2015年03月31日

南砂緑道公園桜のトンネル

桜が急に満開になって それ!花見と思ったけれど 都心の庭園や桜の名所は外国からのツアー客で騒がしいことになっているので穴場ともいうべき南砂緑道公園の桜を見に行ってきました。
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南砂緑道公園  東京都江東区南砂2丁目
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南砂緑道公園は旧都電敷地に植樹、桜のトンネル、ソメイヨシノ120本があります。
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歩行者と 自転車専用の遊歩道があります。
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平日ですが かなり人が歩いていました。
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なかなか いい遊歩道です。見どころはいろいろありますが今回は桜のトンネルを楽しみました。
以前のブログにも書いています。
南砂町散歩11 南砂緑道公園・城東電車レールと車輪
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2015年03月30日

原宿駅〜表参道駅

JR原宿駅です。
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原宿駅
所在地 渋谷区神宮前1
建築年 大正10年(1921)
設計 長谷川馨(鉄道省)
構造 木造平屋建
特徴 ヨーロッパ風ハーフティンバー
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原宿駅竹下口からは電車が着くたび すごい人が下りてきて 竹下通りへと入っていきます。
この人の多さ!!道は人の頭で埋め尽くされています。
まるで毎日がお祭りみたいです。
歩くこともままならず ちょっとお店に寄りたいと思っても 人気の店は行列で 店内に入るにもためらう状況です。
可愛いというより ド派手な服の子がいたりして ここは10代の通りかなぁ・・・・
おばさんには場違いな場所で 人酔いしながら通り抜けました。
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竹下通りを抜けて ラフォーレ原宿近く 明治通りの交差点です。
ここから表参道に向かう道も 歩道が人でいっぱいなのです。
どこが 少子化か・・と思うほど 若者であふれています。
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表参道ヒルズ。
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本館内部は6層分の吹き抜け構造で そのまわりは「スパイラルスロープ」と呼ばれる通路がらせん状につながっています。
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地下3階から地上3階は国内外の有名ブランドなどが入居する商業施設で 外よりは若い子が少なくゆったり買い物できそうです。
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表参道の駅まで ぶらぶら歩くと いろいろな面白いものが目につき楽しい場所です。
ほら・・お店の開店お祝いにこんなものを見つけました。
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実物大位に大きな犬!動くんです!餌を食べるそぶりをしてました。
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中央付近がくびれた聖火台みたいなビルは表参道 けやきビル
東京都渋谷区神宮前5ー1ー3
HUGO BOSS(ヒューゴ ボス)ファッションブランドのビルです。(最初コーヒーかと思った!)
日本人建築家の團紀彦(だんのりひこ)氏がデザインした特徴的な外観のビルです。
外周部に板目打ちコンクリートの長葉状列柱を配列し 表参道の街並みが融合するように配慮されています。
隣の TOD’S ビルと違和感なく調和しています。
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秋葉神社 東京都港区北青山3丁目5ー26
表参道交差点すぐの秋葉神社は 小さな神社です。
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紀伊国屋文左衛門が深川に隠栖の折、歓請した秋葉神社が移転して来たと言われています。
紀伊国屋文左衛門との関係はないので偶然なのでしょうが 近くの高級スーパー紀ノ国屋の寄進した玉垣が目立ちます。
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表参道の石灯籠  東京都港区北青山3ー6
待ち合わせ場所によく利用されるのですが この石灯籠には悲しい話があるのです。
「昭和20年5月25日にあった山の手空襲の時、逃げまどう人々が表参道の安田銀行(現みずほ銀行)前に殺到し、死体から流れ出た脂で石灯籠に黒いシミができたという。そのシミは何十年も経った今でも消えないという。」
確かに土台のあちこちに黒いシミや傷があるのですが・・・・よくわかりません。
しかし この石灯籠も、戦争の惨事を見てきたことは事実なのでしょう。
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原宿から表参道へと人酔いしながら 歩き 地下鉄に乗りました。
タグ:観光
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2015年03月29日

明治神宮

明治神宮前駅を出ると 神宮橋がありそのすぐ隣に五輪橋があります。
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東京オリンピック 1964年(昭和39年)の水泳競技メイン会場である、「国立代々木競技場」から神宮橋を迂回せずに表参道に直結するために五輪橋が造られたとのことです。
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橋の欄干は 体操や柔道 レスリングなど日本が得意だった種目のレリーフです。
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1964年東京オリンピックのポスターなどに使われた日の丸と五輪のマークもはめ込まれています。
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明治神宮へ参拝しました。今回は宝物殿の法にはいかずこの部分だけです。
東京都渋谷区代々木神園町1−1
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南参道の大きな鳥居です。
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清酒菰樽
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葡萄酒樽
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大鳥居
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拝殿前の鳥居
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かなり人が多いです。
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外国人も多かったです。
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拝殿前
拝殿内は撮影禁止になっていました。
明治神宮には数回来ています。
ブログ1で 明治神宮について書いています。
明治神宮宝物殿 明治神宮 御社殿 明治神宮御苑 2013年1月20日〜26日のブログです。。
タグ:神社・寺院
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2015年03月28日

大横川沿い桜の様子

昨日 清澄白河に行く用があったので 足を延ばし大横川沿いのさくらの様子を見てきました。
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昨日27日の午前中でしたが まだこんな感じでした。
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暖かくなったので 週明けにはに一気に 花開くことでしょう。
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大横川のこの辺りはずっと桜の遊歩道です。
黒船橋(門前仲町)から花見船も通ります。
http://umeno87.sblo.jp/article/36881279.html(2010年の花見船ブログ)
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花見船は仙台堀川〜大横皮〜小名木川〜隅田川と巡り 黒船橋へ戻りました。
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もうすぐ満開で スカイツリーも絵になる風景になります。
http://umeno87sanpo.sblo.jp/article/92132564.html 2014年大横川の桜
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2015年03月27日

