2015年12月31日

大晦日 京都知恩院の大鐘楼

2015年大晦日。
京都・知恩院の大鐘楼 (重要文化財)です。
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知恩院の大鐘楼は日本三大鐘楼の一つ。
高さ3.3メートル、直径2.8メートル、重さ約70トン。
知恩院の釣鐘は、京都方広寺、奈良東大寺と並ぶ大鐘として知られています。
この大鐘を支える鐘楼は延宝6年(1678)、知恩院第38世玄誉万無上人のときに造営されたものです。
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この大鐘が鳴らされるのは法然上人の御忌大会(4月)と大晦日の除夜の鐘だけ。
除夜の鐘は親綱1人・子綱16人の17人で撞き、京都の冬の風物詩となっています。
よい お年をお迎えください!
posted by うめのはな at 07:50| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2015年12月30日

小平市平櫛田中彫刻美術館 3

旧邸宅(記念館)前庭には大きな木がありその後ろに茶室が見えています。
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内部は撮影禁止ですが 庭部分は撮影許可が出ています。
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茶室は離れになっていて、母屋から行くにはサンダルをはき 外廊下から行きます。
突き当りは水屋。4畳半の茶室です。
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茶室前の坪庭
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月を映すためのもの?
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茶室と反対側の蔵のような建物は展示室になっています。
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中庭です。
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庭園。見えているのは客室と寝室です。
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庭園は四季折々の花が咲き、訪れる人を楽しませてくれる。特に、1月から2月にかけて見頃となる梅は見事だそうです。
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玉川上水の木々を借景として造られたそうです。
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パンフレットの写真です。
「大屋根の方形造りを特徴とする書院造り。昭和44年、98歳の時に建てられたため、別名「九十八叟院(そういん)」とも呼ばれている。設計は、国立能楽堂の設計で知られる建築家の大江宏。」
庭がすばらしく 心落ち着く 旧邸宅でした。
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2015年12月29日

小平市平櫛田中彫刻美術館 2

小平市平櫛田中彫刻美術館 チケットです。
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受付で パンフレットを貰います。
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東京藝術大学大学美術館正木記念館1階に平櫛田中記念室があり そこも見に行ったことがあります。
ホールに」ビデオコーナーがあり 鏡獅子の制作風景を見ることができます。
1階の展示室1、2には木彫および木彫彩色の比較的小さな彫刻が並びます。
鏡獅子の小像や良寛上人、西山公、気楽坊、鬼小僧、すもう等・・・
2階は所蔵品の 冬展示です。
地下展示室には ”星取り機”と呼ばれて特殊なコンパスが展示してあります。
平櫛田中は、まず粘土で形をつくり、それを石膏に型どりし、さらに、この星取り機を用いて木に写し取るという手法で いくつかの石膏像が展示されていました。
展示室を出て いったん1階の出入り口から外に出ます。
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すぐ隣は旧居で平屋の記念館になっています。
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庭にある彫刻用の原木 です。
平櫛田中が百歳になってから用意された彫刻用の原木(クスノキ)とのこと。
六十、七十は鼻たれ小僧、男ざかりは、百から百から、わしもこれからこれから 」 日本の彫刻家の平櫛田中さんの語録です。
 ”男盛りは100から100からの証明”している木です。
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記念館内部の撮影はできないので 玄関まわりを撮りました。
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白い漆喰塗りの母屋で本格数奇屋造りです。
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玄関脇にはお茶室が見えます。こちらは土壁仕上げ。
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玄関 ここから入ります。
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谷中 平櫛田中の旧居宅 東京都台東区上野桜木2-20-3
上野桜木には大正8年、横山大観、下村観山、木村武山ら、 日本美術院の画家たちの支援により建てられた平櫛田中アトリエの旧居があります。大正11年には傍らに伝統的日本家屋を建て 昭和45年に小平に転居するまで暮らしました。
通常は非公開。NPO法人や芸大などの協力で維持管理されています。
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2015年12月28日

小平市平櫛田中彫刻美術館 1

青梅街道を歩いていると 小平市のマンホールのふたが目につきます。
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市の木「ケヤキ」をメインにした小平市の街並みをデザインしたものだそうで いろいろなバージョンがあるらしいです。
昔このあたりが民家も一軒もない荒漠とした武蔵野の原野だった頃 一本の榎の巨木があって青梅街道・鎌倉街道の両街道を往来する人々の目印となって [武蔵野の一本榎]と呼ばれていたとのこと。歴史ある榎が有名です。
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熊野宮入口
熊野宮(一本榎神社)武蔵野の新田開発に伴い、宝永元年(1704年)にその榎の大樹のもとに遷祀された。
この熊野宮入口近くのバス停から 国分寺駅北口駅行きのバスに乗りました。
バス停 一橋病院前で下ります。
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玉川上水に沿ってしばし歩きます。
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平櫛田中美術館の看板が見えてきました。
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小平市平櫛田中彫刻美術館  東京都小平市学園西町1-7-5
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こちらは 旧平櫛田中邸
平櫛田中は、明治・大正・昭和と3代を生き107歳でこの世を去った彫刻家です。
小平市には晩年の10年間を過ごしており、彼のアトリエが美術館になっています。
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小平市 平櫛田中彫刻美術館(ひらくしでんちゅうちょうこくびじゅつかん)は、大正期に活躍した彫刻家「平櫛田中(ひらぐしでんちゅう)作品を展示する美術館。
日本近代彫刻の巨匠・平櫛田中の終焉の館を保存し、広く市民に公開するため、昭和59年に開館。「鏡獅子」など代表作を含む彫刻作品40点をはじめ田中が収集した美術・工芸品を展示しています。
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冬季展示開催中
会期:平成27年11月11日(水)〜平成28年2月7日(日)
田中が収集したやきものを中心に展示
平櫛自身が収集した作品を所蔵し、季節毎に展示しています。
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元は平櫛田中の旧宅で「小平市平櫛田中館」として公開していました。平成6年に展示館を新築し、平櫛の遺族からの作品寄贈を機に、平成18年館名を「小平市平櫛田中彫刻美術館」と改名しています。
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入口
観覧料 大人300円 
休 火曜日
内部は撮影禁止
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2015年12月27日

