2015年02月28日

養蚕の森公園4・元蚕糸試験場

蚕糸の森公園の「つどいの広場」に壁に水を流す ナイアガラのような滝がつくられています。
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幅30メートル、高さ3.2から3.5メートルで最大1分間に11.5立方メートルの水が流れ落ちています。
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大きな樹木も残されています。
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園内は、樹木が多くところどころに彫刻などが置かれています。
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園路が造られていますが 自然の なだらかな小山などもあります。
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滝の裏側にあたる部分です。
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滝の管理する場所や倉庫になっているようです。掃除道具を持った人が出入りしていました。
赤レンガで 周りの雰囲気に合わせているようです。
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2015年02月27日

養蚕の森公園3・元蚕糸試験場 守衛室

正門わきには管理事務所があります。
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当時の守衛室です。
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レンガ造りのレトロな建物です。
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残されているのは正門とこの守衛室だけです。
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養蚕試験場時代の写真が説明版にありました。
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これはトイレですが 新しく作ったもののようです。
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蚕糸試験場の由来を記した記念碑
ここにあった蚕糸試験場が「蚕糸科学技術発祥の地」だそうです。
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入口、右側 記念碑のそばの男性像の彫刻
左側には、ここで栽培されていた桑についての説明文もあります。
養蚕試験場時代に植えられたクワの木も、今や大木となって園内に何本か残っているそうです。
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2015年02月26日

養蚕の森公園2・元蚕糸試験場 正門

蚕糸の森公園入口です。
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点字案内板があります。
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正門前です。杉並区和田3−55−30
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公園は小学校と隣接していて 運動場が公園との間にあります。
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蚕糸の森公園は 元蚕糸試験場の跡地に設けられた公園です。
昭和55年(1980)筑波研究学園都市に移転したため、跡地を公園としました。
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明治44年(1911)ここに農商務省原蚕種製造所が創設され、 一代交雑種(品種の異なるものを交配して新しくできた品種。)の原蚕種配布を開始しました。その後蚕業試験場、蚕糸試験場と名を改めました。
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当時の建物のうち、正面入口の門柱とかつての守衛所が事務棟として残されています。
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2015年02月25日

養蚕の森公園1・東高円寺

荻窪駅から丸ノ内線に乗り 東高円寺駅で降りました。
東京メトロ1日券を買ってあるので乗り降り自由です。
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エレベーターで地上に出ると そこはもう養蚕の森公園入口です。
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養蚕の森公園は青梅街道沿いにある区立公園です。
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地図です。こちらがわからも公園に入ることができますが正門まで行きます。
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青梅街道沿いを正門まで歩きます。
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なんとなく風情のある柵です。
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交差点前に突如 立派な金属製の燈籠があって驚きました。
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妙法寺旧参道入口灯篭(1910年 1994年改修) 区指定文化財
旧参詣道の名残りだそうです。
この妙法寺にはジョサイア・コンドル氏が造ったと言われる鉄製の門があり いつか見に行こうと思います。
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交差点から正門のほうを見ています。
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2015年02月24日

角川庭園・荻窪

大田黒公園の管理棟で 角川庭園のことを聞き 徒歩5分ほどだというので行ってみることにしました。
地図までくれて 説明してくれました。
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角川庭園・幻戯山房「すぎなみ詩歌館」 荻窪3丁目14番22号
「角川書店(現・角川グループホールディングス)創設者で、俳人・国文学者の角川源義(げんよし、1917-1975)の邸宅を、外観を可能な限り創建当時の姿に復元したもので、ウメ、サツキ、サルスベリなど季節の花を楽しむことができる庭園は公園として開放されています。」
パンフレットです。
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平成21年11月、国の登録有形文化財に登録されまたというので 楽しみに歩きました。見つけました!
ところが水曜日は休園日・・・・それなら 管理棟の人が一言 言ってくれればいいのに。
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しかたなく道路に面した外観だけ 見ました。
(1)建設年:昭和30年一部昭和48年
(2)構造:木造腰葺き銅板瓦葺き2階建て一部鉄骨造、RC造
(3)床面積:327.72平方メートル
(4)建築面積:230.81平方メートル
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大田黒公園記念館は 平日水曜のみ の開館で こちらは水曜のみ休館。
遠くから来たから ついでに足をのばしたくても これじゃねぇ〜
区役所の人は この状況がおかしいと思わないのでしょうか。
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建物だけではなく 庭園(公園)に入る 門も閉じられていました。
なんとも言えない気分でした。 所詮お役所のやることだと感じました。
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二度は来ることないだろうと・・・荻窪駅に戻りました。
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2015年02月23日

