2016年01月31日

警視庁騎馬隊に出会う・皇居東御苑

 皇居東御苑三の丸尚蔵館前で騎馬隊に出会いました。
kgukb (1).jpg
警視庁騎馬隊は 警視庁の交通部第三方面交通機動隊に所属し、馬に乗って活動するおまわりさんです。
kgukb (2).jpg
人がいてもカメラを向けられても 動じず ゆったりと静かに歩いていきました。
観光客などに慣れさせるため こうして、警戒しながらパトロールをしていることもあるそうです。
kgukb (3).JPG
不定期な活動なので巡り合えるのはとても幸運なことだそうです!
そういえば 何度も東御苑に来ていたけれど 出会えたのは今回が初めてでした。
カッポカッポと 小気味よい音だけが響いていました。
タグ:イベント
posted by うめのはな at 07:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 千代田区

2016年01月30日

大横川河津桜

1月28日に江東区の大横川近くを通ったら 河津桜が咲いていました。
oykkaz (1).jpg
なんでも 1月10日前後には咲いていたそうで驚きました。
ここは早咲きなのですが いつもは2月上旬ころさくのだそうで いくらなんでも1月上旬に咲くなんて・・・
oykkaz (2).jpg
たしかに 今年は暖かくて 東京の1〜6日の日平均気温は7・3〜10・9度だったそうです。
でも それから 雪が降ったりと寒い日もあったので さぞかし河津桜も戸惑っているのでは。。。。
oykkaz (3).jpg
大横川付近の河津桜は全部で約100本。
こちら側が早咲きで そろそろ終わりという頃にもう少し南側の河津桜がきれいに咲きます。
毎年の楽しみのひとつです。
タグ:
posted by うめのはな at 06:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 江東区

2016年01月29日

高幡不動尊 終・五重塔

境内を巡り 五重塔まで戻ってきました。
tkhtgjyo (1).jpg
横側から
一見、木造に見えて実は鉄筋コンクリート造。昭和のモダニズム五重塔です。
tkhtgjyo (2).jpg
正面
tkhtgjyo (3).jpg
満5年の歳月をかけて竣工した五重塔は、塔高39.8m、総高45m、和様、三手先出組、青銅瓦葺、平安初期の様式を模した美しい塔です。
tkhtgjyo (6).jpg
高幡不動尊五重塔地下には千体地蔵堂と無料休憩所があります。
tkhtgjyo (4).jpg
多数の仏像があり、また六不動三尊像などの写真も多数掲示されています。
tkhtgjyo (5).jpg
仏像を拝見しながら無料休憩所でお茶をいただくことができます。
tkhtgjyo (8).jpg
弁天橋
tkhtgjyo (9).jpg
弁天池
tkhtgjyo (10).jpg
弁天堂
弁天池の島に建つ朱塗りの小堂で、福徳弁財天を祀っています。
tkhtgjyo (7).jpg
弁天池入口で高幡不動を訪れる人々を見下ろすように立っている 金剛寺土方歳三胴像
1995年(平成7)11月、土方ゆかりの金剛寺の境内に土方歳三の銅像が建立されました。
土方歳三生家の菩提寺である金剛寺には、歳三の位牌があります。

高幡不動尊をでて 名物高幡饅頭を買って駅に向かいました。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 06:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 小金井市・小平市・日野市

2016年01月28日

高幡不動尊・稲荷社

手水舎です。
tkhtfd4 (1).jpg
これはたぶん境内社のものかと・・・
tkhtfd4 (2).jpg
古そうないかつい顔の狛犬さんがいました。
tkhtfd4 (3).jpg
貫禄ある狛犬さんです。
tkhtfd4 (4).jpg
稲荷社
tkhtfd4 (5).JPG
奉納の白い狐様がいっぱい!
tkhtfd4 (6).jpg
すぐそばには五輪塔
第二次大戦物故者供養の塔だそうです。
tkhtfd4 (7).jpg
弘法大師 修行大師像
少し高いところにおられるので 鉄板が渡してあり 一人ずつしか上がれませんでした。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 06:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 小金井市・小平市・日野市

2016年01月27日

高幡不動尊・聖天堂 大師堂 虚空蔵院

大日堂から鐘楼への階段は急で危険なので通行止めです。
tkhtdis (4).jpg
迂回する道があるというので探しているうち 墓地に入り込みました。
エレベーターがあって上のほうに行けるのですがどうも違うみたいで 通りかかったお坊様に尋ねると 親切に案内してくれました。
tkhtdis (2).jpg
一旦戻り 急な階段の前をとおりすぎると井戸がありこの脇の道を上っていくと行けるということでした。
「四季の道」という山内八十八ヶ所の巡拝路だそうです。
tkhtdis (3).jpg
お鼻井戸
建武二年1335年8月4日夜大嵐のため 不動堂が倒壊した折、不動尊像が落ちて鼻をついた所だと言い伝えられている。
tkhtdis (7).jpg
聖天堂
安永8年(1779)の大火以来230年ぶりに再建されました。
上のほうに見えているのが「鐘楼」
tkhtdis (5).JPG
聖天さまは、密教独特の仏様です。
歓喜天が抱擁する象頭夫婦双身尊形が基本的な尊像
tkhtdis (8).jpg
大師堂
安永8年(1779)の大火以来230年ぶりに再建されました。
山内八十八ヶ所の第八十八番打ち止め霊堂です
tkhtdis (9).jpg
山内八十八ヶ所巡拝路
裏山の不動ヶ丘には88ヶ所に弘法大師像がまつられていて、「山内八十八ヶ所」の巡拝路が整備されています。
tkhtdis (11).jpg
虚空蔵院
虚空蔵菩薩は無限の知恵と慈悲をもった菩薩で、13歳の子供が厄除けと開運をお祈りする十三参りの仏様として尊崇されています。
tkhtdis (10).jpg
「明けの明星」は虚空蔵菩薩の化身・象徴とされる。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 07:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 小金井市・小平市・日野市

