2015年05月31日

旧武者小路実篤邸

もう一つの地下トンネルをくぐると 実篤の銅像がありました。
msyasneat (2).jpg
武者小路実篤(1885−1976)は、子どもの頃から水のあるところに住みたいという願いどおりに、昭和30年、武蔵野の自然や湧水が豊かなこの調布市仙川の地に居を定め昭和51年90歳で亡くなるまでの20年間を過ごしました。」説明文より
msyasneat (4).jpg
旧実篤邸入口
無料ですが建物の内部を見学できるのは 土 日 祝日だけです。
msyasneat (3).jpg
平日はバルコニーからガラス戸越しに内部を見るだけです。
庭側から向って右側(ベランダの下)の階段は、見学者が回遊できるように取り付けたものです。
この日は 内部見学ができましたが 写真撮影は禁止でした。
msyasneat (10).jpg
応接室で来客と面会するほか 油絵のほとんどはこの部屋で書いたそうです。
仕事部屋は まるでまだ実篤さんがいるような雰囲気で 大きな座り机に 所狭しと資料などが積まれていました。
msyasneat (5).jpg
最寄り駅が京王線仙川駅ということで、実篤は「仙川の家」と呼び、昭和51年に亡くなるまで20年間をここで暮らしました。
msyasneat (6).jpg
帰りは実篤公園から仙川の駅に向かうことにしました。
公園入口までは階段と上り坂です。
sanepak.JPG
ここが公園入口です。休憩できるようにベンチがあります。
msyasneat (7).jpg
拡大写真
saneatmap.JPG
公園は、約5,000平方メートルの広さがあります。
msyasneat (8).jpg
仙川商店街を抜けると 仙川駅です。
msyasneat (1).jpg
公園入口にあった地図ですが 実際は青い線を歩きました。
posted by うめのはな at 06:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 武蔵野市・三鷹市・調布市

2015年05月30日

武者小路実篤記念館〜実篤公園ヒカリモ

京王線つつじケ丘駅を出るとと 目の前に案内板があります。
musya523  (1).jpg
案内板に従い 線路沿いを歩くと要所には案内板があります。
musya523  (2).jpg
その通りに歩くと 迷わず武者小路実篤記念前にたどり着きました。
musya523  (3).jpg
武者小路実篤記念館 東京都調布市若葉町1−8−30
「武者小路実篤記念館は、実篤が昭和30(1955)年から51(1976)年まで、晩年の20年間を過ごした邸宅(現:実篤公園)の隣接地に昭和60(1985)年10月に開館。実篤の本、絵や書、原稿や手紙、実篤が集めていた美術品などを展示」記念館の説明文より
musya523  (4).jpg
今回は 記念館には入らず 実篤公園に向かいます。
記念館の脇から 階段を下りて道路を横切る地下トンネルを潜り抜けます。
musya523  (8).jpg
トンネルは生前にはなく、公園として開園する際に、見学者の行き来の便と、公園としての管理のために作ったものだそうです。
musya523  (5).jpg
地下トンネルを抜けると、もうそこは森のようで ヒンヤリとします。
これは下の池。
musya523  (10).JPG
ヒカリモの表示があります。
「光藻は、単細胞の藻の一種で、群生して水に浮かび、光を反射する事で黄金色に光って見えます。実篤公園では、例年5月のゴールデンウィーク前後から光り始め、9月頃まで光って見えます。」
近年、下の池にもヒカリモの生息が広がっているらしく 水面がほこりのように見えます。
これは汚れではなく、光藻だそうです。
覆うものがないため、天候の影響を受けやすく、水面の様子は日によって変わります。
暖かく晴れた日が続くと見えるとかで ラッキーでした。
musya523  (6).jpg
菖蒲園の奥。人がいる場所に ヒカリモがあります。
光藻(ヒカリモ)はきれいな水がある洞窟や日陰の池で生育。ただし、強い雨や風の後や、猛暑の時期などは見られないことがあります。
musyah.JPG
洞窟のようになっていて 光って見えます。木道からしか 見ることはできません。
「都心に近い場所で発見されるのは極めて珍しく豊かな自然環境が残っている証拠です。」(説明板より)
暗所で光を反射させることで黄金色に見えることが名前の由来。
2005年に来園者が、園内のショウブ園の水だまりに光る藻を見つけたとのことです。
musya523  (7).jpg
竹林は 風が吹き抜け気温は確実に低いです。
旧武者小路実篤邸に行きます。
posted by うめのはな at 06:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 武蔵野市・三鷹市・調布市

2015年05月29日

江戸川区総合レクリエーション公園フラワーガーデン

江戸川区総合レクリエーション公園フラワーガーデンのバラ園です。
kasaib  (1).jpg
東京都江戸川区西葛西6丁目
kasaib  (3).jpg
もう終わりかけ・・・今年はどこも早く終わりそうです。
kasaib  (4).jpg
約2万1000平方メートルある洋風庭園に111種600株の バラ が植えられている バラ園 です。
kasaib  (5).jpg

kasaib  (4).jpg

kasaib  (6).jpg
もう少し早い時期だと よかったかも・・・
kasaib  (9).jpg
バラのアーチのトンネルから現れるのは・・
kasaib  (8).jpg
パノラマシャトル
フラワーガーデン 芝生広場 富士公園キャンプ場 富士公園 なぎさ公園展望の丘 なぎさ公園を走ります。
kasaib  (11).jpg
水のある風景は涼しげなのですが とにかくバラ園というのは日当たりがよくないといけないので 暑い!
kasaib  (7).jpg
子供たちはバラより 水遊びです。
2013年の同じフラワーガーデンのブログです。
posted by うめのはな at 07:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸川区

2015年05月28日

神代植物公園バラ園

バラ園には409品種・5,200株のバラが栽培されています。
jbara (1).jpg

jbara (12).jpg

jbara (2).jpg
人が多いし 照り返しが強くて暑いし・・・水分補給を呼び掛けていました。
jbara (11).jpg
早い時期の涼しい日に ゆっくりみればまた気分も違ったでしょうが・・・この日は暑くて・・
jbara (4).jpg

jbara (3).jpg

jbara (5).jpg

jbara (8).jpg

jbara (10).jpg
終わりかけなのか元気のないバラもありました。
jbara (6).jpg
大温室は工事中でした。
混んでいるし 暑いしバラはしおれているしで じっくり見ることもなく早々に出ました。
posted by うめのはな at 07:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 武蔵野市・三鷹市・調布市

