2015年01月31日

府中市郷土の森博物館4・旧府中尋常高等小学校校舎

屋外展示では、明治から昭和までの府中市内にあった建造物を移築しています。
現在 旧三岡家長屋門を加え、復元建築物8棟が移築 復元されています。
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園内にはいくつかの 彫刻や像が置かれていますが これは作品名「祖」。
12月のことなので 真っ赤な紅葉がきれいでした。
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博物館本館 目の前に校舎の壁が見えています。
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旧府中尋常高等小学校校舎 中心部分
建築面積: 326.48m2
延床面積: 635.51m2
規  模: 地上2階建
構  造: 木造 瓦屋根
旧所在地: 府中市寿町2-6
見学可能部分:1階、2階
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「昭和10年(1935)に建てられた府中尋常高等小学校の校舎の中心部分を復元したものです。
当初は,教室35,特別教室4,来賓室・応接室・職員室各1 が大きなコの字形に配置され 延べ床面積は6,270m2(1,900坪),北多摩郡随一の規模と言われていました。
戦争中は府中国民学校,戦後は府中第一小学校と校名は変わりましたが  昭和54年(1979)に新校舎建設のため解体されるまでの約43年間 数多くの子供たちがこの校舎から巣立っていきました。
郷土の森博物館開設に先立つ昭和58年(1983)にこの地に復元され 教育資料展示室・詩人村野四郎記念館・多摩川ふれあい教室として活用されています。」 玄関先の 説明板より
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下駄箱。中は ちゃんと2段になっていました。
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昇降口ホール。
昭和54年まで使用。開校当時は、一般教室35、児童数1500名、北多摩郡随一の規模を誇った。
スリッパに履き替え 中に入ります。
posted by うめのはな at 08:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 府中・国分寺・国立・立川市

2015年01月30日

府中市郷土の森博物館3・展示室

基幹展示は、古代国府以来の伝統ある府中の歴史を中心に、7コーナーです。
A くらやみ祭
B ムラのはじまり
C 古代国府の誕生
D 国府から府中へ
E 宿場のにぎわい
F 変わりゆく府中
G 都市と緑と
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ムラのはじまり
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古代国府の誕生
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国司と武蔵国府と周辺模型
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宿場町・府中を見事な模型で再現
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アルビオン・プレス(手引き印刷機)
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竹やわらで作った小屋で正月飾りを燃やすサイノカミ
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展示室の入口と出口をダイレクトに結ぶ廊下部分。消防の衣装などが展示されています。
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この先は こどもたちの体験ステーションへと続きます。
外に出ます。
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2015年01月29日

府中市郷土の森博物館2・くらやみ祭

2階へあがると 最初は、大國魂神社「くらやみ祭」の展示です。
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くらやみ祭りは 5月3日〜6日にかけて府中市の大國魂神社で行われる例大祭で 毎年70万人の人でにぎわうそうです。東京都指定無形民俗文化財となっている。
これは 置かれていた 展示解説シートの表紙です。
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2階階段ロビーには 万灯が回っています。
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ここには御輿の渡御 万灯 囃子 山車の展示などが展示されています。
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山車の巡行 やぶさめの儀 競馬式(こまくらべ)なども行われます。
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中では 大型マルチシアターで臨場感溢れる「くらやみ祭」の映像が流れています。
かつて街の明かりを消した深夜の暗闇の中で行われていたため「くらやみ祭」と呼ばれるようになりました。
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御輿渡御は くらやみ祭のメイン
日本一の大太鼓の行列に先導され6張りの大太鼓が打ち鳴らされ祭の最大の見所である「おいで」と呼ばれる御輿渡御が行われます。
映像と大太鼓に圧倒され 次のコーナーへ行きます。
posted by うめのはな at 07:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 府中・国分寺・国立・立川市

2015年01月28日

府中市郷土の森博物館1・本館

先月のことですが 府中市郷土の森博物館に行きました。
府中市郷土の森博物館 東京都府中市南町6-32
「郷土の森博物館は、約14万平方メートルの敷地全体で府中の自然、地形、風土の特徴を表現し、その中に昔の農家や町屋、歴史的な建物などを配置することで、野外を含めた「森」全体を博物館として、ふるさと府中の自然と歴史を楽しみながら知っていただける施設です。」
案内文より
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全体の地図です。
12月末のことで 赤丸部分の復元建築物や博物館本館、のほうだけいきました。
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入口です。入園料:大人200円、中学生以下100円
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地図の入口の赤い印が 本館 常設展示室 です。
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本館は、蔵を模した2階建の建物。
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「博物館本館は、「郷土の森」の中心施設で、府中の歴史・民俗・自然をテーマとした常設展示は、豊富な実物資料のほか、模型や映像を通じて、府中を知る「情報の蔵」の役割を果たしています。」案内文より
プラネタリウムは別料金
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2階が常設展示室です。
武蔵府中の歴史や自然などを、実物資料や、模型、映像等で紹介しています。
posted by うめのはな at 08:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 府中・国分寺・国立・立川市

2015年01月27日

雑感・散歩一休み

・先日 1年ぶりに 目の定期検診に行きました。
予約で行くので 前よりは待ち時間が少ないだろうと 行ったのですが・・・
やはり2時間半待ちで 予約にする意味ないじゃん。。。。。と。
ため息をつきながら 待っていると みなフルネームで名を呼ばれるのに その人だけは 「Yさん!」。
となりの紳士が立ち上がり 診察室へ。
「あれ?あの人・・・・」と顔に見覚えがあったので 診察室から出てくるのを待ち しっかり姿をみました。
やはり 売れっ子作家の Y氏 でした。
TVでよく見る 短髪 眼鏡 ダンディなお姿でした。
あの人も 同じように待っていたんだろうなぁ〜と 少し元気がでました。

