2014年06月30日

浅草田圃酉の寺 長國寺

飛不動から国際通りに出て浅草方向に少し歩くと 鷲在山長國寺があります。
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鷲在山長國寺 台東区千束3-19-6
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浅草田圃酉の寺 長國寺
「鷲在山長國寺は、寛永7年(1630)石田三成の遺子といわれる、大本山長國山鷲山寺第13世日乾上人によって、浅草寺町に開山し、寛文9年(1669)に当地へ移転しました。浅草酉の市の発祥の寺として有名です。」
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浅草「酉の市」発祥の寺
「浅草の「酉の市」といえば「鷲神社」を連想するが, 碑文にあるように 鷲神社はかつて長国寺と一体だったが, 明治維新後の神仏分離によって 寺と神社が分かれ,現在 酉の市は鷲神社と長国寺とで 同時期に一体となって行われている。」
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開山当時より, 鷲妙見大菩薩の御開帳が11月酉の日に行われ, 多くの参詣者を集めて門前に市が立つようになりました。それが浅草「酉の市」の発祥です。
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毎年 紫陽花祭りが開かれているようです。この時はまだ祭り前。
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地植えではなくプランターの花のようです。
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「いきいきあじさい祭」だそうで 鉢植えのあじさいが並ぶそうです。
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隣は鷲神社です。
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ここから鷲神社に入ります。

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2014年06月29日

飛不動尊/浅草

一葉記念館を出た後 飛不動尊に行きました。
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龍光山正宝院三高院 通称 飛不動尊  台東区竜泉3-11-11
関東三十六不動第24番
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「下谷の飛不動」といわれる江戸七不動の一つであり 入谷七福神一つ。
恵比寿神像は本堂前の社に祭られているとのことですが 本殿の改修中で近寄れませんでした。
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享禄3年正山律師により聖護院派の祈願道場として開基された。
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可愛い六地蔵様。
飛不動はその名称から航空安全の神として航空業に携わる関係者の参詣が多い。
航空安全・道中安全のご利益のために参拝に訪れるとても有名な場所です。
宇宙空間を7年間も旅をし無事地球に帰還した「はやぶさ号」。川口教授は、通信が途絶えて、行方不明とされたとき、ここ飛不動にきて、「はやぶさ」の無事を祈ったそうです。「なんて非科学的な」と思うかもしれませんがやるべきことをすべてやったのかと 考慮したりするいい機会になったとのことです。ちなみに最終的に「飛行神社(京都)」「電波神社(同)」「隼神社(同)」「中和神社(岡山)」の四社と、東京の「飛不動」に祈願したそうです。「本当にやれることは全てやり尽くしたうえで願を懸け、それで運を拾えたとすれば、それが御利益なんだと思います。」と述べておられました。
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飛不動のちょうど向いの最上稲荷(さいじょういなり)台東区竜泉3-8
稲荷の前は民家の間にはさまれたスペースなので目のスペースは駐車場になっていて車が止まっていました。
妙義教会 日蓮宗 とあります。左奥に本堂と庫裏がるらしい。
正統派の日蓮宗は最上稲荷を信仰?
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次にせっかくここまで来たのだから鷲神社に行くことにしました。
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2014年06月28日

台東区立一葉記念館

浅草1丁目、ステーキハウス浅草松波でランチを食べた後 都バスに乗り竜泉のバス停で下りました。
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この交差点を右に入ると 下町情緒ただよう道を歩きます。
樋口一葉は明治二十六年七月二十日、本郷菊坂町より下谷竜泉寺三百六十八番地に移り住み、この界隈を背景にして、不朽の名作「たけくらべ」や「わかれ道」の題材を得ました。
道沿いに 旧居あとの碑がありますが通り過ぎてしまったようで見つけられませんでした。
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一葉記念館
東京都台東区竜泉にある、樋口一葉の文学的業績を称える博物館。
記念館前に一葉記念公園があり、そこには「たけくらべ」の記念碑などがある
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一葉記念館前に建つ「樋口一葉記念碑」
<碑文>
 「ここは明治文壇の天才樋口一葉旧居のあとなり。一葉この地に住みて 「たけくらべ」を書く。明治時代の竜泉寺町の面影永く偲ぶべし。今町民一葉を 慕ひて碑を建つ。一葉の霊欣びて必ずや来り留まらん。
 菊池寛右の如く文を撰してここに碑を建てたるは、昭和十一年七月のことなり き。その後軍人国を誤りて太平洋戦争を起し、我国土を空襲の惨に晒す。昭和 二十年三月この辺一帯焼野ケ原となり、碑も共に溶く。
 有志一葉のために悲しみ再び碑を建つ。愛せらるる事かくの如き、作家として の面目
これに過ぎたるはなからむ。唯悲しいかな、菊池寛今は亡く、文章を次ぐ に由なし。
僕代って蕪辞を列ね、その後の事を記す。嗚呼。
       昭和二十四年三月
            菊  池   寛撰
            小島政二郎補並書
                 森田春鶴刻」
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記念館入口です。
「たけくらべ」の舞台となった竜泉(龍泉寺町)に1961年(昭和36年)5月11日 - 開館
平成18年(2006)11月1日にリニューアルオープン
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地上3階・地下1階の構造
展示室は1階〜3階。
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1階が龍泉寺町の街並みを再現したエントランスギャラリー。1階のみ撮影可です。
案内版や一葉の年表、ライブラリー、グッズ売り場など。
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常設展示の2階部分に2つ、3階部分に1つの展示室。
一葉自筆の「たけくらべ」草稿、書簡、龍泉寺町に荒物駄菓子屋を開いていた時の仕入帳など重要な資料を展示。
一葉が住んでいた頃の龍泉寺町の家並み風景や旧宅の模型、使用した文机なども展示されています。
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2014年06月27日

アミューズミュージアム特別展・浅草

第4展示室では重要有形民俗文化財の刺し子の展示です。
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アミューズミュージアム特別展奇跡のテキスタイルアート 〜女性たちの知恵と直感〜 重要有形民俗文化財 南部菱刺し前かけ展.
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東北には津軽こぎん・南部菱刺し・庄内刺し子という三大刺し子があります。
いずれも寒冷地で麻しか身にまとうことができなかった時代に、一枚の布を少しでも暖かく丈夫にしようということで、貴重な木綿の糸で刺したのが始まりと言われています。
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「南部菱刺し前かけ」。
防寒とともに、着物の傷みを防ぐための前かけが作られました。
これらの前かけは三枚の布を縫い合わせており、両端の二枚は木綿布だが、中央部の一枚には浅葱色や紺色の麻布が使われています。
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世界的にも稀なリネンとウールの組み合わせ「南部菱刺しの前かけ」
中央部の麻布に、毛糸や木綿糸で縫いつける刺し子の技の粋が集められたました。
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これらの美しい前掛けは、単に前掛けではなくて「晴れ着」。
「晴れ」の日に、慎ましやかな着物の上につけたものなのです。
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約200年前の織り機だそうです。
この先 6Fまでの階段の壁には東海道五十三次の浮世絵。
6Fはボストン美術館収蔵の幻の浮世絵「スポルディング・コレクション」のデジタル浮世絵シアター
超精密デジタル映像作品を公開しています。

屋上に出ることができます。
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浅草寺を上からみることができます。
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大屋根もよく見えます。
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ただのコンクリートの屋上で暑いです!
でも上から見おろす浅草寺も面白いです。
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反対側にはもちろんスカイツリーーも見えました。
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2014年06月26日