小平ふるさと村 終・旧神山家住宅主屋外観

旧神山家住宅主屋外観を見ます。
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「旧神山家住宅主屋
この建物は、もと回田町129番地の神山家の住まいで、その屋敷地にあったものです。昭和54年小平市に寄贈され、解体保存されていましたが、平成3年3月ふるさと村に移築復元されたものです。
言い伝えでは「この主屋は小金井から移築された」といわれており、解体調査からもこのことが裏付けられています。
間取り型式は、江戸時代中期の後半(18世紀後半)から後期にかけて見られる喰違い四ッ間型と呼ぶものです。小金井に建てられた当初は、三間取り広間型と呼ばれる江戸中期まで遡る形式であったと考えられます。
小平の新田開拓農家として、江戸時代中期から後期にかけての住まいの特長をよくとどめる貴重な文化遺産であるといえます。」
パンフレットより
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風除け・火除けのモチが植えられています。
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正面入口付近
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裏には薪が積んでありました。
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外便所
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土日は座敷に上がって小平糧うどんをを食べることができます。
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旧神山家住宅主屋モチの木の下から管理棟裏を見ています。
広場になっています。
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旧鈴木家住宅穀櫃は茅葺屋根葺き替え工事中でした。
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小平ふるさと村を出て 青梅街道をてくてくとバス停のある熊野宮前まで1kmほど歩きます。
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2015年12月26日

小平ふるさと村5・旧神山家住宅主屋内部

最後は旧神山家住宅主屋です。
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中から見ていきます。
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うまやの脇から入りました。
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台所です。
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かって の 流し 水ガメなど 
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かまど (へっつい)と火よけの神様
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囲炉裏
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座敷から 奥
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ざしき 正面の柱が7.5尺割りで民家の古い形式
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おもちゃ
あがって遊べるようになっています。
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2015年12月25日

小平ふるさと村4・開拓当初の復元住居

畑とかかしの向こうに開拓当時の復元住居があります。
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開拓当初の復元住居
開発農家のために小川家が建てた住居です。
開発名主であった小川家に残る小川家文書によれば 「間口を広く、奥行きを狭く建て、建方は丸太の柱を掘立にし、藁または茅麦藁(かやむぎわら)等で屋根を葺き、細竹を編んだ床、あるいは籾殻(もみがら)、藁屑(わらくず)等を敷きその上に莚(むしろ)を敷く。木材は、桁・梁は松、柱は栗材を使用。外壁は茅、麦藁で囲ったもの」と記されています。

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木造平屋建茅葺寄棟造り、葦壁、延床面積:43.66u。
幾重にも段のついた茅葺きで 壁も茅で造られています。
雨風を避けるためか軒高は低く かがんで中に入ります。
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置き囲炉裏が土間にひとつ。
内部は土間と、スノコ床とゴザ床の2間です。
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「二人用の住宅で、間口三間半、奥行二間の上屋の外側に、三尺の下屋(げや)がつくものです。古文書に従い古い工法や、かつて使われていたものと同じ材料(材種)を使用して復元したもので、当時の生活がうかがえる建物です。」
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「でい」と呼ばれる すのこ敷きの部屋。寒いだろうなぁ。。。。
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パンフレットの間取り図
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パンフレットの全体の写真
この建物は、このうち規模の最も小さな二人宅を復元したものです。
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2015年12月24日

小平ふるさと村3・旧小川家住宅玄関棟

道を奥に進むと立派な玄関が見えます。
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旧小川家住宅玄関棟
玄関棟のみの移築
正面の破風は、けやきの千鳥破風とし、懸魚(けぎょ)、六葉(ろくよう)をそなえ、木連格子(きづれごうし)が入る本格的なものです。
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「旧小川家住宅玄関棟この建物は、旧小川村及び小川新田村の開発事業の中心的役割を果たしてきた、名主の小川家に代々継承されてきたものです。
創建時の棟札によって、この建物が文化2年(1805年)3月13日着工、同年5月25日に完成したことが明らかになりました。この玄関は主屋とは別棟として建てられ、主屋と廊下で接続していました。一般の名主宅に見られる形式とは異なり、小川家の格式の高さと江戸時代における当家の実力を示しています。
市指定有形文化財第10号(平成5年3月1日指定)、木造平屋建茅葺入母屋造り、延床面積:36.99u、旧所在地:小川町1丁目2370番地。」説明文より
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 玄関には明治初期の小川旧邸の想像図が掲示されています。
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明治21年 小川愛次郎氏の記述による想像図
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パンフレットより
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この玄関は、主屋とは別棟として建てられたもので、主屋とは渡り廊下でつながっていました。
正面と背面に破風のある入母屋造りで、正面左手に「控えの間」を設け、寄棟造りの屋根が矩折れ(かねおれ)に付きます。
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「控えの間」には、江戸期のジオラマが展示されています。
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水車小屋です。稼働中です。
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「上水記」によれば、天明8年(1788年)の調べで、玉川上水の分水にかかる水車は33か所にものぼりました。
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2015年12月23日