大田黒公園 記念館4・荻窪

テラス側から庭園に降りていく通路があります。
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アカマツと笹が植えられています。
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広々とした緑の芝生があり、前方の池までなだらかに傾斜しています。
自邸の30%を公園にして欲しいという大田黒元雄の遺志に基づいて整備された公園です。
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池は筑波石と植込みで飾られ、あずまやが建っています。
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自然の地形をいかした、杉並の区立公園としては、初めての回遊式日本庭園です。
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この池の水は茶室の井戸から流れてきています。
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芝生とマツと茶室が織りなす絵のような景色です。
大きな樹木は以前からあったものを保存したものです。
管理棟に戻り正門を出ます。
タグ:庭園・公園
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2015年02月22日

大田黒公園 記念館3・荻窪

壁には一面に造り付けの大きな書棚が並び 年譜や写真などが展示されています。
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家具や調度類などに大田黒氏のこだわりがみられます。
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玉虫色のような壁の色が なんともいえない雰囲気の空間を演出しています。
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この重厚な木彫りの椅子は 工芸品としても素晴らしいです。
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びっしりと菊が彫られています。
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このガラスは外からも見ましたが 模様入りの摺りガラスです。
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その上のカーテンレールの装飾にも 趣味の豊かさを感じられます。
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煙突のある暖炉
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暖炉の上の照明の飾りは 船のようです。
室内の照明器具は昭和8年竣工当時のものだそうですが おしゃれです。
部屋の造り 調度品 小さいながらも豊潤な空間です。
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2015年02月21日

大田黒公園 記念館2・荻窪

1階は仕事場として使っていた洋室一間だけです。
2階 屋根裏部屋のほか、便所や洗面所等は非公開です。
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やはりピアノが目につきます。現在も時々コンサートが開かれ 演奏されているようです。
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ピアノはドイツのスタインウェイ社製で、大田黒元雄が実際に使っていたもの。
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大田黒元雄が愛用した100年前のピアノ スタンウェイ。
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床は寄木
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大田黒元雄氏(1893年1月11日 〜 1979年1月23日)日本の音楽評論家
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演奏会様か 椅子が置かれています。
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部屋の照明の明るさは当時のままだそうです。
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2015年02月20日

大田黒公園 記念館1・荻窪

茶室中庭から見える ピンク色のロッジ風の建物は大田黒氏が仕事場として使っていた建物です。
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この建物は大田黒記念館になっています。
竣工 昭和8年(1933年)
住所 東京都杉並区荻窪3−33−12 大田黒公園
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音楽評論家・大田黒元雄(1893〜1979)の旧邸を整備してつくられた公園内に残されている 昭和8年(1933)に仕事場として建てられた洋館です。
かつては母屋があったと思われる場所は管理事務所と休憩所です。
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暖炉の煙突です。
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この窓のガラスは 中から見ると特徴があります。
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外観から見てみました。
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切妻屋根にもう1枚屋根が架かっています。サッシは、掃き出しです。
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1階正面の部屋は、大きな開口部のあるリビング。
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玄関です。水曜と土日しか記念館は開いていません。
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2階は非公開です。
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1階洋間だけを公開しています。ピアノが見えます。
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2015年02月19日

大田黒公園 茶室・荻窪

管理棟と茶室は繋がっています。
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茶室は、茶会などに利用できます。
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京間8畳の茶室で、内部は秋田杉でつくられています。
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中庭に井筒があり、そこから細い流れがあります。
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流れは茶室の周りを一周して 庭園の大きな池に流れ込んでいます。
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茶室の前の流れには大小の石を配し 小さな橋があったりして 風流です。
ピンク色の壁の建物は 大田黒記念館です。
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パンフレットの地図です。
タグ:庭園・公園
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2015年02月18日

