2015年08月31日

丸の内夏の陣・丸ビル1階マルキューブ

丸ビル1階マルキューブです。
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ここはいろいろなイベントをやるので 楽しみな場所の一つです。
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「大坂の陣400年 丸の内夏の陣 真田幸村と戦国武将たち」
8月13日(木)〜8月29日(土)
行ったのは 最終日でした。
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大坂夏の陣で活躍し、日本一の兵と謳われた真田幸村と戦国武将たちに関するさまざまな展示していました。
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パネルの説明もありました。
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説明文です。
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いろいろなグッズも販売していました。
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大河ドラマ 「真田丸」の宣伝もありました。
中央には「大坂夏の陣」にかかわる戦国武将の甲冑レプリカを、全6体展示してありました。
ひとつずつ見てみます。
タグ:イベント
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2015年08月30日

KITTEに土俵が・・・

東京駅南口KITTEに行きました。
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「はっきよいKITTE」というイベントをやっていました。
開催期間 : 2015年8月12日(水)〜29日(土) 会場 : KITTE 1F アトリウム
「大すもう展」では 土俵やいろいろなものを見ることができるというニュースを見たので ああ〜それを見てみたいと思いましたが 最終日は やっていなくてアトリウムは周りをぐるっと黒いパネルで覆われていて何も見えません。
しかもすごく混んでて しかも半端じゃない行列で 何事かと思ったら。。。
その日は 大相撲の夏巡業「KITTE場所」でした。
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しきりで囲まれて何も見えないし 通路外側はびっしりと 行列です。
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上へと誘導するエスカレーターもロープで制限されて ぐるりと行列・・・
行けども行けども 上までどこも隙間などありゃしない。
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ちょっとの隙間から写真を写して早々に戻りました。
途中 通路をお相撲さんが通りましたが ここも人人人・・・で 制限されていて どうしようもなく混んでいて 見たいわけでもないただの買い物客はガードマンにそこを通るなだの 入るな だの理不尽なことを言われ 押され身動きが取れず 大迷惑!!
知らずに 行った私がばかなのか それとも イベント優先なのかは知りませんが何もこんな商業施設の内部でやらなくてももっと広い場所でやればいいのでは? 二度とこんなことに出会いたくはないです。
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長居したくもなく何とか人ごみを抜け出て 地下から東京駅に向かうとき 壁にこんなものを見つけました。
タグ:イベント
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2015年08月29日

城立寺 鬼子母神堂

境内右手にある鬼子母神堂です。
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伝教大師の作と伝えられる鬼子母神像が祀られています。
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鬼子母神像は一木三体の一つで、京都府「妙覚寺」富山県「真乗寺」に安置されているそうです。
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お堂前の説明文
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伝教大師作南無鬼子母尊神除難塔
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城立寺 竜鳴水(1767年奉納の水鉢)
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現在は竜に手をかざすと水が出るハイテク・・・
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常寂光門(旧山門)遺構保存資料庫

この後 一之江名主屋敷・田島家屋敷跡へ向かいます。
タグ:神社・寺院
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2015年08月28日

城立寺本堂

城立寺は日蓮宗で本高山と号し、千葉県松戸市平賀にある本土寺の末寺です。
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これが 松戸市の本土寺
「本土寺」は「長谷寺(ちょうこくざん)」と呼ばれています。
もと源氏の名門平賀家の屋敷跡と伝えられ、1277年日蓮上人の弟子日朗を導師として招き開堂。
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池上の長栄山本門寺、鎌倉の長興山妙本寺とともに朗門の三長三本の本山と称される名刹です。
現在では1万株のあじさい、5000株の花菖蒲でも 有名で、「あじさい寺」とも呼ばれ アジサイの季節は多くの参拝客でにぎわいます。
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城立寺本堂
開山は元和2年(1616)で、日念が本土寺の日舜上人から本高山城立寺の名を授けられといわれています。
寛永5年(1628)に一之江新田の開拓者である田島図書(ずしょ)が開基となりました。
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境内右手には 田島図書の墓(区登録史跡)と石造釈迦如来坐像(区登録有形文化財)があります。
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石造釈迦如来坐像(江戸川区 有形文化財)
寛文三年(1663年)大工三左衛門の作で、台座を含め三メートル余りある一石丸彫りの区内で最も大きな石造仏。
台座の銘文によると、田島家の八郎兵衛尉重信が祖先の菩提と一切衆生の利益のために造立、寄進したとある。
大正12年(1923)の関東大震災、平成23年(2011)の東日本大震災で首が折れ、修復されました。
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田島図書の墓(江戸川区登録史跡)
「田島図書はもと豊臣家の家臣で堀田姓を名のっていましたが、関ケ原合戦に参戦後、敗れて関東に下り西一之江村大杉の田島庄兵衛方に寄寓し、田島姓を名のって一之江新田の開拓を進めました。寛永5年(1628)に城立寺の開基となり、寛永20年(1663)12月25日に没しました。図書の墓は笠付きのもので「妙法正善院日慶」の法名が刻まれています。

この寺は、地元の名主であった田島一族の菩提寺
墓地には“田島”と彫られた墓石が並んでいます。 
タグ:神社・寺院
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2015年08月27日