小平ふるさと村2・旧小平小川郵便局舎

入口正面の「旧小平小川郵便局舎」です。
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旧小平小川郵便局舎  市指定有形文化財
平家造り、鉄板平茅葺き入母屋造り
赤い屋根に〒の記号があります。
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パンフレットより
「この建物は、明治41年11月15日、小川町1丁目1075番地に郵便局舎として建てられ、大正2年9月4日には140m東の旧所在地に曵屋されました。
その後、郵便業務に加え、電信事務・電話交換等の業務もこの建物で行われており、何度かの増改築が行われているとのことが、解体調査の結果によっても裏付けられました。
移築にあたって、郵便事業とあわせ電信・電話業務も行われていた大正末期の形に復元されました。 」
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窓口には金網が貼られています。
中に入ると 中には資料などが展示されています。
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金庫があります。
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間取りは事務室、交換室、座敷、台所などです。
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平面図 (パンフレットより)
大正10年から昭和19年まで新たに電話交換業務も加えられ、局舎内を改造して電話室や電話交換室が設けられた。
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住居部分
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玄関側
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郵便入れとあります。
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屋根の〒マークのある瓦がありました。
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隣の小屋には、手押しポンプの消防車がありました。
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消防小屋 (パンフレットより)
消防小屋消防小屋には、昭和3年(1928年)製作の手動ポンプ車や、「小平村第十六部地利水利図」と書かれた現在の回田町域内の地図が展示してあります。また、消防小屋の横には火事等が発生したとき域内の人々に知らせるための消防設備である火の見櫓、半鐘、消防鐘打ち表示板を展示しています。これらは明治〜昭和初期に製作されたもので、いずれも小平市内にあったものです。
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2015年12月22日

小平ふるさと村1・丸いポストのまち こだいら

西武新宿線の小平駅と花小金井駅のちょうど中間 あたり どちらからも徒歩20分というところでしょうか・・・
交通の便はよくないのですが 小平ふるさと村に行きました。
小平グリーン道路沿いにあります。
グリーンロードは野火止用水・玉川上水・狭山境緑道の三つの水の道を結び、小平を一周(21km)する緑を楽しめる散歩道です。
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入口に丸いポストのまち こだいらという説明板があり 赤い丸ポストがありました。
小平市は昔懐かしい丸ポストが東京で一番多く残っている自治体です。
丸型ポストによる町おこしなのでしょうか 丸ポストマップなるものもあります。
日本郵便が所有する稼働中の丸型ポストは29本、それ以外に私設ポスト2本 使用できないポストが5本の 36本があるそうです。
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小平ふるさと村 東京都小平市天神町3丁目9番1号
江戸時代の新田開発にともなって開拓された小平の歴史とくらしを伝える古民家園です。
開拓・農家・近代の時代別に3つのゾーンに分けて、かつての建物を移築、復元してあるほか、小平の年中行事や農家の風景などを再現しています。
まず 管理棟に行きました。
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管理棟
管理棟平成22年2月に小平市の観光案内拠点として改修
資料や 特産品などの紹介 観光案内の拠点です。
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裏にまわります。
懐かしい風景です。
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説明がないので 何だかわかりません。
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つるべ井戸がありました。
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中を覗いてみました。
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旧小平小川郵便局舎から見ていきます。
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2015年12月21日

当麻山泉藏院の紅葉・小平市

境内で足を止め写真を撮っている人がいたのでそちらに行きました。
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小平大不動明王尊像です。
高さ4メートルの青銅不動明王は昭和59年(1984)に造立。
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紅葉の燃えるような赤が似合います。
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境内にはあちこちに石造物があります。
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このようなかわいい石像がありますが どれも赤い帽子をかぶっています。
十二支あるかもしれません・・・・
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竹林などもあって風情があります。
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思いがけず紅葉見物ができました。
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山門入ってすぐには六地蔵様がありました。
当麻山 泉藏院はなかなかいいお寺でした。山門を出ました。
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2015年12月20日