・2週間ほど前に 日本橋のなじみの越前蕎麦やに行きました。
開店すぐでのれんも出ていなくて  開いているのかどうかわからない。
そろりと 開けて「やっています?」ときけば 「いらっしゃいませ!」 の声もなく 「やってますけど〜」の不服そうな声。
「のれんが出ていないので・・」と言えば 「やってます!」
中に入ると ひとが 一人もいないのに 狭い2人のテーブルへ案内。
連れもいたし荷物も多いのに、なんか 感じが悪くて・・・・
蕎麦もいつもより 美味しくなくて。。。。。
ちなみに 出るまで ガラガラでした。前は昼時 は行列でした。
陽気で 腰の低いご主人が留守のようで 残念。
ご主人がいないと こんなものなのかなぁ〜と。
次 行くには勇気がいるな・・・と。
そういえば ご主人が最近客が減ったと嘆いていたのは こういう知らないところに原因があるのかもよ。

・いつも いやだなあ〜と思うこと。
ベランダのタバコの匂い。
ちゃんと ロビーには ベランダ喫煙の注意書きがあるのですが 守らない人がいます。
洗濯物は臭くなるし 咳こむし・・・・
そんなに吸いたいなら 家の中の換気扇の前で吸え!と言いたい。
せめてもの抵抗で 「あーーー!!タバコ臭い!!」っていうのですけどねぇ・・・・
歩行喫煙が禁止されているにもかかわらず 吸っている人がいます。
そういう人って地方の人なのかなぁ・・・・と。
区内はほとんど歩行喫煙禁止なんですけどね。
神奈川のように 東京でもはやく 受動喫煙防止法を成立させてほしいなぁ。

・年末に新しいPCを買ったのですが 1年ついてくるはずの アンチウィルスソフトが1か月のトライアルになっていたので サポートに電話。
はじめは 一生懸命やってくれたのですが どうにもならなくて 後日必ず 連絡してきちんと対処します。ということで 電話を切りました。
ところが1週間たっても なにも連絡がなくて 再び確認の電話。
その人が調べてくれて 報告も 申請もきちんと出ていますから もうしばらくお待ちください。ということでした。
期限 1日になっても連絡がなくて そのままにされました。
電話するのも 不自由な言葉聞くのもいやで 結局 前に使っていた壊れたPCの IDでソフトをインストールして現在に至っています。
サポートが くそ!!だって評判ですがその通りでした。
1年分の金返せ!!と言いたいけど 言葉のよく伝わらない相手に文句いうのもいやで結局泣き寝入りです。
この次は 絶対このメーカーのは買わない!!

まぁ これは 全部 愚痴ですかね・・・・
posted by うめのはな at 08:42| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2015年01月26日

あかいくつ号車窓から・横浜山手西洋館(終)

あかいくつ号に乗り 急阪をくだると元町です。
元町・中華街駅では降りず そのままバスに乗っていきます。
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高速道路下の堀川。
元町・石川町は中村川(堀川)沿いに栄えた下町だったそうです。
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横浜人形の家
神奈川県横浜市中区山下町18
世界140か国以上、約1万3千体以上の民族人形と郷土人形を収蔵。
山下公園をバスは過ぎていきます。
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マリンタワー。車窓からはこれしか見えません。
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遠くから見るとこんな風です。
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横浜開港資料館
神奈川県横浜市中区日本大通3
幕末・開港期から昭和初期までの横浜の歴史に関する資料を展示・公開し、常設展の他年4回に企画展も開催。旧館は英国総領事館だった建物で、昭和47年まで使われていた。
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なかなかよさそうで 建物を含めて この次訪問してみよう・・・
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神奈川県庁 本庁舎
横浜市中区日本大通1
竣工1928年(昭和3年)
設計小尾嘉郎、神奈川県内務部
構造鉄骨鉄筋コンクリート造5階建て、地下1階、塔屋付
「塔屋は「キングの塔」として親しまれているおり、横浜税関本関庁舎(クイーンの塔)、横浜開港記念会館(ジャックの塔)とともに「横浜三塔」の一つに数えられる。また歴史的建造物として、1996年(平成8年)に登録有形文化財(建造物)に登録された」
こちらは 公開日が決められているので またの機会に・・・・
バスは 桜木町駅まで行きますが 車窓からの見物もなかなか楽しかったです。
タグ:横浜 観光
posted by うめのはな at 08:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2015年01月25日

山手111番館(旧ラフィン邸)4・横浜山手西洋館33

他の部屋はギャラリーや展示室になっています。
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この日は何も催しをやっていませんでした。
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資料や写真が壁に展示されています。
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バスルーム。
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2階へ上る階段です。
公開されていなかったので 上がることはできませんでした。
回廊から下を見てみたかった・・・・
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これで 横浜山手西洋館めぐりは終了です。
バス停に向かいます。
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あかいくつ号(100円)がやってきました。
イギリス館のところでUターンして 港の見える丘公園前バス停で乗ります。
バスに乗って アナウンスに驚きます。
「これより 急な坂を下ります。ご注意ください」
ずいぶん高い位置にあるのだとわかります。
posted by うめのはな at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2015年01月24日

山手111番館(旧ラフィン邸)3・横浜山手西洋館32

ホールの奥にある食堂です。
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8人掛けのテーブルが置かれています。
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ホールと背合わせに据えられた暖炉が中央にあります。
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壁の腰高の羽目板や、太い天井の格縁は重厚な感じです。
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食堂につながっている配膳室です。
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壁一面の大きな食器棚です。
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厨房の間のカウンター。
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厨房側です。
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厨房には地下に降りる階段がありますが トイレだけでここから喫茶コーナーには行けません。
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2015年01月23日