2016年01月26日

高幡不動尊・ 大日堂(高幡山 総本堂

高幡不動尊境内の奥まった所にある大日堂です。
tkhtdnt (13).jpg
金剛寺 大日堂(高幡山 総本堂)
大日堂は高幡山の総本堂です。 江戸時代安永八年の大火で焼失し仮本堂でした。
鎌倉時代様式の堂は昭和62年に終わった改修の際、復元されたものです。
tkhtdnt (7).jpg
新堂は鎌倉時代様式で入母屋造り、本瓦葺・内陣総漆仕上で材は尾州檜が使われています。
土方歳三の位牌もここに納められています。堂内には平安時代に造られた大日如来像が安置されています。
tkhtdnt (2).jpg
大玄関は桃山時代様式です。有名な鳴り龍天井や優れた彫刻群、幽玄な内陣荘厳等の鑑賞ができます。
tkhtdnt (3).jpg
玄関前の仏足石
tkhtdnt (4).jpg
水琴窟
キーンといい音がしました。
tkhtdnt (8).jpg
中央の菊紋
tkhtdnt (9).jpg
「鳴り龍」と「八福神」拝観
楊州周延浮世絵展を見るため 中に入りました。
tkhtdnt (1).JPG
参拝料 200円
靴を脱いで上がります。
もちろん 内部は撮影禁止です。
左に広間があり 毎年この時期のみ八福神の襖絵をみることができます。
八福神は、七福神+吉祥天です。とても美しいすばらしい襖絵です。
広間の天井に、黒い龍の絵がありますが、これが「鳴き龍」です。
板敷の部分の中央にたち「広間の真ん中で拍手を打って下さい」の言葉通り手を打つと震えるような音がします。
これが鳴り龍です。
ここは平安時代の「大日如来像」などが安置されているところです。
「手を打つとき 願い事を唱えるといいですよ」といわれました。
ありがたい気持ちになり 畳の部屋で開催中の揚州周延浮世絵展 を見て回りました。
tkht.JPG
揚州周延浮世絵展                   
開催期間平成27年10月21日(水)-28年2月24日(水)
会 場高幡不動尊大日堂
開館時間9:00~16:00
休館日月曜日
幕末から明治時代にかけて活躍した浮世絵、師楊州周延(ようしゅうちかのぶ)は、明治2年、土方歳三と共に回天丸に乗り込み、宮古湾
海戦で官軍と闘っています。
明治維新の絵なども描いていますが 今回は江戸城大奥風俗画。
タブーとされていてあまり描かれることのなかった大奥の様子が描かれていています。
美しい着物や お遊びの様子 豪華な大奥の生活を垣間見ることができます。
江戸時代とは天下泰平 文化豊かな時代だったようです。
回廊をまわると新選組のゆかりのものや 土方歳三の位牌がまつられていたり さりげなく左甚五郎の龍などの彫り物があったりして とても素晴らしいところでした。
寒くなければもっと長居したかったですが いかんせん足が冷たくて耐えられませんでした。
分厚い靴下などがおすすめです。
posted by うめのはな at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 小金井市・小平市・日野市

2016年01月25日

高幡不動尊・山門 知足庵門

境内の奥の方に進むと右側に文永(1271年)の板碑があります。
tkhafd3 (1).jpg
文永の板碑
文永8年(1271)総高2.35m 日野市内最大の板碑です。
市内の果樹園のなかに立っていたのを平成19年に寄贈されたものです。
「板碑は古くから平維盛の墓と伝承されてきましたが、近年の研究で鎌倉時代の比較的早い時期に武蔵の国の高麗地方から南平に移住し、そのご日野市の広い地域に勢力を伸ばした平姓の高麗一族の供養塔とかんがえられています。」
tkhafd3 (3).jpg
山門手前の大観音像
tkhafd3 (2).jpg
山門 (薬医門)
山門の正式名称は知足庵門です。(幕があって見えません。)
tkhafd3 (9).jpg
山門にある山号額は「十善花開処」で海軍元師・伊東祐享による書が掛けられています。
tkhafd3 (8).jpg
山門の板塀には見事な木彫りの彫刻がされ 上段の裏表に人物、下段の裏表に蓮の花が描かれていますがこれも幕で覆われていて見えません。
tkhafd3 (7).jpg
五部権現社 1671年(寛文11)建立。
源頼義勧請の八幡大菩薩を中心に五神が合祀されている五部権現社。
火傷除けのご利益が授かるといわれています。
中にもう一つ 古い社がありますが 幕でよく見えません。
tkhafd3 (6).jpg
金剛時旧五部権現社殿
「金剛寺の境内鎮守として創立されたもので、寺伝によると、源頼義が奥州反乱鎮圧に際し、ここに八幡社を勧請し、のちに稲荷、丹生、高野、清瀧権現を合祀して五部権現と称するようになったと伝えられます。この五部権現社は、現存する棟札により、暦応三年(一三四〇)に創建され、寛文一一年(一六七一)に再建された江戸時代前期の社殿として類例の少ない貴重な文化財です。建物の構造は、一間社流造、銅板葺、向拝付きで、大きさは桁行一・五二m、梁間一・三〇mあります。木部全体に朱の漆が塗られ、彫り物の刻線には墨、さらには向拝蟇股には群青などの鮮やかな彩色が施されています。社殿に安置されていた五基の神牌には、暦応三年(一三四〇)二月二八日造の銘があり、本地仏の垂迹神の名を刻し、国の重要美術品に認定されています。なお、五部権現社殿は奥殿建設工事に伴い、平成八年大日堂前に移築されました。 平成二三年三月 建立 東京都教育委員会」
tkhafd3 (11).jpg
境内には数多くの句碑や歌碑がありますが これは山口誓子の句碑
如来出て掌に受け給ふ枝垂梅
脇には、「山口誓子先生分骨埋瑩之地碑」
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 07:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 小金井市・小平市・日野市

2016年01月24日

高幡不動尊・奥殿(寺宝展)

高幡不動尊にはいろいろな石碑があります。
tkhtokdn (11).jpg
江戸消防第九区記念碑
このそばにあるのが 奥殿です。
不動堂の裏手にあたります。
tkhtokdn (9).jpg
金剛寺奥殿(寺宝展)
高幡不動尊に伝承されている数多くの文化財を保管、展示する堂です。
tkhtokdn (10).jpg
千年ぶりの修復を終えた重要文化財の丈六不動三尊像を中心にたくさんの文化財を収蔵・展示する為の御堂で1階が展示室、2階が収蔵庫になっています。
1100年の歴史を持つ新選組ゆかりの寺で 新選組関係の資料も多く保存されています。
tkhtokdn (1).jpg
左の階段から奥殿の寺宝展を拝観できます。
拝観料奥 殿 : 300円
tkhtokdn (8).jpg
奥殿隣は上杉堂。
ここ高幡不動尊が、上杉憲顕の最後だそうです。
tkhtokdn (2).jpg
室町時代の武将・上杉憲顕の墓です。
tkhtokdn (5).jpg
「上杉憲顕公之墳」 茶湯石
「上杉憲顕は氏憲の子、享徳4年正月(1455年)足利成氏の軍と立川河原に会戦、深手を負い高幡寺に入り自刃した。自然石はその墓標で、俗間信仰に茶湯石(服石)と言い、百か日忌払い供養の伝承がある。(鎌倉大草紙)」
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 06:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 小金井市・小平市・日野市

