2014年07月31日

旧前川國男自邸1・江戸東京たてもの園

建築家 ル・コルビュジエの「弟子」であり日本モダニズム建築の旗手と言われた建築家 前川國男の自邸です。
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旧前川國男自邸
 設計:前川國男
 竣工:昭和17(1942)年
 構造:木造平屋、一部2階建て
 旧所在地:東京都品川区上大崎3
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目立たない玄関の前には、大谷石の塀を立てています。
外観は切妻屋根の和風な感じ。最初は内部は当初はクツのまま家に入り寝室で靴を脱ぐというモダンな生活様式を取り入れた家。
すぐ 靴を脱いで家に入る様式に変更したそうです。
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玄関はわりとせまいです。
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1942年(昭和17年の竣工時は、太平洋戦争さなかだったため、建坪30坪(約100u)以内という国の資材統制がありました。
資材がなかったので、家の中心となる正面の円柱は電信柱を使用したらしい。
部屋のレイアウトは通風を重視して決めたそうです。
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内部は吹き抜けの居間を中心に書斎・寝室を配した シンプルな間取り。
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内部は居間が吹き抜けになっていて、正面上側はガラス張り。
夏の日中の陽がさす角度を計算して軒の長さを決めたとのこと。
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明るい陽射しがふりそそぐ居間。
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ダイニングから台所が見えるカウンターがあります。モダンです。
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居間の上部にロフト風の2階を設け、階段があります。
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2014年07月30日

夢の超特急展・日本橋高島屋

割り込み記事です。
日本橋の高島屋で8月4日まで東海道新幹線開業50周年を記念して「夢の超特急展」が開催中。
夏休みだし 鉄道ファンや子供たちで混んでいるかと思っていましたが 7月28日は月曜日のせいか 混んでいませんでした。
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東海道新幹線開業50周年記念 夢の超特急展 みんなの夢をのせて半世紀
7月23日(水)→ 8月4日(月)
日本橋高島屋 8階 ホール
東京五輪に合わせて、東海道新幹線は1964年10月1日、東京ー新大阪間515キロが開業。昨年度末までに延べ55億人以上が利用しているそうです。
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現在運行している700系の運転台に乗れます。(0系は展示のみ)
歴代車両の客席などを展示。大きななジオラマ鉄道模型。
各種のパンタグラフやノーズなどの各種パーツ。
子供たちの見た「夢の超特急」コレクションとして 開業前後の5〜15年位の間、子供たちの憬れの元になった絵本、図鑑、そして玩具や模型等が並べられています。
雑誌類 ビールの缶などなつかしい品々も・・・
はじめて乗った新幹線は「こだま」。出身が福井なので 米原〜東京。それから「ひかり」になりましたが 帰省の時間はかなり短縮されました。
来年の開業の北陸新幹線は 金沢まで2時間半だとか。もちろんそちらのほうが便利です。楽しみです。
タグ:イベント
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2014年07月29日

旧大川栄邸(田園調布の家)2・江戸東京たてもの園

大正時代の邸宅は、居間や応接間以外は畳敷きの和室を置くというのが主流でした。施主の大川栄氏は徹底した洋風住宅の建設にこだわり女中室を除きすべての部屋が床張りの部屋になっている。
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明るい寝室です。現在カーペット敷きでベットなどは置かれていません。
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当時の家具はそのまま置かれています。
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居間を通らず食堂にいくための小さなドアがあります。
寝室に3枚の説明板が置かれています。
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説明板の写真です。寝室は、1年後に畳に張り替えられたとのことです。
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田園調布の説明板。右上写真は理想的住宅地案内と書いてあります。
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都市計画の説明板。右上写真は田園調布駅。
田園調布は、渋沢栄一によって設立された「田園調布株式会社」が開発した郊外住宅地の一つである。関東大震災から一ヶ月後の1923年(大正12)より分譲が開始された。
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3畳間ほどの女中部屋。古い電話機が見えます。
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台所は、大正時代から昭和初期のものでキッチンメーカーのものではないそうです。
GE社の電気レンジにイギリス製冷蔵庫もあります。
このレンジ 下はグリルとオーブン。上はIH調理器のようになっています。
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この流し台がすぐれもので両側の台は中央に向かって 傾斜があります。
水が切れるようにです。
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風呂場は今とあまり変わりないようです。
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この家は、所有者が数回変わったが、1993年(平成5)まで使われていたそうです。
田園調布というと、超高級住宅街のイメージですが開発当初は中堅層のサラリーマン向けに分譲された土地だったそうで、こじんまりした質素な家が建てられたそうです。次はお隣の前川國男邸に行きます。
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2014年07月28日

旧大川栄邸(田園調布の家)1・江戸東京たてもの園

たてもの園エントランス広場左手すぐにある田園調布の家
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田園調布の家、旧大川邸 大正14年築、アメリカ直輸入の建材を使ったモダン邸宅
旧大川栄邸(田園調布の家)
 設計:三井道男
 施工:不詳
 竣工:大正14(1925)年
 構造:木造平屋
 旧所在地:東京都大田区田園調布4
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白いパーゴラが とても印象深い。
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居間を中心に食堂、寝室、書斎等が配置。「居間中心型」と呼ばれる間取り。
各居室は雁行型に配置される事により二面採光が得られている。
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玄関右手の書斎。
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居間。大正末から昭和初期の生活の様子を再現しているそうです。
書斎机、居間のテーブル、食堂のテーブルとサイドボード、寝室の整理タンスは当時から大川家で使われていた物だそうです。
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コーナーの部分が出窓形式でベンチになっています。 「座ってみてください」の言葉で座らせていただきました。
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居間の水差し(ウォーターサーバーのようなもの)が面白い。
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食堂。食堂と台所をつなぐ造りつけのハッチ・食器棚は近代的。
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生活の様式は、大正時代の生活改善運動の理想とされた「椅子座」で考えられており、当時としては珍しく全室洋間となっています。
創建当時は夫婦と子供2人、お手伝いさんの合計5人が住んでいました。
次は台所・寝室などをみます。
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2014年07月27日