山手111番館(旧ラフィン邸)2・横浜山手西洋館31

ドアを開けて中に入ると 広い空間が広がり驚きます。
開放感のある吹き抜けのホールです。
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見上げれば2階部分に回廊があります。
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礼拝堂のような感じです。シャンデリアがきれいです。
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館内は昭和初期の洋館を体験できるよう家具などを配しています。
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正面は木製のマントルピースにタイル貼りの暖炉で 奥は食堂です。
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窓から見える パーゴラと前庭。
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見学は1階だけです。
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1階 間取り図です。
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2015年01月22日

山手111番館(旧ラフィン邸)1・横浜山手西洋館30

山手111番館」は、イギリス館の南側、噴水広場を挟んで建っているスパニッシュスタイルの洋館です。
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J.H.モーガンの設計により、1926年にアメリカ人J.E.ラフィン氏の住宅として建築。
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スパニッシュスタイルの赤瓦と白い壁が美しい西洋館。
横浜市が平成8年に敷地を取得し建物の寄贈を受けて保存、改修工事を行い平成11年から一般公開されています。
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ワシン坂通りに面した広い芝生を前庭とし、ローズガーデンを見下ろす建物。
赤い瓦屋根に白壁の建物は地階がコンクリート、地上が木造2階建ての寄棟作りです。
ラフィン邸の外観は、正面は左右対称です。
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1階は玄関ポーチを張り出し3連アーチの中は 藤棚のパーゴラになっています。
玄関ポーチの 左側に下に降りる階段があります。
2階建てで 地下室があるのですが ローズガーデンのほうからみると3階建てに見えます。
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1階から ローズガーデンを見ています。
地下には喫茶室があります。
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全体図です。
創建当時は、地階部分にガレージや使用人部屋、1階に吹き抜けのホール、厨房、食堂と居室、2階は海を見晴らす寝室と回廊、スリーピングポーチを配していました。
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山手111番館(旧ラフィン邸) 横浜市中区山手町111
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そう広くはない玄関に入り靴を脱ぎます。
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玄関すぐにホールに入るドアがあります。
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2015年01月21日

横浜市イギリス館4・横浜山手西洋館29

1階は客間を中心に西側にサンポーチ・東側に食堂、2階は私的な寝室が配されていました。
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現在 2階は復元室の他は会議室・集会室になっています。
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平成14年にリニューアルを行い資料展示室等が設けられ、一般見学できるようになったそうです。
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控室U
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狭い部屋は 当時の衣装室です。
三角の繊細なライト。これは創建当時からあるもの。
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集会室は会議等にも利用されています。
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展示室。衣装室をはさんで 寝室と左右対称の部屋です。
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壁にはこの建物の解説が展示されています。
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暖炉は木の枠にタイルが貼られているだけのシンプルなもので イギリス風。
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寝室。
メインベッドルームには、スリーピングポーチや衣装室がついている。
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スリーピングポーチ
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スリーピングポーチの壁には丸窓。
船を思わせる丸窓が印象的。
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丸窓
「 元来、イギリスの伝統的な建築工法は組構造であり、当時では必然的にアーチ型の開口部となったが、近代に入ってコンクリート工法が窓の形態に自由に自由を与えた。」
船窓の意匠を取り入れて丸くデザインされたのではないかと言われている。
イギリス館は市民の施設となっているためか 復元された場所が少なくて少々残念でした。
しかし 高い天井や重厚なドア、美しい寄せ木の床面など、当時の王室の威厳を感じることができました。
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2015年01月20日

横浜市イギリス館3・横浜山手西洋館28

1階ホールはコンサートに利用されています。
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グランドピアノが置かれていますが これは新しいものです。
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3部屋通しでホールになっています。
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木枠の暖炉だけが 当時の名残をとどめています。
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広いサンルーム。
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2階への階段。階段の角度がゆるやかで天井が高く、ゆったりしています。
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1階が暗いので、外の日差しが映え まるで額縁のような踊場の窓です。
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厚みのあるふくらみの木の手すりです。
木の階段は踏むと少し音がしますが 防犯を考えた設計でわざとそう作っているのだとか・・・
posted by うめのはな at 07:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2015年01月19日

横浜市イギリス館2・横浜山手西洋館27

「玄関」です。
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ここから中に入ります。
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玄関は、ガラス扉と木製扉の2重になっています。
その間の天井にはガラスがはめ込まれています。
7段という細かさで入った天井と壁の間のスカイライトの丸いガラスはアールヌーボーの意匠。
玄関ホールのライトも総領事公邸時代のもの。
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1階間取り図です。
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階段の横の壁を丸くくぼませたニッチと呼ばれるスペース。
ジョージ6世の肖像画がかかっていたとされている場所です。
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左側の台所です。
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キッチンのタイルは、上部にある茶色の帯のタイルがアクセントになっています。
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配膳室。作り付けのカップボードが並びます。
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角の部分のタイルはカーブを描いたタイルです。
ここのタイルは中心がへこんだ形のタイルもあります。
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玄関右手は現在事務所になっています。
ホールに行きます。
posted by うめのはな at 07:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2015年01月18日