2015年05月27日

神代植物公園「春のバラフェスタ」

神代植物公園にバラを見に行きました。調布市深大寺
jindaip (4).jpg
23日の土曜日だったので とても混んでいました。
チケット500円を買うのに 行列でした。
jindaip (10).JPG
神代植物公園「春のバラフェスタ」
期   間  平成27年5月9日(土)〜5月31日(日)
jindaip (3).JPG
「この公園はもともと、東京の街路樹などを育てるための苗圃でした が、戦後、神代緑地として公開されたあと、昭和36年に名称も神代植物公園と改め、都内唯一の植物公園として開園されました。」案内文より
jindaip (1).jpg
武蔵野の面影ののこる木々の小路は涼しいです。
jindaip (2).jpg
現在、約4,800種類、10万本・株の樹木が植えられています。
広大な園内を全部回るわけにもいかず 今回はバラ園だけにしました。
jindaip (7).jpg
バラのアーチ。
人が多すぎて写真をとろうにも写ってしまい 困ります。
jindaip (6).jpg
バラを育てているのか・・・低いバラがたくさん植えられていました。
jindap.jpg
神代植物公園は都内でも有数のバラ園です。
jindaip (8).jpg
過去に「世界バラ会連合優秀庭園賞」を受賞した経歴を持つ神代植物公園のばら園です。
jindaip (5).jpg
中央に噴水があります。
左右対称の沈床式庭園に植えられているバラ園です。
人が多いのですが バラの花の花壇のほうに向かいます。
posted by うめのはな at 08:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 武蔵野市・三鷹市・調布市

2015年05月26日

たばこと塩の博物館・タバコ文化の歴史

日本のタバコ文化の歴史は江戸から明治へと続きます。
tbcjpn (4).jpg
キセルなど。
tbcjpn (12).jpg
「近現代のたばこ文化」
手仕事から機械化されていきます。
tbcjpn (11).jpg
時代は明治へ。レトロなたばこの宣伝カー
tbcjpn (8).jpg
タバコ工場
tbcjpn (5).jpg
塩とたばこは国の専売品でした。
tbcjpn (10).jpg
タバコのポスター移り変わりが壁一面に展示
明治以降、たばこ販売の歴史を辿る資料展示も充実しています。
tbcjpn (9).jpg
業平たばこ店
実はこれ 世田谷区の九品仏で実際に営業していたたばこ屋の店先をそのまま移築したコーナーも渋谷時代から受け継がれているものです。場所が移転したため、店名が「業平たばこ店」になっています。
tbcjpn (3).jpg
世界のタバコ
tbcjpn (6).jpg
いろいろな国のタバコ
tbcjpn (2).jpg
シガレットケース。
最後に 中央にある 世界のタバコのコーナーを見ます。
「世界のたばこ文化」コーナーには驚くべき喫煙具が数多く展示されています。
tbcwld (7).jpg
西洋人によって「発見」される以前のアメリカ大陸では、儀式としてタバコが使われたのか 土偶や埴輪のようなものもあります。
tbcwld (9).jpg
尺八のようなものも・・
tbcwld (8).jpg
水パイプは大がかりなんですねー
tbcwld (2).jpg
マッカーサー・・・
tbcwld (1).jpg
オセアニア
tbcwld (3).jpg
もう工芸品にしか見えません。
tbcwld (5).jpg
実用品とは思えません。
tbcwld (6).jpg
パイプ文化
ゴージャスすぎる喫煙具が地域ごとに展示されている世界の喫煙具展示コーナは面白かったです。
リニューアルにより展示面積が2倍になったためか とても充実した博物館になって 再来したいという気になりました。
たばこと塩の博物館住所:東京都墨田区横川1-16-3 入館料:100円 開館時間:午前10時〜午後6時(入館は午後5時30分まで) 休館日:月曜日(月曜日が祝日、振替休日の場合は直後の平日)、年末年始(12月29日〜1月3日)
posted by うめのはな at 07:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 墨田区

2015年05月25日

たばこと塩の博物館・たばこ常設展示室

突如現れた神殿。
tac3t (12).jpg
3F常設の「たばこの歴史と文化」の入り口です。
tac3t (3).jpg
「十字の神殿」
現在のメキシコにあるバレンケ遺跡だそうです。
tac3t (2).jpg
神殿が造られたのは7世紀の頃です。
右は「たばこを吸う神」のレリーフ。
煙が天上の神と地上の人間を結ぶ役割を果たすとも考えられていたそうです。
tac3t (1).jpg
十字の神殿」中央部分
現地の職人の手により再現した実物大模型です。
tac3t (4).jpg
タバコの花
tac3t (5).jpg
たばこ常設展示室は、「たばこ文化の発生」「世界のたばこ文化」「江戸のたばこ文化」「近現代のたばこ文化」の4カテゴリで構成されています。
南蛮船の模型があります。
tac3t (6).jpg
これは「 江戸時代のたばこ文化」を再現したジオラマ。
江戸の本所界隈にあったたばこ屋を再現。
tac3t (7).jpg
江戸時代は刻みタバコでした。用具です。
tac3t (8).jpg
日本のたばこの歴史と文化コーナーでは たばこ文化がどのようにして生まれ、現在に至ったのか、その歴史をわかりやすく学ぶことができます。
tac3t (9).jpg
趣向をこらした喫煙具
tac3t (10).jpg
たばこを吸うシーンを描いた江戸初期の風俗画、浮世絵など。
tac3t (11).jpg
欧米からの文化が伝わり 日本のタバコ文化も変化していきます。
posted by うめのはな at 06:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 墨田区

2015年05月24日

たばこと塩の博物館・コレクションギャラリー

3Fはたばこ常設展示室です。
エスカレーターを上がると こんな空間があります。
tbc3f (3).jpg
休憩スペース
tbc3f (2).jpg
この奥はトイレ。渋谷と違ってゆとりの空間です。つい 行ってみたくなりました。
tbc3f (1).jpg
休憩スペース前は司直閣ホールです。
この時は 塩の映像が9分間のエンドレスで流れていました。
tbc3f (8).jpg
たばこ常設室脇に コレクションギャラリーがあります。
土屋陽三郎氏(三洋証券創業者)が40年を費やして収集した灰皿コレクションです。
tbc3fc.jpg
土屋氏は灰皿の収集を始められ、約4,700点にわたる膨大なコレクションを築かれました。
tbc3f (7).jpg
実用品の域をはるかに超えた美術工芸品ともいえる灰皿
tbc3f (5).jpg
造形 デザイン、材質など 実用品というよりは緻密ですばらしい伝統工芸品です。
tbc3f (4).jpg
こんな大きな灰皿もありました。
このコレクションギャラリーでは、所蔵品を順次公開していくそうです。
次 たばこの常設展に行きます。
posted by うめのはな at 07:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 墨田区

