2015年04月30日

誕生60周年記念「ミッフィー展」・銀座松屋

東京メトロ銀座線の銀座駅松屋出入り口近くの通路には 大きなミッフィーのポスターがありました。
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銀座松屋では ミッフィー展が開催中でした。
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誕生60周年記念「ミッフィー展」ポスター
東京・銀座松屋8階 イベントスクエア
2015年4月15日(水)〜5月10日(日)
会場時間:10時〜20時(最終日は17時閉場)
入場料:一般1,000円
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外から見ると 松屋の白い壁がミッフィーになっています。
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立ち止まってカメラを構える人が結構いました。
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1階中央エレベーター近くの階段前には ミッフィーと一緒に撮影できる大きなパネルがありました。
係りの人がいて カメラを渡すと記念撮影してくれました。 
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1F階段の踊場にも、ちいさなミッフィーがいました。
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会場入り口にある180cmほどの大きなミッフィーです。
真っ白なミッフィーに、アーティストやクリエーターが装飾してるそうです。
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ここは入場前ですから 誰でも撮影できます。
この隣は グッズ売り場です。
見ればなんでも欲しくなる可愛いミッフィーがたくさんで 混んでいました。
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ミッフィーこけしのストラップ。
片方は、ナインチェという1950年のミッフィーの元となったキャラです。
もう片方は泣いてるミッフィーです。
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裏には1950と1990の文字
連休中はめちゃくちゃ混みそうです。
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2015年04月29日

日本橋タカシマヤの屋上

日本橋タカシマヤの屋上に出てみました。
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屋上のエレベーターホールです。
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各階エレベーターホール壁面(1〜6 号機)、屋上の和風庭園などは 1933 年竣工当初の姿をとどめています。
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エレベーターホールの外はくつろぎスペース。レトロなガラス窓です。
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この窓ガラスも創建当時のもの
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屋上噴水 屋上噴水の装飾は小森忍の作品。
7階の大食堂にあったそうです。これも創建当時のもの。
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ペリカンらしきもの。
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村野藤吾さん設計の屋上塔屋
昭和25年から4年間、屋上で飼われ、こどもたちの人気者だった子象の高子(高島屋の「高」子です)をモチーフにした、ボールト状(かまぼこ型)の屋根です。
前の広場はドッグランです。
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子象の高子ははじめクレーンで吊られて屋上に到着しましたが、四年後には大きすぎてクレーンもエレベーターもダメ。
この階段を通って、一階まで降りたそうです。
上野動物園に寄贈された後、多摩動物公園へ移り、平成2年、42歳でこの世を去りました。
重要文化財に指定された 日本橋タカシマヤのその他の部分は こちらのブログ記事に書いてあります。
タグ:文化財 建物
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2015年04月28日

鎌倉橋〜終点・大手町川端緑道

鎌倉橋から 最後の部分の大手町川端緑道を歩きます。
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鎌倉橋 の名前の由来は、江戸城を築くときに鎌倉から石材をここの河岸(内神田寄り)に陸揚げしたので、この河岸を鎌倉河岸と呼んだことによります。
 また、この鎌倉橋欄干には、昭和19年(1944)年11月の米軍による爆撃と機銃掃射の際に受けた銃弾の跡が大小30個ほどあり、市街地攻撃の跡が残っています。
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環境にも配慮し、風力発電機を設け、その電力で夜間ライトアップをしているそうです。
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小紋広場
路上の舗装に江戸小紋柄が あしらわれています 。
緑道の左側が首都高都心環状線で、その下が日本橋川です。
高速道路で火があたらないせいか 日本橋川の匂いも気になります。
なんとかならないのだろうか・・・・ 
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ところどころ ベンチなどありますが 人もいなくて殺風景な緑道です。
しかし、緑道側の川岸から12メートル幅の敷地にはは何があったのでしょう
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緑が育って もっと知れ渡れば人も増えるでしょうか・・・
現在は 木陰が少ないのが 残念。
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ところどころに広場がありイベントに利用されるのかも。。。
上の写真の様な、江戸時代の地図と現在の地図を重ねたプレートが 要所にあります。
当時は江戸城の外堀で 大名屋敷があったことがわかります。
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いよいよ終点。中央線の線路が見えます。
右にカーブして 緑道は終わりです。
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線路のガード下の店を眺めながら 東京駅北口方面に歩きます。
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丸の内北口ビル前です。
黒いモニュメントには何やら絵のようなものがありますが よくわかりませんでした。
このビルのエントランスホールの床にある黒御影石に線刻が施されていますがこれは細川屋敷の柱、壁、扉などの配置を表しているそうです。
東京メトロ大手町駅から帰宅しました。
タグ:庭園・公園
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2015年04月27日

エコミュージアム・大手町川端緑道

神田橋〜鎌倉橋間の緑道は 鎌倉橋側から見ていったほうがいいようです。
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外堀通り 大手町フィナンシャルシティノースタワー前に 大名小路の名があります。
有楽町〜東京駅前を抜けて大手町に至る道は「大名小路」と言います。
江戸時代には、この一帯は江戸城の本丸に接し、外堀に囲まれ、親藩や譜代大名の藩邸が24あったため「大名小路」とも呼ばれたました。
南北町奉行や勘定奉行の奉行所、評定所も置かれました。
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江戸時代の庄内藩の屋敷遺構が見つかったのも この再開発地区です。
千代田区教育委員貝によれば 遺構が見つかったのは同町神田橋そばの再開発現場。
「発見された大名屋敷の遺構は庄内藩上屋敷で、藩主や家臣が住んでいたとされる。1715年に建てられたとみられ、明治時代に取り壊され、当時の大蔵省の紙幣寮が建てられていたという。広さは約9500坪(約3万1000平方メートル)。」
茶碗や徳利など日用品や、屋敷内の道路、排水溝も発見された。当時の譜代大名の暮らしぶりを知ることができそうです。
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大手町フィナンシャルシティの敷地は 緑地帯となっていて 日本橋川沿いの緑道と一体化しています。
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ヒートアイランド対策のための軽量な屋上緑化技術を利用した「湿性花園」の見本のような花壇も見られます。
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緑地帯入口に設置されている「エコミュージアムインフォメーション」の説明板があります。
エコミュージアムでは、再生可能エネルギーの先進的な取り組みを紹介しているそうです。
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いろいろなパネルが集められていますが 再生素材などエコマテリアルで作られたものです。
環境情報の可視化をテーマとし、環境モニタリングディスプレイが設置されています。
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花壇や植物のアートなどで構成されている「プレゼンテーションガーデン」
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水琴窟 竹筒に耳を当てると、きれいな音が聞こえます。
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「新たな日本の競争力となる先進環境技術の展示スペース」だとか・・・
今回は 浄水器関連でした。
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都市型植物工場の実証実験場「アーバンエコファーム」のドーム状の物体があります。
これは 植物工場だそうです。
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この植物工場は、高機能フッ素樹脂のフルオンETFEフィルムによる膜構造の躯体で、フッ素塗料と太陽熱を効率よく反射する太陽光高反射遮熱塗装を用いたゼッフル遮熱工法が用いられてるとのこと。
周辺のビルから出た排水を浄化して再利用し、レタスなどの野菜をLEDで育てる野菜工場で 収穫された野菜は近くの社員食堂で提供されるそうです。
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濾過した排水を使って蛍を呼ぶプロジェクト ほたるのせせらぎ もあって蛍の羽化には毎年成功しているそうです。
ランチタイムにはキッチンカーも来ていました。
タグ:庭園・公園
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2015年04月26日