横浜市イギリス館1・横浜山手西洋館26

港の見える丘公園の前の道を南東に進んだところには,ワシン坂という通りがあります。
イギリス館の門はワシン坂通りに面しています。 
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横浜市イギリス館の門です。
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横浜市イギリス館(旧英国総領事公邸) 横浜市中区山手町115-3
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イギリス館は、昭和12(1937)年に上海の大英工部総署の設計によって、英国総領事公邸として、現在の地に建てられました。
1990年横浜市指定文化財に指定されました。
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建物は、主屋と付属屋とが連結した形で建てられています。
主屋は南面して主要な部屋を配し、廊下を北側に設ける配置で、一つの理想的な形態を示しています。
意匠的には、近代主義を基調とした合理性が見られますが、単にモダニズムの踏襲ではなく、英国調とも言える伝統を加味した穏健重厚な意匠が伺えます。
この横浜市イギリス館は様式・意匠ともに優れた貴重な建物として、平成2年11月に横浜市指定文化財に指定されました。(説明板より)
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玄関です。とっても立派な柱に支えられています。
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「山手111番館」と「横浜市イギリス館」の間にある噴水付近から撮った写真です。
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西洋館の中では珍しい、鉄筋コンクリート建てで コロニアルスタイルです。RC造2階建、地下1階
庭園が広いです。ローズガーデンになっています。
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バラの装飾です。
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噴水広場の入口のアーチです。
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横浜水道創設記念噴水塔
「わが国初の近代水道が横浜に完成したことを記念して、 明治20年横浜停車場(現JR桜木町駅)前広場に設置された噴水塔を再現したものです。 高さは約4メートルで、設置時にイギリスから輸入されました。 台座には、水道創設の功労者であった神奈川県令(現在の知事)の沖守固と、 設計者のイギリス人パーマ-の銘板が見られます。 「近代水道百選」にも選定されており、実物は保土ヶ谷区にある横浜水道記念館中庭に保存され、展示中です。」解説版より
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6角形の台座の4方から壁泉のようなはライオンの口から水が出ています。。
上方の魚のような形が見えますが・・・何でしょ?
玄関から中に入ります。
posted by うめのはな at 07:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2015年01月17日

ゲーテ座〜港の見える丘公園・横浜山手西洋館25

港の見える丘公園入口に 岩崎ミュージアムがあります。
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岩崎ミュージアム  横浜市中区山手町254
ここは 岩崎学園の文化施設で服飾に関する資料を集めた博物館です。
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横浜居留地の外国人が建てた日本初の西洋式劇場ゲーテ座跡地に建てられました。
ゲーテ座は この地で日本で初めて「ハムレット」を上演した西洋劇場です。
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ゲーテ座は、わが国初の本格的演劇場。
最初は居留外国人達の案をもとに、フランスの建築家である ポール・サルダの設計に基づき、 1870年(明治3年)に横浜居留地の68番地に建てられたものです。
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山手ゲーテ座は、明治18年(1885)オランダ人ヘフトによって運営されていた西洋式劇場ゲーテ座を偲び、昭和54年(1930)に建設された岩崎博物館の付属小ホールです。中央半円形の部分にに山手ゲーテ座とあります。
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すぐ前は 港の見える丘公園です。神奈川県横浜市中区山手町114
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横浜港を見下ろす小高い丘にある公園です。展望台は横浜ベイブリッジを望む絶好のビューポイントです。
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港の見える丘公園はかつて横浜開港期にイギリスとフランスの軍隊が駐屯した場所としてよく知られている。
米軍に接収されたが、接収解除後に公園用地として取得し 1962年に開園。名称は戦後の流行歌『港が見える丘』に由来するそうです。
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隣接して 大佛次郎記念館(おさらぎじろうきねんかん)があります。奥の建物です。
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バラの花の咲く 春と秋のローズガーデンは綺麗です。
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かってのイギリス総領事官邸はイギリス館として開館しています。
フランス領事館が置かれていた跡地を「フランス山」区域」としています。
一度公園を出て ここから見える イギリス館に向かいます。
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2015年01月16日

横浜山手資料館・横浜山手西洋館24

横浜山手外国人墓地向かいの、山手資料館です。
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広い芝生の奥に建つお 菓子の家のような可愛らしミントグリーンの洋館です。
山手唯一の明治時代の西洋館です。明治以前の洋館は大正12年の関東大震災でほとんどが焼失したからです。
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山手資料館  
竣工1909年(明治42年)
所在地神奈川県横浜市中区山手町247
山手十番館庭内
構造木造2階建て、瓦葺
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「この建物は、横浜・戸部の大工によって中澤邸として本牧に建てられ、 1929年(昭和4年)に横浜・諏訪町の園田邸に移 された後、 1977年(昭和52年)に現在地に移築された、横浜に現存する明治時代の唯一の木造西洋館です。
現在は、横浜開港当時の資料等が展示される資料館として公開されています。 また、敷地内には、日本最初の獅子頭の水 道共用栓なども展示されています。」
門柱は新港埠頭と税関敷地を結ぶ新港橋(明治44年架設)の親柱を転用したもの。
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この建物は個人所有物であるため入館料が必要。館内は撮影禁止。
中には入りませんでした。
庭園は ローズガーデンになっていて 庭の見学は無料です。
古そうな乳母車が 玄関前にあります。
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拡大してみました。
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おしゃれなタイルの玄関ポーチ。
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ガス灯が点いています。横浜は、日本ガス事業発祥の地らしいです。
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グリーンベンチとガス灯
「明治初年、米国よりグリーンベンチが横浜共立学園に送られ「伝道のイス」と呼んで親しまれました。
ガス灯は明治5年、横浜・馬車道に初めて点灯されました。庭園内の2基のガス灯は当時のガス灯を復元したものです。」説明板より
この次 時間のある時にじっくり資料館内をみてみましょうか・・・
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2015年01月15日

