2017年01月02日

新年おめでとうございます。

あけましておめでとうございます。
新しい ブログ です。
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梅の花ブログ 3

本年もよろしくお願いします。
posted by うめのはな at 12:04| Comment(2) | TrackBack(0) | エトセトラ

2016年12月31日

いい夢を! 2016年 終

2016年最後の日です。
アメリカインディアンのオジブワ族に伝わる、輪を基にした手作りの装飾品があります。
ドリームキャッチャー(dream catcher)と言います。
オジブワ語ではasabikeshiinhというそうです。
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これは グランドキャニオンで買ってきたもので 40cmほどある大きなものです。
実家へのお土産で もう自宅にはないのですが 写真だけ写しておきました。
クモの巣状の目の粗い網が組み込まれ、羽やビーズなど独特の神聖な小道具で飾られていて 作った人の写真付きでした。
オジブワ族は、ドリームキャッチャーは夢を変える力を持つと信じておりグレイトスピリット(未知なる神秘)を信じていれば、よい夢だけが網をすり抜けて、眠る者のもとに届けられる。悪夢は網目に引っかかったまま夜明けと共に消え去る」とも言我ています。
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こちらは 20cmほどの大きさで自宅用。
ベッドの頭のほうのクローゼットにかけてあります。
ベッドの上や家の中に掛けることで、夢をふるいにかけるフィルターとしての役割をなすとオジブワ族に信じられているそうで あやかろうというわけです。
そういえば 悪夢はみなくなったかなぁ・・・・

いい夢だけを見て ストレスもなく 健康な毎日をすごせればいいかな!
来年は いい年になりますように・・・・

このブログは3年毎日書いて 記事数がおおくなりすぎたので これにて 終了します。
年明けには また新ブログを書きますので よろしくお願いします。
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新ブログの お知らせは落ち着いたら このブログでします。
皆様よいお年をお迎えください!
posted by うめのはな at 07:19| Comment(0) | TrackBack(0) | エトセトラ

2016年12月30日

両国公園 勝海舟生誕の地

両国には 名所・史跡が数多くあります。
案内板だけが立っている場所が多いのでリサーチしていないと 見逃すこともあります。
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墨田区両国4-8 駐車場にある 尺振八の共立学舎跡の案内板
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幕末、明治時代の英学者、尺振八が設立した、東京三大私塾の一つ共立学舎開設の地
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両国公園 墨田区両国4丁目25
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勝海舟生誕の地
勝海舟は、文政6年(1823)1月30日、江戸本所亀沢町にある父・小吉の実家、男谷邸内で生まれました。幼名は麟太郎
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勝海舟幕末絵巻。
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勝海舟の家紋である「丸に剣花菱」
”鳶が鷹を生んだ 勝海舟誕生 文政6年(1823)”
両国公園は父方の実家である男谷家跡地とされます。
勝海舟は青年期まで、この地で過ごしました。
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咸臨丸がアメリカ・サンフランシスコに派遣されました。
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幕府側の勝海舟は江戸城の無血開城を西郷に持ちかけました。
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勝海舟生誕の地碑 碑文 椅子のオブジェ

今年も残り 2日。
日本の新しい未来が 待っているのでしょうか。
無血開城のように 黒い頭のネズミを追い払い 江戸を救う年になるといいなぁ・・・
タグ:庭園・公園
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2016年12月29日

両国回向院

回向院は、明暦3年(1657年)の明暦の大火で焼死した10万8千人を第4代将軍徳川家綱の幕命によって葬った万人塚が始まりで、安政大地震をはじめ、水死者や焼死者、刑死者など横死者の無縁仏も埋葬しています。
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かって 境内には数多くの尊像が安置されていましたが、関東大震災等により木彫の諸尊像はことごとく焼失し、石仏、銅仏等の諸尊像のみが残っています。
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 天明元年(1781年)に境内で勧進相撲が興行され、これが今日の大相撲の起源となっています。
昭和11年(1936年)には相撲協会が歴代相撲年寄の慰霊のため為に「力塚の碑」が建立。
力士の墓も多く 相撲取りの姿もよく見かけます。
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塩地蔵
右手に錫杖、左手に宝珠を持たれており、参詣者は願い事が成就すると塩を供えたことから、「塩地蔵」と呼ばれ親しまれてきました。
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回向院の境内には、義賊といわれた鼠小僧次郎吉(俗名・中村次郎吉)の墓があります。
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鼠小僧のお墓は、昔からゲン担ぎで墓石のかけらを持っていると、「賭け事に勝つ」「運がつく」などといわれるようになりました。
そのため 墓の前には削るための石が置かれています。小石や歯ブラシで削り持ち帰ります。
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これは以前写したものです。大勢の人に削られていくのがよくわかります。
何度も置き換えられているようです。
タグ:神社・寺院
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2016年12月28日