大手町川端緑道・神田橋界隈

緑道は、本郷通りと交差して真っ直ぐに伸びていますが、日比谷通り(本郷通り)を渡る横断歩道がありません  向こう側へ渡るには一度 神田橋をわたらなくてはなりません。
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神田橋は、東京都千代田区を流れる日本橋川に架かる橋である。右岸は大手町一丁目、左岸上流側は神田錦町二丁目、同下流側は内神田一丁目となる。  
石灯籠を思わせる親柱です。
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案内板によれば 江戸時代の神田橋門の跡にあり 慶長図には芝崎口と記載されてる。寛永図では大炊殿橋となっている。それは橋の西南に土井大炊頭の屋敷があったため。
その後神田橋と改め、明治6年(1873)櫓門撤去、同17年(1884)木橋を改架、改修 、関東大震災で焼け落ちたため 現在の橋は大正14年(1925)11月10日の架橋。長さ17.3m、幅34.0mの石及びコンクリ−ト橋です。別名として、「大炊殿橋」
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それから反対側へ出てまた 神田橋を渡らないと元の緑道に戻ることはできません。
なんとも 不便なことです。
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太田圓三の碑
「太田圓三とは関東大震災後、帝都復興院土木局長に抜擢され、隅田川六大橋(相生橋、永代橋、清洲橋、蔵前橋、駒形橋、言問橋)をはじめとする「震災復興橋梁」を後世に遺した。これらは、完成後七十余年を経て今なお役割を果たしている。」
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神田橋公園のデザイナーズトイレ
橋の左岸上流側にはバスケットボールのコートなどを備えた神田橋公園があります。
常磐橋修復工事の資材運搬に使用するため一時閉鎖中。
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黄金のカッパ・・・と思いましたが 違うそうです。
鍛金師で彫刻家の故・山下恒雄氏の作品で「豊展観守像
「千代田区民の豊かさと区の発展を見守る姿をこがね虫を人間の擬人化により造形表現」だとか・・・
こがね虫は子育てが上手で確実に子孫を増やすことから、縁起のいいものとして多くデザインされているそうです。
知らなかった・・・・コガネムシは金持ちだ・・・しか知らない。。。。
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横断歩道を渡り 反対側へ行くと 交差点に物揚場跡の石碑があります。
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物揚場跡 所在地 千代田区内神田2ー1
日本橋川水運の物揚場標石ここに出土す 往時をしのぶよすがとして後世に伝える 昭和五十八年三月 千代田区」
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「江戸時代、神田橋のたもとのこの界隈には、荷揚げ場がありました。徳川家康は、江戸に入るとすぐに江戸城の築城と町づくりを始め、城を囲む御堀(現・日本橋川)はそのための建築資材などを運ぶ水路として活用されました。古い地図を見ると、神田橋付近に「かしふねあり」と記され、ここが水運の拠点だったことがわかります。
 神田橋は江戸城外郭門のひとつで、上野寛永寺や日光東照宮への御成道おなりみち(将軍の参詣経路)となっていました。このような要所であったため、ここには明治のころまで建造物は何もありませんでした。明治初期の地図には交番と電話があるだけです。・・・」
神田橋町会説明文より
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案内板写真拡大
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古地図
次は 鎌倉橋までの緑道です。
タグ:庭園・公園
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2015年04月25日

大手町川端緑道・錦橋〜神田橋

大手町川端緑道は、日本橋川沿いに整備された歩行者専用道で、幅12メートル、全長およそ780mです。
2014年4月22日 都心の歩行者専用道路としては最大級で歴史と環境に配慮した「大手町川端緑道」が開通しました。
気象庁裏手から歩いてみました。
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日本橋川に架かる「錦橋」をスタートし、日本橋川沿いに、大手町川端緑道を東の新常盤橋方向へと向かいます。
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神田橋 鎌倉橋で3つに分割されています。
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江戸城外堀の石垣や荷揚げ跡地などが残されていたり 季節の花や植物が手入れされています。
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石を詰めたベンチ。
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遊歩道の舗装は「江戸小紋」に用いられる着物の柄をモチーフにしたデザイン。
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「気象庁旧生物季節観測の木々」の案内板がありますがアクリル板がスケルトンで白い文字が見にくいです。
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植物季節観測用標本」だった「ソメイヨシノ」の木
標本木としての役目を果たしたソメイヨシノやイロハモミジが植えられています。
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日本橋川の上を 高速道路が覆い なんとも風情のない風景です。
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至るところに 面白いベンチなどがあるのですが 木も育っていないせいか 日差しが強くて暑い・・・
そのせいか 人はほとんど歩いていませんでした。
そろそろ 神田橋に出ます。
タグ:庭園・公園
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2015年04月24日

気象科学館・大手町

気象庁前交差点 大手濠緑地の反対側にある 気象庁です。
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気象庁 東京都千代田区大手町1ー3ー4
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この1階に気象科学館が併設されています。
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1Fに入ると 受付があり科学館の見学と言うと 首から下げる入館証を渡されます。
警備員さんが ゲートを開けてくれます。 奥のほうに気象科学館があります。
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説明文より
「気象業務の紹介や気象(防災)知識の普及・啓発を目的として開館しました。
天気予報のしくみ、緊急地震速報、津波、地球温暖化問題、自然災害に対する防災知識などに関するパネルや装置を展示しています。
開館日は10時〜16時まで、予約なしで館内を自由にご覧いただけます。」
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入口では、気象庁マスコットキャラクター「はれるん」がお出迎えです。
ここにいろいろなパンフレットなども置かれています。
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高層気象観測に用いている風船(ゾンデ)
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操作したり 見たり 聞いたり体験型です。
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気象庁の仕事をいくつかのテーマに分け、それらに関連した観測機器やパネルなどを展示しています。
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津波シミュレーターなどもあり災害から身を守る方法を知ることができるように、映像や機械の展示をしています。
豊富なパンフレットをいただきました。
中学生の数人のグループが2組いてにぎやかでした。
遠足や体験学習のころは 混み合うそうです。
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2015年04月23日