虎の門ヒルズ・ぼく、「トラのもん」

エントランスの前はオーバル広場ですが造成中でした。
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スペインを代表するアーティストであるジャウメ・プレンサ氏が手がけた、高さ約10メートルの大型彫刻「ルーツ」があります。
道を歩いていても見えるので あれ?何だろうと思いました。
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虎ノ門ヒルズパブリックアート ルーツ オーバル広場
ルーツは8つの言語の文字が、膝をかかえて座る人間をかたどっています。
文字はそれぞれの文化を映し出すものであり、我々の世界の多様性を表現しています。
この彫刻は多様な文化を越え人間の平和的な共存を象徴しています。(パンフレットより抜粋)
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マスコットキャラクター「トラのもん」がお出迎え。
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Mirai Tokyo」をつくるためやってきました!
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2F ロビーのアート作品。
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壁もアート。虎のシマシマに見えますけど。。。
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イメージキャラクター「トラのもん」   ガーデンハウス
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ぼく、トラのもん
虎ノ門ヒルズのキャラクターを務めるのは、22世紀のトーキョーからやってきたネコ型ビジネスロボット「トラのもん」です。
未来からきた目的は、みんなと一緒に「Mirai Tokyo」をつくるため。虎ノ門ヒルズで、世の中をイノベーションしてたくさんのアイディアをカタチにするのが、彼の役割です。」(虎の門ヒルズHPより)
みなさん 記念写真撮っていました。
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見上げれば 吹き抜けで 4階まで店舗になっています。
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ガーデンハウスは明るくて 広くて落ち着いた空間です。
オフィスやホテルもありますが レジデンス居住者用エントランスなどという表示もありました。
どんな人が住んでいるのやら・・・・
タグ:建物
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2015年03月26日

虎の門駅〜虎の門ヒルズ

銀座線虎ノ門駅8番出口です。
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このすぐ裏側に虎の像が見えています。
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虎の像の下には石碑があります。港区 虎ノ門一丁目
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碑文は肉眼でも読めません。
虎ノ門の由来
虎ノ門の名前の由来は、四神思想では、西を白虎と称し、虎ノ門の位置は白虎の方向あたるからとか、太田道灌が出陣する時に自分を虎に見立てて「千里行くとも千里帰る」と祝って名づけたとか、虎口(こぐち)の要所なので名づけられたとかいろいろ説があります

もともとの虎の門は外桜田門から芝西久保方面に出る門でした。
寛永13年に、肥前佐賀藩主鍋島勝茂が築きました。
明暦3年(1657)に焼失し、万治2年(1659)に再建されましたが、享保16年(1731)に焼失した後は、櫓門は再建されませんでした
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播磨屋カフェでちょっと一休み。
東京都千代田区霞が関3丁目8ー1 虎の門三井ビルディング 1F
こちら側は 千代田区になります。
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新しくできた環状2号線「新虎通り」を歩くと 虎の門ヒルズがあります。
1階を道路が貫通する構造になっている地上52階・地下5階建てで高さ247mの超高層ビルです。
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虎ノ門ヒルズエントランス 東京都港区虎ノ門
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中心となる超高層ビルは地上52階・地下5階建てで芝生広場のある庭園やガーデンハウスを併設。
中に入ります。
タグ:建物
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2015年03月25日

日本橋桜フェスティバル

日本の美を日本橋から!日本橋桜フェスティバル というイベントをやっているとのことで買い物がてら寄ってみました。
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コレド室町の間の 「仲通り」に春の象徴である桜をモチーフにした装飾とLED によるアートな桜回廊となっています。
こちら側からはあまり桜色がみえないですが、福徳神社のほうにまわるときれいに見えます。
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花見舞台
開催中〜4/12(日)11:00〜23:00
会場:仲通り
幻想的で華やかなアートなお花見
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人力車に乗って写真を撮ることもできます。
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三越の紺ののれんが この時期は桜色です。
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三井本館などの歴史的建物やコレド室町1・3 などを含む施設で、「桜」をモチーフにした幻想的な「桜色」のライトアップを実施するとのことで 夜もまたきれいな桜色に染まることでしょうね。
「日本橋 桜フェスティバル 〜ビューティフル日本橋〜」期間中いろいろなイベントがあります
タグ:イベント
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2015年03月24日

大横川の河津桜(木場公園脇)

先週末21日の江東区木場公園横の大横川の河津桜です。
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今年は見に行くのが遅れたので 散り際です。
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それはそれでまた いいものです。
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色の薄い花と濃い花とあります。
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葉も出ていたのですが薄緑とピンクの色が混じってまたいい感じです。
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たくさんの小鳥が蜜を吸いに集まっていました。
騒がしいくらいでした。
また 来年・・・・
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2015年03月23日

旧乃木邸〜青山1丁目駅

外苑東通りを青山1丁目駅に向かって歩きます。
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山王病院前から駅方向を見ています。正面の緑は東宮御所の緑です。
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旧乃木邸から150mくらいのとろこで 山王病院が新しくなっていました。
周りのビルも変わっていましたが 20歳くらいのころはこのあたりに住んでいました。
交通の便はいいのですが 庶民が住むには生活の便はよくなくて 困りました。
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都営南青山1丁目アパート。
青山1丁目駅徒歩1分の立地で、これは以前からありました。
家賃も安くて 一等地。空家がでなくて倍率は1000倍くらいとのことです。
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青山ツインビルの裏側にある 石の華広場。
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緑地になっていて ここを抜けると纏の石碑があります。
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赤坂消防署発祥之地 東京都港区南青山1丁目
赤坂消防署は, この地に大正十五年に誕生し, 以来昭和三十年までの間地域と一体となって, 協力と和のもとに防災の拠点としてその任務を果たした。
     昭和六十一年十二月吉日建之
現在の 赤坂消防署は, この地から南西に500mの 青山墓地の北側に隣接する場所にあり, 昭和30年に 移転しました。
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ここからすぐが 青山1丁目駅です。
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この駅はよく利用したのですが 周りのビルも建て替えられていたし 以前の入口と違って戸惑いました。
この入り口前にはおまわりさんが立っていました。
東宮御所が近いせいかしら・・・。
タグ:庭園・公園
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2015年03月22日

