2015年06月30日

東京都水道歴史館 ・5

震災や戦争 幾多の苦難の時代をのりこえ発展してき近代水道の取組いなどの展示が続きます。
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各種測定 残留塩素の測定とPH値の測定など
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漏水対策や安定した配水などの展示
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さまざまな展示が並びます。
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東京水道のいま。高度浄水処理の東京水。
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水と暮らしの移り変わり
この展示のジオラマがすばらしい!
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こんな暮らしだったのですねぇ・・・・
情報コーナー ラウンジとあります。大型画面での映像上映もあります
ラウンジでアンケートを記入して東京都水道歴史館を出ました。
社会科学習などで混んでいなくて ゆっくり見ることができました。
無料だし どこでも撮影可なのがうれしかったです。
posted by うめのはな at 07:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 文京区

2015年06月29日

東京都水道歴史館 4

1階展示室は近代水道の歴史です。
近代の水道の発展はは明治時代のコレラの流行に関係があるようです。
新宿の淀橋に大規模な浄水場が建設されました。
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旧淀橋浄水場模型
東京近代水道改良計画の決定により、明治26年着工された、沈でん・ろ過・ポンプ圧送の機能をもつ淀橋浄水場
昭和40年にその機能を停止。 跡地は西新宿の再開発地です。
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当時の消火栓や消火活動など。
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馬水槽
ロンドン市牛馬給水槽協会から東京市に寄贈されたもの
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馬水槽
牛馬用、犬猫用、人間用と、3つの水飲み場が設けられた画期的な水道栓のレプリカです。
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明治政府の招聘により、外国人の技術者が来日
1887年(明治20年)31歳の若さで来日したウイリアム・K・バルトン帝国大学衛生工学の教授として上下水技術者を育成するとともに、今日の日本の衛生工学、環境工学の基礎を築きました。
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日本の水道に初めて鋳鉄管が使用されたのは明治18年(1885年:横浜市)でしたが当時鋳鉄管は日本国内で生産されておらず、イギリスから輸入 しました。
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各種鋳鉄管
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ダクタイル鋳鉄管   それぞれ大きさが違います。
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現在は地中にガス・電気・その他多くの設備が混在する為に、巨大な水道管を通す為にシールド工法が多く使われています。
posted by うめのはな at 06:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 文京区

2015年06月28日

東京都水道歴史館 3

大きな樽は水に混じる砂などを沈めるために使用されていました。
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上水井戸
昭和57年、千代田区内幸町で発掘されたもの。
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木樋の気密性はとても高いそうです。
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江戸の給水方法
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普通の井戸のように湧水を取るのではなく、水道で流れてきた水を溜めて取るための井戸です。
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上水井戸と長屋(模型)
江戸の町人の多くは長屋に住んでいた。長屋には必ず共同の井戸が設けられていた。模型はさおつるべで水を汲み上げているところ。
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大工職人の部屋
上水井戸から汲み上げた水は、水瓶や桶に移して室内におかれました。
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傘はりの内職をする浪人の部屋が再現されている。
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江戸の上水井戸端
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厠やゴミ置き場も再現 ちゃんと手洗用の水もあります。
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地域を守る小さな神社もあります。
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2015年06月27日

東京都水道歴史館 2

2Fは地図で見る江戸・東京400年からはじまります。
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「上水記」羽村堰の絵図 八重洲北口の木樋などの展示があります。
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木樋(もくひ)
木で作られた水道管。写真は平成3年、千代田区丸の内の旧都庁舎跡地から発掘されたもの
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継手の組み方 構造など 貴重な実物資料と再現模型などでわかりやすく展示。
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玉川上水ものがたりなどのパネルやアニメーションなどもあってとてもわかりやすいです。
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玉川兄弟 玉川上水建設に功績のあった庄右衛門・清右衛門兄弟
1653年から54年にかけて玉川上水の開削の指揮をとりました。
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大木戸近くには承応2年(1653年)に完成した玉川上水の四谷水番所が設けられ、ここから江戸市中へ配水していました。
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玉川上水は四谷大木戸まで、およそ43キロメートルある。
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御茶ノ水の懸樋(かけひ)(模型)
神田川の上に懸けられた、神田上水の水を渡すための水道の橋。“水道橋”の地名は、この懸樋が由来。
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広重 東都名所 御茶之水之図
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発掘された上水井戸や木樋の実物展示が正面に見えます。
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2015年06月26日

東京都水道歴史館 1

東京都水道歴史館入口わきに 井戸側があります。
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中島鋭治博士旧宅の井戸側
「日本近代水道施設の開祖である中島鋭治博士旧宅で実際に使用されていた井戸側(いどがわ)をエントランス横に復元展示。井戸側は井筒(いづつ)とも呼ばれており、土砂が崩れ落ちるのを防ぐために井戸の周りに設ける囲いのことを言う。」
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東京都水道歴史館 東京都文京区本郷2-7
東京の水道の歴史を、貴重な実物資料と再現模型などでわかりやすく展示しています。
江戸っ子は水道水で産湯を使い・・・といいます。
時代劇などで庶民の長屋風景には井戸端が出てきますが 掘り井戸ではなく水道の出口に当たる井戸だそうです。
江戸を知るには 神田川。神田川上水を知るため いざ 館内へ・・・
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入館料 は無料です。
エントランスには 村山下貯水池第一取水塔(大正14年)の実物大模型があります。
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これはその後ろ部分。原寸模型です。レトロな感じ。
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受付でもらったパンフレットです。
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順路に従い 2Fから。
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写真撮影可です。
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江戸の上水 2階からです。
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3Fには水や水道に関する多数の図書を揃えたライブラリーがあります。
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ちょうど3Fライブラリーで ミニ展示「小石川後楽園と神田上水」が開催中でした。
「水戸藩上屋敷の中を流れていた神田上水は、明治時代以降の土地利用の変化にともない手が加えられて来ましたが、小石川後楽園にて現在見ることが出来る流路跡と、ほぼ同じ場所を流れていました。昭和初期の資料には、どのように取り上げられていたのかをご紹介いたします。」説明文より
posted by うめのはな at 07:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 文京区