東京消防庁・大手町の像

将門塚の反対側、気象庁の隣に東京消防庁があります。
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東京消防庁  丸の内消防署 東京都千代田区大手町一丁目3番5号
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玄関に展示してある「消防5号」へりが見えています。
東京消防庁PRセンターがあります。
消防博物館は四谷にあります。
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本部庁舎前のオブジェ「いのち」
都民の生命、身体及び財産を様々な災害から守る消防の理念を表現しています。

次は「将門塚」の向かいの三菱東京UFJ銀行東京営業部前にある「さわり大黒」
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さわり大黒 (流政之作1973年)
お体を触るとお金持ちになれるそうで、像の一部がつやつや・・・
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NTTデータ大手町ビル前の 飛躍像 清水多嘉示作
飛躍像は日本電信電話公社発足以来の念願であった「すぐつく電話 すぐつながる電話」の二大目標がこのたび達成された記念の一里塚として祈念碑を建立されたそうです。
しかし この像の表面はさびているのかガサガサで見苦しい。手入れして磨けばつややかになると思いますよ。
すぐ隣には「初心」の碑!
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初心「総裁表彰記念東京データ通信局 昭和49年10月23日」
この大手町界隈は歩けば いろいろな像やオブジェに出会いなかなか面白い場所です。
殺伐としたビル街を歩く ひとつの楽しみです。
タグ:
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2015年04月22日

都旧跡 将門塚2・大手町

千代田区内には将門にゆかりの地は神田神社(明神)と築土神社があります。
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東京都指定文化財(都旧跡)
平将門首塚(将門塚) 所在地 千代田区大手町1−2−1
「平安時代、朝廷に反逆し下総で討死した平将門の首が京でさらされ、その首を所縁の人々がもらい受け、当時の武蔵の国豊島郡平川村(皇居平河門あたり)の観音堂かたわらに埋葬したとも、怨念で京から首がこの地に飛んできたものを祀ったともいわれています。
13世紀になって首塚は荒廃し、将門の亡霊は大いに怒って江戸の民に祟り、また改めて手厚く供養したといい伝説があります。
14世紀はじめに、疫病が大流行したとき、平将門のたたりに違いないといわれ、その霊をしずめるために、将門は神田明神の祭神として、まつられました。」
塚そのものは関東大震災後、大蔵省再建の際に崩されたようです。
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右側に首塚があります。
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将門首塚の碑(故跡保存碑)
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 「昔この辺りを芝崎村といって、神田山日輪寺や神田明神の社があり、傍に将門の首塚と称するものがあった。現在塚の跡にある石塔婆(せきとうば)は徳治2年(1307)に真教上人が将門の霊を供養したもので、焼損したたびに復刻し現在に至っている。
 明治2年(1869)より第二次世界大戦時まで、この地に大蔵省が設置され、大蔵大臣阪谷芳郎は、故跡保存碑を建立し、後人のために史跡保存の要を告示されたのである。故跡保存碑は明治39年(1906)5月建立されたもので、裏面の阪谷芳郎構文になる碑文は将門塚の由来を記している。
  平成3年(1991)3月 千代田区教育委員会」
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平将門首塚(将門塚)
たくさんの供花がありました。花や線香が絶えないそうです。
「蓮阿弥陀仏」という字が見えますが、これは将門の法名です。
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東京都指定史跡
将門塚
所在地 千代田区大手町一の二
指  定 昭和四六年三月二六日
平将門は、平安時代中ごろに関東地方で大規模な反乱(天慶の乱)を起こした人物です。徳治二年(一三〇七)遊行寺二世真教上人が江戸に行脚した折、将門塚が荒れ果てていたため塚を修復し、板石塔婆を建てて傍らの日輪寺において供養したとされます。その霊は神田明神において祀られ、神田明神が移転した後も塚はこの地に残りましたが、大蔵省再建事業の際に崩されました。幾多の変遷の後、昭和四五年(一九七〇)に将門塚保存会などにより現況のように整備されたものです。
平成二四年三月 建設  東京都教育委員会
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現存する石灯籠
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まわりには多数の蛙の置物が奉納されています。
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将門の首が京から飛んで帰ったことから、必ず「帰る(カエル)」にひっかけ、伝承で次の二つの利益があるとされている。
左遷になった会社員が、元の会社に無事に戻ってこられるように、蛙を供える。
誘拐されたり、行方不明になった子供が無事帰ってこられるように、蛙を供える。
海外に赴任する官庁職員達が、「無事にカエル。」事に、にあやかり赴任前にお参りにくる名所にもなっています。
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入り口の木には包帯が巻いてありました。
これもパワースポット的でした。
まわりは再開発で 騒がしいけれどここだけは 静かで趣の違う空間でした。
この東京の平穏無事を願いました。
タグ:史跡・名勝
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2015年04月21日

都旧跡 将門塚1・大手町

半蔵門線清澄白河駅です。東京都江東区白河一丁目
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駅ホームの壁は伝統工芸「江戸小紋」の文様で 春夏秋冬を表現しています。
大手町駅に向かいました。
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大手町駅 C4出口そばの交差点です。
この大手町界隈は再開発の工事中で C5などの出入り口は閉鎖中です。
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三井物産ビルのあたりも再開発中ですが 将門の首塚はそのまま残されています。
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都旧跡 将門塚の表示があります。
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入り口わきに、平将門を祭神としている、神田明神の、のぼりがあります。
神田明神旧跡地ののぼりもあります。
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神社でも寺でもなく ビルの谷間の緑の空間は不思議な感じがします。
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酒井家上屋敷跡
「江戸時代の寛文年間 この地は酒井雅楽頭の上屋敷の中庭であり 歌舞伎の 「先代萩」 で知られる伊達騒動の終末 伊達安芸い・原田甲斐の殺害されたところである。」
十五代酒井雅楽頭忠顕家上屋敷は播磨姫路藩城主当時、千代田区大手町一丁目1〜2番にまたがる1万3千余坪の敷地は、大手門の真ん前にありました。15万石の大名でした。
上屋敷の門は明治7年、西教寺(文京区向丘2−1)表門として移築され使われています。
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三井物産社員有志により寄贈された案内板があります。
5か国語の説明板です。
三井不動産の敷地なのですが 大手町再開発計画こは含まれません。
大蔵省の仮庁舎を建てる際に不審死が続き、その後第二次対戦後にGHQが区画整理をおこなった際にも不審な事故が相次いだことから 祟りを恐れてか敷地の一角にある「将門の首塚」は計画に含まれず、周囲は緑地にするそうです。
タグ:史跡・名勝
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2015年04月20日