当麻山泉藏院境内 ・小平市

小平市の新小金井街道 から1本入った錦城高校裏手の道を歩いていたら 紅葉のきれいな寺に巡り合いました。
たまたま 出会ったのですが せっかくですから境内に入らせてもらいました。
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きれいに剪定された木々のむこうに見えるのは多宝塔です。
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泉蔵院山門 東京都小平市大沼町5-9-8
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当麻山の社額があります。
山門の正面奥には本堂が見えます。
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当麻山 泉藏院本堂
開 創 延享元年 (西暦1744年)
本 尊 如意輪観世音菩薩
昭和56年(1981)に改築
泉蔵院の縁起
「泉蔵院の創建年代等は不詳ながら、青梅市今寺報恩寺の塔頭だったといいます。大沼田新田開発に伴い、延享元年(1744)に泉蔵院を当地へ引寺、大沼田新田を開発した名主弥右衛門の先祖と百姓傳兵衛の先祖とを開基とし、運承法印を勧請して開祖としたといいます」
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多宝塔  昭和58年に新築
「この多寶塔の建てられた場所には、明和3年(1766)に建立の小さな石塔 「寶池院塔」 と 「お経を埋めた」と伝えられる経塚と呼ばれる小さな塚がありました。昭和57年(1982)に 地下2mから経箱の破片と経巻の軸の破片を発掘。
これらの遺品を保存するため多宝塔が建立されました。」
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鐘楼 昭和56年(1981)10月完成
大晦日には近隣の人が「鐘つき」に来るそうです。
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薬師堂
昭和42年(1967)の改修で総欅造り
さて次は 紅葉を楽しみます。
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2015年12月19日

東京スカイツリーアリーナクリスマス

東京スカイツリーアリーナに遊びに行きました。
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当日券売り場の4Fスカイツリーアリーナはクリスマスの飾りつけがしてあります。
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ソラマチクリスマスマーケット
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ドイツ風のデコレーションのヒュッテが並びます。(お店です)
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幸せのホワイトベア」はフォトスポットです。
大きいです!
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634ツリー
6.34メートルのクリスマスツリーは5種類の願いの星をイメージした色に変化します。
夜はイルミネーションがきれいだし プロジェクションマッピングなどいろいろなイベントがあるそうです。
タグ:観光
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2015年12月18日

哲学堂公園 終・唯心庭 

唯心庭です。
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唯心庭 ゆいしんてい
世界の根源は精神であるとする唯心論を象徴した区域で、唯心論的呼称の各所が点在します。
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心字池 しんじいけ
唯心庭の中心的存在を成す池で心の形に掘られています。
理性島 りせいじま
倫理と心理の間の小島で、理性は心の奥底にある本性であることを示しています。
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鬼燈 きとう
人の心中に宿る鬼にも良心の光明は存するとする人心観を寓しています。人生観を例える狸燈に対したものです。
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概念橋 がいねんきょう
理性(島)に達する道程には概念(橋)が存するとしてこの名がつきました。
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主観亭しゅかんてい
唯物園の客観盧に対する名称で、心界の休息所の意味であり、一休みして心界の風光を観察するのに最高の場所です。
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菖蒲園
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水がながれ心地よい場所です。
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少し上のほうに上ると 出入り口になります。哲学堂公園を出ます。
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哲学堂通りに出て バスに乗り中野駅方面にむかいました。
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記念スタンプ押しました。
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2015年12月17日

哲学堂公園10・造化澗 独断峡

この先は川に沿って こんな道を歩きます。
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散歩道と言いたいのですがこれも哲学の道なようです。
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造化澗(ぞうかかん)
自然井より川に沿って唯心庭のほうに歩くところの断崖一帯の総称です。
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こんな感じです。
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二元衢(にげんく)
唯物園と唯心庭の岐路で二元もまた物心二者対立の名称です。
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独断峡(どくだんきょう
独断とは精神上の思想を基礎としており、この断崖を行くことが唯心庭に通ずるのでこの名があります。
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かなりの断崖です。
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直覚径(ちょくかくけい)
唯心庭より丘上の論理域に達する近道を選ぶとするならば、この直覚径を行けばよい。
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先天泉(せんてんせん)
心の奥深くに高妙尊厳な気持ちに接する感じをもつことを、先天の命令といい教育や経験を超越した最高のものとしています。泉の水が池に流れる様を先天の命令が心中に伝わりくる様子に例えました。
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現在は、湧き水ではなく 井戸水を循環させていて 飲めません。
この先は池になります。
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2015年12月16日

哲学堂公園9・唯物園

石段をおりると右手に広場があります。
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さくらの広場です。左に行くと 休憩所もあります。
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客觀盧 きゃくかんろ
客観とは耳目に触れる物界のことをいい、これに対する心を主観といいます。ここで一休みし、耳目に触れる音や物を観察し楽しむところです。
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唯物園(ゆいぶつえん)
唯心に対して世界の根源は物質であるとする唯物論的寓意を象徴した区域で、下流河畔の唯心庭とともに哲学的二名勝の一つです。
花壇のようものは 物字壇(ぶつじだん)です。
物という字がリュウノヒゲ゙で造形されています。
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川が流れています。
数理江(すうりこう)
妙正寺川をいい、この川が学界を数理を持って一貫していることを寓しています。
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博物提
物的世界の研究や進化を表した「進化溝」、「理化潭」、「博物」があり、その傍に物の造. 化の幽玄性と神秘性を表している「~秘洞」がある。
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~秘洞 しんぴどう
進化溝の源の石窟で、暗黒は自然の幽玄深秘を表したものです。
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狸燈(りとう)
人間の心情には狸に類するものがあり、しかも、時には光輝ある霊性を発することもあるとして腹中に燈籠を仕込んであります。
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自然井 しぜんせい
自然に湧き出ている水で、天地自然より世界の原動力が間断なく発場する様子を例えています。