旧自証院霊屋・江戸東京たてもの園

エントランス広場には椅子があり休憩もできるようになっています。すぐ左手に大砲があります。
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午砲 - 皇居内旧本丸跡に置かれ、正午を知らせる空砲(午砲)を発射していた大砲。
昭和4年(1929年)にサイレンに切り替わるまで使用された。
江戸時代の「時の鐘」に替わり、空砲により正午を通報しました。
使用年代:1871年(明治4)から1929年(昭和4)4月
旧所在地:千代田区(皇居内旧本丸跡)
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旧自証院霊屋 東京都指定有形文化財
1652年(慶安5)(江戸時代前期)に現、新宿区に建てられた。
徳川幕府三代将軍の徳川家光の側室、お振りの方(おふりのかた)の霊を祀った霊廟。
自証院はお振りの方の娘、千代姫が母を弔うために建てた寺院。
戦災などの消失からまぬがれた数少ない霊廟建築の一つ。
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随所に極彩色の木彫りや飾り金具の装飾が施され、江戸時代初期の建築技術の粋を伝えるとともに、徳川家の権勢の一端を窺わせる建造物。
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寛永寺や増上寺には徳川将軍家の霊廟建築が多く存在したが、戦災などで焼失し、旧自証院霊屋は、数少ない貴重な建造物となっています。
センターゾーンの左側から見ていくことにしました。
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2014年07月26日

光華殿・江戸東京たてもの園

小金井公園の前身は、昭和15年の紀元2600年記念事業で計画された小金井大緑地。戦後、東宮仮御所に使用され、また農地解放により4割を失いましたが、29年に都市公園として開園されました。
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東京都江戸東京博物館分館江戸東京たてもの園 東京都小金井市桜町3-7-1
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光華殿(現・ビジターセンター) ここがたてもの園の入園口です。
「この建物は元々は、皇紀2600年に当たる昭和15年(1940)に、同年11月に開催された紀元二千六百年記念式典の会場として、宮城前広場(現在の皇居外苑)に建設されたものである。設計は大蔵省営繕局管財部、施工は清水組。
神武天皇即位から2600年に当たるとされる昭和15年は、神武天皇を祭神とする橿原神宮の大規模な整備が行われ、また記念の展覧会など各種の記念行事が全国的に開催された。紀元二千六百年記念式典は11月10日に内閣主催で開催、一連の祝賀行事の中でも最も大規模なものであった。
式典終了後は、仮設の建物である光華殿は解体され、翌昭和16年7月に現在地に移築された。移築後は文部省教学局により教学練成所として使用されるが、戦後は学習院中等科小金井校がこの地に置かれた。
当時皇太子であられた今上天皇は、旧光華殿の西隣りに設けられた東宮御仮寓所にて学ばれていた。
(東宮御仮寓所は昭和24年に焼失し役目を終えたが、現在跡地には記念碑が設けられている)」説明板より
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内装は大掛かりな改装が行われ、現代的なものとなっているが、外観はそのまま残されている。
現在屋根は銅版葺きとなっているが、式典会場として建てられたときは檜皮葺であった。
売店 カフェ チケット売り場 などがあります。
ここから 中に入ります。
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園内は3つのゾーンに分けられ、西ゾーンは武蔵野の農家と山の手の住宅、センターゾーンは格式ある歴史的建造物が並び、東ゾーンは下町の町並みが再現されています。
東京は江戸の昔から火事、水害、震災、戦災などにより、多くの貴重な歴史的建造物が失われてきています。 江戸東京たてもの園は現地保存が不可能な文化的価値の高い歴史的建造物を移築し、復元、保存、展示するとともに、貴重な文化遺産として次代に継承することを目的としています。現在 江戸時代から昭和初期までの30棟の建造物を移築復元し展示しています。 
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2014年07月25日

東京都立小金井公園

中央線武蔵小金井駅です。
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武蔵小金井駅、東京都小金井市本町六丁目
2番バス停で西武バスに乗り小金井公園に行きました。
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小金井公園は、東京都小金井市と一部が小平市・西東京市・武蔵野市にまたがる東京都立の都市公園(広域公園)である。正式名称は東京都立小金井公園。
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柵には開園60周年の横断幕があります。柵の内側には国鉄C57形蒸気機関車186号機と国鉄スハフ32形客車2146が連結された状態で静態保存されています。
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以前は 常時柵のゲートが開けられ自由に出入りできました。しかし部品の盗難が後を絶たないことから、現在は公開日が限定されている。3月〜11月の土日、祝日、都民の日。10:00〜16:00公開。
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これは2008年に行ったときに近寄って写した写真です。
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園内には、ヤマザクラ、サトザクラ、ソメイヨシノなどのサクラが約1,700本植えられています。花見の名所です。
桜の園」(2.9ha)では430本が一か月にわたり次々に咲きます。
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宿根草園などもあり季節の花が咲いています。
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園内にある たてもの園に向かいます。
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2014年07月24日