瑞江駅〜城立寺

都営地下鉄新宿線の瑞江駅です。
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瑞江駅 東京都江戸川区瑞江二丁目
駅シンボルは桜で 北口入口上部にある桜を模した装飾があります。
駅近辺は きれいに区画整理されていて アパートなどがたくさん建っています。
ところどころ ビニールハウスや畑が残っていて田園地帯だったことを偲ばせています。
京葉道路の高速高架下をくぐり 駅から徒歩16分というところに 寺があります。
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道路沿いに 鬼子母神像安置の碑があります。
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城立寺山門です。
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脇にあった説明板
「千葉県松戸市にある本土寺の末寺で、開基は元和2年(1616年)と伝えられる。本堂の右手にある鬼子母神堂には、伝教大師の作と伝えられる鬼子母神像を安置。
この地の名主であった田島一族の菩提寺で、墓地には一之江新田の開拓者である田島図書の墓があり、江戸川区の史跡に登録されている。また、田島家の墓の前には田島家の菩提を弔うために造られた寛文3年(1663年)作とされる大きな石造釈迦如来坐像があり、江戸川区の有形文化財に指定されている。」
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城立寺
住所江戸川区春江町2-39-28
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山門扉
昔、春江町付近は椿の群生地で、ここ城立寺にはその原木があったと伝えられている。
現在では椿村、椿町と続いた地名も無くなりましたが 土地の名にちなんで「椿寺」ともいわれています。
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山門の中に入ります。
タグ:神社・寺院
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2015年08月26日

武士道ジェネレーション

剣道少女たちの「武士道」シリーズ最新刊を読んだ
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武士道ジェネレーション 
誉田 哲也 
出版社: 文藝春秋 (2015/7/30)

武士道シックスティーン 
武士道セブンティーン
武士道エイティーン 
このシリーズが大好きで 最新刊が出てわくわくしました。
インターハイから 2年。
大学生になっていた 甲本早苗と磯山香織。

香織は剣道推薦で大学に進学。全国大会など剣道で活躍する日々。
そして今 桐谷道場の後継者問題に 真っ向から取り組んでいた。
真の武士道精神とは?
その極意を学ぶため 全身痣になりながらも特訓する。

日舞から剣道に転向した早苗は膝を痛め 剣道から離れていた。
教授がいきなり慰安婦問題や南京事件を取り上げ、「昨今の歴史修正主義的な考え方」への批判の講義をした。
それは おかしい・・・と 呟けば 留学生が猛烈に抗議してくる。
留学生との文化や歴史認識の違い教授の自虐史観論。
大学に進学した早苗は 日本史の初講義に幻滅する。

道場にやってきたアメリカ人と 戦争について話し合う場面がある。
民間人への攻撃大量虐殺に他ならない。 原爆投下 ・・・
戦争を終わらせるためとアメリカ人は言う。
それは ちょっと違うのじゃないかと 早苗。

最近 ロシアの副首相は「真の(日本の)男なら、伝統に従ってハラキリをして落ち着いたらいい。」といったそうですが 本当の武士道精神とは そんなものじゃない。そのような伝統もないし。

武士道について歴史感が絡む内容になっていますが 読者に考えさせるいい機会になると思います。
日本人が考える武士道、外国人が考える武士道の違いにもつながります。

前に進み戦うも 武士道
何かを守り潔く引くのも 武士道

中学生の子供たちに 教える中で いろいろな場面が出てきます。
本当の武士道精神とは何かを 少しだけでも学んだ気がしました。

これで このシリーズ終わりなのかなぁ・・・
是非 その後も 読んでみたいです。
タグ:読書
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2015年08月25日

東京国立博物館本館1階テラス・ラウンジ

実は 2Fにも同じ場所に休憩用のラウンジがあります。
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2Fはテラスにでることはできませんし 普通の椅子などが置いてあるだけです。
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これは1F テラスのラウンジです。
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壁も豪華
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この壁は豪華絢爛。布だと思いますが ガラスか石か・・・散りばめられています。
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まるで 洋館にいるようです。
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扉の上の時計もおしゃれ。
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手r巣出入り口のドアは1か所です。
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この椅子がまた 素敵です。
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座りごこちはよかったです!
ここでお茶など飲むことができれば 本当に幸せな気分になれるのでしょうが・・・
館内は決められた場所以外 飲食禁止です。
博物館にいることを忘れそうになるほど 豪華なラウンジから 展示室の残りを巡りました。
ここは一日がかりでも 全部みることは難しいくらいです。
展示物は 会期ごとに変化するので何度来ても 新しいものに出会えます。
また 今度・・・・・上野駅に向かいました。
posted by うめのはな at 07:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 台東区

2015年08月24日

東京国立博物館本館1階テラス

本館2階から見て 1階へとむかいます。
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大階段踊り場のステンドグラス。
本館1階の15室と16室の間にテラスがあります。
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テラスに出ると日本庭園が見えます。
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テラスから庭園に行くことはできません。
春と秋に庭園が入館者に解放されます。桜の季節もいいのですが 秋の紅葉がとてもきれいです。
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テラスから見た本館
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平成13年(2001)に重要文化財に指定。
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渡辺仁による設計で、コンクリート建築に瓦屋根をのせ、東洋風を強く打ち出し、「帝冠様式」の代表的建築とされています。
和風の屋根で 日本伝統の木造建築を鉄筋コンクリートに置き換えた、形と技術の和洋折衷建築と なっています。
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扉の中は ラウンジです。
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ラウンジの内装がとても素敵です。
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豪華な装飾を見てみます。
posted by うめのはな at 07:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 台東区