2016年01月23日

高幡不動尊・不動堂

大香炉の後ろの不動堂は昭和33年に改修されたもので、重要文化財に指定されています。
tkhtfdd  (2).jpg
もとは山上に建立されていましたが、1335年(建武2)の大嵐で倒壊したため、現在の地に移建されました(重要文化財)。
tkhtfdd  (7).JPG
高幡山明王院金剛寺(高幡不動尊)不動堂 日野市高幡733
「高幡のお不動さん」と呼ばれて、親しまれています。
真言宗智山派寺院の金剛寺は、高幡山明王院と号し、高幡不動尊として著名な真言宗智山派の別格本山です。
金剛寺は、平安時代の初期に慈覚大師(円仁)が清和天皇の勅願によって当地を東関鎮護の霊場と定め、山中に不動堂を建立して創建、建武2年(1335)大風により大破したものの儀海上人が中興、徳川家康の関東入国に際して天正19年(1591)寺領30石の御朱印状を拝領したといいます。多摩八十八ヶ所霊場88番、関東三十六不動9番、関東百八地蔵霊場100番、武相不動尊霊場28番、日野七福神の弁財天です。」
tkhtfdd  (3).jpg
金剛寺不動堂
「この不動堂は金剛寺を代表する建物で丈六不動三尊が安置されています。
ただし、この丈六不動三尊は平成12年から14年にかけて行われた1000年ぶりの修復作業の際、不動明王像不在のため、平安後期の様 式を忠実に造立された身代わりの本尊として新たに創られた新丈六不動三尊(新本尊 作:北宗像)です。重要文化財の丈六不動三尊は 現在不動堂裏の奥殿に安置されています。」
tkhtfdd  (8).jpg
不動堂の「鰐口・わにぐち」 重要文化財
しめ縄飾りの後ろになっていて見えませんが・・・
tkhtfdd  (4).jpg
不動堂前の「おびんづる様」
おびんづる様は体の中で痛むところや具合のよくないところをなでると神通力で治癒してくださる"撫で仏様"です。
tkhtfdd  (5).jpg
不動堂右手に宝輪閣(お札所)
tkhtfdd  (1).jpg
護摩修行の受付所があります。
tkhtfdd.jpg
不動堂左手にある五重塔の下の道をさらに奥に進みます。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 08:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 小金井市・小平市・日野市

2016年01月22日

高幡不動尊・仁王門

日野市の高幡不動尊に行きました。
tkhtfdu1 (8).jpg
京王線高幡不動駅から 参道を歩きます
参道は150mほどで短いです。
tkhtfdu1 (1).jpg
川崎街道の信号を渡ると 高幡不動尊仁王門です。
tkhtfdu1 (2).jpg
高幡山明王院金剛寺(高幡不動尊)仁王門
高幡不動の仁王門は国の重要文化財に指定されています。
当初楼門として計画されましたが 途中で変更。上層の主要部を覆うような形で屋根がかけられ、外観は単層でした。
1959年(昭和34)の解体復原修理の際に当初の設計どおりに楼門として復原され、屋根は重層銅板葺造りに変えられました。
tkhtfdu1 (5).jpg
仁王門天井 
寄木造りの立派な金剛力士の一対が左右に安置されています。
tkhtfdu1 (3).jpg
境内図
tkhtfdu1 (7).jpg
大香炉から見た仁王門
tkhtfdu1 (6).jpg
旗かけの松
源頼義が前九年の役(1051〜62年)で奥州征伐に向かう途中、不動尊に戦勝を祈願し、軍旗を立てかけたと伝えられる松(現在2代目)です。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 06:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 小金井市・小平市・日野市

2016年01月21日

武蔵府中熊野神社古墳展示館

武蔵府中熊野神社古墳石室は国史跡武蔵府中熊野神社古墳をわかりやすく紹介する施設です。
kmnotenji (11).jpg
映像などでも紹介しています。
kmnotenji (2).jpg
府中市内の遺跡の写真が床にありました。
kmnotenji (10).jpg
1階ロビーには土器
kmnotenji (3).jpg
2階では墳丘土層標本などを展示しています。
kmnotenji (6).jpg
解説パネル
kmnotenji (5).jpg
石室切石
kmnotenji (9).jpg
調査中の写真など
kmnotenji (8).jpg
出土品 銀象嵌の七曜文が描かれた刀の鞘尻金具やガラス玉の写真
kmnotenji (4).jpg
鞘尻金具のレプリカの展示
左は拡大写真
埋葬品の一つである鞘尻金具という太刀の一部には「七曜紋」という中心に一つの円、その周囲を六つの円で囲む文様があり、この文様は日本最古の銭である「富本銭」にも見られる。
甲州街道沿いにこのような古墳があるのを初めて知りました。
年明け早々 いいものを見たという感じです。
posted by うめのはな at 08:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 府中・国分寺・国立・立川市

2016年01月20日

武蔵府中熊野神社古墳・石室復元展示室

武蔵府中熊野神社古墳展示館です。
kfnyho (6).jpg
1階の 古墳の石室を原寸大で復元した石室復元展示室の内部に入ることができます。
実際の石室は、保存のため埋め戻しをしたので内部の公開はしていません
kfnyho (2).jpg
1階の受付でヘルメットとペンライトを借ります。
kfnyho (1).jpg
入口に頭をぶつけないように かがんで入ります。
入口は狭いです。実物大の石室模型です。
kfnyho (7).JPG
玄室、後室、前室の3つの空間が続きますが 入ってしまえば頭をぶつけるようなことはありません。
kfnyho (4).jpg
玄室は円形です。
kfnyho (3).jpg
天井は十分な高さがあります。
入口からは真っ暗で ペンライトがないと歩けません。
kfnyho (5).jpg
展示館内のパネルです。
「墳丘の表面は、2段目・3段目の全面に石が葺かれ、1段目の外周に切石が並べられています。
墳丘の中心部に、3室から成る複室構造の切石積横穴式石室があり、石室下には掘り込み地業が行われています。石室の切石、表面を滑らかにする細かな仕上加工が施されていました。」
石室で使用された石は多摩川で採れるものを使用していたのだそうですが、現在の多摩川では採石できないため、模型を作る際、山梨県や群馬の鬼怒川などの石を使用したのだそうです。
posted by うめのはな at 06:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 府中・国分寺・国立・立川市