旧乃木邸・厩舎

旧乃木邸の正門の横には当時から残る煉瓦作りの馬小屋があります。
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内部は馬丁室と馬糧庫と馬4頭分のスペース。邸宅が木造であるが厩舎は、煉瓦作りになっている。
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愛馬用の井戸
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馬小屋は、平屋建、日本瓦葺で、邸宅が新築された以前、明治22年(1889)に建てられた。間口約12.5m、奥行約4.5mの細長い建物には、4つに区画された馬房や、馬糧庫等がある。
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頑丈な煉瓦造りで愛馬を大切にしていたことがうかがえます。
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馬丁室
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厩舎
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乃木将軍の愛馬「壽(す)号」はアラビア産の牡馬で、日露戦争の「水師営の会見」時に敗戦の将、ロシアのステッセル将軍から送られたもの。
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<愛馬の由来>の説明板
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この出入口から出ると乃木公園になります。
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一角は普通の都市公園になっています。
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公園側から見た厩舎の赤レンガ
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外苑東通りの歩道側から見ています。
このまま 通りを青山1丁目駅のほうに歩いていきます。
タグ:文化財 建物
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2015年03月21日

旧乃木邸・東京都港区指定文化財

外苑東通りの正門です。
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門柱には「舊乃木邸」とあります。
昭和4年建設の文字が刻まれています。
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レンガの門柱も当時のままだそうです。
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門の内側。奥に小屋のようなものがあります。
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正門横の御供待所。
なんだか 物置小屋のようです。
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水師営(ロシア将軍ステッセルとの会見地)の棗(ナツメ)樹の孫。
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<旧乃木邸> 東京都港区指定文化財 有形文化財
 旧乃木邸は、明治35年(1902)に新築されたもので、乃木希典大将夫妻が大正元年(1912)9月13日、明治天皇大葬の日、明治天皇に従って殉死するまでここに住んでいた。将軍が、ドイツ留学中に見たフランス軍隊の建物を模範にして建てたというもので、明治期の洋風建築が接客を目的とする豪華な建物か、和風住宅に洋風の応接間を付属させたものが多いのに比べこの邸宅は、軍人の家らしく、飾り気がなく簡素で合理的に作られている。建坪は168u、木造平家建、日本瓦葺で、傾斜地を巧みに利用し、建物全体に半地下構造をもつ。
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乃木邸の由来
乃木邸は明治十二年に買い求め、明治三十五年に改築されたものです。
(此の建物は明治十九年にドイツ留学中、フランスの陸軍訪問の折にスケッチした連隊本部を参考に建てられています。)〔立札より〕
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表玄関  港区赤坂8-11-32
竣工:明治35年(1902)
設計:北沢虎造
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旧乃木邸の周囲には、邸内を見学できるように、テラスが構築されおり、明治天皇大葬の当夜、霊柩発引の号砲を合図に将軍夫妻が殉死した当時の寝室などを窓越しに見ることができる。現在は修理中で外観だけしかみることができません。
室内の公開は、命日の9月13日と前日の12日のみで、通常は公開されていない。
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乃木の副官として献身的に支えた「陸軍歩兵大佐 塚田清市」の顕彰碑。塚田大佐は後に「乃木大将事蹟」を著述
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<乃木大将と辻占売少年像>
 今に伝えられる「乃木大将と辻占売りの少年」の話は、明治24年(1891)、乃木希典が陸軍少将の時代、用務で金沢を訪れた折りのことです。希典は金沢で偶然、当時8歳の今越清三郎少年に出会います。今越少年は、辻占売りを営みながら一家の生計を支えていた。この姿に感銘を受けた希典は、少年を励まし、金弐円を手渡した。今越少年はこの恩を忘れることなく、努力を重ね、金箔業の世界では大きな実績を積み上げた。
 この銅像は、こうした乃木希典の人となりを伝えるものとして、昭和43年(1968)に旧ニッカ池(六本木六丁目)の縁に造立されたが、このたび旧ニッカ池周辺が整備されることとなり、希典所縁のこの地に移建された。(案内板より)
タグ:文化財 建物
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2015年03月20日

旧乃木邸・乃木公園

裏門から入ってみます。
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乃木公園 【有形文化財】港区赤坂8-11-32
乃木大将の遺言で,土地建物が東京市に寄贈されたのち隣接した100坪を購入、現在のような公園を整備した。
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斜面に通路が造られています。
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乃木大将 遺品埋設の碑 
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<えい血之處>(えいけつのところ)
 殉死された時の血のついた物を埋めるところ
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<月桂樹>
明治35年(1902)頃イタリアに洋行した山口県の農学博士豊永直利氏より凱旋の際に寄贈されたもので大将お手植えの木です.
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石碑は乃木将軍が詠んだ「武士は玉も黄金もなにかせむ いのちにかへて名こそをしけき」の歌碑。
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邸内の奥に鎮座する乃木家祖霊社
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門柱」 として準備されましたが適当でなかったため そのまま「邸内に保存されていました。。乃木夫妻の死後 親族が燈籠として建てたもの。
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建物の裏側。建物は傾斜地に建てられていて、半地下の部分は頑丈な石造りになっている。
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一番左の部屋が夫妻が自害を遂げた部屋。
2階は24歳と26歳でともに戦死した二人のご子息の部屋。
表にまわります。
タグ:文化財 建物
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2015年03月19日