2015年06月25日

本郷給水所公苑・神田上水石樋

JR御茶ノ水駅から順天堂大学のほうに行くと 本郷給水所公苑と東京都水道歴史館があります。
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本郷給水所は朝霞浄水場、金町浄水場、東村山浄水場から流れて来た水を、文京区を始め、東西南北、4つの方向に分かれ、水の多いところから少ない所に送るという、水道の交差点の役割をしています。
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本郷給水所公苑は配水池の上を利用しています。赤丸は展示物
和風庭園と洋風庭園の2つの区画に分かれてて 水際に緑が茂る場所です。
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バラ園があり53品種、約300株のバラが咲きますが もう終わりの時期でした。
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以前行ったときは こんな風に咲いていました。
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片隅に神田上水(白堀部分)の復原展示物があります。
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白堀とは蓋のない水路の事です。
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神田上水の白堀部分が2011年12月に文京区小日向にある区立第五中学校跡地で発見され、その一部を東京都水道局が保管していましたが、それを元に復原された物が展示されています。
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白堀については、これまで文献に記述はあったものの発見されたのは初めてで、江戸の上水道の歴史を理解する上で非常に貴重なものです。
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神田上水石樋碑
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文京区本郷で発掘された神田上水遺跡の一部を移築・復元したもの。伊豆半島の石で造られたことが判明しています。
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神田上水
「徳川家康の命によって開設された小石川上水が発展し、1629年頃に完成した江戸の上水道です。三鷹市にある井の頭池を水源とする神田川の流れを、文京区関口付近で取水し、水戸藩邸を通って神田川を懸樋(かけひ)で渡し、神田、日本橋方面の飲み水などに利用されていました。」
東京都水道歴史館の中に入ります。
posted by うめのはな at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 文京区

2015年06月24日

杉野学園衣裳博物館

目黒雅叙園アルコタワー、アネックスとエスカレーターを乗り継ぐと 崖上の通称ドレメ通りに出ることができます。
右に行くと 杉野記念館があります。品川区になります。
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杉野記念館 東京都品川区上大崎4-4
旧杉野邸 1938(昭和13)年
設計 : 杉野繁一
施工 : 不明
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戦災での焼失を免れた、創立者杉野繁一・芳子夫妻の旧宅(1938年完成)。
門は開いていたのですが中に入れるかどうかわからず外観だけ見ました。
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こじんまりして清楚な和洋折衷の木造2階建て。設計は建築家である夫。
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もう少し右に歩くと 杉野学園衣裳博物館
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博物館の入り口付近にある古びた塔は「徳川家由来の塔
金網で覆われて よく見えない・・・
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高橋是清と息子の是賢氏の邸内で愛好していたものと言われている。
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水戸光圀由来の塔だそうで 中央の〇〇が三葉葵の紋
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草の茂る場所に置かれた石はなんだろうな・・と近寄ると・・
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荒れていて とてもこういう坪庭には見えないです。
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平成27年度企画展ラグジュアリーブランドのジャケット
        −オートクチュールとプレタポルテ−
 前期:2015年4月1日(水)〜8月9日(日) 300円
 展示ブランドは、シャネルに始まり、クリスチャンディオール、バレンシアガ、イヴ・サンローラン、ジバンシィ。
それぞれ3体のジャケットが展示されているだけです。(バレンシアガのみ2体)
60年前のものとか昭和のころのものとか・・・なつかしいけど 点数少なくてちょっとがっかり・・・
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「杉野学園衣裳博物館は1957(昭和32)年に本学の創設者である杉野芳子によって設立された日本で最初の衣裳博物館です。
約1400点に及ぶ服飾資料と日本マネキンの歴史的変遷を知ることのできる1950〜1970年代の楮製紙製のマネキン30体を収蔵しています。」説明文より
ということで常設も期待したのですが・・・
西洋歴史衣裳、民族衣装、日本衣裳、服飾関連資料ともに 展示数は少なかったです。
1400点の所蔵品はどこにあるのだろうか・・・
中は 薄暗いし 暑いし 扇風機だったりして・・ 人がいなくて節電なのかもしれないけど。
スリッパは脱げて歩きにくいし 階段だけだし・・
ここはやはり生徒さんの勉強の場所なんだろうか。。。。
文化学院服飾博物館の展示がとても素晴らしかったので 期待していましたががっかりしました。
posted by うめのはな at 07:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 港区・品川区

2015年06月23日

目黒雅叙園・庭園

創業者が目黒の崖地を利用して、その真ん中に百段階段を通したそうでここは 目黒川沿いの崖地にあるのです。
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庭園をガラスドームで覆うアトリウム一番奥が 披露宴などの専用建物で一般客は立ち入りできません。
手前には レストランやカフェがならんでいます。
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日本料理「渡風亭」の手前から庭園へ出ることができます。
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金太郎池
写真左側は カフェなどが並び 右側は緑の崖です。
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池の崖側は滝です。水音が心地よくどこか避暑地に行った気分です。
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あえて人工的に作っているのが特徴です。
みあげれば かなりの高さがあり崖地だとわかります。
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石段を登り上に行くことができました。
上からの眺めも格別です。
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“胎内くぐり”と言われる洞窟らしきもの。
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おお〜滝の裏側に出ました。
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滝の裏側からみるのも 乙なもの・・・人工的な庭園ですが都会の喧騒を忘れさせてくれる和みのしかけでした。
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2015年06月22日

目黒雅叙園・回廊〜豪華化粧室

「目黒雅叙園」は1931年に開業した日本初の総合結婚式場だそうです。
平成3年に850億円を掛けて全面改築され螺鈿や漆の装飾で館内を一新したとのことです。
その豪華絢爛な館内はいつ来ても ため息がでるほどなのです。
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玄関ホールから招きの大門、アトリウムへと続く回廊は100メートル以上ああるそうです。
その長い廊下の壁に秘蔵の彩色木彫板、絵画が飾られています。
江戸時代の日本橋界隈の風俗を描いたもので花魅通り と呼ばれていた廊下を、再現した廊下なのですが ただの絵ではありません。
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実は平面的な絵ではなく、立体的で3Dという感じ浮き上がっています。
彩色木彫板といって 1枚板の木彫りで、彫刻したあとに泥絵具で彩色しています。
見る位置によって表情が変わるのも彩色木彫板の特徴
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大門池 と言われる池は 季節によって飾りが変わります。
現在は 梅雨バージョン。
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ライトアップされた傘がきれいです。
美術館といってもいいくらいで 初めての人は驚くことでしょうね。
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目黒大鳥神社の 神輿も廊下の両サイドに並んでいます。
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招きの大門 瓦屋根の上の棟飾りは「縁結び」
結婚式場ですので ウェディング関連の施設が並んでいます。披露宴会場は超豪華だそうです。
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これは化粧室入口
この化粧室は 特別な装飾が施されていて その豪華な入口につい入ってみたくなります。
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螺鈿や漆による装飾の“化粧室”エントランスです。
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黒漆と螺鈿。美術品のようです。
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これは少し浮き上がっているように見えるかな・・・
女性用に入ると 赤い太鼓橋がありその奥が個室トイレ。ここ いつも並んでいるのです。
誰もいなけりゃ全体の写真も写すのですが さすがそれはねぇ・・・
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個室内部の天井にも美人画が・・・・
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トイレ個室内部の灯りとり。
この装飾は 百段階段のガラス戸と同じようです。
贅沢の極みのトイレでした。
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2015年06月21日