むずかしすぎて 何がなにやらわからないまま川沿いを歩きます。
posted by うめのはな at 08:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 豊島区・中野区・練馬区

2015年12月15日

哲学堂公園8・髑髏庵 三祖苑

歩き疲れたのでしばし休憩。
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現在の休憩所です。この近くに往時休憩所にあてられた建物があります。
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普通の民家に見えましたがここが髑髏庵(どくろあん)という名の往時の休憩所です。
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「往時休憩所にあてられ、来客はここで俗塵(ぞくじん)に汚された精神を清めて、いよいよ哲学的雰囲気にひたるものとして、骸骨(がいこつ)をもって俗心(ぞくしん)の死を表している」
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井戸なんかもありました。
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髑髏庵から屋内の復活廊を進むと、左側に鬼神窟があるらしいのですが たぶんこの二階建ての建物だと思います・・・
鬼神窟(きじんくつ)[迎賓室]
「この屋に至れば精神は俗界を離れて霊化するとしてこの名が与えられ、内室を接神室、楼上を霊明閣と呼びます」
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三祖苑(さんそえん)
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「三祖碑(さんそひ)には、中国の皇帝、印度(インド)の足目仙人(アクシャパーダ)、ギリシャのターレスの三人が刻まれている」
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逆光でよく見えませんが これが三祖苑の、黄帝、足目仙人、ターレスの3人の像です。
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ここから石段を下ります。このくらいの高さがあります。
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2015年12月14日

哲学堂公園7・六賢台 無尽蔵

四聖堂の隣に建っている赤い色の三層六角の建物が六賢台です。
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六賢臺 ろっけんだい
木造六角塔・外観2層・内部3層・相輪・一重・二重・桟瓦葺・外部板張 
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「聖徳太子・菅原道真(日本)・荘子・朱子(中国)・龍樹・迦毘羅仙(印度)の六人を東洋的「六賢」として祀ってあります。赤色塗り、六角形の周囲六間の建物で、四聖堂の西に建っています。六賢の肖像を各面に扁額として掛け、名称を鋳刻してありましたが現在は見ることはできません。屋根の上に相輪と九つの法輪(九輪)があり、最上部に宝珠を付け屋根の棟瓦の一端に天狗がついています。」
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無尽蔵 二階建・瓦葺寄棟
「無尽蔵は陳列所で、井上円了博士が国内各地を周遊された時の記念品など、種々雑多な物が陳列されていました。」
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階上を向上楼、階下を万象庫と名づけ、井上博士が内外周遊の折の記念物を陳列していました。
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百科叢(ひゃくかそう)
時空岡に対してこの草木の茂る林叢を名づけました。

百科叢と無盡蔵の間の道を進むと常識門に出ます。
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常識門 じょうしきも
正門である哲理門に対し 普通の出入口の意味で与えられた通用門です。
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常識門の聯(れん)
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一元牆(いちげんしょう)
この垣根によって、世間の多目的見解と哲学の一元的見解の境界としています。
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2015年12月13日

哲学堂公園6・四聖堂

哲学堂哲理門正面に位置するお堂のような建物です。
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四聖堂(しせいどう)
木造平屋建・方形・桟瓦葺・一重
四聖堂本堂に孔子と釈迦、西洋哲学のソクラテスとカントの「四哲人」を祀ります。
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三間四面の小堂で四面とも正面。
哲学の根本的な基礎となる精神を円形、物質を四角形で表し、様々な工夫をしています。
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釈迦涅槃像(和田嘉平作)が堂内に安置してあります。
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堂内に南無絶対無限尊と刻んだ石柱、しょう唱ねんとう念塔をおいています。四聖の像(橋本雅邦画)「孔釈瑣韓」の四字額(副島種臣書)があり11月の哲学堂祭に掲額されます。
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四聖堂前の碑に刻まれた井上円了先生の顔
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裏手はこんな感じです。
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ベンチが置かれています。意識駅とあります。
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意識駅(いしきえき)
丘上に達して観覧者は、ここで一休みして認識路と直覚径を観ながら種々想念されたい。
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認識路(にんしきろ
もし、丘上の論理域に至らんとするのに、直覚径をさけて、よく事物を知覚し推理しておちついて登らんとするならば、この路を選べばよい。
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かなり急な下りのようで 下にはいかず広場に戻ります。
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2015年12月12日

哲学堂公園5・絶対城

次は図書館だそうです。(現在は図書館ではありません。)
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絶対城(図書館)
木造二階建・寄棟(腰折屋根)越屋根付・桟瓦葺一部鉄板葺・二重・外壁鉄板張・玄関陸屋根平屋・鉄板葺
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「万巻の書を哲学界の万象とみたて、それを読み尽くせば「絶対の妙境」に到達するという寓意から図書館を絶対城と名づけました。円了の蔵書を中心とした図書館で、内部右側に国書・漢書を左側に仏書を収蔵していましたが、図書館本来の目的は果たさず今日に至っています。階上は観念脚と呼ばれる閲覧室になっており、現在はとりこわされている屋上には観察境と呼ばれる展望台がありました。」
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万巻の書物を読みつくすことは絶対の妙境に到達する道程であって、哲学界の万象はこの読書室にありとしてこの名がある。
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絶対城の前にある唐子の碑
絶対城(図書館)は、大正4年11月の即位の御大典記念として開館したことから、永く忘れないように、絶対城の前に唐子の碑を建てた
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裏にまわるとこんな感じ。
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隣の本堂との間にある 理外門の石柱
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理外門
「哲学を論究し尽した上は、必ず理外の理の存することを知るが故に、本堂の裏門に当たる現地をかく名づけている」
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理想橋(りそうきょう
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理想の彼岸に達する橋としてこの名がある。
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渡ってみました。その先はつつじ園になっています。
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ところどころに案内図があります。
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2015年12月11日