乃木神社・末社赤坂王子稲荷神社

二の鳥居まで戻ると 手水舎の後ろに境内社があります。
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赤い幟に赤坂王子稲荷神社の文字が見えます。
入口の石鳥居横に据えられた石碑があります。
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緑色板は「乃木神社之譬」で乃木神社創建の由来などが記されています。
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黒色版は昭和20年5月25日の空襲火災からの「乃木神社復興之記」です。
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末社 赤坂王子稲荷神社 
昭和37年(1962)同じく社殿の復興に際し、乃木将軍夫妻が篤く崇敬していた王子稲荷神社を勧請したものである。
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鳥居をくぐり石段をのぼります。赤い鳥居が重なっていて、お稲荷さんらしいです
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王子稲荷神社は東国三十三国稲荷総司との古い伝承を持ち、落語『王子の狐』で有名な神社。
関東稲荷総司と言われる王子稲荷神社を乃木大将御夫妻が崇敬していたとのことです。
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赤坂王子稲荷神社の脇に 旧乃木邸裏門があります。
次ここに入ります。
タグ:神社・寺院
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2015年03月18日

乃木神社・境内

二の鳥居です。
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二の鳥居の狛犬は 一の鳥居とは趣きが違います。
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狛犬さんの頭は おかっぱ頭で 尾は直立でした。
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手水舎
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正面に拝殿があります。
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乃木神社
御祭神 乃木希典命 乃木静子命
鎮座地 東京都港区赤坂八丁目11-27
創建 大正12年(1923年)
社格等 別表神社 府社
神紋 市松四つ目結
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乃木夫妻は明治天皇大葬の日に自刃しました。
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乃木神社 教育の碑
明治41年に御祭神乃木将軍が学習院院長に任命された頃に生徒心得の為に明治天皇より賜った碑
教育の碑説明板
(明治天皇)御製 教育
いさをある 人を教えの 親にして
 おほしたてなむ やまとなでしこ
 (高崎正風清書)
 昭和12 
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拝殿左にある梅の木の下に何やら石が・・
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菊面石(ナンダモンダ)
菊面石とは 江戸時代この石の成因がわからず「ナンダモンダ」と呼ばれていたそうです。
学問的には球状閃緑岩(きゅうじょうせんりょくがん)と呼ぶ。
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さざれ石
外観上小さな石の隙間が炭酸カルシュウムや水酸化鉄等で埋められ固化した石。多くの神社に祭られている。
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境内社・正松神社
入口に神職さんがいて 説明文をくださいました。
私のほかにはお参りする人もいませんでした。
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拝殿の右奥にあり少しわかりにくい場所です
「この正松神社は、松下村塾の創始者で乃木将軍が師事した玉木文之進と その甥で松下村塾を受け継いで子弟の教育に当たった吉田松陰を祀ることで知られる」
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宝物殿
殉死に使われた刀や勲章 遺言状などが展示されています。
また 吉田松陰と乃木希典展開催中でした。
吉田 玉木 乃木は一族であったことから 宝物殿には松陰所縁の品が所蔵されています。
入場無料です。
タグ:神社・寺院
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2015年03月17日

乃木神社・乃木坂

以前住んでいた近くの 乃木坂に行きました。
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乃木坂(のぎざか)由来を記した石碑 赤坂8丁目11番、9丁目6番の間
江戸時代には幽霊坂と呼ばれていた。
乃木坂の名は1912年(大正元年)9月、大日本帝国陸軍の重鎮で、学習院院長であった乃木希典大将の殉死を悼み、赤坂区議会が改名を議決したことに由来する。
大正元年(1912)乃木将軍の葬儀と同時に幽霊坂という名は廃止され、乃木坂に改められた。また 行合坂、なだれ坂とも呼ばれた。
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乃木坂(のぎざか)は、東京都港区の赤坂八丁目と九丁目の境、乃木神社前を西へ外苑東通りへと上る坂。陸橋の上は外苑東通りで左のほうはミッドタウンに行く。
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鳥居前の筋肉隆々の狛犬さん。
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東京メトロ 千代田線乃木坂駅。
ここから150mほどのところに住んでいたので この出入口をよく利用しました。
外苑東通りから階段を駆け下りたことを思い出します。
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一の鳥居
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境内図
外苑東通り側は乃木公園になっていて旧乃木邸が保存されています。
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「乃木神社」は、勝負運のご利益があることで知られています。
乃木神社の勝守(かちまもり)は、非常に有名なお守りです。御社紋に御祭神の遺墨からとった文字を使っています。
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乃木講誓詞之碑
おみくじ掛けが、斬新な形です。GOOD!!
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「竹添井井(たけぞえせいせい)文学碑」と乃木大将の偉業を讃える「双殉行」と題された漢詩碑 
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参集殿
太鼓が鳴り響き 神職の衣装を着た人が出てきました。
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結婚式でした!
なんともおごそかな雰囲気です。
乃木神社は文武両全・夫婦和合の神様なのです。
タグ:神社・寺院
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2015年03月16日

文部科学省 情報ひろば2

扉から廊下に出ると 係員がいます。
私たち二人しか人はいないのに ご苦労様です。
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国立大学の企画展示というのがありました。
山形大学
テーマ「世界遺産ナスカの地上絵に関する学術研究と保護活動」
北陸先端科学技術大学院大学
テーマ「プロシージャル技術」
京都工芸繊維大学
テーマ「匠(たくみ)の技を知ろう −科学の目で伝統の匠(たくみ)の技を知る−」
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匠の技の企画がよかったです!
日本の伝統工芸を守って 受け継いでいきたいものです。
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最後の部屋は 文化。
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文化
「文化庁が所蔵する美術品や文化財の精緻(せいち)なレプリカを展示するとともに、文化行政について、パネルなどで分かりやすく紹介しています。説明文より」
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東大寺鐘楼の模型なども展示しています。
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キトラ古墳や高松塚古墳の保存修復事業で使う防護服のような作業服や手袋なども展示しています。
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文化財のレプリカ。
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国宝展などでも見かける火焔土器のレプリカです。
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アイヌのアハルシ(樹皮衣)やトンコリ(琴のような楽器)などもありました。
重要無形文化財保持者(人間国宝)の作品なども紹介しています。
しかし 「情報ひろば」は とてもいいところなのですが 入口もわかりにくせいか、それとも平日しか開館していないせいか 人はほとんどいませんでした。
学校や大人の社会科見学などで利用されると いいと思います。
大人なら 教室の再現などは郷愁に浸れると思います。
こういう施設があることすら 知らない人が多いので もう少し広報活動をしたほうがいいかもしれません。
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2015年03月15日