2015年08月23日

東京国立博物館本館エントランス

東京国立博物館本館です。
J.コンドルが設計し、明治15年に開館した旧本館は関東大震災で大きな被害を受けました。
現在の本館は 昭和13年(1938)に昭和天皇の即位を記念して設計を公募し 建てられました。
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旧東京帝室博物館本館 1937(昭和12)年
重要文化財
設計 : 渡辺仁、内匠寮(宮内省)
施工 : 大林組
東京台東区上野公園13-9
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エントランス意匠
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本館の中に入ると 目の前に豪華な大理石張りの階段があります。
ここは時々 TVドラマで使用されているようです。
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階段まわりの照明なども豪華です。
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柔らかな自然光が差し込みます。
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大きな荷物はロッカーへ・・・
扉も金色。
東京国立博物館は年に1〜2度来ているのですが いつ来てもこのエントランスに圧倒されます。
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2015年08月22日

東京国立博物館本館 日本美術・1階

1階はジャンル別展示です。
11:彫刻
12:漆工
13-1:金工
13-2:刀剣
13-3:陶磁
14:特集
15:歴史の記録
16:アイヌと琉球
17:保存と修理
18:近代の美術
19:みどりのライオン 体験コーナー
20:ミュージアムショップ
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重要文化財 金銅火焔宝珠形舎利容器 鎌倉時代・13〜14世紀
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国宝 太刀 1口 古備前正恒 平安時代・12世紀
刀剣室なのですが ゲームやアニメのおかげで 若い女性にブームなようで 混雑していました。
この日は若い女性だけでは なく男女それに外国人が多かったです。
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重要文化財 銅人形 岩田伝兵衛作 江戸時代・寛文2年(1662)
15室 養生と医学です。
この部屋は 医学ということで解剖図や骨なども展示されていました。
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老猿 1基 高村光雲作 明治26年(1893)
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老人の首 1個 高村光太郎作 大正12年(1923)
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最後の近代の美術のあとは みどりのライオン 体験コーナー
掛け軸の「阿弥陀知来像」の5つに分けての制作過程を見ることができます。
白い葉書に 好きなスタンプを押すコーナーもありました。

最後にミュージアムショップでお買い物です。
本館建物は内部もすばらしいので 写真を撮ってきました。
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2015年08月21日

東京国立博物館本館 日本美術・2階

本館は日本美術です。
2階から1階へと 廻るのがいいでしょう。
たくさんの所蔵品があるので 期間ごとに展示品が変わります。
ですから 何度行っても素晴らしいものに出会えます。
とても広いので それなりの時間が必要です。
それと 体力も・・・
ところどころ 椅子があるので 休憩しながら見ることができます。
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2Fは縄文時代から江戸時代まで、時代を追って展示する「日本美術の流れ」です。
1-1:日本美術のあけぼの
―縄文・弥生・古墳
1-2:仏教の興隆―飛鳥・奈良
2:国宝室
3-1:仏教の美術−平安〜室町
3-2:宮廷の美術―平安〜室町
3-3:禅と水墨画―鎌倉〜室町
4:茶の美術
5・6:武士の装い―平安〜江戸
7:屏風と襖絵―安土桃山〜江戸
8-1:暮らしの調度
8-2:書画の展開―安土桃山〜江戸
9:能と歌舞伎
10:浮世絵と衣装―江戸

写真撮影は フラッシュ無しならOK。
ただし 作品に不可のマークがあるものは 撮影できません。
ほんの少しだけ 撮影しました。
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銅造聖観音菩薩立像(模造)1躯 原品:奈良県薬師寺
レプリカなのですが 気に入ったので・・・
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重要文化財 愛染明王坐像 鎌倉時代・13世紀
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素襖 縹麻無地隅取角三字紋付
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菊折枝据文鞍鐙
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龍起雲図 1幅 円山応挙筆 江戸時代・寛政6年(1794)

国宝だの重文だの数多くあるのですが 欲張らず数点だけ・・・・
撮影可ですので 外国人の方も 多かったです。
休みながら ようやく2階を見て 1階に行きます。
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2015年08月20日

東洋館〜本館へ

東洋館地下1Fでは アジアの染織 の展示がありました。
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興味があったのでそこだけ 見ました。
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儀式やお祝い事の場を飾る浮紋織や縫取織といった織物、絣糸で文様を表わしたイカットなどが多数あります。
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インド・ガンダーラの彫刻や中国などの仏像などもあります。
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東洋館も5階まで展示室があり じっくり見るには相当な時間がかかります。
ここは 常設なので 後日また見ることにして 東洋館を出ました。
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東洋館前から見た 表慶館が美しいです。
修理が終わったのち 建物内部を見学しましたが すばらしい造りでした。
現在 休館中ですが9月には展示がはじまります。
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本館に向かいます。
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東京国立博物館
1872年(明治5年)に創設された、日本最古の博物館
本館、表慶館、 東洋館、平成館、法隆寺宝物館の5つの展示館と資料館 庭園などがあります。
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2015年08月19日

ミイラとエジプトの神々・東洋館

国立博物館は敷地が広いので 東洋館への移動時は暑かったです。
平成館〜本館と館内でも移動できますが 長傘・日傘は持ち込めないので 外を移動しました。
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本館の隣が 東洋館
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東洋館   2013年1月リニューアルオープン。
中国、朝鮮半島、東南アジア、西域、インド、エジプトなどの美術と工芸、考古遺物を展示。
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親と子のギャラリー ミイラとエジプトの神々
東洋館 3室    2015年7月22日(水) 〜 2015年9月13日(日
こちらは 常設展のチケット(620円)で入れます。ここは わりと混んでいました。
なんせ 本物のミイラが展示されていますから・・・・
古代エジプトのミイラがいつでも展示されているのは、日本ではトーハクだけだそうです。
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ピンボケ・・・中は暗いのです。
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セクメト女神像
新王国時代(第18王朝アメンヘテプ3世治世)・前1388年〜前1350年頃 エジプト テーベ出土
雌ライオンの頭をもった女性像で表される女神。
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バステト女神像 
末期王朝時代後半〜プトレマイオス朝時代初頭・前5世紀〜前4世紀頃 エジプト出土
金の耳輪をつけ、縞模様の半袖長衣を着た猫頭の女神立像。バステトは音楽、保護、多産などを象徴する神。
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ネコのミイラのマスク