旧万世橋駅遺構

旧万世橋駅の開業時に作られたホーム部分は『2013プラットホーム』というデッキとしてよみがえっています。
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1912(明治45)年の駅開業時に造られた階段と鉄道博物館(後の交通博物館)の新館が建設されることとなり、新たに1935(昭和10)年に設置された階段が残っています。
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70年ぶりの公開だそうです。
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階段の踏面はコンクリート、壁面のタイル目地も平目地と、駅開業時に設置された階段とは仕上げが異なっています。
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1935階段踊り場に設置している大型タッチパネル「万世橋アーカイブ」
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階段途中に万世橋駅が休止になる直前に作られた手書きのポスターの一部がそのまま貼られています。
「明治45(1912)年に完成した高架橋は、詳細な図面が遺されていませんでした。のポスターは保存処理されさいたま市の鉄道博物館に収蔵されていますが、以前貼られていた場所に複製されたものが展示されています。」
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内部構造を調査で分厚いレンガ壁があることがわかりました。最も厚いところで約3mあったといいます。
このレンガ壁を筒状にくり抜き 一部が保存され展示されています。
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ギャラリーに大正初期万世橋ののジオラマが置かれています。
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東京駅と似ていますねぇ・・・東京駅と同様に辰野金吾の設計による赤煉瓦造りでした。
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下の写真は 外に出た近くのビルに設置されていたものです。
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この次は 元ホームにあるカフェに入り ガラス張りの窓から電車を眺めてみたいです。
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2014年07月23日

「マーチエキュート神田万世橋」

平成25(2013)年9月から旧万世橋駅遺構を整備し、「マーチエキュート神田万世橋」が開業しています。
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これは2013年3月まだ工事中に写したもの。
万世橋高架橋は、JR中央本線の御茶ノ水駅と神田駅の間に位置し万世橋の付近から神田川に沿って外堀通りまで続く、レンガ造りの高架橋です。
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万世橋親柱。これもまだ工事中に写したもの。
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現在の写真。約1,600uの高架下に飲食や物販のショップが出店しています。
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旧万世橋駅や交通博物館時代の歴史の痕跡を見ることができます。
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船上から見た写真。向こうは万世橋。
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レンガは壁面がイギリス積み、アーチ部分はフランス積みされています。
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「マーチエキュート神田万世橋」 東京都千代田区神田須田町1丁目25番地4
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中に入ります。
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2014年07月22日

「開館20周年記念 MOTコレクション特別企画 クロニクル1995-」

同時開催の常設展 「開館20周年記念 MOTコレクション特別企画 クロニクル1995-」も見ました。
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「東京都現代美術館は、2015年3月に開館20周年を迎えます。
開館した年に当たる1995年は阪神淡路大震災、オウム真理教事件が起こり、バブル崩壊後の社会不安が蔓延するなか 現代日本文化の節目をなす年であると言われているようです。」
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1995年を 起点とする、20年間の歩みと、「現在進行形のシーンに対する視座を提示」する企画ということです。
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20周年記念企画は3回にわけて催されますが 第一弾は「クロニクル1995-」
ホンマタカシ、大岩オスカール、キ築響一、奈良美智ら日本を代表する現代美術の作品が展示されています。
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現代美術というのはちょっとわからないのですが この企画展示では 1995年当時の 写真などもあってなかなか楽しめました。
「東京郊外」幕張ベイタウン 港北ニュータウン 多摩ニュータウン など開発されていった郊外の写真があって現在と比較できました。
インスタレーション作品の中でブラウン管のテレビが使われていたのが印象的でした。
常設展は企画展のチケットで入場できます。
人はほとんどいませんでしたが ここでも最後の立体作品に課外授業中の子供たちが集まっていてよく見れませんでした。
タグ:芸術鑑賞
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2014年07月21日

ワンダフル ワールド展/東京都現代美術館

現代美術館企画展のすぐ隣で開催中のワンダフル ワールドも見てきました。
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遊べる美術展 ワンダフル ワールド
こどものワクワク、いっしょにたのしもう みる・はなす、そして発見!の美術展
2014 年7月12日(土)− 8月31 日(日)
企画展示室3F
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ワンダフル ワールド」は赤ちゃんから大人まで一緒に楽しめる展覧会。
小さな親子連れもいましたが 小学生の課外授業らしき団体もいました。
5人のアーティストによる空間全体を作り出すような体感型・参加型作品を展示。
これはいい展示会だと思いました。
小学生以下は無料だし 涼しい美術館内で 一日遊べます。
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興味の対象であるモチーフ フルーツ 動物 乗り物 ブロックなどがアート作品になっています。 gbwonder (2).jpg
これは立体的な作品で すべりだいにもなっていて子供が遊んでいました。
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この動物に 乗って遊べます。
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ここは壁にベンチがある広い空間。休憩所でありベビーカー置き場です。
ベビーカーで入場できます!
館内にはおむつ替えの場所や 授乳の場所 休憩所があります。
一日いても 大丈夫。後日もう一度割引で入場できる券もあります。
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「体験する絵画」のコーナー
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美しい四季の風景が描かれたスクリーンの前で、ジャンプをしたり動いたり 全身を使ってデジタルとアナログが融合した芸術を体験できます。
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お花が咲いたり 葉が散ったり 鳥や動物が動きに合わせて 現れます。
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雪だるまの中に 自分の顔が現れます。
デジタルとアナログが融合した芸術です。
フラッシュなしの撮影は可です。
「水の路」というたくさんの布製クッションはスナップでつないだり外したりすることができる大きな作品があるのですが大人気のようで子供たちがたくさんいて 子供が写ってしまうので写真は遠慮しました。
小さなころから自然に芸術に親しめるし 親も楽しめるし こういう企画はいいですね!
タグ:芸術鑑賞
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2014年07月20日