アミューズミュージアム常設展・浅草

二天門の前、外国人(ほとんど中国系)が集まっていた場所の目の前にアミューズミュージアム があります。
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1Fは土産物店なのでそれなりに人が入っていましたがミュージアム まで行く人はあまりいませんでした。
「布文化と浮世絵の美術館」アミューズミュージアム  東京都台東区浅草2丁目34番3号
大手芸能プロダクション・アミューズが運営母体。
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民俗学者・田中忠三郎が蒐集した、江戸から昭和にかけて庶民が作りだした衣類のコレクション約3万点の所蔵品(国の重要有形民俗文化財「津軽・南部のさしこ着物」786点を含む)の中から約1500点を公開。
常設展テキスタイルアート「BORO」、特別展「奇跡のテキスタイルアート〜女性たちの知恵と直感〜」を開催中です。
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2Fではショップを兼ねた 妖怪展。北斎漫画や水木しげる等々・・・
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第1展示室は江戸〜昭和期の農民の衣類を用いたテキスタイルアート「BORO」
コンセプトは「もったいない」、「ものには心がある。」
貧しかった農村。手に入るものを最大限有効に使い寒さをしのいでいたことがわかります。
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ボロをつなぎ合わせた足袋なども展示。女性たちの知恵と工夫です。
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このミュージアム 写真撮影可どころか触ってもOKです。
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寒冷で過酷な風土は衣服にも表れ、上衣はもちろん下衣にも、保温と補強のために刺し子がほどこされていました。
南部菱刺しも、初めは藍の布に白の木綿糸というのが一般的でしたが、大正時代になると毛糸が手に入るようになりました。
こぎんの模様が奇数目を拾って指すのに対し、菱刺しは偶数目です。ですからこぎんと比べて横長の模様になります。
南部タッツケがあります。娘用の作業用の股引きです。
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鮭皮ブーツ。ちょっと驚き・・・
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第2展示室には古民具や古い電話機時計なども展示。
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第3展示室には黒澤明監督映画「夢」の資料を展示。
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夢の撮影に使われた衣装や写真などが展示されています。
次は 特別展です。
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2014年06月25日

浅草観光センター・二天門

東武鉄道浅草駅です。
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東武鉄道浅草駅(松屋浅草店) 東京都台東区花川戸1-4-1
設計:久野節 施工:清水組
竣工:昭和6(1931)年10月 構造:鉄骨鉄筋コンクリート造7階建て、地下1階
昭和初期を代表するアール・デコ様式による大規模建築物の一つでしたが改装などして建物自体は竣工当時のままながら、建設当時の面影は失われていました。2012年5月に竣工。開業時のシンボルだった大時計も復活するなどして開業時の姿に復元。
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松屋浅草はエキミセ内テナントとして引き続き営業。
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おなじみ神谷バー。創業明治13年.
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浅草文化観光センター  台東区雷門二丁目18番9号
設計 隈研吾建築都市設計事務所
7つの家形を積層させ屋根によって8つの階を分節し,屋根の間に設備を納めている.
雷門前の台東区の観光案内施設です。
切妻屋根の平屋の建物を積層した、和のエッセンス漂う建築だそうです。
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浅草界隈模型。1Fは案内所になっていて パンフレットなどがありましたが 座るところがなかった・・・座りたかった!
地下の自販機前にもすわるところがなかった。
2Fも窓際に椅子が少しあるだけでした。展望ラウンジに行けばゆっくり座れるのでしょうけど・・・・・
パンフレットだけ欲しい観光客ははたして上まで行くかどうか・・・それよりも1Fに椅子がなかったのが残念。
「浅草地区は、来街者が安心して使える公衆トイレが不足している。街中で中高年の顧客が気楽に腰かけて休めるベンチ、椅子等が無い。」
という文章をみましたが 街中を歩いてもそうなんですよね〜歩いて食べるのはダメ。店の前で立って食べなさい。という具合です。
喫茶店は多いですけど、観光客はそんなゆとりはないはずです。などと思ってしまいました。
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二天門 台東区浅草2-3-1 (浅草寺)
「この二天門は、慶安2年(1649)頃に浅草寺の東門として建立されたようであるが、江戸時代を通じて浅草寺観音堂の西側に建てられた東照宮の随身門と伝えられ、随身像が安置されていた。なお、浅草寺の東照宮は元和4年(1618)に建立されたが、寛永8年(1631)と寛永19年(1642)の火災によって、浅草寺の他の諸堂とともに焼失し、その後東照宮は江戸城内の紅葉山に移された。
 明治初年(1868)の神仏分離令によって門に安置された随身像は、仏教を守護する四天王のうち持国天・増長天の二天像に変わり、名称も二天門と改称した。

現在安置されている二天像は、京都七条の仏師、吉田兵部が江戸時代初期(17世紀後半)に制作したもので(東京都指定有形文化財)、昭和32年(1957)に寛永寺の厳有院殿(4代将軍徳川家綱)霊廟の勅使門から移されたものである。
 二天門は昭和25年(1950)、国指定重要文化財に指定された。
 平成23年(2011)3月 台東区教育委員会」
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改修工事を終え平成22年4月になって公開されました。
「出来るだけ創建当時(1618年)の門を再現した」とのことです。
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手水鉢
「手水鉢」とは、社寺の参拝前に手を清めるたまに置かれる鉢のことである。鉢の側面には「安永6年(1777)に観世音千百五十年法会供養の日に臨時連中によって寄附された」とあり、推古36年(628)のご本尊さまご示現から数えて1150年を祝う記念法会のために、明和6年(1769)に設置された浅草寺の消防組織である「臨時連中」によって献じられたと推定できる。
 また銘文に「随身門前」とあり、文化10年(1813)に編纂された『浅草寺志』にいも「裏門の外」と記されていることから、場所を変えずに今に至ると判明する。現在は使われていないが、江戸時代の多くの人々がここで手を清め、観音さまや三社さまにお参りをされたことであろう。  金龍山 浅草寺」
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二天門は観光ツアーの名所らしく門の前には 大勢の外国人が集まっていました。

タグ:観光 浅草
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2014年06月24日

浅草街歩き

浅草の街を歩くとあちこちで 面白いものが目につきます。
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 の立札。
路上での販売や迷惑行為は禁止というようなことが書いてあります。
ちなみに歩行飲食は禁止されています。買ったものはそのお店の中か前で食べるのがきまりです。
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白波五人男(しらなみごにんおとこ)
伝法院通り東側には歌舞伎でもおなじみの白波五人男という盗賊たちが潜んでいます。
屋根の上やベランダなど五人男を見つけながら歩くのも楽しみです。
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ランドマークでもある浅草公会堂。ここは元 浅草区役所跡地です。
この角を曲がると オレンジ通り
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以前は“区役所通り”と称されていました。浅草1丁目のほぼ中央に位置していて浅草を代表する歴史のある通りの一つです。
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通りにある店舗も老舗が多いです。
なぜオレンジ通りというのかは 知りません。銀座線の色はオレンジですけど・・・・
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途中で妙なものに出会いました。あわててカメラ!
浅草で一番背が高い人だそうです。
このお方は、浅草パフォーマンスプレイスのSlayers 九郎丸さんだそうです。
竹馬らしきものに乗っているのに 身のこなしがすばやく 走ったり飛んだりしています。
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お面ではなく どうやら生顔。
愛想よくカメラの前でポーズをとってくれたりします。
『浅草パフォーマンスプレイス』
「かつて劇場街としてにぎわった通りをストリートパフォーマンス(大道芸)や音楽・演劇等で盛り上げることはもちろん、地域の方々と協力し
新しいパフォーマンス文化と新しい街づくり・地域活性化をコンセプトとするプロジェクト集団です。」HPより
浅草では、週末こんなパフォーマンスが行われるので 思いがけず出会えると楽しいですね。
タグ:観光 浅草
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2014年06月23日

「われわれは〈リアル〉である」武蔵野市立吉祥寺美術館

吉祥寺駅北口です。
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吉祥寺にはもう何年も降り立ったことがないので なつかしさを感じながらサンロードに向かいます。
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サンロード
JR吉祥寺駅北口ロータリーから北北東方向にまっすぐ伸び、途中本町新道と交差し(信号機有り)、五日市街道まで至る約300mの商店街kitijyoujib (3).jpg
とてもにぎやかで 人がいっぱいでした。この角をまがるとコピス吉祥寺が見えます。
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ここは、旧伊勢丹でした。今はcoppiceという商業施設になっています。
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武蔵野市立吉祥寺美術館
東京都武蔵野市吉祥寺本町1-8-16 FFビル(コピス吉祥寺A館)7階
ほとんど人がいない美術館で 入場料は100円。
ただし 美術館というには狭くて 展示室という感じです。
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企画展示室
われわれは〈リアル〉である 1920sー1950s プロレタリア美術運動からルポルタージュ絵画運動まで記録された民衆と労働