2016年01月19日

府中熊野神社・国史跡 武蔵府中熊野神社古墳

府中市西府駅に近い 甲州街道沿いに府中熊野神社があります。
kmnojnjy (12).jpg
府中熊野神社  府中市西府町2-5-9
国史跡 武蔵府中熊野神社古墳は社殿の背後にあります。
kmnojnjy (11).jpg
鳥居のしめ縄が緑です。
府中熊野神社は、江戸時代初期の創建と伝えられ、(現)本宿町1-35地に鎮座、本宿村の鎮守だったといいます。安永6年(1777)上円下方墳のあった当地に遷座したといいます。
kmnojnjy (1).jpg
拝殿
御祭神 素戔嗚命(すさのおのみこと)
社殿  本殿(柿葺入母屋造) 拝殿(入母屋造)
    「市有形文化財指定」
kmnojnjy (3).jpg
熊野神社本殿・拝殿  府中市指定文化財
有形文化財(建造物)
指定 平成二十年五月三十日
「熊野神社本殿の建築年代は、虹梁絵様や彫刻などの構成が簡素であることなどから十八世紀前半と考えられます。本格的に施工された屋根の柿葺(こけらぶき)も造営当時の状態を良くとどめており、江戸時代中期の府中周辺地域における社殿の形態が良好な状態で保存されています。
また、拝殿の建築年代は、室内の長押(なげし)上の壁に掛けられた木板、虹梁上の中備(なかぞなえ)下の墨書及び虹梁絵様から十九世紀前半と推定されます。特に向拝(こうはい)部分は、十九世紀の華やかな装飾を今にとどめています。
本殿及び拝殿ともに、江戸時代中期から幕末における神社建築の造形をよく現している、市内でも数少ない貴重な建築物です。
平成二十一年八月  府中市教育委員会」
kmnojnjy (5).jpg
境内社 八衢(やちまた)比古神 八衢比女神
kmnojnjy (6).jpg
武蔵府中熊野神社古墳
kmnojnjy (7).jpg
武蔵府中熊野神社古墳の概要
飛鳥時代の上円下方墳
「本古墳は、7世紀の中頃の飛鳥時代に築造された、上が丸く、下が四角い上円下方墳です。古代の中国では、天はドームのような半球形で、大地は四角いものと信じられていました。この考えを「天円地方」といいますが、このような宇宙観や思想を背景として築造されたと考えられています。
埋葬された人物
武蔵府中熊野神社古墳が、全国でも類例の少ない上円下方という墳形の古墳であることや、副葬品の質の高さから、その被葬者(埋葬された人物)はおそらく東国の有力者であったと考えられます。残念ながらその人物名は、当時の文献や記録、古墳出土品に名前を記したものがないためわかりません。」説明板より
kmnojnjy (9).jpg
左側に入口
「墳丘の表面は、2段目・3段目の全面に石が葺かれ、1段目の外周に切石きりいしが並べられていました。墳丘の中心部に、3室から成る複室構造の切石きりいし積横穴式石室づみよこあなしきせきしつがあり、石室下には掘り込み地業ちぎょうが行われています。石室の切石きりいしは、表面を滑らかにする細かな仕上加工が施されていました。」
kmnojnjy (4).jpg
国内最大・最古の上円下方墳で、1段目が約32メートルの方形、2段目が約24メートルの方形、3段目が直径約16メートルの円形を呈する3段築成の古墳。高さは復元高で約6メートル。
副葬品などはほとんどが持ち去られていましたが、鞘尻金具さやじりかなぐ 環金具 刀子とうす 釘ガラス玉 ほかなどが見つかっています。
保存整備工事が竣工し、1350年前の築造時の姿を見ることができます。
明治天皇以降の天皇陵が上円下方墳なのですが造りが 似ているな〜と思いました。
古墳南側に国史跡武蔵府中熊野神社古墳展示館があるのでそちらに行くことにしました。
posted by うめのはな at 06:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 府中・国分寺・国立・立川市

2016年01月18日

谷保天満宮3

境内のあちこちに放し飼いの鶏がいます。
yahot3 (4).jpg
ひとなつこいのか すぐに近寄ってきます。
とてもきれいな羽の鶏たちです。
30年ほど前、例大祭で使う獅子頭の毛(鳥の羽根)が足りなくなり 、色々な鳥を飼い始めたのがきっかけだそうでそのころから鶏が放し飼いにされたそうです。
今では谷保天満宮の名物の1つとなっています。
yahot3 (5).jpg
梅林のほうに行く途中 滝のようなものがありました。
yahot3 (6).jpg
筆塚
yahot3 (7).jpg
梅の開花にはまだ早すぎて数本咲いていただけですが 紅白の花が目立ちました。
yahot3 (8).jpg
紅梅の奥の小さなお社
yahot3 (9).jpg
早咲きの梅なのかしっかり咲いています。
yahoum.jpg
実際はまだまだ・・・
梅を愛した菅原道真を祭る神社。
谷保天満宮には350本の梅があり、時期になると見事な花を咲かせます。
また 合格祈願のひとたちの参拝も多い時期です。
yahot3 (3).jpg
参集殿
一の鳥居脇の駐車場近くにあります。
yahot3 (1).jpg
駐車場の端にある 第六天神社
関東地方(旧武蔵国)を中心としてその周辺に存在する神社
これで 谷保天満宮をでました。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 06:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 府中・国分寺・国立・立川市

2016年01月17日

谷保天満宮2

石段をおりると 二の鳥居をみあげるかたちになります。
yahot2 (8).jpg
「谷保」という地名は 本来「やぼ」と読んだらしいが,鉄道が敷設されたとき 駅名を 「やほ」としたため,地名までが「やほ」と呼ばれるようになったそうです。
“野暮天(やぼてん)”という言葉は「谷保の天神」からきた言葉とされているとか・・・
yahot2 (9).jpg
谷保天満宮の概要
社号天満宮
祭神菅原道真公、菅原道武公
境内社第六天神社、稲荷神社、神明社
yahot2 (1).jpg
座牛
菅原道真公の亡骸を運ぶ途中で座り込み動かなくなった。座牛はこの悲しみを表したものです。
yahot2 (2).jpg
谷保天満宮は交通安全発祥の地
明治41年8月1日 有栖川宮威仁親王は我が国最初の自動車が初めての「遠乗会」で日比谷公園から谷保天満宮まで走行した。
それを記念して、谷保天満宮は「交通安全祈願発祥の神社」と称されています。
yahot2 (3).jpg
撫で牛
境内を先に進むと、右手に撫で牛があります。
参拝者が触るので光っています。
yahot2 (4).jpg
拝殿前には江戸狛犬
yahot2 (5).jpg
両側とも子供がいます。
この他 、参道にも2対の石造狛犬がいます。
また 谷保天満宮の獅子狛犬は中世の木造狛犬像を代表する優品として、2003年に重要文化財指定されました。
現在は宝物館に移されていて 毎日曜日と祝日に公開
所蔵されている獅子・狛犬は、像高各50センチあまり、寄木造、玉眼で鎌倉時代の作
yahot2 (6).jpg
拝殿
創建903年(延喜3年)。
東日本最古の天満宮であり、亀戸天神社・湯島天満宮と合わせて関東三大天神と呼ばれる。
御祭神は菅原道真公。903年(延喜3年)に道真の死を受けて、三男の道武が像を刻み、今の府中市辺りに廟を建てて祀ったのが谷保天満宮の創建とされています。
yahot2 (7).jpg
拝殿の龍 鳳凰の彫刻
木鼻の獅子と獏の彫刻
左側に社務所
拝殿の奥に本殿があります。
弁天池・厳島神社などもありますが そちらへは行きませんでした。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 06:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 府中・国分寺・国立・立川市