旧文部省庁舎 情報ひろば1

秘書官室から続く通路は教育の歩みなどの展示です。
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教育史や古い教科書なども展示されています。
「教育政策の歴史や、学校教育をはじめとする教育施策の説明パネルを展示しています。また、明治から現代までを振り返る教室型のミニシアター、歴代給食のレプリカ等を展示しています。説明文より)
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その向こうにはなつかしい教室が再現されています。
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昭和の机で 蓋があくようになっています。
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机の上は硝子板になっていて年代ごとに使用した学用品の展示があります。
このくっついた机は いやだなぁ・・・・と。。。
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明治時代から現在までの給食メニューです。
給食は好きだったなぁ・・・・
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給食は地産池消がモットー。
左 福井県鯖江市の給食。右は北海道。
北海道のはまるでレストランメニュー!
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次のコーナーはスポーツ。
「我が国のスポーツ政策の歴史や現在の取組をパネルで振り返るほか、国際大会などで活躍した日本人選手が実際に使用したユニフォーム等を展示しています。説明文より)
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そして科学技術。しんかい6500の展示
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宇宙開発は 「はやぶさ」
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科学技術・学問の部屋には、科学技術の歩みパネルやロボットスーツHALが展示されています。
「江戸時代から現代までの科学技術・学術政策の歴史を振り返るほか、文部科学省が推進する様々な最先端の科学技術の研究成果物等を展示しています。説明文より)
ロールプレーイングのダンジョンのように 扉から次へと進みます。
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2015年03月14日

旧文部大臣室及び秘書官室

旧大臣室及び秘書官室については創建時のイメージに復原し登録有形文化財に登録されました.
大臣の机や棚などの調度品は歴代大臣が使用したものです。
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写真撮影は可能です。(FLASH不可)
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これがオリジナルの 壁紙だそうで、部屋のものは復元したものです。
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寄木の床が緻密で美しいです。
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空調のカバーがレトロな雰囲気。
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天井近くの壁紙は和紙だそうです。
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このランプシェードも同じ和紙だと 係員の人が説明してくれました。
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隣は秘書官室。
通常大臣へ面会する人は、秘書官室を通じて中に入るそうです。
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旧文部省のプレートが展示してありました。
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大臣や長官の印鑑。
なお、この大臣室で執務した最初の文部大臣は、鳩山一郎です。
第44代文部大臣鳩山一郎氏から第3代文部科学大臣河村健夫氏まで利用されていた部屋です。
展示物を眺めながら 通路を進みます。
タグ:文化財 建物
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2015年03月13日

旧文部省庁舎・旧文部大臣の部屋

エントランスホールは暗いです。
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この下に人形峠ウラン残土で作られた煉瓦の花壇が置かれていました。
近寄りがたくて・・・すぐ まえにあるエレベーターで3Fに行きます。
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文部科学省 「情報ひろば」ンフレット。
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旧文部大臣の部屋・登録有形文化財
「創建当時(昭和8年)の姿に復原された大臣室には、初代文部大臣森 有禮(もり ありのり)が職員の心構えを記した「自警」(レプリカ)や、歴代大臣が実際に使用していた机やソファー等を展示しています。」パンフレットより
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この部屋には係りの人がいましたが ほかに客もいないようでお暇な感じです。
質問すると丁寧に説明してくれますが 聞かれない限りは無言なようです。monka1 (1).jpg
大臣の執務机
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初代文部大臣森 有禮(もり ありのり)が職員の心構えを記した「自警」のレプリカ
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これは 印刷したものを貰うことができます。
この部屋をじっくり見ることにします。
タグ:文化財 建物
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2015年03月12日

旧文部省庁舎・登録有形文化財(建造物)

銀座線虎ノ門駅近くの 旧文部省庁舎に行きました。 
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この界隈は 虎の門ヒルズができて 新しい道ができたりして まだ工事中のところもあります。
案内板もまだ書き換えられていないようです。
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交差点反対側から 地上6階建・スクラッチタイル貼りの旧文部省庁舎を撮影しました。
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旧文部省庁舎 きゅうもんぶしょうちょうしゃ 東京都千代田区霞が関3-2-2
昭和前/1932
鉄骨鉄筋コンクリート造6階建、建築面積3043u、塔屋付
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登録有形文化財(建造物) 建設年代は,棟札の「昭和七年三月十六日」による。
「霞が関官庁街における震災復興庁舎の好例。大蔵省営繕管財局の設計で、施工は大林組。鉄骨鉄筋コンクリート造6階建、スクラッチタイル貼とする。正方形に近い大きな窓による立面構成と正面玄関上部の垂直性を強調した意匠に特徴がある。」
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地図をもらえば なんということはなくすんなり入れそうなのですが これがない状態では現場は実にわかりにくかったのです。
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11番出口を出ましたが これでいいのだろうか・・と薄暗い場所を歩きました。
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中庭に さざれ石が置いてありました。
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ラウンジをすぎて 入口らしきところに行ったのですが 閉館しているかのように薄暗くて、入り難いです。
警備員に聞いて 確かめて中に入りました。
タグ:文化財 建物
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2015年03月11日