2014年5月17日(土)−6月29日(日)

1920年代から1950年代という激動の社会の中であらわれた民衆−肉体労働者−の姿などを描いた展示会。
前半は柳瀬正夢、岡本唐貴、須山計一などが中心。戦後の池田瀧雄、中村宏、飯田善國など・・・
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プロレタリア美術運動とその時代」「戦争と民衆 戦争画と勤労・増産絵画」「戦後、ルポルタージュへ」の3つの区分から構成されている。
1. プロレタリア美術運動とその時代
柳瀬正夢の諷刺漫画。労働運動関連雑誌。働く民衆。
2. 戦争と民衆 ー 戦争画と勤労・増産絵画
雑誌類が興味深い。粗悪な紙になっていきます。『決勝双六』(日本漫画奉公会 1944 3/1)なども。
3. 戦後、ルポルタージュへ
浜田知明の版画 池田龍雄のペン画 尾藤豊『川口鋳物』など。
労働者漫画」「美術新聞」『漫画集」が多数並んでいました。
戦中の婦人雑誌の展示。 「明朗」、「ユーモアクラブ」、 「漫画日本」「戦線文庫」「日本少女」なども。
ここを出ると 常設展。各一部屋。
◇萩原英雄記念室 世界的な木版画家
いつもと違う世界へ
2014年02月27日(木)〜2014年06月29日(日)
◇浜口陽三記念室 銅版画の技法を開拓
ただよう果実
2014年02月27日(木)〜2014年06月29日(日)
水天宮前駅にミュゼ浜口陽三ヤマサコレクションがありそこへ見に行ったことがあります。
この吉祥寺でなぜ浜口かと・・・設立当時の市長が浜口氏と親交があったからだとのことです。
部屋がくらすぎて 小さな銅版画がよく見えませんでした。
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徒歩五分ほどで 再び吉祥寺駅に戻ります。
あ〜ここは人気の駅だけど特別快速がとまらないんだ〜とちょっと残念。快速に乗り東京方面へ戻りました。

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2014年06月22日

玉川上水・風の散歩道/三鷹市

JR三鷹駅南口です。
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ここから玉川上水に沿って行きます。すぐ三鷹橋があります。そこに水汲みポンプが置いてありました。
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玉川上水 国の史跡に指定されました.
史跡指定の範囲は、羽村取水口から大木戸まで約43kmのうち、下流部の暗渠を除いた約30kmです。
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1654年、多摩川の清流を江戸に運ぶ為、玉川兄弟によって作られた水路。羽村の取水口から四谷大木戸まで全長43kmの水路が武蔵野の台地を流れる。玉川上水(たまがわじょうすい)は、かつて江戸市中へ飲料水を供給していた上水(上水道として利用される溝渠)であり、江戸の六上水の一つです。
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橋の上から見ています。
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玉川上水に沿って歩きます。木陰で風が通り抜け心地よいです。沿道のアジサイがきれいでした。
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なるほど 風の散歩道 と書いてありました。
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少し先に行くと 右側で人が立札を見ています。
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小さなポケットスペースのようになっていました。
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太宰治の記念碑があります。この日が6月19日だとそこではじめて気が付きました。
太宰治記念碑文
 「四月なかば、ひるごろの事である。頭を挙げて見ると、玉川上水は深くゆるゆると流れて、両岸の桜は、もう葉桜になっていて真青に茂り合い青い枝葉が両側から覆いかぶさり、青葉のトンネルのようである。・・・・」太宰 治「乞食学生」より
 昭和23年(1948)6月太宰治は近くの玉川上水で自らその39年の生涯を終えた。」
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昭和23年(1948)6月13日に玉川上水に入水し、六日後の、奇しくも太宰の誕生日である6月19日に、玉川上水、明星学園側あたりで発見されたといいます。
太宰治が入水自殺したはっきりとした場所は不明ですが、ポケットスペースから少し先の紫橋辺りだとのことです。
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三鷹市下連雀2丁目と武蔵野市御殿山2丁目を結ぶ「むらさき橋
当時は、今よりはるかに水かさが多く、流れも急だったといいます。
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太宰治の命日である6月19日は「桜桃忌」と名づけられ、墓所のある禅林寺(三鷹市下連雀)にはいまも毎年多くの太宰ファンが参拝に訪れているそうです。先客の年配者に「今日 三鷹で降りる人はみな 太宰治をしのんでお墓に行くと思っていましたけど 行かないんですか!」と問い詰められましたけど(そんなバカな・・・思い込み!)そもそも偶然6月19日にここを通過したというだけなので 寺のことなど知りませんでした。
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2014年06月21日

「マリー・ローランサン展 〜女の一生〜」三鷹市美術ギャラリー

JR三鷹駅南口2階通路から CORAL(コラル)5階三鷹市美術ギャラリーに行きました。
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三鷹市美術ギャラリー 東京都三鷹市下連雀3-35-1
開催中の「マリー・ローランサン展 〜女の一生〜」に行ってきました。
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マリー・ローランサン展 〜女の一生〜
2014年 4月12日(土)〜6月22日(日)
会期末まじかでしたが混んではいませんでした。
ただし 小学生の団体が入場前の諸注意を受けている最中で あわてて先に入場してみて回りました。
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「パリ生まれのマリー・ローランサン(1883-1956)は優雅な色彩による独自の作風で知られています。
本展では、初期の自画像から始まり独自の作風が確立してからの優雅な女性像を中心に幅広い作品69点を展示」
ローランサンの絵はポスターなどで目にする機会は多いです。油彩でありながら水彩画かと思うような淡く優しいタッチ。パステルカラーが特徴。淡い色の絵はおなじみだったのですが 今回は初期の作品をみてその違いに驚きました。
まず 「青色の女性の横顔が描かれた大皿」が展示されていました。1902年か3年ごろの作品。
女性画家というのは当時認められていなくて 陶器の絵付けなら女性の趣味として許容範囲だったとか。
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鏡を見て描いた1904年)という初期の自画像。その後ブラックやピカソと知り合い、キュビスムの影響を受けていきます。
4年ほどでこんなに変わるのかというような画風の 自画像も並びます。
独自の作風が確立して優雅な女性像を中心に描きます。
油彩、エッチング、リトグラフなどが並びます。
ポスターでみると水彩画のような絵も 原画では少し違って見えます。油絵の独自のタッチを見ることができました。
ピンクや水色やブルーを多用した淡い色彩と優しい女性の絵は いわさきちひろさんにつながるものもあるかな・・と。
「女の一生」という副題通り 時代ごとのマリー・ローランサンの写真が並んでいました。
同じみの絵に 新鮮な驚きを感じた日でした。
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2014年06月20日

五島美術館・庭園4

見晴らし台にも石灯籠などがたくさん置かれています。
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変わった形のものや大きなものが多かったです。
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道標があります。
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方位と地名から、東海道の伊勢路あたりに立っていたものではないか・・・・と。
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庭園内にある北稲荷丸古墳
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説明の案内板もないし、美術館のパンフレットにも記載されていない。
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明治時代に建てられた茶室「古経楼」(こきょうろう)
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慶太氏が古材を使用して作らせた立礼席「冨士見亭」(ふじみてい)もあります。
茶室各部に奈良西大寺山門の古材を用いるなど、随所に意を凝らした茶室だそうですが 非公開。
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とうとう 出入り口にある門に戻ってきました。
美術館の庭園というより 武蔵野の散策路という感じでした。たくさんの石仏 石灯篭などがありなんというか ○○路を巡ったような不思議な感じがしました。根津美術館ーあそこも不思議な感じのする庭園ですが その庭園よりもっと自然のままという気がしました。
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上野毛の高級住宅街を抜け 上野毛駅前です。
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レトロな喫茶店をみつけたので一休み。
上野毛駅前の老舗喫茶店アンバール(杏巴阿瑠)
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昭和の香りのする落ち着いたお店です。豆の販売もやっているようです。
コーヒーはサイフォンで淹れたてというのが嬉しいです。香りがよく美味しかったです。
二子玉川駅に出て 半蔵門線直通で戻りました。
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2014年06月19日