ミッション[宇宙×芸術]−コスモロジーを超えて展/東京都現代美術館

東京都現代美術館で開催中の「ミッション[宇宙×芸術]−コスモロジーを超えて」展
2014年6月7日(土)8月31日(日)
会場 東京都現代美術館(企画展示室1F/地下2F・アトリウム)
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研究開発が進むリアルな宇宙と、アーティストの表現としての内的宇宙を紹介。
人工衛星やロケット関連の漫画資料も展示
体験型作品としては、スーパープラネタリウム「MEGASTAR」シリーズによる星空の投影。
暗幕の中の展示室の壁や天井にメガスターにより無数の星が映し出されます。オーロラや流れ星も。、ミッション[宇宙×芸術]展では床にごろんと寝そべって観ます。暗くて 靴を脱ぐじゅうたんの位置や人の姿がよく見えなかったので立っていました。
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会場内は撮影禁止ですが 数か所だけ撮影可の表示があります。
これもその一つ。
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圧巻は陸域観測技術衛星2号「だいち2号」の実物大模型に高さ19メートルの滝をプロジェクションマッピングした、チームラボの新作「憑依する滝、人工衛星の重力」
吹き抜けの高い天井から デジタルの光の滝が流れ落ちています。2階の通路からも眺めることができました。
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月の模型と青い地球。
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月面走行車
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なつのロケット団のロケットなども展示。
ロケットすすかぜ。
実物のこげた搭載カメラなども展示してありました。
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後方の青い月の映像は 手前にある30cmほどの月の模型を手に取り 回転させるとその部分の月の表面が映るという体験型展示で実際に触って動かすことができました。
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最後の無重力空間をイメージできる「スペースダンス・イン・ザ・チューブ」では子供たちが遊んでいたので体験しませんでした。
タグ:芸術鑑賞
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2014年07月19日

東京都現代美術館

30度を越える暑い日でしたが 夏休みに入る前に行かねば混むかもと木場公園内にある東京都現代美術館に行きました。
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現代美術館のある北側は 広場が中心で木陰も少なく暑くて都バスの石島バス停からも5分ほど歩くので着いたころはヘロヘロ.
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サブエントランスです。
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入場口はこちらからのほうが近いです。
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開館20周年記念特別企画と書いてありました。
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みたかったのは これです。
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ミッション[宇宙×芸術]−コスモロジーを超えて
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人は少なかったです。
企画展から入場します。
タグ:芸術鑑賞
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2014年07月18日

最勝寺 境内

境内の墓地の入り口辺りに無縁塚がありました。
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無縁塚の最上部には観音様。
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地蔵堂。お地蔵様と観音様が一緒に並んでいます。
手前の水鉢は古そうです。
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最勝稲荷です。
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動物供養〜馬頭観音廟
「最勝寺檀信徒専用のペット廟堂」として馬頭観音廟を建立したとのことです。
外に出ると こんなポスターが目につきました。
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一隅を照らす此れ即ち国宝なり
この言葉は比叡山延暦寺で日本天台宗を開かれた最澄上人、後の伝教大師の教えの一つです。
「社会の片隅でもよい、必要とされる人物となれ」などという教え。
そういえば 高校卒業の時 英語教師であり住職である先生が色紙にこの<一隅を照らす>という言葉を書いてくれたっけ・・・。などとおもいだしてしまいました。
タグ:神社・寺院
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2014年07月17日

最勝寺 通称:目黄不動

4つ並びの最も 荒川土手に近いのが 牛宝山明王院 最勝寺(通称:目黄不動)です。
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赤い山門でとても目立ちます。
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愛嬌のあるお顔の仁王像。
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最勝寺は、慈覚大師が貞観2年(860)隅田河畔に一寺を建立して創建、良本阿闍梨が中興したといいます。大正2年に本所表町(墨田区)から移転したといいます。
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牛宝山明王院 最勝寺(通称:目黄不動) 東京都江戸川区平井1-25-32
「天台宗で牛宝山明王院と号し、大正2年(1913)に、本所表町(現・墨田区)から現在地に移転しました。開山は、貞観2年(860)で、慈覚大師の建立です。
 墓地には烏亭焉馬(戯作者)、富田木歩(俳人)の墓および、柔道界の鬼と言われた徳三宝の頌徳碑と同夫妻の墓があります。
■木像不動明王坐像
正和56年(1981)1月登録 江戸川区登録有形文化財・彫刻
 像高は127センチです。本所表町にあった最勝寺の末寺、東栄寺の本尊でした。江戸五色不動(目青・目赤・目黄・目白・目黒)のひとつ「目黄不動」の名で知られています。名像良弁の作といわれ、将軍家の信仰が厚かったといわれています。
 平成13年11月 江戸川区教育委員会」
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本堂 
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こちらが不動堂。関東三十六不動霊場第19番札所
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江戸五色不動(目青・目赤・目黄・目白・目黒)のひとつ「目黄不動」の名で知られています。名僧良弁の作といわれ、将軍家の信仰が厚かったといわれています。
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境内はとてもよく整備されていてきれいです。
蓮の鉢植えがたくさんありました。境内のハスは有名なようです。
タグ:神社・寺院
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2014年07月16日

大法寺・成就寺

2つ目はすぐ隣の大法寺。
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大法寺 江戸川区平井1ー25ー37
境内はすべて墓所という感じとなっていて入るのをためらいました。
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結構古そうで 立派な彫刻がされていますが詳細は不明。
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「宝聚山と号し、日蓮宗の古刹です。創立当初は、本所にありましたが、昭和4年(1929)に現在地に移転しました。
 つたえるところによれば、建長5年(1253)の夏、日蓮聖人が房州清澄山から鎌倉に向かう途中、亀戸の地を通ったおり、同地の住人、千葉某が聖人の教えに帰依したので、聖人は七文字の題目を書いて与えました。千葉氏はこれを石に刻み、宝塔を建てました。人々は、聖人が「広宣布石」と呼び、参拝祈願するようになりました。
 その後、数代を経て、千葉常明の一子、万千代が疱瘡を病んで死にましたが、広布石の功徳により不思議にも蘇生したといわれています。
 万千代は成人すると出家して、本所法恩寺の住職日悦上人の弟子となり名を大権院日巧と改め、大永2年(1522)大法寺を創立しました。
 平成13年11月 江戸川区教育委員会」
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片隅にある 稲荷大明神。
長居したくないのですぐ 隣に行きます。
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成就寺 通称 枳寺(からたちでら) 江戸川区平井1ー24ー33
ここも本堂前が墓所。元は本所にあったものが、明治14年に墓地だけがこの地に移り、本堂は関東大震災の後、この地に移った。
だからこういうつくりになったのでしょうね。
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本所にあった時、門前に枳の並木があったことから、「からたち寺」と呼ばれていました。
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「天台宗で、嘉桂山西光院と号します。もとは本所竹町にありましたが、明治14年(1818)現在地に墓地を移し、昭和2年(1927)に本堂その他の建物を移転しました。本所にあったころ、門前に枳(からたち)の木が並んでいたので、通称「からたち寺」と呼ばれ、今でもその名は通じています。
 嘉祥元年(848)慈覚大師が開山し、正和3年(1314)舜慶法印が中興したものと伝えられています。
 本尊は木造阿弥陀如来立像です。寺宝に神田宗庭筆の千手観音像を所蔵しています。
 墓地には、越知二楽(兵学家)、荻野楳塢(仏教学者)、寺島梅里(画家)、清元延寿太夫(清元)、那波征甫(浅草紙創始者)、山本梅痴(画家)などの墓があります。
 平成13年11月 江戸川区教育委員会」
さて 本来の目的の寺である 隣の目黄不動にむかいます。
タグ:神社・寺院
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2014年07月15日