展示されている像はすべて古代エジプトで信仰されていた神さま。
ネコや魚、鳥やライオン、カバなど、エジプトにいた動物たちの姿で表わされています。
動物たちは 人間にはない素晴らしい能力を備えた神聖なものだったようです。
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明治37年に日本へ寄贈された一体のミイラがあります。
(展示されていて 写真撮影可ですが 冒涜のようで写しませんでした)
黒いもので覆われ その中は謎でしたが 最新のデジタル技術を使い甦らせました。
隠された色鮮やかな図像や、さらには亜麻布に包まれた内部の姿にまで迫ることが可能になったそうです。
地下1F ミュージアムシアター「東博のミイラ デジタル解剖室へようこそ」で見ることができますが 上映は時間制で大人は有料です。
時間の関係で見ませんでした・・・
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2015年08月18日

「クレオパトラとエジプトの王妃展」3〜5章

王は現人神であり 王妃たちもまた女神にあやかった美しい装身具などで装いました。

第3章「美しき王妃と女神」
多くの王妃や王の母の像やレリーフなどの展示があります。
古代エジプトの王妃の像は、額に聖蛇ウラエウスをつけていたり ハトホル女神はウシの耳や角、そして独特の髪型で表されています。

第4章「権力を持った王妃たち」
第18王朝は特に王妃が活躍した時代です。
本来ファラオには男性しかなれないのに、女性のファラオが登場したのもこの時代です。
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右に男装の女王ハトシェプスト女王の像があります。
男装し 本来の正しいファラオの姿をとることで、自分の権威を守ろうとしたのでしょう。
しかし 彼女の死後、女王の像は息子トトメス3世によって徹底的に破壊され、王名表からも名前が削られたそうです。
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王妃ネフェルトイティの頭部
絶世の美女・・・・

4人の王妃(クレオパトラ、ハトシェプスト、ティイ、ネフェルトイティのかわいいイラストもありました。
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「クレオパトラとエジプトの王妃展」ジュニアガイドより
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エジプト3000年の長い歴史の説明文です。

5章「最後の女王クレオパトラ」
クレオパトラだといわれている像が数点。

古代エジプト最後の王朝となったのが、ギリシア系王国の1つプトレマイオス朝(前304〜前30年)
クレオパトラは古代エジプトの最後の女王としてではなく、妖艶な美女として表現されました。
クレオパトラの、毒蛇に自身を噛ませて死んだという最後のシーンは有名で 絵画が展示されていました。

たっぷり時間をかけて館内の展示を見た後 平成館1Fのラウンジに行きました。
ここは飲食可の場所です。
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ここだけ 撮影可のコーナーです。
記念写真用に ぬいぐるみの蛇やかぶりものなどが 用意されていました。

休憩ののち 東洋館に行きました。
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2015年08月17日

「クレオパトラとエジプトの王妃展」1〜2章

平成館の特別展「クレオパトラとエジプトの王妃展」です。
入場は待つこともなくスムーズでした。
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「クレオパトラとエジプトの王妃展」
平成館 特別展示室 2015年7月11日(土)〜 2015年9月23日(水)
クレオパトラに代表される古代エジプトの王妃や女王たちをテーマにした展覧会です。
第一展示室にはいるとすぐ 目の前にあるのが  逸話をもとにクレオパトラの死の場面を象徴的に表わした像。
胸をあらわにした彼女の右腕には毒蛇が絡みついています。
8月12日は、クレオパトラが亡くなった日とされています。

クレオパトラが愛した都、アレクサンドリアの紹介映像。
海底に沈んだこの町が実在したとわかり、そこから発見された遺物が日本で展示されたのが2009年です。
現在のアレクサンドリアはカイロに次ぐ エジプト第二の都市です。
海に面した美しい都市です。
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撮影不可なので これは パンフレット写真です。
第1章「王(ファラオ)をとりまく女性たち」からはじまります。
「王の母」の代表として、王妃ヘテプヘレスを紹介。
天蓋と収納箱、肘掛椅子、寝台、枕、輿(全て複製)があります。
展示室では王妃ヘテプヘレスの寝室を再現しています。

寝にくそうなベッドと枕が 気になりました。
ベッドや輿から推測すると 小柄ですね〜

第2章は「華やかな王宮の日々」
調度品や装飾品 腕輪名などの展示
腕輪は細くて 驚きます。
金のほかに紅玉髄やガーネット、ラピスラズリなどを使用。
「王宮の窓」というものがありましたが、細かい柵が牢獄のようです。
華やかな王宮も実は 囚われの身のような生活だったのかもしれません。
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2015年08月16日

東京国立博物館へ・上野公園

8月14日 上野に行きました。
連日35度の猛暑が少しだけ 和らいで 昼頃出かけました。
この日は 電車も バスも 駅も 飲食店もどこもかしこも混んでいました。
それほど暑くもなく 日差しもなかったので 上野駅公園口から歩きました。
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国立西洋美術館 東京都台東区上野公園7
ボルドー展 ―美と陶酔の都へ― 開催中です。
この通りは すごい人通りです。ここで少しだけ人が減ります。
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国立科学博物館
特別展・企画展生命大躍進−脊椎動物のたどった道− 開催中
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ここでは半分くらい 人が減り 中に入っていきました。
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D51があり 子供むけのイベントや展示があるので 家族連れには大人気のようです。
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シロナガスくじらのオブジェが目立ちます。
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東京国立博物館です。
チケット売り場は 並ぶというほどではありませんでした。
チケットはもっていたので そのまますぐ入場します。
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表慶館(現在休館中)の前を通り 平成館に向かいます。
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平成館です。
人は絶え間なく・・・ですが 行列ではなかったのでほっとしました。
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「クレオパトラとエジプトの王妃展」 これを見ます。
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2015年08月15日