哲学堂公園4・宇宙館

三学亭から見えた 宇宙館です。
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宇宙館というとサイエンスなイメージなのですが この建物はどちらかというと寺社風です。
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この宇宙館は哲学上の講話や講習会を行うための講義室だそうです。
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宇宙館(うちゅうかん)[講堂]木造平屋建・方形・桟瓦葺・二重・出隅に切妻ポーチ
哲学とは宇宙の真理を研究する学問であって その講話または講習を開かんがために設けられた講義室である。
皇国殿(こうこくでん)
本館(宇宙館)内部に横斜して位置する特殊構造の一室であり、国家社会の原理を講究する哲学堂として本堂が設けられたものである。。
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左側「宇宙万類中人類為最尊」 訳「宇宙万類の中、人類をもっとも尊しとなす」
右側「世界万国内皇国為最美」 訳「世界万国の内、皇国をもっとも美しとなす」
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皇国殿には聖徳太子立像(和田嘉平作)が堂内に安置され 宇宙館の屋根上部の棟部分に烏帽子がついています。
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宇宙館となりにある 幽霊梅(ゆうれいばい)跡
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井上博士が駒込に住んだ頃、庭の梅の下に幽霊がでると騒がれたことがあり、それをここに移したもの。
天狗松と夫婦にするためここに移したとのことです。
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2015年12月10日

哲学堂公園3・時空岡 三学亭

哲理門の中は平たんな広場になっています。
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時空岡 じくうこう
哲学堂として最初に創設された場所で、公園の中心的存在です。丘上の平坦をもって哲学の時間空間を表現しています。
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時空岡 じくうこうの石柱と説明板
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筆塚(ふでづか)
哲学堂は井上円了博士が全国巡遊中求められて各所で揮毫した際の謝礼を基金として開設されましたが、その謝意を含め、かつ、その筆供養のため記念碑として造られた。
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少し高い位置にある三学亭(さんがくてい)
木造平屋建・三角形「あずまや」配付・一重・本瓦葺 
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四聖堂が世界的、六賢臺が東洋的なものとされたのに対して、日本的なものとして建築された円柱3本で正三角形をつくる平屋のあずまやです。
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碩学を重視し最も著述の多い、平田篤胤(神道)・林羅山(儒道)・釈凝然(仏道)の三者を祀るものです。天井に三碵学の石額(田中良雄刻)を掛けてあります。
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三学亭から見おろす 宇宙館(うちゅうかん)[講堂]
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2015年12月09日

哲学堂公園2・哲理門

管理事務所でガイドマップを購入しました。
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『哲学堂公園 ガイドマップ』 1部210円
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中を開くとマップになっています。
写真があるのでわかりやすいですが石碑などは見落としもあるでしょうし とても全部はまわれそうにありません。
できるだけ ガイドに従い進んでみることにしました。
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哲理門(てつりもん)
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四聖堂の正門にあたり、「妖怪門」とも呼ばれている。仁王の代わりに門の右側に天狗、左側に幽霊の彫刻像(田中良雄刻)を置いています。
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天狗は物的・陽性、幽霊は心的・陰性なもので物質界・精神界とも根底に不可思議が存在しているという圓了の妖怪観にもとづき、不可解の象徴とみなしました。
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この地に天狗松と幽霊梅があったことにちなんでいるとか・・・
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天狗松と幽霊梅は 園内にあります。
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門に掲げられているレン(書)
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瓦当に哲の文字
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門をくぐり中に入りました。
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2015年12月08日