善通寺・江戸川区

錦糸町から都バスに乗り 小松川3丁目で下りる。
バス停から6〜7分歩くと小松川高校の裏に寺が4つ並んでいる。
一つ目は 浄土真宗本願寺派の善通寺
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善通寺 所在地 江戸川区平井1-25-38 
浄土真宗本願寺派で、真光山明証院と号します。
千田真太郎宗信(法名蓮真)が康正年間(1455〜1457)に創建したと伝えられています。旧東小松川村にありましたが、大正4年(1915)荒川の開削により現在地に移転しました。境内には、千葉家旧家臣秋元刑部左衛門尉胤次、加命堂病院創立者奈良林元春の墓があります。
中将姫御作蓮糸織曼荼羅阿弥陀如来(寺宝)
 天平年間(729〜748)に、中将姫(法名善心法女)が女人往生の証拠として、蓮糸に自ら髪の毛を織り込んでつくった御丈六尺の尊像で、千葉家の守御本尊であったと伝えられています。
阿弥陀如来像庚申塔 (寛文7年銘)
江戸川区登録有形民俗文化財・民俗資料 昭和59年(1984)2月登録
舟形で高さ132センチ。善通寺の無量苑の最上段にある阿弥陀如来立像で、銘文に「庚申結衆」とあり、施主有志の名前が列記されています。
平成13年11月 江戸川区教育委員会
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本堂を見て 伊東忠太設計の古代インド様式建築 築地本願寺に似ているな・・と。
20世紀初頭、浄土真宗本願寺派の法主を隊長とする「大谷探検隊」は中央アジアの学術探検に行っているそうです。
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境内に人はなく ひっそりとしているので  奥に進むこともせず 阿弥陀如来像庚申塔を探すこともせず 1枚だけ境内を写して出ました。
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余談ですが 「中将湯本舗津村順天堂」はバスクリンなどで知られる「ツムラ」の前身。
「中将姫が雲雀(ひばり)山に捨てられて最初に身を寄せたのが藤村家、中将姫は当麻寺で修行していた頃、薬草の知識も学び、その処方を藤村家にも伝えた。それが藤村家家伝の薬・中将湯となった。
明治26年(1893年)、津村重舎「中将湯本舗津村順天堂」創業。藤村家は津村重舎の母方の実家である。」
タグ:神社・寺院
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2014年07月14日

御茶ノ水 山の上ホテル

御茶ノ水 山の上ホテルでお茶してきました。
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コーヒーパーラーヒルトップ 東京都千代田区神田駿河台1-1
ここのロールケーキは有名で 前に食べたときすごく美味しかったのでもう一度食べたいと思っていましたが なぜかありませんでした。
そこで 水出し・ダッチコーヒーと特製りんごパイを注文。(1350円)
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林檎パイは、おなじみの「アップルパイ」とは全く異なります。
カットされたリンゴが3切れそのままの形でサクサクのパイ皮にはさまれています。
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あたたかい、甘酸っぱさがさわやかなりんごにバニラアイスクリームが添えられ 香ばしいキャラメルソースでいただきます。
アイスクリームがとけて キャラメルソースとまじりあい絶妙な美味しさです。
そのころにはパイ皮がソースを吸い 柔らかくなって意外と食べやすいです。
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以前 暖かい水出しコーヒーを飲み その濃厚な美味しさに驚きました。
ここで書いています。
今回は ダッチコーヒー。冷たいままです。
濃いコーヒーで味わい深いです。でもなんとなく 暖かいコーヒのほうが好きかも・・・・
雑踏から離れ 静かなパーラーでのんびり ティタイム。こんな癒しの時間も必要です。
毎回とはいかないけれど たまにはいいかもね。
タグ:グルメ
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2014年07月13日