目黒雅叙園百段階段

受付でチケットを買い パンフレットを貰い エレベーターで3Fへ。
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扉の螺鈿細工がすごいけど中はもっとすごい。
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螺鈿は蝶貝などの真珠光を放つ部分を切り取って漆器や木地にはめ込む装飾。
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絢爛豪華なエレベーターは ゆっくりと3Fへ。
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菱形、三角形、亀甲、菊花などを組み合せた幾何学模様の組子障子は今や希少な伝統技術。
欄間や火燈窓などにも使われています。
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百段階段は靴を脱いでから入ります。靴下など着用のこと。(冬は足が心底冷えて我慢できなくなります。)
「十畝(じっぽ)の間」、「漁樵(ぎょしょう)の間」、「草丘(そうきゅう)の間」、「静水(せいすい)の間」、「星光(せいこう)の間」、「清方(きよかた)の間」、「頂上(ちょうじょう)の間」、計7つの中から4棟の座敷棟が2009年3月16日に東京都指定の登録有形文化財(建造物)に登録されました。
撮影は禁止です。
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目黒雅叙園内の東京都指定有形文化財「百段階段」
「百段階段」とは通称で、かつての目黒雅叙園3号館にあたり、昭和10(1935)年に建てられた当園で現存する唯一の木造建築です。
厚さ約5cmのケヤキの板材でつくられた99段の階段廊下をもつことから「百段階段」と呼ばれ、階段廊下の南側には7つの部屋が連なっています。」
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「各部屋はそれぞれ趣向が異なり、各部屋の天井や欄間には、当時屈指の著名な画家達が創り上げた美の世界が描かれています。
"昭和の竜宮城"と呼ばれた目黒雅叙園の建物の特徴は、装飾の破格な豪華さにあります。 最近の研究によると、その豪華な装飾は桃山風、更には日光東照宮の系列、あるいは歌舞伎などに見られる江戸文化に属するものとも言え、なかでも「百段階段」はその装飾の美しさから見ても、伝統的な美意識の最高到達点を示すものとされています。」説明文より
展示物よりも 部屋の豪華装飾に目が行ってしまうかも・・・・天井を見るので首が痛くなります。
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2015年06月20日

目黒雅叙園・ 神の手○ニッポン展

久しぶりに目黒雅叙園を訪問しました。入口に 『お七の井戸』があります。
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八百屋の娘お七は大好きな吉三に合いたさに自宅に放火し、鈴ヶ森で火刑にされた、江戸の悲しい話です。
お七が恋した吉三は七の火刑後僧侶となり、名を西運と改め明王院に入りお七の菩提を弔い続けました。
明王院は、現在の目黒雅叙園エントランス付近から庭園にかけての場所に 明治13年頃までありました。
この明王院境内の井戸で西運が念仏行に出かける前にお七の菩提を念じながら水垢離をとったことから「お七の井戸」と言い伝えられています。
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まぁるくカーブしたエントランスの屋根の上には 何かあるのですがよく見えません。
東京都目黒区下目黒1-8-1  目黒雅叙園
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神の手○ニッポン展 2015年5月29日(金)〜6月28日(日)
目黒雅叙園 百段階段で開催中の、人間業とは思えない神の手を持つ日本人作家6人の作品を一同に集めた展覧会です。
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中は撮影禁止ですが エントランスに作品が飾ってあり それは撮影可でした。
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・ペーパーアーティスト 太田隆司 ノスタルジックなその風景の中には必ずクルマと犬が登場している
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・ビーズアーティスト 金谷美帆  ビーズで織り上げた和衣装が見ものです。
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・ミニチュアハウスアーティスト 島木英文  日本家屋の風景を箱に組み込み再現。奥行き感を強調するために立体なのに遠近法を駆  使しているので超リアル。
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これには 見とれてしまいました。本当にすごいです。部屋の中の家具や小物はもちろんのこと 奥の庭や畑までリアルに見えます。今回 これだけでも一見の価値ありです。
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・立体切り絵アーティスト SouMa 
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・ポップアップアーティスト HIROKO
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・ジオラマアーティスト 山田卓司 昭和の風景をミニチュア化
百段階段へは 専用のエレベーターで行きます。
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2015年06月19日

ペルルメロン・福井

先日 福井から嬉しい荷物が 届きました。
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1本の木から1玉しか採れない ペルルメロンだそうです。重さは1個 2.5kg前後だそうです。
メロン祭りみたいなことをやっていたので たくさん人が来ていて みな直送の贈答品にするのに行列だったそうです。
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知る人ぞ知る 高級メロンだそうで ラグビーボールのような楕円形で細かい網目、糖度が高く、肉厚で食べ応えがあるとのことです。
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3〜4日 置いて切ってみました。
マスクメロンより 種が少ないかな・・・実はしっかりしています。
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大きすぎて 一度には食べきれませんが 上品な味でした。という評価で 瓜の親戚というだけでした。
食べごろがわからないので 少しはやかったのか甘みが少なかったです。
残りはもう少ししてから食べてみます。
食べごろの表示とか糖度の表示もなにもないです。
「ペルルメロン」は福井県ではあわら、坂井市など県内のごく一部でしか栽培されていないそうです。
残念なのは 箱には○○農園という文字が入っていたのですが 中はただメロンを入れただけで きれっぱしの保護材だけでした。
説明も 生産者の名も連絡先もなく このメロンがどういうメロンなのかさえ わかりませんでした。
ネットで調べて ようやくわかった次第です。
商売っ気がないというか 不親切というか・・・・
せっかくの産地直送の贈答品なのだから 説明書の一つも添えるべきではないかと。。。
そうすれば 口コミでも問い合わせなどあって 名産品となっていくかと思いますけどね。。
タグ:グルメ 福井
posted by うめのはな at 07:29| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2015年06月18日