2015年05月23日

たばこと塩の博物館・塩の世界

2階には 渋谷にあった博物館の写真などが展示してあります。
tsjset1 (4).jpg
渋谷公園通りでの企画展・特別展のポスターが並びます。
tsjset1 (2).jpg
たばこ売り
tsjset1 (1).jpg
2F常設展示は「塩の世界」です。
tsjset1 (3).jpg
人気の観光地、ウユニ塩湖で切り出された本物の塩ブロック。
tsjset1 (5).jpg
岩塩彫刻「聖キンガ像の祭壇」
ポーランドに伝わる聖キンガの伝説をもとに再現
本物があるヴィエリチカ岩塩坑は世界遺産にも登録されています。
tsjset1 (7).jpg
手に持っている透明な岩塩も、像の背後の石積みも、すべて塩で本物の塩でできています。
ありがた〜い気持ちになりました。
tsjset1 (6).jpg
「世界の塩資源」
「塩湖」などの写真展示と「岩塩」の展示
tsjset1 (10).jpg
岩塩にもいろいろなものがあるのですねぇ
tsjset1 (11).jpg
日本ではみることのできないダイナミックな天日塩。すごいです。
tsjset1 (9).jpg
「日本の塩づくり」
能登半島で50年間建っていた釜屋の復元。tsjset1 (8).jpg
昔ながらの日本の塩の製造方法 能登の揚げ浜塩などの紹介があり 製造方法の発展の展示があります。
siotbc (5).jpg
機械化された工場
siotbc (9).jpg
意外と知られていない製造方法などを学ぶことができます。
siotbc (7).jpg
切り出された大きな岩塩の板があります。
siotbc (8).jpg
これは西アジア遊牧民の塩を運ぶ袋。
siotbc (3).jpg
クリスタルのような透明な塩の結晶
siotbc (2).jpg
塩を使った帆船
siotbc (4).jpg
塩の最後は塩のサイエンス。
エアーホッケーのような台はいろいろな塩のメダルを上にに置くと塩の説明が出てくるしかけです。
薬ミュージアムにも同じようなものがありました。
展示室からでると 「塩のパソコンクイズ」コーナー」がありますが パスして3Fへ向かいます。
posted by うめのはな at 06:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 墨田区

2015年05月22日

たばこと塩の博物館リニューアルオープン

たばこと塩の博物館 正面入口です。
tabcent r (8).jpg
たばこと塩の博物館 東京都墨田区横川 1-16-3
たばこと塩に関する資料を閲覧したり、歴史を学んだりすることができる博物館です。
渋谷の公園通りに1978年から開館していた施設ですが、建物の老朽化や資料の増加で手狭になったことから、2013年9月1日閉館
2015年4月25日、場所を墨田区横川に移してリニューアルオープンしました。
tabcent r (1).jpg
リニューアルオープンの大きなポスターです。
tabcent r (7).jpg
たばこと塩の博物館の入口には、喫煙の像が立っています。 渋谷の入口前にあったものです。
スウェーデンの首都ストックホルムの、タバコ・マッチ博物館にある像のレプリカです。
tabcent r (6).jpg
喫煙の像
「このブロンズ像は、1978年(昭和53年)の開館に際し、当館のシンボルモニュメントとして制作したものです。原型は19世紀の初め頃、スウェーデンのたばこ屋が看板として使用していたものです。
 制作者 中島一雄  監修者 峰孝」
tabcent r (5).jpg
中に入ると受付前に 渋谷の入口にあった浦島太郎をモチーフにした彫刻が施された岩塩、「浦島岩塩1t」が置かれています。
tabcent r (3).JPG
昔話の「浦島太郎」をモチーフに、亀さんや乙姫さま 竜宮城は彫られていますが、浦島太郎さんはいなかったです。
お帰りになってしまったあとなのでしょうかねぇ〜
tabcent r (9).JPG
1.4tもある「ポーランド岩塩」 これは2Fの常設展示室にあります。
渋谷から移転した時には 重すぎてエレベーターに乗せられず クレーンでつりあげたそうです。
tabcent r (10).jpg
イギリス岩塩」約600kg 2Fロビーに置かれています。
これも渋谷から移転しました。
館内にはこの3つの 大きな岩塩が展示されています。
tabcent r (2).JPG
1Fロビーの渋谷にあった博物館の模型です。
tabcent r (11).jpg
2Fには大きな写真もあるので これでよくわかります。
公園通り パルコそばにあった渋谷の博物館には数回行ったことがあったので なつかしい気がしました。
tabcent r (4).JPG
展示室は2Fからです。
エスカレーターで上に行きます。
posted by うめのはな at 06:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 墨田区

2015年05月21日

横川一丁目遺跡・大横川親水公園

春日通りのバス停 横川橋で降りたら 標識がありました。
yokokawbs (1).jpg
横川一丁目遺跡 墨田区横川1-15
「平成9年(1997)、東京都住宅供給公社の都民住宅建設工事で 旗本大竹の抱屋敷の遺跡が見つかりました。
調査の結果、本所開拓のときの盛土層や本所上水の水路とみられる大溝、太田家抱屋敷の庭園の池や建物、陶磁器や瓦、木製品などの江戸時代の遺構・遺物が発見されました。
また、明治時代のものとして「三田土」の墨書や焼印のある木札や板、ゴム製品が出土し、三田土護謨製造合名会社の存在を裏付けています。
 このように、横川一丁目遺跡は、この場所の歴史を物語る貴重な埋蔵文化財の包蔵地となっています。」解説文 要約
yokokawbs (8).jpg
横川橋の下には 水と緑に親しめる公園 「大横川親水公園」 が続いています。
yokokawbs (7).jpg
大横川親水公園は、大横川を埋め立て、小川・池・広場・遊歩道などとして整備された墨田区立の公園で、全長は約1.8kmあります。
yokokawbs (6).jpg
横川橋〜平川橋には滝やせせらぎがあり、子供たちが水と親しめるようになっています。
yokokawbs (5).jpg
中間くらいに 渋谷から移転した たばこと塩の博物館 の親水公園側からの出入り口があります。
yokokawbs (3).JPG
入口には村井兄弟商会工場の門柱があります。これも渋谷から移転。
yokokawbs (2).JPG
村井兄弟商会 芝工場門柱(たばこと塩の博物館)東京都墨田区横川 1-16-3
村井吉兵衛の村井兄弟商会は、輸入葉たばこを原料に欧米の最新技術を導入して製造した両切たばこが主力商品でした。
yokokawbs (4).JPG
村井兄弟商会 芝工場門柱
「この門柱は、明治を代表するたばこ商の村井兄弟商会芝工場(旧東京市芝区芝田町2丁目)にあったものです。湯治は2mを越える高さで上部には図案化されたたばこの葉が浮き彫りされ、中間部にレンガが入り 明治中頃の近代的たばこ工場の風格を現在に伝える貴重な資料です。明治37年(1904)、工場が大蔵省専売局に吸収され、昭和14年(1939)5月の工場火災まで、たばこ工場の門柱として利用されていました」
posted by うめのはな at 07:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 墨田区