亀戸中央公園八重桜

江東区亀戸中央公園です。(4月18日)
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亀戸中央公園 東京都江東区 亀戸9丁目
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C地区ではサトザクラが満開。
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見事な桜のトンネルです。
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サトザクラの花の中で色が薄い木は サトザクラの仲間でフゲンゾウです。
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八重桜は可愛いです。
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このまま髪飾りにでもしたいようです。
風が吹いて 花弁が舞って 八重桜は今年もそろそろ終わりです。
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2015年04月19日

和気清麻呂像・震災いちょう・大手濠緑地

大手濠緑地内に 和気清麻呂の銅像があります。
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和気清麻呂像
 製作:佐藤朝山
 建立:昭和15年(1940)年2月
 紀元2600年事業の一環として製作。
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和気清麻呂像と八重桜
「奈良朝期末の廷臣、地方の豪族出身で藤原仲麻呂の乱で天平神護一年(765)右兵衛尉となり、姉広虫とともに信任を得た。神護景雲三年(769)道鏡が皇位をうかがった時、宇佐八幡の信託をきき道鏡の野望を挫いた。清麻呂は別部穢麻呂と改名され大隅(鹿児島)に配流、天皇の死後、道鏡失脚により復帰した。光仁・桓武天皇深く信頼され、平安遷都を推進、造都に活躍している。
この像は、昭和15年、紀元2600年記念事業として建立、楠公銅像とともに文武の二忠臣を象徴したものである。」千代田区観光協会
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像のまわりはつつじなどが植えられています。
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國體擁護
元帥載仁親王
皇居和気清麻呂像碑文
文字が書かれていますが よく読めません。
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震災いちょう
 樹齢推定150年。
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震災いちょう
説明板文章
「この木は、震災いちょうと呼ばれています。樹齢一五〇年を超えると思われるこのいちょうは、かって文部省の跡地である一ツ橋一丁目一番一帯(現在のパレスサイドビル・住友商事竹橋ビル一橋総合ビル一帯)にありました。大正十二年(一九二三)九月の関東大震災によって一面焼け野原となった都心にあって奇跡的に生き残り、このイチョウは当時の人々に復興への希望を与えました。その後、復興事業に伴う区画整理によって切り倒されることになった際、当時の中央気象台長岡田武松氏がこれを惜しみなんとか後世に残したいと思い帝都復興局長官清野長太郎氏に申し入れたところ、長官もその意義を理解しこの地に移植されたという由緒をもっています。」
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関東大震災でこの一帯が焼け野原になった時、奇跡的に生き延びたこのイチョウの木も焼け跡が痛々しいです。
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内堀通りは日本の道100選 に選ばれています。
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日本の道100選 千代田区内堀通り(28番)
この通りは、皇居を取り囲む道路です。
皇居1周をするランニングの人が多い通りです。
この 「日本の道100選」 に選ばれているのは、都内で四ヶ所しかないそうです。
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パレスサイドビルと八重桜の並木の内堀通り。平川門が見えます。
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現在地が大手濠緑地です。
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2015年04月18日

大手濠緑地の八重桜2・千代田の桜

気象庁前交差点です。
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内堀通りの関山などの桜並木です。
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八重桜の並木道もいいですね〜
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大きな八重桜が木陰をつくり 憩いの場となっています。
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まわりは オフィスビル。
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反対側に気象庁が見えています。
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竹橋駅2番出口すぐです。
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都会のオアシスです。
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この内堀通りをランニングする人も多く 注意書きもあります。
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八重桜は千代田区内あちらこちらで、満開です。
今年も もうすぐ見納めとなります。
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2015年04月17日

大手濠緑地の八重桜1・千代田の桜

大手濠緑地は旧江戸城の内堀の一つである大手濠と内堀通りに挟まれた狭いところです。 八重桜がきれい なところです。
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堀沿いの大きな八重桜は目立ちます。
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大手濠緑地   東京都千代田区大手町1丁目
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水辺の桜がきれいです。
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水辺の桜が好きです。
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この日は4月16日です。
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絵になる風景です。
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大手濠
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大手門によって桔梗濠と隔てられ、内堀通りに沿って北へ続く水面が大手濠です。
これは大手門方向を見ています。
濠は西へ折れ曲がり、平川 門へと続きます。
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大手濠緑地から平川門をみています。
今年も こんなにきれいな八重桜を見ることができました。
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2015年04月16日

Daiichi Sankyo くすりミュージアム

銀座線三越駅の中央改札を出ると YUITOの地下広場があります。
ここから A9番出口に出るのですが 店内のガラス越しに妙なオブジェがありました。
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「なんだろうな?」と思って近づいてみると「なんだるま」と書いてありました。
色合いが南国風で・・・沖縄っぽかったです。
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なるほど 岡本太郎賞ですか。納得。
とまぁ すぐそばのエスカレーター地上に出ます。
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高速道路手前に 第一三共株式会社本社ビルがあります。
古くからくすりの街として親しまれてきたこの日本橋本町あたりは 薬の関連会社が目につきます。
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Daiichi Sankyo くすりミュージアム 東京都中央区日本橋本町3ー5ー1
2階フロアにある巨大なカプセル薬が目立つのですがこれは 受付の端末になっています。
ここは展示型ではなくて 体験型ミュージアムです。2012年2月にオープン。
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中は撮影禁止です。これはパンフレットです。
受付で注意事項を聞き、パンフレットを貰います。
円形のテーブルに座り テーブルに映し出される映像を見てから2階に上がるように指示されます。
2階に上がるとそこでメダルを配布されます。メダルの使い方の説明があります。
メダルにはICチップが内蔵されており、カプセル型の端末により、性別 年代などの登録やアンケートを入力します。
登録が完了すると、あとは自由に受付横のドアから入ります。
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各展示で、メダルを置くと起動する仕組みになっています。選択はメダルを押したり 回したりします。
薬の動き、種類、働きなどから、薬の歴史などの映像、対戦ゲーム型 スクリーニング・シュミレーションと、3Dパズルもありました。
休日の春休みということで ゲームや体験型のコーナーはも子供が独占していて 大人は見て回るだけという感じでした。
メダルを置くと 一つ一つがクイズ形式になっているので 時間がかかります。
大人の社会科見学というバスツアーのコースにもなっているようですので すいている日を確かめていくのがいいかと思います。
無料です。
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2015年04月15日