水曜日の凱歌

終戦記念日なので 読んだ本をもう1冊・・・
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水曜日の凱歌
新潮社 (2015/7/22)乃南 アサ (著)

昭和20年8月15日 終戦の日。
男たちは戦争に負けたが 女たちの新たな戦争がはじまった・・・
敗戦国日本に進駐軍がやってくる。
日本女子の貞操を守らねばならない・・・・
そのため 職業として多くの女たちを集め 進駐軍の相手をさせることにした。
母と二人きりになってしまった 十四歳の鈴子は 家を焼かれ 東京を転々としていた。
英語ができる母は 通訳として雇われることになった。
それが 歴史に残るRAA(特殊慰安施設協会)である。
集められた女たちと 進駐軍との通訳・・・
大森海岸の料亭「小町園」が第一号で 次々と開設されていった。
14歳の鈴子は おぼろげながらその職業が何であるのか 理解していく。
身を守るため 坊主頭にされた鈴子。
その後 母は米軍の将校と仲良くなり 熱海に移転。
将校の庇護のもと 何不自由のない生活をするが 母に対して反発も覚えていく。
翌年には 公娼制度が廃止される。
職を失い 収入が途絶えることを恐れた 女たちは熱海へも殺到し 民間の慰安所へと流れていく。

国家、女と男、アメリカ、自由・・・ 戦後の混乱期 主を失った女たちは家族を養うため 稼がなければならない。
しかし 手に職もなくお金を稼げない弱い立場の女たち。
戦後を生き抜いていくには 女でも一人で生きていく力を備えなければならない。
しかし 自分の恵まれた立場は 生きるため身を売っている女たちの 犠牲の上にある。
そんな 矛盾した生活に悩みながらも 生きていく姿を 少女の目を通して描いている。

フイクションではあるが 少なからずも戦後の日本の姿を描いていると思う。
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2015年08月14日

竹林はるか遠く(読書)

竹林はるか遠く という本を 知ってさっそく読んでみました。
竹林はるか遠く―日本人少女ヨーコの戦争体験記,YokoKawashimaWatkins,都竹恵子
ハート出版 (2013/7/11)
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1986年にアメリカで刊行後、数々の賞を受賞。中学校の教材として採択されています。
原書「My Brother, My Sister, and I」の受賞歴
・全米図書館協会ヤングアダルト優秀図書選定
・ペアレンティング誌 優秀図書選定
・ニューヨークタイムズ 優秀図書選定
・週刊パブリッシャーズ優秀図書選定

藤原てい さんの「流れる星は生きている」も満州から子供3人をかかえ 引き揚げてきた悲惨な苦労話で読んだとき 涙がでたものですがこの竹林はるか遠くも終戦時 ソ連が侵攻してきた朝鮮半島から命からがら 逃げてきた話なのです。
母と姉の3人で決死の朝鮮半島逃避行。
11歳の少女の目で見た ノンフィクションです。
ソ連の国際法違反の突如の侵攻。
女子供は連れ去られ 家の中のものはすべて奪われ 身を守るため坊主頭にして逃げる。
欠乏する食糧、死んでいく仲間、抗日パルチザンの執拗な追跡や容赦ない襲撃。
朝鮮人の略奪 暴行 強姦・・・
金歯まで抜いていくという 無慈悲な行い。韓国側が問題視する、日本人女性が集団で襲われ朝鮮人に強姦されるというシーンも描かれている。

在米韓国人は、この本に「日本による極悪非道な朝鮮植民地支配が描かれていない」と批判し こうした事実の存在を韓国側は認めない。
しかし この本の中には親切にしてくれた 朝鮮人のことも描かれていて あくまでも 少女の目で見た中立な視点で描かれています。
歴史のねつ造ではなく 事実を描いたものなのです。

口では言い表せない 悲惨な状況と苦労の末 日本に引き揚げてきましたが 住むところもなく食料もなく京都駅の中をねぐらにし 残飯をあさり飢えをしのぎますが 母親がそこで息絶えてしまい 姉妹二人が残されてしまいます。

続編がよみたいな・・・と思い探したら 今年の4月に出版されていました。
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続・竹林はるか遠く―兄と姉とヨーコの戦後物語
ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ (著), 都竹 恵子 (翻訳)ハート出版 (2015/4/25)

兄が引き上げてきて 3人での生活がはじまります。
親切な人が 倉庫を貸してくれてそこで生活をはじめますが 貧困 飢え そしていじめは変わりません。
親を失った引き揚げ者のが味わった貧しさ、イジメ、言いしれぬ差別、受難、濡れ衣・・・・
学校での差別 いじめがとてもひどいです。
せっかく生きながらえて 日本に戻ったというのに 今度は日本人からのいじめなのです。
そんな中でも 支え理解してくれる人もいて 生きていくことができます。
誇りを失わず 人を憎まず 礼を尽くし ひたむきに生きる兄妹たちの姿と家族の絆を描きます。

実体験を描いた本です。
苦難に負けない兄弟愛を描いた感動物語はニューヨークタイムズ゙を始め数々の書評誌に「名著」として取り上げられました。
著者は現在 アメリカで暮らしています。
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2015年08月13日