横浜山手外国人墓地・横浜山手西洋館23

ここが、横浜山手外国人墓地です。
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1854(嘉永6)年に事故死した、米ペリー艦隊の乗組員を埋葬したことに始まる外国人専用墓地。
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横浜外国人墓地 (資料館) 神奈川県横浜市中区山手町96
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「港の見える丘公園の正面にある 外国人専用の墓地。
安政元年(1854)に米ペリー戦艦上で事故死した海兵隊員ロバート・ウィリアムスがここに葬られたのが始まり。異郷の地・横浜で没した外国人、40カ国余り約5000人が1万8000平方mの敷地に眠る。生麦事件の犠牲者リチャードソン、旧国鉄の初代技師長モレル、電話技師メーソン、フェリス女学院創立者キダー、日本に漫画を伝えたワーグマンら文明開花の功労者をはじめ、著名人の墓も多い。」説明文より
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墓地内は非公開、ただし3月末から12月末まで、毎週土・日・祭日(雨天を除く)のみ、墓地維持管理募金のための公開あり。
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横浜外国人墓地資料館
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資料館の中には山手の丘に眠る人達の名簿やパネルの展示がしてあります。
外国人墓地から山手資料館に移動します。
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2015年01月14日

外國人墓地周辺・横浜山手西洋館22

山手234番館から 外國人墓地へと歩きます。
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前出の地図です。
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山手聖公会堂
?関東大震災後(昭和6年)築.H.モーガンの設計。太平洋戦争の戦災による教会内部の焼失に会い1947年(昭和22)修復されました。
2005年(平成17)の火災の後に一部が建て直されました。
外形は大谷石を使った城砦のようです。ノルマン様式の聖堂をもつ。
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貝殻坂
横浜の山手地区にある坂です。その名の由来は近くで見つかった貝塚だそうです。
山手本通り沿い、外国人墓地から、山の下の元町商店街に降りれる近道の階段です。
ブラフは「切り立った崖」を意味し、名に示されるように横浜山手は崖上にあって、山手本通りと谷戸坂・ワシン坂の尾根沿いに展開しています。その尾根に至る多くの坂道があり、「ブラフ積み」と称される石垣や、石造りの側溝も残っています。
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かながわの景勝50選「外人墓地周辺」の石碑
外国人墓地の前の山手十番館ガーデン敷地内にあります。
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「居留地境界石」
かつて外国人居留地であったことを示す石碑。(山手十番館前)
幕末に山手に開かれた外国人居留地と日本人居住地の境界を示す「 居留地境界石」は、明治32年の居留地制度の撤廃により、その役目を終えました。
ブラフ積みの石垣の石と同じ材質でできているようです。
下の台に付けられた斜めのキズは当時の石垣の石に付けられた模様と同じです。この石碑そのものは 別の場所から観光のためこの場所に置いたものだとか・・・
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崖下に広がる 外國人墓地
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外國人墓地正門前に行きます。
タグ:横浜 観光
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2015年01月13日

山手234番館2・横浜山手西洋館21

玄関を入ると左右対称に部屋があります。
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2世帯分が、左右対称になっている。2階もほぼ同じ。
3LDKの間取りで 住居の真ん中に浴室を置き 音に配慮しています。
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正面入ってすぐ左側の部屋に入ります、ここは居間として使われてました。現在食堂に復元しています。
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大きな食器棚が有ります。
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暖炉
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残りの2室は展示室になっています。
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ミシンが 家具調!
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他の洋館のように往時の暮らしぶりを伝えるような復元はなされていません。
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2階に上る階段です。
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2階は貸し出しスペースです。
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椅子があり、壁にパネルなどが飾られています
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1階戻ります。入って右側の居間はインフォメーションです。
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この部屋は山手西洋館のパネル展示や洋館グッズなどの販売をしています。
少しがっかり・・・共同住居の生活をもっと再現して欲しかった・・・
「山手234番館」を出ます。
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2015年01月12日

山手234番館1・横浜山手西洋館20

再び 横浜山手西洋館散歩です。
通りをはさんで エリスマン邸の前にあるのは えの木ていです。
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朝香吉蔵の設計で1927年に建築ですが 現在は1階はカフェ、2階はショップになっていて見学はできませんでした。
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すぐ隣は 「山手234番館」 横浜市中区山手町234-1
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昭和2年頃、外国人むけ集合住宅「アパートメントハウス」として建てられ、創建当時は左右対称・上下2階の4戸でした。
朝香吉蔵の設計です。横浜市認定歴史的建造物
真ん中の玄関に 4世帯が使用した4つの玄関ドアがあります。
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昭和50年代頃までアパートメントとして使用されていました。
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関東大震災により横浜を離れた外国人に戻ってもらうための復興事業の一つとして建てられました。
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玄関ポーチの柱は中央部分が太くなっていてギリシャのエンタシスの様です。
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玄関ポーチで靴を脱いでスリッパに履き替えます。
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模型の全体像。
中に入ります。
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2015年01月11日

日本橋高島屋・虎ノ門金刀比羅宮

日本橋高島屋で川瀬巴水展を見た後 屋上に行きました。
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屋上は緑の庭園になっています。
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屋上にある噴水は創建当時のもの。当時は7階の大食堂にあったそうです。
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その一角にお堂が・・・しかも賽銭箱が 高島屋マーク!!
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お堂は七角形の七角堂。正面には大黒天と記されています。
小さなお堂ですが 扉が7つ・・・でも開いていませんでした。
七福神がモチーフとなった「七福殿」だそうです。
七角形の御本尊にはそれぞれ「大黒天」「恵比寿神」など七福神の名前 があります。
サラリーマンらしき若者が二人 お参りに来ていましたが施錠されているのでは・・・・ねぇ。。。
そうだ 初詣をしていなかった!と 虎の門に行きました。
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虎ノ門金刀比羅宮  都選定歴史的建造物
東京都港区虎ノ門1丁目2番7号
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2014年11月16日のブログにも書いてあります。
この日は お正月用に松などが飾ってありました。
遅ればせながら 初詣でした。
タグ:神社・寺院
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2015年01月10日