2016年01月16日

谷保天満宮1

国立市の谷保天満宮に行きました。
yahot1 (10).jpg
谷保天満宮(やぼてんまんぐう)は甲州街道沿いにあります。
yahot1 (1).jpg
一の鳥居です。
鳥居は、甲州街道に面し立川段丘面に、本殿は段丘面を一段下った青柳段丘面上にあります。
甲州街道はその昔、もっと多摩川寄りの立川段丘下にあったが、多摩川のたびたびの洪水により、段丘上を通るようになったため 現在のようになったということです。
yahot1 (2).jpg
谷保天満宮社叢  東京都国立市谷保5208
都指定文化財・天然記念物 指定日大正13年2月
「谷保天満宮は、国立市の南、多摩川を望む立川段丘の縁にあります。その由来について『武蔵国多磨郡谷保村天満宮略縁記』は、菅原道真の第3子三郎がここに流され、三郎殿を建立したこと、また、はじめ本宿村の南天神島というところに創建され、津戸三郎為守が霊夢を見て現在地に遷したこと等を伝えています。
社叢とは、いわゆる鎮守の森のことです。17世紀のある時期まで甲州街道は、谷保のあたりでは立川段丘の下を通っていましたので、天満宮の本殿・拝殿は、街道に面し、南向きに建てられています。
甲州街道が段丘上を通るようになると、人の流れも変わり、参道は駅や甲州街道側からこの鎮守の森を抜け、本殿に向かうようになりました。
かつては谷保天満宮を取り囲んで、杉を主体とする鬱蒼とした森が広がっていました。現在は、ケヤキ、ムクノキ、エノキなどが優先する林となっていますが、河岸段丘の豊富な湧水が流れ、神社に風格を添えています。東京都教育委員会」
yahot1 (3).jpg
1000年の歴史ある社叢の中を二の鳥居へと向かいます。
yahot1 (9).jpg
二の鳥居
ここから階段を下ります。
鳥居から下って、本殿があるのもめずらしいです。
yahot1 (7).jpg
手水舎
yahot1 (8).jpg
神楽殿
その向こうは梅林
yahot1 (4).jpg
石段手前に 稲荷社
yahot1 (6).jpg
谷保天満宮稲荷社
小さな狐様が守っています。
yahot1 (5).JPG
淡島・蒼守・稲荷稲荷神社と3社の神社が一つになっています。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 07:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 府中・国分寺・国立・立川市

2016年01月15日

横十間川親水公園、仙台堀川親水公園

横十間川親水公園、仙台堀川親水公園にはいろいろなオブジェや彫刻があります。
sndihr (2).jpg
そのひとつが 空の彫刻
kumot.JPG
これは 雲の彫刻
sndihr (4).jpg
彫刻のように動きませんがこれはユリカモメ
sndihr (1).jpg
ゆりかもめ、みやこどり (百合鴎、都鳥) 【かもめ科】
集団性が強く、たくさんで空を舞うと白く光り雲のようで美しい
sndihr (6).jpg
絵になる風景
sndihr (7).jpg
鴨も多いです。
sndihr (5).jpg
都会にもこんなに野鳥がいます。
江東区は親水公園がたくさんあって 緑の多いところです。
遊歩道をでて都会の喧騒の中駅に向かいました。
タグ:庭園・公園
posted by うめのはな at 06:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 江東区

2016年01月14日

江東馬頭観世音〜横十間川親水公園

東京大空襲・戦災資料センターを出て 東陽町のほうに戻る途中に江東馬頭観世音がありました。
yjkn17 (6).jpg
江東馬頭観世音 江東区南砂1-3
南砂、木場、深川、亀戸あたりには、牛馬の運送会社が軒を連ね、多くの厩舎がありました。
馬たちの多くも死にましたが 焼け野原の中、物資運搬を担ったのは生き残った馬でした。
作家、早乙女勝元さんの「あおよ かえってこい」という物語の中にも「ぼく」がともだちと呼んでいた馬の「あお」を偲び 毎年3月10日に江東区の馬頭観音にお参りするという話が出てきます。
yjkn17 (7).jpg
大空襲で、10万人以上の犠牲者が出たといわれ、人々の生活を支えていた千数百頭ともいわれるたくさんのばん馬たちも犠牲になりました。
yjkn17 (8).jpg
千砂橋から横十間川親水公園に下りて 遊歩道を歩きます。
yjkn17 (2).jpg
「横十間川の一部を埋め立てて整備された「横十間川親水公園」は、東京都江東区にある区立の公園です。長さがなんと1,970メートルに及ぶ細長い公園である」
yjkn17 (1).jpg
仙台堀川親水公園と交差するほうに歩きます。
yjkn17 (5).jpg
ボート乗り場や水上アスレチック また和船の乗船場もあり 野鳥が多くとてもいい公園です。
yjken.JPG
川の真ん中に浮かぶ灯火
夜になると明かりが灯って水面に映り、幻想的な雰囲気になるそうです。
このあたりを和船が行きかいます。
yjkn17 (4).jpg
耳  カンヌ第五
私の耳は貝の殻
海の響をなつかしむ
コクトー
堀口大学訳
海の響(説明板より)
「ここは、かつて海辺であった。この作品の上部アーチは、過去と未来を象徴的にあらわしており、コクトーの詩の一節を用いることで、海の響を永久にとどめようとするものである。」
タグ:庭園・公園
posted by うめのはな at 06:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 江東区