澤蔵司稲荷 ・鎮守の杜2

ここは、昼間でも薄暗くて不思議な雰囲気が漂う場所です。
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何がどう・・というのではないのですが どこかに迷い込んだような気がして ちょっと怖くて長居したくない感じです。
写真も いくつかピンボケになっていたりして・・・・気のせいでしょうねぇ。。。
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朽ち果てたような五重塔
鳥居もなくなっています。
この窪地には たくさんの祠がありますが 古くてもきちんとお参りされているようで 榊やお供え物がありました。
大切な場所なのですね。
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帰りがけに 大黒様を見つけました。
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朽ちた巨木の前にも鳥居と狐様が・・・
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結構な高低差があるのです。
異世界のような場所なのですが きちんと手入れされていて歩きやすかったです。
もちろん看脚下です。
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参道に石造の五重塔がありました。
詳細は不明ですが 塔の土台部分は富士山の黒ぼく石だそうです。
江戸末期に富士山の黒ぼく石を搬入してお穴様(霊窟)や境内を整備した記録があるので建立はそのころらしいです。
昔は富士山の黒ぼく石を使い 富士塚などを使用していたのですが 現在は持ち出し禁止です。
窪地を出て 本堂前に戻ると目が覚めたような感覚になりました。
不思議なことです・・・・
今回は事前の知識もなく 突然現れた異世界に驚き 急いで参拝したので もう一度あの場所に行きたいという気持ちになりました。
それにしても東京都心にこういうところが残されていたなんて 思いもよりませんでした。
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2015年08月12日

澤蔵司稲荷 ・鎮守の杜1

お穴の周りの崖にも狐様が並んでいます。
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真ん中に小さな狐様が見えます。
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窪地には狐が棲んでいたという穴が存在していたのか 小さな祠が多数祀られています。
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霊窟の上のほうにも 祠があります。
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そんなに広くない敷地に、谷、小高い丘といった感じで 都心とは思えない鎮守の森という感じです。
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苔むした狐様が守っています。
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ここは 江戸時代そのままのお社なんでしょうか・・・・
「鎮守の杜」に相応しい樹齢数百年の樹木に囲まれています。昭和20年5月25日の空襲で傳通院方面から類焼してきた火災が止まり澤蔵司稲荷境内の建物の一部 このあたりは被災を免れたということです。
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2015年08月11日

澤蔵司稲荷 霊窟(お穴)

「東京名所図会」には、「東裏の崖下に狐棲(狐の棲む)の洞穴あり」とあり、今も霊窟と称する窪地があります。
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下りたり 上ったりの窪地です。看脚下 の意味がようやくわかりました。
木立に覆われ窪地にいくつもの稲荷が祭られており、鳥居が立ち並び冷気も漂い なんとも不思議な感じです。
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朱塗りの鳥居に囲まれた祠(ほこら)があります。
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霊屈「お穴」です。この辺りは異界に迷い込んだかのような霊気が漂う気がします。
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沢蔵司稲荷 霊窟。
明治の頃に石組み等の若干の整備はされていますが往事の面影を留めているそうです。
奥のお穴はふさがれています。
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大切に守られている お穴の前には たくさんの狐様。
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脇の崖にも お穴を守るお狐様が並びます。
欠けているものもあって・・・可愛そう・・・
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横からみています。
「沢蔵司は”天ぷら蕎麦”が好物で、伝通院の門前近くのそば屋でよく食べていたそうです。沢蔵司が来店すると、必ず売り上げの中に木の葉が混じっていたといわれています。
主人は、沢蔵司は稲荷大明神であったのかと驚き、毎朝「お初」のそばを供え、いなりそばと称したという。」
稲荷蕎麦「萬盛」さんは 現在でもその日の初茹で(初釜)のお蕎麦が朱塗りの箱に収められ奉納されているそうです。
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2015年08月10日

澤蔵司稲荷 奥の窪地へ

奇妙な顔の石仏さまからさらに奥に進みます。
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安政6年と書かれた 昔の手洗用の石なんでしょうねぇ・・・
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ここから先は江戸時代と変わらぬ風景だそうです。
ちょっと空気が変わるのです。
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古い祠がたくさん並んでいます。
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それぞれにお狐様が・・・
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玉垣に寄進者の名まえがあります。
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さらに石段を下ります。
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2015年08月09日

澤蔵司稲荷・旧社殿跡の祠 

禊観音様の周りにもいろいろな碑や狐様や地蔵尊があります。
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禊観音様の後ろの大きな石碑は岡田惟煕氏追悼の「硯塚」
嘉永七年申寅 冬 十二月 建立と有る。
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手水舎の後ろに旧社殿跡の祠が見えます。
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本地堂「 十一面観世音」と書かれた札があります。
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旧社殿跡のまわりには小さな祠もたくさんありますが 1対の狐さんの後ろ姿に惹かれて前にまわりました。
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仲良し狐さん!
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おあなから 奥に進む参道です。
そこで奇妙な石仏が目に入りました。(左下)
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この石仏さまはいったい何?
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2015年08月08日

澤蔵司稲荷・江戸時代舊(旧)社殿之跡

本堂の右手からはさらに奥へ続く道があります。
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「霊窟(おあな)」と呼ばれる窪地に続いています。
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右手には江戸時代舊(旧)社殿之跡の石碑
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旧社殿跡の記
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江戸後期に画かれた江戸名所図絵「無量山傳通院境内大絵図」
赤丸はムクノキ
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参道入り口「おあな」の右手は「築山」となっています。
東日本大震災では境内にある20基程の石灯籠のうち江戸期の古い石灯籠5基ほどが倒壊したそうです。
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禊(みそぎ)観音、水掛(みずかけ)観音様
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2015年08月07日