川瀬巴水展 郷愁の日本風景 ・日本橋高島屋

割り込み記事です。
昨日 川瀬巴水展 - 郷愁の日本風景 -日本橋高島屋 へ行きました。
開店10分前から 入口に並んだのですが すでに数十人が開店を待っていました。
まさか この人たちが 川瀬巴水展 にいくわけないよねぇ〜何か売り出しでもあるのだろうか・・と思っていました。
ところが 開店と同時に目指すは みな 8階催物場。
ほとんどの人が 川瀬巴水展を見に来ていたのです。
チケットを買うため 並びました。
朝一番ということで 順番待ちをすることもなく入場できましたが 日中は混雑しているようです。
川瀬巴水(1883〜1957)は大正から昭和にかけて活躍した風景版画家です。
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開催期間も10日ほどですから 混雑するのもわかります。
大正から昭和にかけて活躍し、生誕130年を迎えた版画家・川瀬巴水(1883−1957)の回顧展です。
生涯、日本全国を旅し、600点に及ぶ大量の風景版画を残しました。
日本よりも欧米での人気が高かったそうで アップルのスティーブ.ジョブス氏が全作品の版画を購入したと聞きました。
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江戸の浮世絵の技法を受け継ぎながら新しい芸術を目指して、大正から昭和にかけて制作された版画のことを新版画と言います。
川瀬巴水は「昭和の広重」とも呼ばれています。
全国を旅したというその風景は 緻密で繊細で穏やかで・・・郷愁をさそうなつかしい風景です。
写生帖や原画などもあわせて展示しています。水彩の下絵や試し摺りと本摺りとの比較は面白いです。
どの作品にも 人が登場しています。
絶筆となった 「平泉金色堂」は石段を上る 僧侶の姿が川瀬巴水本人に思えてきました。
この作品の完成を見ずに巴水は「極楽浄土」へ旅立ったそうです。
展示点数がかなり多かったので驚きました。
じっくり見るのは 相当時間がかかるので 混雑しているときは大変かなぁ・・・
朝一で来てよかったと思いました。
画集などを買う ショップも混んでいます。
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外に出ると ショーウィンドウがいい感じ!!
和室風になっていて ふすまに版画が・・・
和紙のせいか 印刷がきれいで色も絵ハガキなどより忠実に再現で来ていて 驚き!
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これみたら 本物をみたくなります。。にくい演出だこと!
年明けそうそう なかなか いい時間をすごしました。
タグ:芸術鑑賞
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2015年01月09日

エリスマン邸2・横浜山手西洋館19

1階間取り図です。
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昔の厨房部分は、喫茶コーナーになっています。
この間取り図にはありませんが 地下室があります。
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地下に降りる階段。地下ホールとなっていて 現在は貸出スペース。
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2階へ上がる階段
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2階は現在写真や図面で山手の洋館に関する資料を展示しています。
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2階間取り図
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階段上がるとかなり広い廊下があります。2階の廊下には、屋根裏に上がる階段へと続くドアもある。
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2階には3つの寝室と共用の浴室。
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資料が展示されているため各部屋のしきりは取り払ってありますが その境には収納スペースがあったそうです。
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ここの浴室にある備品はすべて創建当時からのもの。
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バルコニーです。
エリスマン邸から通りに出ます。
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2015年01月08日

エリスマン邸1・横浜山手西洋館18

べーリック・ホールと小道を挟んで元町公園内に移築されているのはエリスマン邸です。
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エリスマン邸  神奈川県横浜市中区元町1丁目 元町公園内
竣工1926年(大正15年)
設計アントニン・レーモンド(Antonin Raymond)
施工清水組
構造木造2階建て、地下1階、小屋裏部屋付
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近代建築の三大巨匠のひとり、フランク・ロイド・ライトが旧帝国ホテル建設のため来日した際、助手として連れてきた建築家 が、アントニン・レーモンド。
絹糸貿易商エリスマン氏の私邸として1926年に127番地に建築された。
当時は木造2階建て、和館つきで建築面積は約81坪。屋根はスレート葺、階上は下見板張り、階下は竪羽目張りの白亜の洋館でした。
エリスマン夫人が日本人であったことから、バスルームとトイレは別の場所に設置されている。
白とブルーがとてもきれいです。
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レーモンドは、自然と融合した日本の伝統美に魅せられ、第2次世界大戦の期間を除いた44年間を日本で過ごし、「近代建築の 父」と呼ばれている。日本の自然や風土に根差した実用性とシンプルさといったレーモンドのスタイルを見ることができる。
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「木立に囲まれたエリスマン邸の姿は、煙突、ベランダ、屋根窓、上げ下げ窓、鎧戸といった一般的な洋館の要素を持ちながら、 深い庇や、それが醸し出す水平ラインの強調など、直線的でモダンなデザインにライトの影響があります。
エリスマン邸は、もともと1926(大正15)年、ワシン坂の山手127番地に建てられたもの。
マンション建設のため解体され、1990年に元町公園の現在地に移築された。」説明文抜粋
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エリスマン氏は、スイス生まれで 生糸貿易商社シーベルヘグナー商会の横浜支配人として活躍した。
玄関を入ります。
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玄関脇にある電話機は 明治時代の「デルビル型電話機」を復元。公衆電話として使用可能です。
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玄関を入ってすぐ右側の部屋が応接間。
「この部屋はかつての応接室です。
玄関ホールから直接入室できるとともに、食堂とサンルームにも通じています。
この洋館には全館スチーム暖房がありましたが、この部屋だけは暖炉が設けられており、住宅主エリスマン氏の好みの一端をうかがい知ることができます。説明パネルより」
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フリッツ・エリスマンは建築を依頼するにあたって、暖炉を作るようリクエスト。
応接室にはその暖炉が残っている。
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食堂兼居間
「この部屋はかつての食堂です。
玄関の正面に位置し、この洋館の中心になっています。
南にはサンルームを配し、南西の応接室にも直接通じています。
また北には、和館(この部分は復元されていません)への連絡通路を隔てて厨房と配膳室が位置していました。説明パネルより」
設計者レーモンドの夫人は、家具や室内意匠、テキスタイル(織物や生地)などのデザイナー、ノエミ・ペルネッサン。
置いてある家具もレーモンドがデザインしたものを復元
端にある薬箪笥(たんす)はこの邸宅に似合うと移築後に寄贈された品だそうです。
引き出しが沢山付いているので楽譜入れとして使用したそうです。
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ダイニングの隣にはサンルームがあります。
ちょうどこの日は テーブルウェアの展示会があって 使用中でした。
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お正月飾りですね〜
サンルームからは外がよく見えます。
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2015年01月07日