2016年01月13日

東京大空襲・戦災資料センター玄関前

東京大空襲・戦災資料センターの入口付近にはいろいろなものが置かれています。
snsi2 (2).jpg
「気温3.4度風速7.9〜12.7m」。1945年3月10日は大変寒く、風の強い日でした。東京の下町を標的にした米軍の無差別爆撃は10万人の市民のいのちを奪いました。
snsi2 (3).jpg
昔はどこにでもあった 防火用水。
バケツリレーの消火もできないほど激しい火だったようです。
snsi2 (4).jpg
関東大震災 東京大空襲と耐えた庭石だそうです。
snsi2 (5).jpg
江東区の主婦たちが建立した母子像「戦火の下で」
抱きしめた幼い命の無 事をひたすら願う母の姿
snsi2 (8).jpg
原爆や空襲体験を学んだ東京の中高生が募金を募って作った「世界の子供の平和像」
snsi2 (13).jpg
世界の子どもの平和像
平和を育む
目をそむけません
 過去の苦しさ いまの世界から

決意します
 核兵器も戦争もない二十一世紀をつくることを

走りつづけます
 世界の平和を願う歴史のリレーランナーとして
  未来へ
snsi2 (6).jpg
平和地蔵
「平和地蔵の建立者、石居幸蔵さんは亀戸3丁目で鉄工所を経営していたが、戦争末期に工場疎開で自宅とともに江戸川区に移転した。3月10日の空襲の後、亀戸の工場跡地近くに友人の安否を尋ねにいって、母と子などの夥しい焼死体を見た。これらの霊を慰めるため、子どもが地蔵尊にしがみついている平和地蔵を、1954年(昭和29)3月10日、自宅に建てた。
それ以来3代にわたって、2007年2月まで供養され、東京大空襲・資料センターに寄贈された。」
snsi2 (10).jpg
稲荷大明神。
東京大空襲・戦災資料センター入口横に鎮座。
posted by うめのはな at 07:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 江東区

2016年01月12日

東京大空襲・戦災資料センター

新宿の平和祈念展示資料館を見て 戦争中の3つの労苦に胸を痛め 東京慰霊堂で関東大震災の被害の酷さを見ました。
残念ながら政府は 東京大空襲の惨事を資料センターとしては記録には残していません。
しかし東京大空襲の惨状について民立・民営の資料センターがあるというので行ってきました。
sensa1 (6).jpg
このセンターはどの駅からも遠いのです。
都駅秋26という秋葉原〜葛西駅のバス停からは徒歩2分ですがバスの便があまりよくないので 東西線東陽町駅から20分ほど歩きました。都営住吉駅からも20分ほどです。
sensa1 (1).jpg
東京大空襲・戦災資料センター 東京都江東区北砂1丁目5ー4
(館長・早乙女勝元氏)
開館時間:12時〜午後4時まで
休館日:月曜日・火曜日・年末年始
sensa1 (2).jpg
戦禍のもっとも大きかった江東区北砂に4000名を超える人々の募金により後世に戦争の悲惨さを伝える為に民間が建立しました。
米軍B29の激しい焼夷弾攻撃に遭い、多くの犠牲者が川面をおおったそうです。
sensa1 (5).jpg
?死者は10万人と日本での空襲被害が最も多かったにもかかわらず 政府が東京大空襲の記録を残すことに積極的ではないため 被災に遭遇した本人や家族の方々が主に市民が私費を出し合い作ったセンターです。
sensa1 (4).jpg
土地は有志の方が無料で提供してもらい寄付金で建物を建てたそうです。
sensa1 (3).jpg
門の裏側には協力者の名まえがびっしり・・・
提供された 現実の膨大な資料や実弾を目にすることで、戦争の悲惨さを後世に語り継ぐことができます。
sensai0 (1).jpg
協力金という名目で大人300円を払い 入館します。
2階では VTRがながれ 被災者の証言に基づいてできた「東京大空襲被災地図」がかかっています。
「東京下町空襲被災失地図」「東京都区部空襲被災地図」「多摩空襲被災地図」もあります。
これらには米軍の爆撃照準点が書き込まれています。
米軍の資料から作成されたものですが、民間人の密集していた地域への無差別爆撃が計画され、そのために多くの市民が殺傷されました。大虐殺以外の何ものでもありません。
山積みになった黒こげの死体の写真もあって 残酷ですがこれが現実の出来事です。
sensai0 (2).jpg
3階の資料展示室に行くと 提供された実物の資料が展示されています。
灯火管制下の暮らしが分かる戦前の部屋があります。
東京大空襲時に落とされた実寸大の焼夷弾がおかれています。これが雨のように降ってきたのです。
中には生きたまま焼いて殺すためのナパーム剤が詰められています。
空襲の火災で溶けた瀬戸物やガラス、溶けてくっついた硬貨などが火力のものすごさを語っています。
金属が不足したため瀬戸物で造られた手榴弾と地雷 地中より掘り起こされた焼夷弾と電波妨害のアルミ箔なども展示されています。
学童疎開のコーナーや教科書なども展示されています。
また 資料センターに寄稿された東京大空襲体験話の原稿や絵画などもありました。

若い人が熱心に見ていたのが印象的です。もっとたくさんの人に見てもらいたい施設です。
胸を痛めながら 資料館をでました。
posted by うめのはな at 07:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 江東区

2016年01月11日

郵政博物館3

緑のポストがありました。
ysihaku (13).jpg
航空郵便専用ポスト
昭和4年4月1日、航空郵便制度が施行され 航空郵便専用のポストが東京、大阪、福岡に設置されました。
ysihaku (10).jpg
郵便配達車の歴史もわかります。
ysihaku (14).jpg
制服の移り変わり や郵便を配達する人の模型なども展示
ysihaku (8).jpg
ここでは郵便の歴史を学べます。
ysihaku (16).jpg
「手紙」ノ世界
江戸時代の手紙など、歴史的価値の高い手紙や、著名人の手紙など
ysihaku (17).jpg
年賀状の移り変わり
ysihaku (18).jpg
戦時中郵便配達の人が身を守るため持っていたの軍刀なども展示
この下に原爆の悲惨さ伝えた「はがき」も展示されています。
hgkg.JPG
昭和20年8月9日、長崎に原爆投下。
はがきに残る日付印は、終戦の日の8月15日です。
読みやすいように 大きな紙に原文の写しがあります。
当時熊本の第五高等学校2年生だった相川賢太郎氏は、13日に長崎の惨状を熊本に住む友人の千地萬造氏にあてて書き、翌日に避難先 の大村市内のポストに投函。
「敵機と追ひつ追われつ肝を冷やしながらも約20時間の後無事長崎に到着」とあります。
原爆投下という混乱時にも郵便がちゃんと届いていたことに驚きました。
ysihaku (15).jpg
「郵便貯金」ノ世界
当時使用していた通帳等を展示
「簡易保険」ノ世界では幻の「ラジオ体操第3」が集録されたレコード等が展示されていました。
スカイツリーを模したポストに手紙の投函もでき、来館の思い出になりそうです。
posted by うめのはな at 07:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 墨田区