澤蔵司稲荷・手水舎(水屋)

澤蔵司稲荷の本堂手前にある手水舎(水屋)です。
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昭和20年5月25日の小石川方面への空襲でも焼け残ったものだそうです。
「木鼻」や「彫刻」がすばらしいです。
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天井も総欅の格天井で全て「欅 けやき」材で出来ているそうです。
紅梁の上の欄間は太田道灌公の鷹狩り「山の里吹」の故事に因む彫刻がほどこされています。
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太田道灌公が鷹狩りで雨に遭い農家で娘から蓑(みの)を借りようとした場面。
花は 山吹。
七重八重花は咲けども山吹の(実)みのひとつだになきぞかなしき」の古歌が知られています。
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この手水舎はたいそう立派なものなのですが 残念なことに水道の蛇口が見えているので興ざめ・・・・・
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石段を登ってきて一番初めに目に入ってくるお狐さまです。sawmizuya (6).JPG
水屋の脇に小さなお社とお狐様。
このお社の前の一対の狛犬らしきものに目が行きます。狐ではありません・・・・
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沖縄の土産物店で見かける シーサー???
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2015年08月06日

澤蔵司稲荷・ 慈眼院本堂

慈眼院 澤蔵司稲荷本堂です。
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浄土宗 無量山 慈眼院 文京区小石川3-17-12
元和6年(1620)に、伝通院塔頭寺院として現在地に創建。
本尊 阿弥陀如来像
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「伝通院の学寮に沢蔵司という修行僧がおり 入寮から僅かか3年で浄土宗の奥義を極めたそうです。
澤蔵司が、学寮長樋山和尚の夢枕に立って「そもそも余は太田道潅公が千代田城内に勧請せる稲荷大明神なるが浄土の法味を受け多年の大望ここに達せり。今より元の神に帰りて長く当山を守護して法澤の荷恩に報い長く有縁の衆生を救い、諸願必ず満足せしめん。速く一社を建立して稲荷大明神を祀るべし」と告げて白狐の姿で去っていった・・」
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伝通院の住職、郭山上人は「澤蔵司稲荷」を境内に祀り、慈眼院を別当寺とした。
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澤蔵司(たくぞうす)とは天保時代、学問を学んだとされる狐、また、その伝承を指す。
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昭和36年に再建された木造の本堂。
内外陣は総檜(備州産)造 下陣は折り上げ格天井 内陣も二段格天井
向拝は総欅造 格天井
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屋根は唐破風と千鳥破風の入母屋
本堂の北側奥には御神殿が隣接し殿内お厨子には太田道灌公の念持仏と伝わる十一面観音像(非公開)と澤蔵司尊像(4月9日の春季例大祭に年一回のご開帳)が安置されている。
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2015年08月05日

沢蔵司稲荷・慈眼院

石垣に沿って坂を少し下ると石段があります。
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沢蔵司稲荷・慈眼院 
(浄土宗 慈眼院 ・沢蔵司稲荷)
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「伝通院の学寮(栴談林といって修行するところ)に、沢蔵司という修行僧がいた。僅か三年で浄土宗の奥義を極めた。元和6年(1620)5月7日の夜、学寮長の極山和尚の夢枕に立った。
「そもそも余は千代田城の内の稲荷大明神である。かねて浄土宗の勉学をしたいと思っていたが、多年の希望をここに達した。今より元の神にかえるが、永く当山を守護して、恩に報いよう。」
と告げて、暁の雲にかくれたという。(「江戸名所図会」「江戸志」)
そこで、伝通院の住職廓山上人は、沢蔵司稲荷を境内に祭り、慈眼院を別当寺とした。江戸時代から参詣する人が多く繁栄した。
「東京名所図会」には、「東裏の崖下に狐棲(狐の棲む)の洞穴あり」とある。今も霊窟と称する窪地があり、奥に洞穴があって、稲荷が祭られている。
伝通院の門前のそば屋に、沢蔵司はよくそばを食べに行った。
沢蔵司が来たときは、売り上げの中に必ず木の葉が入っていた。主人は、沢蔵司は稲荷大明神であったのかと驚き、毎朝「お初」のそばを供え、いなりそばと称したという。
また、すぐ前の善光寺坂に椋の老樹があるが、これには沢蔵司がやどっているといわれる。道路拡幅のとき、道をふたまたにしてよけて通るようにした。
沢蔵司 てんぷらそばが お気に入り(古川柳) 文京区教育委員会」
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石段の壁に埋め込まれた狐のレリーフ
日向延岡藩 相木市兵衛、酒井五左衛門 の銘
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宝珠で遊ぶ子ぎつねを見守る親狐。微笑ましい・・・・
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提灯ですが 上部には三葉葵の紋
寺紋には稲と稲荷宝珠と 梵字
ここは稲荷神社ではなく、浄土宗のお寺なんですね〜
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階段を上ると石灯籠前に 看脚下 の文字
脚下を看よ自分の足元を見よ、という意味の漢語。転じて「足もとに注意せよ」の意味。
なぜここに こういう注意書きがあるのか 境内に入ってみて初めてわかります。
後に 驚きの場所に出合います。
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本堂に向かいます。
タグ:神社・寺院
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2015年08月04日