井の頭自然文化園・水生物園

弁天門から水生物園に入ります。東京都武蔵野市御殿山1-17-6
本園のチケットまたはぐるっとパスがあれば そのまま入園できます。
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分園は、水生物館、ハクチョウの池、水禽舎など、水に関係のある施設があります。
水生物館では、究極の「行動展示」を見ることができます。
同じ水槽にいるものが 生きたまま食べられてしまうという姿を再現している水族館はほとんどないそうです。
「生きたまま」食べられる姿をみると残酷!と思うかもしれませんが それが自然界の姿なのですね。
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のんびり水辺を歩きます。
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ハクチョウさんも木陰で休息中。
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世界一ちいさな品種のアヒルという表示です。
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コールダック
マガモを品種改良してできたのがアヒルで、アヒルを品種改良してできた種類がコールダックだそうです。
展示やペットとして販売されているそうですが 小さなアヒルとはいえ 鳴き声はアヒルそのもので大きくうるさいとのことです。
一日中 グワッグワッ鳴けば 苦情がくることは必至・・・・・。
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七井門から出ます。
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「七井の橋」を渡ります。
井の頭公園の池にはボートが・・・・
井の頭公園 井の頭池 
善福寺池、三宝寺池と並び豊富な水量と優れた水質を有していた井の頭池は、かつての湧水口が7カ所あったことから「七井の池」とも呼ばれていました。
池の中央に設けられている「七井の橋」の名は、ここに由来します。
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井の頭恩賜公園の由来碑
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七井の橋を渡り 公園内の木陰で休憩。
ここを出ると 吉祥寺の雑踏です。石段を登ると道の両脇に いろいろな店が並び まるでどこかの観光地みたいです。
飲食店 雑貨店 土産ものやさん ファッション インテリア・・・・狭い道でごちゃごちゃ。足早に通り抜けると 駅前です。
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2000円で2か月間有効のぐるっとパスも期限が近づいています。
ここまで13施設で 4倍以上の金額で十分元はとれています。
涼しくなったらまた チャレンジします。
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2014年07月12日

井之頭弁財天・境内

井の頭弁財天の石造物を見てみます。
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【宇賀神像】
宇賀神像、胴体が蛇で頭は人間、農業の神様です。
不気味な石像。とぐろを巻いているのは白蛇。絵馬は干支に関わらず白蛇の図柄です。
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阿吽の狛犬
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明和8(1771)年に造られた狛犬だそうです。
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宝篋印塔
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聖観世音菩薩像
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弁財天を出ると目の前に「徳川家光御切付旧跡」の碑があります。
三代将軍家光の代に このあたりは鷹狩り場とされ、寛永6年(1629)に家光が訪れた際に、この池の水は江戸の飲料水の源・上水の頭であることから「井の頭」と命名し、池のほとりのこぶしの木に小刀で井の頭と刻んだと伝えられている。
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井の頭池から弁天橋、弁天堂をみています。
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次は水生物園に向かいます。
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2014年07月11日

井之頭弁財天

水生園・分園に入る前にせっかくだから 井之頭弁財天に足を延ばしました。
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井之頭弁財天 東京都三鷹市井の頭4-1
井の頭弁財天は、源頼朝が平家追討の祈願成就に感謝して建久8年(1197)建立、新田義貞が鎌倉幕府討伐の対陣の際にも祈願したといい、大盛寺が別当寺を勤めているといいます。
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井の頭弁財天は水神の神で神田上水源を守護し、音楽、芸能の守護神として信仰されました。
江戸市中からの参詣客も増え寄進物も多い。江戸より五里(20km)と行楽にも手ごろな名勝地でもあった。
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12年に一度の巳年に、ご本尊の女神像がご開帳される。
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七井不動尊
弁天堂の正面から左手奥へ進んだところに、七井不動尊の小さなお堂がある。
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龍の形をした銭洗い弁天
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ここでお金を洗うと増えるというご利益。
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御神水とあります。水道とホースが興ざめ・・・
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寺務所。香炉。灯篭。
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寺務所の上にはみごとな龍の額が掲げられています。

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2014年07月10日

井の頭恩賜公園

井の頭自然文化園 本館を出て 歩道橋を渡り 水生物園・分園に向かいます。
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歩道橋前に東京都の歴史と文化の散歩道の案内板がありました。
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井の頭自然文化園は「成蹊けやき並木散歩(井の頭恩賜公園〜三鷹 ) コースの起点とか、汚れがひどくてよく読めません。
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歩道橋の上から吉祥寺通り 三鷹方面(万助橋方面)を見ています。
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歩道橋を渡り 井の頭公園内に入るとすぐに 井の頭池遺跡群という案内板がありました。
東京都指定遺跡 井の頭池遺跡群
「所在 武蔵野市吉祥寺南町一丁目、同市御殿山一丁目、三鷹市井の頭三丁目及び四丁目
指定 昭和54年3月31日

 井の頭池をとりまく台地には大規模な遺跡群がひろがっているが、指定地域はそのうち都立井の頭恩賜公園に含まれる部分、54,815平方メートルである。縄文時代の集落跡が主体であるが、先土器時代の遺物も採集されており、また、池の北側では内部から板碑数枚を出した中世の地下式壙が発見されたこともある。
 この遺跡群の存在は明治20年から知られていたが、昭和37、38年に現在地の西北約50mの台地上が発掘調査されて、縄文中期から後期にかけての竪穴住居跡三軒、敷石住居跡一軒が発見され、多数の土器、石器類灯が出土しており、御殿山遺跡の名で呼ばれている。
 住居跡は砂を入れて埋めもどされているが、出土遺物は東京都武蔵野郷土館と武蔵野市立武蔵野図書館に保管されている。
 この遺跡群は、武蔵野台地における湧水池周辺の原始時代遺跡の代表例として重要な遺跡群である。(東京都教育委員会)」
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案内板の後ろはなだらかな 丘のようになっていて 古墳?かなと思いつつ 階段を降ります。
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都立井の頭恩賜公園
 「井の頭池周辺は幕府直轄地であったが、宮内省の御用林を経て、大正2年(1913)そっくり当時の東京市に下賜された。開園は大正6年。日本最初の郊外公園である。面積は約36万u。井の頭池は別名七井の池とも呼ばれ、湧水箇所が7つと水量も豊富であったが、次第に涸れ、現在はポンプで水を汲み上げている。」

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2014年07月09日

井の頭自然文化園/動物園

日本庭園の近くには 遊園地があります。
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デパートの屋上にあったような小さな遊園地で 昔懐かし昭和の香り・・・・。
こういう遊園地も少なくなったので 貴重です。
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野鳥の森。鳥たちがいる大きな檻があり自由に入って鳥たちをみることができます。
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唯一の大型動物であるゾウの「はな子」。昭和22年生まれのアジアゾウのメス。
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日本で飼育された中で最も長寿のゾウ。67歳。実物大写真があります。
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マーラ。2013年11月13日生まれのマーラがいるらしいです。
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葛西臨海水族園(江戸川区)から運ばれたフンボルトペンギン4羽が泳いでいました。
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ペンギンの飼育は23年ぶりだそうです。3月20日から公開。
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藤棚の向こうは中央の大放牧場。
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ヤクシカの放牧場だそうです。
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2014年07月08日