2015年05月20日

厩橋・厩橋地蔵尊

厩橋を渡ります。
umayabasi (3).jpg
厩橋(うまやばし)は、隅田川にかかる橋。
春日通りを通し 西岸は台東区蔵前二丁目、および駒形二丁目を分かち、東岸は墨田区本所一丁目。
umayabasi (1).JPG
橋全体に馬を連想させるレリーフなどが施されています。
umayabasi (2).jpg
厩橋の名前の由来は、台東区側にあった「御厩河岸(蔵前の米蔵のお米運搬用の馬の厩)」からきているそうです。
umayabasi (4).jpg
初代の橋が完成したのは、明治7年(1874年)当時は木製で現在の場所より100m下流にあった。
老朽化によって明治26年(1893年)に鉄橋に架け替えられたのですが、関東大震災で被災し復興事業の一環として昭和4年に現在の橋に架け替えられた。
umayabasi (5).jpg
厩橋
構造形式 3径間下路式タイドアーチ橋
橋長 151.4m
幅員 22.0m
着工 大正15年9月
竣工 昭和4年9月
umayabasi (9).jpg
橋のたもとは 高速道路の真下で 広場になっています。
円形のオブジェのようなものがありますが ここはたんぽぽ公園だとか・・・
umayabasi (7).jpg
片隅に 翻る赤い幟と常にお花が活けられたお地蔵さまがあります。
高速道路工事の際に掘り出されたお地蔵様だそうです。
護岸工事の完成で厩橋のたもとのたんぽぽ公園に本所1丁目の町会の皆様の総意で祠を造ったそうです。
umayabasi (6).jpg
厩橋地蔵尊
古いお地蔵さまは2体あり、お地蔵様の1体は、貞享4年(1687年)に亡くなった女性の墓石であることが判明したそうです。
東京大空襲の際に多くの方が隅田川、厩橋の周辺で命を落とされました。
戦没者の慰霊の為に新たな地蔵尊を建立する事になり、2000年1月24日の初地蔵の日から、祠には3体のお地蔵様が祀られています。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 06:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 墨田区

2015年05月19日

蔵前かや寺・厩橋公衆トイレ

都営地下鉄蔵前駅から春日通りに出ます。
バス停前に落語「蔵前駕籠」の舞台となった榧寺があります。
umayabsi (1).jpg
浄土宗寺院の榧寺 台東区蔵前3-22-9
榧寺は浄土宗で、本尊は阿弥陀如来坐像。 天正年間(1575年ごろ草庵として創始、慶長4年(1599)に増上寺中興開山の観智国師法名貞蓮社源誉上人が池中山盈満院正覚寺として開山したといいます。
境内に鬱蒼と茂っていた榧の木が、寺宝を火災から護っていたことから、江戸時代から榧寺と称されていました。
umayabsi (4).jpg
厩橋手前の交番隣に面白いものを見つけました。
umayabsi (3).jpg
コールマンひげを生やした紳士2人と真っ赤な口紅の淑女2人がピカソ風の顔で トランプのカードのように並んでいます。
umayabsi (2).jpg
厩橋公衆トイレ」です。
遊び心たっぷりのユニークなトイレ。平成4年に台東区より「まちかど賞」を受賞しました。
umayabsi (5).jpg
地図です。このトイレの反対側には 立札があります。
umayabsi (6).jpg
元禄年間ごろから続いていた「御厩の渡し」のあった場所です。
umayabsi (7).jpg
現在は屋形船が並んでいました。
umayabsi (8).jpg
厩橋を渡ります。
スカイツリーとアサヒビールの建物が見えます。
umayabsi (9).jpg
駒形橋が見えます。
posted by うめのはな at 06:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 台東区

2015年05月18日

荒川ロックゲート(閘門)

荒川スーパー堤防を歩くと サイクリングロードを走る自転車に出会います。
arkwrgt (11).jpg
荒川ロックゲート(閘門) 江戸川区小松川1丁目地先
arkwrgt (9).jpg
荒川側のロックゲート
arkwrgt (1).jpg
巨大です。
arkwrgt (7).jpg
荒川と旧中川の最大で3.1メートル異なる水位を調節するために平成17年に完成しました。
arkwrgt (3).jpg
説明板があります。
akrg .jpg
有名なパナマ運河と同じく、水位が違う河川や海との往来を可能にする水上エレベーターです。
arkwrgt (6).jpg
荒川と旧中川は江東地区の地盤沈下のため水位の差が最大3.1mに達することもあります。
arkwrgt (8).jpg
長い間船舶の運航が出来なかったのですが 水上交通が大震災時等に有効であるということから閘門が作られました。
震災時の支援活動を想定してつくられており、阪神淡路大震災クラスの地震があっても、速やかな航行が可能です。
arkwrgt (2).jpg
旧中川方向のゲート
この水路で水位を調節します。
荒川〜江東内部河川〜隅田川は、水上バスや屋形船による観光やカヌーなど手こぎボートの利用が多いです。
タグ:建物
posted by うめのはな at 07:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸川区

2015年05月17日

大島小松川公園〜荒川スーパー堤防

大島小松川公園 風の広場から石段を下ると 荒川スーパー堤防です。
arakwr (1).jpg
荒川スーパー堤防整備に合わせて、南北約2キロメートルにわたり約1000本の桜(小松川千本桜)が植栽されています。
平成15年に完成した小松川千本桜は10種1,000本が飢えられて桜の名所となっています。
arakwr (6).jpg
都営新宿線荒川中川橋梁
arakwr (5).jpg
対岸にタワーホール船堀の高さ115mの展望台が見えます。河川敷には災害時のヘリポートもあります。
arakwr (3).jpg
荒川ロックゲートが見えてきます。
arakwr (4).jpg
位置関係の地図
arakwr (2).jpg
こちらは旧中川のゲート後ろ側です。
荒川ロックゲート(閘門)に行きます。
タグ:庭園・公園
posted by うめのはな at 07:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸川区

2015年05月16日

東大島駅・旧小松川閘門

都営新宿線東大島駅です。
ojmkmts (6).jpg
江東区と江戸川区の区境の河川橋上駅でホームに行政区分標がある全国でも珍しい駅です。
ojmek.JPG
旧中川の真上にあるため、駅の出入口は川の両端(大島口・小松川口)で 駅の所在は駅長室がある江東区大島九丁目です。
ojmkmts (7).jpg
東大島駅広場に四神のモニュメント“東の青龍”があります。
四神とは、青龍、朱雀、白虎、玄武の、方位を守る神様。
東、東大島駅前の青龍
西、白虎は、現在検討中。
南、若洲海浜公園の朱雀
北、亀戸駅前公園の亀が玄武
この四神の設置は江東区が行っているものです。はやく西が決まれば いいですねぇ〜
ojmkmts (4).jpg
東大島駅近くの「旧中川・川の駅」(江東区大島9)
第2回大島旧中川そらまめ祭り」でにぎわっていました。(5月9日・10日)
ojmkmts (9).JPG
「中川そらまめ」は江戸原種の空豆で、江戸時代に中川かいわいより市中に広がったといわれています。
「中川番所」が置かれ、関東一円の川筋から舟で多くの物資がここに集められていました。
そらまめ祭りはこの地域で、かつて栽培されていた幻の江戸野菜「中川そらまめ」を区内外に周知するのが開催の目的だそうです。
ojmkmts (5).JPG
水陸両用車のスカイダックや 川めぐりの船なども運航されていました。
ojmkmts (8).jpg
旧中川から一段高い場所に 大島小松川公園があります。
不自然に 突如緑の丘が現れた感じがします。
石段をかなり上ります。この 緑の丘は、「風の広場」です。
ojmkmts (3).jpg
綺麗な緑の広場なのですが この盛り上がった丘の下には、六価クロムが埋まっているらしいです。
もともと一帯は日本化学工業の工場があった場所で、1974年に日化工が移転するまでここで操業を続けていたとのことです。
ここだけでなく、旧中川を挟んだ向かいの「わんさか広場」にも、六価クロムが埋まっている。
六価クロムが漏れだしているという「六価クロム鉱さい問題」が起きたそうです。
ojmkmts (12).jpg
小高い場所なので 旧中川を見下ろし 遠くスカイツリーも見えます。
ojmkmts (10).jpg
大島小松川公園にある旧閘門
実際に見えているのは全体の1/3くらい、残りは鉄柵の下深く埋められている。
ojmkmts (11).jpg
旧小松川閘門 江戸川区 小松川 1
国土交通省の解説文 抜粋
「閘門は1911年荒川改修工事にて、荒川と旧中川の水位差ができた為、舟運に大きな障害となり設置した。 1976年、閘門は、2つの扉のうち荒川側が撤去され、旧中川側は埋められた状態で保存されている。」
posted by うめのはな at 07:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸川区