善光寺坂〜慈眼院澤蔵司稲荷

善光寺坂の坂上に伝通院 中間にムクノキがあり 坂下には善光寺があります。
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見にくいですが 地図があったので写してみました。
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善光寺坂のムクノキから少し下ります。
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小石川寺町散歩の石標があります。
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現在地と書いてある左側に 慈眼院澤蔵司稲荷があります。
ここから入ってみます。
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芭蕉の句碑  「一しぐれ 礫や降って 小石川」
滝澤公雄 句碑  「月かげに しのぶや聲の なき蛙」
この二つの句碑が並んでいます。
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杉崎月香翁 傘寿記念句碑  「しばらくは 落花の中に 立ち尽くす」
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坂道に沿って石垣が続きます。
この石垣は江戸名所図会「無量山境内大絵図」でも描かれ 江戸中期頃から石垣の存在が確認されています。
明治20年頃の道路拡幅工事により急傾斜の現在の石垣になりましたが石組み本体の石材は当時のものを利用しています。
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2015年08月03日

善光寺坂・ 善光寺月参堂

善光寺坂というのは小石川2丁目と3丁目の間の急な坂です。坂上に伝通院 中腹にムクノキ 坂下には善光寺があります。
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善光寺坂
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善光寺前に 案内板があります。
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善光寺坂(ぜんこうじざか)  小石川2丁目と3丁目の間
「 坂の途中に善光寺があるので、寺の名をとって坂名とした。善光寺は慶長7年(1602)の創建と伝えられ、伝通院(徳川将軍家の菩 提寺)の塔頭で、縁受院(えんじゅいん)と称した。明治17年(1884)に善光寺と改称し、信州の善光寺の分院となった。したがって明治時 代の新しい坂名である。坂上の歩道のまん中に椋(むく)の老木がある。古来、この木には坂の北側にある稲荷に祀られている、澤蔵司(た くぞうす)の魂が宿るといわれている。なお、坂上の慈眼院の境内には礫川(れきせん)や小石川の地名に因む松尾芭蕉翁の句碑が建立され ている。
 "一しぐれ 礫(つぶて)や降りて 小石川" はせを(芭蕉)
 また、この界隈には幸田露伴(1867〜1947)・徳田秋声(1871〜1943)や島木赤彦(1876〜1926)、古泉千樫(1886〜1927)ら文人 、歌人が住み活躍した。」文京区教育委員会 
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浄土宗寺院の善光寺は、文京区小石川にある寺院です。善光寺は、慶長7年(1602)に伝通院(徳川将軍家の菩提寺)の塔頭縁受院とし て創建、明治17年(1884)善光寺と改称し、信州の善光寺の分院になったといいます。
山門には本山(長野)善光寺御開帳のポスターが貼ってあります。
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お寺の塀には、寄進者の名前が彫り込まれてます。
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坂を少し上ると 善光寺のもう一つの門(月参堂)があります。
赤い四脚門が印象的です。
昭和20年(1945年)5月の空襲にも影響を受けなかったという2つの山門です。
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元々は縁受院という名前だったとのこと。明治17年(1884年)に信州善光寺の分院となったときに 善光寺月参堂と改称したそうです 。
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山門から見た 本堂。
寺号 善光寺
住所 文京区小石川3-17-8
本尊 阿弥陀如来像
宗派 浄土宗
本堂は明治15年(1882年)の再建。「善光寺坂」という寺の前の坂はこの寺に由来しています。
10月には浄土宗の仏教行事である十夜会が行われ、この日は長野の善光寺と同じように戒壇巡りをすることができるそうです。
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2015年08月02日

善光寺坂 のムクノキ

伝通院を出て 善光寺坂を下ります。
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坂の中ほどに大きな木があります。
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反対側からも見てみます。大きな椋(むく)の樹です。
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説明板があります。
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善光寺坂 のムクノキ  文京区指定天然記念物
所在地 小石川3丁目18番(ポケットパーク内)
指定   平成25年3月1日
「樹高約13m(主幹約5m)、目通り幹周約5mを測る推定樹齢約400年の古木 である。第二次世界大戦中、昭和20年5月の空襲により樹木上部が焼けてしまったが、それ以前の大正時代の調査によると樹高は約23mもあった。
 ムクノキは、ニレ科ムクノキ属の落葉高木である。東アジアに広く分布し、日当たりのよい場所を好む。成長が早く、大木になるものがある。
この場所は江戸時代、伝通院 の境内であった。その後、本樹は伝通院の鎮守であった澤蔵司稲荷 (たくぞうすいなり)の神木として現在に至っている。
 樹幹上部が戦災により欠損し、下部も幹に炭化した部分が見受けられるが、幹の南側約半分の良好な組織から展開した枝葉によって樹冠が構成されている。枝の伸び、葉の大きさ、葉色ともに良好であり、空襲の被害を受けた樹木とは思えないほどの生育を示している。
 本樹は、戦災をくぐりぬけ、地域住民と長い間生活を共にし、親しまれてきたものであり、貴重な樹木である。
平成26年1月 文京区教育委員会」
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炭化したという下部を見ます。老樹という感じです。
この椋の大木の横は、幸田露伴が住んだ「小石川蝸牛邸」があった場所です。
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「青木・幸田」という表札です。幸田露伴とその娘・孫娘が暮らした家です。
幸田露伴の孫、幸田文の一人娘である 青木玉さんはここでの生活の様子を書いています。
「家の庭の向こうに、道路の真ん中、大きな椋の木があって、道いっぱい枝を拡げていた。二階の祖父の書斎に座れば、まるで木の枝の上に居るような感じで廊下のガラス戸を開ければ枝先がさわれそうだ。目の前に青々とした枝が拡がって、家の庭にも実生の何本かが伸び、どの枝が親木の枝で、どれが庭の塀越しに枝を伸ばしている若木か見極めがつかない。」(「小石川の家」72頁)
今も昔もムクノキだけが変わらぬ風景です。
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