旧中川沿いの河津桜

旧中川沿いの河津桜が満開です。
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旧中川沿い(江戸川区平井3丁目 JR総武線鉄橋南側)
ちょうど成田エクスプレスが通過しています。
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「よみがえった中川」という文言が見えます。
「旧中川」は治水の安全性の向上を図るため、水位を地盤面より下げる整備を行い、また堤防を耐震化しました。
旧中川護岸工事は40年かけて整備が終わり、よみがえった河川になりました。
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水辺公園となり憩いの場となっています。
カヌー教室なども行われています。
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曇り空ですが 電車とスカイツリーと河津桜は絵になる風景です。
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河津桜はソメイヨシノより一足早く咲く、濃いピンクが特徴の桜です。
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尚 「リバーフェスタ江東」を中川船番所資料館そばの旧中川・川の駅で3月14日、15日に開催します。
カヌーの体験や和船 水陸両用バス 動力船などの船が出ます。
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2015年03月10日

西教寺・東大前

願行寺の隣に 東大の赤門のような三門の寺があります。
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浄土真宗 本願寺派 涅槃山  西教寺(さいきょうじ) 文京区向丘2-1-10
浄土真宗十派の一派「本願寺派」のお寺で 寛永7年(1630)年建立、明暦3年(1657年)、現在地に移転しました。
表門は旧姫路藩の酒井雅楽頭(大老)の屋敷にあった朱殿門。
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門(朱殿門)は徳川家の重臣、酒井雅楽頭(井伊家と並ぶ大老の家柄)の屋敷から、明治7年(1874年)移築。関東大震災で被害に会い、1部修復されました。
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「徳川家の重臣、酒井雅楽頭(井伊家と並ぶ大老の家柄)の屋敷から明治7年(1874)移築された。
複雑な寸法体系を持ち、近世初頭の標準からはずれる独自の特色を多く持ち、構成に独特な品格をもたらしている。
大正12年の関東大震災に被害を受け、重量軽減のため瓦葺から銅板棒葺に改めるなど、一部修理が行われた。」(文京区教育委員会)
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鐘楼は江戸時代の建築です。
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本堂は明治4年再建、書院は明治28年に再建。
山号は「涅槃山」、本尊は阿弥陀如来です。
勝如(大谷光照)上人が東大在学中に生活を過ごした、ゆかりのお寺だそうです。
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すぐ前は東大農学部キャンパス。
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古そうな建物を見ながら本郷通りに出ます。
通り渡ったところには 親戚の家があり子供の頃この界隈を散歩したことがあります。
墓が多かったということが 記憶にあるのですが このあたりを実際歩いてみれば寺が多いことがわかります。
明暦の大火で移転してきたお寺が多いのだとか。。。。
本郷は文学の町 学問の町 寺の町です。
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東大前駅から帰宅しました。
根津神社は 東大前駅からも徒歩5分ほどです。
タグ:神社・寺院
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2015年03月09日

浄土宗願行寺・東大前

東大地震研究所前に 浄土宗願行寺があります。
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浄土宗願行寺 東京都文京区向丘2-1-5
明応3年(1494年)観誉祐崇による開山の古刹で、天和3年(1683年)にこの地に移ったとされる。
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『東京大学禅会道場』と書かれた板が山門に掛けられています。
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門の脇の石碑
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正面が朱色の「不動尊堂」で、正面の不動堂は屋根が反り返った中華風の意匠で珍しい。
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三門正面の不動堂。
伝良弁僧正作の不動明王像が安置されている。この仏像は、大山不動尊と同木同作と伝わっている。
木鼻の獅子も 赤です。
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右 奥の本堂。
本堂には木造阿弥陀如来像と不動明王像(出世不動明王)が安置されており、阿弥陀如来像は平安時代の作と推定される貴重な仏像として文京区の有形文化財に指定されています。
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本堂前の 仏様。詳細不明
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西国札所観音霊場仏塔」という、西国三十三観音霊場のミニ霊場。
天保11年(1840)丸井新兵衛が願主となり、第17世顔誉上人の代に建立されました。
その傍らには富士講石碑があります。
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天保年間の宝篋印塔。
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子育地蔵尊
作家森鴎外が史伝「細木香以」を書くためにお墓を探しに来たという お墓が奥にあります。
細木は俳人で芥川龍之介の親戚。
「霧晴れて皆こちら向く山のなり」という句が有名。
タグ:神社・寺院
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2015年03月08日

東大地震研究所・地震学発祥記念碑

根津神社南側の鳥居を出て 不忍通りの法を見ます。
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まだ古い家並みが残っています。
反対側 東大農学部キャンパスに沿って、大きなカーブを描く坂には、名前が3つあります。
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本郷通りから根津方面につながる道としてつくられた新しい坂なので、「新坂」と呼ばれましたが 根津神社の旧称「根津権現」の表門に下る坂であることから、「権現坂」とも言われています。S字のかなり急な坂なので S坂とも言われています。
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新坂(権現坂・S坂)
文京区根津一丁目21と28の間
「本郷通りから、根津谷への便を考えてつくられた新しい坂のため、新坂と呼んだ。また、根津権現(根津神社の旧称)の表門に下る坂なので権現坂ともいわれる。
森鴎外の小説『青年』(明治43年作)に、「純一は権現前の坂の方に向いて歩き出した。・・・右は高等学校(注・旧制第
高等学校)の外囲、左は出来たばかりの会堂(注・教会堂は今もある)で、・・・坂の上に出た。地図では知れないが、割合に幅の広い此坂はSの字をぞんざいに書いたように屈曲してついている。・・・」とある。
旧制第一高等学校の生徒たちが、この小説『青年』を読み、好んでこの坂をS坂と呼んだ。したがってS坂の名は近く観潮楼に住んだ森鴎外の命名である。
根津神社現社殿の造営は宝永3年(1706年)である。五代将軍徳川綱吉が、綱豊(六代将軍家宣)を世継ぎとしたとき、その産土神として、団子坂北の元根津から、遷座したものである。
−郷土愛をはぐくむ文化財−文京区教育委員会」
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坂に沿って 根津神社の石垣があるのですが このように名まえも削れて傷んでいます。
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坂を上りきると 東大地震研究所の門です。
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地震研究所の門前に造られた 高さ1.5mほどの石垣の上に, 地震計をかたどったモニュメントと石碑があります。
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地震学発祥記念碑  東京都文京区弥生1丁目
「大正14年11月14日に地震研究所設立の官制が施行され, 安田講堂裏に建物が つくられることとなった。昭和2年3月に着工し, 翌3年3月に竣工した。建物は 地下2階付きの鉄骨鉄筋コンクリート構造2階建てで, 建築学科教授内田祥三先生 が設計されたものであった。大地震が襲来しても建物内で観測や研究が出来るよう にと, 当時の標準設計震度の2倍の計算で設計された。正面玄関の壁面には日月の 凹みの模様があり, また, 玄関に近い西壁面には地震計を型どった石飾りがあった。 これらはやはり建築学科の岸田日出刀先生の手になったものである。地震研究所が 昭和38年から45年にかけて現在の場所に順次移転した後, 安田講堂裏の建 物は他部局が使用していたが, 理学部の増築計画により昭和56年11月取り壊 されることとなった。地震研究所発足から40有余年, 黎明期における地震学研究 の輝かしい業績を生み出した旧地震研究所の建物を永く記念すべく, 岸田先生の手 になる石飾りの地震計と日月を切り取り組合せてここの建立する。 昭和58年11月」
1998年につくられたタイムカプセルも埋められていて、第一回地震研究所協議会 の議事録をはじめとする、地震研究所の歴史的資料が保存されているそうです。
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2015年03月07日