2015年05月15日

護国寺11・惣門

不老門を出て 石段を下り本坊のほうに行きます。
gkjsom (1).jpg
本坊と桂昌殿の間にあった 古そうな門。門だけです。
gkjsom (2).jpg
護国寺桂昌殿
ここを飛騨rに曲がると 惣門が見えます。
gkjsom (3).jpg
護国寺惣門 文京区指定有形文化財
gkjsom (7).jpg
護国寺惣門
「この惣門は、護国寺の方丈への軸線上にあり、寺院の門と共に住宅の門という、性格をあわせもっている。
形式は、社寺系のものではなく、江戸時代武家屋敷門の五万石以上の大名クラスの、格式に相当する形式と偉容を持っている。当寺が幕府の厚い庇護のもとで、高い格式を保持した歴史を反映している。
大名屋敷表門で現存するものは、いずれも江戸時代後期のものであるのに対して、この門は、中期元禄年間のもので、特に貴重な文化財である。 東京都文京区教育委員会 」
gkjsom (9).jpg
惣門をでて右隣のほうに行きます。
gkjsom (6).jpg
この荘厳な門構えは何だろうと・・近寄ります。
gkjsom (4).jpg
屋根には 菊のご紋がずらり・・・
gkjsom (5).jpg
皇族の墓苑「豊島が丘御陵」です。
護国寺の境内地5万坪のうち、東側の2万5千坪は宮家の墓所(豊島岡墓地)が造られた。これは1873年(明治6年)の明治天皇の第一皇子稚瑞照彦尊の薨去(死産)を機に、護国寺境内の東半分が皇族墓地とされたものである。
「陵」に埋葬される天皇と皇后を除く皇族専用の墓地として整備されてきました。
護国寺は これで終了です。
posted by うめのはな at 07:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 文京区

2015年05月14日

護国寺10・大師堂

本堂手前東側に六地蔵様が並んでいます。
gkjdais (2).jpg
一言地蔵尊の案内標識が見えます。
gkjdais (11).jpg
標識の奥は 大師堂です。
gkjdais (9).jpg
奥に行くと 地蔵様や寄進されたと思われる いろいろな地蔵様や筆塚などの石碑があります。
gkjdais (10).jpg
地蔵堂に鎮座する「一言地蔵」
この地蔵尊は、どんなお願いも聞き届けてくれますが、 一度にお願いできるのは、一言だけということになっています。
gkjdais (1).jpg
大師堂  【区指定文化財】
 1701(元禄14)年築。
擬宝珠(ぎぼし)には宝永2(1705)、正面前方の石灯籠には寛政2年(1790)の銘があります
gkjdais (4).jpg
素朴ながらも、どっしりとした重厚な雰囲気が特徴です。
gkjdais (5).jpg
装飾も少なく全体的に荘重、真言宗伽藍における大師堂の格式の高さと、中世的な伝統を重んじた貴重な建造物です。
gkjdais (8).jpg
大師堂は、元禄14年(1701)に再建された旧薬師堂ですが 1926(大正15)年の大火によって用途が変更され、現在地に移築の上で大師堂となりました。
gkjdais (6).jpg
奥まった場所にあるのでなんとなく 別の寺に来ているような落ち着いた雰囲気です。
gkjdais (7).jpg
posted by うめのはな at 06:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 文京区

2015年05月13日

護国寺9・鐘楼 茶室

護国寺鐘楼です。
gkjrus (3).jpg
鐘楼(付梵鐘) 【区指定文化財】
 江戸時代中期の建築。鐘楼は袴腰付重層入母屋造の非常に格調高いもので、梵鐘は、ほぼ創建時の1682(元和2)年に寄進されたもの。
gkjrus (2).jpg
文京区教育委員会の説明文
gkjrus (1).jpg
この鐘楼の梵鐘は、天和2年(1682)に寄進されたものである。
gkjrus (5).jpg
伝統を重んじた格式の高い袴腰付重層入母屋造の形式
gkjrus (6).jpg
不老門を入り 右側 釈迦像後ろにある 石灯籠群です。護国寺の石灯籠見本だそうです。
gkjrus (7).JPG
高橋箒庵は護国寺を茶道の総本山にしようと考え 1922年(大正11年)、まず石灯籠の見本を20基ほど護国寺に寄進しました。
1925年、三笠亭、仲麿堂、そして自分の号にちなんだ箒庵という茶室を寄進しました。
gkjtya (1).jpg
茶室は「箒庵」「三笠亭」「月窓軒」「化生庵」「草蕾庵」「不昧軒」「円成庵」「宗澄庵」「羅装庵」の9室。
gkjtya (2).jpg
月光殿のほうに茶室が並んでいます。
gkjtya (4).jpg
不味軒
gkjrus (4).jpg
鐘楼がある場所から 大師堂の裏側が見えました。
posted by うめのはな at 06:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 文京区

2015年05月12日

護国寺8・著名人墓など

本堂の裏手にまわりました。
gkjhk (1).jpg
本殿の裏にある西国三十三か所 が彫られた石碑
横には 「 さんけいみち 」 と書かれています。
護国寺は 江戸三十三箇所観音霊場  第13番札所です。
gkjhk (2).jpg
本堂の裏は墓場です。
この護国寺に¥では 猫をよく見かけます。
gkjhk (3).jpg
護国寺には有名人が多数眠っています。
この鳥居のある立派な墓はどなただろうか・・と近寄ります。
gkjhk (4).JPG
三条実美の墓
 三条実美(1837〜91年)は、幕末に長州派の公卿として活躍し、明治時代には太政大臣や内大臣、内閣総理大臣(代行)などを歴任した人物です。
gkjhk (5).jpg
家紋は三条花角紋。
gkjhk (6).jpg
近くには 東日本大震災で倒れたままの石灯籠もありました。
gkjhk (7).jpg
早稲田大学の創始者であり、第8代、第17代内閣総理大臣を務めた大隈重信のお墓。
護国寺には 著名人の墓が多くあります。
墓めぐりは好きではないので 奥までめぐることはしませんが これらは本殿の右脇に固まり、いかにも有名人の墓という立派な墓所が並んでいます。
yasdagkj.jpg
墓場の近くにひときわ 立派な門構え・・・茶室かな・・・と思いましたが 墓所でした。
旧安田財閥の創始者 安田善次郎氏の墓所だそうです。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 07:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 文京区