大田黒公園 正門・荻窪

長屋門から南に7〜8分歩きます。
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大田黒公園の門が見えてきます。
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大田黒公園(おおたぐろこうえん) 【所在地】荻窪3丁目33番12号
正門は総檜、切妻づくりで、屋根は棧瓦ぶき。左右に築地塀のある構えになっています。
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正門のつくりで この公園が日本庭園だとわかります。
音楽評論家の大田黒元雄氏の屋敷跡地につくられた公園です。
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門を入ると白い御影石を敷いた70mほどの園路があり 、左右は樹齢100年を経た大イチョウの並木です。
正門のほうを見ています。秋はさぞかし美しいことでしょうね。
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園路の先には庭門があります。
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園路を進むと、植込みの中のスロープがありそこを登ったところが檜づくりの管理棟です。
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管理棟です。杉並区が日本庭園を整備して、昭和56年10月1日に開園しました。
入場は無料です。
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管理棟は茶室、休憩所と事務室とを渡り廊下で結んだ一棟になっています。
休憩室の内部は昔の民家の土間をしのばせます。売店などはありません。
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桃の節句が近いので 吊し雛がかざられていました。
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かわいいお雛様もありました。
この休憩所はとても落ち着く空間で ここから眺める茶室の中庭も素敵です。
タグ:庭園・公園
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2015年02月17日

荻窪駅 長屋門

東京メトロ丸ノ内線で終点の荻窪駅に行きました。
JRの東京駅から行くのが 便利なのですがこの日は 他に立ち寄りたい場所もあったので東京メトロ1日券600円を買い 丸ノ内線を利用しました。乗り降り自由でなかなか便利でお得です。
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荻窪駅南口から大田黒公園に向かい少し歩くと ビルの間に長屋門が見えてきました。
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立派な門に『明治天皇荻窪御小休所』とあります。
明治16年埼玉県で行われた近衛師団視察と小金井公園の花見の際、旧荻窪村の名主中田氏邸で休憩された場所だそうです。
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「史蹟名勝天然記念物保存法ニ依リ史蹟トシテ昭和九年十一月文部大臣指定」とあります。
この長屋門は江戸時代に建てられたもので、1934年に史蹟指定されました。しかし 戦後解除されています。
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旧中田家長屋門 (杉並区荻窪、アメックスビル脇)
1947年、当時の持ち主が譲渡する際に、「長屋門と御休所をこのまま残して下さい」と強くお願いされ 指定解除後もこうして長屋門だけは残してあるそうです。
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武者窓があります。
農家が長屋門に出格子造りの武者窓を付けることは、武家屋敷と区別する為に、たとえ名主であっても許されませんでした。
このあたりは 江戸時代には鷹狩りの地とされていました。将軍が鷹狩りに来るとこの地の中田家を休息所としていました。しかし将軍が百姓屋に出入りしていたのでは威厳が損なわれるということで、門だけ武家長屋門を建てさせて体裁を取り繕ったとされています。
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長屋門は一般の人も通り抜けられ、駅への近道になっています。
裏は車庫になっているようです。
近代的なビルの一角の長屋門 は不思議な感じがしました。
タグ:建物
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2015年02月16日

赤坂豊川稲荷5(終)

境内に大きな赤い鳥居があります。
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鳥居もあるので、神社と間違いそうですが、曹洞宗のお寺です。
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千本のぼりの先は 「奥の院」です。大岡邸の屋敷稲荷は「奥の院」とされました。
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奥の院の隣は「三神殿」
狐様がずらりと並びます。
中央に宇賀親王(商売繁盛)
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右 太郎稲荷(健康)
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左 徳七郎稲荷(円満な対人関係)
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お地蔵様
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いろいろな神様仏様が所狭しと並んでいます。
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「叶稲荷」は縁切り専門の稲荷。あらゆる悪縁を断ち切るとされる。
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小規模ながら「銭洗い弁財天」も祀られ 水が流れます。
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こちらは 行列の「融通稲荷尊天」
財宝を生む尊天様を祀る融通稲荷。
融通稲荷では黄色の袋に入った「融通金」というものがあります。これを財布の中に入れておくとお金に困ることなく、開運招福や金銀財宝の融通が叶えられるとされています。「融通金」は一時的にお借りしているものなので、1年後に礼金として奉納する慣わしになっています。
中には ピカピカに磨かれた10円が入っていました。
タグ:神社・寺院
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2015年02月15日