上野不忍池弁天堂

上野不忍池です。
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上野公園は桜の名所で 混雑します。
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不忍池
「上野恩賜公園(東京都台東区)の中に位置する天然の池で 15世紀頃には既に「不忍池」という名で呼ばれていた。
弁天島に建つ石碑によれば、「不忍池」の名は、かつて上野台地と本郷台地の間の地名が忍ヶ丘(しのぶがおか)と呼ばれていたことに由来するとのことです。」
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弁天島には弁天堂があります。
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 東叡山寛永寺弁天堂 台東区上野公園2-1
不忍池辯天堂は、天海大僧正が琵琶湖竹生島になぞらえて、寛永年間に不忍池に中之島を築き、その地に建立されました。(現在のお堂は昭和三十三年に再建。)
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拝殿が逆光でうまく写せませんでした。
御本尊の八臂大辯財天(はっぴだいべんざいてん)も、竹生島の宝厳寺から勧請(かんじょう)したものです。
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説明板があります。
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大黒天堂
大黒天堂は、寛永寺の伽藍の一つです。
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「豊太閤護持大黒天堂」
豊太閤とは、豊臣秀吉。
秀吉は、「大黒天」を大切にしていたとのことで この仏像をさして「豊太閤護持大黒天」というそうです。
現物は、京都の方広寺に祀られているらしいです。
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この弁天島にはさまざまな石碑があります。人が多すぎて写真が撮れず やっと写せたのがこれです。
不忍池弁天堂 幕末之剣豪櫛淵虚冲軒之碑 とかかれています。
幕末の剣豪・櫛淵彌兵衛宣根(くしぶちやひょうえのぶもと/寛延元年〜文政2年)の顕彰碑。

今年の ソメイヨシノはこれにて おしまいです。
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2015年04月14日

旧中川ボートフェスティバル2015

日曜日(12日)に旧中川ボートフェスティバル2015が行われました。
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旧中川ボートフェスティバル2015
旧中川河川敷(小松川1丁目、もみじ大橋・さくら大橋付近)
平成27年4月12日(日曜日)
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カヌーやボートの体験乗船ができます。
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1人乗りカヌーの体験操船は子供たちに大人気のようです。
すぐ受付終了になったそうです。
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10人乗りEボートの体験操船
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4人乗りボートの体験操船
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このボートに乗るには練習が必要です。
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これがローイングマシン。これで事前に練習してから乗ります。
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足を屈伸させながらオールを回して漕ぎます。
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江戸川区・ドラゴンボートレース大会も開催
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このレースは事前受付だったそうです。
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花見をしながらのフェスティバルでした。
ちなみに カヌーの乗船体験は 竪川河川敷公園カヌー・カヤック場でも行われています。
タグ:イベント
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2015年04月13日

皇居東御苑本丸跡

三の丸尚蔵館そばの休憩所の前に「みつまた」が植えられていました。
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皇居東御苑本丸跡のほうに向かいます。
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大番所
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石垣と松と桜がいい雰囲気です。
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石垣脇に ボケの花はきれいに咲いていました。
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本丸大芝生の休憩所近くにある Xのような石の「緑の泉」と称するモニュメント
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本丸大芝生に入る手前には 果樹古品種園があります。
江戸城の跡である皇居東御苑に江戸時代の品種である果樹を植えれば 訪れる人々にとっても興味深いことではないかとの天皇陛下のお考えを受けて江戸時代に日本で栽培されていた果物の樹を植えたそうです。
平成20年4月11日,皇居東御苑において 天皇陛下がご植樹を行われました。
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皇居東御苑果樹古品種園に植えられている品種は、5種類22品種で 実を付けているものもありました。
モモ
薬缶(やかん)、オハツモモ
スモモ
米桃(よねもも)、万左衛門(まんざえもん)
ナシ
六月梨(ろくがつなし)、今村秋(いまむらあき)、類産梨(るいさんなし)、大古河(おおこが)、淡雪(あわゆき)
リンゴ
リンキ、高坂(こうさか)リンゴ、加賀藩在来(かがはんざいらい)
カキ
祇園坊(ぎおんぼう)、四溝(よつみぞ)、禅寺丸(ぜんじまる)、堂上蜂屋(どうじょうはちや)、豊岡(とよか)
ミカン
紀州ミカン、九年母(くねんぼ)、三宝柑(さんぼうかん)、臭橙(かぶす)、江上(えがみ)ブンタン
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古品種で 初めてみるものもありました。薬缶という名に 驚き・・・・
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天守台のオオシマサクラは満開で 大人気でした。
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石垣のこの穴が気になりました。排水口?
石垣の仕上げは「はつり」とひっかいたような「すだれ」とがあるそうです。
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上に上ると 見えるのは武道館の屋根の〇と田安門の屋根。
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南側は 大手町・丸の内のビル街と本丸大芝生です。
この東御苑には二の丸庭園や様々な史跡が残っています。
今回は花見なので 他はまわりませんでした。以前のブログに書いてあります。
タグ:庭園・公園
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2015年04月12日

「鳥の楽園 多彩,多様な美の表現」・三の丸尚蔵館

皇居 大手門近くのお堀の枝垂れ桜がきれいでした。
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ちょうど白鳥さんが来たので なんとなく絵になる風景です。
震災で損傷した「大手門渡櫓」は、2月から来年9月まで改修工事中でシートで覆われていました。
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三の丸尚蔵館で開催中の第68回展覧会「鳥の楽園−多彩,多様な美の表現」を見てきました。
ここは無料で素晴らしいものを見ることができるので何度も訪問しています。
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会期 平成27年3月21日(土・祝)〜6月21日(日)
前期 3月21日(土・祝)〜4月19日(日)
中期 4月25日(土)〜5月17日(日)
後期 5月23日(土)〜6月21日(日)
休館日 毎週月・金曜日 展示替の期間
パンフレットです。
表紙のは杉谷雪樵 花鳥之図,明治22年(1889)【前期三の丸尚蔵館
国内だけでなく、海外も含めて19世紀から現代までの鳥を主題とした作品の数々が紹介されています。
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真ん中部分だけ拡大
中央は バチカンモザイク製作所 モザイク白鳩花籠図,1924年頃【全期間】
全部 鳥を主題とした作品で 香炉。鶏。赤い色の瑪瑙細工。置物。インクスタンドなど素晴らしい細工のも のばかり。
マイセンの孔雀もよかったです。
皇室の慶事に使われた鳥の細工のあるボンボニエールも展示してありました。
ちいさい展示室ですが いつ来ても良質のものがみれます。
中期 後期 もできれば見たいと思っています。
館外に出て 東御苑を散歩しました。
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2015年04月11日