2016年01月10日

郵政博物館2

「始」ノ世界から順路に従い見ていきます。
ysihaku (2).jpg
赤い丸型ポスト
ysihaku (3).jpg
時のコーナー
ysihaku (5).jpg
「郵便」ノ世界
ysihaku (6).jpg
自働郵便切手葉書売下機
ysihaku (11).jpg
郵便集配袋等
郵政博物館にはたくさんの文化遺産があります。
ほんの一部だけ写真に撮りました。
ysihaku (19).JPG
文化遺産名称報時器  作者名田中久重
ysihaku (4).jpg
ガワーベル型電話機と電信機(ディニエ印字電信機)
フランスのディニエ社により1860年頃に製作された印字式モールス電信機です。
ysihaku (7).jpg
磁石式単式交換機
ysihaku (9).jpg
デルビル磁石式壁掛電話機
ysihaku (12).jpg
ドイツ製足踏式押印機
yuseih (8).JPG
平賀源内エレキテルは重要文化財です。
posted by うめのはな at 07:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 墨田区

2016年01月09日

郵政博物館1

大手町にあった逓信総合博物館(ていぱーく)が 2014年3月1日に「郵政博物館」としてソラマチの中に移転してからはじめて行きました。
yuseih (1).jpg
郵政博物館
東京都墨田区押上1-1-2 東京スカイツリータウン・ソラマチ9F11番地
国内で唯一、情報通信関係の収蔵品を紹介する博物館です。
yuseih (2).jpg
パンフレットのフロア図です。かなり楽しめます。
yuseih (7).jpg
「心ヲツナグ 世界ヲツナグ」をコンセプトに、日本最大約33万種の切手や郵政と通信の関係資料約400点を展示します。
デジタル技術の体験型コンテンツもあります。
yuseih (4).jpg
企画展「年賀状展」年賀郵便の歴史やまつわるあれこれ
平成27年11月21日(土)~平成28年1月11日(月祝)
ysihaku (20).jpg
イベントスペースでは絵手紙年賀状の展示中でした。
寄贈切手展示 ダイアナ元妃を描いた切手が世界中から大集合!
切手のコーナーは撮影禁止ですが 常設の展示は撮影可です。
yuseih (3).jpg
入口には赤いポストがありました。
posted by うめのはな at 06:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 墨田区

2016年01月08日

梅照院 新井薬師4/終

新井薬師社殿の裏には、川口鋳物師・山崎甚五兵衛が昭和34(1959)年に鋳造した天水桶があります。
ariyks 4 (6).jpg
社殿脇には台座だけがあります。
ariyks 4 (7).jpg
もしかするとここには古い天水桶があったのかも・・・・
ariyks 4 (2).jpg
本堂裏手にある大悲殿。(葬儀場など)
ariyks 4 (4).jpg
白龍権現水
昭和60年に新たな井戸が発見されました。以来、その井戸から引水された湧き水を「白龍権現水」といい 名水として知られ、一般の人に開放されており、飲用水として多くの人がここの水を汲みに来ます。
ariyks 4 (5).jpg
正面から見る龍の顔は面白い。
ariyks 4 (3).jpg
十六歳聖徳太子像(新井薬師)
ariyks 4 (1).JPG
句碑 「土もなき巌に生き抜く冬の松」 廣治
境内には 講などのさまざまな石碑がありました。
ariken.jpg
新井薬師に隣接して 新井薬師公園があります。
新井薬師公園の北西隣は新井天神/北野神社で 昔は新井薬師と一体であったと思われます。
今回はそちらにはいかず 中野駅に向かいました。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 07:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年01月07日

梅照院 新井薬師3

山門を入ってすぐの「修行大師」像です。
ariyks3 (1).jpg
修行大師とは、もちろん、真言宗の宗祖 弘法大師のことです。
ariyks3 (2).jpg
薬師霊堂
ariyks3 (5).jpg
その前には聖観世音菩薩像があります。
ariyks3 (3).jpg
山門入って右手 薬師霊堂の対面には不動堂
ariyks3 (4).jpg
お願い地蔵尊。
ねがい地蔵尊」は、お地蔵さんの身体にひしゃくで水をかけ、治して欲しい部分をたわしやスポンジでこすって治癒を祈ります。
お身拭いのスポンジも置いてあります。
ariyksjz.jpg
左側には水子地蔵尊。
奥にポンプが見えます。
ariyks3 (6).JPG
「新井」という地名の由来ともなった井戸
「清水が湧き出ていたことから、この地に新井薬師を建てた行春。地名の「新井」は、水源がきれいな地域に付けられる地名なのだそうで、昔は境内にある井戸の水で目を洗うと目の病気が治ったなどのいい伝えが残されています。」
現在この水で目を洗うことはすすめていませんが 容器にいれて持ち帰る人もいるそうです。
ariyks3.jpg
押し出しの強い、唐破風の庫裡。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 07:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年01月06日

梅照院 新井薬師2

山門入ってすぐ 写真では右に 中野区の説明板と円形の石仏があります。
ariyks2 (5).jpg
本堂再建供養塔 
ariyksk.jpg
「梅照院は、天正十四年(一五八六)行春が建てたことに始まる。本尊の薬師仏は弘法大師の手刻といわれている。住職が薬師仏のお告げでつくった小児の妙薬(夢想丸)は、どんな難病にも効能があった。延享元年(一七四四)運樹が住職に迎えられると御利益が広まり、いっそう寺運が盛んとなった。明和元年(一七六四)寺院が焼失した。老僧運樹は直ちに仮仏殿を造り、さらに本堂再建の大願をたて、趣意書を示して広く喜捨を募った。しかし明和四年(一七六七)本堂の建立をまたず七十五歳で没した。あとを継いだ英俊は、十年以上も苦労の末、安永八年(一七七九)の春、ついに本堂の落成に至った。」ことが記されています。
 昭和五十六年三月 中野区教育委員会」
ariyks2 (1).jpg
手水舎
ariyks2 (2).jpg
鐘楼
ariyks2 (6).jpg
山門正面に本堂
新井の名は当地で新たに井戸を掘ったことに由来するもので、足立区にある西新井大師と同じ真言宗豊山派の寺院。高尾山薬王院、日向薬師、峰の薬師とともに武相四大薬師に数えられる。
ariyks2 (3).jpg
本堂前の常香炉と本堂
ariyks2 (4).jpg
新井薬師本堂 瑠璃殿 
安永八年にできた本堂で、瑠璃殿と呼ばれている。
宗派真言宗豊山派
山号 新井山
本 尊 薬師如来と如意輪観音表裏二佛一体
開山年 天正十四年(1586年)新田義貞の家臣
開 基 僧行春(元北条家家臣梅原將監)
「梅照院(新井薬師)のご本尊は薬師如来と如意輪観音の二佛一体の黄金仏で、高さ一寸八分の尊像です。この尊像は新田家の守護仏でしたが、戦乱のさなか忽然と光が放たれ尊像が消えてしまいました。その後、清水の沸きいずる新井の地の草庵の庭の梅の古木から光が出るという現象が起こり、天正14年(1586年)3月21日、その梅の木の穴から新田家ゆかりの尊像が発見され、行春がこの尊像を安置のため新たに堂を建立したのが梅照院の始まりです。」説明文より
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 07:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年01月05日