赤坂豊川稲荷4

豊川稲荷東京別院は 赤坂界隈の飲食店や芸能人の参拝が多く、参道の両側には多くの信者から奉納された幟が立ち並びます。
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「千本のぼり」と言われています。
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境内にはたくさんの稲荷社がありいろいろな狐様がいます。
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ちょっと怖い顔の狐様
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稲荷神の「お使い」である狐様
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お狐さんがうじゃうじゃいるような雰囲気です。
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いろいろな人の願いがこもっている場所なのでしょう。
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境内のあちこちに鎮座する七福神です。
タグ:神社・寺院
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2015年02月14日

赤坂豊川稲荷3

手水舎の前は大黒堂
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災難を除き、福を招き、ご利益を無量に生む といわれる大黒天様のいる「招福利生大黒天」
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稲荷神の「お使い」である狐(霊狐)。青銅製で、けっこうな大きさで、立派なお狛狐様
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豊川稲荷東京別院本堂
所在地東京都港区元赤坂1丁目4ー7
祭 神荼枳尼(ダキニ)真天
ご利益五穀豊穣、商売繁盛
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豊川稲荷東京別院
お稲荷さんとよばれる神様には二系統あって、一つは日本古来の穀物神(一般にお爺さんの姿=稲荷神=倉稲魂神)を祀る伏見稲荷系と、もう一つは仏教の神様ダキニ天(一般に女神の姿)を祀る豊川稲荷系です。
赤坂の豊川稲荷は、愛知県豊川市の妙厳寺というお寺の別院です。
ですからお願いする場合も手を合わせるだけです。寺ですから お坊さんの読経が聞こえ 本堂に上がることもできます。
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それほど広くはない 境内には さまざまなご利益がある神仏様が集まっています。
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大岡廟 (菩提寺の浄見寺から勧請された越前守の位牌を安置する)
【豊川稲荷東京別院】は、大岡越前守忠相公が自邸に祀っていたご尊像を明治20(1887)年に現在の地へ奉遷し、愛知県豊川閣の直轄の別院となりました。
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大岡越前守忠相が豊川稲荷から荼枳尼天(だきにてん)を勧請し、屋敷稲荷として自邸で祀ったのを由来としています。
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大岡越前御廟前にとても古そうな漱水盤がありました。
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2015年02月13日

赤坂豊川稲荷2

山門を入ります。
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246沿いでまわりは近代的なビルばかりなのに山門をくぐるとそこは別世界。
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それほど広くない境内に、いろんな神仏様や石塔などが集まっています。
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七体が一堂に鎮座する七福神などもあります。
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豊川稲荷の山門を入り、すぐ右手、「子宝観世音菩薩像」という赤子を抱いた観音像があります。
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その足元に、右に2本、左に1本、植樹がされ、「花の高三トリオ卒業記念植樹」という文字があります。
左 山口百恵は山茶花(サザンカ)、桜田淳子は山梔子(クチナシ)、森昌子は泰山木(タイサンボク=モクレン科)を植樹しています。
日付は1977年(昭52)1月3日
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場所柄 著名な芸能、スポーツ関係者からの信仰を集めていることで有名です。
寺を囲む緋色のちょうちんにも芸能人の寄進が多く 絵馬や提灯をよく見ると 芸能人などの名まえがたくさんあります。
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手水舎前の石灯篭。狐様の絵柄です。
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手水舎です。
平日にもかかわらず 次々と人が来ます。
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2015年02月12日

赤坂豊川稲荷1

赤坂見附駅B出口を出て5分ほど国道246沿いに歩きます。
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青山1丁目駅にかけてなだらかな上り坂です。
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振り向いて赤坂見附交差点方向を見ています。
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246沿いにある 赤坂豊川稲荷です。東京都港区元赤坂
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手前に標識があります。
九郎九坂(くろぐざか)
江戸時代の一ツ木町名主秋元八郎左衛門の先祖、九郎九が住んでいて坂名になった。鉄砲練習場があって鉄砲坂ともいう。
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奉納の赤い提灯が並んでいます。
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赤坂豊川稲荷は「稲荷」と名が付いていますが神社ではなく、曹洞宗の寺院です。
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山門です。昭和39年の東京オリンピックにともなって246が拡幅されるに際し、豊川稲荷の境内の一部が縮小、山門も現在の位置になりました。
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山門にある「神紋」は、稲穂の紋だそうです。
タグ:神社・寺院
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2015年02月11日