文京シビックセンター・礫川公園

文京区役所本庁舎がある文京シビックセンターは地上28階・地下4階、高さ142m。東京都文京区春日1−6−12
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この界隈で昼食をとるときは あれこれ探すのが面倒で たいてい13Fにある食堂に行きます。
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職員食堂なのですが 一般客も利用できます。
お値段も  わりとリーズナブルでメニューも多いです。
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後楽園の遊園地を眺めながらまったり食事をすることができます。
この13Fから 26F展望室に行くエレベーターに乗ります。
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晴れた日にはスカイツリーもよく見えます。
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展望室は無料です。もう何度か来ているのですが 都庁より空いてていい感じです。
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小石川後楽園の緑も綺麗です。
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真下には礫川公園
礫川公園(れきせんこうえん)と言いますが 「礫(れき)」とは小石のことです。つまり「礫川」とは「こいしかわ」と いうことになります。
かつてこの一帯は軍用地でしたが、戦後、都営住宅・中央大学・戦没者慰霊堂・公園用地に分割されました。昭和39年、東京都が公園を造成し、翌年、区に移管されました。
駅前一等地にある 右の都営アパートの住民が羨ましい・・・・・
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公園は、高低差をいかした3段の構造で、下段は2本の大きなケヤキを中心にした広場です。
中段と上段をつなぐ階段には、高さ10mに及ぶカスケードがあります。
奥には東京都戦没者霊苑があります。休憩所には遺品も展示されています。?
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上から見たカスケードです。
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下におりて 公園の中に行きますと カスケードはこんな風です。
カスケードはイタリア・ルネッサンス様式を参考に、垂直に立つ鉄平石張りの壁面に造られています。
水を吹き出すブロンズの獅子や羊の彫刻があります。
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礫川公園入口に、春日局像があります。文京区春日1-15
春日局(本名・斉藤福、幼名・ お福)は、安土桃山時代から江戸時代前期の女性で、江戸幕府3代将軍・徳川家光の乳母。「春日局」とは朝廷から賜った称号。
文京区春日は、春日局が拝領して町屋をつくったとされる地域に由来があり 昔は春日殿町と呼ばれていました ?本来、春日局の町屋は今の文京区後楽に該当するそうです。
この付近が春日局の屋敷だった時、邸内鎮守として創建された「出世稲荷神社」(春日稲荷神社)については以前のブログに書いてあります。
タグ:庭園・公園
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2015年06月17日

国立天文台三鷹・天文機器資料館(自動光電子午環)

森の中の 空間というような広場の奥に 天文機器資料館があります。
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これは裏側で ぐるっとまわって入口に行きます。
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入口の扉に「ハチに注意」
そういえば 別の建物にも同じ張り紙がありましたし 蜂の巣の跡のようなものもありました。
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天文機器資料館(自動光電子午環)
「自動光電子午環は、天体の精密位置観測に使っていた観測施設で、1982年に建設されました。望遠鏡は、天体の位置を精密に観測できるように特殊な工夫が施されたもの(子午環)で、1984年から観測に使用されました。観測結果をまとめた数々の星表は、銀河回転や太陽系天体の運動の解明など、天文学の様々な研究に役立ちました。」説明文より
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「自動光電子午環」は天体の精密位置観測に使っていた施設です。。現在は天文機器資料館として天文観測に関係するあらゆる機材などが展示されています。
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主な収蔵品 パンフレットより
「自動光電子午環、ブラッシャー天体写真儀、ソ連製人工衛星追跡カメラ(AFU)、太陽単色写真儀(モノクロ)、フランス製プラン子午儀、27cmカール・バンベルヒ一等経緯儀、マイクロフォトメーター、マンの座標測定器、天体写真濃度・位置測定システム(PDS)など」
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「自動光電子午環は眼視観測の5倍の観測能率を持ち、12等級までの星や銀河の位置を1回の観測により、0".1の精度で決定することができました。昼には太陽の観測、夜には3分間に1天体の割合で、大量の星の観測を行うことができました。」パンフレットより
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屈折望遠鏡 口径19センチメートル
焦点距離257.6センチメートル
観測対象天体の精密な位置観測
ドーム サイズ直径8メートル、高さ14.2メートル
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ドーム内は まるで飛行機の格納庫のようで 雑然としていました。
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一戸直蔵コーナー」
一戸 直蔵は日本で最初の変光星の観測者、研究者。
観測野帳、直筆英文論文原稿などが 展示されていました。
天文機器資館が見学コース最後の建物でした。
ここを出て また見学者用通路に従い もとに戻ります。
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コスモス会館(食堂売店等)の前のグラウンドの隅に 50センチ公開望遠鏡があります。
観望会などが催されているようです。
正門の門衛室に戻り 退出時間を書き 国立天文台を出ました。
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2015年06月16日

国立天文台三鷹・ゴーチェ子午環室

木々の中に 半円形の建物があります。
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ゴーチェ子午環室です。
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観測室の建物は、1924年に建設されました。半円形のドームに入口の台形の屋根が特徴です。
登録有形文化財(建造物)
「子午線上の天体の精密位置観測のための子午環を納める半円形立面を持つ建物。軸線を正確に南北に据え、建物から独立した中央の基礎に子午環を置く。建物の基礎及び側壁は鉄筋コンクリート造で、東西に出入口を付し、屋根は鉄骨造で観測時には屋根中央が開く。」
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扉は開いていますが ガラス越しの見学です。
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1923年の関東大震災時は、移転作業のために梱包されていて被害をまぬがれたというゴーチェ子午環は 1903年のフランス製で、1904年に当時の価格約2万円で購入されました。
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ゴーチェ子午環
口径20センチメートル
焦点距離310センチメートル
観測対象天体の精密な位置観測
1924年(大正13年)建設
1983年(昭和58年)眼視観測終了
1992年(平成4年)CCDマイクロメータを装備
2000年頃観測終了
国の登録有形文化財に指定
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子午環は、子午線上の天体の位置(赤経と赤緯)を精密に観測できるように工夫された望遠鏡です。そのため、子午線面内(南北方向)でのみ正確に回転する仕組みになっています。
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裏側はこんな風です。
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近くにこんな説明板がありました。
TAMA300は世界に先駆けて国立天文台に建設された基線長300メートルのレーザー干渉計であり、これを用いた重力波探査は重力波源に対する新たな知見を与えるものである
基線長300mの干渉計型重力波観測装置。国立天文台三鷹キャンパスの地下にある。」
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ドームから80mほどの南北にある窪地の中には、地上基準点である「子午線標」があります。
“自動光電子午環”と“子午線標”を併用することで、より正確な天体の位置を測定できるそうです。
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広い 芝生の広場には観測機器が置かれています。
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2015年06月15日