五島美術館・庭園3

瓢箪池ですが水はにごっていました。
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菖蒲池の近くには猫がいました。
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急な登りで 少々きついです。
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坂の途中には都指定天然記念物のコブシ(上野毛のコブシ)が見えてきます。
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樹齢約250年の老木で概ね3年に一度満開となるそうです。
東京都指定 天然記念物(昭和35年12月13日指定)
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昭和天皇お手植えの松
1921年11月。関東地方西南部と甲・信・駿などの中部地方東部を舞台として、数ヶ師団が参加した陸軍大演習が展開された。多摩川を渡っての演習だったとのこと。当時、摂政宮だった昭和天皇が、上野毛の田健次郎男爵の別邸(現五島美術館)にお成り、宿泊したということです。
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なぜ象が置かれているのかは不明・・・
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向こうには藤棚。
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昇陽殿
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ここにも 一対のヒツジです。
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組井筒
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見晴台庭園 。 高台にあり もっとも庭園らしいところです。
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庭園には石仏群以外にも灯篭が非常に多く ひとつひとつに名札がつけてあります。
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講堂だそうで イベントなどが行われていました。
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2014年06月18日

五島美術館・庭園2

多摩川に向って深く傾斜する庭園の石段をおりていきます。草深い崖の至るところには仏像や石像が置かれています。
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崖の途中にある 「大日如来」です。
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この前には 狛犬ならぬ 羊像がありました。
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なんとなく不思議ワールド的雰囲気です。
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これは 初めて見る六地蔵かな・・・
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春山荘門  不許葷酒入山の碑、「葷酒(くんしゅ)の山門に入るを許さず」
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この先から駒沢通りに出られます。二子玉川駅まで 徒歩10分ほど。ただし出口のみ。
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伊豆や長野の鉄道事業の際に引き取った石仏 石像などが点在しています。
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北条時政公守山城址 昭和29 五島慶太建
守山城は伊豆の国市韮山町寺家の守山自然公園にあったとか・・・
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六地蔵さま。
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径路の標高差が35mあります。広い庭園というより森の中のようですが 径路は整備されています。
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赤門。この赤門を越えると、石仏群は少なくなり石造物などが多くなります。門の向こうには文人像が見えています。
このあたりから 池があり上りとなっていきます。
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2014年06月17日

五島美術館・庭園1

五島美術館には国分寺崖線の斜面を利用した庭園が造られています。
庭園だけの見学も可能(料金は300円)。
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五島美術館の敷地は庭園を含めると約6000坪。武蔵野の雑木林が多摩川に向って深く傾斜する庭園には、石仏、石塔、石灯篭などがたくさんあります。
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本館から庭に出たところです。
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本館を庭からみています。
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文人像です。
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庭園案内図です。斜面は国分寺崖線の自然をほぼそのままに残していていて径路の標高差が35mあるそうです。
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自然のままの森のような庭園に入り まず石段を下ります。
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石塔などもところどころにあります。
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出入り口から赤線に沿ってまわります。
次大日如来像のほうへ向かいます。
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2014年06月16日

近代の日本画展・五島美術館

五島美術館もぐるっとパスで鑑賞することができます。
五島美術館は展示室が1部屋しかないのですが ロビーはゆったりとしていて くつろぐことができます。
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まず 展示室入り口に常時おいてある13世紀鎌倉時代に作られた重要文化財”愛染明王坐像”の目をカッ!と見開いた像に ご対面です。
五島美術館が所蔵しているもので、手が6本、頭の上にまた頭があり、髪の毛が炎のようになっています。説明文によれば鶴岡八幡宮境内の愛染堂の本尊で、江戸時代まで運慶作とされていたそうです。
五島美術館に渡った経歴も描かれていました。
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近代の日本画展   (ポスターより)
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「館蔵の近代日本画コレクションから、「花鳥画」を中心に、橋本雅邦、横山大観、川合玉堂、小林古径、橋本関雪、安田靫彦、川端龍子、金島桂華など、明治から昭和にかけての近代日本を代表する画家の作品約30点を選び展観します。宇野雪村コレクションの文房具も同時公開。」説明文より (画像は配られた葉書)
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明治から昭和にかけての日本画の大家ばかりが勢揃いしていましたが 目をひいたのが宇野雪村コレクションの硯や道具の数々。
五島美術館にはおよそ2千点からなる文房具のコレクションが納められているとのこと。
今回は ほんの一部だけ。
昭和に活躍した書家・宇野雪村が中国や日本の名品を、生涯探し求め収集したものだそうです。
硯(すずり)や筆などの美しい文房具を書斎に飾り、客とともにめでることを「文房清玩(ぶんぼうせいがん)」と呼びます。
文房具を鑑賞する趣味は、10世紀ごろ中国で生まれ 日本では江戸時代以降、盛んになりました。
江戸〜明治にかけての精密細工・技巧。ここでも見ることができました。 

次は 庭園の見学です。
タグ:芸術鑑賞
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2014年06月15日

五島美術館/世田谷区上野毛

東京急行電鉄大井町線上野毛駅です。
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ノゲとは崖の意味で、国分寺崖線上に町域が広がっています。現在の上野毛です。
ここから五島美術館に向かいますが そのあたりはお屋敷が並んでいます。
上野毛の名主であった田中家の子孫と思われる方の大きな屋敷もあります。
現在の上野毛駅の北側や西側付近はかつて「筑後丸」という字が付けられていました。これは田中筑後という世田谷吉良家の家臣が住んで意た事から名づけられた字です。この田中筑後の末裔が田中家で、「一本氏名主」という一段高い格式を与えられていた家柄だそうです。
田中家の前には 以前皇室から嫁がれた島津貴子さんの邸宅、小林旭と美空ひばりの邸宅「ひばり御殿」があったそうです。
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五島美術館(東京都世田谷区上野毛3ー9ー25) の不老門です。
この並びには五島一族の屋敷が並んでいます。
現在美術館が建っている場所は、台湾総督だった田健治郎男爵(田英夫の祖父)の私邸だったところを譲り受けたものらしいです。
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五島美術館は上野毛の閑静な住宅街の中にある私立(財団法人)の美術館です。
実業家として知られている故五島慶太氏が50年にわたり収集した古美術品が収蔵展示されています。
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1960年(昭和35年)4月18日に開館し、所蔵品は日本・東洋の古美術を中心に国宝5件、重要文化財50件を含む約5000件にのぼる。
美術館の建物は美しい和風建築で庭園は崖線を利用した自然のままの姿で野仏などがたくさん置かれています。
美術館の設計は文化勲章を受賞した吉田五十八氏。
吉田氏は歌舞伎座や明治座、成田山新勝寺を手がけた方で、区内では等々力の満願寺本堂や成城の猪俣邸も手がけています。
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美術館エントランス前庭にも おおきな石灯籠が・・・
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五島美術館は、平成22年(2010)秋〜平成24年(2012)秋頃の約2年間、改修工事のため休館となっていました。
国宝「源氏物語絵巻」をはじめとする数々の名品を所蔵する美術館として知られています。
収蔵品の方は絵画、書画、茶道具などを中心に陶磁、考古、刀剣、文房具など多岐な分野にわたります。
入館します。
タグ:芸術鑑賞
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2014年06月14日