2015年05月11日

護国寺7・月光殿 薬師堂

多宝塔の隣は「月光殿」です。
getuyakusi (5).jpg
月光殿(旧園城寺日光院客殿、桃山時代) 【国重要文化財】
桃山時代の建築で、1888(明治21)年に品川御殿山に移築されていた、滋賀の園城寺(三井寺)の塔頭、日光院客殿を、1928(昭和3)年にここへ移築したもの。
getuyakusi (3).jpg
桃山時代の建立といわれ 書院様式を現代に伝える代表的建造物とされる。
桂昌院の紋所である九つ目紋 徳川家三つ葉葵の紋
getuyakusi (2).jpg
床の間の壁画は狩野永徳の筆により水墨で蘭亭曲水の図が画かれているとのことです。
getuyakusi (1).jpg
明治の実業家・原六郎が品川御殿山の自邸内に移築して「慶長館」と称したものだそうです。
昭和3年(1928)護国寺の檀徒総代をつとめていた高橋箒庵という茶人が 慶長館を買い取り ここに移し「月光殿」と改称しました。
これ以後、月光殿や茶室を利用して護国寺で大規模な茶会が開催されるようになったそうです。
getuyakusi (8).jpg
護国寺薬師堂 【区指定文化財】
getuyakusi (10).jpg
1691(元禄4)年築。創建時から大きな改変も無く、元禄時代の雰囲気を強く残した建造物で、禅宗様の花頭窓が特徴です。なお、元々は一切経堂として建てられましたが、1926(大正15)年の大火によって用途が変更され、現在の薬師堂となりました。
getuyakusi (6).jpg
大きな特徴は、柱間に花頭窓を据えていることなど禅宗様建築の手法をとりいれていること。
getuyakusi (9).jpg
薬師如来を安置しています。
kgojn.JPG
薬師堂裏に庚申塔があります。
音羽講中庚申塔といって門前町の音羽町の方の建立です。
posted by うめのはな at 07:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 文京区

2015年05月10日

護国寺6・閼伽井 多宝塔

本堂のまわりを見ます。
gkjhdo (9).JPG
銅灯篭 
胴の部分には元禄十年と刻まれている。
台座(新しそうなもの)に徳川綱吉の母、桂昌院の紋所である九つ目紋 徳川家三つ葉葵の紋があります。
gkjido (6).jpg
何なのかはわかりませんが 井戸の形をしたもの。
gkjido (5).jpg
古い木を重ねたとおもわれるもの。(説明無し)
gkjido (3).jpg
閼伽を汲むための井戸。仏教において“閼伽”とは、仏前などに供養される水のことです。
gkjido (4).jpg
護国寺閼伽井(あかい)
「閼伽を汲むための井戸を「閼伽井」、その上屋を「閼伽井屋」、「閼伽井堂」と称される。また、閼伽を入れる瓶(びん)を水瓶(すいびょう=軍持)と称し、閼伽を入れる器を「閼伽器」、閼伽を供える棚を「閼伽棚」と称される。」
gkjido (7).jpg
多宝塔
1938(昭和13)年築。石山寺(滋賀県大津市)の多宝塔をモデルに建てられました。
gkjido (1).jpg
本尊は大日如来像を安置しています。
gkjido (2).JPG
護国寺 霊廟(れいびょう)。
阿弥陀様の銅像の下は地下3階建の納骨堂だそうです。
明治期以降徳川家との関係が絶たれ、一般人の墓所を造成しました。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 07:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 文京区

2015年05月09日

護国寺5・本堂(観音堂

正面が本堂(観音堂)で、国の重要文化財に指定されています。
gkjhdo (10).jpg
観音堂 (本堂) 重要文化財 東京都文京区大塚5-40-1
時代:江戸中期
年代:元禄10
西暦:1697
構造及び形式等:桁行七間、梁間七間、一重、入母屋造、向拝三間、瓦棒銅板葺
gkjhdo (1).jpg
真言宗豊山派 大本山 護国寺
護国寺は、5代将軍徳川綱吉の母、桂昌院の発願によって天和元年(1681)に創建、江戸幕府から寺領1200石の御朱印状を拝領、真言宗豊山派の大本山です。
護国寺のご本尊は如意輪観世音菩薩像。
御府内八十八ヶ所霊場87番札所、江戸三十三箇所観音霊場第13番、東京三十三観音霊場24番札所です。
gkjhdo (7).jpg
「現在の観音堂(本堂)は、元禄10年(1697年)正月、観音堂新営の幕命があり、約半年余りの工事日数でこの大造営を完成し、同年8月落慶供養の式典が挙げられた。また元禄時代の建築工芸の粋を結集した大建造物で、その雄大さは都内随一のものと賞され、しかも震災・戦災と二度の大災害にも襲われながら姿も変えず、江戸の面影を今に伝え、訪れる人々に安らぎの場として親しまれている」
説明文より抜粋
gkjhdo (2).jpg
妻飾は、禅宗様の二重虹梁大瓶束
gkjhdo (4).jpg
三手先、菱支輪、中備の蟇股は和様とし、大仏様の双斗を二段に組んだ折衷様です
元禄時代の建築工芸の粋を結集したといわれる本堂
gokjh (474x550).jpg
建具は双折れの桟唐戸
gkjhdo (6).JPG
隅部の頭貫は十文字に組み、先端は禅宗様の絵様の木鼻です。
gkjhdo (3).jpg
外壁には横羽目の板張りで、貫を使わず長押を多く用いています。古代から中世の様式を数多く取り入れています。
奥に見えるのは薬師堂です。
posted by うめのはな at 07:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 文京区

2015年05月08日

護国寺4・不老門

石段の上に見えるのが 不老門です。
gkjfm (1).jpg
石段上の不老門は 緑と朱のコントラストで美しいです。
gkjfm (8).jpg
石段途中の石灯籠
gkjfm (3).jpg
振り向くと こんな感じ。かなり高いです。
gkjfm (2).jpg
中門 (不老門)
昭和13年(1938年)4月建立。様式は京都の鞍馬寺の門を基本に設計され、仁王門と本堂の中間に建立された。
gkjfm (4).jpg
「不老」の二字は、徳川宗家16代当主の徳川家達(いえさと)が執筆したもの。
gkjfm (5).jpg
正面に本堂がありますが その手前になぜか一体だけの吽形の銅製金剛力士像
gkjnio.JPG
明治になって、筑波山で吹き荒れた廃仏毀釈の難を逃れた一部の仏像などが、護国寺境内の「護持院」(筑波山大御堂の別院)に運び込まれたようです。
gkjfm (6).jpg
銅製大仏 護国寺大仏
像高が2.5mと、大仏にしては小さいです。これも筑波山からのものだそうです。
gkjfm (7).jpg
銅造地蔵菩薩立像 
筑波山より移転
もう一つ 筑波から移転してきた 銅製多宝塔(ゆぎとう)は忠霊堂の裏にあって一般参拝客は見ることができないそうです。
金剛力士像と地蔵菩薩像は本堂手前の参道の向かって左に 向かって右側に、大仏が安置されています。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 07:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 文京区