ベーリックホール5・横浜山手西洋館17

令息寝室の隣の部屋は、客用寝室として使われていた部屋で現在は応接間風に復元されてます。
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これまで何度となく塗り替えられてきた各室内の内壁を、創建当初の色に復元しました。
和風住宅では見られないような大胆な色使いが特徴的です。
創建当時は客用寝室としてつくられましたが、現在は応接室として設えています。説明パネルより
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クワットレフォイル(四葉)の窓。ゴシック建築によくみられる欧州の伝統的なスタイル。
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この窓も開けることができる。
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客用寝室 バスルーム
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バルコニーは隣の主人寝室まで続きます。
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主人寝室 
ベリック氏は、和紙や絹を輸出し紙類や化粧品・香水、文房具などを輸入する商館の経営者として、横浜とロンドンを行き来していました。
当時の活躍ぶりが感じられるように、あえて書斎として表現してみました。説明パネルより
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ここにはベリックやセント・ジョセフについて解説した展示がある
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夫婦それぞれの寝室は、間に専用の浴室をはさんで作られている。
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夫人寝室・サンポーチ 
庭木の緑、温かな陽光、港の景色。
この部屋で過ごすひとときが、遠い異国で生活する夫人の気持ちを和ませたのではないでしょうか。
船の汽笛だけが、今も変わらずに聞こえてきます。紹介パネルより
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夫人の部屋はかなり広々としている。大きな衣装用クローゼットもあります。
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横にはサンポーチがあります。
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ここからは 港が見えました。
公開はされていないが屋根裏部屋があるそうです。
1階に戻り ベーリックホール(旧ベリック邸を出ます。
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2015年01月06日

ベーリックホール4・横浜山手西洋館16

玄関ホールの階段は 壁際にあります。
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巻貝のような手すりです。
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パブリックスペースの1階、プライベートスペースの2階とわけられています。
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階段をあがってすぐが令息寝室です。
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2階間取り図
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「創建当時ベリック氏の子息はすでに青年でしたが、山手の西洋館の中で唯一、子息用の部屋として設計されたという特徴を活かすために、時代・風俗などに気を配りつつ、小さな男の子の部屋という設定にしました。
この部屋の壁は、フレスコ技法を用いて仕上げられています。」紹介文より
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子供部屋に復元
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クワレットフォイルと呼ばれる小窓があります。
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子ども部屋の壁は、ターコイズブルー。
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浴室・トイレ
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磨き壁の復元
磨き壁というフレスコ技法の塗り方で、漆喰が乾かないうちに塗料を重ね、押えるように磨くことでなめらかな質感になる。
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次の部屋に行きます。
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2015年01月05日

ベーリックホール3・横浜山手西洋館15

リビングルームをでると再び玄関ホールです。
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白黒のチェッカーフロアの廊下と階段が見えますが 玄関すぐ左手の部屋に行きます。
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元客間。現在はショップになっています。
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元客間から玄関ホールを見ています。
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奥が食堂です。
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「床の間風のくぼんだ位置に、飾り棚が置かれ、かつて暖炉には電気式の暖房器具が組み込まれていました。
白い漆喰壁に、木造の軸組を格子状に露出させ、どこか落ち着いた和風の趣をだしています。
この様なディテールは、設計者J.H.モーガンの住宅設計の特徴が表れています。」パネル説明文
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「 暖炉 」が設置されています。 
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キッチン 配膳室。冷蔵庫は今のもの・・・・
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創建当時から使われている年代もののアメリカ製シンク(流し台)がある。ホウロウが分厚い。
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壁一面に作り付けられた食器棚も当時のもの。
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キッチンから廊下に抜けると、ドアの奥に地下への階段がある。
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「地階には元々暖房室や石炭室、焚木置場などがありました。
現在、展示コーナーにあるタンクは創建時から使われてきたもので、暖房室にあったものを移しました。
昭和初期の設備機器として貴重な資料といえます。また、展示ケースには、改修工事時に採取した資材サンプルを展示しています。」
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昔のドアノブや瓦といったものが展示されている。ちなみにトイレはこの地下にあります。
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1階に戻り 二階へ行きます。
posted by うめのはな at 07:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2015年01月04日