国立天文台三鷹・レプソルド子午儀室

旧図書室の先に平屋の建物が見えてきました。
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国立天文台レプソルド子午儀室 国登録有形文化財(建造物)
鉄筋コンクリート造平屋建、鉄板葺、建築面積36u
レプソルド子午儀室は、1925年(大正14年)2月28日竣工の鉄筋コンクリート造平屋建てです。
建物外周の上部にはセセッションと言われる装飾が施され美しい外観をもっています。
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横側は意外とおしゃれです。
「子午線上を通過する天体を観測し、その地の経度や時刻を決める子午儀を納める建物。ゼツェッション風の意匠を持つ鉄筋コンクリート造平屋建の建物で、鉄骨造の小屋組はレール上に据えられ、観測時には鉄骨造の切妻屋根が中央から開き、子午儀上方を開放する。」
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「レプソルド子午儀は1950年代末で観測を終了しています。その後、2008年からレプソルド子午儀観測室は国立天文台子午儀資料館として公開されています。
保存状態もよく、屋根の開閉機構も現存しており、建設時の状態をほぼ残しています。」説明文より
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ガラス越しに見るだけです。
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レプソルド子午儀は、2011年7月に国の重要指定文化財に指定されました。
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レプソルド子午儀 国重要文化財
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口径13.5センチメートル
焦点距離212センチメートル
観測対象天体の精密な位置観測
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レプソルド子午儀(大子午儀)は、1880年ドイツ製
明治政府の海軍省海軍観象台が800円で購入。当時の価格15,200マルクだそうです。
当時、海軍観象台は麻布飯倉の地にあり、、時刻の決定と経度測量に使用されていました。
子午儀があった地点は天文経度の原点の1つとなっています。
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連合子午儀1号機(90mmバンベルヒ子午儀)など関連機器も展示されています。
ガラス越しで詳細はわかりませんでした。
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2015年06月14日

国立天文台三鷹・展示室 旧図庫

天文台歴史館を出ると 「4次元デジタル宇宙シアター」があります。
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4D2Uドームシアターでは、直径10メートルのドームスクリーンに 全天周立体映像を展開しているようです。
「4D2U(Four-Dimensional Digital Universe、4次元デジタル宇宙)とは、空間3次元と時間1次元を合わせた(4次元)宇宙を、デジタルデータで可視化したものです」
事前申込制で 毎月3回(第2土曜日の前日・第3土曜日・第4土曜日)の公開だそうです。
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隣はW4:展示室(西棟
中に入ります。
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エントランスで出迎えるのがTMTの100分の1模型と本物の1枚。
30メートル望遠鏡(TMT)はこの六角形の鏡を492枚並べて作ります。
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展示室は 最新の天文学を紹介。 (すばる望遠鏡、VERA、アルマ望遠鏡、TAMA300、SOLAR-Bなど)の紹介。
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野辺山宇宙電波観測所の45メートル電波望遠鏡の模型
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探査機「かぐや」で探る月
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かぐやが見た月の地形
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かぐや 模型
こじんまりした展示室ですが 国立天文台が行っているプロジェクトの観測・研究成果など、最新の天文学に関する展示を行っています。
展示室を出て 左に曲がると 旧図書室があります。
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国立天文台旧図庫及び倉庫(旧図書庫)国登録有形文化財
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「1930年(昭和5年)3月31日竣工、基礎に大谷石の張り石がされている鉄筋コンクリート造2階建て、外壁仕上げは、スクラッチタイル張りで、建設当初の設計原図に、増築予定として記載され、1961年(昭和36年)3月31日に西側に外壁がモルタル塗りの3階建ての建物が増築されています。」説明文より
外観のみの見学です。
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2015年06月13日

国立天文台三鷹・天文台歴史館(大赤道儀室)

天文台歴史館(大赤道儀室)の内部にはいろいろなパネルや古い観測装置が展示されています。
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ガリレオ・ガリレイの望遠鏡のレプリカ
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計算機は必需品。
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観測床は上下し、観測者は鏡筒の傾きにあわせて観測床を上下させることで、望遠鏡がどんな向きになっていても楽な姿勢で望遠鏡をのぞくことができました。(パンフレットより)
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ここが真下部分です。
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天井も床も木製。2Fで歩く人の足音が聞こえます。
天文ファンにとっては 居心地のいい場所で時間をかけてみて回るのでしょうね。
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2015年06月12日

国立天文台三鷹・大赤道儀室

森の中の道を奥に進むと木々の間に建物が見えてきました。
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太陽塔望遠鏡 アインシュタイン塔
現在は使われていないので中に入ることは出来ず外観の観の見学です。
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外壁の茶色のスクラッチタイルは焼きむらによる色の違いがみられ 巧く組み合わせいます。
建物の形態が、ベルリン市郊外にあったポツダム天体物理観測所(アインシュタイン塔)と同じ研究目的で造られたことから「アインシュタイン塔」とも呼ばれています。国の登録有形文化財です。
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「太陽塔望遠鏡は、東京帝国大学営繕課が設計、中村工務所が施工し、1930年(昭和5年)に完成しました。構造は鉄筋コンクリート造、地上5階、地下1階(この部分のみ1926年(大正15年)完成)建てです。高さ約20mの天辺のドームから入った光は、直径60cmシーロスタット(平面鏡2枚)に反射して垂直に取り込まれ、北側に続く半地下の大暗室で七色のスペクトルに分けられる構造になっています。塔全体が望遠鏡の筒の役割を果たしていることから「塔望遠鏡」と呼ばれています」説明文より
シーロスタット 口径60センチメートル
カセグレン式反射望遠鏡 口径48センチメートル
焦点距離22メートル
観測対象太陽の分光観測
ドーム サイズ高さ約20メートル、直径5メートル
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元の太陽系ウォーキングの道に戻ると 奥に見えて来たのが 天文部部室(天文台歴史館)です。
老朽化にともない観測には使用されなくなりましたが 天文台歴史館として国立天文台が所有している貴重資料の複製の展示を行っています(年2回入替)。
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天文台歴史館と呼ばれている建物は大赤道儀室と言われる建物で、1926年に建設されました。
東京帝国大学営繕課が設計、中村與資平が施工
国の登録有形文化財
階段を上り中に入ります。
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ドームの天井は木製です。
焦点距離10メートルに及ぶ屈折望遠鏡をすっぽり納めた木製ドーム部分は、造船所の技師の支援を得て造られたそうです。
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1998年3月で使用されなくなりましたが故障個所があるわけではなく、今でも現役復帰可能な状態だそうです。
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65cm屈折望遠鏡 口径65センチメートル
焦点距離1021センチメートル
観測対象種々の天体写真観測、分光観測
ドーム サイズ直径14.5メートル、高さ19.5メートル
日本の天文学の記念碑的存在として静態保存されています。
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2015年06月11日