横十間川親水公園

菖蒲園のある横十間川親水公園は延長1.9km、面積5.1haもあります。
今回は菖蒲園のまわりだけを見てみました。
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貸しボート場や水上アスレチック、野鳥の島や和船の体験乗船もあります。
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ところどころに河童さんがいます。
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緑が多く 「生物の楽園」です。
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和風庭園のような雰囲気です。
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水車小屋があります。高低差をいかし水が流れて 音を立てて水車が回っています。
のどかないい感じの場所です。
タグ:庭園・公園
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2014年06月13日

横十間川親水公園内「花菖蒲園」

横十間川親水公園内「花菖蒲園」の花が先週満開になったというニュースを見て 見に行こうと思っていたのですが雨の日が続いたのでなかなか行けず やっと見てきました。
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横十間川親水公園内「花菖蒲園」 (江東区東陽7丁目)
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約600uの「花菖蒲園」
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花菖蒲は江東区が1986(昭和61年)に造成。
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木道が横切る池の中に、7ヵ所の盛り土をして田をつくり、約1,000株のハナショウブを植えました。
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薄紫色の「追風」や白色の「涼夕」などが開花。
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「江戸系」「伊勢系」「肥後系」などに分類され、同園には「肥後系」の花が最も多く植えられている。
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しかし 白系が多く 少し物足りない感じです。
紫系が多いと もっと見ごたえがあるのでしょうが・・・・
2010(平成22)年には車椅子、ベビーカー利用者なども園内から観賞できるよう、木製デッキを改修しバリアフリー化を行っています。
この時期はカメラを片手に訪れる人も多く 昼時には近隣で働くひとたちの息の場となっています。
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2014年06月12日

アクセサリーミュージアム/目黒区

中目黒から東急線に乗り 次の駅 祐天寺に行きました。
駅から徒歩5分ほど歩いた住宅街に アクセサリーミュージアムがあります。
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アクセサリーミュージアム 東京都目黒区上目黒4丁目33
ここは個人邸宅がミュージアムになっています。一般住宅を改装したというシックな館の地下から地上2階が展示スペース。
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近代ファッションやコスチュームジュエリーに特化した私立美術館としては、日本最大の規模。
ぐるっとパス2014で 郷さくら美術館などを巡りました。
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アールデコ、アールヌーボー、ビクトリアン〜近代、オートクチュールプレタ、アバンギャルドまで各室を時代別に区分し、それぞれの部屋を1つの時代で展示していました。
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オーナー夫妻がコレクションした'50-'80年代のコスチュームジュエリーが時代区分ごとに展示されていて すごいなぁ・・と。
さりげなく置いてある家具 調度品もなかなかのものでした。
地下に行くと なつかしい昭和のエレガンス。70-80年代のアクセサリーやバッグや帽子、70年代シャネルのスーツなども展示されていました。
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企画展 「美しいファンシーエッグ〜ロマンティックな卵たち〜」展 開催中。
卵の殻に貴金属や宝石などを用い、精密な装飾を施した「エッグアート」 。エッグアートは古くから欧米を中心に親しまれ、現在でも多くの愛好家により新しい作品が生み出されています。 日本でのエッグアートのパイオニア、わたべ和美氏の作品展です。
タグ:芸術鑑賞
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2014年06月11日

郷さくら美術館 東京・目黒区

東京メトロ日比谷線中目黒駅から別所橋に行きます。
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目黒川は桜の名所です。
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別所橋は目黒川に架かる橋です。
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別所橋から見た 目黒川です。
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橋を渡ってすぐが 郷さくら美術館 東京(目黒区上目黒一丁目7番13号)です。
2012年にオープンした現代日本画の専門美術館。500点になる収蔵作品の多くは50号を超える大画面の作品で、年4回の企画展が開催される。
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建物は、目黒川沿いの桜と呼応するかのように桜の紋様をモチーフにした 1,100 枚の素焼き有孔タイルを使った外観です。
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桜の饗宴展と題された展示室では画家たちが描く三春の瀧桜の屏風作品などが並びます。
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日本の桜の風景を見ることができます。
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コレクション展「エトランゼ―異国の人々」
2014年5月16日 〜 2014年7月13日
画家達が旅先で出会った、異国に生きる人々を描いた日本画作品30点が並んでいました。
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帰りは日の出橋を渡り 中目黒駅に行きました。
都心とは違い 食事する店が少なかったです・・・・。
タグ:芸術鑑賞
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2014年06月10日

羽田国際空港ターミナルビル4F 江戸小路

羽田空港国際線ターミナルです。
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羽田空港国際線ターミナル  東京都大田区羽田空港2-6-5
夜便が多いので 時間帯によっては閑散としています。
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梅雨の風物詩・紫陽花(あじさい)が登場しました。
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羽田国際空港ターミナルビル4F 江戸小路
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江戸小路中央の鳥居風 江戸舞台です。
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紫陽花を中心としたフラワーアレンジメント
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江戸小路
江戸の町並み風にしたてた お店が並びます。
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中村座がありますがこれもお店です。
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江戸の町屋を再現したようなお店です。
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閑散としていますがこれがこのターミナル特徴、フライトが集中する時刻とそうでない時刻で、客足に雲泥の差があるそうです。
通路が狭いので混み合うときは お祭りのようになるそうです。
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江戸小路入口に吊るされた、入居テナントの店名を記した提灯達。これも京都の有名な職人さんが製作したそうです。
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茶店の席もまばらです。昼のフライトが増えると、一日を通してお客さんがいるような状態になるでしょう・・・
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ブロックでもJAPAN紹介。
江戸小路の拡張工事も2014年8月末完成に向けて進行中だとか・・・発着便も増えるといいですね。
タグ:観光
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2014年06月09日

谷中お散歩

朝倉彫塑館を出て 途中にいくつか目についたものがります。
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<下町まちしるべ>旧谷中初音町二丁目
 「初音町という町名は、谷中初音町三丁目から四丁目にかけたところに鶯谷と呼ばれるところがあったことから、鶯の初音にちなんで付けられた。初音とは、その年に初めて鳴く鶯などの声のことである。
 谷中初音町は、はじめ一丁目から三丁目として誕生した。明治2年(1869)のことである。四丁目ができたのは、それより少し遅い明治4年(1871)である。その後、谷中村、下駒込村、日暮里村の一部を合併して谷中初音町としての町域を確定したのは明治24年(1891)のことである。
 谷中初音町二丁目は、元禄17年(1704)に町屋の開設が許されてできた天王寺中門前町が改称された町である。」
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<下町まちしるべ>の案内板のある建物は「平成7年度台東区まちかど景観コンクール」において「まちかど賞」に選ばれた建物です。
蒲生家の建物を再生保存したもの。
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韋駄天という古民家を移築した陶器店で 谷中の風情ある寺町の一角にある、民家トラストが手がけたお店
台東区谷中5-2-24
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長安寺前の説明板  台東区谷中5-2-22
境内には鎌倉時代と室町時代の板碑が合わせて4基あり、「長安寺板碑」として台東区の有形文化財に指定されている。また、墓地の中ほどには「悲母観音図」「不動明王図」の作者として有名な狩野芳崖の墓があり、台東区の史跡に指定されている。
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境内には入らず 門前だけで先を急ぎました。
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常在寺(日蓮宗 感応山) 台東区谷中5-2-25
薬医門形式の立派な山門.
こちらも門前だけです。
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 カヤバ珈琲 にて昼食。 台東区谷中6丁目
先を急いだのは これが食べたくて・・・名物 たまごサンド。ランチセットです。
詳しくは 以前にもブログで書きました。
カヤバ珈琲 (台東区谷中)
http://umeno87.sblo.jp/article/69102561.html