ベーリックホール2・横浜山手西洋館14

玄関で ドアの装飾が目をひきます。
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ガラスは新しいが、ドア自体は創建時のものだそうです。
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玄関ホール
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まず 右の居間に行きます。
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思わずおおーー!という広い居間です。
正面に グランドピアノが置がれています。
大きな居間は、ベーリックがフィンランド領事の仕事をし、セント・ジョセフの寄宿舎だった頃にダンスパーティも行われたとのことです。
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中央壁面の暖炉
暖炉の装飾は菊かと思いましたが 菊ではなく、ロゼット文様。エジプト発祥で欧州でも伝統的な意匠。
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上部アーチの大きな窓がたくさんあるのは、当時かなり贅沢な造り。
リビングの天井は3.84mもある。
リビング北側にはパームルームと呼ばれる部屋が付属していて 椅子が置かれ見学者が休憩できるようになっています。
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パームルーム中から居間を見ています。
北向きにつくったのは 港が見晴らせたためと くつろぎの場所であったため 夏の暑い時期には特に過ごしやすいようにだとか・・
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壁には獅子頭の壁泉(へきせん)があります。
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この獅子頭は外壁にもありました。
玄関と同じ白黒のチェッカーフロア。
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壁泉の上にある窓枠は虹色に輝くタイルで飾られている。
リビングルームを出ます。
posted by うめのはな at 08:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都以外

2015年01月03日

ベーリックホール1・横浜山手西洋館13

再び横浜西洋館散歩になります。
元町公園のほうに歩きます。この地図の西洋館は順に見ていきます。
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元町公園に隣接する べーリック・ホールは山手外国人住宅の中で最大規模の建物です。
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ベーリックホール(旧ベリック邸) 横浜市中区山手町72番地
横浜市認定歴史的認定建造物
竣  工 1930( 昭和5)年
設  計 J.H.Morgan(ジェイ.エイチ.モーガン)
構  造 木造2階 、地下R.C.造1階
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芝生の広い前庭です。ここの敷地は600坪もあります。
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ベーリック・ホール(旧べリック邸)は、イギリス人貿易商B.R.ベリック氏の邸宅として、昭和5(1930)年に設計されました。
第二次世界大戦前まで住宅として使用された後、昭和31(1956)年に遺族により宗教法人カトリック・マリア会に寄付され、平成12(2000)年まで、セント・ジョゼフ・インターナショナルスクールの寄宿舎として使用されていました。
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スパニッシュスタイルを基調とし、玄関の3連アーチやガーゴイルのある壁泉、四つ葉形の窓などが特徴です。
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クワットレフォイルと呼ばれる小窓があります。
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クワットレフォイルと呼ばれる小窓、瓦屋根をもつ煙突など多彩な装飾をつけています。
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壁泉でつかわれるような 獅子頭が外壁にもあります。
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軒下にあるタイルの幾何学的なフリーズ(帯状装飾)もみどころです。
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大きすぎて全体像を撮れなかったので 模型を撮りました。
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玄関ポーチです。ここで靴を脱いで入ります。
posted by うめのはな at 08:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 東京都以外

2015年01月02日

府中本町駅〜雑田親水公園・府中散歩5

大國魂神社を出て 徒歩5分ほどで 府中本町駅です。
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府中本町駅 東京都府中市本町一丁目
南武線の駅
武蔵野線の起点駅(鶴見駅までは貨物線)
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赤い線に沿って歩きます。
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市川橋(本町2-22)
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市川橋説明文
ここに府中用水に架かる市川橋がありました。橋の名は府中用水が古くから「市川」と呼ばれることに由来します。この辺りの市川の流れを土地の人は大川とも呼んでいました。
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芝間道(矢崎町2-10)
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芝間道説明文
芝間道(しばまみち)の名は、この道が芝間へ通じる道だったことに由来します。この道は下(しも)の道とも呼ばれ、西側には上の道(下河原道)があります。道筋には都旧跡の三千人塚があります。
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府中の三千人塚  矢崎町二丁目
塚の上には、康元元年(1256)の板碑が立っています。生えている木は樹高13.5メートルのエノキ。
この塚には、元弘3年(1333)の分倍河原の合戦で討死した3000人の遺骸を葬ったという伝承が昔からあり 鎌倉時代から南北朝時代にかけての蔵骨器4個が出土したそうです。
この塚で3000人はないでしょうと思えば 伝承とは関係なく塚は、江戸時代に造られたと推測されています。
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現地の案内板より
三千人塚は、江戸時代の地誌「武蔵名勝図絵」などにも紹介されている由緒ある塚です。塚の上には、多摩地区最古となる康元元年
(一二五六)の板碑が建ててあり、「板碑の立つ塚」として、昔から注目されてきました。
昭和三十年に地元の郷土史家により、この塚の西側が発掘調査され、鎌倉時代から南北朝時代の蔵骨器(四個)が出土しています。
平成十七年に学術調査を行ったところ、塚の東側から、石にお経の文字を写した「礫石経」が大量に出土しました。この調査により
、現存の塚の高まりは、元弘三年(一三三三)の分倍河原の合戦で亡くなった三千人の戦死者を埋葬したという伝承とは関係がなく
、江戸時代に造られたものであることがわかりました。
三千人塚は、鎌倉時代から室町時代の在地の有力者一族による小さな塚(墓)の点在した場所が、江戸時代には信仰の対象となり、
地元の文化財として今日まで大切にされてきたといえます。東京都指定史跡
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東京といえども このあたりは武蔵野の面影を残すのどかな田園風景が広がっています。
富士山は見えるし 野菜直売の自動販売機なども道沿いにありました。
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雑田堀(ぞうだぼり)親水公園  府中市矢崎町3丁目14番地
サントリーと矢崎小学校のあいだにある親水路 
府中用水の1つの流れ・新田川を整備した新田川緑道と隣接している場所には、雑田堀親水路が造られており、水と親しめるようにな
っています。
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田や畑があり小学校の生徒たちが作物を作る体験をしているそうです。
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新水路をぬけると 府中市郷土の森公園です。
この中に郷土の森博物館があります。
一旦 横浜西洋館めぐりの続きに戻り 博物館内巡りは後日に書きます。
posted by うめのはな at 08:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 府中・国分寺・国立・立川市