国立天文台三鷹・第一赤道儀室国

左に曲がると、三鷹キャンパス最古の建物の第一赤道儀室があります。
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第一赤道儀室は、大正10年(1921)に建設されたものです。
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国立天文台 大赤道儀室 【国登録有形文化財】
1926(大正15)年築。東京帝国大学営繕課が設計した2階建て鉄筋コンクリート造りの建物。
東京帝国大学営繕課が設計、西浦長大夫が施工。
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1921(大正10)年築。東京帝国大学営繕課が設計した平屋建て鉄筋コンクリート造りの建物。1939年から60年間にわたり、主に太陽の黒点スケッチ観測に使われました。
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説明板があります。
「ドーム内の望遠鏡は1921年にカール・ツァイス社により作成された。
口径20cm、焦点距離359cm。現在の赤道儀システムとは異なり、速度調整機構付重錘式時計駆動という方式で、重力により赤道儀内の錘が下に下がることを利用している。現在となっては珍しい木製のドームである。
1939年から60年間、太陽の黒点観測に利用された。」
中はそんなに広くないです。
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20cm屈折望遠鏡
口径20センチメートル
焦点距離359センチメートル
架台重錘時計駆動赤道儀
観測対象太陽黒点
ドーム
サイズ直径6メートル、高さ7.8メートル
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中に 説明をしてくれる女性がいて 丁寧に説明してくれました。
太陽の黒点は今は 小さくて2つくらいでした。
ちいさいと言っても 大きさは地球ほどありました。
大きさを比較する 小さなカードを重ねて説明してくれました。
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ここからまっすぐ歩くと太陽系ウォーキングと呼ばれるコーナーです。
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太陽、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星の特徴や探査の歴史をパネルで見ながらのウォーキングですが それぞれのパネルの距離を実際の惑星どうしの140億分の1で並べています。
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惑星間の距離を疑似体験できるというものです。
地球から土星まで、仮に歩いていくと4万年、リニアモーターカーで350年、惑星探査機ボイジャーで3年かかるそうです。
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左に曲がると うっそうとした森の中のようです。
「毒ヘビに注意」の立札があって 恐る恐る歩きました。
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2015年06月10日

国立天文台三鷹キャンパス門衛所

調布駅からバスに乗り約15分 天文台前のバス停に着きました。
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バスを降りると 森が現れます。
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どっしりとした門。そして頑丈そうな門扉です。
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国立天文台表門
「表門は、竣工年月の詳細は不明ですが1924年(大正13年)に竣工した門衛所と同じ頃に造築されたと思われます。現状は門扉が1993年(平成5年)に木製から鉄製に更新されていますが大谷石の門柱、土塁など建設時の姿を維持しており、国立天文台天文台の歴史を語る貴重な施設です」説明文より
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国立天文台三鷹キャンパス 東京都三鷹市大沢2-21-1
江戸幕府天文方の浅草天文台が発祥で、東京帝国大学内の天文台、港区麻布の東京天文台を経て、1914(大正3)年〜1924(大正13)年に現在地へ完全移転しました。
大学共同利用機関法人自然科学研究機構国立天文台の本部キャンパスであり、日本天文学会の本部も本キャンパス内に設置されている。
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洋風のロッジのような建物が国立天文台門衛所です。
ここで受付をします。記名 入退室時間を描きます。
見えるところに 見学者用シールを貼ります。
年末年始期間を除く毎日午前10時から午後5時。入場は午後4時30分まで。無料。
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国立天文台門衛所 国登録有形文化財
「門衛所は、1924年(大正13年)12月22日竣工、国立天文台内に現存する唯一の木造洋風建築です。基礎に大谷石が使用された平屋建て、屋根は切妻造、カラー鉄板葺、外壁は板幅が狭い細かいピッチの洋風下見板張りで、その上にハーフティンバー風に柱型が付けられています。三鷹市内では近代建築は8例(国立天文台天文台施設を除く)、内大正期のものは3例と少なく、貴重な洋風建築のひとつです。」
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この可愛い門衛所は登録有形文化財なのです。
この三鷹キャンパスの登録有形文化財は10件あります。
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見学者はこの施設内の赤い通路のみ通行可。見学可の施設もいくつかあります。
基本的には自由見学で少人数の場合は予約不要。
ガイドツアーや天体観測の催しもあるようです。
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正面の建物です。NAOJ中央棟
この手前を 順路標識に従い左に曲がります。
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南棟
この左手奥に 第一赤道儀室があります。
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2015年06月09日

旧中川アジサイ祭り・亀戸9丁目

江東区亀戸9丁目の旧中川のアジサイが見ごろです。
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江東区は、豊かな水辺と緑に囲まれた美しい水彩都市
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ふれあい橋のたもとには 平和の祈りの石碑があります。
東京大空襲時 この川で亡くなった3000人もの人たちの慰霊のためと平和を祈る意味で建てられたようです。
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アジサイ祭り開催中です。
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水辺のアジサイもいいです。対岸は江戸川区。
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ふれあい橋では毎年八月 江戸川区と共催で灯籠流しが行われます。
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河川敷に咲いたアジサイは、2013年3月に区が植栽し、その後、地域のボランティアの方々によって維持・管理が行われています。
まだ背丈は低くて密ではありません。
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いろいろなアジサイが植えられています。5種類約1,700株だそうです。
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これから年月が経つにつれて アジサイの名所になっていくことでしょう。
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真っ白い花が印象的な北アメリカ原産のアナベルです。
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ふれあい橋北側のアジサイ散歩道
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この週末にはイベントも行われるようです。
船に乗って水上散歩もいいでしょうねぇ〜
タグ:イベント
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2015年06月08日

三鷹市星と森と絵本の家・旧1号官舎和室部分

旧1号官舎部分は、書斎、畳敷きの客間、居間、長い廊下、縁側などが 残されています。
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書斎
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客間
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次の間・客間
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欄間も残されています。
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旧客間は建築展示室になっています。
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建物の模型
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壁の仕様
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庭側には日よけのすだれ。縁側のある家は郷愁を誘います。
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大正・昭和の時代にタイムスリップしたような感じです。
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古い電話機。
調度は、実際に昭和30年以前に使われていたものだそうです。
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市民から寄付された古い電話機や足踏み式のミシン、火鉢などが置かれています。
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旧1号官舎部分の間取り図です。
広い庭では親子でイベントなどを楽しそうにやっていました。
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2015年06月07日