府中市郷土の森博物館15・旧府中郵便取扱所

甲州街道と名づけられた道を出口に向かって歩きます。
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旧府中郵便取扱所(旧矢島家住宅)
建築面積: 66.93m2
延床面積: 126.42m2
規  模: 地上2階建
構  造: 木造 銅板屋根
旧所在地: 府中市宮西町4−11
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明治4年の近代郵便制度の制定により府中では当時府中番場宿の名主兼問屋の矢島九兵衛が郵便取扱役に任命され、その居宅が郵便取扱所に当てられました。
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1985(昭和60)年ごろまで使用されていました。
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中には入れませんでした。
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明治5年(1872)から22年までの間、府中郵便取扱所(郵便局)として使われた矢島家の居宅の一部を復元したものです。
矢島家は江戸時代には甲州街道府中宿の番場宿ばんばじゅくの組頭くみがしらを勤め、旅籠はたごも営んでました。
明治維新の時は甲州街道を通る官軍の本陣ともなりました。
明治政府が近代郵便制度の確立を急ぐなか、当主の九兵衛が郵便取扱役に任命されると、自宅は窓口を設けるなどの改築が加えられ、郵便取扱所として急遽開設されました。
大正時代には洋風建築に改造され、当主源太郎以降、歯科医院として使われてきましたが、昭和61年(1986)に解体、平成元年(1989)に郷土の森博物館に復元されました。(説明板より)
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丸い郵便窓口。顔見えるのだろうか・・・
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旧府中町役場庁舎は工事中で見ることができませんでした。
ここが一番見たかったかも。残念!
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裏側に和風建物が接続する特色のある建築です。
これで 府中郷土の森博物館はおしまいです。
帰りには観光物産館でおみやげなど買うのもいいものです。
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2015年02月10日

府中市郷土の森博物館14・旧三岡家長屋門等

ハケ上の道の一番奥に 長屋門があります。
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旧三岡家長屋門
建築面積: 79.63m2
延床面積: 44.11m2
規  模: 平屋建
構  造: 木造 茅葺き屋根
旧所在地: 府中市是政1−15
指  定: 東京都指定有形文化財(平成7年3月指定)
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江戸時代後期の1829年の創建
両側の部屋を総塗り込みの蔵造りとし、その上に萱葺屋根を乗せていることに特色があります。
三岡家は、江戸時代後期に旧是政村の村役人を勤めた家柄で、移築した長屋門はその分家に建てられていたものです。
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門の中に入ると ふるさと体験館です。
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竹馬や輪投げなど昔ながらの遊び道具や農機具が置いてあり 子供たちは石臼の粉ひき体験もできるそうです。
もと来た道を戻ります。
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柄鏡型敷石建物跡
縄文時代中期(今から4500年前)の集落遺跡として知られる清水が丘遺跡で発掘された建物跡を移設したものです。
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反対側に 渦を巻いた井戸があります。
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まいまいず井戸
発掘地:府中市寿町1-6
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国府の街に作られた巨大な井戸の復元。 水くみ場まで、渦を巻くように下りる道がついています。
このらせん状の道のために, カタツムリになぞらえて「まいまいず井戸」と呼ばれるようになった。
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復元にあたっては、羽村市五ノ神の事例を参考とし、螺旋状の道を敷設しました。
ハケ上は 深く井戸を掘らないと水がでなかったのでしょうね。
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2015年02月09日

府中市郷土の森博物館13・ハケ下の田園風景

ハケ下の小川の流れに沿って歩きます。
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その先には水車小屋があり、ゆっくりと動いています。
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ハケ下の水田地帯の用水路で昭和の初めまで見られた水車を新築復元した物です。精米 製粉 藁打ち等に使われました。
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長さ30mの萩のトンネル
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すぐわきには地蔵菩薩
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庚申塔
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園内には市内各所にあった庚申塔、馬頭観音塔、地蔵菩薩、供養塔などが移築されています。
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川崎平右衛門定孝(1694〜1767)の銅像です。
「名主として新田の開発や多摩川の治水に取り組む一方、困窮した民を私財を投じて救いこの功績が認められ、幕府より大岡越前守を通じて、サンシュユの苗木が下賜された。後に、幕府代官となり、日本各地の治水事業や鉱山事業に大きな功績を残す。」とのことで 像の背後にはサンシュユ(別名ハルコガネバナ)の木が植えられており、春先には可憐な黄色い花を咲かせます。
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御瓜田です。江戸時代中期、府中三町(本町・番場宿・新宿)と是政村の水田を、瓜を作るための瓜畑にし、元文2(1737)年からは御進献御瓜として、毎年6000個以上をも熟れ具合に応じて、日々江戸城に送っていたそうです。
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郷土の森博物館に再現されたハケ下には水田や畑が再現されのどかな武蔵野の田園風景が見られます。
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子供たちが米つくりを体験しているそうで その先にはふるさと体験館があります。
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2015年02月08日