哲学堂公園1・哲学関 真理界

旧野方配水塔から哲学堂バス停に戻り 哲学堂公園に行きました。
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哲学堂公園  東京都中野区松が丘1-34-28
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「明治37年に、哲学者で哲学館(現東洋大学)の創立者井上円了博士によって、精神修養の場として創設されました。哲学世界を視覚的に表現し、哲学や社会教育の場として開設されたもので、哲学をテーマにした公園は他に例がなく、世界に唯一のものとなっています。平成21年2月には、他に類を見ない空間(公園)であることや、古建築物の周囲景観との調和や学術的価値などが評価され、東京都の名勝に指定されました。」中野区の説明文より
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正面口から入り野球場脇の道をしばし歩くと 門が見えてきます。
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「本園開設当時の門柱であって、これより境内に進むことにより、哲学的に宇宙の真理を味わい、かつ、人生の妙趣を楽しむ所であることを標示している。」
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哲学関(てつがくかん) 真理界
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中野区立哲学堂公園 東京都指定名勝
指定年月日平成21年3月16日
時代/年代近代/明治37年(1904
「哲学堂公園は、哲学館大学(現東洋大学)創始者である井上円了氏が、文部省より大学公称の許可を得たのを記念し一堂(四聖堂)を建立(明治37年(1904))したのに始まります。その後、自らの退隠所及一般人に対する精神教育、社会教育の場としての「精神修養的公園」とするために私費を持って創設した公園です。
 井上氏の死後は財団による管理を経て、昭和19年(1944)に東京都へ寄付されました。昭和21年に東京都により「哲学堂公園」として開園し、その後中野区へ移管され現在の「中野区立哲学堂公園」となりました。
 台地部分の広い範囲を「時空岡」と称する中心広場とし、四聖堂などの主要施設を設けています。南側低地部に「唯物園」と「唯心庭」と称する哲学空間を配し、道筋には「経験坂」や「二元(にげん)衛(く)」などの哲学的思考状況を示す場所を設定しています。舌状台地先端の立地と崖、川や泉の自然地形を利用し、哲学的空間・概念を巧に配した特異な公園です。
 四聖堂や六賢台、宇宙館などの建物は、井上氏の哲学的思想と奇抜な意匠により、哲学堂公園の代表的な建造物となっています」
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哲学堂(東京都指定名勝)
「哲学堂は井上円了 (1858 ?1919 )が、その独特な哲学思想をもとに、全財産を投じてつくった社会教育のための公園です。
円了は「諸学の基礎は哲学にあり」とし哲学堂を開きました。それは、様々な理由で教育を受けられない「余資なく、優暇なき者」老若男女誰でもが学べる場、すなわち「精神修養的公園」と考えました。
ここで目指したのは、多様な価値観を理解し、先入観・偏見にとらわれない、論理的・体系的に深く考える人間の育成でした。
その方法とは「問う」ことであり「真理の追求」だったのです。そして、このような素養に満ちた人々による、社会の実現が円了の願いでした。
哲学堂は、現代にも通じる円了の思想を物語る歴史文化遺産です。
平成26年2月
中野区教育委員会」
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井上円了博士が、明治37年小石川原町(文京区白山)に開設された哲学館大学(現東洋大学)を記念して「四聖堂」を建設し、これが「哲学堂」とも称されたのが、哲学堂の名の起こりです。
中野区文化財指定 古建築物12棟 あります。
公園の入口に「七十七場名称案内」がありましたが どこをどう歩けばいいのかわからなくて哲学堂公園事務所に行き ガイドマップを購入することにしました。
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2015年12月07日

旧野方配水塔・中野区みずのとう公園

目白駅から都営バス池65に乗り 哲学堂バス停で下ります。
少し北に行くと中野区立みずのとう公園があります。
ここには 旧野方配水塔 があります。
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みずのとう公園から は近すぎて塔の上部はよく見えないです。
金網越しで説明板もよく読めません。
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旧野方配水塔 登録有形文化財(建造物)
東京都中野区江古田1丁目3番1号
昭和前/1929
鉄筋コンクリート造、屋根コンクリートアスファルト塗、建築面積187u、石柵付
「東京23区北西部への配水を目的として建設。高さ34mの鉄筋コンクリート造構造物で、東側に階段室、頂部に換気塔を付け、水槽周壁上部にはアーチ形窓を配する。壁体内の漏水防止用鋼板に最初期の溶接技術を用い、ドーム付円筒形水道塔としても最初期の事例。」
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関東大震災後の復興期に都心部から流入してきた人々の人口増に対応するため、淀橋浄水場の設計者 中島鋭治の設計で昭和2年に着工し、昭和5年に完成した。
そこで反対側にまわってみました。
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「塔の高さは33.6メートル、基部の直径は約18メートルの鉄筋コンクリート造り。設計は「近代上水道の父」と呼ばれた中島鋭治博士によるものです。
着工は昭和2年(1927)で完成は同4年。昭和41年(1966年)に東村山浄水場ができるまで給水施設として使用されていました。その後1977年に中野区立「水の塔(みずのとう)公園」が作られ、野方配水塔は震災対策用の応急給水施設となりました。」
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塔に空襲時の弾丸の痕跡が残っていることから中野区の平和史跡となっています。
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ドーム型の屋根が特徴で地域のシンボルとなっているようです。
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2015年12月06日

学習院大学7 正門

北別館の前に2枚の半円形の御影石があります。
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旧中央教室前噴水御影石
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この石は、かつて中央教室(ピラミッド校舎)前の噴水の水盤として使われていました。
前川國男はこの中央教室を取り囲むように本部棟、北1号館、南2号館の設計を手がけ、校舎群全体をデザインしました。
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秋深まる構内を正門に向かって歩きます。
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守衛室と正門です。
入ったのは西門ですが 帰りは正門。ここで入構証を返却しました。
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学習院正門 国登録有形文化財建造物
明治/1908
門 煉瓦造門柱4基、間口11m、左右通用門付、塀 石造、総延長36m
「間口11mの正門で、左右に総延長36mの石積塀を延ばし、生垣を植える。柱間6.3mの主柱に木製扉を吊り、その両側に脇柱を建てて脇門とする。門柱はいずれも煉瓦積で、頂部に花崗岩製の柱頭飾りを戴き、格調ある構えとする。」
この正門の門柱は明治42年(1908年)目白キャンパスが開設当時のもの。
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右門標「学習院」の揮毫者は不明
左門標 「学習院大学」は昭和35年度の大学卒業生が寄贈したもので、第18代安倍能成院長が揮毫した。
7つの国登録有形文化財建造物は華族子弟のための教育機関であった学習院の歴史を物語る貴重な建物でした。
建物内部を見学できるキャンパスツアーも開催されているそうです。
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2015年12月05日