井の頭自然文化園/野口雨情・童心居

彫刻館の手前に 日本庭園があって 不思議な感じがします。
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何やら和風の建物が見えます。
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その前には 獅子か狛犬か・・・?シーサーか?
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入口です。
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童心居です。
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野口雨情・童心居
 
 「野口雨情は「船頭小唄」(波浮の港)、「赤い靴」「十五夜お月さん」「七つの子」などの作詞で知られるが、大正13年(1924)から20余年間、当時の武蔵野村(現・武蔵野市)に住み、井の頭公園周辺を朝夕散策しては詩想を練ったという。その雨情の8畳間の書斎「童心居」が移設され、庭の隅には「水琴窟」も設けられている。」
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「1945年の雨情没後、建物は大島秀一氏の手に渡ったが、その後、雨情会に寄贈され、さらに1958年8月東京都に寄付されて、翌年11月1日武蔵野の面影深いこの地に移築された。」ということです。
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水琴窟
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由緒はわかりませんが多宝塔。
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庭にはなぜか 野仏様。この雰囲気で 動物園に来ていることを忘れそうになりました。
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2014年07月07日

井の頭自然文化園・彫刻

井の頭自然文化園内にはあちこちに彫刻像があります。
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園内に点々と配置された彫刻を見ながら歩きます。
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途中 資料館に寄ります。
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武蔵野の文化や自然などを紹介しています。
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さらに奥へと進みます。
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雑木林の中に突如現れた 観音様。北村西望
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彫刻館です。展示館A・Bとアトリエ館があります。
北村西望は長崎市の「平和祈念像」で知られるが、この自然文化園内のアトリエで制作されました。
北村西望が、長崎市から依頼を受けて祈念像の制作に着手したのは昭和26年。翌年、井の頭自然文化園の土地を東京都から借りてアトリエを建設して像の制作に取り組んだ。完成は昭和30年(1955)、長崎原爆の8月8日に、除幕式が行われました。
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北村西望は104歳の天寿を全うして1987年他界。
保存されているアトリエには、制作過程がわかる説明、原型などの展示があります。
展示館ABには、祈念像レプリカを含む初期から晩年に至る作品多数が陳列されています。

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2014年07月06日

井の頭自然文化園

山本有三記念館を出て 井の頭自然文化園に向かいます。
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萬助橋(まんすけばし)は玉川上水に架かる橋のひとつです。
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萬助橋は三鷹市下連雀1丁目・2丁目と武蔵野市御殿山1丁目の境に架かっている橋です。
橋名は、その創架した人物の名前に由来する。安政年間に下連雀村の地主であった渡邉萬助が、近くの大盛寺境内の杉の木をふたつに割って架けたものだったという。
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橋を渡ると東京都三鷹市と東京都武蔵野市の市境です。
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武蔵野市に入ってすぐの道のわきの石碑です。
「明日への夢」  小さく『百弐才西望』とある。(長崎平和記念像の作者、北村声望)
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暑い中 入口はまだか・・・と歩きます。地図でみればすぐなんですが入口は吉祥寺通りです。
ようやく入口が見えました。
 井の頭自然文化園 東京都武蔵野市御殿山1-17-6
東京都武蔵野市(分園は三鷹市)にある都立の動物園。井の頭公園の一角にある。開園は1942年5月17日。
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動物園という年でもないのですが ついでだから ぐるっとパスで入園。
入園してすぐ 売店でお弁当を買い テントの下で食べました。そうじゃないとこの辺食事場所がないのです。
平日で 人は少なく 幼児を連れた親子がチラホラ・・・。せっかくだから ひととおり巡ってみます。

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2014年07月05日

三鷹市山本有三記念館・有三記念公園

外に出て 建物の外観を見ます。
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外部の暖炉煙突の石積みは日本では珍しい表現。石組の部分に 内部の壁にみられたような模様があります。
三角に突き出た外壁が見えますがここはトイレ部分。
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記念館の南側、庭から見たところが 左右対称の洋館で一番美しい姿です。
大正末期の本格的な欧風建築物。マンサード屋根と ハーフティンバーの壁面、柱、梁、筋違などをそのまま外部に表現した造りで ヨーロッパの山荘風の上品な建物。1階外壁に貼られた素朴なスクラッチタイル、漆喰と木組みの2階外壁。
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窓枠のこだわり 煙突 そして屋根裏部屋の明かりとりも見えます。
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流線型のテラスの前は 庭園になっています。
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中央に芝生。周りには木々が茂っています。
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建物から庭への遊歩道
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山本有三記念公園の説明パネル。
「少年、少女に心の糧を与え、育成しようとした故山本有三の意思を受け継ぎ、情操を高めるための公園をとして、昭和62年7月22日に開園した。建物の前庭から芝生のある自然空間がひろがり、有三が愛した築山の竹林、故郷栃木から運ばせた石で造った池が園路で区分された、有三の好んだ読書と休息の庭である。「・・・・私は、昔から竹が好きです。前のうちでも、今の住まいでも、私は庭や入り口に竹を植えてあります」・・・「雪もちの竹」より」
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石はふくむ古今の色 有三   自然は急がない 有三

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有三記念公園は入場料を払わずに入ることが出来ます。(建物内のみ有料)
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説明文にもあるように竹林があります。
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石造りの渓流、岩場を水が流れています。よく手入れされた気持ちのいい庭園で近くの人はこの庭を散歩するだけでも癒されます。
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単なる資料館だと思っていましたが 建物内部といい 庭園といい 思いがけず素晴らしいものを見ました。
名残を惜しんで メルヘンチックな門をでました。