旧両国国技館跡

両国駅西口から国技館通りを2分ほど歩きます。
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両国2丁目交差点です。
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両国シティコア
両国シティコアは、旧国技館跡地に建つ 住宅棟 展示施設 事務棟 会議室 劇場を持つ 複合施設です。
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両国シティコアビル中庭の円形は、旧国技館土俵の位置を示しています。
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旧国技館跡
「 旧国技館は、天保4年(1833)から回向院で相撲興行が始まったことから、明治42年(1909)に、その境内に建設されました。建設費は28万円(現在の価値では75億円程度)です。
 ドーム型屋根の洋風建築で、収容人数は1万3千人でした。開館当時は両国元町常設館という名前でしたが、翌年から国技館という呼び方が定着し、大鉄傘と愛称されました。
 東京大空襲まで、三度の焼失があり、戦後は米軍に接収され、返還後は日大講堂などとして利用されていました。昭和58年(1983)に解体されました。
 左手奥の両国シティコアビル中庭の円形は、当時の土俵の位置を示しています。 墨田区」
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昭和11年5月場所の両国国技館
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昭和40年代の日大講堂
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すぐ 隣は 回向院です。
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赤穂浪士の討ち入りが終わり 裏門を出 待機と休息のため、すぐ近くの無縁寺(回向院)を目指しました。
寺側では返り血を浴びた彼らを見て、関わりを恐れ山門を開けなかったそうです。
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回向院
東京都墨田区両国二丁目8番10号
【 山 号 】 諸宗山
【 寺 号 】 無縁寺
【 宗 派 】 浄土宗
【 本 尊 】 阿弥陀如来
タグ:史跡・名勝
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2016年12月27日

吉良邸跡 区立本所松坂町公園

両国駅から 数分のところに区立本所松坂町公園があります。
公園といっても 広場や遊具などもなく普通の公園とは違っています。
約98平方メートル(29.5坪)しかありません。
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ここは赤穂浪士によって討ち入りを決行された現場で吉良邸跡なのです。
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本所松坂町公園  墨田区両国3−13−9
吉良邸は、浅野匠頭守による殿中刃傷事件の後の元禄14年(1701)9月3日に吉良上野介義央が当地を拝領して建設された吉良家の上屋敷で、坪数2,550坪ありました。当地で赤穂浪士による仇討ち事件が起こり、その名所を惜しんだ地元の両国3丁目町会有志会が発起人となったのがきっかけとなり、本所松坂町公園として残されています。
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吉良邸跡
元禄時代の当時は付近の一帯が吉良義央の邸宅であり、その広さは約8400平方メートル(2550坪)と言われています。
現在、本所松坂町公園になっているのは、およそ北側の部分です。
浅野内匠頭の刃傷事件の後、赤穂藩士が討ち入るとの噂があったため、本所松坂町へと移って来た。上野介がこの地に住んだのは1年半に満たない期間でした。
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吉良上野介義央の座像
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吉良家家臣二十士碑
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「みしるし洗い井戸」
史実かどうかは定かではないですが 首洗いの井戸だそうです。
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松坂稲荷大明神
敷地内に鎮座する松坂稲荷。
もと兼春稲荷と称し吉良邸内にあったもので、この地がまだ宅地開発される以前から、この周辺の土地に祀られていたものです。
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飯澄稲荷
吉良邸跡のなまこ壁の目の前にの角に鎮座しています。
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横に 「鏡師 中島伊勢住居跡」という案内板があります。
中島伊勢は、葛飾北斎(1760〜1849)の養父であった人物です。
一説には北斎は伊勢の妾腹の子であったとも言われていますが 母は吉良家家臣の小林平八郎の娘という説もあります。
北斎もこの墨田に住み 忠臣蔵」とかなり縁が深いということです。
posted by うめのはな at 07:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 墨田区

2016年12月26日

東京ドームシティ 終

日伊国交150周年を記念してイタリアとコラボレーションということで 恋するイタリア と称したイルミネーション。
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イタリア民話に登場する 魔法使い ベファーナです。
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ドームホテル 1階ロビー
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高さ6m、約6,000個のLEDとオーナメントで彩られたクリスマスツリー
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クリスマスリース
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東京ドーム
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福禄寿さん!!
水戸徳川家上屋敷跡であるこの後楽園には 当時屋敷内庭園に福禄寿が祀られていました。
現在もそれが受け継がれています。
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小石川七福神の一つです。
東京ドーム22番ゲート前総合案内所横に祀られています。
御朱印は自分で押します。
福禄寿は、財運招福・延命長寿・立身出世・招徳人望などのご利益ある神様です。
タグ:イベント
posted by うめのはな at 07:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 文京区