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2014年06月08日

谷中散歩・観音寺築地塀

朝倉彫塑館を出て 観音寺に向かいました。
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観音寺観山門 谷中5-8-28
観音寺はもとは長福寺と称していた。慶長16年(1611)神田北寺町(現千代田区)に創建後、慶安元年(1648)に谷中清水坂に移転、さらに延宝8年81680)に現在地に移転した。享保元年(1716)に徳川吉宗の長子長福丸と同名のため、恐れ多いとの理由から寺名を観音寺に改称した。
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観音寺本堂
観音寺(かんのんじ) 創建:慶長16年(1611)
山号 : 蓮葉山
  名称 : 妙智院 観音寺
  宗派 : 真言宗根来派
  本尊 : 大日如来・阿弥陀如来
赤穂浪士ゆかりの寺で、四十七士に名を連ねる近松勘六行重と奥田貞右衛門行高はこの寺で修行していた文良の兄と弟だった。
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手前が 赤穂浪士供養塔かと思っていたら 奥のものがそうらしい。
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赤穂浪士供養塔
「赤穂浪士の吉良邸討入りは「忠臣蔵」の題材として、広く世に知られている。
 四十七士に名をつらねる近松勘六行重と奥田貞右衛門行高は、当寺で修行していた文良の兄と弟であった。文良とは、のち当寺第6世となった朝山大和尚のことである。
 寺伝によれば、文良は浪士らにでき得る限りの便宜をはかり、寺内ではしばしば彼らの会合が開かれたという。明治末の福本日南の著書『元禄快挙録』には、勘六は死にのぞみ「今日の仕儀勘六喜んで身罷ったと、長福寺の文良へお伝え下されたい」と遺言したというエピソードが記されている。当寺はもと長福寺と称し、享保元年(1716)観音寺と改称した。
  本堂に向かって右側にある宝篋印塔は、四十七士慰霊塔として古くから伝えられ、現在でも霊を弔う人が訪れている。上部に四方仏を表す種子(梵字)、宝永4年(1707)3月吉日、長福寺6世朝山の名を刻む。
 平成16年(2004)3月 台東区教育委員会」
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観音寺大師堂
大師堂の前の標石には「公訴発願 信州浅間真楽寺上人 巡行願主 下総国諦信」の文字があり、御府内八十八ヶ所開創の事情を物語る遺品として貴重である。
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御府内八十八ヶ所第42番札所
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観音寺築地塀  国登録有形文化財
観音寺境内南側路地の沿に建てられた築地塀は谷中の象徴的存在。瓦と土を交互に積み重ねて作った土塀に屋根瓦をふいたもので幕末の頃に造られたものといわれる。
この塀は谷中を代表する風景で、谷中が紹介される時に取り上げられる有名な場所の1つです。
平成4年には「まちかど賞」も受賞しています。
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現存する築地塀は長さ37.60m、高さ2.06m 。
 

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2014年06月07日

朝倉彫塑館/谷中

日暮里駅から 朝倉彫塑館に行きました。
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朝倉彫塑館は、彫塑家朝倉文夫が昭和10年(1935)から昭和39年までの29年間、アトリエ兼自宅として使用していた建物です。
自ら設計・監督をして増改築を何回も重ね、昭和10年に現在の形となりました。
建物は鉄筋コンクリート造によるアトリエ棟の西洋建築と、竹をモチーフとした数寄屋造りの日本建築により構成されています。
西洋建築と和風建築の融合です。
平成21年11月から約4年半 保存修復工事のため閉館していました。
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朝倉彫塑館  台東区谷中7丁目18番10号
「2001年(平成13年)に彫塑館の建物4棟(アトリエ棟、旧アトリエ、住居、東屋)が国の登録有形文化財に登録された。また2008年に中庭と屋上庭園が「旧朝倉文夫氏庭園」として国の名勝に指定された。」
アトリエと和室に囲まれた中庭は「五典の水庭」と呼ばれ儒教の五常の教えを造形化した「仁」「義」「礼「智」「信」と名付けた五つの巨石が巧みに配されています。中庭に面した渡り廊下、居間、茶室、寝室を巡って中庭を四方から楽しめます。
以前は 中庭の撮影は許可されていましたが 現在は屋上庭園以外 撮影禁止になっています。
ここは 保存修復工事前の2009年に一度 行っています。
朝倉彫塑館 谷中 上野 2009年3月
http://umeno87.sakura.ne.jp/Photo/asakura09.html
ここに 以前写した中庭の写真があります。
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屋上庭園には夏野菜が植えられていました。
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屋上は朝倉が彫塑塾を開いていたとき、園芸の授業のため野菜を栽培していたようです。
オリーブの木もありました。
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谷中はお寺が多く 高い建物があまりないので 眺めもなかなかいいです。
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屋上庭園はアトリエ棟の上です。入館時 履物を脱ぎ 手提げにいれてもちあるきます。
くつした履きでないとダメです。
屋上に出るときに 履物を履きます。そしてこの階段を下りると そこは猫たちの部屋です。元は蘭の間」という東洋蘭の温室として使用していた部屋だそうです。玄関ホールの2階部分。
ここには無類の愛猫家であった朝倉の猫を題材とした作品が数多く展示されています。
アトリエ部分の3階の「朝陽の間」は、来訪者の応接間として使用されていた日本間で、室内は「円(まるみ)」をモチーフに設計されています。瑪瑙(めのう)の壁、松の一枚板の床、屋久杉の根の床柱、神代杉の天井と障子の腰板、落とし掛けの真竹、面皮仕上げの障子の桟と 見事な造りになっています。

さて 入館してすぐ 墓守 などの作品が展示されている アトリエ棟ですが 建物の中心となっているアトリエは、3階部分まで吹き抜けになっていて天井の高さは8.5mだそうです。大きな作品の制作のために 床下(7.3m)には電動の昇降制作台が格納されていました。
アトリエに続く南側の書斎は、天井までの高さが約4mの壁に 本がぎっしりです。
館内には 朝倉の遺品やコレクションも展示されています。

アトリエを見て近代建築を見た気分になり 日本家屋を見て ここはどこの大名屋敷かと勘違いします。
朝倉氏の作品だけでなく 和式洋式が合体した建物を見るのもいいものです。

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2014年06月06日

東京大学2

東大正門から入り 安田講堂〜三四郎池〜赤門までの建物しか見ませんでしたが 内田祥三ゴシックのオンパレードで案内図がないかぎり はっきり言ってどれがどれだか 部外者にはわかりませんでした。
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工学部列品館
国・登録有形文化財(1998.10.09)
竣工 1925年(大正14年)
所在地 東京都文京区本郷7-3-1
設計 内田祥三
構造 鉄筋コンクリート造3階建て
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工学部1号館
国・登録有形文化財(1998.10.09)
竣工 1935年(昭和10年)8月
設計 内田祥三
施工 戸田組
構造 鉄筋コンクリート造4階建て
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法文1号館
国・登録有形文化財(1998.10.09)
設計 内田祥三
施工 竹中工務店
構造 鉄筋コンクリート造3階建て、一部4階
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法文2号館
国・登録有形文化財(1998.10.09)
竣工 1938年(昭和13年)
設計 内田祥三
構造 鉄筋コンクリート造4階建て
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通路を通り抜け反対側へ・・・
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銀杏メトロ食堂というプレートがありました。
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こんな雰囲気もいいですね〜
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弓道場
竣工 1935年(昭和10年)
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医学部2号館(本館)
竣工 1936年(昭和11年)11月
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東京大学総合図書館

竣工 1928年(昭和3年)12月
施工 大林組
構造 鉄骨鉄筋コンクリート造3階建て、中央部5階、地下1階
この図書館は、1923年(大正12年)の関東大震災によって、 1892年(明治25年)竣工の煉瓦造の図書館が焼失したため、 ロックフェラー財団からの400万円の寄付を基に建てられました。
東大構内は広くて 暑くて ほんの一部しか歩けませんでした。後日再訪したいです。
タグ:文化財 建物
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2014年06月05日