根津神社5・駒込稲荷神社

乙女稲荷と駒込稲荷の間も赤い鳥居が並びます。
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途中には 庚申塔 があります。
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根津神社 庚申塔 
六基の庚申塔。道の辻などに建てられたものが、明治以後、道路拡張などのため、根津神社に納められたもの。
力石らしきものもあります。
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根津神社 塞の大神碑
「この塞の大神碑は、もと通称駒込の追分(向丘1−1)にあった。ここは現在の東京大学農学部前で、旧中山道と旧岩槻街道(旧日光将軍御成道)との分岐点で追分といわれた。
 此の追分は、日本橋から一里(約四粁)で江戸時代一里塚のあった所である。今も角店は江戸時代から続く老舗の高崎屋である。この高崎屋よりに一里塚があり、榎が植えられていたが、明和三年(一七六六)に焼け、その跡に庚申塔がおかれたが、これも文政七年(一八二四)の火災で欠損した。
 その跡地に、この塞の大神碑が、明治六年(一八七三)建てられた。同四十三年、道路の拡幅のため、碑は根津神社に移され、現在に至っている。礎石に移転の事情が刻まれている。
 塞の神は邪霊の侵入を防ぐ神であり、道行く人を災難から守る神で、みちのかみとも道祖神ともいわれる。」文京区説明板より
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社殿のほうから駒込稲荷神社を見るとこんな風に高台になります。
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駒込稲荷神社
御祭神は伊弉諾命・伊弉冊命・倉稲魂命・級長津彦命・級長戸辺命。もとは綱重公の邸内社。
胸を張った狐様が姿勢正しく鎮座してます。
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拝殿の中にも1対の御狐様が鎮座していました。
根津神社の境内社のような扱いに見えますが、元々は徳川三代将軍家光公の三男綱重公の邸内社であったものです。
五代綱吉将軍によって、現在の場所に根津神社を遷座する前からこの地にあったと伝えられます。
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笑ったような顔の狐様
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とにかく 狐様が多いです。
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1対の獅子山(狐山かも)があります。
鼻がかけています。
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裏側にはちゃんと家族らしき狐様がいます。傷みが激しくて痛々しい・・・
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こちらにも 家族団らん らしき姿の狐様・・・
なんともほのぼの。
タグ:神社・寺院
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2015年03月06日

根津神社4・乙女稲荷神社千本鳥居

境内のツツジ苑のある斜面に 2つの稲荷神社が存在します。
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つつじ苑のほうから入ります。
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千本鳥居の入り口があります。
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信者が奉納した鳥居が積もり積もって千本鳥居になった・・・ちなみに1本10万円と書いてありました。
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ピンク色の鳥居もありましたが どういう意味なのかはわかりません。
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根津神社 徳川家宣胞衣塚 
鳥居の途中にある 六代将軍家宣の胞衣を埋めたところと伝えられtりる場所。
胞衣とは、胎児(母体の中の子)を包んだ膜と胎盤をいう。
十数箇の割り石が雑然と積み重ねてあります。立札がなければ何の石だかわからない・・・
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鳥居が続く道の、真ん中にあたるくらいの高台に「乙女稲荷神社」があります。
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宇迦之御魂神を白蛇とする信仰とかで 乙を蛇っぽく描いてあるのかも・・・・
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「乙女稲荷神社」御祭神は倉稲魂命(宇迦之御魂神) 穀物の神様です。
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ちょっと怖い顔で社殿を護る狐は稲荷神(宇迦之御魂神)の使いとされる霊獣なのです。
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社殿を見下ろせる小高い場所に、舞台造りの社殿があります。
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通ってきた 千本鳥居が並んでいます。
先に進みます。
タグ:神社・寺院
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2015年03月05日