靖国神社〜外濠公園・千代田さくら祭り

靖国神社には本殿や拝殿の外側を一周できる散策路があります。yasukusanpo (7).jpg
散策路には戦友会に献納されたベンチや樹木などがあります。
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南門を入ってすぐにある 鳥居の奥には 元宮があると思われます。
元宮は明治維新のさきがけとなって斃れた志士の霊を祀るため同士によって京都に建てられたもの。昭和6年(1931)に靖国神社に奉納され、この場所に移されました。靖国神社の前身となったことから、「元宮」と呼ばれています。
戦争や事変で亡くなられ、靖国神社に合祀されない国内、及び諸外国の人々を慰霊するために、昭和40年(1965)に建てられた 鎮霊社もあります。
靖国神社は太平洋戦争で亡くなられたかただけを 祀っているのではなく 戦争で犠牲になった人々を慰霊するための神社なのです。
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神道無念流練兵館跡」の碑
桂小五郎や高杉晋作、品川弥二郎ら若き長州藩士たちが剣や兵学を学んだ練兵館は明治2(1869)年に招魂社(後の靖国神社)建設のため牛込見附内に移りました。この場所だそうです。
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海軍経理学校正門敷石(靖国神社)
この学校は、明治七年に始まり、各地を転々とし、昭和二十年に幕を閉じ、「正門敷石」だけが、靖国神社に安置されたとのこと。
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守護憲兵之
説明看板によれば、東京大空襲の戦火が靖國の神域を襲った際 神殿を挺身護持したのは憲兵だった。
戦後のBC級戦犯裁判で有罪となり処刑された者は1,000名にのぼるが、その3割が憲兵だったと書かれています。
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南門の青銅製狛犬
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正門から参拝し そのままもとに戻ると 見落としていまいます。
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靖国通りに面した南門から出て 一口坂交差点に歩きます。
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一口坂〔いもあらいざか〕
「靖国通り」から、九段北三丁目と四丁目の間を新見附橋の方へ下る坂です。正しくは「いもあらいざか」というのだといわれています。いもあらいとは、疱瘡(ほうそう)のことを「いもがさ」とか「へも」と呼び、「疱瘡を洗う(治す)」という意味からきています。この近くに疱瘡に霊験あらたかな社でもあったのでしょうか。」千代田区観光協会の説明文より
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一口坂を下り 外濠公園の土手の上の遊歩道 桜並木を歩きます。
外濠公園は、外濠である牛込濠・新見附濠・市ヶ谷濠に沿うように位置し、JR飯田橋駅から市ヶ谷駅、四ツ谷駅まで約2kmに渡ります。
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約240本の桜があり、桜のお花見を楽しむことができまが 桜の木の下はすぐそばの法政大学の学生たちのテントやシートで独占され酒盛りしています。一般客が入り込む余地はないです。
区の係りの人が誰もいない シートをはがしたりしていました。(シートだけ置いたり ピンで留めるのは禁止です)
土手にはビラやチラシ ビニール袋が散乱していて汚いです。ゴミは捨てない 大声で騒がないなどの マナーが第一です。
毎年のようにここに来るのですが いつも同じ状況で不愉快です。

外濠公園はJR中央線・総武線に沿っているので電車を眺めながら歩くことができます。
飯田橋駅まで歩き 帰宅しました。
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2015年04月10日

靖国神社庭園・千代田さくら祭り

靖国神社には 日本庭園・神池庭園があります。
神池庭園は拝殿・本殿裏側の散策路に面しています。
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花びらが散って 池はまだら模様です。
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鯉がたくさんいて 四阿風なところは餌やり場です。餌は売っています。一日の量が決められていてなくなり次第終了です。
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ベンチが置かれ のんびり庭園を眺めることができます。
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回遊式の庭園で、散策路が設けられています。
さまざまな角度から鑑賞することができます。
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あまりに池の花びらが多いので 係りの人が排水溝近くでバケツですくっていました。
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この庭園は明治の初めに作られたものです。
平成11年(1999年)の復元工事をした際  全国有数の名園であるとわかりました。
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神池庭園の周りには、洗心亭、靖泉亭、行雲亭が配置されています。
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洗心亭
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靖泉亭
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神池庭園 岩島と靖泉亭
回遊式のこの庭園は、深い山の中を思わせる滝石組みが一番の見所です。
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行雲亭
日本刀鍛錬會鍛錬所跡の案内板があります。
現在は茶室ですが 靖国刀と呼ばれる軍刀を造っていた場所だそうです。
「靖国神社境内に「日本刀鍛錬会」ができ 良質の日本刀を作刀し、陸軍将校に供給。軍の受命に依り、鍛錬会刀匠名の初字には靖国の「靖」の名が与えられた。終戦迄、約8,100振りの日本刀が作刀され、当時は「九段刀」とも呼ばれていた。」というような説明が書かれていました。
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相撲場
明治2年(1869年)、靖国神社の鎮座祭に際して大相撲が奉納されて以来、春の例大祭には、横綱をはじめ全力士による奉納相撲が執り行われ、多くの見物客で賑わうそうです。
次 散策路を巡ります。
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2015年04月09日