東京大学1

本郷通りから見えるのは 東大農学部正門です。
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 所在地 東京都文京区本郷7-3-1
竣工 昭和初期
どうせだからと 正門から東大の中に入ることにしました。
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本郷正門及び門衛所 国・登録有形文化財(1998.10.09)
竣工 1912年(明治45年)6月
所在地 東京都文京区本郷7-3-1
設計 伊東忠太
施工 西島鉄工所
構造 鉄筋コンクリート造平屋建て、銅板葺
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正門1912(明治45)年は冠木(かぶき)門という伝統的な門形式をもつ。最上部の冠木には吉兆を表わす瑞雲(ずいうん)の間から登る旭日が描かれ、扉には波立つ海を象った青海波(せいがんは)と縦格子、唐草模様などがあわせられる。一方門柱では鉄骨の柱を厚切りの花崗岩で張り上げ、扉も種類の異なる鉄材を組み合わせたもの。和の趣味、洋の技術を折衷する和魂洋才のデザインであった。設計は建築学科の伊東忠太。オリジナルの大扉と冠木は、1988(昭和63)年にアルミ合金製レプリカに入れ替えられ、今は駒場で眠っている。」
東大ナビゲーション・ブックより
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ジョサイア・コンドル像
■建立:1922年
■製作:新海竹太郎

「日本政府の招きを受けて明治10年(1877)に来日しました。日本では工部大学校(現在の東大工学部建築学科)などで教鞭を執った後に建築事務所を開いて数多くの建築物を手がけました。」
構内にはいくつもの像がありますが ジョサイア・コンドルさんの建物をいくつか見せていただきましたので特別にパチリ!
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東京大学大講堂(安田講堂)・・・なのですが これは 壁面の写真を写しました。
現在 耐震工事中でシートに覆われています。残念!
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竣工 1925年(大正14年)7月
所在地 東京都文京区本郷7-3-1
設計 内田祥三、岸田日出刀
施工 清水組
構造 鉄筋コンクリート造4階建て、塔屋付
「大講堂(安田講堂)は、安田財閥の安田善次郎からの寄付によって、 1921年(大正10年)に起工し、 1923年(大正12年)の関東大震災による工事中断を経て1925年(大正14年)に竣工しました。安田講堂こそ大学の新しいイコンとなるべきものでした。
1968年(昭和43年)の大学紛争による安田講堂占拠事件以来、 長らく閉鎖されていましたが、1988年(昭和63年)から1994年(平成6年)にかけて改修されました。紛争後の修復も安田財閥の寄附による。」
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横からちらっと見えます。
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安田講堂前の左右の大楠は、大地を包み込むように大きく枝を広げています。ベンチが取り囲み 木陰での語らいが・・・
歴史があるので構内にはかなりの大木があります。
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急な斜面を降ります。
ここは低地になっているので木々に囲まれてあたりの景色から隔絶されて森の中にいるようです。
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心地よい水音はこの滝からのようです。
「元和元年(1615)の大坂夏の陣の後、加賀藩前田家は幕府から現在の東京大学(本郷キャンパスの一部)およびその周辺地を賜った。
寛永6年(1629)4月、前田家3代藩主利常の時に、徳川3代将軍家光・大御所秀忠の御成(訪問)があり、それに先だって豪奢な御成御殿や数寄屋を新築し、庭園を整備したと考えられる。この庭園が育徳園であり、池を心字池といった。」東大ナビゲーション・ブックより
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育徳園心字池(三四郎池)
今の池の名の由来は言うまでもなく夏目漱石の小説『三四郎』の舞台となったからです。
立派な大名庭園風の池ではなくかなりワイルド。周りの木々が鬱蒼としており、自然のままといったほうがいいかも。
池の水はかなり濁っていてやぶ蚊に刺されそうで のんびり語らう雰囲気ではありませんでした。
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赤門 国・重要文化財(1931.12.14)
竣工 1827年(文政10年)
構造 木造、本瓦葺
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旧加賀屋敷御守殿門。
「赤門は、徳川第11代将軍・徳川家斉(とくがわ・いえなり 1773-1841)の第21女・溶姫(やすひめ 1813-1868)が、 加賀藩第13代藩主・前田斉泰(まえだ・なりやす 1811-1884)に輿入れする際に建てられました。」
次は 内田祥三オンパレード。登録文化財の 建物を見ます。
 

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2014年06月04日

本郷・西片散歩


求道会館見学のついでに 近隣を散歩してみました。
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すぐ近くにあるのが鳳明館 森川別館―旅館。文京区本郷 6-23-5
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森川別館―木造、2階建
森川別館―昭和28年
鳳明館は本館、台町別館、森川別館の3館があり、下宿屋からの転身は本館のみ。台町・森川別館は最初から旅館として建ったもの
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そのうち 重要文化財である本館にも行ってみたいと思います。
内部を見るためだけに宿泊する人も多いとか・・・・
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森川別館の前には1905年(明治38年)に建築された 木造3階建ての下宿 本郷館がありましたが 2011年に取り壊され現在は瀟洒なマンションになっていました。
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佐佐木信綱宅跡 文京区西片2−2−10と11
 「佐佐木信綱(1872〜1963)は、明治5年(1872年)三重県に生まれた。10歳の時、国文学者の父弘綱に伴われて上京し、高崎正風の門に入り、東京大学(古典科)を卒業した。

 明治38年、東京大学講師となり、万葉集、歌学史、和歌史を講じ、歌学者として業績をあげた。また万葉集の古写本その他古典籍の復刻、紹介に努めた。

 歌人としては、落合直文、正岡子規、与謝野鉄幹などと歌壇の革新運動を進めた。「広く、深く、おのがじしに」の標語のもとに、歌は心の花であり、美の宗教であると「思草(おもいくさ)」「新月」など多くの歌集を出した。多くの人に親しまれた「夏は来ぬ」「灯台守」などの作詞家でもある。この地は、大正元年7月神田から転じ、昭和19年(1944年)熱海に移るまで住んだ。
西片情景3首
ふけて歩む西片町の横通 深山のごとし月しずかなる
から橋の上ゆ眺むればけぶりの色 木立の色も秋としなれり
交番の上にさしおほう桜さけり 子供らは遊ぶおまわりさんと
−郷土愛をはぐくむ文化財− 文京区教育委員会」
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国登録有形文化財 金澤家住宅門及び塀1棟 西片2-2-7 昭和5年
「昭和5年(1930)建築で、東京芸術大学正木記念館の設計で知られる金澤庸治氏(元西片町会長)自身の設計による。アトリエ付きの木造2階建て住宅で、アトリエの屋根は急勾配で天窓が付く。細工の細かい和館の門も素晴らしい。」
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西片公園(西片2−3)
「慶長15年(1610)この地に阿部家が屋敷を構えた時から、ここには大きな椎の木があった。追分の一里塚と共に奥州街道を行く旅人の目印となっていたようで、昔は水道橋方面からも見えていたという。明治24年(1891)、阿部伯爵家が本邸を新築したとき、新御殿の表門前に聳える大椎の木を中心とした広場ができ、やがてここは「大椎の木の広場」とよばれるようになった。
椎の木は大正4年に史蹟名勝天然記念物に指定され、「大椎樹」の石碑」が建立された(現存)。昭和5年(1930)、阿部家15代当主正直氏はこの広場を児童遊園として整備し、「阿部公園」が誕生、子どもたちは「阿部さま公園」と呼んで大事に遊んでいたという。昭和15年(1940)には、阿部邸内にあった椎の木を「世継ぎの椎」として公園に移植した。
第二次大戦前後、公園の土地の一部には本郷消防署の出張所や署員家族寮があった。昭和33年(1958)、椎の木の衰弱が進んだため根元を2m弱残して伐採。昭和43年(1968)に阿部公園は文京区立「西片児童遊園」となった。昭和63年(1988)、区が公園の改良工事を行った際に椎の木は完全に伐採され、その跡に椎の木と公園の由来を記した銅版の記念碑が設置された(現存)・・・・・以下略」
公園の説明が書いてありました。
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国登録有形文化財 橋本家住宅1棟 西片2-8-11
木造2階建ての洋館で、医学者の住居として昭和8年(1933)に建てられた。外壁はドイツ壁で、2階上部のハーフティンバー風の仕上げ、玄関上部バルコニー手すりの親柱のデザインなどが特徴的である。洋風住宅が流行した当時の西片が偲ばれる建物である。
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なんだか 傷んでいるように思えたのですが・・・
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日本基督教団西片町教会 文京区西片2-18-18
竣工 1935年(昭和10年)
構造 木造2階建て
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現在の建物は昭和10年(1935)建築で、ゴシック様式を基本とした建物。明治22年(1889)、東片町に「日本メソジスト駒込教会」として創立し、明治29年に現在地に移転してきた。信徒席の前に聖餐拝受台がある。
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旧白山通りに面しています。
ここから少し歩くと本郷通り東大農学部前の交差点です。