梅照院 新井薬師1

中野駅前 サンプラザ前です。
ariyks (6).jpg
ここから約1km 徒歩で新井薬師まで15分ほどです。
ariyks (1).jpg
梅照院 新井薬師  東京都中野区新井5-3-5
ariyks (3).jpg
真言宗豊山派寺院の梅照院は、新井山薬王寺と号し、新井薬師を通称されています。梅照院は、僧快儀が開山、僧行春が開基となり、天正年間(1573-1593)に創建されたと伝えられます。
ariyks (2).jpg
「新東京百景 新井薬師」の碑といわれを刻んだ副碑 
ariykob.jpg
札 所 御府内八十八カ所霊場第七十一番札所
梅照院のご本尊は弘法大師の作と言われています。
12年に1度、寅年にしか御開帳されません。
ariyt.jpg
新井薬師入口のすぐ横の稲荷社。豊川稲荷の扁額が掛けられている。
ariytpp.jpg
山門前に作家(探偵小説)椿八郎の「たんぽぽや薬師如来の手には壺」句碑があります。
ariyks (4).jpg
新井薬師と書かれた提灯
江戸幕府2代将軍徳川秀忠の五女で後水尾天皇中宮の和子(東福門院)が当寺の薬師如来に眼病平癒を祈願したところ、たちまち回復したとされることから、特に眼病治癒の利益(りやく)に関して有名になりました。
ariyks (5).jpg
山門
南北朝時代にこの地域に本拠地を構え、南朝方(新田義貞)についた窪寺氏の葬地。
中野区内では最大の寺院です。
境内に入ります。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 07:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2016年01月04日

千葉工業大学東京スカイツリータウンキャンパスAreaT

東京スカイツリータウンに行ったとき 8Fにある千葉工業大学東京スカイツリータウン(R)キャンパスAreaTを見てきました。
skytiba (8).jpg
ソラマチ8Fにあります。
入場は無料です。
skytiba (7).jpg
原発災害対応レスキューロボットや記念切手モデルになったヒューマノイドロボットを見ることができます。
skytiba (1).jpg
福島第一原子力発電所に投入した国産ロボット第1号は千葉工業大学のレスキューロボットです。
skytiba (2).jpg
実際に動かしてくれました。
skytiba (3).jpg
現在も頑張っています。
なんか ペットのようでかわいい。
skytiba (5).jpg
「CIT Brains」が『ロボカップ世界大会2015』(中国)のヒューマノイドリーグキッドサイズ部門で二連覇。
ロボカップ」は自分で考えて動く自律移動型ロボットによる競技会です。お皿のようなのが 優勝カップです。
skytiba (4).jpg
morph (モルフ)
高い機能性をもつ人型ロボット
skytiba (6).jpg
Hallucigenia01 (ハルキゲニア01)
8つのホイールをもつ次世代の多目的乗用車

AreaU:惑星画像データを駆使した惑星探査エリアもあるのですが この時は閉鎖中でした。
月面を体感できる「ムーンウォーカー」などもあって こちらのエリアのほうが興味深いかも。
次回はぜひ 行ってみたいです。
posted by うめのはな at 07:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 墨田区

2016年01月03日

新年 鎌倉大仏

神奈川県鎌倉市の鎌倉大仏(国宝銅造阿弥陀如来坐像)の 全面補修が、1月13日〜3月10日に行われます。
kmkrdibt (1).jpg
その間は、素屋根と足場が設置され 期間中は拝観できないとのことです。
大規模工事は1959〜61年の「昭和の大修理」以来。
このお顔 見る角度によって 優しい顔だったり イケメンだったり 男らしかったり・・・
kmkrdibt (3).jpg
でも 背中は さみしそう・・・
背中の窓は、大仏を作った時、最後に残った土などを外に出す為に作られたそうです。
受付で20円払い中に入ります。
大仏の後部。左下の穴から内部に入れます。
急な階段をのぼるのですが 真っ暗で背中の窓が明かりとりかと思いました。
kmkrdibt (4).jpg
くぼんだ部分が大仏の頭部です。螺髪(らほつ)が見えます。
kmkrdibt (7).JPG
胎内の説明板もありました。
kmkrdibt (6).JPG
像高約11.39メートル(台座を含め高さ13.35メートル)。重量約121トン。
kmkrdibt (2).JPG
外には ちゃんと わらじも あります。
2009年に行ったきりですので 大仏様が きれいになった頃 また鎌倉に行きたいです。
kmkrdibt (8).jpg
江ノ電300系
現在は 在籍・・・305+355号車 1編成2両のみ。
江ノ電が藤沢〜片瀬間で産声をあげた日は明治35年9月1日です。
100年以上の歴史ある 江ノ電に乗って ぶらり旅でも してみようかな。。。
タグ:観光
posted by うめのはな at 07:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2016年01月02日

新年 東京大神宮

飯田橋にある 東京大神宮です。
nenms  (3).jpg
東京大神宮 東京都千代田区富士見二丁目
東京大神宮は、伊勢神宮の東京遥拝殿として、明治13年に創建された神社。
nenms  (4).jpg
東京のお伊勢さまとして 参拝客が多いです。
伊勢神宮に行ったことがないので 以前 参拝しました。
2016sin (3).jpg
その時いただいた パンフレットです。
2016sin (2).jpg
本殿は伊勢神宮に似ていて なんだか心ひきしまる感じがしました。
近いうちに また参拝したいです。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 08:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 千代田区