靖国神社・千代田さくら祭り

靖国神社は、明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた東京招魂社が始まりです。
明治12年(1879)に「靖国神社」と改称されました。
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神門です。
手前にはとても大きな手水舎があります。
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昭和9年(1934)に建てられたもので、中央の二つの扉には、直径1.5メートルの菊花の紋章が取り付けられています。
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この 中門鳥居は平成18年(2006)に建て替えられたもので、埼玉県の檜が用いられています。
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拝殿 所在地東京都千代田区九段北3丁目1番1号
拝殿は明治34年(1901)に建てられたもので、この前には賽銭箱が置かれており、通常はこの場所で参拝します。
横一列に何人も並んで参拝しますが 縦の列もかなりあって 順番を待ちました。
外国人も多かったです。
「幕末、嘉永5(1853)年以降、つまりペリーの黒船来航以降の戦争や事変(戊辰戦争、西南戦争、日清戦争、日露戦争、満州事変、支那事変、大東亜戦争)で国に殉じた軍人軍属を初めとする人々の御魂が約246万柱祀られています。」
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社務所
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斎館
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靖国の桜
靖国の桜は、靖国神社が招魂社として創建された翌年(明治3年)、九段のこの地に初めて植えられた桜が始まりです。日本を象徴する桜は、靖国神社に鎮まる英霊にとって誇りの象徴でした。
現在も参道わきにも桜が多数植えられていますし 境内にもたくさんあって 桜の名所となっています。
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青銅大燈籠 左右にあります。
西南戦争に派遣されて、犠牲となった警察官を慰霊するため、明治12年に竣工、翌年に警視局(警視庁の前身)から奉納。
銅工の鈴木長吉作
火袋は八角形で、赤いガラス。周囲の文様:龍、鳳凰、麒麟、玄武。
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能楽堂
明治14年(1881)に東京・芝公園に建てられたもので、明治36年(1903)に靖国神社に奉納、移築されました。
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能楽堂脇にあるのは 東京の桜の開花 標本木
現在、靖国神社の境内には約600本の桜があります。
その多くはソメイヨシノや山桜の品種です。
毎年、気象庁が靖国神社のソメイヨシノを調べて東京の桜開花を発表します。
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白鳩鳩舎
靖国神社の白鳩は1万羽に1羽しか生まれないという真っ白な伝書鳩で、約300羽の白鳩がこの鳩舎で飼育されています。
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花びらと遊ぶ 白い鳩。
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2015年04月08日

九段坂公園〜靖国神社・千代田さくら祭り

千鳥ヶ淵緑道公園を出て 歩道橋に向かう手前に ちょっとした公園がありそこからも桜を眺めることができます。
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この時期しかみることのできない 花筏。
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対岸は北の丸公園です。
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大山巌像 (1842〜1916)
所在地千代田区九段南2-2-18 九段坂公園内
製作:新海竹太郎
建立:1918年
大山巌は天保13年(1842)の生まれで薩摩藩出身。元帥陸軍大将日露戦争では陸軍司令官、初代の陸軍大臣となった。
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品川弥二郎象  (1843〜1900)
製作:本山白雲
建立:1907年
天保14年(1843)長州藩萩に生まれ、吉田松陰の松下村塾で学んだのち、薩長同盟の成立やその後の戊辰戦争で活躍。
明治政府成立後は、政治家として内務大臣など要職を歴任。
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高燈篭(常燈明台)
「靖国神社正面の常夜灯として明治4年(1871)に建設されました。靖国神社(当時は東京招魂社)に祭られた霊のために建てられたといわれています。
正式には高燈篭といいますが、常燈明台ともいわれています。
当時、九段坂の上からは、遠く筑波山や房州の山々まで見渡すことができ、品川沖を行きかう船にとっては大変良い目印として灯台の役目も果たしました。
当初は靖国通りをはさんで反対側に建てられていましたが、道路の改修に伴い昭和5年(1930)に現在地に移転しました。」千代田区観光協会説明文より
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歩道橋を渡りますが 人が多すぎてこんなに乗って大丈夫か・・と。
真上で止められると 揺れて落ちやしないかと怖い・・・・
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北の丸公園から田安門を出てくる人の群れ。おそらく武道館での入学式が終わった人たち。
九段下駅はすごいことになっているだろうと 避けて靖国神社へ。
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こちらもすごい人です。参道には屋台が並びます。
現在の大鳥居は 昭和49年(1974)に再建されたもので、高さは25mあります。
大鳥居が東に向いている、数少ない神社の一つです。
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大村益次郎象 ( (1824〜1869)
製作:大熊氏廣
建立:1893年
この像は日本初の西洋式銅像だそうです。
戊辰戦争の際、彰義隊が立て篭もった上野の寛永寺を見つめていた姿をモデルにしているとのことです。
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靖國神社の桜の花の下で『同期の桜』を歌う会.が開催される日で 人が集まっていました。
毎年4月第一土曜日午後2時45分より、靖國神社参道にて「同期の桜を歌う会」開催だそうで ちょうど4日がその日だったようです。
始まる前でしたが 軍歌は流れていませんでした。軽音楽が流れていました。
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靖国神社大灯籠
日本一の大きさの燈籠。1935年(昭和10年)に富國徴兵保険(現富国生命)が奉納)
この灯篭の足元にはレリーフが埋め込まれており、向って 右側が陸軍 左側が海軍 で、共に日清戦争〜満州事変の戦闘場面をテーマとしたものです。
終戦後、GHQによって撤去させられそうになったが免れましたが 東日本大震災で笠石がずれる被害が生じたため免震化する工事がおこなわれました。
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青銅大鳥居
第二鳥居は1887年(明治20年)の建立で、大阪砲兵工廠で鋳造された青銅製。
現存の靖国神社の全4基の鳥居の内では最も古いもの。
青銅製の鳥居としては日本一の規模。
人の流れに乗り 神門へ向かいます。
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2015年04月07日

千鳥ヶ淵緑道公園・千代田さくら祭り

千代田さくら祭りで賑わう千鳥ヶ淵です。
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ここは千鳥ヶ淵の交差点。
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代官町通りと内堀通りが交差するところです。
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菜の花と桜がきれいに見える場所です。
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この時期にしかみれない風景です。
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半蔵濠側の代官通りの菜の花と桜です。
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千鳥ヶ淵緑道公園を北上しました。
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のどかな風景なのですが 実は緑道は人であふれてすごこいことになっていました。
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ボート乗り場も 行列でした。
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九段下駅のほうからの人の流れがひどくて 逆方向に進むのは難儀でした。
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もう桜が散って花吹雪。
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花筏がとてもきれいでした。
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途中の展望台にこんな写真がありました。
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緑道は宴会はできませんので ただ歩いて桜並木や景色を楽しむだけですが 人が多すぎて歩くのも一苦労。
九段下駅側の入り口では 混雑しすぎて「立ち止まらないでください!」と警察官が叫んでいました。
この時期だけの にぎわいです。
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2015年04月06日