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2014年06月03日

求道会館4.2階集会室

2階正面奥の部屋に入ってすぐ目に入ったのが畳に暖炉
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畳に暖炉はありえない・・・と思って反対側をみると 祭壇のようなものがありました。
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暖炉の向かいは床の間風。
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和室(集会室)天井も壁もドアも洋風だけどシンプルなので 畳が違和感ない。
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シャンデリアも簡素で美しい。
単に上からぶらさがっている3つの電球を、丁寧なカットを加えて装飾したつっかい棒でささえているだけのシャンデリア。天井の装飾の○は108個だとか・・・
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天井四隅の五つの四角い穴は 釈迦の五比丘(ごびく)最初の五人の弟子を表しているそうです。
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暖炉の上にはさりげなく 常観さんのお写真・・・
この暖炉 「小袖」とヨーロッパで呼ばれていた形だそうです。実にシンプルで素晴らしい。
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窓のブラインドを開けてみせてくれたのが 「求道学舎」
求道学舎」は、大正15年に建築された学生寮でした。
建築家・武田五一が設計したもので、大正末期としては珍しい水洗トイレのついたホテルのようなモダン建築となっていました。
荒れ果てていたものを 既存ストックの再生活用手法の開発により、リノベーションしたそうです。
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創設者の孫で、建築家の近角真一さんと同夫人よう子さんが中心となり、歴史的に価値のあるこの建物を再生。
定期借地権のコーポラティブハウス(組合方式で共同で土地を借り受け、個々に好みの注文を付加しながら造る集合住宅)として復活させました。住戸は全10戸。定期借地として、組合員が62年間借りた後に返すというスタイル。
元はワンルームだった部屋を複数連結し、小家族向けの住戸に改造。
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一般の人のお住まいですから残念ながら見学はできません。
「求道学舎再生―集合住宅に甦った武田五一の大正建築」
という本を出されているそうですからさっそく読んでみることにしました。
http://www.shu-koh-sha.com/
(株)集工舎建築都市デザイン研究所。所長:近角真一。長期優良住宅、200年住宅 等長寿命建築の設計・研究。既存ストックの再生活用手法の開発により、2008年『求道学舎リノベーション事業』で建築学会賞業績賞。」
このHPの作品集見ていたら 7年間お世話になった学校(R校)の建築も手がけられていました。
どことなくほっとする 穏やかで優しい落ち着く学舎ですから ああ・・やはり・・と思いました。
求道会館見学も近角さんのお話もとてもよかったです。この日一日が充実しました。
写真は自由に撮って ブログなどに載せていいですというのもうれしかったです!!
最近はあちこち 触るな 撮るな 順路からはみだすなと 制限が厳しくてねぇ・・・・
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posted by うめのはな at 08:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 文京区

2014年06月02日

求道会館3. 2階

二階席は板張り(かつては畳敷きだったそうです)
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2階の手摺は鉄製のフラットバーを用いて卍模様。
3ステップの木製床。 一番下の段は柵が低くて落ちそうで怖いです。ですから そこは立ち入り禁止になっています。
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2階から1階の座席を見ると 完全に、教会ですねぇ。
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釈迦がその樹下で誕生したと言う菩提樹をかたどった模様,小鳥(葉の中に見える黄色)も表現されている。
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アーチ状の窓の淵を飾る ○の数は48.
阿弥陀仏が法蔵菩薩のときに立てた48の誓願である「四十八願」を表現しています。
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玄関ポーチ上にある 2基の八角形灯篭。
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四本のコードで吊るされた4灯からなる質素なシャンデリアです。
天井から下がっている輪は、暖房用のストーブの排煙菅を通すためのものだったとのこと。
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シャンデリアは4本の支持棒はセンター側が太くしてあり,中間に刻みを入れ,中心軸には”ギボシ”を付けています。
派手な装飾を付けるのでなく、基礎的な素材にさまざまな工夫をしていた様子があちこちに見られます。
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木の梁も、長い木材を組み合わせ、むきだしのボルトでとめてあります。
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常観氏 の説法は一般の方も大勢押しかけ、大人気だったそうです。
近角真一氏のお話では 大正12年の関東大震災で,内部の崩壊著しく昭和28年ついに50年間の閉鎖に追い込まれたそうで 荒れ果ててお化け屋敷とまで呼ばれていたそうです。
屋根の梁は落ち、雨漏りして、床や壁は抜けて、つたが絡まり放題、という状態だったということ。
25年ほど前,修復の運動がおこりましたが,見積もり額が3億円もかかるということで頓挫してしまった。平成6年紆余曲折の上,武田五一のユニークな建築の価値が見直され 東京都有形文化財(建造物)に指定され,公的資金によって平成8年から7年がかりで修復された(平成14年6月竣工,ちなみに工事費は5億円, 施工戸田建設)。
もとの部材を最大限に利用して、建築当時のままの姿に修復。
耐震に力を入れて 膨大な量の接着剤 エポキシ樹脂を使用し費用がかさんだと話されていました。
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長時間丁寧に説明してくださり これで終わりかな・・・と思っていたら 正面左のドアのカギをあけて中を見学させてくれました。
次 その部屋に入ります。
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posted by うめのはな at 06:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 文京区

2014年06月01日

求道会館2.1階

この日の見学者はそう多くはなく6〜7人でした。
この日は、建物の管理をなさっている近角常観さんの孫にあたる建築家の近角真一さんが、案内してくださいました。
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玄関で靴を脱ぎ スリッパに履き替え入館すると 最初の印象は 教会!!
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これは振り向いて 受付している玄関を見ています。
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正面に六角堂(中に本尊が安置されている)を置きその前に演壇、(賽銭箱のように見えますが演壇です。)
ホールには長椅子が配され 背もたれの後ろに小さな棚がありまるで聖書を置く台のようです。
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しかし教会とは違います。椅子の背は蓮の花びらの形です。
天井も高く 仏教寺院ともキリスト教聖堂とも違う独特なものです。
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檜造りの六角堂厨子
正面の六角堂厨子に祀られる本尊は阿弥陀如来様
厨子が六角堂であるのは、親鸞上人が煩悶の末、京都の六角堂にお籠もりした故事に基づくものと思われます。
実際は半分だけの形ですが、均衡のとれた近い美しさです。
光背の内側がピンク 外側がクリーム色の漆喰を塗っていてそれがそのまま、それぞれ、1階、2階の壁の色になっています。淡いいろなので 後光に包まれているような温かみが感じられます。
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二階手すり。卍の文字です。卍の円の外側に三角の装飾がありますが 卍が鳥の体 三角の装飾が翼で鳥を表しているとのことです。
既存の鉄材を利用した手作りの装飾とのこと。
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柱は、なんと!ガス灯の管を利用しているとのことです。
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五連のステンドグラス風窓からの光が優しく 差し込みます。
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天井は2インチ×6インチの角材からなるトラス構造(ツーバイフォーならぬツーバイシックス工法
力学的に強度を必要とする箇所には部材の本数を増して対応しているとのことです。
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鉄骨構造に見えるのですが 木です。クレオソートでこげ茶色を出しているとのこと。
見事な力学的美しさです。
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美しいと言えば この階段は形も手触りもとてもいいです。
文化財なのですが 触って上ってみてくださいの言葉に甘えて 触ってみたのですが実に触り心地がいいものでした。
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手すりのなめらかな曲線、階段の角のカット、柱のデザイン。木のぬくもりがあって 美しく、登りやすい階段です。
次 2階を見ます。
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posted by うめのはな at 07:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 文京区