根津神社3・境内

高いところから透塀越しに本殿を見ることができます。
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かなり大きな本殿です。
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社殿に向って左側にある西門です。シンプルな作りです。
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塀は「透塀」といって格子状になっている珍しい塀です。
唐門と共に国指定重文です。
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権現造りの完成形として見事な姿を残す建築は、本殿、拝殿、幣殿、唐門、楼門、透塀が国の重要文化財に指定されています。
権現造りとは、日光東照宮を代表格として関東地方に多く見られるもので社殿を、拝殿、幣殿、本殿の順に、エの字型に一体的に配置した様式です。
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根津神社は、社殿の周りを唐門と透塀が囲み さらにその前面に楼門を配するなど、この様式を高度に完成させました。
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「願掛けカヤの木」です。絵馬がたくさんかけられています。
この御神木に願いをかけると、木に住みつく神様の使い・白蛇が叶えてくれるといわれていまうs。
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青銅灯篭
 社殿前に一対に青銅灯篭が並んでいます。
宝永7年(1710)に藤堂和泉守高敏が奉納したもので、国指定重要文化財となっています。藤堂和泉守高敏は、伊勢国津藩の第5代藩主です。
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鋳物御大工 椎名伊豫藤原重休の銘が残されています。
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重要文化財の社殿前にいる見た目にもいかめしい狛犬。
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大正元年9月の建立で、台座には「石工 井亀泉 大竹豊吉彫」と彫ってあります。
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社務所前の説明板より。
「根津神社(根津権現)は、五代将軍綱吉により、世継ぎの家宣(六代将軍)の産土神として、宝永3年(1706)千駄木にあった社を移して建てられた。造営記念の祭礼が、正徳4年(1714)に、いわゆる天下祭、宝永祭として盛んに行われた。この時、神輿三基が奉納されて御神幸に用いられた。神興は、漆塗や金具などに後補があるが、本体部は初めのもので、製作年代の明らかな江戸神輿として貴重なものである。
獅子は、頭、尾および背布からなる二頭である。『江戸根津大権現神前額面之縮図』によれば、宝永祭の神輿行列を先導する獅子二頭が描かれている。神輿と同時の製作と考えられ、天下祭を偲ぶ重要な遺品である。神輿と獅子を一対として指定した。  根津神社 文京区根津1-28-9    ―郷土愛をはぐくむ 文化財―  文京区教育委員会」
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2015年03月04日

根津神社2・拝殿

楼門を抜けると社殿の手前に唐門があります。
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唐門(国指定重文)
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神社の正門で唐門から左右に延びる透塀は、社殿を囲むように建てられています。
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両妻に唐破風が施されています。
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天井には今は剥損したが、藤原立信の墨江の龍が画かれてあったとのこと。
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拝殿(国指定重文)
根津神社は、1900年ほど前に日本武尊が千駄木に創祀したといわれている古社で、「根津権現」とも呼ばれていました。
社殿は拝殿・弊殿・本殿が一体で繋がった権現造りで、総漆塗という極めて豪華な社殿です。
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拝殿は入母屋造で、正面に千鳥破風を設け、三間の大きな唐破風の向拝を付しています。
木鼻の獅子は金色に輝いています。
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「宝永二年、五代将軍綱吉は兄綱重の子綱豊(六代家宣)を養嗣子に定めると、氏神根津神社にその屋敷地を献納、世に天下普請と言われる大造営を行なった。(宝永三年完成)
この社殿は拝殿の奥に幣殿・本殿と一宇に続く、総漆塗りの華麗な権現造建築で江戸の神社建築としては最大の規模を誇る。」説明文より
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高欄を付した縁を社殿全体に巡らせていて、鮮やかな朱が華麗です。
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軒下にはずらりと「卍」マークがちりばめられています。
明治時代の神仏分離政策まで仏教と関わりの深い神社で、現在は卍を神紋として使用しているとのこと。
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関東大震災や東京大空襲を免れて楼門や本殿などの建物が1706年に完成して以来すべて現存しているなんて すごいです。
ご利益ありそう!
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向かって右に社務所があります。
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2015年03月03日

根津神社1・准勅祭社(東京十社)

東京メトロ千駄木駅と根津駅の中間くらいにある 根津神社に行きました。
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根津神社 建築年: 宝永2年(1705) 文京区根津1丁目28ー9
根津神社は日本武尊が1900年近く前に創祀したと伝えられる古社で、東京十社の一社に数えられています。昔は根津権現とも呼ばれたそうです。本殿、拝殿、唐門と瑞垣、楼門など7棟が国の重要文化財に指定されている東京の名所の一つです。
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鳥居向かって右手にある ご由緒書き
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参道を入ると つつじ苑があります。
根津神社はツツジの名所であり、約2000坪以上に及ぶ境内の「つつじ苑」には約50種3000株のツツジが植栽されています。
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つつじ祭りの頃は 斜面のつつじがこんな風にきれいに咲きます。(以前の写真です)
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神橋を渡ると 楼門です。
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楼門(国指定重文
右側の随身は水戸光圀公がモデルと伝えられています。
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手水舎
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よく読んで水面をみれば たしかに青色・・・
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神社なのに です。
社殿のあちこちにこの卍があります。
神仏習合の神社だった名残を留めているそうです。
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神楽殿
白木で造られています。
例祭の日に、この神楽殿で、文京区指定無形文化財である「三座ノ舞公演」を行が行われます。
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2015年03月02日

ワテラス「つるし雛」展・御茶ノ水

JR御茶ノ水駅聖橋口前のソラシティです。
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東京メトロ千代田線新御茶ノ水駅聖橋口と直結しています。
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ソラシティと隣接(通路でつながっています)しているWATERRAS(ワテラス)に行きました。
千代田区神田淡路町二丁目
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主に高層ビル「WATERRAS TOWER」と別棟「WATERRAS ANNEX」で構成されています。
複合施設で商業施設のほかワテラスタワーレジデンス(WATERRAS TOWER)と学生向けマンション(WATERRAS ANNEX)(家賃が比較的安い代わりに地域活動に参加が義務付けられる)の居住者向けの施設もあります。
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「水と緑」をテーマにした庭園や遊び場 コミュニティ施設も整っています。
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ワテラスコモン2階ギャラリーで開催中の「つるし雛」を見ました。
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淡路町二丁目町会婦人部有志制作の「つるし雛」を展示しています。
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変わり雛も力作揃いです。
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リースのような作品
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羽子板
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これは可愛い!
中では 教室も開催されていました。3月3日までで 展示がない時は読書が楽しめるフリースペースになるそうです。
ワテラスからは 丸ノ内線淡路町駅が近いです。
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posted by うめのはな at 07:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 千代田区