府中市郷土の森博物館12・旧越智家住宅

階段を降り 小川を渡ります。
萩のトンネルが見えています。
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ハケの下という設定です。
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ハケの下の農家
旧越智家住宅
建築面積: 65.00m2
延床面積: 65.00m2
規  模: 平屋建
構  造: 木造 茅葺き屋根
旧所在地: 府中市南町6−46
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「越智家は、郷土の森の敷地の西隣の旧芝間にありました。色紙型敷地を持つハケ下の一般的な農家で、その母屋は、旧坂浜村(稲城市)から明治22年(1889)に移されており、創建は江戸時代後期に遡ると推測されます。この建物も長い年月の間に改造・増築を繰り返していましたが、郷土の森では創建当初の姿に復元しました。」
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旧河村家住宅と同じく、こちらも養蚕を営んでいた農家の住宅
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入母屋造りの旧河村家住宅に比べて、寄棟造りのこちらの建物は少し小さ目
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養蚕農家の天井です。囲炉裏に火をいれたあとらしく煙っていました。
見学は土間と外部からのみです。
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2015年02月07日

府中市郷土の森博物館11・旧河内家住宅

旧島田家薬舗の後ろにあたる部分にハケ上の畑作農家が移築されています。
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旧河内家住宅
建築面積: 87.54m2
延床面積: 87.54m2
規  模: 平屋建
構  造: 木造 茅葺き屋根
旧所在地: 府中市若松町3−34
指  定: 府中市指定有形文化財(昭和58年5月指定)
河内家は江戸時代の中期から昭和初期まで実際に使われていた茅葺きの農家です。
かなり大きな農家で麦などの畑作のほか養蚕を営んでいたようです。
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ここで「ハケ」というのは、関東平野の中に位置する武蔵野台地の崖のこと。
この地域は、多摩川によって形成された河岸段丘があります。この建物は、武蔵野ではハケと呼んでいる崖の上にありました。
ハケの上は水に乏しいから畑作、ハケの下は湧水があるので稲作が行われていたといいます。
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見学は土間と外回りからだけです。
囲炉裏の間の隣の部屋は、大きな部屋で障子や板戸で区切られています。
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格子欄間などを設け空気の流通と保温最高をよくするためですべて養蚕のための設備です。
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客座敷であるデイ
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ヘーヤという寝室専用室
現在、復元されている姿は、明治末期の姿だそうです。
囲炉裏は毎週一回実際に火を入れ、家全体をいぶしてメンテナンスをしているとのことです。
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2015年02月06日

府中市郷土の森博物館10・旧島田薬舗

旧田中家住宅の前は旧島田薬舗です。
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旧島田家住宅
建築面積: 71.61m2
延床面積: 187.29m2
規  模: 地上2階建(屋根裏付)
構  造: 木造 (店蔵造り)瓦置き屋根
旧所在地: 府中市宮町2-1
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黒壁の店蔵造りが印象的。
厳重な防火扉 2階と屋根裏が倉庫になっている。
通りに面した商家の顔である店舗を蔵造りにすることで、周辺からの類焼を防ぎ、飛び火を防いだと考えられます。
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当時の普請帳を分析、伝統的な左官工法を再現し3年がかりで復元。
寛政年間から金物を、天保年間からは薬種を扱いました。
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実際に使われていた薬瓶や薬棚、琺瑯の看板や器。
薬箪笥も見えます。
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赤い目立つ飯台 樽の割れを黒い竹編で締めてあります。
箱階段が見えます。
中には上がることはできません。
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2015年02月05日

府中市郷土の森博物館9・旧田中家住宅 御座所

奥は工事中なのか職人さんが入っていました。
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玄関脇から 通路を通り奥に入ると 広い土間です。
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風呂か 水桶かと思ったのですが これは井戸。
調理場になっている土間だそうです。
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奥行きのある南北に長い家屋です。
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奥座敷。庭も整っています。
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明治天皇が大国魂神社に幣帛料を供した時、田中家で休憩したのが この奥座敷。
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明治天皇が宿泊された奥座敷(御座所)
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田中家に5回も訪問とは驚きです。
他に適切な宿がなかったのか この田中家がお気に入りだったのか・・・・。
民家に宿泊は珍らしいのではないでしょうか。。。。
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2015年02月04日