2015年05月07日

護国寺3・音羽富士

護国寺 音羽富士です。
gokokufuji (4).jpg
6m程の山頂には富士浅間神社と石柱と祠があるそうです。
gokokufuji (5).jpg
富士塚のまわりにはいろいろな石碑があります。
gokokufuji (3).jpg
私立獣醫學校発祥之地
1881年に9名の若き20代の獣医官によって文京音羽護国寺の一隅で産声を上げたとのことです。
gokokufuji (6).jpg
民謡碑
gokokufuji (2).jpg
「からすの赤ちゃん」の童謡碑
gokokufuji (7).jpg
珪化木 (木化石
「珪化木(けいかぼく)」と書かれた立て札があり 壱億五千萬年と書かれており、木の化石です。
gokokufuji (8).jpg
古い道標がありました。
左江戸道の文字が見えます。
次 石段を登り 不楼門へ行きます。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 07:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 文京区

2015年05月06日

護国寺2・手洗水盤

仁王門を入ると広場になっています。
gokokujiuk (2).jpg
宗務所前にはこんなミニ石庭もあります。
gokokujiuk (1).jpg
石段の上が不老門です。
石段下 両脇に手水舎があります。
gokokujiuk (3).jpg
中に手洗水盤が置かれています。
gokokujiuk (4).jpg
唐銅蓮葉形手洗水盤 一対二基  この水盤について傍に説明板があります。
gokokujiuk (5).jpg
「この手洗水盤は、江戸幕府五代将軍徳川綱吉公の御生母桂昌院殿一位尼公より御寄進である。
 当山の縁起伝承と明治末期から昭和初期の鋳金家・金工史家香取秀真氏の調査記録に、元禄十年(一六九七)頃に鋳造され、江戸鋳物師椎名伊予良寛の製作と記載されている。・・・・」
gokokujiuk (7).jpg
富士山という表示に従い 右手に進みます。
gokokujiuk (8).jpg
石垣の上に 富士塚がありそうです。
gokokufi.jpg
石橋を渡ると 鳥居があります。
浅間神社があるとうかがえます。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 07:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 文京区

2015年05月05日

護国寺1・仁王門

東京メトロ有楽町線護国寺駅1番出口です。東京都文京区大塚五丁目
gokokuji (1).jpg
ここを出てすぐに 護国寺仁王門が正面にあります。
gokokuji (3).jpg
護国寺への入り口です。仁王門は元禄時代の建築です。
gokokuji (2).jpg
護国寺仁王門  区指定有形文化財
「八脚門、切妻造で丹塗。 元禄期造営の本堂、薬師堂や大師堂などから成る徳川将軍の祈願寺としての伽藍の中で、重要な表門である。建立の年代については、元禄10年(1697)造営の観音堂(現本堂)などよりやや時代が下がると考えられる。
正面(南側)の両脇に金剛力士像(右側阿形像 ・左側吽形像)、 背面(北側)の両脇には、 二天像(右側増長天・左側広目天)の仏法を守る仏像が安置されている。
      護国寺の山門の朱の丸柱
      強きものこそ美しきあれ       (窪田空穂)
          東京都文京区教育委員会     平成2年3月」
gokokuji (6).jpg
真言宗豊山派寺院の護国寺は、神齢山悉地院と号します。
gokokuji (4).jpg
正面(南側)の両脇に金剛力士像(右側阿形像 ・左側吽形像)
gokokuji (5).jpg
背面(北側)の両脇には、 二天像(右側増長天・左側広目天)
gokokuji (11).JPG
門の中に入ります。
gokokuji (9).jpg
北側から見た仁王門
gokokujm.JPG
境内案内図があります。
gokokuji (7).jpg
参道正面に石段と不老門が見えています。
タグ:神社・寺院
posted by うめのはな at 07:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 文京区

2015年05月04日

マーキュリー像と霞が関文科省界隈

地下鉄銀座線 日本橋駅改札口内にある マーキュリー像です。
toramonm (12).jpg
マーキュリー像
「昭和26年、銀座駅などの出入り口に設置され、地下鉄のシンボルとなりました。昭和39年に移設し、今日に至っております。“マーキュリー”とはローマ神話の商業の神を意味します。 笠置季男 作」
toramonm (11).jpg
現存するのは15体です。
そのうち 2体は 地下鉄博物館入館口内と東京地下鉄 本社1階です。
銀座駅 大手町駅 上野駅 浅草駅 池袋駅 日本橋駅などに設置されているそうです。
toramonm (10).jpg
銀座線 虎ノ門駅です。
文科省前の出入り口です。
toramonm (7).jpg
霞が関 町名由来板 所在地:霞が関三丁目2番
霞が関という地名の由来には諸説あり、古くは、日本武尊が蝦夷に備えて設けられたもので、雲霞を隔てる地であったことからつけられたという伝説があり、平安期より歌枕の地として多くの和歌によまれています・・・・・だとか・・・
toramonm (8).jpg
江戸時代には、幾多の大名が住む武家地であり 江戸時代の地図にはすでに、「霞ヶ関」と記したものもあります。
toramonm (9).jpg
江戸時代には外堀があり 現在でもところどころに外堀の石垣が顔をのぞかせています。
toramonm (3).jpg
旧国立教育会館前の石垣。
toramonm (6).jpg
虎ノ門ホールのあった国立教育会館ビルは平成16年(2004)解体され 霞ヶ関コモンゲートになっています。
toramonm (5).jpg
国立教育会館碑
「教育関係者の資質の向上を図り、その指導力の充実を期するためには、不断の研修が必要であり、このために全国の教育関係者を対象とするのにふさわしい研修施設の必要が痛感されたことから、昭和39年6月1日に特殊法人国立教育会館が設立されたものである。
その後、行政改革により特殊法人国立教育会館は平成13年4月1日に解散となった。
この碑は、特殊法人国立教育会館の門表であり、元文部大臣灘尾弘吉氏の揮毫によるものである。」説明文
toramonm (2).jpg
すぐそばに 古い門が残されています。
toramonm (4).jpg
工部大学校阯碑 千代田区有形文化財(歴史資料)
千代田区霞が関3-2-1 霞ヶ関コモンゲート西館敷地内
「国立大学法人 東京大学所有(工学部管理)。関東大震災の際に倒壊した建造物の煉瓦などが素材として用いている。材質はレンガ・石・金属など、関東大震災で倒壊した校舎の部材を組み合わせている。寸法は、躯体部分が高さ202.0cm、横幅124.0cm、奥行124.0cm。上部に避雷針がついている。」
toramonm (1).jpg
工部大学校阯碑の右手前に、千代田区教育委員会の説明板があります。
「ここは江戸時代虎門内延岡藩邸を中心とした地域で, 言わば日本の工学発祥の地です。そして、東京大学工学部の発祥の地です。明治6年(1873), 工業分野における日本人の人材育成を目的として工学校(工学寮内に設置)が開校し、同10年(1788)には工学寮が工部大学校と改称されました。 工部大学校では, 土木・機械・造家などの学科が, イギリスから招聘された外国人教師によって教授されていました。 しかし同校は明治19年(1886)に帝国大学と合併してその工科大学となりました。 現在の東京大学工学部の前身です。
「工部大学校阯碑」は千代田区内において日本最初の工業技術教育機関が設置された場所を示しつつ, その歴史を後世に語りかけてくれます。 さらに震災で倒壊した建造物の廃材を素材としていることで, 震災によって大きな打撃をうけた 千代田区の歴史をも伝えてくれているのです。」
タグ:文化財
posted by うめのはな at 07:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 千代田区