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2014年07月04日

三鷹市山本有三記念館/2階

階段の窓にはステンドグラス。
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2階は企画展示です。
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企画展「山本有三と国語 やさしいことば やさしい文」を開催中
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「耳で聞いてわかる言葉を大切にした有三の想いを感じよう」という企画展です。
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「劇劇作家として出発した山本有三は、耳で聞いてわかる言葉の重要性を強く感じていました。有三はしだいに国語問題へ関心を寄せ、「ふりがな廃止論」を唱えました。
 劇作家として出発した山本有三は、耳で聞いてわかる言葉の重要性を強く感じていました。有三はしだいに国語問題へ関心を寄せ、「ふりがな廃止論」を唱えました。
 敗戦から間もない1945年(昭和20年)、三鷹の邸内に国語研究所を開設し、新憲法の口語化を政府に進言。さらに国語審議会の当用漢字主査委員長として「当用漢字」や「現代かなづかい」の制定に携わり、小・中学校の国語教科書を編集するなど精力的に活動しました。
 有三は何を目指し、何を残したのか。普段何気なく使っている言葉について改めて考える企画展です。」案内文より
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展示物より 建物や家具に目が行ってしまいました。
多角形の窓枠が多く見られます。
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備え付けのベンチ型椅子も特徴です。
建物の歴史という部屋もありました。
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大正末期の本格的な欧風建築です。
当時の流行を取り入れると共に様々な建築様式が融合されています。
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和室書斎を復元したそうです。
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なんとこの上には 屋根裏部屋があるとのことです。写真がありました。
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有三は「こだわりの人」でもあったらしい。着物も、生地や仕立てにうるさくたまにしか着ない洋服も、袖が1センチ長いだけで嫌がったそうです。愛用の着物が展示されていまいた。
ひとつひとつがはそれほど大きな部屋ではありませんがモダンな装飾とか照明器具。明るい部屋ですし 広く感じる工夫がなされていました。

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2014年07月03日

三鷹市山本有三記念館/1階

玄関内部も ドアに合わせた形でおしゃれです。
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フラッシュ無しでの撮影はどこでも可という説明を受けました。
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天井の照明。山小屋風・・・3つの暖炉を見てみます。
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玄関脇、一家団欒のためのスペース イングル・ヌックの暖炉。暖炉の左右に造り付けのベンチが設けられています。
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建物中央部、展示室A(旧食堂)にある暖炉
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展示室B(旧応接間)にある暖炉
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展示室Aを見ています。
記念館では、有三ゆかりの遺品や資料の展示を中心に、劇作家、小説家であり、戦後の国語改革にも尽力した有三の業績を顕彰しています。
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進駐軍に接収されることとなり1946(昭和21)年11月に有三はやむなく転居。
解除後も戻ることはなく 有三は土地と建物を東京都に寄贈しました。
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お客がくつろぐドローイング・ルーム(応接間)や個性的なマントルピース(暖炉)のある本格的洋風建築です。
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もともとは清田龍之介という貿易商の別荘 だったものを山本有三が購入しました。1936年(昭和11年)4月から進駐軍に接収される1946年(昭和21年)までの10年間をここで過ごし、執筆活動にあたりました。
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堅牢な木の椅子。
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石の装飾がある壁。壁やドアなどにも装飾的で凝った造りです。
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人間味を感じさせる温かい造りの家。

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次は2階を見ます。

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2014年07月02日

三鷹市山本有三記念館/三鷹市指定有形文化財

再び三鷹市です。風の散歩道ですが太宰治が入水したというむらさき橋から少し先に山本有三記念館があります。
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三鷹市山本有三記念館 東京都三鷹市下連雀2-12-27
山本有三と国語
やさしいことば やさしい文 開催中 2014年 3月6日(木)〜11月3日(月・祝)
入口前には大きな石があります。「路傍の石」と記されている。え・・嘘!!と説明文を読む。
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名作を記念する「路傍の石」

「小説「路傍の石」を執筆当時の昭和12年、有三は中野旧陸軍電信隊付近のみちばたでこの大きな石を見つけ、この家の裏側に運んだと伝えられています。この石は、作品の名に因み、いつしか”路傍の石”と呼ばれ親しまれるようになり、その後、東京都に寄附された山本邸が昭和33年有三青少年文庫として開設されるときに現在の位置に移されました。
山本有三記念館の開館にあたり、有三の名作「路傍の石」を記念するものとして、この石の由来を記します。三鷹市・平成8年11月3日」
路傍の石ってのはもっと小さい、道端の石かと思ったんですが まさかこんなに大きな石だとは思いませんでした。
小説「路傍の石」は、極貧の家に生まれた愛川吾一少年が、厳しい境遇の中でも純真さを失わず、成長していく様子が描かれている。題名の「路傍の石」は、踏まれても蹴られてもくじけない吾一少年の象徴とみるのが通説でしょう。こんなにも巨大なら 踏まれようもけられようもないでしょうが・・・・・驚きました。
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正門です。何ともメルヘンチックで可愛い。
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入ってすぐに山本有三記念館石碑 
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北側庭園 風の散歩道沿いにあり庭は自由に入る事ができます。
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庭園もきれいに整備されていて 憩いの場です。
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もともとは清田龍之介という貿易商の別荘として建てられたもので 広い敷地です。
今でこそこの辺りは住宅街が広がっていますが、当時は雑木林が広がっていたそうです。
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石組みの別荘風です。
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暖炉の煙突が見えます。3つもあるそうです。
昔は雑木林で 寒かったのでしょうか・・・・。
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玄関。ここから入ります。
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上部になにやら マークが・・・・
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入口のドアが四角でないので 山小屋というか別荘という感じがします。
入館します。

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