三鷹市星と森と絵本の家・絵本展示室

入口で 荷物を全部ロッカーに入れます。
管理棟のテーブルでだけ 飲食ができます。
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ここで 靴を脱いでから中に入ります。
旧1号館舎部分の和室はあとでじっくり見ることにして 奥から見ていきます。
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高い天井、長い廊下など日本家屋の良さを体験することができます。
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読書室では落ち着いて本が読めるようです。
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黒塗りのピカピカの床になっていますが 旧客間などを絵本展示室としています。
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昔の道具に触れたりもできます。
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長い廊下のある家って 都会じゃなかなかないですね。
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回廊ギャラリーとなっている 長い廊下。天体写真もあります。
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「星」「森」「絵本」「家」の特徴を生かした活動を行っているようです。
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旧台所は理科室
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旧浴室はおもちゃ部屋
さて 畳のお部屋も見てみましょう。
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2015年06月06日

三鷹市星と森と絵本の家外観

三鷹市星と森と絵本の家に行きました。
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三鷹市星と森と絵本の家
三鷹市大沢2−21−3 国立天文台内
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入口の広場には駒まわしの遊び場がありました。
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正面玄関
「星と森と絵本の家」は 2008年にオープンしました。
天文台の森の中にある大正時代の建物を保存活用し、広い庭も使って、絵本の展示や絵本を楽しむ場の提供しています。
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【三鷹市登録有形文化財】
「国立天文台旧1号官舎」(三鷹市星と森と絵本の家)
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1915年 (大正4年) 建築の「旧1号官舎」旧玄関
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旧内玄関
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旧台所
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一時は取り壊されそうになった建物をいったん解体し、現在の建築基準に合わせながら伝統的工法によって蘇えらせました。
大正4年に建てられたその建物は現在では珍しく貴重なため、文化財として保存し活用することになりました。
この建物を三鷹市に無償譲渡し、その敷地を無償貸し付けしました。
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 間取り図。中に入ります。
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2015年06月05日

深大寺開山堂

元山大師堂横の石段を登ります。
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開山堂参詣道
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途中の祠には聖観音が安置されていました。
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途中の高台から見た眺めは涼しげでとてもいい。
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深大寺乾門(西門)
乾門は元山大師堂の裏にあたります。
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裏にもぐるりとめぐる道があります。
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乾門近くには白山社があります。
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説明文がありました。
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登り切ったところに開山堂があります。
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開山堂
昭和五十八年の開創1250年大法会記念事業として新築された奈良時代様式の堂宇です。本尊に薬師如来三尊(薬師如来、脇侍に弥勒菩薩千手観音)を安置、開基満功上人、天台宗一祖恵亮和尚の尊像を祀っています。
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開扉されていませんが格子をはめ込んだ前面のガラス扉から内部を拝観できる。
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深大寺は都内では浅草寺に次ぐ古刹であり、正式には『浮岳山昌楽院深大寺』という天台宗の別格本山です。
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瓦積塀がありました。2012年にできたそうです。
一度現地で 蕎麦を食べてみたいと思っての訪問でした。
今回の深大寺訪問はこれでおしまいです。
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2015年06月04日

深大寺釈迦堂・元三大師堂

深大寺釈迦堂です。
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昭和51年に白鳳仏を安置するため釈迦堂が新築されました。
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大きなガラスを通して拝むことができます。
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重要文化財の「銅造釈迦如来倚像(白鳳仏)」
「白鳳仏とは金銅釈迦如来倚像といわれ、「立像にあらず 座像にあらず (深大寺明細帖)」と記されています。
白鳳仏は明治42年大師堂檀下から見つけられました。」
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7世紀末の製作とみられ、関東を代表する金銅仏で清純な童顔は朝鮮新羅から中国隋代の仏像に源流が辿られるとされています。
流麗な衣文はインドグプタ彫刻の影響を受けた中国唐代彫刻に連なると見られており、清らかな端正をそなえています。」
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「左手は与願印で五指の間から甘露水を垂らし、衆生の願望に応じ、右手は施無畏印で一切衆生に安楽無畏を施すとされています。施無畏与願印は白鳳仏に共通している印です。」説明文より
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比叡山中興の祖と崇められる慈恵(じえ)大師良源の像をまつる元三(がんざん)大師堂
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幕末大火で類焼しましたが被災直後(1867年 慶應3年)再建されました。
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内部には2mを越す慈恵大師像が安置されています。鎌倉末期の作とされています。
近世にはこの元三大師が深大寺の信仰の中心となりました。元三とは慈恵大師の入寂が正月三日だったことによるもの。
像は慈恵大師(元三慈恵大師良源)の自刻像といわれ、991年に深大寺に移座と縁起に深大寺真名縁起詞書に記されています。
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入ってすぐの天井に河鍋暁斎の天井画 龍図があるのですが 退色していてほとんど見えませんでした。
かろうじて 線の運びから 龍かな・・・と思える程度です。
惜しいです。
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すぐわきの石段を登り 開山堂へ向かいます。
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2015年06月03日

深大寺本堂など

井戸水が流れる深大寺の手水舎 です。
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本堂は 幕末の火災で焼失しました。本尊の阿弥陀如来像は仮に、再建した庫裡に安置されていましたが、大正8年に今の本堂が完成しました。
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本堂
調布市 深大寺元町 5-15-1
山号 浮岳山昌楽院
宗派 天台宗
開基 恵亮和尚
本尊  阿弥陀三尊像(鎌倉時代)
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本尊は阿弥陀如来です。鎌倉時代前期の作といわれています。
本堂は平成15年に改修されています。
国内の著名な寺院では 平泉の中尊寺 長野の善光寺 などがあり 深大寺はこれからの寺院と同格です。
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向拝は唐破風です。梁の木鼻には獅子・象の彫りもの正面の三段の虹梁の間には龍・鷺、破風板の下には鳳凰の彫り物があります。
江戸時代の特徴です。
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両側に置かれている「木」の文字
これは地元の植木職人さんたちが寄進した銅板製の灯明台だそうです。
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寺紋である桜の花をモチーフにした雨水受け「天水華座」
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奥にある扇形のものは「孔雀垣」というそうです。
その前には季節のものが飾られるとか・・今は 松の盆栽でした。
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元三大師堂と 本堂との 間に回廊があります。
回廊の下には五大尊池があります。
五大尊とは不動明王、降三世明王、軍茶利明王、大威徳明王、金剛夜 叉明王の五大 明王を指します。
五大明王が守護する池です。
「深大寺」という名は、水神の深沙大王に由来しているそうです。
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本堂の横「照干一隅此則国宝」と書かれた石柱。
「最澄が比叡山に天台宗を開き、その宗旨を明らかにし、修行規定を確立するために著した「山家学生式」の中に見える一句で、天台宗の大切な教えのひとつです。最澄が史記にある戦国時代の斉の威王が隣国の魏の王に示したという故事に基づいた教えを説いたものです。」
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境内にある大きなシダレカツラの木です。
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深大寺境内図です。
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なんじゃもんじゃの木の下の観音像
深大寺の境内には多数の石仏や高浜虚子をはじめ著名人の句碑や歌碑が多いです。昔から文人墨客たちに好まれた場所だったようです。
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2015年06月02日

