二重団子」
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お店で使っていたものらしいです。
古銭とともに展示されていました。
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創業当時のお店の絵だと思いますが詳細不明
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創業時のお店の様子 藤の木茶屋
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昭和46年までのお店だそうです。
お店の片隅での展示とはいえ ちょっとした資料館ですね。
タグ:グルメ 建物
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2016年03月04日

羽二重団子本店・日暮里

日暮里駅前です。
西口から谷中のほうには何度か行ったことがあるのですが 今回は東口です。
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太田道灌騎馬像 JR日暮里駅前
太田道灌は、上杉家の家臣で「築城の名人」と讃えられ、江戸城を築城し、江戸に幕府の礎を築いた人です。
この周辺は、道灌ゆかりの地で 今も「道灌山通り」、「道灌山下」という名が残っています。
銅像は鷹狩りの勇姿で、道灌がこの辺でよく鷹狩りをしたそうです。
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東口には繊維関係の問屋さんも多いのですが 今回の目的は「羽二重団子」
駅前から数分歩いたところにあります。
「羽二重団子」本店  東京都荒川区東日暮里5-54-3
文政2年(1819年)創業、約200年前もの歴史を誇る老舗和菓子店。
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「正岡子規」の詩とともに、羽二重団子の歴史が紹介されています。
「文政二年、小店の初代庄五郎が、ここ音無川のほとり芋坂の現在地に「藤の木茶屋」を開業し、街道往来の人々に団子を供しておりました。この団子が、きめ細かく羽二重のようだと賞され、それがそのまま菓名となって、いつしか商号も「羽二重団子」となりました。」
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店内には椅子席と座敷席があり 座敷にはお雛様が飾られていました。
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座敷の掛け軸と大きなどびん。
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創業200年物歴史を物語る資料など。
明治の俳人の正岡子規や、「吾輩は猫である」で有名な夏目漱石も愛した店です。
店頭には 「夏目漱石も食べたお団子!!」というポスターもありました。
文人が愛したため、数々の近代文学の作品に記述があることでも知られています。
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テーブル席は 庭園を眺めることができます。
初代は加賀藩出入りの庭師だったとのことで、その手によって作られた日本庭園だそうです。
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広くはないのですが、築山 滝 池 石塔 お稲荷さまやお狸さま、鳥居、竹林 古井戸など日本庭園の要素がそろっています。
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これが 羽二重団子です。当初の品名は「大だんご」だったとか。
生醤油を塗った焼き団子。一般的な球形ではなく、厚みのある円盤状な大きめの焼き団子。
さらし餡を巻きつけた餡団子。餡団子の餡は、甘さ控えめです。しっとりした餡で口に残らず食べやすいです。
焼き団子は「酒を呑みながらでも食べられる焼き団子」ということで コシがあり歯ごたえのあるしかし 固くはなく弾力があるとても美味しい団子です。
餅米ではなく粳(うるち)米が使われているそうです。
団子を食べながら 庭を眺め お茶を飲みまったりと過ごしました。
タグ:グルメ
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2016年03月03日

ひなまつり

今日は ひなまつりの日です。
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先日 日本橋三越で見つけて 欲しくなり買ったウサギ雛。
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縮緬細工のうさぎ雛。加賀友禅の手作り品だそうです。
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うさぎのお雛様は可愛いです。
タグ:イベント
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2016年03月02日

『三井家のおひなさま』・三井記念美術館

三井記念美術館で開催中の『三井家のおひなさま』に行きました。
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毎年春の訪れとともに開催され、今年で9回目。日本橋の春の風物詩です。
前にも見たことがあるのですが 江戸の豪商 三井家のおひなさまは何度見てもいいものです。
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北三井家十代・高棟夫人の苞子、十一代・高公夫人のe子、高公の一人娘・浅野久子氏、伊皿子三井家九代高長夫人・興子の旧蔵の贅をつくしたひな人形やひな道具が展示されています。
実家の旧富山藩主前田家から伝わった 苞子の旧蔵品のおひなさまや結婚後三井家で新たに作られたものがあります。
また 江戸時代から三井家に伝来したおひなさまなど 、さまざまな時代のものが展示されています。
ひな人形の顔が 時代ごとにかわるのも面白いです。
銀製品の雛道具は細かいものなのですが 緻密に作れれていて工芸品としても貴重なものです。
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特集展示は、三井家の薩摩焼です。
白薩摩の花瓶なども展示。
他に沈壽官作の食器も展示されています。
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ミュージアムショップで売られている 三井家のおひなさま チョコです。
食べるのが惜しいような 包装です。
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コレド宝町1 菜な で昼食。
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国産牛肩ロースの石焼き御膳。焼き湯葉が美味です。
京おばんざいの店ですがモダン和風という感じで ゆったりとした静かな店です。
柔らかなステーキのほかに小鉢に品に野菜サラダがついて なかなか美味しかったです。
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