府中市郷土の森博物館8・旧田中家住宅 蔵

表から見える蔵は見学ができます。
蔵の前に立ち 振り返ります。
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時代劇に出て来るような 玄関と前庭 座敷部分です。
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蔵に入ります。スリッパに履き替えます。
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壁の造りが展示されています。
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2階も上がることができます。
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黒壁 白壁など塗りの違いが展示。
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急で段差のある階段です。
上がるときはよかったのですが 下りはスリッパで滑り落ちそうで 脱いで下りました。
さすが 大店。立派な蔵でした。
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2015年02月03日

府中市郷土の森博物館7・旧田中家住宅

次の建物目指して けやき並木を歩きます。
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明治大正時代の古民家や学校などを展示した野外博物館で さながら「ミニ江戸東京たてもの園」といった趣です。
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けやき並木に沿ってひときわ大きな住宅の棟が並んでいます。
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屋敷のほか、土蔵5棟などとても規模の大きな建物です。
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旧田中家住宅(府中宿の大店)です。正面には、お店部分・門・蔵があります。
明治天皇府中行在所の石柱があります。
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お店部分は無料休憩所になっています。
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旧田中家住宅(府中宿の大店) 旧所在地 府中市宮町1−8
建築面積: 537.84m2
延床面積: 731.45m2
規  模: 平屋建(一部地上2階建)
構  造: 木造 鉄筋コンクリート 瓦屋根
2階もあるのですが、見学できるのは1階部分のみです。
「府中宿を代表する商家、田中家。明治天皇が休憩、宿泊もしたことがある奥座敷部分(一番最後の写真)が現存していましたが、これの移築復元にあわせて、残存していた図面を元に商家全体を復元したものです。」
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表門を入って前庭と玄関式台。武家屋敷のような玄関です。
屋敷の中には入ることはできないので 蔵から見学です。
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2015年02月02日

府中市郷土の森博物館6・村野四郎記念館

校舎の1階には「村野四郎記念館」が併設されています。
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旧府中尋常高等小学校の校長室と応接室が 「詩人 村野四郎記念館」
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村野四郎さんは、「ぶんぶんぶん」や、卒業式でよく歌われる「巣立ちの歌」などでも知られる現代詩人です。
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「ぶんぶんぶん」や「巣立ちの歌」などの作詞でも知られる現代詩人・村野四郎氏は、多磨村上染谷(現府中市白糸台)の出身です。旧府中尋常高等小学校内に設けられた記念館では、村野四郎氏の生涯や作品を知っていただくために、愛用品や府中にかかわる氏の作品を紹介しています。(案内文より)
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主な展示品
作品…「体操詩集」(1939年刊行)、「こどものむさしの」(1943年刊行)「亡羊記」(1959年刊行)など
愛用品…「万年筆」他
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村野四郎氏が作詞した府中にかかわる歌が展示されています。
府中第八中学校以外は、村野四郎が生まれ育った旧多磨村地域(府中市東部地域)の小中学校です。
郷愁あふれる 学校を出ます。
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2015年02月01日

府中市郷土の森博物館5・旧府中尋常高等小学校校舎内部

昇降口ホールには足踏みオルガン。
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旧教室は教育資料展示室 詩人村野四郎記念館 多摩川ふれあい教室として活用されています。
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2階へ上がる階段から見ています。
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つやつやの磨かれた木の廊下。
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なつかしい小学校の思い出がよみがえります。
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教室の中に入ります。
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硬い椅子。くっついた机。蓋が開くので この中に学用品を入れます。
オルガンや達磨ストーブもあります。
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講堂です。講堂は普通の教室にあったのですが 体育館とは別にあったのでしょうか・・・
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跳び箱や 足踏みオルガンなど 当時の懐かしいものがたくさん展示されています。
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府中学校の額。
昭和29年府中第二小学校が購入した昔の跳び箱があります。
現在の跳び箱とは全く違って4本の脚がありますが この脚は六段階に伸縮できる仕組みになっています。
posted by うめのはな at 08:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 府中・国分寺・国立・立川市