深大寺境内・鐘楼・梵鐘

蕎麦をたべたすぐ東(山門から80mほど)に不動堂があります。
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深大寺不動堂 不動明王を本尊とする山伏道の寺院です。
「明治17年再建の堂宇で、本尊の不動明王ならびに二童子像は、幕末の深大寺炎上の際にその難を逃れ、 以来深大寺の仮本堂に安置されていたことが深大寺所蔵の『不動堂再建願』なる文書の記載から判明しています。」
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深大寺は正式名称を天台宗別格本山浮岳山昌楽院深大寺といいます。
浮岳とは遥かに遠くを望み山が浮かんでいる様に見えるところから呼ばれ、遠来の際に目印にしたと思われています。
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山門(薬医門)
本柱の後方に控え柱を立て、その上方に女梁、男梁をかけ切妻屋根を乗せた門。1695年(元禄8年)に千人の寄進により普請され、境内現存の最古の建物です。
柱、組材などはケヤキで赤く塗られ、屋根裏板・垂木などはスギで黒く塗られています。
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市重宝(建造物)
茅葺の山門は数度の火災を免れた山内で一番古い建物です、元禄8年(1695)に普請が行われたと言う記録があります。
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威厳のある山門です。
人が多くてなかなか正面から写真が撮れませんでした。
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鐘楼・梵鐘(国重要文化財)
「文政十二年(1829)に建てられた旧鐘楼は、今の大師堂裏の高台にありましたが、幕末の大火で焼失し、その後、明治三年(1870)に、山門を入った右手に位置を移して再建されたのが現在の鐘楼です。基壇の上に、内転びの四本柱を立て、入母屋茅葺きの屋根を載せていましたが、昭和二十九年(1954)に銅板葺きに改められました。柱間には若葉の彫り物を施した虹梁(こうりょう)を架し、木鼻として象・獅子を付け、虹梁の上には、蟇股(かえるまた)をのせます。柱上には大輪(だいわ)置いて、その木鼻を禅宗様(ぜんしゅうよう)にし、台輸上に組物をのせます。軒は二軒で、垂木は角。江戸以来の鐘楼の普通の造り方です。平成13年に新鋳された平成新鐘と呼ばれる梵鐘を釣り、基壇上には反響用の瓶(かめ)を埋め多孔の鉄板を蓋としてかぶせてあります。」 説明文より
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梵鐘(旧梵鐘は釈迦堂内に保存)
現在鐘楼内にあるものは平成13年に新たに鋳造されたものです。旧梵鐘は鎌倉末期の特長を良く示しており、1376年鋳造の山城守宗光の銘があります。
都内では三番目に古く、鋳造以来実際に撞き続けられた梵鐘としては最古のものです。 昭和天皇が摂政時代に深大寺を訪れられ「古いものは大切にするがよい」と言われたため戦時中にも徴発を免れたといわれています。
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庫裡東門
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本坊旧庫裡
慶応3年に再建されています。保存建物です。
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芽ぶきの庫裡。 表からは見えないが、奥には書院と茶室があります。
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隣には客殿 社務所があります。
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常香楼
1833年(天保4年)建立。本堂前にあります。
元は大師堂前にありました、幕末の大火の際の焼け跡が北側に残っています。
屋根中央に金色真鋳鋳物の宝珠を乗せ、四隅の降棟の先には金色真鋳鋳物の鳳凰の頭を付けています。
本堂前には参拝の行列があります。
posted by うめのはな at 07:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 武蔵野市・三鷹市・調布市

2015年06月01日

深大寺・蕎麦

調布市の深大寺に行きました。
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参道入り口の鬼太郎茶屋 深大寺店前は妖怪たちでにぎやかです。
深大寺は連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」の舞台になった場所です。
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長い間日本人に親しまれて来た「ゲゲゲの鬼太郎」
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水木氏の第二の故郷でもある調布市。
築40年余りの木造建築「鬼太郎茶屋」で 水木ワールドが再現されています。
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茶屋の2Fは妖怪ギャラリーだそうです。庭にもいろいろな妖怪がいるとか・・・
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そんなに長くはない参道ですが いろいろなお店が並んでいます。
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やはり 蕎麦やさんが多いです。
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それぞれの店の前には 面白いものが置いてあって楽しいです。
深大寺だるま市は江戸時代から続いています。日本三大だるま市の1つで正月でなく毎年3月初に開催されることから「春を呼ぶだるま市」といわれて賑わうそうです。
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深大寺の周りには20軒ほどのお蕎麦屋さんがあるそうですが 昼時はどこも長い行列です。
私たちは この店に入りました。
中は広くて 庭がありペット連れ専用の四阿のような席 もありました。
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天ざる 葛餅付き(1600円)を食べました。そりゃぁ〜ここに来たなら蕎麦しかないでしょ。
天ぷらはからっとして美味しく 蕎麦は細くてのど越しがいいです。
「武蔵国の内いずれの地にも蕎麦を植えざることなけれどもその品、当所の産に及ぶものなしゆえに、世に深大寺蕎麦と
称して、そのあじわい極めて絶品と称せり」
江戸時代に編纂された『新編武蔵風土記稿』において、すでに、「極めて絶品」と紹介されている深大寺そばは400年の歴史があります。
とても美味しかったです。食べ終わって外を見たら道路まで 長蛇の列でした。
どの店も 同じように行列です。早めの食事をお薦めします。
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「門前の蕎麦はうましと誰もいふこの環境のみほとけありがたや」 清水比庵の歌碑
深大寺境内にあります。
posted by うめのはな at 07:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 武蔵野市・三鷹市・調布市