学習院大学6 北別館(旧図書館)

中央北寄りに建つ木造の北別館です。
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北別館(旧図書館)国登録有形文化財
明治/1909/1978移築・1997改修
木造平屋建、瓦葺、建築面積393u
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東西25m南北25mのL字形平面で、木造平屋建。
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「明治42年(1909年)に図書館として建てられた。元々は煉瓦造の書庫を持つ比翼型の建物であったが、文学部棟(北2号館)建設により、昭和53年(1978年)右翼が切り離されてL字型となり、今の場所に移設された。現在は学習院大学史料館として使用されている。設計は、旧東京音楽学校奏楽堂や旧帝国図書館を手がけた久留正道。」
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随所に洋風の装飾や建築様式が施されています。
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床下通気口には学習院の校章である桜花
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1997年に改修され 学習院大学史料館の閲覧室と事務室になっています。
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2015年12月04日

学習院大学5 東別館(旧皇族寮)

馬場から構内にもどり 正門のほうに行く途中に木造の校舎があります。
東別館(旧皇族寮)です。
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昔なつかしい校舎です。ふるさとのこんな校舎で学んだことを思い出しました。
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木造2階建ての建物は大正2年4月に皇族学生の寄宿舎(別寮)として建てられました。
昭和10年代後半まで皇族寮として使われたものです。
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玄関側にまわります。
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全寮制だった当時の皇族寮では山階宮武彦王、秩父宮雍仁親王などもここで過ごされたとのことです。
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車寄せの庇が高く設けられているのは、馬車で登校される皇族に配慮したもの。
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庇の正面や柱頭部には学習院の校章の桜の花がデザインされています。
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大正初期の寄宿舎として貴重な遺産です。
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東別館(旧皇族寮) 国指定有形文化財
大正/1913
木造2階建、瓦葺、建築面積457u
「皇族のための別寮として計画されたもので、北別館の東側に並び建つ。並列する東西棟の建物2棟を繋ぐ形式で、東西31m南北22mを測る。木造2階建、切妻及び寄棟造で桟瓦葺とする。北側に建ちの高い鋳鉄製の車寄を付設。大正初期の寄宿舎建築としても希少。」
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当時は全寮制だったのですねぇ・・・
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2015年12月03日

学習院大学4 厩舎

南1号館 7号館の裏の林の中の細い道を下ると 馬場と 厩舎があります。
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学習院の馬術部は120年以上の歴史を有する名門だそうです。
目白通りを挟んで北側の川村学園キャンパスと豊島区立目白小学校校地も旧制時代は学習院の敷地で、馬場や舎宅がありました。
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馬術部は、1879(明治12)年の馬術開業式以来活動を続ける歴史ある部。馬上から「こんにちは!」と声をかけてくれました。
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厩舎 国登録有形文化財
明治/1908/1927移築・1983改修
木造平屋建、スレート葺、建築面積293u
「桁行26m梁間9.7m木造平屋建、寄棟造スレート葺で、西側に切妻造の馬具置場を併設する。腰高の鉄筋コンクリート基礎上に上屋を建て、横一列の採光窓を開け、壁は下見板を張る。都心に残る数少ない明治期建設の現役厩舎である」
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乃木号碑
「乃木号は、旅順開城のとき、露将ステッセルが水師営会見記念のため乃木大将に贈られたアラビヤ産の名馬寿号を父に持ち、明治44(1911)年鳥取県の佐伯友文氏の牧場で生まれた。兄弟中で最も寿号に似ているところから、佐伯氏が乃木院長に寄付し、本院で飼養された。昭和12(1937)年27歳で天寿を全うするまで、永い一生を本院馬術のために捧げた功を称えて同年桜友会有志により、馬場の片隅に「乃木号碑」が建てられた。」説明文より
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キャンパスマップです。
タグ:文化財 建物
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2015年12月02日

学習院大学3 西1号館・南1号館

div>昭和5年(1930年)に中等科教場として竣工された西1号館です。
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これは裏側
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西1号館(国有形登録文化財)
昭和前/1930/1954増築
鉄筋コンクリート造3階一部地下2階建、建築面積1366u
ネオゴシック様式を基調とした外観で、外壁はスクラッチタイル貼
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中央教育研究棟
かって ここにはピラミッド校舎がありました。
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ピラミッド校舎頂部の説明板
前川國男が設計 和35(1960)年に竣工。
ピラミッドのような形をした建造物がキャンパス中央にあり「ピラ校」と通称され習院大学のシンボルでした。
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中央教育研究棟前広場にはピラミッド校舎頂部がモニュメントとして設置されています。
2010年10月、広場は「ピラミッド広場」と命名された。
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南一号館(旧理科特別教場) 国有形登録文化財
昭和前/1927
鉄筋コンクリート造3階一部地下1階建、建築面積824u
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東西54mのI字形の対称形平面で、北面中央に石貼の玄関ポーチを構える。1階窓の尖塔アーチなど、垂直性を強調したネオゴシック様式の外観をもち、外壁にはスクラッチタイルを貼る。
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館内のところどころには、アールデコ様式の装飾が施されている。
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