千代田さくら祭り・竹橋〜代官町通り

4月4日(土)曇り空でしたが 皇居周辺に花見に行きました。
国立公文書館近くの歩道橋上から東京メトロ竹橋駅方向を見ています。
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円筒形のビルはパレスサイドビル。
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高速道路入口の枝垂れ桜です。
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北の丸公園入口付近の 枝垂れ桜です。
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八重紅枝垂れ(やえべにしだれ)
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代官町とおりの見事な枝垂れ桜です。
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そのまま代官町通りをすすむと 東京国立近代美術館工芸館です。
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「建物は、明治43(1910)年3月に陸軍技師・田村鎮(やすし)の設計により、旧近衛師団司令部庁舎として建築されました。明治洋風レンガ造り建築の一典型として重要文化財に指定されています。」工芸館の紹介より
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代官町通りの上の遊歩道に上ります。
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上からも桜が見下ろせる穴場的スポットです。
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片側は遊歩道から 高速道路越しに千鳥ヶ淵が見渡せます。
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花筏が見えます。ここで 土手の上の遊歩道は終わり 千鳥ヶ淵交差点に下ります。
北に行けば 九段下。
南に行けば 半蔵門。
両側に千鳥ヶ淵緑道の桜並木が続きますが ここは 北上して 千鳥ヶ淵の桜並木を歩くことにしました。
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2015年04月05日

お江戸深川さくら祭り・東富橋ー汐見橋

東富橋手前で 遊歩道を出ます。
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この橋から先には行けません。少し回って 橋に行きます。
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東富(とうとみ)橋。
トラス橋 昭和5年(1930)架橋の震災復興橋梁。
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橋のたもと 桜の木のあたりに 案内板がありました。
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「松平定信海荘跡」。海荘は「はまやしき」は、隠居後の定信が文化 13 年(1816)に入手して造った庭園の跡。
「松平定信 海荘(はまやしき)跡 牡丹3、古石場2・3付近
 松平定信はは陸奥白河(現福島県)藩主で、天明7年(1787)に老中となり寛政の改革を実行したことで知られています。海荘は、隠居後の文化13年(1816)に入手した抱屋敷で「深川海荘」とも呼ばれました。
 定信は政治家・学者としての側面のほか造園家としても著名で、築地の浴恩園(よくおんえん)、大塚の六園(りくえん)、領地白河の三郭四園(さんかくしえん)、南湖公園(なんここうえん)といった庭園を造りました。海荘には、これら四園の趣向を取り入れた庭園を築きました。
 園内には東西に二つの池があり、池を掘るときに出た土で二箇所の築山を築き、それぞれに「松月斎」「青圭閣」と名付けた休息所を建てました。定信は花木を好み、梨園や芍薬の花畑を作ったほか、桜や躑躅(つつじ)、松、楓などさまざまな草木を植えました。なかでも普賢象(ふげんぞう)という遅咲きの桜をとくに愛し、桜の季節には浴恩園や六園で花見を楽しみ、最後に世間の桜が散るころに花盛りを迎える海荘の普賢象を鑑賞したといいます。
この園内の様子は、国立国会図書館に所蔵されている「深川入船町御邸松月斎真写之図」に詳しく描かれています。
平成20年3月 江東区教育委員会」
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拡大図。
寛政の改革(1787〜1793)をおこなった節約倹約の人ですが 風光明媚な場所で 隠居後は楽しいでいたようです。
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中央の欄干にある江東区無形文化財の山崎喜作氏の繍画刺繍 「深川八景(深浜風景)」 のプレート。
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東富橋から見た大横川と平久川の交差点。
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大横川は江東区木場付近で西に流路を変え、大横川南川支川を分流し、平久川と交差しています。
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平久川のプレートが見えます。
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ここもまた とてもいいスポットです。
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汐見橋。
永代通りです。東京メトロ東西線木場駅が近いです。
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2015年04月04日

お江戸深川さくらまつり・門前仲町

お江戸深川さくらまつり開催中で 門前仲町に行ってきました。
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黒船橋です。
ここを中心に 3月28日(土)~4月19日(日)まで、和船及び動力船の運航や桜並木のライトアップなどのイベントが開催されます。
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黒船橋近くの 和船の乗り場が見えます。
3月28日(土)~4月19日(日)まで、和船及び動力船の運航や桜並木のライトアップなどのイベントが開催されます。
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4月2日 平日ですが和船乗り場は行列でした。
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桜の遊歩道を歩きます。
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石島橋です。休日のはここに模擬店がなラボます。
和船がゆらりゆらゆら・・・江戸情緒の のどかな眺めです。
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春爛漫。桜が咲き誇ります。
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いや〜もう 眺めるだけでも 楽しいです。
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対岸は通れません。
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黒船橋から東富橋まで桜の遊歩道は続きます。
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巴橋です。
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このあたりになると 人の通りは少ないです。
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花びらが散って 川面に桜模様
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歩いてきた 大横川を橋の上から 眺めます。
見事な景色です。
2010年お江戸深川さくらまつり 花見船写真です。
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2015年04月03日

木場公園 桜2015

4月2日 天気がいいので木場公園に行きました。
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ここは木場口 入口すぐの桜の木です。
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芝生のふれあい広場です。
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大きな木の下は 人がいっぱいです。
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ここが桜がたくさん植えられているバーベキュー広場です。
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現在拡張工事に伴い広場を閉鎖中で フェンスで囲まれていて立ち入りできません。
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いつも人がいっぱいで 桜の木が可愛そう・・と思ったこともあったので こんな風景もいいかな〜と。
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枝垂れ桜の濃いピンクがアクセントです。
近寄れませんが なんだか 落ち着いた風景でほっとしました。
4月4日には リニューアルオープンだそうです。
天気がよければ また 賑わいそうです。
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2015年04月02日

仙台堀川親水公園水辺の桜

尾高橋です。
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土台は赤レンガです。
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水辺のさくらがきれいです。
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毎年のようにここに来るのですが いつ来ても飽きない景色です。
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なにより 宴会がないのがいいです。
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風情のある橋があったりして楽しいです。
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途中には豊住橋下の釣堀があったりもします。
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野鳥の森もあるので鳥の声がうるさいくらいです。
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埴輪のある場所をすぎると時計台が見えます。
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そろそろ出口になります。
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振り返ります。
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ここで 大門通りに出ました。
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2015年04月01日

仙台堀川親水公園桜のトンネル

南砂緑道公園を出て 葛西橋通りを横切り 松島橋から仙台堀川親水公園に行きました。
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松島橋 江東区南砂一丁目〜南砂二丁目間仙台堀川
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仙台堀川の水面に映る桜がきれいです。
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水面を覆うように 自然に枝が伸びていていい感じです。
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遊歩道になっています。
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桜のトンネルですが 枝は水面のほうへと延びています。明るいほうへ・・かも。
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仙台堀川親水公園は 全長3700mの長い公園です。
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いろいろな木が植えられていて 野鳥も多いです。
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このあたりは片側だけですが 枝がうんと伸びてトンネル状態です。
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尾高橋が見えてきました。
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