2015年05月03日

銀座2丁目 石川県アンテナショップ

銀座2丁目 銀座2丁目のマロニエ通りに ぐにゃりと曲がった斬新なファサードの複合商業ビルがあります。
ginzaiskaw (1).jpg
デビアス銀座ビル  東京都中央区銀座2-5-11
見ているだけで めまいがします。
ginzaiskaw (5).jpg
いしかわ百万石物語 江戸本店 石川県アンテナショップです。
東京都中央区銀座2-2-18 TH銀座ビル
この界隈は 地方のアンテナショップが集まっています。
石川は 2014年10月にオープンしました。
ginzaiskaw (2).JPG
石川県観光PRマスコットキャラクター「ひゃくまんさん」
「ひゃくまんさん」は、石川県の郷土玩具縁起物の「加賀八幡起上り」をモチーフにした キャラです。
ginzaiskaw (11).JPG
イートインコーナーは、地下1階の奥に、カウンター席 7席だけですが そこでランチしました。
いつも混んでいるので 少し待ちました。
カウンター席でも 椅子の下にコートや荷物を収納する籠があったのが有難いです。
ランチのメニューはこれです。
前から 能登牛のステーキ丼が食べたかったので今回はそれ!
ginzaiskaw (3).jpg
柔らかで肉の旨みのあうる能登牛で、お肉がとても柔らかいです。
金箔入りのたれをかけて食べます。
半熟玉子がついているのでからめて食べると美味しいです。
値段が1200円なので丼も小ぶりで お肉は薄くちいさいです。
お肉の追加メニューがあれば 追加してでももっと食べたかったです。
それくらい美味しい!
ginzaiskaw (10).jpg
器は、漆器は輪島塗、陶器は九谷焼を使用していて、8万円もするとか・・・
メニューに書いてあり驚きました。
ginzaiskaw (4).jpg
九谷焼や輪島塗などの器もさりげなく使用されています。
ginzaiskaw (6).jpg
連れは 甘えびと海の幸丼。
地元産の海の幸が 美味しそうです。
他に 加賀百万石天丼があって 隣の人のを見たら 大きなエビ2匹に野菜のてんぷらが乗っていて 揚げたてでカリッと音がしていました。
海老は地元産の海老を使用しているそうです。
どれにも 地元の味噌を使用した味噌汁と 沢庵がついていて これがまた美味しくてたまりませんでした。
ginzaiskaw (7).jpg
食事の後には地元のお菓子と熱いお茶が付いてきます。
ginzaiskaw (8).jpg
この日は麦笛と熱々の加賀棒茶
ginzaiskaw (9).jpg
昔なつかしい麦こがし(大麦)の風味 栗の実を一粒ずつ包みこんであります。
九谷焼の器も楽しんで この値段なら お得です。
お菓子を食べたら おなかがいっぱいになりました。
なるほど あのご飯の量はこのためだったか・・と。
この後 石川を出て 高知 福井とアンテナショップめぐりをしました。
タグ:グルメ 銀座
posted by うめのはな at 07:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 中央区

2015年05月02日

数寄屋橋公園・銀座

銀座 数寄屋橋公園です。
sukiyabasi (7).jpg
数寄屋橋公園    東京都中央区銀座5丁目
かって数寄屋橋があったところが公園となったもの。
数寄屋橋(すきやばし)は、1629年(寛永6年)江戸城外濠に架けられた橋である。橋は現在の晴海通りにあり、1929年(昭和4年)に石造りの二連アーチ橋に架け替えられた。周辺の地域も数寄屋橋と呼ばれる。
sukiyabasi (6).jpg
銀座のシンボル大きな柳の木があります。
sukiyabasi (9).JPG
岡本太郎作「若い時計台」
岡本太郎はこの作品について八方に意欲をつきだし情熱をほとばしらせて生きるべき人間の本来の姿、若々しく、のびきった姿をうちだしたといっています。さらにそれは、のびていく日本の、そして東京の象徴であるともいうのです。
夜はライトアップされ、光ります。
sukiyabasi (5).jpg
数寄屋橋跡
菊田一夫筆「数寄屋橋此処にありき」と刻んだ碑
1952(昭和27)年、大ヒットしたNHKラジオドラマ「君の名は」において、待ち合わせの場所(何度も行き違いでなかなか会えない)として何度も登場し、全国に知られる。
sukiyabasi (8).JPG
1958(昭和33)年、高速道路の建設に伴い、川は埋め立てられ、橋は撤去されました。
今は首都高速と地下鉄に上下を挟まれ橋の面影すらありません。
sukiyabasi (10).jpg
数寄屋橋公園前はソニービル。
sukiyabasi (4).jpg
数寄屋橋交差点です。
数寄屋橋交番を覆うような桜の木。これを「はぐれ桜」と言います。
sukiyam.jpg
「はぐれ桜」の看板が立っています。桜の木の下に「はぐれっ子」という像が あります。
銀座の地図もあります。
sukiyabasi (2).JPG
はぐれっ子像(中央区銀座4−1−2数寄屋橋公園)
制作者 岩野勇三
制作年 1987年
親とはぐれ途方に暮れている女の子が目の前にある地図を覗きこみ、なんとも心細そうな顔です。
sukiyabasi (3).jpg
警視庁築地署数寄屋橋交番
れんがタイルの壁にとんがり屋根。1982年に完成。
耐震補強や女性用の部屋がないことなどが主な理由で数寄屋橋交番の建て替え計画が決まった。
sukiyabasi (11).JPG
屋根のデザインを決める際になかなか決まらなかったため、作成した交番の模型に冗談半分で待ち針を刺したところ、そのまま交番の屋根のデザインとして採用されたといいます。
数寄屋橋界隈のにぎわいや移り変わりを、長く見守ってきた待ち針屋根の数寄屋橋交番とももうすぐお別れです。
posted by うめのはな at 06:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 中央区